アリの一言 

天皇制、朝鮮半島、沖縄の現実と歴史などから、
  人権・平和・民主主義・生き方を考える。
   

忘れてならない「五輪マラソン・孫基禎」の歴史

2019年07月30日 | 朝鮮と日本

    

 「2020東京五輪」へ向けて安倍政権とメディアはますます扇動を強めていますが、日本人は「東京五輪」に浮かれる前に、過去に日本がオリンピックで何をしたのか、忘れてはならない(知らねばならない)歴史があります。

  高校無償化や補助金から排除されている朝鮮学校差別に反対する「朝鮮学校を支援する全国ネットワーク」は、「東京五輪」をきっかけに差別の実態を世界に発信し解消をめざすため、国際オリンピック委員会(IOC)委員全員に要請文を送付しました(6月7日付)。
 その第1項は、「差別されたベルリン五輪の金メダリスト・孫基禎(ソン・ギジョン)」です。

 「日本は1910年に朝鮮を併合し植民地としました。1936年のベルリン・オリンピックで、朝鮮人の孫基禎(1912-2002)というマラソン選手が『日本人』として優勝の栄誉を手にしました(1936年8月9日―引用者)。孫氏は朝鮮・ソウルに凱旋しましたが、日本の官憲は、朝鮮独立運動が勢いづくことを恐れて、孫氏の身柄を抑え、歓迎行事や祝賀会を一切禁じました。
 孫氏は、その後、スポーツ指導者になろうと日本留学を志しますが、1937年にやっと明治大学が受け入れてくれるまで、受け入れてくれる大学が見つかりませんでした。しかも、日本政府は『ふたたび陸上をやらないこと』などを条件としたため、長い歴史のある『箱根大学駅伝競走』には出場できませんでした。
 …2002年11月15日にお亡くなりになり、ソウルで行われた葬儀には、世界からゆかりの人がはせ参じましたが、日本オリンピック委員会はじめ、日本の体育・スポーツ界からは、誰一人参加せず、供花も弔電もなかったといいます」

  孫選手の優勝をめぐる問題はそれだけではありません。忘れてならないのは「日の丸抹消事件」です。

  表彰式に臨んだ孫選手のユニフォームの胸には「日の丸」が描かれていました。ところが、そのニュースを報じた朝鮮の「東亜日報」(1936年8月25日付夕刊)の写真からは「日の丸」が消されていたのです。孫選手の優勝を植民地政策(「内鮮融和」)に利用しようとした日本政府(朝鮮総督府)に対する民族的抵抗でした。(写真左はゴールする孫選手、写真中は「日の丸」を消した東亜日報。ともに山本典人著『日の丸抹消事件を授業する』岩波ブックレット1994年より)

  孫選手の優勝に対し、朝鮮総督の南次郎は、「一死をもつて軍国に酬ゆる武人の気魄と同じに評価されるべきもの」(1936年8月11日付「東京朝日新聞」。金誠著『近代日本・朝鮮とスポーツ』塙書房より)という「談話」を発表し、体制内化した日本の新聞も、「日章旗の掲揚が、半島選手の健闘によつてなされたことは、意義深い」(同「東京朝日新聞」。同)と論評したのです。

  「東亜日報」が「日の丸」を消したのは、こうした日本に抵抗し、孫選手が朝鮮人であることをアピールするためでした。しかしそれは当然朝鮮総督府の逆鱗に触れ、「東亜日報」は無期限発行停止処分を受けました。

 「日の丸」「君が代」に屈辱・怒りをおぼえたのはもちろん「東亜日報」だけではありませんでした。当の孫選手自身、後年、インタビューに答えてこう語っています。

 「わたしが優勝の歓喜に酔いしれたまさにそのときでした。空に日章旗があがり、君が代が鳴り響いたのです。驚天動地の心境でした。わたしはそれまで、優勝すると日章旗が掲揚されるとは夢にも思っていなかったのです…。亡国のくやしさとみじめさ、悲しさと怒りが胸底に深く沈下し、涙がとめどなく頬を伝わりました」「日本の人びとには、あれは優勝の栄冠に輝いた感激の涙だといいました。しかし、そうではなかったのです。心の中では、憤怒の叫びをあげていたのです。『俺は日本人じゃない。韓国人なんだ』と」(前掲、山本典人著。孫氏のインタビューは1989年)

  孫選手の屈辱と怒り、「日の丸抹消事件」の歴史は、植民地支配のためにはオリンピックの優勝も最大限利用するという日本政府の苛酷さ、理不尽さと、それに抵抗する朝鮮民族の誇りを示しています。

 これは遠い過去の話だと言い切れるでしょうか。
 植民地支配を根源とする元「徴用工」(強制動員)、元「慰安婦」(日本軍性奴隷)に対する歴史的責任をとろうともせず、朝鮮学校に対する差別をやめようともしない安倍政権が、国威発揚・政権浮揚・天皇制誇示のために「2020年東京五輪」に猛進し、メディアがそれを後押ししている姿は、今日における植民地支配問題とオリンピックの関係を示していると言えるのではないでしょうか。


「京アニ」事件報道の見過ごせない危うさ

2019年07月29日 | 民主主義・人権

     

 京都アニメーション放火事件(18日)は、被害の大きさ、犯行手口の残忍さ、「京アニ」の影響力など、特筆される事件です。事件の動機・背景は徹底的に究明される必要があります。

  一方、その陰で、事件をめぐる報道には重大な問題があります。しかしそれは不問に付され、見過ごされようとしています。

 1つは、「容疑者」の実名報道です。

 京都府警は事件の翌日(19日)、「容疑者」とされる男の実名を公表しました。それを受けてテレビは同日から、新聞は20日付からいっせいに「容疑者」を実名で報じました。しかし、この時点では男には逮捕状すら出ていません。それを警察は「容疑者」として実名を公表し、メディアはそれに追従して実名報道を始めたのです。これは事件報道のルール(内規)反する異例の措置であり、人権上きわめて問題です。

 そのことについて毎日新聞は20日付1面に次のような「おことわり」を載せました。
 「おことわり 京都アニメーション放火事件で、京都府警が名前を発表した男は逮捕されていませんが事件の重大性、目撃情報があること、さらに府警の調べに『自分が火を放った』と認めていることなどを総合的に判断し、実名・容疑者呼称で報じることとします」(太字は引用者)
 中国新聞も20日付1面に、「お断り 京都府警が名前を発表した男は逮捕されていませんが事件の重大性に加え、けががなければ現行犯逮捕される事件であることを考慮し、実名で容疑者呼称とします」と載せました。
 朝日新聞、読売新聞はなんの断りもなく「容疑者」として実名報道を始めました。

 「事件の重大性」とはきわめてあいまいな概念です。そもそも、事件の「重大性」の軽重によってルールや人権問題が恣意的に判断され変更されていいはずはありません。その他の「理由」も同じです。

 もう1つの問題は、「容疑者」の監視(防犯)カメラ映像が次々公開・報道されていることです。こうした映像は、いったい誰がどういう基準で公表しているのでしょうか。

 朝日新聞が25日付1面で報じた「容疑者」のカメラ映像は、「住民提供」とされています(写真右)。また、数日前からテレビで流されている映像は某不動産会社の「提供」となっています。いずれも捜査当局が発表したものではなく、「一般市民」がメディアに「提供」したものとされています。

 これはきわめて危険なことです。
 監視カメラの問題についてはこれまでも述べてきましたが、基本的に公衆の場所で通行人を撮影することは肖像権やプライバシーに抵触します。そのうえ、それが何にどう使われるかによって、国家権力による国民支配のツールになります。その危険性を前提とし、その上で、防犯上必要だとするなら、その使用(撮影・公表)は明確にルール化される必要があります。

 しかし日本の監視カメラにはそうしたルールがなく、野放し状態です。これまでは警察がそれを利用し恣意的に流す問題がありましたが、今回の特徴はそれが「一般市民」にまで広がっていることです。これは「市民」同士の相互監視、あるいは「私刑(リンチ)」にも通じる重大な問題です。

 上記の2つの問題は関連しています。「重大事件」だからといって人権擁護が軽視・無視されていいはずはありません。
 事件が重大であるほど、「容疑者」に対する憎悪が増し、それを助長する感情的報道があふれ、人権や報道ルールを軽視・無視しても許されるような空気が作られていくなら、この社会はきわめて危険は方向へ向かいます。それは事件の真相究明・再発防止にも逆行します。


日曜日記60・NHK「北朝鮮敵視」の偏向放送・相模原事件3年で思う

2019年07月28日 | 日記・エッセイ・コラム

☆NHKの目に余る「北朝鮮敵視」の偏向放送

 25日、朝鮮民主主義人民共和国が「短距離ミサイル」の実験を行ったことに対し、日本のメディアは相変わらず「北朝鮮が挑発」という歪んだ報道を繰り返した。中でも目に余ったのがNHKだ。 

 夜の「ニュース7」では「北朝鮮に何が?」という思わせぶりなタイトル。「ニュースウォッチ9」では男性キャスターが、「繰り返される北朝鮮の不穏な動き。その狙いはどこにあるのか」とコメントした。

 ところが同じ番組で、平岩俊司南山大教授は、「来月行われる米韓合同軍事演習に対するある種の抗議活動だ」と、この限りでは妥当なコメントをしていた。先に挑発したのは、朝米会談の合意に反するアメリカと韓国の「合同軍事演習」決定だ。自分が取材した「専門家」もそうコメントしているのに、あくまでも「北朝鮮の不穏な動き」と描こうとする。NHKは報道機関としての最低限の常識・モラルさえ投げ捨てている。

 朝鮮、韓国に対する日本人の誤った先入観・差別意識は、日本のメディアによって醸成・助長されている面が大きい。中でも安倍御用メディア・NHKの罪は重い。

 ☆相模原事件から3年で思う、「在る」ということ

 26日で相模原「津久井やまゆり園」事件から3年がたった。事件が投げかけた重い課題は深まらないまま、すでに風化現象が起こっているという。

 事件に関連して、辺見庸が「在るということ」の意味を問い掛けていた(20日放送NHK「こころの時代」再放送)。「“在るもの”をどれだけ他者が受容できるか」、「在る」ことに善や悪を持ち込む必要はない、「存在物に意味を強制してはいけない」、という趣旨だった。

 「役に立たないもの」を死に追いやる。それを辺見は「与死」と呼んだ。われわれは無意識のうちに「与死」を肯定しているのではないか。事件の被告の理屈と、日本の「優生思想」、さらにはオウム事件の「13人死刑」は同根ではないか、と問題提起した。

  この事件を障害者に対する差別を見直す教訓とすべきだとの指摘は多い。だが、事件が問い掛けているのは障害者差別だけではない。「障害者は不幸しか生まない」という被告の言葉は、「子を産まない女性は生産性がない」という発言に通じる。「生産性思想」は「自己責任」論と同根でもある。根本的に見直すべきは、それらの“思想”の元凶である新自由主義そのものだ。

 そこに迷いはないが、1つ保留している問題がある。それは辺見が「優生思想」などと並べて指摘した「終末期医療」の問題だ。「終末期」にある人(患者)の「在ること」をどうとらえればいいのだろうか。「終末期」における「与死」とは何だろうか。母への「延命治療」を基本的に拒否している私は、「与死」の誤りを犯そうとしているのだろうか…。


天皇の「五輪開会宣言」は自民改憲案の先取り

2019年07月27日 | 天皇制と憲法

     

 「東京五輪・パラリンピック」まで1年となった24日、徳仁天皇は両大会の「名誉総裁」に就任しました。それについて、共同配信の記事はこう報じました。

 「就任期間は…今月24日からパラリンピック閉幕の来年9月6日まで。陛下は両大会の開会宣言をする見通し」「大会組織委員会の要請を受け、安倍晋三首相が今月、宮内庁長官に就任を依頼。陛下が22日付で承認し、宮内庁が首相に通知した」(23日付中国新聞)

 各紙同様の内容を第2社会面ベタ扱いで小さく報じました。しかし、この短い記事の中には、憲法上きわめて重大な内容が含まれています。

  第1に、天皇が「名誉総裁」に就任した経過(手順)です。大会組織委の要請を受けて安倍首相が宮内庁長官に就任を依頼し、天皇がこれを承認した、というのです。この経過を容認することはできません。

 憲法第3条はこう規定しています。「天皇の国事に関するすべての行為には、内閣の助言と承認を必要とし、内閣が、その責任を負う」。天皇主権の大日本帝国憲法から主権在民の現憲法に転換したことに伴う当然の規定です。 

 一方、天皇の五輪「名誉総裁」就任は、いわゆる「天皇の公的活動」として行われるもので(「公的活動」自体、憲法上問題があります)、天皇の私的活動でないことは言うまでもありません。「国事に関する行為」であることは明らかです。

 そうである以上、天皇の「名誉総裁」就任は「内閣の助言と承認」によっておこなわれるべきものです。ところが「承認」したのは内閣ではなく天皇だという。立場が逆転しており、主権在民の原則に基づく憲法第3条の規定に反していることは明白です。

 第2に、天皇が五輪の「開会宣言」を行うことです。

 オリンピック憲章第55条第3項はこう規定しています。「オリンピック競技大会は開催国の元首が以下のいずれかの文章を読み上げ、開会を宣言する」。五輪の「開会宣言」をするのは「開催国の元首」(英文では、the Head of State of the host country)と決まっているのです。天皇はいつから日本の「元首」になったのでしょうか。

 大日本帝国憲法には「天皇ハ国ノ元首」(第4条)と明記されていましたが、現憲法に元首についての規定はありません。そのため諸説ありますが、内閣総理大臣とする説が有力です。もちろん、歴代政府は天皇が元首だとは言っていません(言えません)。
 だからこそ、自民党の改憲草案(2012年4月)は第1条で、「天皇は、日本国の元首であり…」と明記しているのです。

 天皇が五輪の「開会宣言」を行うのは、国内的にも対外的にも天皇を元首と位置付ける明白な憲法違反であり、自民党の改憲草案を先取りするものと言わねばなりません。

 天皇が五輪の「開会宣言」を行うのはもちろんこれが初めてではありません。1964年の東京五輪では天皇裕仁、1972年の札幌冬季五輪でも裕仁、1998年の長野冬季五輪では明仁天皇がそれぞれ「開会宣言」を行っています。こうして天皇を元首扱いする土壌がつくられてきたのです。

 五輪は国際的にも政治利用が問題になっていますが、日本における開催はたんなる政治利用ではなく、天皇を元首扱いし、天皇制の維持・普及を図る国家権力の意図と密接な関係があることを見落とすことはできません。
 天皇の「五輪開会宣言」は主権在民の憲法の立場から、絶対に容認することはできません。


日本の政治・社会を変えるカギは小選挙区制の廃止

2019年07月25日 | 政治・選挙

     

 「1人区では候補を1本化しない限り自民党には対抗できない」。これが「野党共闘」の理由(口実)です。そのためには政策の違いを度外視して結集する必要があるというわけです。
 これこそ小選挙区制(定数1)の論理にほかなりません。小選挙区制は第2党以下の糾合(野合)を不可避にし、「二大政党制」を実現するための選挙制度です。

 単純小選挙区制では反対にあうとして一部比例代表と組み合わせたのが衆院の小選挙区比例代表並立制です。参議院選は小選挙区制(1人区)と中選挙区制(複数区)と比例代表(ブロック制)の組み合わせです。

 衆院選に小選挙区比例代表並立制が導入されたのは1996年ですが、それを推進したのが小沢一郎氏(当時新進党幹事長)でした。その目的は、政権交代のある保守2大政党制の実現です。
 日本のメディアは例外なく小選挙区制を支持し、後押ししました。

 やがて民主党政権が生まれ(1998年)、確かに「政権交代」は実現しました。しかし、それが市民の期待に応えるものではなかったことは周知の通りです。

  一方、小選挙区制の弊害の方は確実に現実のものとなっています。

  第1に、死票の増大です。第1得票者以外の候補に投じられた票はすべて議席に反映しないのですから死票が増えるのは当然です。制度が導入されて以降、死票は過半数を超えています。

  第2に、少数政党の排除です。定数1では勝ち目のない少数政党が排除される、あるいはそもそも新たな政党が生まれにくくなるのも当然です。

  少数政党が排除される、新しい政党が生まれないことは何を意味するでしょうか。市民の多様な要求・価値観が国政に反映されないということです。
 今回の参院選で山本太郎氏の政党が2議席を獲得しましたが、比例代表制の併用がなければ不可能でした。

  自分の投票が無駄になり(死票増大)、多様な要求・価値観が反映しない(少数政党排除)のであれば、有権者が投票所に足を向けなくなるのは当然でしょう。衆院選の投票率は1996年に初めて60%を切り(59・63%)ました。以後一時持ち直しますが、2012年以降再び60%以下に落ちています(写真右)。1996年は小選挙区制が導入された年です。
 今回の参院選で改めて投票率の低下が問題になっていますが、その大きな要因は小選挙区制度だと言わねばなりません。

 少数政党が排除されるということは、少数意見が多数意見になっていく道が閉ざされることでもあります。日米安保条約廃棄、天皇制廃止は今はいずれも少数意見ですが、歴史的にみればやがて多数意見となるべき主張です。しかし、小選挙区制の下ではそれはきわめて困難です。逆にそうした主張は政治の舞台から消える恐れがあります。現在の日本の政治状況がまさにその危機に直面していると言えるでしょう。

  1人ひとりの意思が政治に反映される民主主義の基本原則からも、多様な要求・価値観を反映する少数政党に活動の場を与えるためにも、また今は少数でもやがて多数意見になりうる主張・政策の発展のためにも、それらを抹殺する諸悪の根源である小選挙区制は廃止しなければなりません。廃止して比例代表制への1本化、あるいは比例代表と中選挙区制(複数定員)の併用へ向かうべきです。


参院選・そんな「野党共闘」でいいのか

2019年07月23日 | 政治・選挙

     

 「政策論争深まらず 与党過半数 強力な野党不在勝因」
 22日付の琉球新報はこうした見出しで、参院選で自民・公明の与党が改選議席の過半数を獲得したのは「強力野党の不在と世論の関心の低さが大きな要因だ。年金、憲法、消費税の論戦は深まらず」と「解説」(共同配信)しました。

 確かに政策論争は深まりませんでした。それが48・80%という過去2番目の低投票率の1つの要因でもあるでしょう。ただし、選挙で政策論争が深まらないのは今回だけではありません。なぜ政策論争は深まらないのでしょうか。

 安倍晋三首相が予算委員会も開かず、都合の悪いことは隠ぺい、重要問題(日米軍事協力・貿易摩擦など)は先送りし、政策論争を避けて印象操作に終始していることが第1の要因であることは明らかです。
 しかしそれだけではありません。

 根本問題は、そもそも政党間で基本的な政策の違いがなくなっていることです。基本的な政策とは、国政の根本である日米安保体制(日米軍事同盟)、独占資本(大企業)支配に対する政策です。
 立憲民主も国民民主も日米安保体制を積極的に擁護しています。また両党とも労使協調の連合から支援を受けており、大企業と対決する姿勢はありません。
 日米安保支持・大企業擁護という根本で、自民党と公明、維新はもちろん、立憲民主、国民民主の間に基本的な政策の違いはないのです。政策論争が深まるわけがありません。

 そんな中で問われているのは日本共産党です。
 共産党はいまでも綱領上は、「日米安保条約廃棄」「自衛隊違憲」「大企業規制」の旗は降ろしていません。その立場で論戦を展開すれば政策論争はもっと深まったはずです。
 しかし、そうはなりませんでした。共産党が自ら政策論争を抑えたからです(政策論争力の衰退は別として)。とりわけ現下の重大問題である日米安保の深化=日米軍事一体化、自衛隊配備強化に対する批判・論戦は封印しました。なぜでしょうか。

 「野党共闘」のためです。立憲民主や国民民主と共闘して1人区で統一候補を立てる。そのために共産党候補を無所属候補にさえする。安保・自衛隊、大企業支配という基本問題で大きな違いがある立憲や国民と統一候補を立てるため、折り合わない政策は論戦も封印する。それがいまの「野党共闘」です。これでは政策論争が深まらないのは当然でしょう。

 本来、政党間の共闘は「政策協定」が前提であるはずです。しかし、今回の(過去の衆院、参院選も同様)「野党共闘」には「政策協定」がありませんでした。「安倍政権を打倒する」とか「立憲主義に立つ」などの抽象的スローガンは政策協定ではありません。

 例えば、「辺野古新基地」問題の根源である日米軍事同盟、沖縄への自衛隊配備増強反対、あるいは憲法原則に反する重大問題である朝鮮学校への差別解消など、具体的な政策を協議し、一致点で協定を結ぶ。それが本来の政党間共闘です。

 ところがいまの「野党共闘」は政策の一致ではなく、1人区で自民党に対抗するためには候補者を1本化する必要がある、ということから出発しています。これは本末転倒の小沢一郎的発想と言わねばなりません。

 これでは政策論争が深まらないばかりか、共産党は自らその存在意義を減滅させているようなものです。共産党は今回、大阪選挙区で有能な現職を失い、比例区で議席を減らしました(5から4へ)。共産党(党員・支持者)はその後退の意味、要因を真摯に分析し、政策協定なき「野党共闘」から脱却すべきです。

 一方、「1人区では野党が候補者を1本化しなければ自民党に対抗できない」という言い分にも一定の説得力があります。ではどうすればいいでしょうか。次回それを考えます。


参院選・「令和」が席巻した異常な選挙

2019年07月22日 | 天皇制と安倍政権

     

 今回の参院選(21日投開票)は、自民・公明の与党が改選の過半数を得たこと、維新を加えた改憲勢力が3分の2を確保できなかったこと、「辺野古」の沖縄、「イージスアショア」の秋田でともに自民が敗れたことなど、注目すべき特徴がいくつかあります。が、最大の特徴は、新元号「令和」が選挙全体をおおっていたことではないでしょうか。

  安倍首相があらゆる演説で「令和という新時代」を連発し、それを改憲につなげようとしたのはその端的な表れです。官房長官でありながら全国遊説に狂奔した菅氏が、「令和」と書いたパネルを掲げて回ったのも、「新元号」の政治利用にほかなりません。

  「令和」を口にした党首・候補者は与党だけではありませんでした。国民民主党など野党側にも「令和」が蔓延していました。立憲民主党が選挙ビラやボードに「令和デモクラシー」と書き、枝野代表はそれを誇示さえしました(5日付朝日新聞)。

  メディアも選挙前から「令和初の参院選」を連発しました。

  そんな中で、山本太郎氏が立ち上げた「れいわ新選組」が比例代表で2議席を獲得しました。山本氏の主張には共感できるものがあり、難病・重度障がい者が国会議員になることも注目されます。既成政党への不満が同党へ集まった意味も小さくありません。

 しかし、そうした点を踏まえても、「れいわ新選組」には違和感を禁じ得ません。なぜ元号を党名にしなければならないのか。
 山本氏はかつて、「秋の園遊会」で天皇に請願の手紙(直訴状)を渡したことがあります(2013年11月)。憲法の「象徴天皇制」に対する無理解を露呈したものです。天皇制に対する山本氏の認識には根本的欠陥があると言わざるをえません。山本氏は党名を変更すべきです。

 こうして与野党問わず「令和」が参院選を席巻しました。それは何を意味するでしょうか。

 天皇制は本質的に国家権力の一部であり、時の政権と補完関係にあります。元号を強調することは天皇制を肯定・流布することにほかなりません。それは基本的に時の政権党への支持に通じます。安倍氏や菅氏が今回の選挙で「令和」を連発したのはそれを利用したものです。
 「令和(元号)」が強調される選挙は、基本的に政権党を利するものです。今回の自民・公明の「勝利」の陰の“功労者”は「令和」であったと言っても過言ではないでしょう。

  そもそも元号で政治・社会の出来事を区切るのは、天皇による支配・皇国史観に通じるものです。「令和」に包まれた今回の参院選は、主権在民とは相いれないきわめて異常な選挙だったと言わざるをえません。


日曜日記59・「ヤジ排除」はファシズムの前兆・「仮装の医師」と母の「笑い」

2019年07月21日 | 日記・エッセイ・コラム

☆「ヤジ排除」はファシズムの前兆

  安倍首相が15日夕札幌駅前で行った街頭演説に対し、「安倍やめろ」「帰れ」とヤジを飛ばした男性を、北海道警の「警察官5人程度で取り囲んで」、「腕を抱えるなどして取り押さえ、現場から排除」した。「増税反対」と叫んだ女性も「警察官が同様に声をかけ、現場から引き離した」。(18日付中国新聞=共同)

  とんでもない話だ。街頭は言うまでもなく市民の自由空間だ。ヘイトスピーチでない限り、何を言おうが叫ぼうが自由だ。それを警察(国家権力)が暴力的に排除するなど、憲法違反も甚だしい。

  これは北海道警の暴挙だが、官邸サイドから全国の警察に対して「ヤジ排除」の指示が出ているのではないかと推測する。あるいは、警察が官邸の意向を「忖度」したのかもしれない。なぜなら、街頭演説のヤジを最も恐れているのが安倍首相だからだ。安倍はそのために選挙中の遊説日程を公表さえしていない。

  安倍は国会審議中に自分で質問者をヤジるくせに(だからこそか?)自分がヤジられることに異常なほど臆病だ。それだけ自信がないのだろう。
 だが、ことは安倍だけの問題にとどまらない。

 今回の北海道警の暴挙が全国に広がれば、たいへんな事態になる。いまでも規制でがんじがらめの日本の選挙中の言論がますます規制され、“言論なき選挙”が助長される。それが選挙中だけでなく、日常的な市民の言論・集会活動への抑圧・禁止に通じる。

 「テロ対策」を口実にした警察の強化。「監視カメラ」の氾濫。自衛隊という名の軍隊の歯止めなき増強。今回の暴挙がこうした流れの中で起こったことを重視する必要がある。いよいよ日本型ファシズムが表面化してきたか。

☆「仮装の医師」と母の「笑い」

 19日朝のニュースで、「仮装の医師」の話が紹介された。
 福島県・いわき市の新村医師は、介護施設などを訪問診療する際、仮装していく。水戸黄門、銭形平次…。施設は笑いの渦だ。日ごろ笑わないお年寄りたちが満面笑みを浮かべ、新村さんとの対話も弾む。

 それが新村医師の狙いだ。「笑いが免疫力を高めることは科学的に実証されている」からだ。小児病棟にピエロの仮装をした人が訪れるクラウンセラピーは有名だが、新村医師は「これは高齢者向けのクラウンセラピー」だという。

 素晴らしい。こんなお医者さんが近くにいてくれたらどんなにいいだろう。
 そう思うと同時に考えた。「そういえば、母の笑った顔を、何年見ていないだろう」。5年半前からそばで看るようになって、微笑みはあったが、笑いを見た記憶がない。1年半前にグループホームに預けてからは、毎日30分程度面会するだけになったが、微笑みさえ見た覚えがない。

 母はどんな思いで毎日を生きているのだろう。終日車いすに座り、自分では動けず、意思を伝える言葉が出せない母に、楽しみはあるのだろうか。母はいま、しあわせだろうか。
 いつも頭を離れない「?」が、また大きくなった。

 


「元徴用工問題」での「報復」は許されない

2019年07月20日 | 朝鮮と日本

     

 19日、駐日韓国大使に向かって「無礼だ」と言い放った河野太郎外相は続けて、「旧朝鮮半島出身労働者の問題をほかの問題とあたかも関連しているように位置付けるのはやめていただきたい」とのべ、「元徴用工問題」と「輸出規制問題」は無関係だと強弁しました。
 輸出規制は「元徴用工問題」の対抗措置ではない、というのが安倍政権の一貫した言い分ですが、これはウソです。

 読売新聞でさえこう報じました。
 「菅官房長官は2日の記者会見で、日本政府が韓国への半導体材料の輸出規制を強化する理由について…G20首脳会議までに元徴用工訴訟で韓国側が解決策を示さなかったことを挙げた」(3日付読売新聞)
 「安倍首相は3日、(輸出)管理強化の理由について、『相手が約束を守らない中では、今までの優遇措置は取れないのは当然の判断だ』と語り、元徴用工訴訟を巡って韓国が日韓請求権協定に違反していることを挙げた」(4日付読売新聞)

 これでどうして「元徴用工問題」と「輸出規制」が無関係などと言えるのでしょうか。

 朝日新聞は「対韓輸出規制 『報復』を即時撤回せよ」と題した社説(3日付)でこう指摘しています。
 「日韓には…元徴用工への補償問題がくすぶっている。韓国政府が納得のいく対応をとらないことに、日本側が事実上の対抗措置にでた格好だ。…日本政府は…『韓国への対抗措置ではない』などとしている。全く説得力に欠ける」(朝日新聞3日付社説)

 毎日新聞も社説(4日付)で、「外交問題とは全く関係のない貿易手続きを持ち出して、政治の道具にする。日本が重視してきた自由貿易の原則をゆがめるものだ。…元徴用工への賠償を日本企業に命じた韓国最高裁判決を巡り、韓国から満足のいく対策が示されなかったとして事実上の対抗措置に出た」(毎日新聞4日付社説)と断じています。

 韓国に対す輸出規制が「元徴用工問題」での対抗・報復措置であることは明白です。安倍政権は直ちに報復措置(輸出規制)を撤回しなければなりません。

 今必要なのは、「元徴用工問題」の本質がどこにあるのかをわれわれ日本人が再確認することです。ポイントは2つあります。

 第1に、日本政府は「日韓請求権協定」(1965年)で請求権は放棄され解決ずみと繰り返していますが、同協定はあくまでも国家間の協定であり、被害者個人(元徴用工、元「慰安婦」)の賠償請求権は消滅していないということです。
 それは日本の最高裁自身が、「(個人の)請求権を実体的に消滅させることまでを意味するものではない」との判断を下している通りです(2007年4月27日)。

 第2に、「元徴用工」すなわち強制動員問題の根源は、日本の植民地支配だということを肝に銘じることです。これはいくら強調しても強調しすぎることはありません。なぜなら、日本政府(安倍政権)の基本戦略がこの根源・本質をあいまいにすることだからです。

 それは、輸出規制を決めた直後の党首討論会(3日)で、安倍氏が「徴用工問題は歴史問題ではない」と言い放ったことに端的に表れています(7月6日のブログ参照)。

 日本は朝鮮半島を侵略・植民地支配して、朝鮮の人々に塗炭の苦しみを与え、生命・財産・人生を奪ったのです。その被害者の人々に対する謝罪・償いはいまだに行われていません。それが、「元徴用工、元慰安婦問題」の根源です。
 日本が、日本人が、その侵略・植民地支配の責任を自覚することなしに、この問題、日本と朝鮮半島の関係の前進はありえません。


NHKクロ現「オウム死刑の舞台裏」の功罪

2019年07月18日 | 天皇制とメディア

     

 「オウム真理教事件」の大量死刑執行(7月6日7人、26日6人)から1年。16日夜のNHKクローズアップ現代+のテーマは「オウム死刑の舞台裏」でした。意欲的な企画ですが、功罪相半ばしました(写真はすべて同番組から)。

 「功」は、麻原元死刑囚はじめ死刑に処せられた元死刑囚の「最期の言葉」が完全に隠ぺいされている事実とその重大性を告発したことです。

 NHK記者の情報公開請求に対して返ってきた「資料」は全面黒塗りでした。事件の当事者らが死刑の直前に、すなわち自己の生命と引き換えに、何を語ったのか。それは本人にとって重要な遺言であると同時に、事件の真相解明、その教訓化にとってもきわめて貴重な歴史的資料であることはいうまでもありません。
 それを政府(国家)が隠匿することは、元死刑囚らの人権を踏みにじるものであると同時に、事件の真相解明に対する重大な妨害です。

 それは被害者遺族の思いにも逆行するものです。
 番組で、地下鉄サリン事件で夫を失った加藤シズエさんは、元死刑囚が語る言葉が1つひとつ胸のつかえを解いていく、という趣旨のことを言っておられましたが、その通りだろうと思います。

 政府は直ちに元死刑囚らの「最期の言葉」を公開すべきです。

 「罪」は、なぜ1年前のこの時期に大量死刑執行が強行されたのかがあいまいのまま終わったことです。

 番組では「大量執行はジェノサイド(虐殺)ととられかねない」という危惧が政府部内にあったことを示しました。にもかかわらず強行されたのはなぜか。番組のタイトルが「舞台裏」となっていることからも、この解明が主題であったはずです。

 しかし、この点は明らかにされたとは言えません。というより、腰砕けの感がありました。「『平成の事件は平成のうちに』という意識は確かに幹部にはあった」という「取材メモ」が紹介され、同時に菅官房長官が「令和」のパネルをかざした映像が何度も映し出されました。それは暗に、大量死刑執行の背景に、年明け5月の改元・皇位継承があったことを示しています。しかし番組はそのことをはっきり言いませんでした。NHK上層部から現場に圧力がかかったのではないでしょうか。根拠のない想像ですが、それほど不自然な流れでした。

 オウムの大量死刑執行が、改元・皇位継承に乗じたものであったことは、当時の各社の報道ですでに明白です(昨年7月12日のブログ参照)。
 たとえば、「最も重要な要素は『改元』だった。…ある政府関係者は『皇室会議』以降、時計の針は動き始めた。平成に起きた最大の事件は平成のうちに区切りを付けるというのが命題となった」(2018年7月7日付毎日新聞)。

 クロ現を見ながら改めて考えたのは、この「平成の事件は平成のうちに」の意味です。それはたんに歴史的出来事を元号で区切るという皇国史観の問題だけでなく、改元・皇位継承によってジェノサイドへの批判を緩和・打ち消そうという思惑があった、ということでしょう。まさに最悪の天皇制政治利用と言わねばなりません。

 その政府(国家)の思惑は的中してしまいました。改元・皇位継承のお祭り騒ぎの中で、「オウム大量死刑執行」の異常さは「市民」の記憶から遠ざかっているようにみえます。
 それに手を貸したのが、改元・皇位継承報道に狂奔したメディアであり、全会一致で新天皇に「祝意」を表した国会(全政党)であったことは、歴史的汚点として銘記される必要があります。