アリの一言 

天皇制、朝鮮半島、沖縄の現実と歴史などから、
  人権・平和・民主主義・生き方を考える。
   

「やまゆり園事件」と優生思想と戦争

2024年07月27日 | 事件と政治・社会・メディア
   

 相模原市の知的障害者施設「津久井やまゆり園」で入所者ら45人が殺傷された事件から8年の26日、「事件が私たちに問いかけていることは何か」を考える講演会が京都市東九条でありました。講師は藤井渉・日本福祉大准教授(障害者福祉、東九条在住)。

 藤井氏の話でとくに印象的だったのは、事件と優生思想と戦争の関係です。

 裁判で植松聖死刑囚は「意思疎通がとれない障害者は不幸を生む」と述べました。事件後SNSにも「先天的障害者は社会のお荷物」などの書き込みがありました。

 藤井氏は「障害を、後天性と先天性で区別し、役立つかどうかで差別化するという認識は、まさに戦時期に強く見られたもの」と指摘し、以下のように論述しました。

 役立つかどうかによる差別化を制度化したものが「徴兵検査」である。それによって「甲乙丙丁」の4種に序列化され、「最下位」の「丁種」とされたのが障害者だった。

 障害者でも戦力になりえる者(例えばマッサージ師として空母に乗船させられた視覚障害者)は保護し、そうでない者は「自宅監置」などで隔離・排除された。「監置」された障害者が空襲でどのくらい犠牲になったのかの調査・研究はすすんでいない。

 1940年に「国民優生法」が制定された。それが「国民体力法」とセットだったことが重要だ。「国民体力法」によって学校では「林間学校」や「知能検査」が制度化された。

 同じ40年、ナチス・ドイツでは「T 4作戦」が実施され、1年余で障害者20万人以上が精神病院などで殺害された(T4とは実施本部があった地名)。ナチスはその蛮行を正当化するために優生学を利用した。

 優生思想はもともと約100年前に(ドイツではなく)イギリスとアメリカを拠点に世界的にまん延した。「社会的価値・コスト」という視点から「優秀ならざる者の剪除(せんじょ=切って取り除く)」が主張された。

 「徴兵検査」はまさにその優生思想にもとづくものだったが、優生学を日本にもたらしたのは福祉の研究者だった。海野幸徳著『社会事業とは何ぞ』はその代表である。

 戦後、「優生保護法」が議員立法で制定され(1948年)、入所施設では不妊手術が強制された。それが憲法違反と断定されたのは先日(7月3日)のことである。

 藤井氏はこう問題提起しました。

「戦争で人が序列化され、障害者が差別化されてきたこと。ナチスが障害者を「慈悲」などとして殺害したこと。戦後は福祉現場で障害者に優生手術が行われてきたこと。そして、福祉の元職員が「善いこと」だとして19人を殺害したこと。これらに重なるものは何だろうか?」

 あらためて振り返ってみれば、事件が起きたのは、安倍晋三政権が集団的自衛権を容認する戦争法(安保関連法)を強行成立(15年9月19日)させた10カ月後でした。

 障害者の序列化・差別化・排除と戦争を推進する政治(国家)の政策、そしてそれを容認する社会(市民)の空気―その関連性・親和性にあらためて目を向けなければならないと痛感します。



  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「やまゆり園事件」から6年―深まる差別、その先は?

2022年07月27日 | 事件と政治・社会・メディア
   

 相模原市の障がい者施設「津久井やまゆり園」(写真左は現在)で入所者19人が殺害された事件から26日で6年。この日、岸田文雄政権は、「秋葉原事件」(写真右)の加藤智大死刑囚の死刑を執行しました。これはたんなる偶然とは思えません。

 「やまゆり園事件」6年にあたって、骨形成不全症のため車いすで生活しながら2人の子を育るコラムニスト・伊是名夏子さんはこう書いています。

「6年たった今でも、亡くなった方の本名の公開をためらう家族がいます。理由はさまざまですが、障害者が家族にいたことが周りに知られると、差別を受けると心配することがあるからです。
 生きていることも、亡くなったことも隠され、存在そのものがなかったことにされる障害者が、今の2022年にもいるのです」(26日付琉球新報)

 伊是名さんはこの背景には、「自分ができることをアピールし、できることが一つでも多くあることがいいことだと考える能力主義」があると指摘します。

 伊是名さんと同じように、「やまゆり園事件の犠牲者を悼む鎮魂のモニュメントに、殺害された19人のうち7人の名前しか刻まれていない」ことに重要な意味を見ている人がいます。重い知的障害がある娘さんと暮らす和光大学名誉教授・最首悟さん(85)です。

「地域のなかには、被害者の名前を出すこと自体がはばかれる、という人もいます。障害がある人が家族にいることがわかると、就職や結婚に響くなど、差別の牙が家族に向かうかもしれないからです」(26日の朝日新聞デジタル掲載インタビュー)

 最首さんはその背景をこう指摘します。

「「社会のお荷物になる人はいらない」といった考えは、むしろ強まっているように思います。…コロナ禍で「いのちの選別」への不安も高まりました。ロシアによるウクライナ侵攻を目にして「戦争が不可避になれば、足手まといになる人は必要ない」と考える人が増えているように思います。口に出して言わないだけです。…7人の名前しか刻まれていないのも、こうした社会の表れだと思います」(同)

 こうした社会にどう抗うか。最首さんは人と人の関係を強調します。

「私はあくまでも私なのですが、人間の単位としては、単数でない気がします。でも、2人でもない。1人以上2人未満。互いが重なり合い、少し溶けているような感じです」

 そして、こう続けます。

「植松死刑囚にこうした関係があっただろうかと考えます。私には、彼が、社会との絆を失った「孤人」のように見えるのです。孤人は、国家に頼り、国家に尽くすことで、自分の存在価値を確かめようとします」(同前)

 格差が広がり、分断され、差別が強まる社会で、多くの人が「孤人」になっている、なりかけているのではないでしょうか。それはけっして植松死刑囚だけのことでも、また、加藤死刑囚だけのことでもありません(死刑に反対する理由の1つはここにあります)。

 その「孤人」が「国家に尽くすことで自分の存在価値を確かめようとする」なら、その先に待ち構えているのは戦争ではないでしょうか。
「やまゆり園事件」も「秋葉原事件」も、そうした時代への警鐘ではないでしょうか。


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

安倍氏と統一教会・弁護団は再三抗議していた

2022年07月14日 | 事件と政治・社会・メディア
   

 「安倍氏銃撃事件」で山上徹也容疑者が恨みを抱いていた統一教会(世界平和統一家庭連合に改称)の田中富広会長が11日記者会見し、2009年以降は献金のトラブルはない、容疑者の母親の破産は知らないなどと述べたことを受け、全国霊感商法対策弁護士連絡会が12日記者会見しました(写真左・中)。冒頭、「声明文」が読み上げられました。

 その中で田中氏のウソが明らかにされましたが、とりわけ注目されたのは、同弁護士連絡会が安倍氏に統一教会との関係で再三、抗議していた事実です。「声明文」から抜粋します(太字は私)。

< 家庭を崩壊させる統一教会の活動について、行政も、あるいは政権を担う当の政治家の方々も、この30年間以上、何も手を打ってきませんでした。今回の行為は決して許されることではありません。ただ、こうした問題に対して、社会としてどう取り組むべきかが改めて今回問われているのだろうと考えます。

 安倍元首相が統一教会やそのダミー組織の一つであるUPF(天宙平和連合)などのイベントにメッセージを発信することを繰り返し、特に昨年9月12日に行われた『神統一韓国のためのTHINK TANK 2022 希望前進大会』でビデオメッセージを主催者に送り、その中で、文鮮明教祖の後継の教祖である韓鶴子氏に対して「敬意を表します」と述べたこと(写真右)。これは統一教会のために人生や家庭を崩壊、あるいは崩壊の危機に追い込まれた人々にとって大変な衝撃を与えるものでしたし、当会としても厳重な抗議をしてきたところです。

 献金勧誘行為や信者獲得手法について繰り返し違法である旨の判決が下されている統一教会やそのダミー組織の活動について政治家の方々が支持するような行動は厳に慎んでいただきたいと、改めて切実にお願いしたいと思います。>(ABEMA NEWSより)

 弁護士連絡会が昨年9月17日付で安倍氏に送った「抗議文」にはこう記されています(抜粋)。

< 昨今、国会議員や地方議員の方々が統一教会やそのフロント組織の集会・式典などに出席し祝辞を述べ、祝電を打つ行為が目立っています。これらの行為は、統一教会に、自分達の活動が社会的に承認されており、問題のない団体であるという「お墨付き」として利用されます。

 当連絡会はかねてより政治家の皆様が統一教会(家庭連合)と連携することがどのような社会的弊害をもたらすか考えて慎重な対応をされるようお願いしてきました。2019年9月27日には全国会議員に向けた要望書を発出しているところです。

 ところが本年9月12日の集会において、安倍前首相の基調講演が発信される事態が生じました。これを統一教会が広く宣伝に使うことは必至です。今後の被害の拡大を強く憂慮しています。安倍先生(ママ)が、統一教会の教祖・幹部に対し「敬意を表します」と述べたことが、今後日本社会に深刻な悪影響をもたらすことを是非ご認識いただきたい。>

 衆院議員会館の安倍晋三事務所はこの「抗議文」の受け取りを拒否したといいます。統一教会との「連携」について、安倍氏はまさに“確信犯”だったと言えるでしょう。そして、弁護士連絡会の憂慮・懸念は最悪の形で現実になりました。

 安倍氏の元首相としての影響力は他者の比ではありません。同時に重要なのは、統一教会やそのフロント組織の集会にメッセージや祝電を送っているのは安倍氏だけではないということです。統一教会は自民党に広く深く食い込んでいます。

 そして、「声明文」が冒頭で指摘しているように、「行政も、政権を担う政治家も、この30年間以上、何も手を打ってこなかった」ことこそ最大の問題です。

 政府はなぜ「30年間以上」反社会的な統一教会を野放しにしてきたのか。
 それは、安倍氏や祖父の岸信介元首相に代表される自民党の反共・右翼体質と統一教会に親和性があるからです。そして、統一教会は自民党議員から「お墨付き」を得、自民党は統一教会を選挙や反動法案強行の実動部隊に利用する持ちつ持たれつの関係があるからにほかなりません。
 問われるべきは、安倍氏を筆頭とした、統一教会と癒着している自民党の体質そのものです。

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

安倍晋三・岸信介両氏と統一教会・ハンギョレ新聞が報じた「腐れ縁」

2022年07月13日 | 事件と政治・社会・メディア
   

 「安倍晋三氏銃撃事件」(8日)の背景に、安倍氏と統一教会(2015年に世界平和統一家庭連合に改称)の関係があることが明らかになっていますが、山上徹也容疑者はさらに、「(統一教会を韓国から日本へ)招き入れたのが(安倍氏の祖父の)岸信介元首相。だから安倍氏を殺した」と話している(12日付琉球新報=共同、カッコは私)といいます。

 同記事は、「岸氏が教団を日本に招き入れたとの根拠は不明」としていますが、韓国のハンギョレ新聞(日本語デジタル版)は12日、「安倍元首相は「統一教会」の映像になぜ登場したのか…教主と日本右翼との腐れ縁」と題した解説記事を掲載しました。要点を抜粋します(写真左も同紙より。太字は私)。

< 安倍元首相が統一教会の行事に映像を送ったのは、統一教会が古くから日本の右翼政治勢力と結んできた関係のためだとみられる。統一教会の文鮮明(ムン・ソンミョン、1920~2012)教主は、1968年4月に日本で国際勝共連合を創設して以来、日本の右翼政治家と密接な関係を築いてきたという。安倍元首相の母方の祖父であり自民党内の極右派だった岸信介元首相が、1970年4月に日本の統一教会を訪問していることからも、それが確認できる。それ以降、岸元首相は1970年代、自民党によるスパイ防止法制定などの反共立法過程で、財政支援と世論形成のために国際勝共連合を積極的に活用したという。>

< 全国霊感商法対策弁護士連絡会(統一教会の被害対策に取り組む弁護士の連合組織)の会長で、著書『検証・統一協会=家庭連合』で統一教会の実体を暴露した山口広弁護士は、2017年の韓国CBSとのインタビューで、統一教会の自民党内における政治勢力化を助けた中心人物として、岸信介A級戦犯容疑者だった笹川良一元衆議院議員の名をあげた。山口弁護士は「統一教会の政治勢力化は安倍晋三首相の祖父である岸信介元首相の時から始まり、笹川良一が橋渡しの役割を果たした」とし「保守政権下で統一教会=勝共連合の力を利用して対北朝鮮政策や反共運動を繰り広げてきたが、日本の政治家には若い選挙運動員や党員がほとんどいないため、統一教会が組織的に金と運動員を送ってくることを拒否はできなかっただろう」と述べている。>

< 日本の統一教会は、主に訪問販売による「霊感商法」で資金を集めた。超自然的な霊力があると主張する印鑑、花瓶、装飾品、多宝塔や釈迦塔の模型、木柱、高麗人参エキスなどを販売した。統一教会の販売行為によって被害者が続出したことで、日本では300人あまりの弁護士が霊感商法対策弁護士連絡会を結成し、被害例の調査と救済に取り組んだ。>

 岸信介氏と深い関係にあった統一教会=国際勝共連合は、自民党内右派勢力を育成し、また反動法案強行の世論をつくる実働部隊となったのです。

 資金集めについて、同連合の田中富広会長は11日の記者会見で、「霊感商法」や「高額献金」は過去の話だとし、2009年以降そのようなことはないと言いました。しかし、それは事実に反します。

「被害者救済に取り組む勝俣彰仁弁護士は「現在も高額な献金を要求されるなどの被害相談は多い」と話す。弁護士連絡会によると、規制が強化された物品販売に代わり、「浄罪」などとして金品を要求する手法が増えている。統一家庭連合に関係する昨年の被害額は約3億3千万円だったという」(12日付沖縄タイムス=共同)

 被害が多発している統一家庭連合の集会に安倍氏がビデオメッセージを送っていたことは、その資金集めの広告塔の役目を安倍氏が果たしていたことになり、責任は免れません。

 今回の事件の底流に、こうした統一教会・家庭連合と安倍氏、そして祖父の岸信介元首相らとの「腐れ縁」があることは否定できません。さらに全容を究明する必要があります。

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「安倍銃撃事件」NHKクロ現が暴いた背景・隠した背景

2022年07月12日 | 事件と政治・社会・メディア

  

 11日夜のNHKクローズアップ現代は、「安倍元首相銃撃事件の“背景”に何が」を放送しました。そこには暴かれた「背景」と、隠された「背景」がありました。

 暴かれた注目すべき「背景」は、安倍晋三氏と世界平和統一家庭連合(旧統一教会)の関係です。

 山上徹也容疑者はある宗教団体に恨みを持ち、安倍氏がその団体とつながっていると思ったことが銃撃の動機だと供述しています。
 その宗教団体は、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)で、この日、同連合の田中富広会長が記者会見しました(写真中)。

 田中氏は、容疑者の母親が信者であること、安倍氏が関連団体のUPFにメッセージを送ったことはあること、しかし同連合の顧問などになったことはないことなどを説明しました。

 クロ現はいち早く同連合に文書で質問を送っており、番組ではそれに対する「回答」が紹介されました(写真右)。
 安倍氏がUPFに送ったメッセージとは、2021年9月の大会にオンラインで登場したもので、同大会にはトランプ前米大統領もビデオメッセージを送っていたことが明らかにされました(写真左)。

 また、寄付金について、田中氏は「捜査中」として言及を避けましたが、クロ現は同連合の複数の元・現信者の証言で、同連合が多額の寄付金を徴収する「宗教団体」であることを明らかにしました。

 同連合の前身の「統一教会」は、韓国の文鮮明を教祖とするエセ「宗教団体」で、「集団結婚式」や霊感商法で悪名をはせました。その政治組織である国際勝共連合は、反共謀略組織として知られています。

 こうした団体と安倍氏が親しい関係にあったことは、今回の事件の重要な要素であり、さらに究明される必要があります。

 一方、クロ現がまったく(あえて)触れようとしなかったのが、山上容疑者と自衛隊の関係です。

 番組は容疑者の少年時代、派遣社員時代(2020~22年)、近所の証言(いずれも新味なし)などをたどりながら、2002年から05年まで容疑者が海上自衛隊の自衛官だったことはスッポリ落としました。

 ただ触れないだけでなく、桑子真帆キャスターとNHK社会部記者のやりとりで、「2005年に海上自衛隊を辞めてからおととし派遣会社に勤めるまでの15年間が分かっていない」「この期間が分かれば…」などと、あえて焦点を海自を辞めて以後に当てようとしました。

 容疑者が手製銃で犯行に及んだ今回の事件で、自衛隊との関係の究明は不可欠です。容疑者が自衛官時代、銃や爆発物など武器に関してどのような教育・訓練を受けたのか、徹底的に明らかされなければなりません。
 また、武器の教育・訓練を受けた者が自衛隊を辞めて社会に出て行く問題も議論される必要があります(11日のブログ参照)。

 こうした問題にあえて触れないのは、今回の事件が自衛隊のマイナスイメージにつながり、ひいては自民・岸田政権が強行しようとしている軍事費の大幅拡大、米軍との一体化強化にマイナスになるという岸田政権の危惧を、NHKが忖度したものか、あるいは政権からなんらかの要請・指示があったものかと考えざるをえません。


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「銃撃事件」の重大性と安倍政治の評価は別

2022年07月09日 | 事件と政治・社会・メディア
   

 8日、安倍晋三氏が銃撃され、死亡した事件は、大きな衝撃でした。容疑者の動機・背景は今後明確にされる必要があります。
 
 しかし、事件の重大性とは別に、発生から半日間の政界・メディアの対応・動向には疑問を禁じ得ないことが少なくありませんでした。

 第1に、岸田首相が全閣僚を東京に呼び戻し、閣僚会議(16:30~16:50)を行ったことです。

 安倍氏は元首相ではあっても、今は自民党の一幹部にすぎません。要人警護の点検・強化は必要でしょうが、首相、官房長官と担当部局が行うべきことです。閣僚会議は閣議と並ぶ政府の重要機関です。自民党幹部に対する事件でそれを緊急招集するのは、政府として逸脱しています。

 第2に、多くの党が選挙活動を中止・自粛したことです。

 自民、公明、維新、国民、NHK党が事件発生以後、候補者を含む街頭宣伝を中止しました。立憲民主も党役員の選挙応援を中止しました。これは誤りです。

 「暴力に屈することになるから選挙活動はやめるべきではない」という意見がありますが、私は別の理由で誤りだと考えます。それは、これらの党が選挙活動を中止した主な理由が、暴力に屈したからではなく、安倍氏に対する配慮だったと思うからです。安倍氏の命が危ういとき(中止決定の時点)、選挙などやっていていいのか、という自粛だったのではないでしょうか。

 それは憲法に規定されている国政選挙の重要性に対する根本的な無理解・不見識と言わざるをえません。

 第3に、メディアの異常報道です。

 NHKが正午のニュースで第1報を報じて以降、NHKはもちろん、すべての民放各局が特別編成で終日ほぼこの事件一色に染まりました。重大な事件ですから、特別報道は当然です。しかし、その内容は、新たな情報・進展がない中で、同じ映像・コメントの繰り返しでした。また昭恵夫人の「病院到着」の経過など詳しく報じる必要のないものもありました。

 こうしたメディア集中豪雨的報道は、安倍氏への特別扱いであると同時に、情報の有無・進展にかかわらずいっせいに横並び報道を繰り返す「メディア・スクラム」の悪弊です。
 この事件以外にも、ウクライナ戦争をめぐるG20外相会合、コロナ感染、大雨警報など、報じなければならない問題は少なくありませんでした。

 NHKに限らず民放各局で、喪に服しているかのように黒系の服を着たキャスターが少なくなかったのも、客観報道を逸脱しています。

 第4に、安倍氏の回顧に際して、安倍政治の多くの負の側面が捨象され、美化されたことです。

 不幸にも安倍氏が死亡したことにより、メディアはたんに事件を報じるだけでなく、安倍氏を回顧することになりましたが、その内容は、安倍政治がもたらしたマイナス面にはほとんどふれないきわめて偏向したものでした。

 その典型はNHKで、「長期政権、国政選挙連勝、地球外交」などの評価に終始しました。安倍政治を語るときに不可欠な、憲法違反の集団的自衛権容認閣議決定、戦争法強行、敵基地攻撃論、軍事費GDP2%論、核兵器共有論、台湾有事論、戦時性奴隷(「慰安婦」)・強制労働(「徴用工」)での歴史改ざん・被害者切り捨て、朝鮮学校差別、モリ・カケ・桜問題などなど、安倍政治の数々の負の“実績”は完全に捨象されていました。

 メディアだけではありません。自民、公明、維新が安倍氏を賛美したのはもちろん、「まさに巨星堕つ」(国民民主・玉木雄一郎代表)、「我が国の国政に多大なる歩みを残され、我が国をリードされた」(立憲民主・泉健太代表=朝日新聞デジタル)など、「野党」党首からも安倍政治賛美が繰り返されました。

 政治家、とりわけ権力者の回顧・評価は、客観的・科学的に行われなければなりません。それは事件の重大性とはまったく別問題です。情緒に流された美化は、歴史の改ざんにほかなりません。

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

大林三佐子さんの死は何を問いかけているか

2021年05月03日 | 事件と政治・社会・メディア

    
 終バスが行ったあとの渋谷バス停で、座って体を休める路上生活をしていた大林三佐子さん(当時64)が、近所の男に殴打され死亡(2020年11月6日)して、半年になります。
 1日夜のNHK「事件の涙」はこれを追跡取材しました。ネット上ではいまも大林さんを悼む書き込みが絶えず、その多くは女性だといいます。「いつ自分が同じようになってもおかしくない」「彼女は私だ」

 大林さんは広島市生まれ。小さい時から人と接するのが好きで、広島にいるときは劇団に所属していたこともある(写真右)。27歳で結婚して東京へ。しかし1年で離婚。理由は夫の暴力。コンピュータ関係の会社に勤めたが、30歳で退職。数年ごとに転職を繰り返した。
 10年ほど前から、短期契約のスーパーなどの試食販売員で食いつないだ。日給約8000円。給料が出るとすぐにコンビニで電気代やガス代を払っていた、と親しかった同僚は言う。

 毎年クリスマスには郷里の母親と首都圏に住むただ一人の弟にカードを送った。かわいいイラストを手書きして。そのカードが4年前から届かなくなった。同時期、大林さんはアパートから出た。家賃が払えなくなった。キャリーケースを持ち歩く生活になった。

 「試食販売で自分で生活を立て直そうとしていた。けれど、頑張っても頑張っても、はい出せなかった。アパートを借りることもできなかった」(元同僚)
 その試食販売の仕事も、コロナ禍でなくなった。

 大林さんの死は、何を問いかけているのでしょうか。番組で紹介された関係者の言葉を手掛かりに考えたいと思います。

 姉が路上生活をしていたことは事件後初めて知ったという弟―「なぜ助けを求めてくれなかったのか」

 路上生活者を支援しているNPO代表―「路上生活者は助けを求めにくい。とくに女性は人に声をかけにくい。怖いから」

 事件前からバス停で大林さんを見かけていたという近所の男性―「どうすることもできなかった。ちょっとした優しさが何になるかわからなかったし」

 実父からの性暴力で家を出てホームレスになり、SNSで知り合った男性の家を転々として暮らしていた21歳のK さん。大林さんが亡くなったベンチに花を供え―「(路上生活者にとって周りは)別世界なんです。私はこの世界にはいない…。自己責任と言われる社会。その人(大林さんのような人)を見つけることができない社会なんです」(K さんは去年夏からSNSで見つけた支援団体の援助でアパートに入居)

 番組ナレーション―「事件後、小さな変化が起きています。路上生活を支援する若者が増えているのです」

 結婚から死に至るまで、大林さんの人生はこの社会の女性差別に貫かれていました。コロナ禍がそれを助長しました。

 「なぜ助けを求めなかった」。残念な思いからつい言ってしまいそうな言葉ですが、それはベクトルが逆でしょう。「夜道は危険。痴漢に注意」の標語同様、被害と加害が逆転しているのではないでしょうか。

 「ちょっとした優しさが何になる」。たとえ何もできなくても、「大丈夫ですか?」と声をかけるだけで、大林さんの孤立感はいくらかでも和らいだのではないでしょうか。

 考えたいのは、「ちょっとした優しさ」をどこへ向けるかです。

 大林さんの姿を見かけていた人の中で、行政(区役所)に知らせた人はいたのでしょうか。「路上で困っている人がいます。支援を」と。警察は巡回で大林さんを見かけていたはずです。知っていながら見て見ぬふりをしていたのではないでしょうか。

 問うべきは行政・政治の責任です。市民の「ちょっとした優しさ」は行政・政治への突き上げに向かうべきです。路上生活を支援する若者が増えているのは素晴らしいことです。が、その気づき、「優しさ」は政治・行政へ向けられてこそ生かされるのではないでしょうか。

 「自助」「共助」の危うさ。「自助」と「共助」は紙一重です。問われるべきは「公助」です。いいえ、「公助」という言葉自体、トリックです。公(政治・行政)が市民の命・生活を守るのは援助ではなく責務です。「公助」ではなく「公責」と言うべきです。

 首相が就任後初の所信表明演説で「私が目指す社会像は、自助・共助・公助」(2020年10月26日、菅義偉首相)と、「公助」よりも「自助・共助」を前面に出してはばからない日本。大林さんの死が問いかけているのはそんなこの国のあり方です。


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

植松被告とトランプ大統領

2020年03月19日 | 事件と政治・社会・メディア

    
 相模原事件(2016年7月26日)の植松聡被告(30)に、「死刑判決」が言い渡されました(16日横浜地裁・青沼潔裁判長)。犯行の動機、事件の背景については未解明な点が多く、軽々に論評することはできませんが、限られた情報でも意見を述べることは必要だと考え、以下、限定的な感想を述べます。

 「日本社会の基底に、相模原の事件は太いくいを打ち込むような出来事でした。なぜなら、この時代と社会に静かに組み込まれ、巧妙に隠されてきた優生思想が表出したからです」。作家の辺見庸氏はこう指摘し、その意味で「(植松被告は)『社会的産物』であり、事件は『一人格の問題』ではない」(13日付沖縄タイムス=共同配信)とみます。

 雨宮処凛氏(作家・社会運動家)は、「自己責任」論がまん延する中、「多くの人が『自分の苦しみの原因』がどこにあるのかわからないまま、『敵』を欲しがり、叩きたがる」、そんな日本社会でこの事件は起きたとし、「私自身の『内なる植松』との対話」の必要性を主張します(編著『この国の不寛容の果てに』2019年大月書店)。

 注目されるのは、植松被告が強い影響を受けた人物が、アメリカのトランプ大統領だったことです。

 獄中の被告と何度も面会したジャーナリストの神戸金史氏は、雨宮氏との対談でこう述べています。
 「影響を受けたのはトランプ大統領だと言っていましたね。彼はすごい、と。…タブーとかポリティカル・コレクトネス(政治的正しさ)を恐れず、みんなが内心思っている本音を言うことで社会を変えようとしている、と。自分もそれをやったのだと言っていました」(前掲書)

 植松被告はトランプ氏への「憧れ」を口にするようになり、「金髪にし、黒いスーツや赤いネクタイを身に着けた」(17日付沖縄タイムス=共同)といいます。そして公判でも、「国境に壁をつくるとのトランプ氏の発言に影響を受けたと説明し、こう発言した。『もう言っていいんだと思った。真実を。意思疎通できない方を安楽死させるべきだと』」(同)

 植松被告が「この時代と社会に巧妙に隠されてきた優生思想を表出」させた、言い換えれば露骨な差別思想を公言し行動に移した、その有力な引き金になったのがトランプ大統領の言動だったことは間違いないでしょう。
 「重度障害者を殺害すれば不幸が減る。障害者に使われていた金がほかに使えるようになって世界平和につながる」という被告の主張は、荒唐無稽に聞こえますが、実はトランプ氏の経済第一主義、差別主義と通底するものです。植松被告が「社会的産物」なら、その「社会」をつくっている代表的人物がトランプ氏だと言えるでしょう。

 そして、植松被告は言及していませんが、日本でそうした「社会」をつくっている人物の筆頭が、トランプ氏との親密ぶりを誇示する安倍晋三首相であることは明らかです。朝鮮・韓国や中国への偏見・差別をむきだしにし、福祉を切り捨てて貧富の格差を拡大する安倍氏の思想、新自由主義政策が、この「社会」をつくってきました。

 だからこそ、植松被告にはもっと語ってもらわねばなりません。犯行動機、事件の背景を植松被告とともに徹底的に解明しなければなりません。

 しかし、植松被告は死刑になろうとしています。国家によって抹殺され、事件の背景はうやむやにされようとしています。一方、トランプ氏や安倍氏は引き続き国家の最高権力者として、この「社会」に君臨し続けます。市民が人を殺傷すれば犯罪として処罰されるが、国家が犯す大量殺人(戦争など)は放任され、ときに賞賛さえされる。そんな不条理な構図がここにもあるのではないでしょうか。

 「死刑」は国家による殺人であると同時に、国家の暗部を隠蔽するものです。それは私たちが「内なる植松」を凝視し、「社会」を変えていくことを阻みます。だからこそ「死刑制度」は廃止しなければなりません。


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「相模原事件」の抜け落ちた視点

2020年01月09日 | 事件と政治・社会・メディア

  

 8日に初公判が行われた相模原殺傷事件。被告の特異な言動に目が向けられがちですが、重要なポイントが抜け落ちているように思われます。それは、被告が施設の職員であったことです。

  障害者施設の現場は直接知りませんが、介護施設の現場は、母のグループホームで身近に接しています。短時間、その一端に触れるだけですが、それでも介護の現場がいかに過酷な場所であるかは分かります。

 施設職員にとって入所者は血のつながっていない他人です。その下の世話・処理(たいへんな状況が多い)、夜中のケア、さらに入所者の“わがまま”、ときに“暴言”。実の親子でも我慢できず、思わずきつい言葉を返したり、手を出したりしかねません。それでも限界にきて施設に預ける。それを引き取って24時間ケアしてくれるのが施設の職員です。ほんとうに頭が下がります。まさに聖職といえるのではないでしょうか。

 そんな尊い仕事をしている施設職員に対し、日本社会は、私たちは、正当な敬意を払っているでしょうか。職員は妥当な待遇を受けているでしょうか。逆に社会の片隅に追いやられているのではないでしょうか。なによりも、他の職種にくらべきわめて劣悪な賃金のもとに置かれていることが、施設職員がこの社会でどう見られているかを示しています。

 介護施設職員が置かれている低待遇(必要な敬意が払われていないことを含め)は、要介護者・高齢者がこの社会でどう見られているかの反映にほかなりません。
 介護施設と障害者施設は同一ではないとしても、この点では共通しているのではないでしょうか。こうした劣悪な実態が、「生きていても役に立たない」という差別意識を増幅させたとしても不思議ではありません。

 もちろん、それが事件の原因だと言っているのではありません。被告の言動・犯罪行為は決して許されるものではありません。劣悪な環境の中でも、多くの(ほとんどの)職員は献身的に働いています。しかし、そのストレスはたいへんなものでしょう。そのストレスは弱い部分から噴出します。時に報じられる「施設における虐待」はその氷山の一角でしょう。

 「人を差別してはいけない」。それを否定する人はまずいないでしょう。しかし、差別は意識だけで生まれるものではありません。障害者、あるいは要介護・高齢者、その家族、施設職員が置かれている劣悪な生活・労働実態は、それ自体が差別であり、差別意識を再生産するものです。そこにメスを入れなければなりません。

 具体的には、自民党政府の低福祉政策を転換し、福祉施設に働く職員の給与を全従業員の平均水準かそれ以上に直ちに引き上げることです。5兆円を超えている軍事費を削減して福祉施設の増設、職員の待遇改善に振り向けるべきです。

 個人・社会の差別意識の克服は、それを生みだしている政治・政策の転換でこそ、その相乗作用でこそ可能なのではないでしょうか。


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ハンセン病家族訴訟は「勝訴」したけれど…

2019年06月29日 | 事件と政治・社会・メディア

     

 28日熊本地裁で下されたハンセン病家族訴訟の原告勝訴判決は、最近の司法のいっそうの反動化(国家権力迎合)の中で、画期的といえるものです。安倍政権は判決に服し、控訴すべきではありません。

  同時に、家族の「人生被害」に対する国の賠償責任を認めた今回の判決を、私たちはただ「良かった」ですませることはできません。なぜなら、裁判で被告になったのは「国」でしたが、家族に「人生被害」を与えた、いや今も与え続けているのは「国」(政府)だけではないからです。「日本の社会」、それを構成している私たち「日本人」もまたその責任が問われているからです。

 裁判で「勝訴」の判決が下りただけではハンセン病患者・元患者・家族に対する差別はなくなりません。それを示す苦い歴史的事実があります。

 18年前、元患者らが初めて国の責任を追及した「らい予防法違憲国家賠償訴訟」は、今回と同じ熊本地裁で「原告全面勝訴」の画期的な判決を勝ち取りました(2001年5月11日)。小泉政権(当時)は控訴を断念し、判決は確定しました。これでハンセン病に対する誤解は解け差別はなくなると期待されました。

 ところがそれから2年後の2003年、熊本県主催の催しのため同県が県内の国立療養所菊池恵楓園の元患者と付き添い22人の宿泊を黒川温泉ホテルに予約(9月)したところ、宿泊が元患者らであることを知ったホテル側が直前になって宿泊を拒否(11月)する事件が起こったのです(いわゆる「ハンセン病元患者宿泊拒否事件」事件)。

 問題はホテル側だけではありませんでした。ホテル側の記者会見が報道されたところ、その責任を問うのではなく逆に元患者や県を批判する「世論」が沸き起こったのです。

 この事件に大きな衝撃を受けた同訴訟弁護団の徳田靖之弁護士(写真右)は、のちに事件を振り返ってこう述べています。

 「自分はハンセン病について知ろうとしてきたのか、知った時どうしようとしたのか、ハンセン病問題にどうかかわろうとしてきたのか、自分は差別の加害者ではなかったのかと、自分に問いかけてほしい」(2019年5月12日放送Eテレ「こころの時代」)

 徳田弁護士は今回の家族訴訟でも弁護団の共同代表を務めています。判決を前に、徳田さんは今回の裁判について、「国に責任を認めさせることが訴訟の第1の意義だ」とし、続けてこう述べていました。

「第2の意義は、家族を差別し、地域から追い出した社会の責任を明らかにすること。私たち一人一人が加害者だということを明らかにしなければ差別はなくならない」(6月27日付沖縄タイムス)

 今回の裁判・判決を私たちは「第三者」としてとらえることは許されません。自分自身の問題として自らに問わねばなりません。

 「自分はハンセン病について、その差別の歴史と現実について、どれだけ知っているのか、知ろうとしてきたのか。自分は差別してこなかったか、差別を黙認してこなかったか。自分は加害者ではないのか」

 


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする