安倍首相が平昌オリンピック・パラリンピック(以下「平昌五輪」)の開会式(2月9日)に出席すると最初に表明したのは、24日付産経新聞のインタビュー(写真中)でした。
安倍氏はなぜ韓国へ行くのか。
「慰安婦問題をめぐる日韓合意について、韓国側が一方的にさらなる措置を求めることは受け入れることはできません。この考え方について、(文在寅)大統領に直接伝えるべきだと考えました」(24日付産経新聞)
平昌五輪開会式当日のどさくさに、意見の相違がある「日韓合意」(2015年)問題について、文大統領に釘を刺しに行くというのです。これほど露骨な「五輪の政治利用」があるでしょうか。
韓国の新聞でも、「久しぶりの訪韓であり、五輪開幕式への出席を控えた状況で、『まず不満を聞いてもらう』というのは適切ではない。五輪の準備に余念がない隣国に対する礼儀でもないだろう」(ハンギョレ新聞、25日付社説)と批判されているのは当然でしょう。
戦時性奴隷の被害者(元「慰安婦」)や支援団体は、もちろん今回の「安倍訪韓」を強く批判しています。
挺対協(韓国挺身隊問題対策協議会)と正義記憶財団(日本軍性奴隷制問題解決のための正義記憶財団)は25日、「安倍首相は歴史修正行脚を止め、戦争犯罪に対する責任を果たせ!」と題する共同声明を発表しました。
「安倍総理は2015韓日合意で被害者たちにもう一度暴力を加えたのに、ついに被害国へ直接訪問して韓国政府に圧力を加えようとしている。…2015韓日合意という2次暴力の加害者である安倍総理が訪韓してできることは、頭を下げて謝罪することだけだ。安倍総理は力をかざして韓国政府を圧迫し、再びハルモニたちに匕首(あいくち)をたてる狙いを持っているなら、すぐに止めるべきだ」
「安倍訪韓」を前に、問われているのは私たち「日本人」です。
元「慰安婦」たちへのインタビューでドキュメンタリー映画(「”記憶”と生きる」)を製作したジャーナリストの土井敏邦氏は、「いまこの問題で議論されるべきなのは、『韓国政府が、国家間の合意をほごにしようとしている』ことではない」として、こう主張しています。
「(議論されるべきは)韓国の政府や国民、そして何よりも元『慰安婦』である当事者たちが、あの合意をなぜ『問題の解決にならない』と主張するのかという根本的な問いではないのか」
「いま、私たち一人一人に問われているのは、自国の負の歴史と向き合い、引き受けていく覚悟と、日本に人間の尊厳を踏みつけられた他者の痛みに対する想像力なのである」(23日付中国新聞)
土井さんの指摘は、朝鮮民主主義人民共和国(以下、朝鮮)の人々に対する私たちの姿勢にも言えるのではないでしょうか。
安倍首相は上記の産経新聞インタビューの中で、「北朝鮮に対する制裁」に関連してこう述べています。
「確かに北朝鮮には飢えている方々がいる…しかし…飢えを救う責任は北朝鮮にある。彼らの責任の一部を国際社会が肩代わりするということは、ミサイル開発や核実験を行う余裕を与えることになってしまう。今、韓国が人道支援をすることについては日本は明確に反対の立場です」(24日付産経新聞)
私たちは「日本人」としてこの安倍発言を黙って見過ごして(容認して)いいでしょうか。
そもそも朝鮮が「核・ミサイル開発」を続けるのは、アメリカの核脅迫戦略、それに追随する日本、韓国との米日韓軍事一体化(その表れが合同軍事演習)に対抗するためです。その原因をつくっている側が、さらに「経済制裁」で朝鮮の人々を飢餓の苦しみに追い込んでおきながら、「人道援助」もするなと言う。餓死者が出ても仕方がないということです(現に東北地方に漂流した朝鮮の漁民の多くは餓死)。それでいいのでしょうか。
私たちに求められている「他者の痛みに対する想像力」は、元「慰安婦」の人たちに対してだけではないはずです。