アリの一言 

天皇制、朝鮮半島、沖縄の現実と歴史などから、
  人権・平和・民主主義・生き方を考える。
   

「翁長知事撤回表明」を検証する<中>「撤回」理由

2018年07月31日 | 沖縄・翁長・辺野古・...

     

 7月27日の翁長知事の「撤回表明」を検証する2つ目の視点は、「撤回」の理由です。

 ②翁長氏の「撤回」は新基地自体を否定するものか

 同じ「撤回」という言葉を使っても、何を理由にするかによって、2つに大別されます。「要件撤回」と「公益撤回」です(7月17日ブログ参照)。

 「要件撤回」とは、埋め立て承認時の約束事を守らなかったことを理由とするいわば“事務的・行政的撤回”です。

 これに対し「公益撤回」は、新基地建設自体が平和を望む県民・市民の意思に反している、民意に反して(公約違反)埋め立てを承認したこと自体が誤りだったとする、地方・住民自治に立った”政治的撤回“です。

 翁長氏は27日の会見でこう述べました。

 「沖縄防衛局の留意事項違反や処分要件の事後的不十分などが認められるにもかかわらず公有水面埋め立て承認処分の効力を存続させることは、公益に適合し得ないものであるため、撤回に向けた聴聞の手続きを実施する必要があるとの結論に至った」(28日付琉球新報「会見全文」より。以下、会見の引用は同じ)

 「公益」という言葉を使っているので紛らわしいですが、これは「公益撤回」ではありません」。「埋め立て承認」時の「留意事項」や「処分(承認)要件」に「違反」や「(実行)不十分」があったので「承認の効力」を「存続」させることはできない、とする「要件撤回」です。これが翁長氏の「撤回」理由です。

 仲井真前知事が行った公約違反の「埋立承認」を否定するのではなく、その際の約束事が守られていないことを問題にする、すなわち新基地建設自体を否定するものではないのです。だから「聴聞の手続き」をとるのです。

 こうした事務的・行政的手続き上の「違反」で争う限り、政府は裁判になっても勝てると踏んでいます。政府だけでなく、県の担当部局(土木建築部)からも、「留意事項に違反したからといって公水法(公有水面埋立法)にまで抵触するとは言いにくい」(29日付沖縄タイムス)という声が出ています。

 そこで翁長氏は、「留意事項違反」だけでなく、「承認」後に分かった「新たな事実」として、「軟弱地盤」や「高さ制限」を挙げました。これが今回の「撤回表明」の特徴とみられています。しかし、「地盤」や「高さ制限」も基地建設の条件(その区域の適合性)を問うものであり、新基地自体を否定するものではありません。

 政府は「軟弱地盤」や「高さ制限」についても「反論」を準備していますが、政府の「反論」が認められなければ、それらの心配がない別の場所に新たに基地を造りたいと申請し直すでしょう。そのとき県はそれを承認せざるをえません。なぜなら、今回の「撤回」が、場所の条件いかんにかかわらず新基地は認められないという「撤回」ではないからです。

 結局、新基地自体の是非を問い、その不当性を主張しない「撤回」では、「法や行政手続きの解釈など主に技術的な問題が争われ、本質が置き去りにされる可能性がある」(7月20日付沖縄タイムス)のです。いいえ、可能性ではなく「置き去りにされる」のです。それは「取り消し訴訟」の最高裁判決(2016年12月20日)で経験済みです(写真右は政府との「和解」=2016年3月4日)。

 今回の翁長氏の表明で、すでにその懸念は現実になっています。

 表明翌日の28日、全国紙の「朝日」「毎日」「読売」「産経」の4紙がこの問題で社説を出しました。安倍政権べったりの「読売」「産経」は論外として、「朝日」「毎日」は安倍政権に一定の注文をつけました。しかしその内容は、「政府は…納得できる説明をしなければならない」「新たな対応が求められる」(「朝日」)、「知事選の結果を待ったうえで土砂投入の是非を判断した方がよい」(「毎日」)というものにすぎず、新基地建設自体を問い直し批判する論調はありません。「本質が置き去り」にされているのです。

 翁長氏は会見で、「南北首脳会談」や「米朝首脳会談」にふれ、「こういう状況の中で…新辺野古基地を埋め立てていく。もう理由がない」と述べました。この限りでは一定の妥当性があるように思えますが、留意しなければならないのは、これは「南北会談」後の情勢に対する翁長氏の私見であり、それを「撤回」の理由にはしていないことです。

 「翁長氏は27日の会見で緊張緩和に向かう朝鮮半島情勢にも言及し…政府方針を批判した。防衛省関係者は『今後裁判になったとしても争点はそこではない。行政手続きや技術面でどちらが正しいかだ』と冷ややかに受け止める」(30日付琉球新報)
 政府・防衛省がこう高をくくるのも、翁長氏の「撤回」が「本質を置き去り」にしたものだからです。

 翁長氏が「承認取り消し」(2015年10月13日)に続いて今回の「撤回」でも、あくまでも行政上の手続きや条件を問題にし、新基地建設自体、あるいは在沖米軍基地の存在自体を争点にしようとしないのはなぜでしょうか。

 それは翁長氏が、「沖縄県は日米安保条約の必要性を理解する立場だ」(3月16日付琉球新報)、「(アメリカと日本・沖縄が)日米安保体制の強い絆で結ばれるのはいい」(3月15日付沖縄タイムス)、「日米が世界の人権と民主主義を守ろうというのが日米安保条約だ」(2017年11月21日付沖縄タイムス)と公言してはばからない、強固な日米安保条約信奉者だからです。ここに「辺野古問題」に対する翁長氏の姿勢の根源があります。

※「3つ目の視点」は明日書きます。


「翁長知事撤回表明」を検証する<上>「土砂投入」との関係

2018年07月30日 | 沖縄・翁長・辺野古・...

     

  沖縄の翁長雄志知事が27日、辺野古埋立承認を「撤回」すると表明しました。翁長氏は同日の会見で、これが「公約の実現に向け」たものだとし、県紙も「待望の撤回 市民歓声」(28日付沖縄タイムス)と評価しました。

  はたしてそうでしょうか。今回の「撤回」はほんとうに「公約」の実現であり、市民が「待望」していた「撤回」でしょうか。新たな軍事基地を造らせないたたかいに沿った「撤回」でしょうか。

 「翁長知事の撤回表明」を3つの視点から検証します。(会見の引用はすべて28日付琉球新報「会見全文」から)

 ①    安倍政権の「土砂投入」強行との関係

 27日の翁長氏の表明は、「撤回に向け…聴聞の手続きに入るよう、関係部局長に指示した」もので、正式に「撤回」したものではありません。「撤回」を決定しなければ工事は止まりません。そこで注目されているのは、安倍政権(防衛省)が埋立の土砂投入を強行しようとしている8月17日までに正式に「撤回」するのかどうかです。

  27日の記者会見では記者団から計7つの質問がされ、翁長氏は予定時間を超過して答弁しました。ところがなぜか、この点に関する質問に限り、自らは答弁せず、知事公室長が「それではお答えします」と待ち構えていたように、「適切な時期に最終的な判断を行政の長の方で行うことになろうかと思っております」と答えただけでした。その「行政の長」である翁長氏は一言も発言しませんでした。

  翁長氏は防衛省が狙う「土砂投入」までに「撤回」して投入を止めるとは言っていないのです。
 「翁長知事は撤回の時期を示さず、政府も撤回された場合の対応方針を明らかにしていない。今後予想される攻防に向け互いに腹の内を探り合う駆け引きが既に始まっている」(28日付琉球新報)と報じられています。

 しかし、これは「腹の探り合い」をするような問題でしょうか。正面から、一刻も早く工事を止め、土砂投入を阻止しなければなりません。今回の翁長氏の「撤回表明」はそうした市民のたたかいに沿ったものではありません。そもそも土砂投入目前まで工事を許してきた(撤回してこなかった)のは翁長氏です。その責任をあらためて問わねばなりません。

 それだけではありません。28日の琉球新報には、「撤回表明」の大きな扱いの陰で、極めて重大な事実が報じられていました。「きょうから土砂投入可 県、国書類の審査終了」の見出しで、こう書かれています。

 「県環境部は27日、沖縄防衛局が名護市辺野古の新基地建設の土砂投入のために提出した県赤土等流出防止条例に基づく書類の審査を終えた。…防衛局は8月17日から土砂投入を開始するとしているが、条例上は今月28日から着手できる。…県は米軍キャンプ・シュワブ内の立ち入り調査や専門家からの意見聴取などを踏まえ、大きな問題点はないと判断し、防衛局との協議は実施しなかった」(27日付琉球新報)

 翁長氏がこの事実を知らないわけがありません。というより、翁長氏の最終判断なしでこうした重要な決定がなされるはずがありません(万一あったとすればそれ自体大問題)。
 つまり翁長氏は、会見では安倍政権を「傍若無人」と批判しながら、一方で目立たないように「土砂投入」にGOサインを出していたのです。

 ※続きは次回(明日)書きます。


日曜日記13・「ボランティア未遂」「20日間で13人」「使い切った命」

2018年07月29日 | 日記・エッセイ・コラム

 ☆ボランティア未遂…「命にかかわる危険な暑さ」の中、体力に自信はなかったが、25日に豪雨災害ボランティアに行こうと決めた。同じ市内で募集しており、駅前から社協が送迎バスも出すというので。「現場を見たい」という不謹慎な好奇心が許されるのは、ボランティアの場合だけだとも思った。「3・11」の時もそれが初めてボランティアに参加した動機の1つだった。

 前日に、長靴に敷く「踏み抜き防止板」「ゴーグル」「日よけ頭巾」それに「クーラーボックス」まで買い揃え準備万端。ところが、頭痛がし、食欲が減退。軽い熱中症の症状に似ている。部屋にいるときはエアコン点けっぱなしなのに。わずか数時間の外出でも、ダメージを受けたようだ。このままではボランティアどころか救急車のお世話になりかねない。ボランティアは断念した。

 行っていなくて言うのもナンだが、この暑さで屋外での肉体労働は自殺行為に等しい。安易にボランティアを美化し煽る報道は犯罪的ですらあると思った。ボランティア任せの政府(安倍政権)の無為無策は犯罪そのものだ。

 体調は戻った。今度仕事(バイト)がない時に募集があればどうしよう。まだ決めていない。

 ☆20日間で13人…6日の7人に続いて、26日、6人の死刑が執行された。ひと月(20日間)で13人が「国家」によって命を奪われた。「オウム事件の解明」云々の前に、まずこの事実を直視しなければならない。
 もちろん数の問題ではない。「国家」(自分もその構成員の1人)が「合法的」に人の命を奪う。そのこと自体を問い直さねばならない。

 それにしても20日間で13人の死刑執行は異常の極みだ。このことに、われわれの社会は、いや、私自身も含め、無頓着・無感覚になっていないだろうか。
 豪雨・土砂崩れ・濁流で約300人が一瞬にして命を失った。そんな中での13人の死刑。顧みれば、2万人以上(関連死含め)が犠牲になった「3・11」以降、「1人の命」に対する感覚がマヒした社会になっていないだろうか。

 そうだとすれば、とても恐ろしいことだ。「1人の命」に対する無感覚は、戦争に対する拒否感の喪失に通じる。

 ☆使い切った命…先日62歳で他界した後輩のY君のパートナーから、26日、弔電に対する礼状をいただいた。その手紙で、あらためて彼の生きざまを知った。

 41歳の時、移植でしか助からない心臓病のため、アメリカで脳死心移植を受けたことは知っていたが、一度の移植では10年ほどしか生きられない、と告げられていたという。しかし彼に再移植の意思はなかった。「心臓移植は人の死を前提にしている。自分はもらった心臓を使い切る」と。

毎日リハビリに励んだ。どんなにつらい時も。容態が急変する前日まで。そして、「10年」を「20年」に伸ばした。
 生前、ドナーとして臓器を提供する意思を示していた。だが、死後、主治医は言った。「すべての臓器が使い切られており、使える(提供できる)臓器はありません」

 「『いただいた心臓を使い切る』と常々言っておりましたが、まさしくそのような生き方をしたと思っております」。そう手紙にあった。

 彼は常に「死」を意識しながら、「命」を見つめ続け、「生」を完遂した。「もらった心臓」も「自分の臓器」も使い切った。
 1つの「命」を凝視する。そして「命」を使い切る。そんなの生き方を、無言で教えてくれた。

 ※明日は「翁長知事、撤回表明」について書きます。


「陸上イージス2基6000億円超」は絶対に許せない

2018年07月28日 | 日米同盟と安倍政権

     

 「陸上イージス2基6000億円超 関連施設含め 当初想定の3

 産経新聞1面トップの見出しです(7月23日付)。リードはこうです。「防衛省が地上配備型迎撃システム『イージス・アショア』の導入費用について、2基で総額6千億円以上となると試算していることが22日、分かった。米国から購入するミサイル発射システムや最新鋭レーダー、デッキハウス(建物)などの主要装置に加え、イージス・アショア自体の防護対策や弾薬庫など関連施設も必要となるため、当初の想定以上に費用が膨れあがった」
 「産経」はどんなに高額になっても「国防に不可欠」だと、安倍政権・防衛省に代わって弁明に努めています。

 冗談ではありません。こんな途方もない巨額兵器、膨大な税金の無駄遣い、そして緊張緩和へ向かおうとしている東アジア情勢に真っ向から反する愚挙を絶対に許すことはできません。

 「陸上イージス」について当初防衛省は「1基約800億円」と試算していました。それを昨年12月に「1基約1000億円」と修正。「産経」報道の前日には毎日新聞が「2基2500億円 3割増」(22日付)と報じ、それが「産経」報道で「2基6000億円超 当初想定の3倍」と一気に跳ね上がりました。

 このかん安倍政権・防衛省は国民に対し責任ある公式説明はなんら行っていません。その一方、こうしてメディアを露払いにして押し切ろうとする。国民を愚弄するにもほどがあります。

  「1基200億円以上」(「毎日」)のレーダー(米ロッキード・マーチン社製「SSR」)も、「1発30億~40億円」(「産経」)のミサイルも、すべてアメリカ製。日本国民の巨額の血税がアメリカの兵器産業を潤すことになります。
 当初の試算から雪だるま式に膨れ上がってきた経過が、「日米首脳会談」(6月8日)などでトランプ大統領が安倍首相にアメリカ製兵器を売り込み、安倍氏がそれを唯々諾々受け入れてきた経過と軌を一にしていることを見逃すことはできません。

 6000億円という額はあまりにも法外で、庶民にはピントこないほどです。喫緊に必要とされている予算と比べてみましょう。

 今回の西日本豪雨災害の被害の全容はまだまだ明らかになりませんが、いま分かっているだけでもこうです。
 ▶広島県内で生じた公共土木施設と農林水産の被害総額=少なくとも1096億1000万円(20日付中国新聞)
 ▶全体の農林水産被害額=約1624億円(26日NHK)

 これに対し安倍首相は22日の非常災害対策本部会議で、被災地の産業復興などの対策に「予備費など約4000億円を充てる」(23日付毎日新聞)と表明しました。
 計り知れない被害が出ている豪雨災害に安倍政権が振り向ける予算は「約4000億円」。「陸上イージス2基6000億円超」は実にその1・5倍です。

 もっとも深刻なのは住居の被害だといわれています。被災者生活再建支援法では全壊など大規模被害の住宅に限り最大で300万円支給されます。26日の全国知事会ではこれを被害家屋すべてに適用することを国に要求することで一致しました。

 今回の豪雨による住宅被害は、全国で全壊2873、半壊588、一部損壊984、床上浸水15159、床下浸水19463、合計39067棟といわれます(20日現在、消防庁まとめ)。
 仮にこの39067の被災家屋すべてに300万円支給するとしても、必要な財源は1172億100万円です。「陸上イージス1基(3000億円超)」の半分にもなりません。「6000億円」がいかに途方もない額で、それを兵器につぎ込むことがどれほどバカげたことかは明りょうではないでしょうか。

 カネの面だけではありません。安倍政権があくまでも「地上イージス」配備を強行しようとしているのは、「北朝鮮や中国の脅威に対抗する手段」(23日付産経新聞)という口実です。
 歴史的な「南北首脳会談」、それに続く「朝米首脳会談」で朝鮮半島が緊張緩和へ向かい、世界がそれを期待して注目している中、安倍政権だけはそれに逆らって「脅威論」にしがみついて軍備増強を図ろうとしているのです。歴史の進歩にも世界の良識にも逆行していることは明らかです。
 韓国のハンギョレ新聞(電子版)は、「朝鮮半島和解ムードにも『ひとりMD(ミサイル防衛)強化する安倍』」(6月25日付)と題した論評を掲載しましたが、まったくその通りです。

 「2基6000億円の地上イージス」配備は絶対に許すことはできません。災害復旧、国民の命・生活、そして東アジアの平和に背を向け、対米従属の軍備拡張にまい進する安倍政権を1日も早く退陣に追い込まねばなりません。


朝鮮戦争と天皇・裕仁

2018年07月26日 | 朝鮮と日本

     

 明日7月27日は朝鮮戦争の休戦協定(1953年)から65年です。朝鮮民主主義人民共和国(朝鮮)とアメリカの歴史的な首脳会談(6月12日)で朝鮮戦争を早期に終結させることが合意されました。トランプ大統領は会談後の記者会見で、「朝鮮戦争は間もなく終結するとの期待を持っている」(6月13日付共同配信)と述べました。この動きを確実に進めることが必要です。

  ところが日本の安倍政権は、朝鮮戦争はまるでひとごとのように傍観しています。しかし、日本・日本人にとって朝鮮戦争は、ひとごとどころか直接大きな関りがあります。

 第1に、そもそも朝鮮半島の分断は帝国日本の侵略・植民地支配が歴史的根源。第2に、開戦時韓国の李承晩政権には日本植民地時代の官僚が多かった。第3に、戦争では沖縄をはじめ日本の米軍基地は主要な出撃・後方基地となった。第4に、旧帝国軍人はじめ日本人が機雷除去などに直接参戦した。第5に、日本の大企業は「朝鮮戦争特需」で今日の礎を築いた。第6に、アメリカの傀儡軍である「国連軍」の後方指揮所は今も横田基地にある。

  こうした事実に加え、もう1つ、日本人として絶対に見過ごせないことがあります。それは天皇裕仁(昭和天皇)と朝鮮戦争の深い関係です。

  裕仁天皇は、沖縄をアメリカに売り渡す「沖縄メッセージ」(1947年9月19日)を皮切りに、アメリカのダレス国務省特別顧問などにたびたび「メッセージ」を送ったほか、マッカーサー連合軍最高司令官とも11回直接会談しました。
 この中で、日米安保条約を締結して日本を米軍の基地にする(「全土基地方式」)ことと引き換えに、「国体」すなわち天皇制維持を図ってきました(吉田裕著『昭和天皇の終戦史』、豊下楢彦著『安保条約の成立』など参照)。政府頭越しのこうした「天皇外交」が天皇の政治関与を禁じた日本国憲法に違反していることは明白です。

  見落とせないのは、裕仁天皇のアメリカ依存・安保条約(日米軍事同盟)切望に朝鮮戦争が深くかかわっていたことです。

  朝鮮戦争勃発(1950年6月25日)の7カ月前(1949年11月26日)に、裕仁天皇はマッカーサーと9回目の会談を行いました。主なテーマは「全面講和」か「単独講和」か。早く講和条約を締結したいというマッカーサーに対し、裕仁はこう言いました。「ソ連による共産主義思想の浸透と朝鮮に対する侵略等がありますと国民が甚だしく動揺するが如き事態となることを懼(おそ)れます」(豊下楢彦氏『昭和天皇・マッカーサー会見』)。

 「あたかも七カ月後の朝鮮戦争の勃発を予見していたかのような昭和天皇の発言には驚く外ない」(豊下氏『昭和天皇の戦後日本』岩波書店)のですが、こうして裕仁天皇は朝鮮戦争を予見しつつ、反ソ反共のためアメリカと単独講和を結ぶことをマッカーサーに要求したのです。

  朝鮮戦争が勃発した翌日(1950年6月26日)、裕仁天皇は、トルーマン大統領から対日講和の担当を命じられて来日したダレス特別顧問に松平康昌式部官長を通じて「口頭メッセージ」を送りました。

 「昭和天皇は右のメッセージ(「口頭メッセージ」)で…講話問題や日本の安全保障の問題を、首相である吉田茂に任せておくことはできないという立場を鮮明に打ち出した。…吉田への”不信“を深めた天皇は、朝鮮戦争の勃発をうけて、自らの『口頭メッセージ』をもって、直接ダレスやワシントンに働きかけることに踏み切った」(豊下氏『昭和天皇の戦後日本』)

  1953年3月5日にソ連のスターリンが死去し、「朝鮮戦争休戦」の機運が高まりました。その最中の同年4月20日、『昭和天皇実録(第十一巻)』(東京書籍)によれば、裕仁天皇は「離任の米国特命全権大使ロバート・ダニエル・マーフィー及び同夫人・娘」を皇居に招きました。 『実録』はそこまでしか書いていませんが、豊下楢彦氏によれば、裕仁天皇はマーフィー米大使と会見し、「朝鮮戦争休戦」の動向について次のような態度を示しました。

 「(休戦を)歓迎するどころか、全く逆に『朝鮮戦争の休戦や国際的な緊張緩和が、日本における米軍のプレゼンスにかかわる日本人の世論にどのような影響をもたらすか憂慮している』と述べるのである。なぜなら『日本の一部からは、日本の領土から米軍の撤退を求める圧力が高まるであろうが、こうしたことは不幸なことであり、日本の安全保障にとって米軍が引き続き駐留することは絶対に必要なものと確信している』からなのである」(豊下氏、『昭和天皇の戦後日本』)。

  裕仁天皇は朝鮮戦争によってアメリカ頼みの「国体(天皇制)維持」を決定的にし、単独講和、日米安保条約締結を自ら率先して実現し、さらにそれを維持するために朝鮮戦争の休戦に反対さえしたのです。

 ここに日本の対米従属、日米軍事同盟機軸、朝鮮半島の緊張緩和・平和への敵視政策の根源があると言わねばなりません。それが今日の安倍政権まで引き継がれているのです。

 朝鮮戦争を終結させることは、憲法違反の「天皇外交」を清算して対米従属の日米軍事同盟を解消し、朝鮮半島の自主的平和的統一に連帯・協力する道に通じる、日本・日本人自身のきわめて重要な課題です。


『資料集・朝鮮人犠牲者追悼碑』が日本(人)に問いかけるもの

2018年07月24日 | 朝鮮と日本

     

  日本の侵略戦争・植民地支配に起因する強制連行・虐殺で犠牲になった朝鮮人を追悼する碑は、日本にどのくらいあるのだろ?それらにはどんな特徴があるのだろう?-以前から抱いていた疑問に答えてくれる資料集が5月に発行されたと知り(朝鮮新報6月28日付)、さっそく分けていただきました。

  『資料集・朝鮮人犠牲者追悼碑―歴史の真実を深く記憶に-』(A4 変形、254㌻、頒価3000円)。朝鮮人と日本人共同の「朝鮮人強制連行真相調査団」が発行したもので、「100余名の有志たちが20カ月に及ぶ長い間、北海道から沖縄に至るまで、日本全国で資料の調査、検証、現地調査を行い」(同調査団朝鮮人側中央本部・河秀光事務局長)まとめた労作。35都道府県にある163の碑が収められています。

  巻末には金哲秀・朝鮮大学校朝鮮問題研究センター副センター長の詳細な「解説」があり、これ自体貴重な学びの文献になっています。

 金氏は全国の碑を①1945年以前②1945年~60年代③1970年代~80年代④90年代⑤2000年~16年の5つに時代区分し、それおれの特徴を挙げています。その中から、いくつか特徴的なものを紹介します。

 ☆最も古い碑=肥薩線工事関連の「鐡道工事中殉難病歿者追悼紀念碑」(1908年、熊本、建設会社間組建立)

 ☆碑名に初めて「朝鮮人」と書かれた碑=福島県日発沼倉水力発電の「朝鮮人殉難者慰霊碑」(1947年、在日朝鮮人聯盟(朝聯)猪苗代支部が建立=写真左・資料集より。ほかの碑には朝鮮人の追悼碑とはわからないものが多い)

 ☆初めて史実(犠牲の経過)が書かれた碑=「常磐炭田朝鮮人労務犠牲者之碑」(1947年、福島県いわき市、実行委員会建立。ほかの碑は史実が書かれていないものが多い)

 ☆関東大震災関係で初めて日本国家の朝鮮人虐殺責任を明記した碑=「関東大震災犠牲同胞慰霊碑」(1947年、千葉県船橋市。朝聯千葉県本部建立)

 ☆関東大震災関係で日本人建立のもので初めて虐殺の史実を記した碑=「追悼 関東大震災朝鮮人犠牲者」(1973年、東京都墨田区横綱町公園、実行委員会建立)

 ☆関東大震災で朝鮮人を虐殺したのが「日本の軍隊・警察・流言蜚語を信じた民衆」だったと日本人自ら初めて明記した碑=「悼 関東大震災時韓国・朝鮮人殉難者追悼之碑」(2004年、東京都墨田区、「追悼する会」ほか建立)

 ☆日本人と朝鮮人(総聯、民団)が共同で建立し追悼を行う先駆になった碑=「第二次世界大戦戦時徴用 朝鮮人犠牲者慰霊之碑」(1973年、群馬県太田市、太田市長建立)

 ☆初めて碑文に「強制労働」が記された碑=「不二之塔」(1972年、熊本県荒尾市、正法寺住職建立)

 ☆初めて碑名に「強制労働」が記された碑=「太平洋戦争強制労働犠牲者慰霊碑」(1973年、北海道釧路市、同市民会議建立、写真中)

 ☆初めて朝鮮女性が日本軍の性奴隷の犠牲になった史実を記した碑=「アリラン慰霊のモニュメント」(1997年、沖縄県渡嘉敷村、つくる会建立、写真右)

 ☆自治体による建立で初めて「慰安所」への朝鮮人女性強制連行の史実が記された碑=「大和海軍航空隊大和基地跡について(説明版)」(1995年、奈良県天理市、天理市・同教育委員会建立。2014年4月に撤去)

 ☆初めて県立公園内に建てられた碑=「記憶・反省・そして友好」(2004年、群馬県高崎市、「建てる会」建立)

  金氏は「第二次安倍政権が発足した2012年12月以降、追悼碑・説明板の撤去や書き換えなど、歴史修正主義者らによる追悼碑攻撃が開始され、その勢いが増しつつある」と警告しています。

  さらに金氏は、「追悼碑の分析をつうじて分かったこと」として、「第一に、史実が十分に記された碑が多くないこと」「朝鮮人に犠牲を強いた責任が十分に問われていないこと」の2点を挙げ、最後にこう強調しています。

  「本来戦争責任、植民地支配責任を負うべき日本政府が、朝鮮人犠牲者を追悼して建立した碑は一つもない。
 
日本政府が果たすべき国家責任を問うことなしに犠牲者への真の追悼は果たせない。
 いま、日本と日本人に求められているのは、真相の究明と責任の自覚である。都合の悪い過去であっても、真実に向き合い、責任を果たしてこそ、日本は『国際社会において、名誉ある地位を』(日本国前文)占めることができる」

  調査団日本側全国連絡協議会の原田章弘共同代表は、「資料集」発行の思いをこう話しています。

 「強制連行被害者の尊い命、生きた証を示すものが各地の追悼碑だ。歴史認識とは、何をするにも基礎になるものだ。日本がアジアの人たちを苦しめた事実を正しく知り認識できなければ、後世も同じ過ちを繰り返す。この思いを資料集に込めた」(月刊「イオ」8月号)

 (問い合わせ・同調査団 Email:krc72@outlook.jp)


「オウム7人同時執行」であらためて「死刑制度」を問い直す

2018年07月23日 | 事件と日本社会

  

 西日本豪雨災害と重なったことで、それでなくても忘れっぽい日本社会からすでに忘れ去られたようなオウム幹部の「7人同時死刑執行」。あらためて「死刑制度」を問い直す必要があります。

 今回のことで死刑制度とそれを許している「日本人」を痛烈に批判したのは作家の辺見庸氏でした。

  「この国は尋常なのだろうか。人間の『生体』を、法の名のもとに、強いて『死体』化させるのが、なにゆえゆるされるのだろうか。7人の生体を一気に死体化した日の夜に、家族でディナーを楽しみ、美しい詩を語り、お笑い番組でゲラゲラ笑うことに、ひととして気が差さないものか。死刑制度を廃止した国ないし死刑の執行を凍結した諸国が100カ国をこえるのに、なぜ日本は死刑を手放さないのか。…
 日本はみょうに晴れやかに危うい一線をこえたのだ。わたしたちの内面はいま、ますます収縮の度をくわえてはいないだろうか」(7月19日付琉球新報)

  死刑の残虐性、それに無頓着な「日本人」の思想性への根源的な批判です。

  世界で死刑制度を廃止したか執行をやめた国は140カ国といわれます(2016年現在。「アムネスティ・ニュースレター」2016年5・6月号)。欧州は全ての国がそうです。

  例えばフランスでは1980年代、「廃止反対」の世論が多数の中、ミッテラン大統領が強力なリーダーシップで廃止しました。「人権が大事にされる国で暮らす。無実の人が自分たち(「国家」―引用者)の名の下に殺されることがない。それがどんなに素晴らしいことか、市民はきっとわかってくれると信じて。実際、その通りになりました。死刑廃止後、世論は180度ひっくりかえりました」(同上「アムネスティ・ニュースレター」)

  死刑制度の存廃はまさに「人権が大事にされる国」かどうかの試金石と言えるでしょう。

  そう確信する一方、注目されたのは里見繁・関西大教授(元テレビディレクター)の論考です。

  「7人のうち6人は、再審請求中での死刑執行だった…平成が終わる前に決着をつける、という国家の強固な決意をひしひしと感じる」と指摘する里見氏は、これまで元死刑囚らに直接会ってきた経験からも、「死刑という制度に恐怖を感じた」としながら、「それでも私は、制度廃止の立場に立っていない」と言います。なぜか。

  「今回、死刑執行を受け、『一区切り付いた』とか『ほっとした』と語った遺族や被害者がいる。その気持ちを想像するにつけ、死刑という制度には、被害を受けた側の心情を落ち着かせる、一定の力があることを認めざるを得ない。それが制度を維持する唯一の意味だと、私は考える。
 そのことは、こんな究極の問いにも通じる。もし自分の家族が殺されても、報復の感情を乗り越えて『犯人の処刑は望まない』と言い切れるだろうか?」(7月13日付中国新聞)

  おそらくこれは、「頭」では死刑制度を否定しながら「心」がその立場に立ち切れない人の代表的な意見ではないでしょうか。これに反論することはたやすくありません。なぜなら、里見氏の「究極の問い」にきっぱり「望まない」と言い切れるかどうか、自分でもわからないからです。

  しかし、そう言い切った被害者の遺族はいます。

 1997年3月、最愛の長女・彩花(あやか)さん(当時10歳)を「神戸少年事件」で亡くした山下京子さんは、事件の約8カ月後にこう記しています。 

 「加害者を憎むのは当たり前の気持ちです。でも、人を憎むだけではこちらが前へ進めなくなり、疲れ果ててしまうはずです。さりとて、『運命だからあきらめよう』というあきらめの思想でも、私たちは悲しみの現場に置き去りにされてしまいます。生きる勇気を奪われてしまいます。
 憎しみとあきらめを乗り越えて、私たちは前に進むしかないのです。新しい生き方を切り開いて、すべてを『価値』に変えていくしかないのです。…
 人と人を分断し、人間を卑小なものにおとしめ、心を閉ざさせていく思想に、そろそろ私たちは終止符を打たないといけません。人と人を結び合い、人間への尊厳を勝ち取り、人々の心を大きく開かせていく思想をつくり出さないといけません」(『彩花へ 「生きる力」をありがとう』河出文庫)

  さらに7年後、加害者が成人に達したとき、山下さんは新聞に次のような「手記」を寄せました。

 「彩花の死を無駄にしないためにも、生きて絶望的な場所から蘇生してほしい。彩花への謝罪とは、私たちが生涯背負っていかなければならない重い荷物の片側を持ちながら、自分の罪と向き合い、悪戦苦闘している私たちの痛みを共有することしかありません。
 どうすれば痛みを共有できるのか…だからこそ、彼の中の『善』を引き出せる人たちと出会ってほしいです」(2004年12月15日付朝日新聞夕刊)

  死刑制度は、国家が加害者という歴史の生き証人を抹殺することです。それによって国家は、事件から学び記録されるべき教訓を闇に葬ることができます。
 それは国家権力にとっては好都合(死刑制度温存の理由)でしょうが、私たちは事件(歴史的出来事)から何も学ばないまま同じ生活を続けることになります。
 それは私たちが「人と人を結び合い、人間への尊厳を勝ち取り」、新たな社会をつくるための思想を形成することを妨げることになる。山下さんの言葉を今あらためて振り返って、そう思います。


日曜日記12・「石垣自衛隊配備と災害」「災害と民族精神」「井上ひさしの『1%の希望』」

2018年07月22日 | 日記・エッセイ・コラム

 ☆石垣自衛隊配備と災害…7月18日、石垣市の中山義隆市長が石垣市への陸上自衛隊配備計画を受け入れると正式に表明した。市民の強い反対を押し切って。

 そのことについて見解を聞かれた小野寺五典防衛相は、20日の記者会見でこう言った。「自衛隊の部隊配置は我が国を守るためだ。災害が起きたら住民を守る役割もある」(21日付琉球新報)

 あけすけだ。西日本豪雨災害に派遣された自衛隊の姿をメディア(とくにNHK)が連日とりあげる。その機に乗じて中山市長は懸案の石垣配備にGOサインを出す。小野寺防衛相は「災害」を引き合いにそれを合理化する。先の那覇市での自衛隊と警察の「合同就職説明会」(7月16日)に続いて、沖縄への自衛隊増強に「災害」を利用する思惑が表面化した。

 被災地の惨状、懸命な復旧活動の裏で安倍政権とその仲間らの狡猾な策動があることを見逃すことはできない。

 ☆「災害と民族精神」…7月17日、福山市立大学の公開講座「中国の道徳教育の歴史と現在」(講師は中国人民大学副教授)に参加した。習近平政権の下でどんな「道徳教育」が行われているか興味があったからだが、思わぬ気づきがあった。

 中国の「道徳教育」の歴史の中、「2002年~現在」までの道徳教育に次の項目があるという。「災害・緊急事態への対応と民族精神の高揚」

 どういう趣旨だろう?挙手をして質問した。講師は「政府の考えは分からない」としながら「災害時に秩序ある行動をする日本がモデルではないだろうか」と私見を述べた。

 「災害」と「民族精神の高揚」、そして「道徳」。それは権力者にとって国と時代を問わない永遠のテーマか。関東大震災時(1923年)の朝鮮人らに対する虐殺、東日本出大震災時(2011年)に「日本国民」に「秩序」を求めた「天皇ビデオメッセージ」が想起される。

 ☆井上ひさしの「1%の希望」…アジア民族への蔑視と差別、対米追従、軍備(自衛隊)強化を最大の特徴とする安倍政権。それを「支持・容認」する「世論」。大政翼賛的野党・国会。権力への批判精神を喪失したメディア…。光が見えない。絶望的にならざるをえない。

 そんな気持ちでいる時、作家の柳広司氏が紹介した井上ひさしの言葉が響いた。

 「井上ひさしはしばしば楽観論者、理想主義者と批判される。だが彼は晩年『九十パーセント、否、九十九パーセントはダメなことばかりでしょう。それでも自分は一パーセントの希望を信じて芝居を書きたい』と語っている。…九十九パーセント絶望しながら、それでも一パーセントの希望を信じて芝居を書くのは、言葉にすれば簡単だが実際にはできることではなく、ただ『芝居(物語)で世界を変えられる』と信じている者だけがなしうるシジホス(ギリシャ神話で、落下する巨石を繰り返し山頂まで上げる罰を受けたコリントスの王-引用者)的な苦行だ」(柳広司氏、岩波書店「図書」7月号)

 「1%の希望」か。「1%」ならまだこの国にもあるだろう。


「ボランティア頼み」は政府無策の証明―「五輪」より被災地に人手を

2018年07月21日 | 災害

     

  西日本豪雨災害から2週間。復旧作業は困難を極めています。1つの大きな理由は「人手不足」です。メディアは連日、「ボランティアが足りない。平日はとくに不足している」と報じています。

  一方、連日「命にかかわる危険な暑さ」。「身を守るため絶対無理をしないように」と言われながら、多くの人が熱中症で倒れ、被災地のボランティアの中からも病院に運ばれる人が後を絶ちません。

  一方で「ボランティアが少なくて人手が足りない」。一方で「命にかかわる暑さ。無理するな」。矛盾していませんか?このままでは被災者とボランティアの負担は増すばかりで、復旧作業は遅々として進まないでしょう。

 矛盾の根源は、復旧の「人手」をボランティアに依存しているところにあります。

 ボランティアは貴重な活動ですが、あくまでも市民の自発的な助け合いです。災害復旧の主力にはなりえません。そてはいけません。災害復旧の第一義的責任は言うまでもなく国(政府)にあります。復旧に必要な「人手(機材も含むめ」を揃えるのは政府の責任です。
 「ボランティアが少ないから復旧の人手が足りない」という状況は、政府=安倍政権の災害復旧に対する無為無策を証明するものにほかなりません。

 菅官房長官は17日の記者会見で、防災対応に特化した「防災省(庁)」の設置について、「大きな組織を設ける積極的な必要性はただちに見いだしがたい」(18日付朝日新聞)などと言って拒否しました。災害対策に背を向けるこの政権の姿勢を端的に表しています。

 被災地の「人手不足」が強調されたあと、こんなニュースがありました。「2020年東京五輪へ向けた新国立競技場建設が連日2000人態勢ですすめられている」(18日民放、写真右)。
 「東京五輪」の競技場建設に「2000人の作業員」。その「人手」を被災地に向けてはどうでしょうか。機材とともに。競技場建設日程が1~2週間遅れたとしても、その間これだけの人員を被災地に投入すれば、どれだけ復旧がすすみ被災者の負担が減るか分かりません。

 「2020年東京五輪」の競技場建設と被災地の復旧と、どちらを優先すべきかは明白です。それを決断するのが国(政府)の責任ではないでしょうか。「復興五輪」を吹聴して「東京五輪」を誘致したのは安倍首相ではなかったでしょうか。

 防災体制づくりに取り組むNPO環境防災総合政策研究機構の松尾一郎専務理事(東京大客員教授)はこう指摘しています。
 「被災エリアが広域なため、資機材も人的支援も不足している。国や被災していない自治体による支援だけでなく、建設事業者ら民間企業のノウハウが不可欠である。積極的な貢献を求めたい」(11日付中国新聞=共同配信)

 「建設事業者ら民間企業」の自主的な「貢献」を期待するだけでなく、必要な費用(予算)を投入して建設業者を被災地に派遣するのが政府の責任ではないでしょうか。

 酷暑の中のボランティア活動には頭が下がります。その気持ちを生かすためにも、安倍政権の無為無策を批判し、被災地優先の施策をとらせる必要があります。
 災害対策に責任をもつ政治・政府があってこそのボランティアです。

 


「災害出動」の中、沖縄で初「自衛隊・警察合同募集説明会」

2018年07月19日 | 沖縄・米軍・自衛隊

     

 西日本豪雨災害での自衛隊の「災害出動」が大きく報じられている中、沖縄(那覇市)で見過ごせない出来事がありました。

  「自衛隊沖縄地方協力本部(沖縄地本)は16日…県警と合同で採用者の募集説明会を開いた。本島内で自衛隊と県警が合同説明会を開くのは初めて」(17日付琉球新報、写真左)

  自衛隊沖縄地本は「警察など保安系公務員のくくりで、同じ志を持っている人が集まってもらえればいい」(同琉球新報)とのべ、沖縄県警は「自衛隊側から持ち掛けられた話なので特にコメントすることはない」(同)としています。

  自衛隊と警察を「同じくくり」にして隊員を集めようと、自衛隊側から要請したというわけです。これが多くの犠牲者を出し被災者の懸命な復旧作業が続けられている西日本豪雨災害での「自衛隊出動」に乗じて行われたことは明らかでしょう。

 説明会に参加した男性(21)は、「国の看板を背負って災害救助する姿をニュースで見てかっこいいと思っていた。説明会で真剣に話してくれて親近感が湧いた」(同琉球新報)と感想を述べています。防衛省の狙いは的中、というところです。

 自衛隊は、「我が国の平和と独立を守り、国の安全を保つため、我が国を防衛することを主たる任務とし、必要に応じ、公共の秩序の維持に当たるものとする」(自衛隊法第3条「自衛隊の任務」第1項)と規定されている通り、「防衛」と「治安維持」のための憲法違反の軍隊です。その戦力は世界の十指に入る巨大な軍隊です。
 そして今や、戦争法(安保法制)によって「防衛」という看板すら事実上下ろし、米軍に従って他国を攻撃する軍隊になっています。

  一方、警察は、「個人の生命、身体及び財産の保護に任じ、犯罪の予防、鎮圧及び捜査、被疑者の逮捕、交通の取締その他公共の安全と秩序の維持に当ることをもつてその責務とする」(警察法第2条「警察の責務」)ものです。その性格・任務は自衛隊とは根本的に違います。

 にもかかわらず自衛隊を警察と「同じくくり」にして説明会を開き、隊員を集めようとするのは、軍隊である自衛隊の本質を隠ぺいしたまま、「災害救助」のイメージで隊員を集めようとするもので、詐欺的隊員集めと言わねばなりません。

 琉球新報(17日付)によれば、自衛隊と警察の合同説明会は沖縄のほか22都道府県で行われています。また、沖縄でも防衛省に協力的な中山義隆市長の石垣島では行われたことがあるといいます。

 そうした中でも沖縄本島ではこれまで行われてきませんでした。それが今回強行された意味はけっして軽視できません。それはまさに安倍政権が「島嶼防衛」を口実に、宮古、石垣、与那国などの離島にレーダー基地など自衛隊配備を強化し、さらに本島へも新たな「陸自補給拠点」造ろうとしているさ中に行われたことだからです。

 皮肉にも、合同説明会が行われた翌17日、那覇空港で航空自衛隊機がパンクして滑走路が閉鎖される事故が起こり、「軍民共用」の那覇空港の危険性が改めて露呈しました(写真中、18日付琉球新報)。
 この事故は、「軍民共用の那覇空港の密度が、軍(自衛隊-引用者)の方に高まった中での今回の事故ということになる。沖縄全体を見ると、宮古や石垣、与那国という離島に新しい部隊が強化された。南方展開が急速に進んでいる中での一つの象徴とも言える」(軍事評論家・前田哲男氏、18日付琉球新報)ものです。

 日米安保条約と戦争法に基づいて沖縄への自衛隊配備をさらに増強し、沖縄の前線基地化をいっそうすすめようとしている安倍政権(防衛省)が、「災害出動」に乗じて自衛隊への”親近感“を高め隊員集めを図ろうとしたのが今回の警察との合同説明会です。
 被災地で救助・復旧にあたっている末端の隊員の献身的な活動とは別に、安倍首相や小野寺防衛相には「災害出動」に乗じたこうした思惑があることを見過ごすことはできません。

 一方、いかに自衛隊の要請であっても、県警が拒否すれば合同説明会はおこなわれなかったはずです。県警の責任も免れません。県警の最高管理責任者は県知事です(警察法第38条)。合同説明会の背景には、沖縄への配備強化に反対していない翁長氏と自衛隊の関係があることも確かでしょう。