アリの一言 

天皇制、朝鮮半島、沖縄の現実と歴史などから、
  人権・平和・民主主義・生き方を考える。
   

日曜日記56・「G20」とは?・野村萬斎と五輪の商業主義・「トゥレット症候群」

2019年06月30日 | 日記・エッセイ・コラム

☆「大国」の空疎なパフォーマンス

  「G20」とは何なのか。アメリカと中国の貿易摩擦も、プラスチックごみ問題も、別の所でやればいい。わざわざ「世界の主要国」が集まり、多くの税金を使い、3万人の警察官を動員し厳戒態勢をとる必要がどこにあるのか。
  それは「大国」の政権(権力者)が自己PRする空疎なパフォーマンスにすぎない。無駄なだけではなく、大きなマイナス効果をもつ。

 安倍にとってもトランプにとっても、今回の「G20」はたいへんな選挙対策・事前運動だ。参院選で「外交の安倍」が喧伝されるのは目に見えている。この事前運動にメディアは全面的に協力した。隣国(韓国)とさえ会談できないで何が「外交の安倍」か。

  「G20」の本質的な害悪は、国連の弱体化・無力化に拍車をかけることだ。どんな「小国」も「大国」と平等な1票をもつ国連(総会)は、「大国」にとって都合が悪い。「大国」の仲間内で問題を処理したい。それが「サミット」だ。
 有害無益、「大国」の談合・パフォーマンスの「G20」(サミット)はやめるべきだ。

☆野村萬斎と五輪の商業主義

 「G20」夕食会の「文化行事」(28日)で野村萬斎が狂言を披露したそうだ。東京五輪開会式の演出担当に決まったのに続き、なにかと政府行事に顔を出すことが多くなった。

 その野村萬斎が、コカ・コーラ社のお茶AのCMをしている。コカ・コーラ社は東京五輪のスポンサー企業の1つだ。AのCMでも五輪との関係が強調され、それを受けて野村萬斎がAが五輪の公認飲料になったかのようにコメントする。

  おかしくないか。いくらスポンサーだといっても、五輪は一応、公的行事だろう。そのプロデューサーに決まった人物が五輪との関係を強調して特定の商品をPRする。これは地位利用ではないのか。
 そんなこともお構え無しで横行するほど、五輪は商業主義に侵されているということか。

 ☆「トゥレット症候群」

  「バリバラ」(Eテレ、27日)で「トゥレット症候群」が取り上げられた。初めて聞く名前だ。けいれんしたような動作(運動性チック)や突然の大声(音声チック)など、複数のチック症が1年以上続く病気をいうそうだ。「心の問題」ではなく、不随意運動を伴う脳の障害だ。

  患者は壮絶ないじめ・差別を受ける。小学生の時に発症した男性(31)は、参観日に親がいる前で担任の教師に、「ここには1人”動物園“がいますが…」と言われた。電車に乗れば、避けられたり、「降りろ」と言われたり、暴力を振るわれることも。外に出られない。居場所がない。「みじめに生きるより死んだ方がいい」。いじめ・差別、孤独、自殺未遂の連鎖だ。

  司会者の1人が「知らないからいろいろ質問したくなりますが、それは興味本位ですか?」と聞くと、男性は答えた。「いいえ、質問されるのはうれしい。全部しゃべります。聞いてほしい」
 知らないことは恐ろしい。無知は人を差別者・加害者にする。
 男性はこうも言った。「受け入れてくれる人がいたら、私の人生は変わっていたでしょう」

 ※当ブログは前身の「私の沖縄日記」から通算して今日で1500回目になりました(1回目は2012年11月26日)。お読みいただき、誠にありがとうございます。これからもほんとうに微力ながら、自分にできることをやってゆこうと思っています。よろしくお願いいたします。


ハンセン病家族訴訟は「勝訴」したけれど…

2019年06月29日 | 事件と日本社会

     

 28日熊本地裁で下されたハンセン病家族訴訟の原告勝訴判決は、最近の司法のいっそうの反動化(国家権力迎合)の中で、画期的といえるものです。安倍政権は判決に服し、控訴すべきではありません。

  同時に、家族の「人生被害」に対する国の賠償責任を認めた今回の判決を、私たちはただ「良かった」ですませることはできません。なぜなら、裁判で被告になったのは「国」でしたが、家族に「人生被害」を与えた、いや今も与え続けているのは「国」(政府)だけではないからです。「日本の社会」、それを構成している私たち「日本人」もまたその責任が問われているからです。

 裁判で「勝訴」の判決が下りただけではハンセン病患者・元患者・家族に対する差別はなくなりません。それを示す苦い歴史的事実があります。

 18年前、元患者らが初めて国の責任を追及した「らい予防法違憲国家賠償訴訟」は、今回と同じ熊本地裁で「原告全面勝訴」の画期的な判決を勝ち取りました(2001年5月11日)。小泉政権(当時)は控訴を断念し、判決は確定しました。これでハンセン病に対する誤解は解け差別はなくなると期待されました。

 ところがそれから2年後の2003年、熊本県主催の催しのため同県が県内の国立療養所菊池恵楓園の元患者と付き添い22人の宿泊を黒川温泉ホテルに予約(9月)したところ、宿泊が元患者らであることを知ったホテル側が直前になって宿泊を拒否(11月)する事件が起こったのです(いわゆる「ハンセン病元患者宿泊拒否事件」事件)。

 問題はホテル側だけではありませんでした。ホテル側の記者会見が報道されたところ、その責任を問うのではなく逆に元患者や県を批判する「世論」が沸き起こったのです。

 この事件に大きな衝撃を受けた同訴訟弁護団の徳田靖之弁護士(写真右)は、のちに事件を振り返ってこう述べています。

 「自分はハンセン病について知ろうとしてきたのか、知った時どうしようとしたのか、ハンセン病問題にどうかかわろうとしてきたのか、自分は差別の加害者ではなかったのかと、自分に問いかけてほしい」(2019年5月12日放送Eテレ「こころの時代」)

 徳田弁護士は今回の家族訴訟でも弁護団の共同代表を務めています。判決を前に、徳田さんは今回の裁判について、「国に責任を認めさせることが訴訟の第1の意義だ」とし、続けてこう述べていました。

「第2の意義は、家族を差別し、地域から追い出した社会の責任を明らかにすること。私たち一人一人が加害者だということを明らかにしなければ差別はなくならない」(6月27日付沖縄タイムス)

 今回の裁判・判決を私たちは「第三者」としてとらえることは許されません。自分自身の問題として自らに問わねばなりません。

 「自分はハンセン病について、その差別の歴史と現実について、どれだけ知っているのか、知ろうとしてきたのか。自分は差別してこなかったか、差別を黙認してこなかったか。自分は加害者ではないのか」

 


「解散の大義」発言は露骨な天皇の政治利用

2019年06月27日 | 天皇制と憲法

     

 国会は26日閉会しましたが、最終盤、憲法上けっして見過ごすことができない問題がありました。
 それは、野党側が安倍内閣不信任決議案を提出しようとしたのに対し、政府・自民党から「不信任案の提出は(衆院)解散の大義になりうる」(菅義偉官房長官、萩生田光一自民党幹事長代理)との発言が相次いだことです。
 結局、不信任決議案は否決され、解散は行われませんでしたが、この政府・自民党の暴言は今後も繰り返される可能性があり、黙過できません。

 「解散の大義」発言は、政府・自民党による野党へのけん制・脅しですが(メディアの報道はその側面のみ)、問題の本質は、この発言が憲法の民主的原則に反する露骨な天皇の政治利用だということです。

 憲法69条は、不信任決議案が可決された場合、あるいは信任決議案が否決された場合は、「内閣は…衆院が解散されない限り、総辞職しなければならない」としています(69条解散)。それはあくまでも「不信任案が可決」された場合であり、決議案が提出されただけで解散できる、「解散の大義」になるなど憲法の歪曲も甚だしいと言わねばなりません。

 にもかかわらず菅氏や萩生田氏が公然と「解散の大義」を口にし、それを批判するメディアもないのはなぜでしょうか。それは、憲法7条「天皇の国事行為」の第3項に「衆議院を解散すること」とあり、また天皇の国事行為は「内閣の助言と承認」(3条)を必要とすることから、あたかも内閣(首相)に解散権があるかのように思われている(思わせている)からです(いわゆる「7条解散」)。

 憲法学説上、解散は69条に限定されるべきだという説がある一方、7条解散を容認する説があるのも確かです。しかし、その場合も、解散にはそれ相当の理由(まさに大義)がなくてはなりません。そのことを否定する学説はありません。

 「日本国憲法には、内閣の解散権を明示した規定はない。…現在では、七条によって内閣に実質的な解散権が存するという慣行が成立している。…七条により内閣に自由な解散権が認められているとしても、解散は国民に対して内閣が信を問う制度であるから、それにふさわしい理由がなければならない。…内閣の一方的な都合や党利党略で行われる解散は、不当である」(芦部信喜著『憲法 第五版』岩波書店、太字は引用者)

 今回のように(自民党政権の「7条解散」はいつもそうですが)、疑惑の隠ぺいを図ったり、衆参同日選挙が政権党に有利だからなどの”理由“で解散権をちらつかせたり解散することが、憲法上許されない党利党略であることは明白です。

 同時に、もう一歩踏み込んで考えてみたいと思います。

 それは、政府・自民党の「首相に解散権がある」発言が憲法の意図的な歪曲であることは確かだとしても、彼らにそう言わせる“根拠”に7条の「天皇の国事行為」がなっているという事実です。だからメディアも批判せず、野党も「党利党略」は批判しても「7条解散」自体は批判しません。みんな「天皇の国事行為」を是認する「象徴天皇制」の蚊帳の中にいるからです。

 しかし、主権在民の憲法原則に照らして、「天皇の国事行為」なるものが果たして必要でしょうか。まして、「国権の最高機関」である国会(衆議院)を「解散する」行為を天皇が行うことが、国民主権の下で正当でしょうか。正当ではありません。

 政府・自民党の党利党略の「解散権」発言を許してならないことはもちろんですが、彼らの発言に口実を与えている「天皇の国事行為」の是非、「象徴天皇制」自体を、憲法の民主的原則に照らして再検討することが必要なのではないでしょうか。


沖縄・平和資料館に「靖国化」の危険

2019年06月25日 | 沖縄と天皇制

     

 22日付の沖縄タイムス(1面)に注目される記事がありました。
 見出しは「平和資料館 入館者低迷 ひめゆりと県祈念館 沖縄戦関心薄れか」――「沖縄戦の証言や記録を展示するひめゆり平和祈念資料館(糸満市)と県平和祈念資料館(同市)の入館者が低迷している。23日で開館30年を迎えるひめゆり資料館(写真左)は2005年度から13年連続で減少。県資料館もピーク時の4分の3程度になっている」

  これ自体軽視できない動向ですが、それ以上に注目したのは次のことです。

 「一方、対馬丸記念館(那覇市)は開館した04年度から13年度まで1万人台だったが、14年度は2万9857人に増加。18年度は2万5971だった」
 14年度は13年度までに比べ2倍に急増したことになります。問題はその理由です。
 「自身も疎開経験がある上皇さまが天皇陛下時代の14年に同館を訪問したことや、生前退位をめぐる報道などが影響したとみられる」(22日付沖縄タイムス)

 沖縄タイムスの観測がどこまで当たっているかは分かりませんが、13年度までと14年度の間に起こったこととして明仁天皇・美智子皇后(当時)の同館訪問(2014年6月27日)があることから、妥当な見方といえるでしょう。

 天皇・皇后の訪問で対馬丸記念館の来館者が倍加した――。これをどう考えればいいでしょうか。
 天皇・皇后のおかげで来館者が増えた、結構なことではないか、と言えるでしょうか(沖縄タイムスの記事はそういうニュアンスです)。

 対馬丸記念館のすぐ横に、対馬丸以外の民間船舶犠牲者を慰霊する「海鳴りの像」(写真右)があります。天皇・皇后の対馬丸記念館訪問に際し、戦時遭難船舶遺族会は「海鳴りの像」もぜひ訪れてほしいと宮内庁を通じて要望しました。しかし、天皇・皇后はそこへは行こうとはしませんでした(2014年6月28日のブログ参照)。なぜか。
 対馬丸とその他の遭難船舶の間に、国家は明白な区別(差別)をつけているからです。

 「1950年、対馬丸事件は遺族会を結成し慰霊祭のほか、補償や船体引き揚げを求めて国への要請行動を始め、1962年から対馬丸事件で犠牲になった学童や関係者の遺族に対し見舞金の支給などがあった(注・その後同館には毎年運営補助金が下りています―引用者)。しかし、対馬丸以外の撃沈船舶の犠牲者遺族への補償は十分とはいえず、中には補償を受けていない遺族がいる現状があり、軍人軍属の戦没者等と比較するとその扱いに大きな差がある」(『沖縄戦を知る事典』)

 当時の政府や軍の指示・命令(すなわち「天皇の命令」)に直接かかわる犠牲には補償するが、そうでない犠牲者(圧倒的多数の一般市民)は、同じ「天皇の名による戦争」の犠牲者であるにもかかわらず、補償などに差別をつける。言い換えれば、補償を手段に戦争犠牲者を選別して国家に取り込む。これが戦争犠牲者の「靖国化」です。

 明仁天皇・美智子皇后の度重なる沖縄訪問は、その「靖国化」の実践であったと言っても過言ではないでしょう。それはもちろん船舶犠牲者だけではありません。日本軍(天皇の軍隊)に虐殺された住民の慰霊碑(久米島など)はもちろん、天皇制政府・皇軍によって強制的に連行され犠牲になった植民地・朝鮮の軍夫や「慰安婦」の慰霊碑(「恨之碑」=読谷村、「アリランの碑」=宮古島など)に天皇・皇后が足を向けたことは一度もありません。

 天皇・皇后の訪問、さらには天皇の「生前退位」がきっかけで対馬丸記念館の入館者が急増したとすれば、それは政府の天皇・皇室キャンペーンの影響とともに、沖縄の平和資料館、戦争遺跡の「靖国化」の進行を示すものではないでしょうか。
 それは入館者の減少以上に危険な傾向と言えるのではないでしょうか。

 


沖縄「慰霊の日」に元号は似合わない

2019年06月24日 | 沖縄と天皇制

     
 23日は沖縄「慰霊の日」。辺野古新基地建設阻止だけでなく、沖縄戦から何を学び今にいかしていくかがあらためて問われています。
 その意味からも、同日行われた県主催の「沖縄全戦没者追悼式」で、たいへん気になる光景がありました。

 玉城デニー知事「時代が平成から令和へと移り…」
 安倍晋三首相「令和の時代においても…」
 そして、地元の小学6年生の「平和の詩」でも、「平成時代に私は生まれ…」「令和時代が始まり…」
 テレビで中継した3人のスピーチすべてに、「令和」「平成」という元号が、「時代」を画すものとして盛り込まれたのです。

  玉城氏や安倍氏が元号を使うのは別に不思議でもありませんが、小学生の詩にまでそれが広がっていたのは少なからず驚きでした(NHKは目ざとくニュースでそのくだりを取り上げました=写真右)。

  言うまでもなく、元号は天皇支配の象徴であり、主権在民の現憲法下では廃止されるべきものです。とりわけそれは沖縄にはふさわしくありません。「慰霊の日」にはなおさらです。その意味は3つあります。

  第1に、沖縄戦の犠牲の最大の責任者(犯罪者)が天皇裕仁だからです。

 それは、①そもそも沖縄戦は裕仁が「国体」=天皇制維持のために降伏を引きのばした結果引き起こされた②沖縄戦の多大の犠牲は裕仁が沖縄を「捨て石」にした結果生まれた③「集団強制死(集団自決)」や虐殺、マラリア・餓死などで住民を死に追いやったのは「天皇の軍隊」(日本軍)だった――という点にあります。

  第2に、敗戦後、沖縄が米軍占領下に置かれ、今も米軍基地・施設の70%が沖縄に置かれ住民を苦しめているのは、天皇裕仁が自らの戦争責任の追及(断罪)を回避するために、沖縄をアメリカに差し出した(「沖縄メッセージ」)ことに根源があるからです。それを法的に制度化した日米安保条約のレールを敷いたのも裕仁です。

  そして第3に、明治天皇制政府が琉球を併合・支配する最大の”武器“にしたのが元号だったからです。

 明治政府は琉球併合(1879年)の4年前の1875年7月10日、「処分官」松田道之を琉球に派遣し、4項目の命令を言い渡しました。その第1項に、「管内一般に明治の年号を奉じ、年中の儀礼等布告通遵奉為致候事」があります。これについて歴史家の遠山茂樹はこう解説しています。

 「『年中の儀礼』とは、新年・紀元節・天長節(明治天皇誕生日―引用者)の儀礼である。ここに『年号を奉』ずることの意義が端的に語られている。すなわち元号を用い、皇室の儀礼にしたがうことは、天皇の支配への服属の表明なのである」(遠山茂樹「元号法制化の本質」、永原慶二・松島栄一編『元号問題の本質』白石書店1979年所収)

 以上のように、沖縄(琉球)の苦難の歴史・現状には元号に象徴される天皇制の影が深く大きく刻まれています。
 沖縄戦の犠牲者を悼み、その歴史から学び、平和と琉球の自主決定権を実現していくうえで、私たちは沖縄(戦)と天皇制との関係をもっともっと学習し今日に生かしていく必要があります。


日曜日記55・「日本人初」?・監視カメラ・香港デモ親の言葉

2019年06月23日 | 日記・エッセイ・コラム

☆「日本人初」に違和感

 バスケットボールの八村塁選手が21日、NBAのドラフトで一巡目に指名されたことを日本のメディアは例外なく「日本人初」と讃えている。この「日本人初」に違和感を禁じ得ない。大坂なおみ選手を「日本人」という時も同じだ。

 八村選手の母親は「日本人」だが父親は西アフリカ・ベナンの人だ。生まれは富山市で高校まで日本にいたが、大学はアメリカで、今もアメリカに暮らしている。その八村選手を「日本人」というのは何を基準にしているのだろうか。「国籍」か?「生まれた土地」か?

 八村選手の「国籍」がいまどうなっているのか知らないが、日本のメディア(日本社会)は、すでにアメリカ国籍となっているノーベル賞受賞者を平気で「日本人」とみなして「日本人受賞者」の数に入れている。

 「血筋」(属人主義)にせよ、「出身地」(属地主義)にせよ、「国籍」(国籍主義)にせよ、ある人を「〇〇人」と国の名を冠して呼ぶのは合理性に欠ける。都合のいいときだけ「日本人」というのは、八村選手や大坂選手のお父さんに失礼だ。それは身勝手なナショナリズムに通じる。

 もちろん、スポーツ選手に限らない。人を「血筋」や「出身地」まして「国籍」で「○○人」と称し区別する発想から脱却する必要がある。区別は容易に差別に転嫁する。

☆危険な監視カメラの”慣れ“

 事件のたびに「防犯カメラ」が容疑者特定に利用され、決め手になったと報道される。それが当たり前になりつつある。きわめて危険な兆候だ。

 呼び方からしてそうだ。以前は「監視カメラ」という言い方も見られたが、今ではほぼ「防犯カメラ」で通っている。しかし、これはまぎれもなく「監視カメラ」だ。市民を不特定に監視し続けているカメラだ。

 監視カメラが社会に広まる当初はプライバシーの侵害になると警鐘を鳴らす指摘もあったが、それが事件の捜査に使われるにつれ(そういう報道が広がるにつれ)、警鐘は鳴りを潜めてきた観がある。

 だが、その危険性・本質はもちろん変わっていない。カメラはいったいどこにどれだけ設置され、何にどのように利用されているのか。設置・利用にあたっての規定(禁止規則)はどうなっているのか。不明な点だらけだ。

 こうしてカメラが津々浦々、生活の隅々まで張り巡らされている社会は、国家権力が市民を監視(支配)するうえで絶好の社会だ。国家権力は事件を捜査もするが、市民を監視・支配することが本質であることを忘れてはならない。

 ☆香港デモ参加者の親の言葉

 「引き渡し条例」に反対し、言論・集会の自由を守るために続けられている香港のデモ。ある参加者(男子学生)の母親ははじめ息子のデモ参加には反対だったが、やがて応援するようになった。その母親がテレビで語っていた。
 「いま行動しなければ次の世代に希望はない」
 香港ではデモ参加者を応援する「親の会」ができているそうだ。

 1歳くらいと思われる子どもを抱いてデモに参加していた父親はこう言った。
 「子どもの将来のために、この条例に反対します」

 「次の世代」のために、「子どもの将来」のために、今、何をすべきか。
 香港と日本の一番の違い、日本の社会に最も欠けているのは、その思い・覚悟ではないだろうか。


「ヘイトスピーチ」川崎条例案の画期性と「上からのヘイト」

2019年06月22日 | ヘイトクライム・差別

     

 大手全国紙はほとんど無視しましたが、19日、「ヘイトスピーチ」とのたたかいにおいて画期的なニュースがありました。
 「川崎市が本年度中の制定を目指す差別禁止条例案にヘイトスピーチ(憎悪表現)に対する刑事罰を盛り込む意向を、福田紀彦市長が19日、明らかにした」(20日付東京新聞)
 今後、パブリックコメントを経て、12月に市議会に提案されます。
 折しも、「ヘイトスピーチ解消法」が施行(2016年6月3日)されて丸3年です。

 「解消法」は「不当な差別的言動は許されないことを宣言する」とした重要な法律ですが、刑事罰を伴わない理念法であるため、取り締まりの実効性を伴わない欠陥があります。
 それに対し川崎市の条例案はヘイトスピーチに刑事罰を科すもので、国の法律の欠陥を条例が補う地方自治の快挙といえます。

 川崎市で一貫してヘイトスピーチとたたかっている「ヘイトスピーチを許さないかわさき市民ネットワーク」の崔江以子さんは同日市役所で記者会見し、「罰則は被害から守られるために必要。条例案は日本中で被害に遭っている人の希望になる」(20日付東京新聞)と評価しました(写真中=朝鮮新報より。写真左は月刊「イオ」より)。

 弁護士の神原元氏は、条例に罰則規定が入ることによって警察の捜査が可能になり、「何がヘイトなのか、最終的な結論を司法判断で決着をつけることができるようになる」として、「歴史的に極めて重要な一歩」(20日付朝鮮新報)と評価しています。

 また、師岡康子弁護士も「画期的」としたうえで、こう指摘しています。
 「啓発活動だけではヘイトを止められない。国際的にも許されない犯罪と規定するべきだが、ヘイトスピーチ解消法は理念法で罰則規定がない。条例で後押しする形で、国が解消法を改正するなど法整備するべきだ」(20日付東京新聞)

 さらに、この問題に詳しい金尚均・龍谷大教授(刑法)は、「(川崎市の)条例は…私人によるヘイトスピーチ『下からのヘイトスピーチ』に対処することを目的としている。…他の自治体及び国のヘイトスピーチ解消法の改正に連動することを期待する」としながら、こう述べています。
 「他方、朝鮮学校の高校生が授業料の無償・補助制度から除外されていることは、拉致問題などの個人に関係のない理由をもって、すべての朝鮮学校の学生を助成対象から排除する『上からのヘイトスピーチ』であることを認識しなければならない」(20日付朝鮮新報)

 「上からのヘイトスピーチ」――。それは朝鮮学校に対する差別だけではありません。
 自民党・杉田水脈衆院議員の「LGBTカップルは生産性がない」発言(「新潮45」2018年8月号)、沖縄・高江での大阪府警による「土人」発言と松井大阪府知事(当時)の擁護発言(2016年10月)、谷本正憲・石川県知事の「北朝鮮を餓死させねばならない」発言(2017年6月)など、政治家・公人による差別発言を「上からのヘイトスピーチ」と捉える必要があります。朝鮮学校に対する差別はその頂点といえるでしょう。

 前田朗・東京造形大教授は、「ヘイトの根っこには植民地主義とレイシズムがある」としてこう指摘します。
 「日本では国が率先してヘイトを行ってきた。そういう意味でまさにヘイトとは権力現象なのです」(月刊「イオ」2019年7月号)

 川崎市の画期的な条例案に続き、「上からのヘイトスピーチ」=国家権力によるヘイトを許さないたたかいを強めていく必要があります。


交番襲撃事件と自衛隊、そして沖縄

2019年06月20日 | 自衛隊・軍隊

     

 16日大阪・吹田で発生した交番襲撃事件の容疑者(33歳、男性)は、かつて海上自衛隊に勤務していました。「防衛省関係者によると、09年4~9月に海上自衛隊に所属。階級は2等海士で、護衛艦勤務も経験した。小銃の操作は学んだが拳銃を扱ったことはないという」(18日付地方各紙=共同電) 

 想起されるのは昨年6月26日に富山市で起きた交番襲撃事件です。この事件の容疑者(21歳、男性)も元自衛官でした。「15年3月に陸上自衛隊に入隊。金沢駐屯地の第14普通科連隊に配置され、小銃や銃剣などの訓練を受けた」(2018年6月30日付朝日新聞)。容疑者は事件当時も予備自衛官でした(写真中)。

  もちろん、事件と自衛隊を単純に結びつけるつもりはありません。しかし、約1年の間に起こった2つの交番襲撃事件の容疑者がいずれも元自衛官であったことが、たんなる偶然と言えるでしょうか。

  2つの交番襲撃事件の共通した特徴は、いずれも警官の拳銃が奪われたことです。これは容疑者が拳銃という人を殺傷する武器に尋常でない関心を持っていたことの証明ではないでしょうか。そしてそれは、武器の使用を日常的に訓練する自衛隊での生活と無関係だと言えるでしょうか。現に2人とも自衛隊で小銃の操作を学び、1人は訓練も受けていました。

  自衛隊は言うまでもなく軍隊です。そこでの日常生活は、戦闘すなわち人を殺傷する訓練にほかなりません。それが隊員の精神に及ぼす影響は計り知れないでしょう。
 そして軍隊は、人命、まして「民間人の命」よりも命令(軍令)を優先する組織であることは、沖縄戦における日本軍(皇軍)のおびただしい住民虐殺・「集団強制死」の事実が証明しています。
 それはけっして過去の話ではありません。

 元海上自衛官で防衛大指導官も務めた伊藤祐靖氏は手記でこう語っています。

 「自分がこれから向かう場所(自衛隊―引用者)は、公務の場ではなく軍務の場なのだ。公務と軍務の決定的な違いは、危険度がどうこうではなく、死を伴う命令に対して拒否権があるのか、ないのかという話である。警察官、消防官には拒否権はあるが、自衛官にはない」(『国のために死ねるか』文春新書2016年)

 この自衛隊という軍隊が日常生活の中にある危険に目を向ける必要があります。その危険に直面し、命と生活を守るためにたたかい続けているのが、沖縄の離島(宮古、石垣、与那国、伊江島など)の人々です。

  安倍政権による自衛隊ミサイル基地建設に一貫して反対したたかっている「ミサイル基地いらない宮古島住民連絡会」の清水早子さんは、自衛隊基地建設が強行される地域の実態、住民の不安をこう告発しています。

 「市内の歓楽街には、『夜の観光案内所』なるものができている。独身隊員による性被害や暴力事件が懸念される。これからやって来る陸自隊員は、日本版海兵隊として再編された部隊である。戦争訓練、殺しの訓練をする戦闘部隊、暴力を本質とする組織である」(「バウラック通信」2019年6月号)

 軍隊はけっして住民を守らない。それどころか、住民を犠牲にする組織です。沖縄の離島をミサイル基地化して攻撃を受け、戦闘になれば住民は逃げるところがありません。
 隊員の精神を侵し、住民を犠牲にする憲法違反の軍隊=自衛隊は解散しなければなりません。
 当面、沖縄・離島へ自衛隊配備強化・ミサイル基地化は絶対に阻止しなければなりません。


「野党共闘」と天皇制

2019年06月18日 | 天皇制と日本の政治・...

     

 参院選に向け、野党5党派は1人区で共同候補を立てることで合意しました。
 一方、天皇制について、日本共産党、立憲民主党、国民民主党がこれまでに政策・見解を明らかにしました。3党それぞれに違いがあるのは当然ですが、とりわけ共産党と立憲、国民2党には根本的な相違があります。

 共産党の見解(「天皇の制度と日本共産党の立場」6月4日付しんぶん赤旗)は、「現制度は何よりも『世襲』にもとづく制度であり、それ自体が人間の間に差別や身分的秩序をつくりだす制度であるという点で、『民主主義および人間の平等の原則』と両立するものではありません。綱領では、現制度に対するこうした『認識』をのべたうえで、『民主共和制の政治体制の実現をはかるべきだという立場に立つ』と表明しています」(志位和夫委員長)というものです。
 これは天皇制への根源的批判であり、同党が天皇制を否定する立場であることを示しています。そのうえで同党は、「その(天皇制)の存廃は、将来、情勢が熟したときに、国民の総意によって解決されるべきもの」という立場です。

 これに対し、立憲民主党は皇位継承について「女性・女系天皇」を認めるとしていますが、その理由は、「男系に固執するあまり、皇統そのものを途絶させることは甘受できない」「皇族の世襲を維持しつつ、現代の視点から歴史と伝統に厚みを持たせ、本質的要請に応える」(12日付中国新聞=共同配信)ためとしています。

 また、国民民主党も「男系の女性天皇を容認する」とし、それが「安定的な皇位継承策」(8日付中国新聞=共同配信)だとしています。

 すなわち立憲も国民も、基本的に天皇制に賛成で、それを「安定的」に継続させる立場に立って、女性天皇あるいは女系天皇を容認すべきだとしているのです。これが共産党の立場と根本的に相違していることは明らかです。

 もちろん、今回の参院選あるいは当面の選挙は天皇制の是非を問うものではありませんから、こうした根本的相違が「共闘」の障害になることはありません。問題は、にもかかわらず、「野党共闘」を追求するあまり、共産党の天皇制に対する方針・言動が近年、他の野党に合わせるように変質してきていることです。

 その典型が、天皇が臨席する国会開会式に対し共産党が出席へ方針転換したことです。

 天皇臨席の国会開会式については、共産党は今でも「『天皇主権』の時代の儀式をそのまま踏襲する」(志位氏)と批判していますが、批判しながら2016年1月の国会から「出席」に方針転換しました。きわめて不可解ですが(6月10日のブログ参照)、その陰に、小選挙区制による保守2大政党制が持論で共産党を「野党共闘」に引き込もうとしている小沢一郎氏の影響(進言)があることは見過ごせません。
 共産党が国会開会式出席に踏み切る数カ月前、小沢氏は雑誌のインタビューでこう述べていました。

 「私は、共産党に今度は国会の開会式に出ろと言っているのです。日本国憲法を守るというのだから、天皇制も認めて出るように言っているのです。そうすれば、ものすごく話題になりますよ。今までボイコットして出なかったのだから。共産党も、いま清水の舞台から飛び降りたのだから、他の政党はもう少ししっかりしないといけません」(「月刊マスコミ市民」2015年12月号)

 政党間の共闘とは、不一致点は将来の課題とし、一致点で協力することです。それは共産党の方針でもあるはずです。「野党共闘」を追求するあまり、天皇制への見解・政策という根本問題で他の党に合わせていくことが「真の共闘」とは無縁であることは明らかでしょう。
 結果、国会(日本の政界)は天皇制を批判するもののない、「象徴天皇制」翼賛国会と化しているのです。


韓国議長「天皇は謝罪を」発言は「失礼」ではない

2019年06月17日 | 天皇・天皇制

    

 韓国の文喜相国会議長は13日、戦時性奴隷(日本軍「慰安婦」)に対して「天皇(明仁天皇=当時)が謝罪すべきだ」と述べた(今年2月)ことについて、「心を痛めた方々に謝罪の意を伝える」(14日付朝日新聞)と述べたと、韓国国会広報官が語りました(写真左は2月)。

 文議長は「天皇は謝罪を」発言を「謝罪」する必要はありません。なぜなら、それはけっして「失礼」ではないからです。

 文氏の「謝罪」発言は、鳩山由紀夫元首相(写真中)との会談で行われたものです。
 鳩山氏は文氏に対し、「日本人は天皇陛下までとりあげたことを失礼だと考えている」(14日付朝日新聞)と述べ、文氏は「全面的に共感する」(同)と答えたといいます。

 鳩山氏はいったい何を根拠に「日本人は…失礼だと考えている」と断言できるのでしょうか。文氏の「天皇は謝罪を」発言に対し、明確に「失礼だ」と言ったのは安倍晋三首相や河野太郎外相など日本政府関係者です。それをもってまるで「日本人」全体がそうとらえているように言うのは言語道断のミスリードです。少なくとも「日本人」の私は「失礼」とは思っていません。それどころか、よくぞ言ってくれた、いや、韓国人の文氏にそう言わせたことは「日本人」として申し訳ないとさえ思っています。
 鳩山氏の発言は、自分が「失礼だ」と思っていることの反映でしょう。

 天皇主権の下で、天皇の名によって開始・遂行された侵略戦争、植民地支配の最大の責任者が天皇裕仁であることは言うまでもありません。
 にもかかわらず極東軍事裁判(東京裁判)でそれが追及されなかったのは、沖縄をいけにえにした裕仁の命乞いと、天皇を占領支配に利用するアメリカの戦略であったことは歴史的事実です。

 したがって、戦時性奴隷の筆舌に尽くせない苦難、人権蹂躙に対し、最大の責任があるのが天皇裕仁であったことは明白です。

 では、明仁天皇はどうでしょうか。
 裕仁の長男であり、裕仁から皇位を継承した天皇明仁は、在位31年間、裕仁の「戦争責任・植民地支配責任」に言及したことはただの1度もありません。それどころか逆に、「私は、昭和天皇のお気持ちを引き継ぎ…天皇の務めを果たしていきたいと考えています。…昭和天皇のことは、いつも深く念頭に置き、私も、このような時には『昭和天皇はどう考えていらっしゃるだろうか』というようなことを考えながら、天皇の務めを果たしております」(1998年12月18日、65歳の誕生日会見。宮内庁HPより)などと裕仁を讃え、その「気持ち」「考え」を引き継いでいると公言しています。

 明仁天皇は一貫して、裕仁の「戦争責任・植民地支配責任」を隠ぺいし、その風化を図ろうとしてきたと言わねばなりません。

 「昭和天皇には戦争責任の問題が最後までつきまとった。そこで、陛下(明仁―引用者)はその問題にどう対処するかを考え、新たな『警告する権利』(政治への介入―同)をあからさまにならない形で発動することにより、昭和天皇の『警告する権利』の発動により残された課題(戦争責任問題―同)をリスク覚悟で克服されようとしたのではないか」(筒井清忠・帝京大教授、4月16日付中国新聞=共同インタビュー)という指摘は重要です。

 したがって、文氏の「天皇は謝罪を」発言は「失礼」どころか、きわめて正当な主張です。
 明仁氏は「上皇」となりましたが、存命中に裕仁の「戦争責任・植民地支配責任」を認め、戦時性奴隷や徴用工の人たちに謝罪すべきです。それは、日本(日本人)にとってはもちろん、自身にとっても重要なことではないでしょうか。