


西田昌司(自民党参院議員)発言を機に沖縄戦の歴史を正しく認識・継承する重要性が改めてクローズアップされていますが、いまもほとんど表に出ることがない隠された沖縄戦の歴史があります。
それは、第32軍将校用の「慰安婦」として多くの沖縄の女性が差し出された「日本軍将校用慰安婦」の存在です。
私が見た唯一の文献は、高嶋伸欣・琉球大名誉教授が38年前に著した論稿の中の一項目「将校用慰安婦と皇民化教育」(藤原彰編『沖縄戦 国土が戦場になったとき』青木書店1987年所収)です。長くなりますが引用します(丸カッコも著者、改行・太字は私)。
<教育の影響を沖縄戦に見るうえで、さらに衝撃的な事実も指摘されている。それは、当時の沖縄駐屯日本軍の多くの将校が、沖縄住民に将校用の慰安婦の提供を求め、それにたいして多くの若い女性たちが応じていたということである。
朝鮮半島から人さらいのようにして連行されてきていた従軍慰安婦とは別に、沖縄の住民のなかから、それも多くは本人たちが進んでそれに応じたと言われている。求めている側の日本軍の将校の地位が高ければ高いほどに名誉なこととして、地元の側でも指導者層が進んで身内の子女からいかせたとも言われている。
身分制と男尊女卑が徹底していた前近代の時代ならともかく、これがわずか四〇年ほど前に、日本の社会の一画で現実にあったことだとは信じにくい。今の高校生以上の年齢の女性たち、さらには分別のあるはずの地域社会の指導層の大人たちが、こうした要求にたいして当時疑問を持たず、消極的どころか積極的に応じたのはなぜなのか。
この疑問にたいして、沖縄の人びとはつぎのように答えている。「身も心も“お国(天皇)”のために捧げることこそ最高の美徳と徹底して洗脳されていたところで、その天皇の軍隊“皇軍”の将校からの求めだったのだから、女でもお役に立てるのだと思いこそすれ、疑問を感じる余地などはなかったのだ」と。>
きわめて重大な事実ですが、それが表に出て大きな問題になったことはありません。なぜか。その点についても高嶋氏は言及しています。
<こうした事実は、今も多くの沖縄の人びとのあいだでは語り継がれている。一方、ことがあまりに衝撃的であるうえに、当事者や関係者が今も数多く存命中であることなどが配慮されて、文献などに明記したものはほとんどない。
しかし、それは何よりも沖縄の人びとが今も怒りと屈辱の思いをもって記憶している事実である。また、この事実を無視したり軽視したりするのは、ことの重大性を否定し、さらには彼女たちの人間としての存在をも否定することに通じる。>
関連した文献・資料が乏しい中、これを裏付ける証言が今年2月28日付の琉球新報に掲載されました(写真右)。
当時県立首里高等女学校4年生で、第32軍62師団野戦病院(ナゲーラ壕)に動員された新垣芳子さん(99)が、3人の同級生が壕で将校から性暴力を受けた(と推測される)ことを証言しています(3月1日のブログ参照)。
「沖縄住民による将校用慰安婦」は、いくつもの重大な問題を提起しています。
第1に、戦争・軍隊と性暴力の密接不可分の関係を改めて示しています。
第2に、沖縄駐屯の日本軍(皇軍)は住民を守らない、住民を虐殺するだけでなく、住民に対し制度的に性暴力をはたらいていたことを示しています。
第3に、皇民化教育はたんに天皇崇拝を植え付けただけでなく、性暴力に対する感覚をもマヒさせ人間性を剥奪するものだったことを示しています。
第4に、戦時下、地域の住民組織が軍と一体となって住民(女性)を性暴力の犠牲にしたことを示しています(岐阜県・旧黒川村の満蒙開拓団もその一例です=2017年8月7日のブログ参照)。
第5に、女性らが自ら「積極的に」慰安婦要求に応じたと言われていることはどこまで真実なのか、泣く泣く応じざるを得なかった例も少なくなかったのではないか、究明が必要です。
第6に、この件に当時の沖縄県知事・島田叡は関与していなかったのか、明らかにする必要があります。
「沖縄住民による日本軍将校用慰安婦」。忌まわしい事実ですが、沖縄戦のみならず天皇制(皇民化教育・皇軍)・近代日本史の重要な断面として徹底的究明されなければなりません。