アリの一言 

天皇制、朝鮮半島、沖縄の現実と歴史などから、
  人権・平和・民主主義・生き方を考える。
   

高村薫「ウクライナ講演」から考える<下>「停戦協議」

2022年11月29日 | 国家と戦争
   

 高村薫氏は講演で、ウクライナ戦争で「一向に停戦協議が進まない」のはなぜかについて、こう述べています(抜粋)。

< ゼレンスキー大統領は国民に向け、団結して祖国を守るよう強く呼びかけた。日本を含む西側諸国ならば、まず市民に避難を呼びかけるはずですが、市民に銃を取らせると言ってはばからない。ウクライナという国家が、その成り立ちや旧ソ連の歴史をいまなお色濃く残し、西側とだいぶ違う価値観や国家観を持っているのだと気づいたわけです。

 非人道的な無差別攻撃や虐殺に対する絶対的なノー。ウクライナ支援を惜しまないのは、ロシアはどこまでも悪、ウクライナはどこまでも正義という図式が欧米の市民にあるからです。一向に停戦協議が進まないのは、欧州の人々に妥協がないからだとも言えます。

 ウクライナの戦争が欧州の戦争である故に、人々はナチス・ドイツによるホロコーストをすぐに思い起こします。

 従来ならば前面に出ていたであろう国家がいまでは後ろに退き、代わりに市民感覚というものが雲のように欧州を覆っている。国家が後退したところで起きている戦争は、止める者もいない。

 今回の戦争が何とも捉えにくい姿をしているのは、多様なメディアの混在以上に、全体として国家の影が薄れていることが大きい。国家が後ろにひいてしまった戦争の最大の難題は、戦争を終わらせる公の筋道がないことなのです。>

 ここにはウクライナ戦争(あるいは現代の戦争)における市民(国民)と国家の関係についての重要な問題提起があります。しかし、私は高村氏の主張には賛同できません。

 たしかに、SNSの普及もあって、「ウクライナ市民の悲嘆・怒り」がリアルに放映されます。それを受けてゼレンスキー氏はウクライナ市民に銃を持って戦うことを呼び掛け、市民はそれに応えてロシアへの憎悪をたぎらせ「徹底抗戦」を口にする映像が頻繁に流されます。それはウクライナにみる戦争の新たな特徴でしょう。

 しかし、それは果たして「ウクライナ市民」「欧州の人々」の実態を正確に映し出しているのでしょうか。

 例えば、民間のシンクタンク・欧州外交評議会(ECFR)の報告書(6月発表)によれば、ウクライナ戦争に関する欧州各国の世論調査(10カ国、約8000人)の結果、「和平派」が35%、「正義派」が22%で、「正義」の戦争より「停戦・和平」を支持する欧州市民の方が多数でした(6月20日のブログ参照)。

 ウクライナ市民はどうでしょう。政府による報道統制のため「和平派」の声は聞こえてきません。しかし、きわめて限られた報道の中からも、「和平派」の存在をうかがうことはできます。

 例えば、君島東彦・立命館大教授(元日本平和学会会長)は新聞の論稿の中でこう指摘しています。

「ウクライナのクローク大で教えている平和学者ユーリ・シェリアジェンコ氏は、絶対平和主義の立場からこの戦争を批判する論陣を張っている。彼は「戦争を終結させるためには、より大きな東西対立(米国・西側と中ロの対立)を終わらせる必要があり、従って和平交渉は包括的でなければならない」と述べており、示唆的である」(8月28日付中国新聞=共同)

 こうした「和平派」の声を抑えて戦闘を続けているのはウクライナ政府=国家です。ロシアの軍事侵攻・戦争継続がプーチン大統領による国家戦略であるのと同様、ウクライナの「徹底抗戦」、米国・NATO諸国によるウクライナへの軍事支援もすべて国家戦略です。統制した報道によって市民を前面に出し、いかにも市民全体が「停戦協議」に反対しているように見せるのは、それ自体、高村氏が指摘する国家による新たなプロパガンダではないでしょうか。

 「停戦協議が進まない」のは、国家が後景に退いているからではなく、逆に、市民を前面に出した国家戦略の結果だと考えます。
 言い換えれば、ウクライナ戦争が長引くことを望む勢力があるからです。それは戦争によって莫大な利益を得る兵器産業(死の商人)、それと癒着した国家権力です。「ウクライ戦争」や「NATO並み」を口実にした岸田政権・自民党の大軍拡・ミサイル基地化・敵地攻撃能力保持もその一環です。

 ウクライナに1日も早い停戦・和平を実現することと、日本で岸田政権・自民党の大軍拡に反対することは、けっして無関係ではありません。

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高村薫「ウクライナ講演」から考える<上>「戦争報道」

2022年11月28日 | 国家と戦争
   

 20日付の中国新聞に、作家の高村薫氏が新聞通信調査会シンポで「ウクライナ報道から学んだ幾つかのこと」と題して行った講演の要旨が掲載されました。きわめて示唆に富む内容なので、講演を手掛かりにウクライナ情勢にどう向き合うか、2回にわたって考えます(写真左はNHK・ETV特集より)。

 第1回は、「戦争ジャーナリズムとの付き合い方」(高村氏)です。講演の関連部分を抜粋します。

< 私たち一般市民は、日々入手する新聞やテレビのニュース、SNSで発信される情報をうのみにしてはならないことを思い知ったのではないでしょうか。

 日本は戦争報道のうさんくささやプロパガンダに慣れていないし、耐性もない。その一方でSNSの時代だから雑多な情報だけは、山ほど飛び交っています。

 戦争ではメディアも得られる情報は限られ、詳細な情報は政府や自治体の発表に頼ることになる。それを検証するすべもなく、どこまでが真実か、留保をつけなければならない状況が続きます。

 最初の頃に印象的だったのは、ウクライナ軍の姿が見えなかったこと。あちこちで戦っているはずのウクライナ軍の姿が少しも入ってこないのはなぜか。戦時下のウクライナによる情報統制だと気づくのにだいぶ時間がかかりました。ウクライナの公共放送も沈黙し、ゼレンスキー大統領が一人、SNSで戦況を発表し続けていました。

 大統領は各国議会で感動的な演説を繰り返し、西側諸国は軍事支援を加速させていく。ウクライナは西側に代わりロシアと戦争をしているという部分を前面に押し出し、支援を正当化していったが、この構造を可視化させたのもメディアでした。

 これだけ情報環境が発達した時代でも、ひとたび戦争となれば、現地にいない人間が正しい状況を把握することの困難は想像以上でした。ウクライナとロシアの双方が情報を発信しても、ほとんどプロパガンダであり、フェイクニュースと見なした方が間違わないでしょう。

 ゼレンスキー大統領がブチャの町に立ち、残虐行為を厳しく批判した。ロシアの戦争犯罪は紛れもない事実である一方、その事実を最大限利用して(あえて遺体を放置して)西側諸国にロシアの非を訴えるプロパガンダでもあったということです。これが戦争というものの現実であり、戦争報道の実態です。私たちはよほど冷静でなければなりません

 私たちはウクライナ報道を通じて戦争ジャーナリズムとの付き合い方の難しさを学びました。それを生み出しているのは、情報を発する側、すなわち政府の意図により情報にバイアスがかかっていることに加え、メディアにも統制というかたちで圧力や制限が加わるからです。

 日頃から社会や世界の動きに注意深く接するように心がけること、何が正しいのかを簡単に決めつけないことです。情報の入手先を多様化するのが、この情報化社会でできる限り間違わずに生き抜くために欠かせない処世術です。>

 ゼレンスキー大統領はじめウクライナ側の発表や西側の情報が量的に圧倒的し、またそれが正しいと印象付けされる日本の報道の中で、高村氏の「冷静に」という指摘はきわめて重要です。

 同時に考えたいのは、高村氏が指摘するようにプロパガンダと情報統制が支配する戦時下では、私たち「一般市民」が戦争の「真実」を知ることは絶対に不可能なのだろうか、ということです。

 高村氏が強調する「日頃から社会や世界の動きに注意深く接する」ことや「情報の入手先を多様化する」ことの重要性はその通りと思います。しかし問題は、それは「一般市民」にとってけっして簡単ではないということです。

 それを実行するには、ネットやSNSが有力な手段になるのでしょう。しかしネットやSNSの情報にも「検証」が必要です。またそもそも、私も含め、60代以上の多くはネット情報に不慣れであり、また懐疑的なのではないでしょうか。

 ではどうすればいいのか。正解はないのかもしれません。

 ただ1つ言えるのは、「戦争ではメディアも得られる情報は限られ、詳細な情報は政府や自治体の発表に頼ることになる」(現状はその通りなのですが)と決めつけてはならないのではないか、ということです。

 言い換えれば、戦時下であっても、国家権力によるメディアへの「統制」「圧力」「制限」を許してはならない、取材・報道の自由は「戦争報道」においても保障されなければならない、ということではないでしょうか。

 なぜなら、「一般市民」にとってメディアは、それほどかけがえのない存在だと思うからです。

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日曜日記225・ブログ10周年の雑感

2022年11月27日 | 日記・エッセイ・コラム
 11月26日で、このブログを始めて10年(今回で2450回)になりました。

 第1回は、「私の沖縄日記」のタイトルで、那覇市内のアパートから、「これから自分の目で見、耳で聞き、肌で感じた「オキナワ」をお話ししていきたいと思います」として始めました。ブログは初めて、パソコンの扱いもままならない状態でしたが、「伝えたい」一心でした(写真)。

 2014年1月、母の介護のため広島に戻ってからは、「私の沖縄日記―広島編」として、「本土」から沖縄を見る視点を基本に書きました。

 やがて、その視点からの発信に能力の限界を知り、テーマを広げ、タイトルも「アリの一言」に変えました。巨大な堤も「アリの一穴」から崩れることに倣いたいとの思いからです。

「ジャーナリスト」の端くれでありたいと思っていながら、自らの取材ではなくもっぱら報道や書籍からの情報をもとに「論評」することに、ずっと忸怩たるものを感じています。

 でも、何もしないよりマシではないかという思いと、「赤旗」の駆け出し記者時代に吉岡吉典政治部長(当時、のち参院議員)から、「材料(ネタ)に新しさがないなら、視点で新しさを出せ」と言われた言葉を支えに、続けてきました。

 しかし、ブログ1回目に書いた「自分の目で見、耳で聞き、肌で感じたこと」を書くのがジャーナリズムの原点であるとの思いは今も変わりません。

 書くうえでの自分なりのルールは、事実の不確かなことは書かない、引用は出典を明記する、という当たり前のことのほか、新聞の社説の上塗りのようなものは書かない、奇をてらうことなく独自の視点を出す、読んでいただいて少しでも「参考になった」と思っていただけるものを書くよう努める、などです。が、力不足を痛感する毎日です。

 それでも、「アリの一言」は、命ある限り、あるいは認知症で執筆不能にならない限り、続けようと思っています。

 昨年9月、思わぬ大腸がんの手術で入院した際、お世話になった看護師さんにメモ書きで渡した茨木のり子の詩を、今後の自分への励ましにしたいと思います。

  「小さな渦巻」

 ひとりの人間の真摯な仕事は

 おもいもかけない遠いところで

 小さな小さな渦巻をつくる

 それは風に運ばれる種子よりも自由に

 すきな進路をとり

 すきなところに花を咲かせる    (1955年、茨木のり子30歳)

いつも拙ブログをお読みいただき、誠にありがとうございます。
 よろしければ、ご感想、ご意見をお聞かせいただけませんでしょうか。下記のアドレスに件名「アリへの一言」でお願いいたします。いただいたメールはもちろんすべて拝読いたしますが、基本的に返信はいたしません。また、ご意見、ご要望にお応えできないことも多々あろうと思いますのでご了承ください。でも、すべて、これからの糧とさせていただきます。
e-mail:satoru-kihara@alto.ocn.ne.jp            鬼原 悟

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ピッチの外ではドイツチームの勝利

2022年11月26日 | スポーツと政治・メディア
   

 サッカーW杯で日本がドイツに勝利した(23日)ことで、日本中が沸き立っている、とメディアは報じています。確かに、「日本の勝利」は番狂わせで歴史的なことかもしれません。

 しかし、W杯は試合の勝敗だけが問題なのでしょうか。。

 開催国・カタールが外国人労働者や性的少数者(LGBTQ)に対する人権侵害を繰り返していることに対し、欧州では批判・抗議の声が広がっていることは知られていますが(21日のブログ参照)、その中心にいるのがドイツです。

 23日の日本との対戦直前にも、こんなことがありました。

「試合開始前、ドイツの出場選手11人が右手で口を覆って集合写真に写った。多様性や差別撤廃を訴える「One Love」と書かれたキャプテンマークの着用を国際サッカー連盟(FIFA)が認めなかったことに対する抗議だという」(24日付朝日新聞デジタル、写真左も)

 ドイツやイングランドなど欧州7チームの主将は、カタールの性的少数者差別に抗議するキャプテンマーク(写真中)を付けて出場する予定でした。ところが、FIFAが21日になってそんな腕章を着けて試合に出ればイエローカードなどの制裁を科すと通告。「One Love」のキャプテンマークは着けられることがありませんでした。その「口封じ」に抗議したのが、口を覆った集合写真だったのです。

「ドイツサッカー連盟はキックオフ直後にツイッターで、「私たちは腕章を使って、ドイツ代表が掲げる多様性や互いを尊重するという価値観を示したかった」とツイート。口を覆った集合写真も投稿した上で、「政治的な主張をしたかったわけではない。ただ、人権は何にも譲れないもの。腕章を認めないことは、私たちの声を認めないことと同じだ。私たちは自分たちの立場を貫く」と訴えた」(同)

「One Love」の腕章は、キャプテンに代わってスタジアムで観戦したドイツのフェーザー・スポーツ相が腕に巻きました(写真右の右)。

 一方、24日のANN(テレビ朝日系)ニュースによれば、日本とドイツの試合が行われていたとき、競技場の外では日本を応援するカタールの人が多かったそうです。日本を応援したのは、性的少数者差別に抗議したドイツチームに反発したカタール市民だったと記者は伝えました。
 
 スポーツで試されるのは勝敗だけではありません。とりわけW杯やオリンピックなど国際的大会は、それを実施するなら、平和や人権尊重を前進させるものであるべきです。開催誘致を巡る買収の根絶はもちろん、国家権力の政治的思惑、偏狭ナショナリズムとも無縁であるべきです。

 その点で、今回のカタールW杯は多くの問題を含んでいます。ドイツはじめ欧州・豪州の選手たち、連盟の批判・抗議は重要な問題提起です。

 日本はどうでしょうか。外国人労働者や性的少数者の権利侵害・差別に対して批判した選手がいたでしょうか。連盟はなんらかの見解を示したでしょうか。メディアも朝日新聞が21日付社説で「FIFAとカタール政府は改善に取り組み、説明責任を果たしていく必要がある」と主張した以外は、読売新聞も毎日新聞も社説で「ドーハの歓喜」を期待するばかりです。日本の勝利に歓喜している日本市民は、カタールW杯の暗部に目を向けているでしょうか。

 日本はピッチの中では「歴史的な勝利」をあげたかもしれませんが、ピッチの外では旧態依然の殻を破れず、ドイツに完敗したと言わざるをえません。

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原発廃止の責任と展望示した小出裕章講演

2022年11月24日 | 原発・放射能と政治・社会
   

 京都大学退官後も各地で講演するなど原発廃止への活動を精力的に続けている小出裕章氏(元京大原子炉実験所助教)の講演会が5日、広島県尾道市でありました(主催・小出裕章さんに聴く会)。当日は残念ながら参加できなかったので、先日、ユーチューブで聴きました。

 原子力の基礎知識から「3・11」フクシマ原発事故の実態、焦点の汚染水放出問題などが簡潔・明快に解説されました。とりわけ感銘を受けたのは、問題点が指摘されただけでなく、原発を廃止する展望が語られたことです(写真は尾道講演での小出氏と示されたパネル)。

 多くのことを教えられましたが、改めて見過ごしてはならないと痛感した問題を1点挙げます。それは、原発が東京、大阪、名古屋の都市圏を避け、地方(周辺)に立地していることです(写真中の地図)。

 これは常識ですが、その異常さが今改めて痛感されるのは、沖縄を自衛隊のミサイル基地化する動きが重大な局面を迎えているからです。
 軍事基地と原発はまさに相似形です。このことは「3・11」直後にも指摘されましたが、改めて強調される必要があります。

 危険なものは地方に追いやり、その恩恵を都市部が得る。これはまさに日本国内における地方(周辺部)の植民地化といえるのではないでしょうか。沖縄は「軍事植民地化」されていると言われますが、原発立地地域は「原発植民地化」されていると言えるのではないでしょうか。

 小出氏は、「この点だけでも日本の原発が容認できないことは明白だ。しかし、そういう議論が日本では起きてこない」と指摘しましたが、その通りだと思います。

 厳しい現実が強調され、暗澹たる思いになっていた時、最後に小出氏が示したのが写真右の地図です。これはこれまでに全国で住民が原発(再処置・廃棄物処理等含む)の建設を阻んできた地域です。私は初めて見ました。

 数えてみると、その数は60地域にのぼります。これだけの地域が、そこに住んでいる住民たちが、「原発反対」の声を上げ、実際に原発施設の建設を阻止してきたのです。
「そこでは、きれいな水、美しい海や里山を守りたい強い意志と、農漁業の振興を自ら問い直す努力が原発計画をはねのけ、結果として地域を越えて仕事や人材交流を生み出し、安全な食を求める消費者を獲得することにもつながっていったのです」(小出氏)

 小出氏は最後に講演をこう締めくくりました。

「もし私たちが本気で原子力を許さない、原子力のない世界をつくろうと思うなら、できるはずです。そのためには、みなさんの力がどうしても必要です。1人ひとりが、それぞれの個性を生かして、できることを積み重ねて、日本から原子力を追い出すことを、私はやりたいと思います」

 「1人ひとりが個性を生かしてできることを積み重ねていく」。それしかできないし、それこそが政治・社会を変える力になる。背中を押されました。

 小出さんの講演は約1時間半、ユーチューブで聴くことができます。
 ちなみに、小出さんのような優れた学者が「助教」にしかなれなかったのは、権力・体制に抗して信念を貫いてきたからです。真の科学者の姿を見る思いです。小出さんの生きざま自体に励まされます。

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報道ストップ!「ポーランド着弾」の真相はどうなったのか

2022年11月22日 | 国家と戦争
   

 ポーランドのウクライナ国境近くの村にミサイルが着弾し、市民2人が犠牲になった問題(15日)。真相究明はいったいどうなったのでしょうか。
 NHKなどは18日以降、この問題の報道を一切行っていません。これは何を意味しているでしょうか。

 経過を振りかえってみましょう。

15日 ポーランド政府が「ロシア製のミサイルが着弾」と発表。
同 日 ゼレンスキー大統領は「ロシアの攻撃だ」「行動が必要だ」と断定。
同 日 ロシア国防省は「国境付近は攻撃していない。意図的挑発だ」と否定。

16日 米バイデン大統領は「軌道から考えるとロシアから発射されたとは考えにくい」と発言。
同 日 NATOのストルテンベルグ事務総長も「ウクライナの防空ミサイルによる可能性が高い」と指摘。     
 同 日 AP通信が「ウクライナ軍がロシアからのミサイルを迎撃するために発射したものとみられる」と報道。
同 日 ポーランドのドゥダ大統領が「ウクライナの地対空ミサイルによるものとみられる」と発表。
同 日 ゼレンスキー大統領は、「われわれのミサイルでないことに疑いはない」「証拠があるなら見せてほしい」と否定し、調査団にウクライナが参加することを要求。
同 日 NATO加盟国の外交官が「ウクライナは我々の信頼を損なおうとしている。彼らは公然とうそをつき続けている」と発言したと英紙フィナンシャル・タイムズが報道。
同 日 ロシア国防省が「ウクライナ軍の地対空ミサイル「S300」のものだと確認した」と発表。

17日 バイデン大統領はゼレンスキー氏が否定したことについて「それは証拠ではない」と指摘。
同 日 ウクライナ調査団が現地に到着。
同 日 ドゥダ大統領が着弾現場を訪れ、「誰もポーランドの誰かを傷つけたかったわけではない」と発言(写真右)。

 それから21日まで4日間、この問題の日本メディアの報道はストップしています。
 明らかに不自然です。ロシア国防省が16日に機種まで特定し、ウクライナ調査団も17日には現地に到着しているにもかかわらず、いまだに着弾ミサイルがどこのものだったか分からないとは。アメリカやポーランド・NATO側が言明したように、ウクライナの迎撃ミサイルだった可能性がきわめて濃厚です。

 問題は、着弾したミサイルがウクライナのものだったかどうかというより、この問題の真相をめぐる報道が途絶えていることです。

 「ウクライナのミサイル」だったと確定することは、ウクライナにとって、さらにウクライナに巨額の軍事支援を続け戦闘を煽ってきたアメリカ・NATOにとってきわめて都合が悪いことです。不都合な真実は隠ぺいする。それがいま眼前で行われていることではないでしょうか。

 これはこの問題に限らず、ロシアによる軍事侵攻(2月24日)以降のウクライナ情勢に私たちがどう向き合うかという点で重要な問題を提起していると思います。

 繰り返しになりますが、今回の「ウクライナ戦争」の直接の発端がロシアの軍事侵攻にあり、それが許されないことは明らかです。そして最も重要なことは、人の命(ロシア兵も含め)が失われる戦闘を一刻も早く停止させることであるのも明らかでしょう。

 そのためには、起こっている事実とその責任を正確に把握することが重要です。何が起こってもすべてロシアのせいだとし、事実を隠ぺいあるいは改ざんすることは、事態の平和的で公正な解決に逆行すると考えます。

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サッカーW杯・人権侵害に抗議広がる欧州、お祭り騒ぎの日本

2022年11月21日 | 差別・人権
   

 サッカーワールドカップが20日、中東のカタールで始まりました。日本のメディアは、「初のベスト8なるか」など「日本代表」の勝敗に焦点を当て、「国」を挙げたお祭り騒ぎを煽っています。

 しかし、欧州・豪州は違います。カタールのさまざまな人権侵害に対する抗議、観戦ボイコットが広がっているのです。

 W杯に直接関係しているカタールの人権侵害は、会場建設などに携わった外国人労働者の搾取・虐待です(写真中)。

 英ガーディアン紙は2021年2月に、W 杯開催が決まってからの10年間で、6500人以上の外国人労働者が死亡したと報じ、欧州に大きな衝撃を与えました。
 アムネスティ・インターナショナルはその根源に「カファラ」という搾取制度があることを指摘し、カタール政府やFIFA(国際サッカー連盟)に改善を申し入れてきましたが、事態は改善されていません。(2月3日のブログ参照https://blog.goo.ne.jp/satoru-kihara/d/20220203)

 加えて問題になっているのが、LGBTQ(性的少数者)に対する人権侵害です。

 カタールでは同性愛行為が法律で禁じられていますが、国際人権団体は今年10月、「当局が性的少数者を不当に拘束、虐待している」として渡航に注意を促しました(18日付沖縄タイムス=共同)。

 10月27日には、オーストラリア代表の選手らがこの問題で、「効果的な改善策」を要求する異例のビデオ声明を出しました(17日付日経新聞)。

 欧州各地で起こっている抗議・ボイコットの動きは次の通りです(共同、日経、NHKの報道より)。

ドイツ プロリーグ「ブンデスリーガ」のスタジアムに「ボイコット・カタール」の横断幕が掲げられてきた(写真左)。
 ベルリンやミュンヘンでもパブリックビューイングの目立った計画はなく、横断幕を掲げる店も多い。
 11月1日にドーハを訪れたナンシー・フェーザー内務・スポーツ相は、「全ての人にとってW 杯は安全な祭典であるべきだ」と発言。
 選手団のチャーター機の機体に「多様性尊重を」のメッセージ。

スペイン バルセロナのコラウ市長は10月下旬、同国代表戦の観戦に公共施設などを提供しないと表明。提供すれば「人権を侵害する国の共犯になる」からだという。

フランス 人権問題などを理由にパリやマルセイユが観戦イベントを開催しないと宣言。

デンマーク 死亡した労働者を追悼する黒いユニフォームも。

オランダ 選手が外国人労働者に面会予定。差別に反対する腕章。

元代表選手ら 元ドイツ代表主将のフィリップ・ラーム、元フランス代表主将のエリック・カントナらが「ボイコット」の声を上げる。

 日本はどうでしょうか。選手や政治家からカタールの人権侵害に対する抗議やボイコットの声が出ているでしょうか。メディアは欧州の動きを伝えるだけで、自ら批判の論説・主張を掲げているでしょうか。そして、サッカーファンをはじめとする市民は、カタールW 杯の暗部、人権侵害の実態にどれだけ目を向けているでしょうか。

 人権侵害(差別)を見て見ぬふりをして、「勝敗」だけを眼中に競技に没入し、「日の丸」を振ってそれを応援し、メディアがそれを煽る。こんな人権後進国の実態から脱却しなければなりません。

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日曜日記224・映画「ある男」で2つの問題がつながった

2022年11月20日 | 日記・エッセイ・コラム
   待っていた映画「ある男」が、18日公開された(原作・平野啓一郎、監督・石川慶、出演・妻夫木聡、窪田正孝、安藤サクラ、その他の出演者もすべて好演。原作は未読)。

 印象的なシーンがいくつもある。その1つは、在日朝鮮人に対するヘイトスピーチの実写が、主人公がテレビを見る場面として登場する。スクリーンに大きく「ヘイトスピーチ」の文字が映し出された。

 もう1つ挙げれば、母親(安藤)に息子が、「僕、何度も名前が変わった。本当の名前は何?」と尋ねる場面。この映画の隠れたモチーフは「名前」と「戸籍」だ。そして映画全体が、それは何でもいいじゃないか、その人自身が大切、と訴えている。在日差別問題に通じることは言うまでもない。

 主人公は妻夫木演じる在日3世の弁護士とされているが、窪田演じる「X(ある男)」も主役の双璧だ。そして「X」の背後には、「死刑」の影が色濃くつきまとう。映画が在日差別をテーマにしていることは知っていたが、もう1つテーマがあった。それが「死刑」だ。

 月刊誌「イオ」(11月号)が平野のインタビューを掲載している。映画を観てから読もうと思っていた。平野自身がこう語っている。

2011年の東日本大震災以降…ナショナリズムが高揚し、日本という集団をまとめていこう、日本人とそうじゃない人をセレクトしていこうという動きが出てきました。…自分たちと自分たち以外のものとを分けていく流れが進む中で死刑、差別の問題がつながっていった。例えば関東大震災時の朝鮮人虐殺に関する記録を読むと、本当におそろしい。…朝鮮人虐殺を引き起こした差別の問題と、死刑の問題はこのようにつながっていきました」(「イオ」11月号、写真も)

 やっぱりそうか。「在日差別」と「死刑」のつながり。その視点からあらためて学び直そうと思う。

 さらに平野は、「ある男」の根底にある政治・社会観を語っている。

「日本は今、アイデンティティクライシスが起きていて、経済的にも政治的にも方向を見失っています。僕は1990年代から2000年代にかけて日本が東アジアの国々との関係を良好にしていれば、日米関係を含めて、今とは違った未来があったと思います。(中略)

 日本人の中では日米同盟をはじめ、米国に屈従する外交政策の心理的なバランスとして、東アジアの国々への差別意識が膨らんでいきました。米国への屈辱感への感情が渦巻くなかで明治以降にあった日本への優越感で、心理的なバランスをとっている。しかし、見下していた中国と韓国は経済発展し日本を抜いてしまった。その現実を認められないからこそ、ますます過去の歴史に遡り、「憎悪の感情」でバランスをとろうとしている。(中略)

 安倍政権は対ロシア、対朝鮮、すべての外交に失敗したあげく、軍事費増強に走りその政策は今も続いています。政治と対話、交流を通じてお互いに軍事的衝突に至らない関係を構築していくことが、東アジアの平和を築いていくうえで一番大切なことだと思っています。(中略)

 日本の政治、歴史認識の在り方を考えた時、在日コリアンの存在は、日本の負の歴史と大きく関わっている。そのような意味では、在日コリアンという存在について、日本人は考え続けなくてはいけない。日本社会が危機に瀕した時こそ、彼らの立場に立ちたい、日本人として、彼らが背負ってきた歴史を見つめなくてはいけないと思っています

 こんな政治、こんな世の中だからこその映画であり、原作者の言葉だ。

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あらゆる差別の縮図・トランスジェンダー問題

2022年11月19日 | ジェンダー・性暴力と日本社会
   

 11月20日は「国際トランスジェンダー追悼の日」、だと知りました。「迫害の対象になるなどし、望まない形で亡くなったトランジェンダーを悼む日」(12日付朝日新聞デジタル)です。

 この日を前に、12日には東京都内で、トランスジェンダーの人権や尊厳を訴える「東京トランスマーチ」が開催されました。約1000人が、「トランス差別に反対します」などのメッセージを掲げて行進。開催は昨年に続いて2回目です(同朝日新聞デジタル、写真も)。

 トランスジェンダーとは、「出生時に医師が判別した性別と性自認が異なる人」(同)のことです。自身トランスジェンダーの高井ゆと里・群馬大准教授はこう定義します。

トランスジェンダーとは、生まれたときに「女性or男性として終生変わらず生きてください」という社会からの命令・期待(それは「女性らしさ/男性らしさ」についての命令や期待とは異なる)に沿って生きていくことが難しい人たち、のことです(その命令や期待通りにおおむね生きていくことができる人たちをシスジェンダーといいます)」(「世界」12月号・座談会「トランスジェンダー問題とは何か 当事者不在の「議論」に抗して」より)

 「東京トランスマーチ」を企画した1人、アクティビストの浅沼智也氏は開催の趣旨をこう述べています。

トランスジェンダーへの差別や偏見が、どんどん過激化しています。トランスジェンダー女性(生まれたときに割りあてられた性別が男性で、性自認が女性)が男女どちらのトイレを使うのか、といったことばかりが注目され、トランスジェンダーを社会が認めれば性犯罪が増えるかのような誤解や不安をあおる言説が増えています」(13日付朝日新聞デジタル)

 トランスジェンダーは制度的にもきわめて差別的な状況に置かれています。

今の法律では、性別変更をするハードルが高いこともその一つです。未成年の子がいないことが条件で、性別適合手術を受ける必要もあります」(浅沼氏、同)

 性別変更(移行)には重い経済的負担が伴います。

「性別移行には多くの場合ホルモン治療が必要となりますが、戸籍上の性別を変更していない者には健康保険が適用されず自費診療となるために医療費が膨らんでしまいます。…私が戸籍を変更する際には、手術を受けたり診断書を発行したりと諸々合わせると200万円上の費用になったと思います」(三木那由他・大阪大講師、前掲「世界」座談会)

 そして、当事者や研究者が強調するのは、トランスジェンダー問題はジェンダー問題の縮図だということです。「東京トランスマーチ」企画者の1人、畑野とまとさんはこう指摘します。

日本は、まだまだジェンダー問題に関して、政治家もマスコミも鈍感で、しっかり向き合うことを拒否していると感じます。ジェンダー平等が進まないと、トランスジェンダーの問題も絶対に解決しないんですよ。ジェンダーをトランス(移行)するんですから、男性と女性のジェンダー格差が広ければ広いほど、それを越えるのが大変になる。ジェンダー問題の縮図が、トランスジェンダー問題なんです」(13日付朝日新聞デジタル)

 さらに、ジェンダー格差(差別)は、あらゆる差別へつながっています。清水晶子・東京大教授は強調します。

トランスジェンダーに特化した形で表出されているジェンダー・セクシュアリティバッシングの問題は、女性だけ、トランスジェンダーだけ、LGBTだけの問題ではまったくありません。決してそこだけで終わることはありません。その先に移民の問題、労働者階級の問題、障害者の問題…といったように、あらゆる問題とつながっていきます。ですから…自分たちとは関係ない問題だとは絶対に思ってほしくありません」(前掲「世界」座談会)

 ジェンダー、ましてトランスジェンダー問題に「鈍感」なのは、私も例外ではありません。「男性」であり「シスジェンダー」であり、多くの点で「マジョリティ」であるからこそ、「鈍感」を克服することは容易ではありません。その問題が自分自身とどこでどうつながっているのか。勉強を続けなければなりません。

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「ロシアの攻撃」と断定したゼレンスキー氏とNHKの責任

2022年11月17日 | 国家と戦争
  
 

 ポーランド政府が15日、ウクライナとの国境近くの村に「ロシア製のミサイル」が着弾し2人が死亡したと発表した問題は、16日夜の時点で、ウクライナの迎撃ミサイルの落下によるものとみられていますが、そこに至る経過には見過ごせない問題があります。

 ロシアによるウクライナ侵攻(2月24日)以降、NATO(北大西洋条約機構)加盟国で犠牲者が出たのは初めてで、ロシアの意図的な攻撃であってなら、ロシアとNATOの全面戦争にもなりかねない深刻な問題でした。

 ロシア国防省は15日、「(ロシアは)ウクライナとポーランドの国境付近を攻撃していない」「現場の残骸(の写真)は、ロシアの武器とは無関係だ」「状況をエスカレートさせるための意図的な挑発行為だ」と関与を否定しました。

 NATOのストルデンベルグ事務総長は同日、「すべての事実が確立されることが重要だ」と述べました。

 G7とNATO諸国は16日、インドネシアで緊急首脳会議を開催。バイデン米大統領は、「軌道から考えるとロシアから発射されたとは考えにくい」との見解を示しました。

 アメリカもNATOも、場合によっては戦争の直接の当事者になるだけに、きわめて慎重に、真相究明の必要性を強調しました。

 英BBCは当初から、「ロシアにポーランド攻撃のメリットはない」「ウクライナの迎撃ミサイルが落ちた可能性もある」と報じました。

 ところが、ポーランド政府の発表直後に、ロシアによる攻撃だと断定した人物とメディアがあります。ウクライナのゼレンスキー大統領と日本のNHKです。

 ゼレンスキー氏は15日夜の演説で、「NATOの領土をミサイル攻撃する。これは集団安全保障に対するロシアのミサイル攻撃だ。重大なエスカレーションだ。行動が必要だ。私たちがずっと警告してきたことが今日起きた。テロはウクライナ国境の内側にとどまるものではない」とロシアを厳しく非難しました(16日付朝日新聞デジタル)(写真左)。

 NHKは16日午前6時のニュースで、ポーランド政府発表の第1報を報じたのに続き、午前10時のニュースで、国際部のMデスクが、「ロシア側の意図」について“解説”しました(写真中)。「ロシア側の意図」とは、ロシアによる意図的攻撃だということです。

 その後、バイデン大統領が上記の発言を行ったことで、NHKの報道は変わりました。正午のニュースでは同じく国際部のMデスクが、「ロシアによる意図的な攻撃の可能性もある」と修正しました。

 午後7時のニュースで、「ウクライナ迎撃ミサイルが落下か」として、「ウクライナ軍がロシアからのミサイルを迎撃するために発射したものとみられる」というAP通信の報道を流しました。

 そして9時のニュースウォッチでは、ドゥダ・ポーランド大統領が「ウクライナの地対空ミサイルによるものとみられる」と述べたことを報じました(写真右)。
 「ロシア側の意図」とした朝の報道は誤りだったわけですが、その釈明はありませんでした。

 それどころか正午のニュースで、常連コメンテーターの兵頭慎治・防衛研究所政策研究部長は、「ウクライナのミサイルのみが着弾したとしても、ロシア側に原因がある」とコメントしました。

 今日のウクライナ戦争の発端はもちろんロシアによる軍事侵攻です。それがけっして許されるものでないことは言うまでもありません。しかし、だからといって、その後に起こったことの責任をすべてロシアに転嫁することが、はたして正当でしょうか。

 迎撃ミサイルが落下してポーランド市民を殺傷したことでウクライナの責任がどこまで問われるかには議論の余地があるとしても、ゼレンスキー氏がなんの証拠も示さないまま、直ちに「ロシアの攻撃だ」と決めつけ国際的に表明した責任は免れないのではないでしょうか。

 事実に基づいて、正当な行為(言明)かどうかを、予断と偏見なく判断することが、1日も早い停戦・和平にとって不可欠だと考えます。


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