アリの一言 

オキナワ、天皇制、朝鮮半島の現実と歴史などから、
  人権・平和・民主主義・生き方を考える。
   

訪米で判明した翁長知事の「辺野古代替案」の背信

2018年03月19日 | 沖縄・翁長・辺野古

     

 翁長雄志沖縄県知事の4回目の訪米(3月11日~16日)は見るべき成果もなく(というより逆効果ー後日書きます)終わりましたが、1つ重要なことが明らかになりました。「辺野古代替案」をめぐる翁長氏の背信(県民裏切り)です。

 辺野古岩礁破砕をめぐる那覇地裁判決(13日)が出る重要な時期にもかかわらず(だからこそ?)沖縄を留守にし、あえて訪米した目的は何だったか。

 「これまで3回の訪米では、米政府や連邦議会関係者との面談に力を入れてきた。だが今回、県は『反対の次を示す時期を迎えた』(県幹部)と方針を変更」(13日付沖縄タイムス)したといいます

 「反対の次」とは何か。「代替案」を公然化させることです。翁長氏自身、出発前はこうでした。

 「知事は那覇空港で記者団に『沖縄の負担軽減につながる現実的な代替案を探求することが重要だ』と述べ、ワシントンで開くシンポジウムでの研究者らの提言に期待を表明した。知事は…『シンポジウムでいい形で代替案がでてくれればいいと思う』と期待を寄せた」(12日付沖縄タイムス)

  ところが、帰国すると一転、「翁長雄志知事は…代替案を県独自で策定する考えについて『代替案には妥協が必要になる。沖縄県民が妥協する要素はない』と否定した」(17日付沖縄タイムス)のです。
 「訪米前に『代替案を模索する』と言及したことには、『頭の中でぐるぐる巡るものもあるが…沖縄側から発言して良くなることはない。権力として弱い立場の沖縄が代替案を出すのは簡単ではない』と語った」(同。写真左は14日のシンポ後の記者会見。沖縄タイムスより)。

  手のひらを返すようにとはこのことですが、わずか5日でなぜ一転したのか。期待していたシンポジウムで「厳しいものを感じた」(翁長氏、17日付沖縄タイムス)からです(写真中はシンポの琉球新報記事)。

 しかし、帰国後の翁長氏の「代替案策定を否定」(17日付沖縄タイムス)の意味は正確にとらえる必要があります。翁長氏は記者団にこう語っているのです。

 「代替案が出るということは歩であり、県民がまだそれを理解するような状況ではない。代替案を出すからには妥協が大事だが、県民が妥協する要素は今のところない」(17日付琉球新報)

 翁長氏が「代替案に慎重姿勢」(17日付琉球新報)を見せたのは、あくまでも「県民」が「まだ」「今のところ」、「譲歩」「妥協」する状況にないからというにすぎません。5日間で「県民」が変わるわけはありません。出発前に「現実的代替案に期待」(12日付沖縄タイムス)した自らの言明は何だったのか。

 重要なのは、翁長氏の「代替案」模索・提示は今にはじまった話ではないということです。翁長氏はこれまで県民の目の届かない水面下で、安倍政権に「代替案」を示し、「妥協・譲歩」の交渉を行おうとし続けてきたのです。今回、翁長氏はそれを自ら認めました。

 「翁長雄志知事は米軍普天間飛行場の移設先について、過去に日本政府に辺野古移設以外の『代替案』の再考を求めたものの政府側が『辺野古が唯一』と取り合わなかったことを明かした。…県が政府に再考を求めた『代替案』は、過去に識者らが提案したものなどで、中には『県内移設』を伴うものもある」(15日付琉球新報)

 「翁長雄志知事は…これまでの政府との水面下の交渉で、専門家やシンクタンクが唱える代替案を提示したことを明かした上で『一顧だにされなかった』と説明」(17日付沖縄タイムス)
 「代替案提示に消極姿勢の背景には、4年前の就任以降、水面下で政府に代替案を示してきたが、一顧だにされなかった経験がある」(18日付沖縄タイムス)

 驚いたことに、水面下での「代替案」提示、「妥協・譲歩」交渉は「4年前の就任以降」から行われていたというのです。

 県議会で、翁長氏の意を受けた謝花喜一郎知事公室長は、「県が代替案を検討している事実はない」と再三答弁してきましたが、それは議会と県民をだます虚偽答弁でした。

 翁長氏は「代替案」をあきらめたわけではありません。

 「県は…模索を続けている。知事は『官房長官や副長官、防衛大臣と1、2時間しっかり議論させていただく場をつくっていただかないと、(県が)代替案を出すことはできても、(日米)両政府がそれをどう議論してくれるのか、そこがポイントになると思う』と述べた」(15日付琉球新報)

 「代替案」をぜひ議論してほしいという安倍政権への懇願です。

 翁長氏は新基地に反対する県民の声・要望を無視して一貫して「承認撤回」を棚上げし続けていますが、その理由は、「代替案」による安倍政権との水面下交渉のためだったわけです。

 「代替案」という「妥協・譲歩」が、新基地を絶対に許さない県民の意思に逆行することは明白です。それは「まだ」とか「今のところ」という話ではありません。

 そもそも「代替案」は、「オール沖縄」の原点である「建白書」(2013年1月28日)にも反しています。

 ここには、この4年間の「辺野古新基地」をめぐる沖縄の構図が凝縮されているのではないでしょうか。

 アメリカに追随し、民意を無視して辺野古埋立・新基地建設を強行しようとする安倍政権。それを現場で体を張って阻止してきた県民・市民、支援する全国の世論。それに対し、翁長氏は安倍政権と正面からたたかうことなく、現場に足を運ぶこともなく、一貫して水面下で「県内移設」を含む「妥協・譲歩」工作を続けてきたのです。 

 翁長氏の背信・裏切りの罪はきわめて重いと言わねばなりません。


名護市長選敗北の元凶は翁長知事。直ちに決別を!

2018年02月05日 | 沖縄・翁長・辺野古

     

 「直前の世論調査でも、市民の3分の2が辺野古新基地建設に反対している。それでも稲嶺進氏が落選したのは、工事がじりじり進んだことが大きい。市民は実際に止められるという希望が持てなかった

 名護市長選(4日投開票)で新基地反対の稲嶺氏が落選した理由を、沖縄タイムス(5日付)はこう解説しました。

 では、市民から「止められるという希望」を奪ったのは、いったい誰でしょうか。

 1日のブログ(http://blog.goo.ne.jp/satoru-kihara/d/20180201)で検証したように、稲嶺陣営(「オール沖縄」)は「市長と県知事が許可しなければ新基地は止められる。」と宣伝しましたが、翁長知事が新基地建設を「許可」している(「埋立承認」を撤回しないでそのままにしている)ことは周知の事実です。それを棚に上げて、「止められる」と言っても、説得力がないのは明白です。

 その作為性を見抜くことは難しいことではありません。有権者の目は節穴ではありません。敗因は渡具知武豊陣営の「争点外し」(5日付琉球新報)だとした翁長氏の言い分は、自らの責任を回避し、有権者を二重に愚弄するものと言わねばなりません。

 名護市民の中に「『もう止められない』との諦めムード」(5日付沖縄タイムス社説)が広がっているとすれば、それをつくりだした元凶は、知事選公約を反故にしてあくまでも「承認撤回」をしない翁長氏であり、それを容認し同調してきた「オール沖縄」首脳陣です。

 先の沖縄タイムスの解説は、「安倍政権は名護の選挙の構図自体を4年かけて変え、市民から選択の余地を奪った」と指摘していますが、まさにその安倍戦略に同調してきたのが、知事選に当選して以降の翁長氏ではなかったでしょうか。

 今回の名護市長選で、翁長氏はまるで選挙結果を予測していたかのように、告示日の「応援演説」以来、「撤回」はおろか、「あらゆる権限を行使して新基地は造らせない」というこれまでの決まり文句さえ口にしませんでした。

 そして敗北が確定すると、「辺野古新基地建設への影響については『県政の立場からは県民の民意をいろいろな選挙を通じながらしっかり(確認して)きた。今回厳しい結果に終わったが、これからいろいろ相談しながらやっていきたい』と述べるにとどめた」(5日付琉球新報)のです。
 翁長氏が本気で新基地建設を阻止する意思がないことは、もはや隠しようがありません。

 問題は、新基地阻止へ向けてこれからどうたたかうかです。

 ヘリ基地反対協の沖本興真事務局長は、「新基地建設反対の民意は変わらない」と強調したうえで、こう述べています。「今後は知事選もある。絶対に屈しない」(5日付沖縄タイムス)

 最大の焦点が今秋の県知事選であることは言うまでもありません。そして、今回の名護市長選の最大の苦い教訓は、「翁長擁立」では新基地は止められない、ということではないでしょうか。

 「革新陣営」(辺野古新基地に反対し、米軍基地にも自衛隊基地にも反対する人々)は、直ちに翁長氏と決別すべきです。そして、当選後直ちに「承認撤回」し、あらゆる軍事基地に反対する、本当の革新・民主の候補を擁立すべきではないでしょうか。


野中広務氏と翁長雄志氏と辺野古移設

2018年01月29日 | 沖縄・翁長・辺野古

     

 26日死去した野中広務元官房長官に対し、日本共産党までが「平和と沖縄への深い思いを決して忘れません」(志位和夫委員長、27日付「しんぶん赤旗」)などと手放しで賛美しています。事実に反する評価と言わねばなりません。

  例えば、小渕内閣時代(1998・7・30~2000・4・5)、野中氏は官房長官として何をしたでしょうか。

 ★1999・5・24 「周辺事態法」など「新ガイドライン」3法成立強行(日米安保体制新段階へ)

 ★1999・8・9 「国旗・国歌法」(「日の丸」「君が代」法制化)成立強行

 ★1999・8・18 「通信傍受(盗聴)法」成立強行(プライバシー権侵害、支配体制強化)

 ★1999・8・18 「住民基本台帳法」改定強行(同)

 これでどこが「平和への深い思い」でしょうか。

  「沖縄」に対しても同様です。

  「大政翼賛会のような形にならないよう」という衆院本会議での発言(97年4月11日)が「ハト派」の象徴であるかのように取り上げられていますが、あの発言は米軍用地特措法の改定を強行した衆院特別委員会の委員長としての報告の一コマです。
 同特措法改定は、「米軍用地の強制使用を容易にする」もので「改定特措法の成立は、日本の政治が沖縄の世論を押しつぶす構図を象徴的に表現していた」(新崎盛暉氏『沖縄現代史・新版』岩波新書)のです。どこが「沖縄への深い思い」でしょうか。

  特筆する必要があるのは、野中氏が米軍普天間基地の辺野古移設を一貫して推進した張本人だということです。

  1997年12月21日、「辺野古海上基地建設の是非」を問う名護市民投票が行われました。結果は、賛成45・31%、反対52・85%で、辺野古移設・新基地反対の民意が改めて示されましたが、投票を前に危機感をもった橋本龍太郎内閣(当時)は反対派の切り崩しに躍起になりました。その先頭に立ったのが、当時自民党幹事長代理だった野中氏です。

  「政府側は賛成派の劣勢を覆そうと、港湾整備や市街地再開発などの『振興策』を提示し、地元ゼネコンや防衛施設局の職員たちまで大量動員して戸別訪問させた。幹事長代理の野中は現地入りして、その後押しをした」(魚住昭著『野中広務 差別と権力』講談社)

  翌98年11月、政府(小渕政権)・自民党は、県知事選で大田昌秀知事を倒し、辺野古移設容認の稲嶺恵一知事を誕生させました。全国に先駆けた自公連立が威力を発揮しましたが、その黒幕も、公明党の弱点を握っていたといわれる野中氏でした。

 野中氏は知事選前から「大田県政と手をつなぐことは絶対しない」(1998年7月1日琉球新報)と公言し、「大田県政が続く限りいかなる振興策も実現しないかのような閉塞感を煽(った)」(新崎盛暉氏、前掲書)のです。

  しかもこの知事選で「稲嶺陣営は…『県民党』を強調したが、実際には官房機密費が使われたとされ、政府・自民党の強力な後押しの中での県政交代だった」(櫻澤誠著『沖縄現代史』中公新書)と言われています。
 先日の最高裁判決でもその暗闇・非民主性が改めてクローズアップされた官房機密費。それが使われた知事選。使ったのは当時の官房長官・野中広務その人です。

 辺野古移設に反対し続けている人からこんな野中評が出るのは当然でしょう。

 「(野中氏を)ハト派、リベラル派と捉えることには違和感しかない。実務面で沖縄の民意をつぶすために豪腕を発揮した人だ。…今日に続く苦しみの根幹を作り出した」(名護市民投票に携わった宮城康博氏、27日付琉球新報)

  こうして辺野古移設を陰に陽に推進してきた黒幕・野中氏と密接な関係にあったのが翁長雄志現知事にほかなりません。

  翁長氏は野中氏の死去にあたり、「沖縄のことを心から考えて頂いていた方がまた一人お亡くなりになり、大変残念でならない」「沖縄に対して並々ならぬ深い思いを持たれていた方だった」と最大限賛美したうえ、「腹を割って話ができた、懐の広い政治家だったと思う」(27日付沖縄タイムス)と述べました。

 肝胆相照らす仲だった野中氏(当時、小渕内閣官房長官)と翁長氏(同、自民党沖縄県連幹事長)が二人三脚で取り組んだのが、辺野古新基地容認の稲嶺恵一県政を実現する知事選(1998年)でした。翁長氏自身がそれを誇示しています。

 「稲嶺(恵一)氏は普天間の代替施設の県内への移設を認めたうえで、『代替施設の使用は一五年間に限る』ことを知事選の公約に掲げました。この移設先の基地の使用期限を公約に入れさせたのは、自民党県連幹事長だった私でした。防衛庁の官房長クラスと話して『これを掲げなければ選挙に勝てない』と食い下がって、政府側にのんでもらった経緯があります」(翁長氏『戦う民意』2015年12月角川書店)

  重要なのは、翁長氏が4年前に知事選に立候補した時から今日に至るまで、過去に辺野古移設推進の先頭に立ってきたことに対し、なんら明確な反省・自己批判を行っていないことです。それが今回の野中氏に対する手放しの賛辞にも表れていると言えるでしょう。

 現に、翁長氏が支持者向けの言葉とは裏腹に、本気で「辺野古新基地は造らせない」つもりなのか疑わせる事象が多々あります。その典型は、今に至るまで選挙公約だった「埋立承認撤回」を行おうとしていないことです。

 28日告示された名護市長選で、翁長氏は稲嶺進候補の応援に立ちましたが(写真中)、「承認撤回」はおろか、「辺野古新基地は造らせない」とさえ言明しませんでした(29日付の琉球新報、沖縄タイムスの報道の限りで)。

 


翁長知事の「辺野古代替案」提示は言語道断

2018年01月05日 | 沖縄・翁長・辺野古

     

 沖縄タイムスは1日付1面トップで、「県、辺野古代替案に着手」と報じ(写真左)、琉球新報も4日付1面で「知事、代替案提示へ」と後追いしました。

 沖縄タイムスによれば、翁長氏(県)はすでに「独自案の作成に着手」しており、「2018年度前半の公表を目指し作業を進める」。「翁長知事は…3月末に訪米する予定で、この場で県の考え方の『骨子』を発表」する予定です。

 「普天間問題で県が代替案を策定すれば、県政史上初」(1日付沖縄タイムス)です。それはそうでしょう、これほど異常なことはありません。翁長氏による「辺野古代替案」提示は言語道断です。

 ①    動機…「埋立承認撤回」せず「代替案」示す異常

 辺野古新基地に反対するなら「対案」を出せ、というのはこれまで安倍政権・自民党が言い続けてきたことです。だから、「翁長雄志知事はこれまで、『(辺野古移設が)嫌なら代替案を出せというのは理不尽だ。日本の政治の堕落だ』と県による代替案提示には消極的だった」(4日付琉球新報)のです。
 それがなぜ一転、「代替案」提示に変わったのか。「ここにきて、代替案提示にかじを切ったのは『「反対」だけでは目の前で進む工事を止められない』(県関係者)との強い危機感がある」(同琉球新報)からだといいます。

 とんでもない話です。「目の前で進む工事を止められない」のは、翁長氏が公約に反して「埋立承認撤回」を避け続けているからではありませんか。肝心の「撤回」についてはいまだに「法的な観点から丁寧に検討した上で対応する必要がある」(1日付琉球新報インタビュー)などと逃げ続け、自分がやるべきことをやらないで工事の進行を許しておきながら、安倍政権の掌に乗って「代替案」を示すなどもってのほかです。

 「工事を止められない」ことを「代替案」の口実にするなら、何はさておき、今すぐ「承認撤回」を行うべきです。

 ②    本質…沖縄県が米軍戦略の「代替案」を提示する異常。前代未聞の歴史的汚点

  沖縄県知事による「辺野古代替案」の提示は、どういう意味を持つことでしょうか。

 「県は『反対』との主張だけでは不十分だと判断した。安全保障や軍事的合理性も踏まえ、辺野古新基地が不要であること、沖縄以外の地域に海兵隊を分散しても抑止力は維持できることを示す」(4日付琉球新報)といいます。
 つまり、辺野古以外でも米軍が戦略上の目的(「抑止力の維持」)を果たせる方法を示す、すなわち米軍に代わってその軍事戦略を考え提示するということです。

 日米軍事同盟(安保条約)による米軍基地の被害を、これでもかと集中的に受け続けている沖縄が、その米軍に代わって軍事戦略を提示する。こんな理不尽なことがあるでしょうか。まさに前代未聞。もし実際に行われれば、歴史的な汚点と言わねばなりません。
 これは沖縄だけの問題ではなく、日本の反基地・平和運動にとってきわめて重大な問題です。

 ③    内容…基地負担・被害の拡散、米軍・自衛隊一体化促進。「県内移設」の可能性も

 翁長氏(県)はどのような「代替案」を検討しているのでしょうか。

 「県がベースにするのはシンクタンクの新外交イニシアチブ(ND)と…マイク・モチヅキ教授らの案」(1日付沖縄タイムス)といわれます。そのNDの案とは、「米軍再編後に沖縄に残る第31海兵遠征隊(31MEU)を、在沖米軍が訓練で使用する強襲揚陸艦がある米海軍佐世保基地(長崎県)へ移駐する案など」(同沖縄タイムス)です。

 沖縄タイムスはさらに詳しくND案を紹介しています(写真右)。それによると、佐世保などへの移駐のほか、①31MEUの活動を支援するための高速輸送船を日本側が提供する②31MEUが実施している人道支援・災害救助への自衛隊の積極参加を訴え、各国軍隊との連携を深める海兵隊司令部の連絡調整センターを沖縄に設置する―などです(1日付沖縄タイムス)。

 日本が(国民の税金で)米軍のために新たな装備(高速輸送船)を提供し、米軍はじめ外国軍隊と自衛隊の一体化を進め、沖縄を海兵隊司令部の中心にする。まさに日米両政府が進める日米軍事同盟のいっそうの対米従属的強化にほかなりません。

 しかも検討されている案の中には、「県内の既存の米軍基地内へのヘリポート建設や那覇空港の使用などを提起する案もある」(4日付琉球新報)というから驚きます。「県内移設」以外の何ものでもありません。

 ④    そもそも…「建白書」に対する明白な違反

 そもそも、翁長氏が知事に当選したのは、安倍政権に対する「建白書」(2013年1月28日)を一致点とする「オール沖縄」の支持があったからです。「建白書」は翁長氏が最低限守らねばならない基本テーゼです。
 その「建白書」は、普天間基地についてこう明記しています。

 「米軍普天間基地を閉鎖・撤去し、県内移設を断念すること

 「普天間基地撤去」についてはもともと、翁長氏ら「保守」の「県外移設」論と、共産党など「革新」の「即時無条件閉鎖・撤去」論の2つがありました。その共同(妥協)を図るため、「即時無条件」と「県外移設」の双方を取り下げたのが上記「建白書」の一致点です。
 にもかかわらず翁長氏が「県外移設」の「代替案」を提示することは、「建白書」に対する明白な違反です。

 NDなどが独自案として「代替案」を示すのはもちろん自由です。しかし、翁長氏が知事として「代替案」を提示することは、「建白書」に照らして絶対に許されません。

 共産党など「オール沖縄」陣営は、「建白書」に反する翁長氏の「代替案」提示を黙認するつもりでしょうか。直ちに抗議し、即刻やめさせるべきです。

 


「撤回」回避に口実与える「県民投票・知事選同日」案<下>

2017年12月26日 | 沖縄・翁長・辺野古

     

 「県民投票・知事選同日案」がなぜ愚策であり、日米両政府を喜ばせる行為なのか。

 ① 県民投票は「撤回」に「不可欠」ではない。

 翁長与党は「県民投票の結果を承認撤回の根拠としたい考え」(24日付琉球新報)といいます。県民投票推進の急先鋒、新垣勉弁護士は22日の「オール沖縄」陣営の学習会でこう述べています。
 「県民投票で辺野古新基地建設に対する民意を明確にしないと知事は撤回できない」(24日付琉球新報)。
 「撤回」には県民投票が不可欠だという主張です。

 しかし新垣氏は、今年春に県民投票が取りざたされた際には、「裁判で裁判官の心を動かすためには県民投票は極めて効果的である」としながら、「県民投票は『撤回』を行うための不可欠の前提ではない」(3月22日付沖縄タイムス)と明言していました。
 いったいいつから、なぜ、「効果的」が「不可欠」に変わったのでしょうか。

 新垣氏の3月の指摘を振り返るまでもなく、「埋立承認撤回」は知事に与えられている固有の権限であり、「撤回」に県民投票が「不可欠」だというのは全くの誤りです。
 それは新垣氏ら5人の専門家がまとめて翁長氏に提出していた「意見書」(2015年5月1日)でも明りょうです。

 ② いまさら「民意」を問う必要がどこにあるのか。

  県民投票推進論は、「選挙の争点の一つとしての『辺野古』ではなく、賛否に特化した県民投票の結果を『民意』として撤回の理由にするねらい」(23日付沖縄タイムス)だといいます。

 知事選をはじめとする一連の選挙結果では、辺野古新基地に対する「民意」は明らかではない、というわけですが(新垣氏らも同様の主張)、これもこれまでの主張をひっくり返すものです。
 例えば、翁長氏自身、「代執行訴訟」における「陳述書」でこう述べていました。

 「昨年の名護市長選挙、特に県知事選挙、衆議院選挙、争点は1つでした。前知事が埋立承認承認をしたことに対する審判を問うたのです私と前知事の政策面での違いは埋立承認以外には大きなものはありません。ですからあの埋立承認の審判が今度の選挙の大きな争点であり、その意味で10万票の差で私が当選したことは、沖縄県民の辺野古新基地建設反対という明確な意思が示されたものであります」(2015年12月2日付琉球新報)

 辺野古新基地反対の「民意」は明確です。この期に及んで、膨大な時間・費用・労力を使って、県民投票で「民意」を問い直す必要がどこにあるのでしょうか。

 ③ 致命的な「埋め立て工事」の進行=裁判で絶対的に不利に

 「県民投票・知事選同日案」の決定的な、そして本質的な欠陥は、そのかん(来年11月まで)辺野古の埋め立て工事・新基地建設が安倍政権によって着々と進められることです。

 安倍政権は、今週にも「埋め立て区域南側のK4護岸に新たに着手…N5、K4、K1、K2、K3で囲む西側区域の護岸完成を優先し、早ければ来夏に同区域に土砂を投入する本格的な埋め立てに進みたい考え」(22日付琉球新報、写真左の地図も)です。

 工事が進行すればするほど「撤回」後の訴訟で不利になることは自明であり、それに異論を唱える人はいないでしょう。新垣氏も指摘する「埋立承認が撤回されることにより国が被る不利益」(3月22日付沖縄タイムス)がそれだけ大きくなるからです。
 だから新垣氏自身、「『撤回』は工事の進行状況を見極めながらの決断となる。それゆえに状況次第では、県民投票前に『撤回』を決断しなければならない状況も起き得る」(同)と述べ、工事が進行する前に「撤回」すべきだと主張していました。

 新垣氏のこの主張から9カ月。工事は護岸工事、石材投入まで進み(翁長氏の奥港などの使用許可も手伝って)、来夏には土砂を投入する段階まできているのです。
 にもかかわらず、来年11月に県民投票を行いその結果によって「撤回」しようとは、いったいどういうことでしょうか。
 新垣氏は「工事が進む前に翁長雄志知事が撤回するには明確な民意を示す県民投票のプロセスがどうしても必要だ」(24日付琉球新報)と言っていますが、今は工事が進んでいないとでも言うのでしょうか。さらに来年11月まで工事は止まっているとでも考えているのでしょうか。

 ④ 問題の原点=「撤回」は翁長氏の選挙公約である。

 「埋立承認撤回」問題は、その原点を改めて確認する必要があります。
 その原点は、「撤回」が翁長氏の知事選公約だということです。
 そして、辺野古の事態が刻々重大になっているにもかかわらず、翁長氏はこれまで3年間公約の実行を回避し続け、さらに来年の知事選まで(つまり4年間の任期まるごと)公約を棚上げしようとしているこです。

 先に引用した「陳述書」で翁長氏自身が認めていた通り、3年前の知事選はまさに「辺野古新基地」が唯一の争点でした。そして翁長氏は「承認撤回」を公約して当選したのです。

 「オール沖縄」陣営は知事選で翁長氏を擁立するにあたり、翁長氏との間で5項目の「政策協定(基本姿勢)」を結びました(写真右)。その「前文」にはこう明記されています。

 「新しい知事は埋め立て承認を撤回します」(2014年4月6日の「政策協定(基本姿勢)」、写真中は14年4月7日付琉球新報)

 その「政策協定」(公約)が、3年たった今も実行されていない。これが問題の根本です。

 県民投票推進派は、「裁判官の心を動かすには…」「裁判官が否定できないほどの『明確な民意』を…」(新垣氏、3月22日付沖縄タイムス)など、裁判対策を強調しますが、国家権力べったりの裁判官(「取消訴訟」で証明)や最高裁の顔色をうかがっていては安倍政権と正面からたたかうことはできません(裁判対策をいうなら、工事の進行こそ最悪の”裁判対策”であることを重ねて強調します)。

 主権者・市民のたたかいは、王道を進むべきです。
 それは、最大の主権行使である選挙における公約を実行させることです。
 そして、辺野古に新たな米軍基地を造ることが、憲法の人権、地方自治を蹂躙し、市民の生命と安全をさらに脅かし、沖縄・日本・東アジアの平和に逆行するという根本問題を問うことです。

 その王道に立って、沖縄の市民と「本土」の市民が共同し、主権者の声で日米両政府を追い詰めていくことです。それ以外に安倍政権を屈服させる道はないのではないでしょうか。


「撤回」回避に口実与える「県民投票・知事選同日」案<上>

2017年12月25日 | 沖縄・翁長・辺野古

     

 23日の沖縄タイムスは1面トップで「県民投票 知事選と同日案 来年11月 県政与党 新基地問う」と題した記事を掲載しました(写真左)。琉球新報は翌24日付1面トップでこれを後追いしました。

 「名護市辺野古の新基地建設を巡り、県議会与党(日本共産党、社民党、社大党など翁長知事与党―引用者)が新基地の賛否を問う県民投票を来年11月に想定される知事選と同日に実施する案を検討していることが22日、分かった。与党幹部はすでに同様の考えを翁長雄志知事ら県三役に伝えている」(22日付沖縄タイムス)

 驚き、あきれ、県政与党(「オール沖縄」諸党)はここまで堕ちたか、と思わざるをえません。なぜなら、「県民投票・知事選同日案」とは、頑迷に「埋立承認の撤回」を回避している翁長知事に、少なくとも来年11月まで「撤回」を棚上げし続ける口実を与え、窮地の翁長氏に救いの手を差し伸べるもの以外のなにものでもないからです。それは辺野古新基地を阻止するたたかいにとっても致命傷になるでしょう。その理由を述べます。

 第1に、「同日案」が突然浮上した政治的意図です。

 県民投票案自体は今に始まったことではありません。今年に入ってからでは、翁長氏の支援団体である「オール沖縄会議」が、「県民投票へ始動」(4月7日付沖縄タイムス)と報じられました。しかし、この案は辺野古の現場でたたかっている人たちはじめ多くの人々の反対に遭って頓挫しました。

 「今年3月、知事を支える『オール沖縄会議』内で県民投票の実施に向け、具体的な検討に入った。しかし、知事の支持者の間でも県民投票の必要性や意義が共有されていなかったことに加え、保守系の市町村長から協力が得られるかも見通せず、機運は高まらなかった」(22日付沖縄タイムス)
 
 以後、同「会議」はじめ「オール沖縄」陣営からは(ごく一部の「学者」を除き)、県民投票の話は出ていません。
 例えば、「オール沖縄会議」が主催して4万5000人が集まったという「8・12県民大会」でも、大会宣言や特別決議はもちろん、壇上スピーチの誰からも「県民投票」については一言も触れられていません。
 そんな大会の中で、翁長氏は「撤回」を「私の責任で決断する」(8月13日付琉球新報)と言明したのです。(写真中)

 それがなぜ、いま急浮上したのでしょうか。しかも知事選と同日実施という案で。
 タイムス、新報の記事では、県政与党からその理由はまったく語られていません。

 このかんの経過を振り返ってみましょう。

 翁長氏は「8・12県民大会」での言明にもかかわらず、そしてその後も強まるばかりの、一日も早い撤回を求める多くの市民・団体の要求にもかかわらず、いまに至るも撤回を棚上げし続けています。

 その一方で翁長氏は、沖縄防衛局が埋立用石材を船で運ぶための、奥港(9月上旬)、中城港(12月7日)、本部港(12月11日)の使用を相次いで許可しました。

 翁長氏の公約違反、県民・市民への裏切りは否定しようがなくなりました。

 辺野古で反対運動の先頭に立ってきた山城博治氏からも、「これまで知事を正面から批判したことはないが、今回の件(奥港使用許可―引用者)を受け、覚悟を決めて翁長県政と向き合う必要が出てくる」(11月11日付琉球新報)との声が出るようになりました。

 さらに、「オール沖縄」陣営で大きな影響力をもつ県民共闘会議共同代表の山内徳信元参院議員(社民党)も、「今年いっぱいに(埋立承認を)撤回しないと、あっという間に護岸ができ、埋め立てされると元に戻せなくなり、裁判をしても訴えの利益がなくなる」(11月29日付琉球新報)と今年中の撤回を強く求め、「できなければもっと大勢で知事室前に座り込む」(同)と、翁長氏に対しいわば最後通牒を突きつけました。

 「「公約違反」高まる反発」(11月29日付沖縄タイムス)の中、まさに「奥港許可で県政窮地」(11月29日付琉球新報)に陥ったのです。それでも「撤回」しない翁長氏。

 知事就任以来最大のピンチともいえるこの状況から、翁長氏を救おうというのが、「県民投票・知事選同日案」です。なぜなら、「撤回に不可欠」(県幹部、22日付沖縄タイムス)とする県民投票を来年11月に設定すれば、それまで「撤回」から逃げ続けても正当化でき、支持者から反発は出ないだろう、という思惑です。

 そうではないと言うなら、4月に頓挫した県民投票案がなぜいま急浮上したのか、なぜ知事選と同日なのか、県政与党、「オール沖縄」陣営は明確に説明すべきでしょう。

 第2に、「県民投票・知事選同日案」自体、愚策中の愚策、日米両政府を喜ばす利敵行為にほかならないということです

 それはなぜか。「同日案」推進者の言い分に照らしながら、明日詳述します。


石材搬入!翁長知事の責任重大、今こそ「承認撤回」させる時

2017年11月15日 | 沖縄・翁長・辺野古

     

 沖縄・辺野古が重大事態を迎えています。
 埋め立ての護岸工事のための石材搬入が、陸路だけでなく海上からも始まったのです(写真左は今日の琉球新報)。その許可を与えたのは、翁長雄志知事です。

 「名護市辺野古の新基地建設で、護岸建設用石材の海上運搬を請け負った業者に対し、県(翁長知事ー引用者)が国頭村の奥港の岸壁と港湾施設用地の使用許可を出していたことが、2日分かった。…運搬業者が6月下旬に申請書を提出、県が9月上旬に許可した」(3日付沖縄タイムス)

 奥港に続いて、本部港からの搬入も許可しました(表面的には管理を委託されている本部町の許可ですが、実質は管理権をもつ県=翁長氏の許可です)。さらに、中城湾港の使用も予定されており、まさに四方八方から辺野古に石材が運び込まれる事態です。

 こうした状況をつくりだした元凶はもちえろん新基地建設を強行する安倍政権ですが、翁長氏がそれを許可したことは、「あらゆる手段で基地は造らせない」と言い続けてきた言明(公約)に反することは明白で、その責任はきわめて重大です。

 沖縄平和運動センターの山城博治議長は、10日の定期総会あいさつで「語気を強め」てこう述べました。

 「これまで知事を正面から批判したことはないが、今回の件(奥港の使用許可ー引用者)を受け、覚悟を決めて翁長県政と向き合う必要が出てくる」「あらゆる手法で建設を阻止すると知事はこれまで主張してきた。それは一体何だったのか。これでは工事を止めることはできない」(11日付琉球新報)

 翁長氏に対する市民からの批判もようやく県紙の紙面に出るようになりました。

 「非常に驚き、かつ翁長雄志県政の姿勢に疑念と不信感が深まるばかりだ。…信じられない。「あらゆる手段を用いて工事を止める」とずっと公言している翁長県政で、明らかに辺野古埋め立て工事のための港湾施設の使用をなぜ認めるのであろうか。…知事や県に納得のいく説明を求めたい」(8日付沖縄タイムス、与那原町・森山次雄さんの投書)

 当然の怒りと要求です。ところが翁長氏は、「納得のいく説明」どころか、この問題での取材を拒否し、逃げ回っています。

 「ハガディ駐日米大使との面談を終えた(翁長)知事に報道陣が港湾施設使用許可への説明を求めたが、知事は取材に応じなかった」(14日付琉球新報)

 翁長氏の公約違反、県民に対する裏切りは隠しようがありません。同時に、新基地建設阻止のためには、翁長氏が棚上げし続けている「埋立承認の撤回」をいまこそ実行させることが急務です。

 「高江現地行動連絡会の仲村渠政彦さん(70)は、奥港の使用を認めた県と翁長雄志知事に対して「説明責任を果たしておらず、賛同できない」と主張。「知事は国と駆け引きをするのではなく、抗議に立つ現場の市民と歩調を合わせ、共に闘う姿勢を見せてほしい。その口火を切るのが、埋め立て承認の撤回だ」と訴えた」(15日付沖縄タイムス)

 「沖縄がこれまで同様日米両政府からの屈辱的な扱いに甘んじるのか、逆に県民の力ではねつけ尊厳を取り戻すのか、全ては知事の判断にかかっている。…辺野古の現場では多くのけが人や逮捕者が出ており、私も体中あざだらけだ。知事を支える運動も信ずればこそである。護岸工事の今ならまだ間に合う。知事は今回の件に限らず前知事の承認を撤回してほしい」(15日付琉球新報、原田みき子さん=本部町の「論壇」より)

 


「辺野古埋立承認撤回」の”タイミング”は今しかない

2017年11月02日 | 沖縄・翁長・辺野古

     

 総選挙の「大勝」を受け、第4次安倍晋三内閣が1日発足しました。安倍氏はまるで我が世の春を謳歌しているかのようですが、自民党の得票率は33%にすぎず、74%の議席獲得は小選挙区制という反民主的選挙制度のマジックであることを忘れてはなりません(10月24日のブログ参照)。

 もう1つ忘れてならないことがあります。沖縄の4つの小選挙区のうち3つで自民党が破れ、日本共産党、社民党、無所属(元自由党)という「本土」では考えられない顔ぶれの候補が当選したという事実です。

 この意味を、「沖縄の問題」としてではなく、「本土」の私たち自身の問題としてとらえる必要があります。

 「自公政権が強行する辺野古新基地への根深い「沖縄差別」批判は、奇襲解散で世代交代の機を逸した4区を除き、自公候補につけ入る隙を与えなかった」(前泊博盛沖縄国際大教授、10月24日付琉球新報)

 選挙で示された「辺野古新基地建設反対」の民意はあまりにも明確です。

 翁長雄志知事も選挙結果について、「新辺野古基地(反対)…について大差でしっかりと方向性が出てきた」(10月24日付琉球新報)と述べました。
 ところが、その辺野古新基地阻止の決め手である「埋立承認撤回」については、「法律的な観点も重要で、タイミングも重要。政治的な意味合いも含めてしっかりと対処していく」(同琉球新報)と述べただけで、引き続き棚上げにする意向を示しました。こうした翁長氏の姿勢が選挙で示された民意に反することは明らかです。

 しかも、翁長氏が「撤回」を棚上している間に、辺野古新基地建設をめぐる事態は重大な局面を迎えています。
 総選挙の投開票から4日後の10月26日、沖縄防衛局が、辺野古の埋め立て海域で見つかった希少サンゴ(オキナワハマサンゴ)の群体を他の場所に移すための特別採捕許可を県に申請したのです(申請の標準的な審査期間は45日で期限は12月10日前後)。

 これによって、「翁長雄志知事は難しい判断を迫られる。認めなければ「環境保全に後ろ向き」ととられ、認めれば建設の手続きを進めたように受け止められかねないからだ」(10月27日付沖縄タイムス)。

 このように、現場での工事強行と並行して、「知事権限」を徐々に縛っていくのが、安倍政権の一貫した手法です。
 いま手を打たなければ、ほんとうに辺野古は取り返しのつかないことになります。

 この事態に対し、琉球新報は「県、工事停止の決定打なく」(10月27日付)とし、沖縄タイムスも「知事には今、工事を止める有効な手段がない」(10月27日付)として、何の手も打たない翁長氏を事実上弁護しています。
 きわめて不可解で不当な論調と言わねばなりません。なぜなら、知事には「工事を止める有効な手段」がちゃんとあるからです。それは「埋立承認撤回」にほかなりません。

 翁長氏が埋立承認を「撤回」すれば工事は止まります。総選挙で4たび「反対」の民意が明確に示されたことが「撤回」根拠です。主権在民において、これ以上の「根拠」があるでしょうか。

 いま「撤回」しないでいつするのですか。いまが「撤回」の絶好の「タイミング」、いや、最後の「タイミング」と言っても過言ではありません。

 琉球新報も沖縄タイムスもいまこそ、「翁長知事は直ちに承認を撤回せよ」と声を大にして主張すべきです。

 「県民が1~3区で自公政権に反対し、辺野古新基地建設反対を掲げる候補者を選んだ事実の重みを、最大限に生かす政治を、沖縄発で生み出していかねばこの国の行方は危うい」(佐藤学沖縄国際大教授、琉球新報10月23日付)

 それは「沖縄の問題」ではなく、「日本の問題」です。


「差し止め提訴」は翁長知事の「撤回」回避のアリバイづくり

2017年06月08日 | 沖縄・翁長・辺野古

     

 沖縄県の翁長雄志知事は7日の記者会見で、国が岩礁破砕許可を得ないで辺野古埋立工事を行っていることに対し、県漁業調整規則に違反しているとして工事差し止め訴訟を7月に行うと表明しました。

 以前から想定されていたことですが、この訴訟で埋め立て工事を断念させることはできません。むしろ新基地阻止に逆行します。工事を中止(断念)させるには「埋立承認の撤回」を直ちに行う以外にありません。今回の提訴はをあくまで「撤回」を回避(先送り)しながら「支持」を繋ぎ止めようとするアリバイづくりであり、根底には来年の県知事選をにらんだ選挙戦略があると言わねばなりません。

 第1、時間の浪費、工事進行を事実上黙認。

 提訴には県議会の議決が必要とされ、翁長氏は今月20日に開会される定例県議会に議案を提出し「7月14日予定の最終本会議で可決されれば7月内にも提訴する方針」(8日付琉球新報)。つまりいくら早くても提訴までまだ1ヶ月以上あるのです。

 さらに、提訴(「工事中止の仮処分」を含め)してから裁判所が判断を下すまでに時間がかかります。琉球新報(5月31日付)によれば、八重山教科書無償配布をめぐる仮処分(2012年)は1カ月半、高江ヘリパッド建設差し止めの仮処分(16年)は2カ月半で那覇地裁が決定を下しましたが、関西電力高浜原発の運転差し止め仮処分に対する大津地裁の決定は1年以上かかりました。専門家は「半年や1年掛けて判断することもある」(本多滝夫龍谷大教授、同琉球新報)としています。ということは、仮処分の決定が来年になる可能性もあるのです。

 この間、安倍政権は埋め立て工事を強行し続けます。「時間の浪費」どころか、工事が取り返しのつかない段階へ向かうのを事実上黙認することになるのです。

 第2、そもそも裁判所で門前払いされる可能性が大。

 翁長氏の提訴表明に対し、「防衛省関係者」は、「行政上の義務の履行を求める訴訟を審判対象ではないと判断した「宝塚パチンコ訴訟」の最高裁判決(2002年7月9日―引用者)を挙げ、「今回も法律上の争訟にあたらないだろう。われわれは淡々と工事を進めるだけだ」との見通りを示した」(8日付沖縄タイムス)といいます。

 この最高裁判決について県側の弁護士は「自治体と国民との間の訴訟に限定した判例」(8日付沖縄タイムス)であり相手が国の場合は違うとしていますが、「辺野古をめぐる重要な裁判で最高裁が判例を覆らせるかは非常に不透明」(武田真一郎成城大教授、8日付琉球新報)、というより可能性はきわめて小さいでしょう。

 結局、時間をかけた末に(その間、埋立工事は進行)、「審判の対象にあらず」として門前払いになる可能性が大きいのです。

 第3、もともと工事を断念させる提訴ではなく、逆効果。

 武田教授は、仮に裁判になり、県が勝訴したとしても、「国が岩礁破砕許可を申請してくれば認めざるを得なくなる」とし、「埋め立てそのものを止める訴訟にはなり得ない。暫定的な訴訟だと思う」(8日付琉球新報)と指摘しています。

 もともと埋め立て工事を止める(断念させる)訴訟ではない。それどころか仮に勝訴してもあらためて岩礁破砕許可を申請されれば認めざるをえない。認めれば、埋立工事を公認するようなもの。まさに新基地阻止に逆行する訴訟と言わねばなりません。

 第4、「撤回」を回避しながら「支持」を繋ぎ止める。

 このような訴訟を鳴り物入りで行う翁長氏の意図はどこにあるのでしょうか。

 「県の念頭には、市民団体から早期撤回を求める声が相次ぐ状況の中、「何もしていないと思われるわけにはいかない」と民意を意識した側面もある」(8日付琉球新報)

 その証拠に、肝心の「承認撤回」について翁長氏は、「承認撤回は十二分に検討に値する。撤回は一番重要な案件なので、時期や法的観点からの検討を丁寧に重ねたい。撤回は必ず行われるだろうと思う」(8日付琉球新報、知事会見一問一答)と述べ、「撤回を、力強く、必ずやる」と表明した3月25日の県民大会あいさつからまたまた大きく後退しました。

 「会見では埋め立ての承認撤回についても再三、質問が飛んだ。「撤回は必ずするのか?」。記者の問いに知事は「撤回は必ず行われるだろうと思う」と述べるにとどめた」「承認撤回については慎重な言い回しに終始した」(8日付琉球新報)

 第5、「オール沖縄」議員は蚊帳の外

 こうした翁長氏の言動(「撤回」の回避とアリバイづくり)が、与党である「オール沖縄」陣営の頭越しに行われていることも重大です。

 「知事会見の前日に与党への説明があったものの、提訴の情報はその数日前に報道が先行した。与党議員の一人は「与党への説明はいつも後手後手だ。…県と与党が情報を共有する必要がある」と゛課題”を口にした」(8日付沖縄タイムス)

 「与党議員の一人は…「県は専門家集団と話を進めていると思うが、なかなかわれわれに話が下りてこない」と不満を漏らす」(8日付琉球新報)

 不満を漏らす時間があったら、翁長与党=「オール沖縄」は翁長氏の独断専行に異議申し立てを行い、直ちに「撤回」させるべきでしょう。それが有権者・県民への責任ではないでしょうか。


うるま市長選で敗北、翁長知事は直ちに「承認撤回」を

2017年04月24日 | 沖縄・翁長・辺野古

     

 23日投票の沖縄・うるま市長選で、「オール沖縄」の山内末子氏=社民、共産、自由、社大、民進推薦は、現職の島袋俊夫氏=自民、公明推薦に得票率で10㌽差をつけられて敗北しました。この結果をどうみればよいでしょうか。

 注目されるのは、勝敗とともに(あるいはそれ以上に)、投票率が前回(8年前)より1・85㌽低い60・70%と過去最低を記録したことです。昨年の県議選や参院選よりは高いとはいえ、「安倍政権と翁長氏がそれぞれ推す候補の一騎打ちは全国的にも注目を集めた」(24日付沖縄タイムス社説)選挙として、この低投票率は見過ごせません。

 「過去最低の投票率」の大きな原因は、争点の不明確化、端的に言えば山内氏=「オール沖縄」陣営が「辺野古」をあえて争点から外したことにあったと言わざるをえません。

 「『オール沖縄』勢力は…求心力の源泉である『辺野古』問題を積極的に語らない戦略で選挙戦に臨んだ」(24日付琉球新報)のです。結果、山内氏は「教育政策や市政刷新を中心に訴えたが現職との差別化に苦しんだ」(24日付沖縄タイムス)。「その(山内氏の政策のー引用者)内容は島袋氏の政策と重なる部分が多い」(同社説)からです。

 政策に大差のない選挙が現職に有利なのは自明です。なによりそれは、有権者から投票意欲を奪います。その結果が「過去最低の投票率」となったことは明らかでしょう。
 山内氏と島袋氏の政策の大きな違いは、言うまでもなく「辺野古」です。山内氏が新基地に一貫して反対しているのに対し、島袋氏のバックボーンである沖縄自民党は8日の県連大会で「辺野古新基地容認」を明確に打ち出したばかりです。これこそ最大の政策的相違点であり、山内氏の政策の優位点です。
 ところが山内陣営・「オール沖縄」はそれを自ら封印し、争点のない選挙にしてしまったのです。

 選挙結果にはいろいろな要素が反映しますから、仮に山内氏が「辺野古新基地反対」を前面に掲げていても、選挙結果がどうなったかは分かりません。
 しかし、問題は「結果」ではありません。18日のブログで述べたように、「護岸工事」が目前に迫っている中で行われる重要な一騎打ちの選挙で、「辺野古」を前面に掲げないこと自体、新基地阻止のたたかいにおいて許されることではありません。
 ところが「オール沖縄」陣営はそれをやってしまった。いわばたたかわずして敗れたのです。その責任はきびしく問われなければなりません。

 問題は、この選挙結果を受けて今何をすべきかです。

 「オール沖縄」陣営には敗北に打ちひしがれているヒマはないはずです。「護岸工事」はきょう(24日)にも強行されると報じられています。うるま市長選の誤りを正し、いますぐ「辺野古新基地阻止」に向けたたたかいを再構築しなければなりません。その具体的な方策は言うまでもなく、翁長氏に直ちに埋立承認を「撤回」させることです。

 選挙結果を受けて、琉球新報は「『オール沖縄』勢力は…手詰まり感も漂う中、基地問題以外の分野での訴求力をいかに高めるかが今後の問題となる」(24日付)とし、沖縄タイムスは「翁長知事を支える層からは知事の埋め立て承認撤回や県民投票などの新たな動きを求める声があり…」(24日付)、「辺野古ノーの取り組みは再構築を迫られている」(同社説)と論評しています。

 驚くべき論調です。いま「基地問題以外の分野」や「県民投票」に視点を移したり「再構築」などと言っている場合でしょうか。今日にも「護岸工事」は強行され、事態は取返しがつかないことになってしまうのです。
 新報、タイムスが「辺野古新基地反対」なら、「辺野古の環境破壊反対」なら、なぜ「翁長氏は直ちに承認撤回を」と主張しないのでしょうか。
 県内に絶大な影響力を持つ新報、タイムスが、これまで翁長氏に「承認撤回」を強く迫って来なかったことが翁長氏の撤回棚上げを許してきた大きな要因であることを両紙は銘記すべきです。
 
 宜野湾、宮古、浦添に続くうるまでの「オール沖縄」陣営の市長選4連敗。その根底には、翁長氏が「承認撤回」を知事選で公約しておきながら、いつまでたっても実行しようとしないことに対する有権者の批判があることは明白です。
 
 翁長氏は今すぐ「承認撤回」すべきであり、「オール沖縄」陣営は翁長氏にそれを実行させねばなりません。それが知事選で翁長氏を担いだ責任ではないでしょうか。