アリの一言 

天皇制、朝鮮半島、沖縄の現実と歴史などから、
  人権・平和・民主主義・生き方を考える。
   

朝鮮学校差別追認の名古屋高裁判決は許せない

2019年10月04日 | 朝鮮と日本

     

 朝鮮学校が「高校無償化制度」から排除されていることに対し、愛知朝鮮中高学校の卒業生10人が国に損害賠償を要求して起こした裁判で、名古屋高裁(松並重雄裁判長)が3日、原告の訴えを棄却した判決は、憲法違反の差別政策を司法が追認したもので、絶対に許すことはできません。

 1日には朝鮮幼稚園などを排除・差別した「幼保無償化制度」が始まりました。その2日後の今回の差別判決は、在日朝鮮人の子どもたちを狙い撃ちする安倍晋三政権の暴政とそれに追随する司法の退廃を象徴的に示すものです。

 安倍首相は4日の臨時国会・所信表明演説で、「新しい時代の日本に求められているのは多様性」だなどと述べましたが、在日朝鮮人の民族教育を敵視し、差別政策に固執しながら「多様性」を口にするとは、厚顔無恥も甚だしいと言わねばなりません。

 名古屋高裁判決は、この問題の他の不当判決と同様、焦点の排除政策の違憲性については判断を避け、原告に「権利利益の侵害はない」として控訴を棄却した低劣な不当判決です。

 弁護団事務局長の裵明玉弁護士は、「原告たちが年間12万円もらえないことも、もちろん大きな被害だ。しかしそれ以上に、政治外交上の問題を理由に、結局、朝鮮学校にいるから、民族教育を受けているから高校無償化制度から除外されたことが、原告としては許しがたいことだ。それはつまり自分という人間に対する否定じゃないかという思いで提訴しているのに対し、『法的保護に値しない』というのは、あまりにも憲法を顧みない姿勢だ」と批判します。

 弁護団長の内河恵一弁護士は、「日本の政治も社会も司法も、朝鮮高校の子どもたちの人権、成長、生きる権利を粉々に壊してしまう残念な状況を目の前にして、まことに情けない気持ちでいっぱいだ」としながら、「上告という法的手段と同時に、朝鮮半島の植民地支配および戦争責任、特に戦後の朝鮮学校に対する過酷な日本の政策のありさまについてしっかりと受け止めながら、我々、日本人の生き方についても考えていくべきだ」と強調します。

 報告集会で、オモニ(母親)会の姜順恵会長はこう訴えました。
 「今日の判決こそ民族差別だ。朝鮮人として生まれ、育って、学び、生きてきたことを全否定された。日本は多文化共生社会を目指しているにもかかわらず、朝鮮学校の子どもたちを差別し、好きで楽しく通っている学校を胸張って通わせない。恥と思ってほしい
(以上3氏の発言、および写真左・中は4日付朝鮮新報電子版より)

 3氏の言葉を、私たちは正面から受け止めなければなりません。 

 この重大な判決を、日本のメディアはまともに報じませんでした。
 全国紙では「毎日」が第2社会面ベタで扱っただけ。「朝日」も「読売」も無視しました。扱った地方紙もせいぜい社会面ベタです(4日付西日本版)。テレビニュースも皆無でした。

 朝鮮学校・幼稚園に対する差別政策の元凶はもちろん安倍政権ですが、報道責任を放棄している日本のメディア、そしてこの問題に無関心な日本人も、安倍政権と同罪であることを肝に銘じる必要があります。


渋沢栄一は植民地支配の「顔」だった

2019年10月03日 | 朝鮮と日本

     

 2日夜のNHK歴史秘話ヒストリアは、「渋沢栄一 時代を開く 新1万円札の男の実像」と題し、安倍政権が2024年から福沢諭吉に代わって新1万円札の肖像に決めた渋沢を取り上げました。渋沢は日本に株式会社制度を導入し、「皆が豊かになるために」が持論だったなど賛美一色で、安倍政権の決定を擁護するものでした。そこでは渋沢が果たした重大な歴史的役割・汚点は完全に捨象・隠ぺいされていました。

  NHKが隠ぺいした渋沢の歴史的役割とは、親友だった伊藤博文と二人三脚で朝鮮半島の植民地支配を経済面から推進したことです(4月11日のブログ参照)。

  渋沢が伊藤とともに1962年発行の新千円札の肖像候補になったことは番組でも触れましたが(結果は伊藤に決定)、実は渋沢は伊藤よりはるか前に実際に紙幣の顔になっています。それは1902年、「韓国併合」(1910年)前の朝鮮銀行=日本第一銀行の紙幣です。

 「渋沢は…紙幣の肖像に採用されていた。大日本帝国と呼ばれた時代、日本が時の大韓帝国を併合する前の朝鮮半島において、日本政府の監督下、事実上の中央銀行にあたる朝鮮銀行(日本第一銀行―引用者)から、明治35年(1902)の十円券として発行されたことがあった」(加来耕三著『紙幣の日本史』KADOKAWA)

  十円券だけではありませんでした。1902年に発行された(旧券)、一円券、五円券、十円券、そして1904年に発行され直した(新券)各紙幣、合計6種類の朝鮮紙幣の肖像は、すべて渋沢(当時日本第一銀行頭取)です。ソウルの韓国金融史博物館にはその見本が展示されています(写真左)。 

 安倍政権が渋沢を新1万円札の顔に決めたことについて、韓国メディアが批判的に報じたのはそのためです。
 「聯合ニュースは、当時紙幣を発行した第一銀行頭取を務めた渋沢栄一を『韓鮮半島で経済侵奪した象徴的人物』などと伝えた。…聯合ニュースは日本が軍事的圧力を背景に紙幣の流通を図ったと指摘し『植民地支配の被害国への配慮が欠けているとの批判が予想される』と主張した」(4月10日付日経新聞)。

 渋沢が設立した銀行は日本の植民地支配にとってきわめて重大な役割を果たしました。

 鳥海豊・韓国歴史研究院常任研究委員は「金融」は「構造的暴力」と並んで植民地支配の「二つの重要な仕組み」だったとして、こう指摘します。
 「大韓帝国時代に作られた銀行を、合邦(併合―引用者)後に日帝が完全に掌握し、その時から日本人と朝鮮人を差別した。すなわち、日本人には低金利で貸し出しを積極的に行ったが、朝鮮の人々にはしなかった。それで朝鮮人は周りにいる日本人に高金利で社債を発行しなければならなかった。結局日本人は朝鮮人を相手に投機をして、結局朝鮮の人々の金が日本人に流れたのだ」(10月1日付ハンギョレ新聞インタビュー)
 この経済収奪・支配の路線を敷いたのが渋沢です。

 渋沢が植民地朝鮮で行ったことはそれだけではありませんでした。渋沢が日本の鉄道事業にもかかわっていたことはNHKの番組でも触れていましたが、彼は植民地の鉄道建設も主導しました。その手法は、ソウルの歴史的建造物・街並みを破壊し、経済支配に都合のいい線路を敷くことでした。そして渋沢は、その鉄道会社の代表に収まりました。それ示す証明書がソウルの漢陽都城博物館に展示さています(写真中)。

 渋沢栄一は伊藤博文とともに朝鮮植民地支配を経済面から主導した張本人です。それこそがNHKが隠した「新1万円札の男の実像」にほかなりません。


朝鮮戦争に日本人も戦闘参加していた―NHKBS1スペシャル

2019年09月24日 | 朝鮮と日本

     

 NHKBS1スペシャル「隠された“戦争協力”朝鮮戦争と日本人」(8月18日放送)のビデオを先日見ました。実際の調書・写真、数々の当事者の証言をもとにした内容は、十分信用性があると思われます。
 そこで明らかにされた事実は、日本の戦後史を塗り替えると言っても過言ではないほど重大です。それは、「6・25戦争(朝鮮戦争)」(1950年~53年休戦)で、日本人(少なくとも70人以上)がアメリカの部隊に加わって参戦し、武器を持ち、朝鮮人を殺害し、自らも負傷・戦死していた、という事実です。

 これまで朝鮮戦争と日本のかかわりについては、日本の米軍基地が出撃拠点になり、日本が兵器の修理・補充の後方支援を行い、さらに日本人が機雷封鎖や海上輸送に船員として加わっていたことなどが明らかになっていました。日本人が朝鮮半島で戦闘に加わっていた事実が明らかになったのは初めてでしょう。

 平和主義(前文、9条)の現行憲法下での日本(人)の戦争参加という点でも、また朝鮮半島分断の契機となった朝鮮戦争に日本(人)が文字通り直接かかわっていたという点でもきわめて重大です。

 番組の発端は、オーストラリア国立大のテッサ・モーリス・スズキ名誉教授(写真中)が朝鮮戦争の武器を製造していた日本企業を調査している中で、米軍部隊に加わっていた日本人に対する尋問調書(写真左)があることを発見したこと。

 尋問は1951年から約1年かけて、70人に対して行われ、調書は1033㌻に及んでいます。尋問内容は「極秘」とされ、尋問を受けた日本人は「絶対口外しない」という誓約にサインさせられたため、家族にも話さず、これまで公になることはありませんでした。

 なぜ日本人がアメリカの部隊に加わったのか。
 それは彼らが占領軍だった米軍の在日基地で働いていたからです。例えば、上野保さん(当時20歳、29歳で死去)は北九州のキャンプ・コクラで、通訳として勤務していました。朝鮮戦争勃発とともに駐留部隊の大半が出兵するのに伴い通訳として同行することにしました。朝鮮半島では日本語の通訳が必要とされる一方、日本にいたのでは収入がなくなるからです。

 ところが、戦闘が激しくなり、通訳のはずの上野さんに「カービン銃と弾薬120発」が渡されました。上野さんは米軍の尋問に、「朝鮮人を何人殺したか分からない」と答えています。
 殺したのは「北朝鮮兵士」だけではありませんでした。上野さんと同じ部隊にいた元米軍兵士は今回のNHKの取材に、「(朝鮮の)避難民たちも無差別に殺戮した」と証言しています。

 通訳のほか、炊事係として加わった日本人もいました。キャンプ・コクラのほか、キャンプ・ハカタや青森の基地からも参加しました。

 朝鮮半島の戦闘で戦死した日本人もいました。平塚重治さん(写真右)は六本木の米軍基地に勤めていましたが、家計を支えるために「手当の多い従軍」に加わり、激戦地テグに近いカサンで銃撃にあい、死亡しました。
 のちに遺族はアメリカに経過を問い合わせましたが、米軍から送られてきたのは1枚の写真と1通の手紙だけでした。手紙には平塚さんが「変装して無許可で密航した」と記されていました。米軍とのかかわりを否定するため、戦死した日本人の平塚さんを犯罪者扱いしたのです。 

 こうした事実はNHKの報道(しかもBS)にとどめることなく、国会でも徹底的に追及・究明される必要があります。

 そして、私たち日本人は、朝鮮戦争、その結果としての朝鮮半島の分断に、アメリカとともに(アメリカに従属して)直接かかわっていたという歴史の重大さを、1人ひとりがかみしめ、今・今後に生かしていく責任があるのではないでしょうか。

 

 


朝鮮学校差別の最高裁決定と安倍政権

2019年08月31日 | 朝鮮と日本

      

 高校無償化制度から朝鮮学校を排除している明白な差別・人権侵害を、最高裁が追認しました。東京と大阪の裁判で「敗訴」した朝鮮学校生徒・卒業生ら原告が行っていた上告を、いずれも27日付で棄却したのです。
 明白な憲法違反を最高裁が追認し、政権(安倍政権)に迎合する。日本の司法の腐敗・退廃が端的に表れており、絶対に許すことはできません。

 決定文書はA4判1枚で、棄却のまともな「理由」の説明もないきわめて杜撰で不誠実なもの。生徒たちの涙の訴えが土足で踏みにじられました。

 原告弁護団は28日、「最高裁決定は、行政による違法な行為を是正するという司法府の役割を放棄したもの。…高校無償化法は、『家庭の状況にかかわらず、すべての意志ある高校生等が安心して勉学に打ち込める社会をつくる』ことを目的とするもの…弁護団は高校無償化法の趣旨・目的にのっとり、一日も早く、朝鮮学校を就学支援金制度の対象にすることを求めます」というコメントを発表しました。

 30日には文科省前で、原告・支援者らで緊急抗議集会・路上会見が行われました。

 今回の最高裁の上告棄却は、韓国に対する安倍政権の傍若無人な振る舞いと決して無関係ではありません。

 上告は棄却されたものの、「本訴訟の過程では下村博文文科相(当時)が、高校無償化の趣旨・目的に反して、『拉致問題等があり国民の理解が得られない』との政治的外交的理由から、朝鮮学校指定のための根拠規定をあえて削除して、不指定処分を行った事実経過(2012年12月28日の下村記者会見―引用者)が明らかになりました」(弁護団コメント)。

 高校無償化からの朝鮮学校排除は、安倍政権が朝鮮民主主義人民共和国(朝鮮)に対する「政治的外交的」敵対・思惑から、政治とは無関係な朝鮮学校生徒の教育権・人権を蹂躙しているところに問題の本質があります。

 それは韓国に対し、「元徴用工(強制動員)」問題の「政治的外交的」思惑から、「輸出規制」「ホワイト国からの排除」という経済的報復を強行した安倍政権の手法と相似形です。

 そして重要なのは、朝鮮学校差別も「元徴用工」問題も、その根源は日本の朝鮮植民地支配であり、いまだに謝罪さえしていない日本に責任があるにもかかわらず、安倍首相にはその認識がまったくないことです。安倍首相は「徴用工問題は歴史問題ではない」と言い放っています。そこに問題の元凶があることを改めて銘記する必要があります。

 高校無償化問題の裁判は、愛知、広島、九州で引き続きたたかわれます。今回の最高裁決定に強く抗議するとともに、これらのたたかいに連帯・支援し、朝鮮学校・在日朝鮮人に対する差別を1日も早くなくしていくことは、私たち日本人の責任です。

 


「朝鮮植民地支配反省の国会決議」要求声明に学ぶ

2019年08月12日 | 朝鮮と日本

     

 「朝鮮民族は、歴史によって深く結ばれた、私たちのもっとも身近な隣人です。その人々に加えた抑圧と支配の歴史を清算し、真の和解を求める道に立つことは、日本人が世界の人々とともに生きるための不可欠の前提であるはずです。これは日本国民がとうに果たさなければならなかった課題でした。
 本年は三・一独立運動の七十周年にもあたります。いまこそ世論をおこし、国民的合意を形成し、朝鮮民族との和解を願う国民的意思表示を行う必要があります。そのための最良の形態は国会決議です」

 今年は「3・1独立運動」(1919年)から100年。そうです、この文章は今から30年前に書かれた、「朝鮮植民地支配反省の国会決議を求める声明」(1989年1月31日)の一節です(『日朝関係史を考える』旗田巍氏ら共著、青木書店1989年より。太字は引用者)

  呼びかけ人は、木下順二、鈴木二郎、関屋綾子、高崎宗司、竹内謙太郎、鶴見俊輔、遠山茂樹、中嶋正昭、西川潤、旗田巍、日高六郎、和田春樹の各氏です。

  「声明」は国会決議の内容として、次の3点を要求しています。

 (一)  朝鮮に対する日本の植民地支配は、軍事力、威力によって朝鮮民族に対し強制されたものであることを確認する。

(二)  三十六年間(1910年「朝鮮併合」~1945年―引用者)の植民地支配を通じて、日本国家が朝鮮民族に計り知れない苦痛を与えたことに対して、反省し、謝罪する。

(三)  この反省に立ち、内外政策を再検討し、是正実行していく決議を表明する。

  素晴らしい内容です。朝鮮植民地支配の本質と日本人の責任がはっきり示されています。要求したのが「政府声明(見解)」ではなく「国会決議」だったのは、「国権の最高機関」である国会と主権者・「国民」の責任を明確にするためでしょう。

  歴史修正主義者・安倍晋三政権の下で、日本の植民地支配責任の棚上げ・風化が進行し、韓国・朝鮮との関係がきわめて悪化している今、30年前のこの「声明」が問い掛けたものの意味・価値にあらためて注目し、学ぶ必要があるのではないでしょうか。

  日本の「知識人」が、今と違って、当時は優れた役割を果たしていたことも注目されます。

  もう1つ重要なのは、この「声明」が、天皇の代替わり(天皇裕仁の死去)に際して発表されたことです。こう記されています。

  「過ぎた昭和の時代は十五年の戦争をふくみ、戦後は四十四年にわたりました。この時にあたり私たちが考えるべきことは、敗戦にいたる歴史の清算がこの四十四年間に十分に、本当に成しとげられたのかということです」

  「四十四年」を「七十四年」に替えれば今年にそのままあてはまります。天皇の退位・即位、改元をお祭り騒ぎで“歓迎”する状況が、メディアを動員して政略的につくられているいま、天皇の代替わりを日本の戦争責任・植民地支配責任の「歴史の清算」がなされていたか自問する契機にすべきだとした「声明」の指摘は、現代の日本人に対する警鐘ではないでしょうか。

  帝国日本の朝鮮植民地支配責任の棚上げ・風化策動、日本人の自己中心主義・歴史責任の回避と、天皇・天皇制賛美は表裏一体です。

 


朝鮮半島の平和統一へ向け南北共助を応援しよう

2019年08月08日 | 朝鮮と日本

     

 元「徴用工」(強制動員)問題での報復で安倍政権が韓国に対する輸出規制、「ホワイト国」からの除外を強行したことに対し、韓国の文在寅大統領は5日、「日本は決してわれわれの経済飛躍を妨げられない。むしろ経済強国に向けたわれわれの意志をさらに強くする刺激剤となる。南北間の経済協力で平和経済が実現すればわれわれは一気に日本に追いつくことができる」と述べました(テレビニュースより)。

  これを聞いて、「板門店宣言・9月平壌共同宣言発表1周年」を記念して行われた講演会(主催・祖国統一情勢講演会実行委、6月21日、東京・文京区)の記事(月刊「イオ」8月号、朝鮮新報社=写真右)を思い出しました。
 講演したのは、韓国・開城工業地区支援財団のキム・ジンヒャン理事長と、同じく韓国・韓神大学のチャン・チャンジュン客員教授。開城工業地区は朝鮮民主主義人民共和国の開城市郊外にある経済特区で、南北経済協力の象徴として2004末年に韓国の企業が生産を開始しましたが、16年2月、朝鮮への「制裁」として生産が中断されています。
 2人の講演の記事を要約して紹介します。

 〇キム理事長

  昨年3回の南北会談が行われたが、現在は膠着状態に陥っている。この危機を打開する方法が開城工団の再開と人的交流の活性化だ。
 開城工団の目的は、平和のための経済だ。半世紀以上、朝鮮半島で休戦(朝鮮戦争)状態が続く状況を平和的な環境へと転換するには、南北で経済的な関連性を見いだすことが必要だった。
 北側の特別な措置により、南側は開城工団で世界のどの国の工団とも比較できない経済的利益を得ることになった。南北和解と協力の象徴的として存在してきた開城工団を閉鎖したことは、南政府の無知が生んだ政策的な失敗といえる。

 米国は非核化の進展がない状況で、工団の再開は時期尚早という立場だが、工団は非核化の結果として再開されるものではない。朝鮮半島の平和を牽引するために再開されるべきだ。
 韓国政府は、韓米共助の制裁という枠組みから、南北共助の和解の枠組みへと対北政策を転換すべきだ。核問題の進展に合わせて南北関係を発展させるのではなく、朝鮮半島の非核化と南北協力事業を連携させるべきだ。

〇チャン教授

 南北共助を快く思わない米国政府は、9月平壌共同宣言発表以降、韓国政府への圧力を強め、文在寅政権は南北平和共助から、韓米非核化共助へと逆戻りした。その結果、南北関係は膠着状態に陥った。この膠着状態を打開するために、文政権は2つの枠組みから脱却すべきである。

 第1に、韓米非核化共助からの脱却だ。南当局が南北平和共助の枠組みにアプローチしたとき、朝鮮半島の非核化、南北関係の発展が可能となる
 第2に、仲裁者の枠組みからの脱却だ。金正恩委員長は施政演説(4月12日)で南当局に仲裁者でなく当事者として行動することを求めた。これは、板門店宣言と9月平壌共同宣言の履行を意味する。

 文在寅政権は今こそ、板門店宣言の精神に立ち戻り、金剛山観光と開城工団を再稼働させるための政治的決断を下すべきだ。 

 文大統領が述べた「南北間の経済協力」=南北共助は、日本への対抗というだけでなく、いやそれ以上に、アメリカの妨害を跳ね返し、現在の膠着状態を打開して朝鮮半島の平和統一へ向かうためのキーポイントだということです。

 私たち日本人は、植民地支配の歴史的責任に背を向けて敵対姿勢を強める安倍政権を批判すると同時に、朝鮮半島の平和統一へ向けた南北間の経済協力=南北共助の再開・進展を応援する責任があるのではないでしょうか。


「<声明>韓国は「敵」なのか」の3つの疑問

2019年08月01日 | 朝鮮と日本

     

 安倍政権が「元徴用工訴訟」問題の報復として強行した対韓国輸出規制に対し、日本の学者・弁護士らがネットで呼びかけた「<声明>韓国は「敵」なのか」(世話人・石坂浩一、内海愛子、内田雅敏、岡田充、岡本厚、田中宏、和田春樹の各氏)が、7月28日現在、1627人の賛同署名を得ているといいます(30日付「しんぶん赤旗」)。

  「声明」は「はじめに」「おわりに」のほか、「1、韓国は「敵」なのか」「2、日韓は未来志向のパートナー」「3、日韓条約、請求権協定で問題は解決していない」の3項。「輸出規制をただちに撤回」すべきだとの趣旨には賛成です。とくに「元徴用工訴訟」について、「日韓基本条約・日韓請求権協定は…一貫して個人による補償請求の権利を否定していません」という指摘は重要です。

  しかし、「声明」には黙過することができないいくつかの疑問・問題点があります。

  第1に、全体を通じて、“喧嘩両成敗”的記述が基調になっていることです。

  たとえば、「国と国のあいだには衝突もおこるし、不利益措置がとられることがあります。しかし、相手国のとった措置が気に入らないからと言って、対抗措置をとれば、相手を刺激して、逆効果になる場合があります」「日本の圧力に『屈した』と見られれば、いかなる政権も、国民から見放されます」「両国のナショナリズムは、しばらくの間、収拾がつかなくなる可能性があります」

 今回の問題の根源は言うまでもなく日本の植民地支配による朝鮮人強制動員であり、本質は被害(韓国)と加害(日本)の関係です。決して、どっちもどっちの喧嘩両成敗でないことは、「声明」の世話人・呼びかけ人・賛同者らにとっては自明ではないでしょうか。

  第2に、輸出規制を「自由貿易の原則」「日本経済にマイナス」という視点から批判し問題の本質があいまいになっていることです。

 「このたびの措置自身、日本が多大な恩恵を受けてきた自由貿易の原則に反するものですし、日本経済にも大きなマイナスになるものです。…日本にとって得るものはまったくないという結果に終わるでしょう」

  この視点は、G20を肯定する立場から輸出規制を批判している日本の大手紙と同じ論調です。「声明」がこの視点を「元徴用工」問題より前(第1項)に記述していることで問題の本質があいまいになっていると言わざるをえません。そればかりか、日本の識者・市民もこの問題を「日本経済の利益」の視点から考えているという重大な“誤解”を与えかねません。

  第3に、「東京オリンピック」を無条件に肯定し、それを「成功」させる立場から撤回を求めていることです。

 「しかも来年は『東京オリンピック・パラリンピック』の年です。普通なら、周辺でごたごたが起きてほしくないと考えるのが主催国でしょう。それが、主催国自身が周辺と摩擦を引き起こしてどうするのでしょうか」

  重要な「東京五輪」を前にごたごたを起こすな、というわけです。唖然としました。

 「2020東京五輪」が、福島原発事故の影響・政府の無策を隠ぺいし、植民地支配・侵略戦争責任に背を向けたまま(「元徴用工」「元慰安婦」問題、朝鮮学校差別など)、「世界の中心で輝く」日本を誇示し、新天皇徳仁を国際デビューさせる安倍戦略に基づくものであることは、これも世話人・呼びかけ人らには言わずもがなではないでしょうか。
 「声明」がその「東京五輪」を肯定し成功を願ってさえいることの影響は決して小さくないでしょう。

 そのほか、「村山談話」(1995年)や「日韓パートナーシップ宣言」(1998年)の賛美、「日韓慰安婦合意」(2015年)のあいまいな評価など、問題はほかにもありますが別の機会にします。

  賛同者の中には、問題はあるにしても全体的な意義を重視して賛同したという人もいるかもしれません。しかし、声明文を起草し賛同を呼びかけた世話人・呼びかけ人には責任があります。
 世話人・呼びかけ人に名を連ねている人びとはまさに朝鮮・韓国問題の専門家であり、私もその著書や論文などから多くを学ばせていただきました。それだけに、そうした人々が、この重要な局面で上記のような疑問・問題を含む「声明」を発表したことは、驚きであり残念でなりません。
 あらためて、問題の本質を明確にした「声明」を期待したいものです。


忘れてならない「五輪マラソン・孫基禎」の歴史

2019年07月30日 | 朝鮮と日本

    

 「2020東京五輪」へ向けて安倍政権とメディアはますます扇動を強めていますが、日本人は「東京五輪」に浮かれる前に、過去に日本がオリンピックで何をしたのか、忘れてはならない(知らねばならない)歴史があります。

  高校無償化や補助金から排除されている朝鮮学校差別に反対する「朝鮮学校を支援する全国ネットワーク」は、「東京五輪」をきっかけに差別の実態を世界に発信し解消をめざすため、国際オリンピック委員会(IOC)委員全員に要請文を送付しました(6月7日付)。
 その第1項は、「差別されたベルリン五輪の金メダリスト・孫基禎(ソン・ギジョン)」です。

 「日本は1910年に朝鮮を併合し植民地としました。1936年のベルリン・オリンピックで、朝鮮人の孫基禎(1912-2002)というマラソン選手が『日本人』として優勝の栄誉を手にしました(1936年8月9日―引用者)。孫氏は朝鮮・ソウルに凱旋しましたが、日本の官憲は、朝鮮独立運動が勢いづくことを恐れて、孫氏の身柄を抑え、歓迎行事や祝賀会を一切禁じました。
 孫氏は、その後、スポーツ指導者になろうと日本留学を志しますが、1937年にやっと明治大学が受け入れてくれるまで、受け入れてくれる大学が見つかりませんでした。しかも、日本政府は『ふたたび陸上をやらないこと』などを条件としたため、長い歴史のある『箱根大学駅伝競走』には出場できませんでした。
 …2002年11月15日にお亡くなりになり、ソウルで行われた葬儀には、世界からゆかりの人がはせ参じましたが、日本オリンピック委員会はじめ、日本の体育・スポーツ界からは、誰一人参加せず、供花も弔電もなかったといいます」

  孫選手の優勝をめぐる問題はそれだけではありません。忘れてならないのは「日の丸抹消事件」です。

  表彰式に臨んだ孫選手のユニフォームの胸には「日の丸」が描かれていました。ところが、そのニュースを報じた朝鮮の「東亜日報」(1936年8月25日付夕刊)の写真からは「日の丸」が消されていたのです。孫選手の優勝を植民地政策(「内鮮融和」)に利用しようとした日本政府(朝鮮総督府)に対する民族的抵抗でした。(写真左はゴールする孫選手、写真中は「日の丸」を消した東亜日報。ともに山本典人著『日の丸抹消事件を授業する』岩波ブックレット1994年より)

  孫選手の優勝に対し、朝鮮総督の南次郎は、「一死をもつて軍国に酬ゆる武人の気魄と同じに評価されるべきもの」(1936年8月11日付「東京朝日新聞」。金誠著『近代日本・朝鮮とスポーツ』塙書房より)という「談話」を発表し、体制内化した日本の新聞も、「日章旗の掲揚が、半島選手の健闘によつてなされたことは、意義深い」(同「東京朝日新聞」。同)と論評したのです。

  「東亜日報」が「日の丸」を消したのは、こうした日本に抵抗し、孫選手が朝鮮人であることをアピールするためでした。しかしそれは当然朝鮮総督府の逆鱗に触れ、「東亜日報」は無期限発行停止処分を受けました。

 「日の丸」「君が代」に屈辱・怒りをおぼえたのはもちろん「東亜日報」だけではありませんでした。当の孫選手自身、後年、インタビューに答えてこう語っています。

 「わたしが優勝の歓喜に酔いしれたまさにそのときでした。空に日章旗があがり、君が代が鳴り響いたのです。驚天動地の心境でした。わたしはそれまで、優勝すると日章旗が掲揚されるとは夢にも思っていなかったのです…。亡国のくやしさとみじめさ、悲しさと怒りが胸底に深く沈下し、涙がとめどなく頬を伝わりました」「日本の人びとには、あれは優勝の栄冠に輝いた感激の涙だといいました。しかし、そうではなかったのです。心の中では、憤怒の叫びをあげていたのです。『俺は日本人じゃない。韓国人なんだ』と」(前掲、山本典人著。孫氏のインタビューは1989年)

  孫選手の屈辱と怒り、「日の丸抹消事件」の歴史は、植民地支配のためにはオリンピックの優勝も最大限利用するという日本政府の苛酷さ、理不尽さと、それに抵抗する朝鮮民族の誇りを示しています。

 これは遠い過去の話だと言い切れるでしょうか。
 植民地支配を根源とする元「徴用工」(強制動員)、元「慰安婦」(日本軍性奴隷)に対する歴史的責任をとろうともせず、朝鮮学校に対する差別をやめようともしない安倍政権が、国威発揚・政権浮揚・天皇制誇示のために「2020年東京五輪」に猛進し、メディアがそれを後押ししている姿は、今日における植民地支配問題とオリンピックの関係を示していると言えるのではないでしょうか。


「元徴用工問題」での「報復」は許されない

2019年07月20日 | 朝鮮と日本

     

 19日、駐日韓国大使に向かって「無礼だ」と言い放った河野太郎外相は続けて、「旧朝鮮半島出身労働者の問題をほかの問題とあたかも関連しているように位置付けるのはやめていただきたい」とのべ、「元徴用工問題」と「輸出規制問題」は無関係だと強弁しました。
 輸出規制は「元徴用工問題」の対抗措置ではない、というのが安倍政権の一貫した言い分ですが、これはウソです。

 読売新聞でさえこう報じました。
 「菅官房長官は2日の記者会見で、日本政府が韓国への半導体材料の輸出規制を強化する理由について…G20首脳会議までに元徴用工訴訟で韓国側が解決策を示さなかったことを挙げた」(3日付読売新聞)
 「安倍首相は3日、(輸出)管理強化の理由について、『相手が約束を守らない中では、今までの優遇措置は取れないのは当然の判断だ』と語り、元徴用工訴訟を巡って韓国が日韓請求権協定に違反していることを挙げた」(4日付読売新聞)

 これでどうして「元徴用工問題」と「輸出規制」が無関係などと言えるのでしょうか。

 朝日新聞は「対韓輸出規制 『報復』を即時撤回せよ」と題した社説(3日付)でこう指摘しています。
 「日韓には…元徴用工への補償問題がくすぶっている。韓国政府が納得のいく対応をとらないことに、日本側が事実上の対抗措置にでた格好だ。…日本政府は…『韓国への対抗措置ではない』などとしている。全く説得力に欠ける」(朝日新聞3日付社説)

 毎日新聞も社説(4日付)で、「外交問題とは全く関係のない貿易手続きを持ち出して、政治の道具にする。日本が重視してきた自由貿易の原則をゆがめるものだ。…元徴用工への賠償を日本企業に命じた韓国最高裁判決を巡り、韓国から満足のいく対策が示されなかったとして事実上の対抗措置に出た」(毎日新聞4日付社説)と断じています。

 韓国に対す輸出規制が「元徴用工問題」での対抗・報復措置であることは明白です。安倍政権は直ちに報復措置(輸出規制)を撤回しなければなりません。

 今必要なのは、「元徴用工問題」の本質がどこにあるのかをわれわれ日本人が再確認することです。ポイントは2つあります。

 第1に、日本政府は「日韓請求権協定」(1965年)で請求権は放棄され解決ずみと繰り返していますが、同協定はあくまでも国家間の協定であり、被害者個人(元徴用工、元「慰安婦」)の賠償請求権は消滅していないということです。
 それは日本の最高裁自身が、「(個人の)請求権を実体的に消滅させることまでを意味するものではない」との判断を下している通りです(2007年4月27日)。

 第2に、「元徴用工」すなわち強制動員問題の根源は、日本の植民地支配だということを肝に銘じることです。これはいくら強調しても強調しすぎることはありません。なぜなら、日本政府(安倍政権)の基本戦略がこの根源・本質をあいまいにすることだからです。

 それは、輸出規制を決めた直後の党首討論会(3日)で、安倍氏が「徴用工問題は歴史問題ではない」と言い放ったことに端的に表れています(7月6日のブログ参照)。

 日本は朝鮮半島を侵略・植民地支配して、朝鮮の人々に塗炭の苦しみを与え、生命・財産・人生を奪ったのです。その被害者の人々に対する謝罪・償いはいまだに行われていません。それが、「元徴用工、元慰安婦問題」の根源です。
 日本が、日本人が、その侵略・植民地支配の責任を自覚することなしに、この問題、日本と朝鮮半島の関係の前進はありえません。


「朝鮮侵略者」の居城前で記念撮影を強行した安倍首相

2019年07月01日 | 朝鮮と日本

     

 「G20」の夕食会(28日)に先立ち、記念撮影が行われました。バックは大阪城です(写真)。大阪城を背景に記念撮影を行うことについては、韓国からの反発が予想されていました。

 「G20首脳会議で、日本政府が恒例の記念撮影で、背景に大阪城が入る構図を検討している。…大阪城は朝鮮半島を侵略した豊臣秀吉の居城で韓国の反発が予想され、調整が行われる可能性もある」(5月23日付朝日新聞)

 事実、韓国のハンギョレ新聞は、「大阪城を背景に記念写真を撮るならば、壬辰倭乱(1592年、日本では「文禄の役」といわれている秀吉の朝鮮侵略―引用者)で大きな苦痛を受けた被害国の首脳である文在寅大統領は撮影に応じ難いと見られる」(5月23日電子版)と報じました。

  安倍首相はそれをあえて強行したのです。

  朝日新聞によると、韓国政府は過去にも日本の朝鮮侵略の歴史から日韓首脳会談の場所について申し入れを行ったことがあります。

 「関係者によると、韓国政府は2004年12月に鹿児島指宿市であった日韓首脳会談でも、征韓論を唱えた西郷隆盛とのゆかりや、近くに知覧特攻平和会館があることを問題視したことがある。会談は実現したものの、当時の廬武鉉大統領は小泉純一郎首相と指宿温泉の『砂むし風呂』に入ることを辞退。着物姿が韓国内で批判される恐れがあったためという」(5月23日付朝日新聞)

 今回、大阪城を背景に記念撮影することに対し、韓国政府が実際にどのように異議申し立てを行い、日本政府がどう答えたかはわかりません(報道されていない)。しかし、日本政府は上記の報道などから、「大阪城前記念撮影」が韓国にどのように受け止められるかは当然知っていたはずです。
 にもかかわらず安倍首相がそれを強行した意味はけっして小さくありません。

 文大統領は今回のG20への出席を機に、安倍首相との首脳会談を望んでいました。しかし安倍首相はそれを拒否しました。元徴用工問題での強硬姿勢を誇示するためです。

 「日本政府は、G20サミットに合わせた首脳会談開催との韓国の要請に応じず、元徴用工問題に関する韓国への不満を『形』に表した」(29日付毎日新聞)

 さらに、参院選で保守票を取り込むため、韓国に対する強硬姿勢をアピールする狙いもあったと言われています。

 「会談見送りを判断する際には、7月の参院選を前に韓国に融和的な姿勢を見せる政治的リスクも考慮したとみられる」(同毎日新聞)

 こうした政治的思惑と同時に、いやそれ以前に、そもそも安倍氏には豊臣秀吉の「朝鮮出兵」が侵略行為であるという認識がないのではないでしょうか。そして、韓国の政府や市民、すなわち日本の侵略で「大きな苦痛を受けた被害国」が不快に思うことをあえて強行する。それが安倍氏の本性ではないでしょうか。

 元徴用工問題の本質は、日本の植民地支配責任です。この問題での安倍政権の強硬姿勢は、植民地支配責任にほうかむりする安倍氏の対朝鮮半島敵視姿勢を示すものです。同時に、その背景には、「1931年からの対中戦争に関する『侵略に対する責任』、1910年の韓国併合などの『植民地(支配)責任』は日本社会では未だに共通理解とはなっていない」(殷勇基弁護士、在日本朝鮮人人権協会「人権と生活」6月号)という日本社会(国民)の問題があります。

 豊臣秀吉の居城前で自国の首相が記念撮影を余儀なくされる。そのことが韓国の市民にとって何を意味するか、どう受け止められるか。植民地支配責任を負わねばならない私たちは、そのことに思いを致す必要があるのではないでしょうか。