大手不動産会社「フジ住宅」(大阪府岸和田市、今井光郎会長)が在日コリアンの女性従業員に対し、差別文書などで繰り返しヘイトハラスメントを続けてきた問題で、大阪高裁(清水響裁判長)は18日、その違法性を断定し、文書配布の差し止めと132万円の損害賠償を命じました。1審・大阪地裁堺支部の判決(2020年7月2日)に続く有罪判決です。
「フジ住宅」の卑劣で執拗な手口などについては、2020年7月14日のブログをご参照ください。(https://blog.goo.ne.jp/satoru-kihara/d/20200714)
今井会長(写真右=同社HPより)のハラスメントがエスカレートしてきたのは2013年からですが、前年の12月には第2次安倍晋三政権が発足しています。これはけっして偶然ではないと思います。
日本の大手企業が職場で繰り返しているヘイトハラスメントに対し、司法が断罪した意味はきわめて大きいものがあります。しかし同時に、判決には見過ごせない限界もあります。
原告の女性は2審判決後、こう語りました。
「1審判決が出てから、会社は何も変わらなかった。いくら司法が良い判決を出したとしても、受け止める会社側が変わらなければ、同じようなことが続く。正直、今も不安でいっぱいです」(18日に朝日新聞デジタル)
「フジ住宅」が判決を踏みにじって恥じないのは、今井会長のレイシズムだけでなく、現行法制度の不備の反映でもあります。
もともと1審の有罪判決にも、「(今井会長のヘイト文書配布を)原告個人に向けられた差別的言動とは認めなかった。…人種差別の本質・問題性を理解していないといわざるを得ない」(弁護団「声明」)という弱点がありました。
今回の2審判決でも清水裁判長は、「女性個人に対する差別的言動とは認められない」としたうえで、同社が東証1部上場企業であることから、「職場で民族差別的思想が醸成されない環境作りに配慮することが社会的に期待される立場にもかかわらず、怠った」(同朝日新聞デジタル)として、民事の損害賠償を科したのです。
これでは1審判決同様、「人種差別の本質・問題性」を理解しているとは言えません。
これはたんに裁判官の問題ではなく、日本の法制度の根本的欠陥にかかわっています。それは、日本には人種差別自体を違法として禁じる差別禁止法がないことです。
「日本では、社会生活上の人種差別を明文で禁止した法律がない」「(国連の)人種差別撤廃委員会はこれまで日本に対して、包括的な人種差別禁止法を制定し、ヘイトスピーチについても禁止規定をおくべきことを繰り返し勧告してきた」「この法律(2016年成立のヘイトスピーチ解消法―引用者)は、差別的言動が「許されない」と前文で理念的に宣言しているものの、ヘイトスピーチを違法として禁止する明文規定はなく、当然罰則もなく…人種差別撤廃条約で求められている対策を履行したものとは言い難いものだ」(シン・ヘボン(申惠丰)青山学院大教授『国際人権入門』岩波新書2020年)
人種差別撤廃条約(「あらゆる形態の人種差別の撤廃に関する国際条約」)は1965年に国連で採択されました。日本政府は1995年にやっとこれに加入しました。しかしそれは形だけで、一貫してその義務を果たそうとしていません。日本で人種・民族差別がなくならないどころか逆に強まっている原因の1つはここにあります。
人種差別撤廃条約に基づく人種差別禁止法を早急に制定することは日本の責務です。
沖縄・高江の米軍ヘリパッド建設反対運動をめぐり、DHCテレビジョン(山田晃社長)が制作した番組「ニュース女子」(2017年1月2日)で、「テロリスト」「黒幕」などと誹謗中傷された辛淑玉(シンスゴ)さん(在日コリアン3世、写真左)が、同社などを訴えていた裁判で、東京地裁(大嶋洋志裁判長、写真中)は1日、名誉棄損を認定し、550万円の支払いとウェブサイトへの謝罪文の掲載を命じました。
画期的な判決です。辛さんのたたかいが実りました。辛さんは番組で攻撃されただけでなく、その後もSNSでヘイトスピーチを浴びせられ、脅迫を受け、身の安全のためしばらく海外へ移らなければなりませんでした。命がけのたたかいでした。
1日の記者会見で辛さんは、「私を使って沖縄の平和運動を愚弄する、最も悪質なフェイクニュースでした」「反戦運動に声を上げること、沖縄に思いをはせること。そこを巧みに利用された」(2日付沖縄タイムス)と述べました。
在日コリアンに対する差別に乗じて人権活動家を悪者に仕立て上げ、同時に沖縄の反基地運動を攻撃する。ここには二重の差別・レイシズムがあります。その相乗効果を狙ったまさに最悪のフェイトです。
辛さんは会見で、声を詰まらせながら、こうも言いました。
「沖縄で起きていることが見て見ぬふりをされるのは、どんな司法判断が出ても変えられない。私たち一人一人が真摯に目を向けなければ」(同沖縄タイムス)
これは「本土」の日本人へ向けた言葉です。この訴訟は、けっしてDHCを裁くだけのものではありません。沖縄、そして在日朝鮮人に対する差別に無関心な日本人、結果、差別に加担している日本人と日本のメディアに対する警告でもあります。そこにこの裁判の重要な意味があります。
辛さんは以前、ある雑誌にこう書いたことがあります。
「耳を澄ましてほしい。見えていないものを見てほしい。そして、一人でも泣いている人がいたら、その人のそばに寄り添ってほしい。それが、ジャーナリストの仕事ではないだろうか」
これが辛さんの一貫したジャーナリズム論であり、人間論であり、思想です。
DHCテレビジョンは「不当判決だ」と居直り、控訴するとしています。辛さんもまた、今回認定されなかった長谷川幸洋氏(番組司会)の名誉毀損や番組の配信停止を求めて控訴する意向です。
辛淑玉さんのたたかいは続きます。一緒にたたかいたいと思います。とりわけ、差別・ヘイトスピーチを名誉毀損ではなく差別そのものとして罰する差別禁止法の制定は急務です。
見て見ぬふりをすることは許されません。沖縄の構造的差別に対しても、在日コリアンに対する歴史的差別に対しても。問われているのは私たちです。
「メンタリスト」(意味不明!)のDaiGoなる人物は、見たこともなければ、名前を聞いたこともありませんでした。その彼がとんでもない差別発言を行ったことはニュースで知りましたが、まともに批判する気にもなりませんでした。
しかし、それはやっぱりよくない、きっちり批判しなければならないと思い直しました。そう気づかせてくれたのは、稲葉剛氏(生活困窮者支援「つくろい東京ファンド」代表理事、写真中)のインタビュー記事(17日朝日新聞デジタル)でした。
DaiGo氏は8月7日公開の動画でこう言ったといいます。「僕は生活保護の人たちにお金を払うために税金を納めているんじゃない。生活保護の人に食わせる金があるんだったら猫を救ってほしい。生活保護の人が生きていても僕は別に得をしないけど、猫は生きていれば得なんで」「自分にとって必要のない命は、僕にとっては軽いんで。だからホームレスの命はどうでもいい」…(写真左、同朝日新聞デジタルより)。
典型的かつ古典的な「優生思想」であり、生活保護攻撃です。きわめて悪質なヘイトスピーチであることは明白です。彼は「著名なテレビタレント」で「ユーチューブのチャンネル登録者数は250万人に及ぶインフルエンサー」なのだそうです。稲葉氏は、「若い世代への悪影響は計り知れない」と警鐘を鳴らしています。
稲葉氏は、「インフルエンサーの芸能人だけでなく、国会議員や大学教員など、社会に大きな影響力を持つ人が人の命の価値を否定するような発言をした場合『一発アウト』、その職を続けるべきではないと私は考えています。そういう対応を社会が積み重ねていかない限り、また同じような差別や先導が繰り返され、いつか暴力が誘発され、社会が壊される事態になってしまう」と述べています。まったく同感です。
続けて稲葉氏はこう述べています。
「ただ、本当に重要なのは、DaiGo氏が今後どうするかということよりも、こうした問題に社会がどう向き合うか、だと思います」
稲葉氏ら生活困窮者支援をおこなっている4団体は、この問題で「緊急声明」(8月14日)を出しました。そこで5項目の要求をあげ、5番目にこう主張しています。
「私たち市民は、今回のDaiGo氏の発言を含め、今後ともこのような発言は許されないことを共に確認し、これを許さない姿勢を示し続けること」
稲葉氏や「緊急声明」が最も強調しているのは、DaiGo氏個人の問題ではなく、そのヘイトスピーチ・差別発言を受け止める社会の問題、それを絶対許さないという日本社会の姿勢です。
差別を傍観することは差別に加担するに等しい。それは自明のことと頭では分かっているつもりでしたが、「批判する気にもならない」と黙っていることは、結局、差別を傍観していることになると思い直しました。
差別の現場に立ち合ったときの「アクティブ・バイスタンダー(Active Bystander)」の役割について考えましたが(8月8日のブログ)、それは至近距離での立ち合いだけでなく、社会の一員として、日本の中で、あるいは世界で起こったヘイトスピーチ・差別に対してどういう姿勢をとるかの問題であることを、あらためて胸に刻みたいと思います。
在日コリアンの母を持つ川崎市在住の中根寧生(ねお)さん(大学1年)が、ネットの投稿で受けたヘイトスピーチを訴え、損害賠償を求めた民事訴訟の控訴審判決が東京高裁でありました(5月12日、写真中は高裁へ向かう中根さん=中央)。
白井幸夫裁判長は、「投稿は著しく差別的、侮辱的。個人の尊厳や人格を損ない、きわめて悪質」と認定し、加害者の大分市の男(68)に130万円の支払いを命じました。
「判決後の記者会見で中根さんは「匿名の卑怯な差別を許さず発信することで、差別的攻撃を受けている人の勇気や力になりたい」と実名を公表。代理人の師岡康子弁護士は「差別を人格権侵害と認定し、差別されず平穏に生活する権利を認めた画期的な判決」と評価」(5月13日朝日新聞デジタル)しました。
中根さんが控訴審で意見陳述を行う決意をした経緯を、月刊「イオ」(朝鮮新報社発行)最新号(7月号)で中村一成(イルソン)氏が紹介しています。
<(警察の聴取のなかで、中根さんは)名前を愚弄された悔しさに話が至ると、肩が震え、涙が止まらなくなった。親の希望が詰まった名、地域で皆から呼ばれ、名乗ってきた名前を踏み躙られたのだ。帰路でオモニが言った。「私が朝鮮人だからこんな思いをさせてしまって、ごめんね」。思いもよらぬ、悲しく悔しい言葉だった。その思いを法廷で述べることにした。「オモニは悪くない。悪いのは朝鮮人ではなくて差別なんだって伝えたかった」>
中根さんのオモニ(お母さん)は崔江以子さん(写真左は中根寧生さんと崔江以子さん、「イオ」7月号より)。崔さんは川崎市ふれあい館の館長で、ヘイトとたたかい続け多文化共生社会をめざしています。
男はネットで、中根さんや崔さんの名前を晒し、「在日という悪性外来寄生生物種」「通名などという『在日専用の犯罪用氏名』など許しているものだから、面倒くさい」などとヘイトスピーチを繰り返しました。
裁判当日、中根さんはこう陳述しました。
「僕は悪性外来寄生生物種ではなく、家族に愛されて、家族を大切に思う人間です。僕は母が朝鮮人であることは自慢ではあるけれど酷いなんて思ったことはない」
中根さんの名前は、<オモニの信条「丁寧」の寧、朝鮮語のアンニョン(安寧―引用者)の寧を取り、寧生と名付けられた。出会いを丁寧に積み重ね「安寧」な人生を送って欲しい。両親の願いが込められていた>(中村一成氏、同上)
中根さんの悲しさ、悔しさは、親の愛情がこもった名前を愚弄されたことにあります。名前―それは在日コリアンに対する差別の標的であり、歴史的に、日本の植民地支配の重要なツールでした。日本は朝鮮民族の名前を奪い、「日本名」を強制することで同化政策を推進してきました。それは今も継続しています。
たとえば、大阪府の「ピースおおさか」(大阪国際平和センター)には、大阪大空襲(1945年3月13日)で犠牲になった在日コリアン(1500人以上)を追悼する銅板がありますが、そこに刻まれているのは「日本名」です。関係者は「本名こそが人間の尊厳を表す」と、本名(民族名)の記載を要求しています。
ことしの大阪大空襲の追悼式で、水野直樹京大名誉教授は「本名で追悼することの意味」と題して講演しました。
「日本は植民地支配秩序の維持、強化を目的に「民籍法」(1909年)、「創氏改名」(1940年)といった「名前政策」を実施してきた。日本は朝鮮人の名前、アイデンティティを植民地権力の都合に合わせて統制してきた。植民地支配の罪科を明らかにし、それらを踏まえたうえで朝鮮人犠牲者を本名で追悼することの意味を考えるべきだ」(月刊「イオ」5月号)
個人と民族の尊厳にとって「名前」がいかに重要であるか。だからこそそれを奪うことが日本の植民地政策の中心の1つでした。そして「名前」は、今もヘイトスピーチ、在日コリアン差別のテコになっています。そのことの意味を直視し、ヘイトスピーチを根絶しなければなりません。