アリの一言 

天皇制、朝鮮半島、沖縄の現実と歴史などから、
  人権・平和・民主主義・生き方を考える。
   

「園遊会の名札問題」をどう考えるか

2024年05月28日 | 天皇制と差別・人権・民主主義
   

 天皇・皇后が開催した「春の園遊会」(4月23日)に出席した岸田文雄首相の妻・裕子氏の名札が「岸田文雄夫人」とあるだけで名前が記されていなかったことがわかり、SNS上で批判が巻き起こった、と朝日新聞デジタル(22日付)が報じました(写真左・中は「岸田文雄夫人」とだけ書かれた名札=同朝日新聞デジタルより)。以下、記事の抜粋です。

<朝日新聞が撮影した今春の園遊会の写真を全て確かめると、招待客の妻だけでなく、夫の名札も本人の名前が書かれておらず、「〇〇夫君」とあった。

 なぜ配偶者の名札にフルネームを書かないのか、宮内庁に問い合わせた。宮内庁総務課報道室は、次のように回答した。「(皇室の祭典・儀式などを担当する)式部職が前例を参考に作っている。古い資料が残っていないため開始時期は不明だ。現段階においてはルールを変更する予定はない」

 2009~12年に衆院議員をつとめた井戸まさえさんは在職中に一度、園遊会に参加した。配偶者の出欠について聞かれ、夫とともに出向いた。「配偶者として参加した夫はフルネームの名札をつけた。一方、(別の招待者の)女性配偶者の名札は『〇〇夫人』だった。非対称であり、いびつさを感じた」と話す。

 背景に何があるのか。識者は、個人を否定する戦前の「家制度」の影響があるとした上で、自らの名前で呼ばれる権利「氏名権」への認識不足も大きいと指摘する。専修大学の矢澤昇治名誉教授は「日本では、氏名権の侵害が人格権の侵害につながるという考えがまだ浸透していない」と指摘する。>

 宮内庁は27日の記者会見で、「さまざまな観点から対応を検討してまいりたい」(27日付朝日新聞デジタル)と軌道修正しました。

 この問題(記事)は何を示しているでしょうか。

 第1に、宮内庁は「配偶者枠は男女ともに名前を書いていない」と回答していますが、井戸まさえ氏の体験は、それがウソで、過去に男女で差別していたことがあったことを示しています。

 第2に、「夫」=主、「妻」=従というジェンダー差別は、日本社会にまん延しています。首相の外遊に妻が「○○夫人」として同伴するのは政治がジェンダー差別を煽っている典型です。さらにその最大の「象徴」的姿は、天皇に付随する皇后の姿です(写真右)。メディアの報道がそれに加担し助長しています。

 第3に、仮に「男女とも名前を書いていない」としても、それは「氏名権」についての認識不足であり、「氏名権の侵害が人格権の侵害につながる」という矢澤氏の指摘は重要です。

 第4に、「氏名権」については、在日朝鮮人が本名(民族名)を隠して通名(日本名)で生活しなければならないなど、民族差別と不可分の関係にあると捉える必要があります。

 第5に、園遊会はそもそも、天皇を元首化しその権威を誇示するために始められた歴史を持ち今日に至っています(2018年11月10日のブログ参照https://blog.goo.ne.jp/satoru-kihara/d/20181110)。「名札問題」も軽視できませんが、園遊会で問題にすべきはその本質の認識と廃止の必要性です。

 付言すれば、『日本の無戸籍者』(岩波新書2017年)などで戸籍と天皇制の問題点を指摘している井戸まさえ氏が、夫とともに園遊会の招待に応じたことは、いわゆる「リベラル識者」の天皇(制)拝跪の悪しき一例と言えます。


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秋篠宮佳子氏のジェンダー発言は何を意味するか

2023年11月06日 | 天皇制と差別・人権・民主主義
  

 秋篠宮家の次女、佳子氏の活動がメディアで取り上げられることが多くなっています。5日もNHKはペルー訪問のようすを詳しく報じました(写真右)。手話パフォーマンスもさかんに流されます。

 その同氏が先日、注目すべき発言を行いました。東京都内で開かれた「ガールズメッセ2023」(ガールスカウト日本連盟主催、10月22日)に出席した際、「表彰式を前に」語ったものです。

「社会の中では、大人から子どもへ、無意識なものも含め、偏った思い込みが伝わっていることが多々あると感じます」「そのようなことがないよう、私自身も気をつけようと思うと同時に、ガールスカウトの活動が、次世代を担う子どもたちがジェンダーにとらわれず自分の思い描いた未来に向かっていくことにつながるよう願っております」「今後、ジェンダー平等が達成されて、誰もが安心して暮らせる社会になることを、誰もがより幅広い選択肢を持てる社会になることを、そしてこれらが当たり前の社会になることを心から願っております」(10月22日付朝日新聞デジタル、写真左も)

 「一般市民」の発言なら至極当然のことしか言っていません。しかし、これが皇族とりわけ皇嗣の次女の発言とあっては見過ごせません。なぜなら、天皇制(皇室)こそは日本のジェンダー差別の根源だからです。

 皇室典範は第1条で「皇位は、皇統に属する男系の男子が、これを継承する」と明確に女性天皇を禁じています。また、同12条は「皇族女子は、天皇及び皇族以外の者と婚姻したときは、皇族の身分を離れる」としており、佳子氏の姉の眞子氏がこの規定によって皇室から排除されたのは周知のことです。

 政府は皇室典範を憲法に次ぐ重要法規としていますが、それは明確な女性差別を規定したものです。そして憲法第2条は「皇位は、世襲のものであって…皇室典範の定めるところにより、これを継承する」としています。「象徴天皇制」は明白な女性差別制度であり、それを規定している憲法は改正しなければなりません。

 その天皇制の根幹である女性差別についての佳子氏の発言。もちろん直接天皇制について述べたものではありませんが、暗に天皇制を批判したものとも受け取れます。

 天皇はじめ皇族の公式発言(開会あいさつ等)は事前に宮内庁によってチェックされます(宮内庁が原案を作成するのかもしれません)。そうでなければ憲法(第3条)上問題です。
 ところが、上記の発言は「表彰式を前に」行われたといいます。つまり非公式発言で、宮内庁の事前チェックが及ばなかった可能性があります。

 宮内庁が事前チェックしていたとすれば、天皇制の実態を棚上げして「皇族のリベラル性」をアピールしようとした詐術ということになります。

 宮内庁が事前チェックしていなかったとすれば、佳子氏の暴走ということになります。これは政治的問題に対する皇族の個人的な見解表明を禁止している象徴天皇制の下では許されることではありません。

 佳子氏はそれを承知の上で、天皇制のジェンダー差別を暗に意識しながら発言したものとも考えられます。そうだとすれば、天皇制は、皇嗣の娘も対外的に批判を口にせざるをえないほど時代錯誤の差別制度だという証明です。

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「ハンセン病患者に人体実験」軍隊と天皇制の裏面史

2023年06月24日 | 天皇制と差別・人権・民主主義
   

 6月25日はかつての「救らいの日」。政府は現在、同日を含む週を「ハンセン病を正しく理解する週間」としています。

戦中のハンセン病患者人体実験 解明に向け検証開始 熊本の療養所
 こんな見出しの記事が先月京都新聞(5月18日付)に載りました。「戦時中、国立ハンセン病療養所・菊池恵楓園(熊本県合志市)の入所者に投与されていた薬剤「虹波(こうは)」に関し、恵楓園が事実解明に向けて検証作業を始めたことが分かった」

 「虹波」。初めて聞く単語でした。同記事によれば、京都新聞と熊本日日新聞が昨年12月、恵楓園が開示した関連資料をもとに「9人が死亡」と報じたスクープが発端でした。

 恵楓園が開示した資料は両紙が情報公開請求したもの。「同園での人体実験で死者が出たことは知られているが、1次資料の全容が明らかになったのは初めて」(2022年12月5日付京都新聞)。以下は同記事の要点です。

「虹波」とは、写真の感光剤を合成した薬剤で、防衛研究所戦史研究センター所蔵の旧陸軍資料によると、その研究目的は「戦闘に必要なる人体諸機能の増進」「極寒地作戦における耐寒機能向上」とされている。実験は機密軍事研究の一環だった。

 1944年5月の報告では、37歳の男性患者が注射約10時間後に「全身の血管に針の差入した様な」痛みや頭痛を訴え、けいれんを起こした末に意識が混濁し死亡した例が記載されている。

「虹波人体実験」を主導した宮崎松記同園園長、第7陸軍技術研究所嘱託だった波多野輔久・熊本医科大教授、遺体を解剖した鈴江懐・熊本医科大教授はいずれも京都帝大(現京大)医学部出身。

 吉中丈志・京大医学部教授は、「強制収容所という閉鎖空間で人体実験を行ったことは、中国人捕虜らに生物化学兵器開発のため人体実験を行った陸軍731部隊とも共通する」と指摘する。(731部隊を創設した石井四郎軍医中将も京都帝大医学部出身―私)

 藤野豊・敬和学園大教授は、「虹波」を巡る実態が歴史の闇に埋もれることを懸念し、「虹波の治験という非人道的な行為が、隔離された療養所という環境の中で行われた。新たな人権侵害として国の責任が問われるべきだ」と訴える。(写真中は「虹波」、右は開示された資料)

 恐るべき歴史です。恵楓園入所者自治会の太田明副会長は「関連資料はほかにも膨大にある。明らかになっていない事実はまだ多くあるはずだ」と話しています。事実の徹底究明と国の責任追及が急務です。

 見落としてならないのは、ハンセン病療養所内人体実験の背後にある権力構造です。入所者はなぜ人体実験(注射・薬)を拒否できなかったのか。
 
 入所者自治会の志村康会長は「園長の言うことは絶対で、反対すれば監禁室に送られる時代だった」と言います。療養所の園長には「らい予防法」によって「懲戒検束権」が与えられていたのです。

 それだけではありません。

 なぜ6月25日が「救らいの日」とされ、それが「理解する週間」として今に継承されているのか。それはこの日が大正天皇(嘉仁)の妻・貞明皇后(節子=さだこ)すなわち裕仁の母の誕生日だったからです。

 貞明皇后は1930年に手許金24万8000円を全国の療養所に寄附。この一部をもとに翌年「らい予防協会」が設立され、同協会が患者隔離を主導しました。全国の療養所には貞明皇后の歌碑が建てられました。

貞明皇后は「救らい」の象徴となっていく。…ハンセン病療養所は限りなく「皇恩」がもたらされる場、というイメージが作られていった。(中略)「皇恩」や「御仁慈」は、絶対隔離政策を正当化する思想的支えとなると同時に、病者にも隔離を受容させ、療養所に入ることが国家的使命と意識づける役割を果たした」(吉川由紀・沖縄国際大非常勤講師「皇室とつれづれの碑」、『入門沖縄のハンセン病問題 つくられた壁を越えて』2009年所収)

 ハンセン病患者に対する軍事目的の人体実験。その土壌をつくった人権蹂躙の隔離・収容。それを「皇恩」「御仁慈」で納得させた皇族・皇室の役割。
 これは軍隊と天皇制の隠された暗黒の裏面史といえるでしょう。その歴史を究明し責任を追及することこそ「ハンセン病の正しい理解」ではないでしょうか。

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少子化問題とジェンダー差別と天皇制

2023年06月16日 | 天皇制と差別・人権・民主主義
   

 岸田文雄首相は13日夜テレビ向けに記者会見し、「少子化対策」をアピールしました。その内容は財源も明らかにしないまま“ばらまき”を羅列する従来の域を出るものではありませんでした。

「少子化問題」の根本は何か。国連事務次長の中満泉氏(写真中)はこう指摘しています。

「先進国では下位に転落した平均年収とともに、ジェンダー不平等が少子化の大きな原因であることは間違いないしっかり理解する必要があるのは、少子化問題は社会の構造的な問題の帰結であって、根本的な問題に対応しなければ、断片的対策では解決しないということだ」(13日付京都新聞=共同)

 すでに多くの識者が指摘していることですが、とくに注目したのは中満氏が次のように述べていることです。

「国際関係や安全保障・軍縮を専門とする私だが、祖国日本にとって今最も大きな脅威だと感じている課題は、実は国内の多様性の欠如と、その最も分かりやすい例としての極端なジェンダー格差である

日本で生まれ育ち教育を受けた私は、日本社会では生まれ落ちた瞬間から目に見えないジェンダー差別や偏見、男女の役割についての「刷り込み」が網の目のように張り巡らされていることに海外に出て初めて気付いた」(同)

 国際的にみても特別根深い日本のジェンダー差別に対する体験を踏まえた強い危機感・警鐘です。

 問題は、その日本のジェンダー差別の根源は何かということです。

 中満氏は「長く続いた慣習や社会文化に基づく不平等」「社会の構造的な問題」としながら、それ以上踏み込んでいません。

 中満氏が触れなかった、世界にもまれな日本のジェンダー差別・男尊女卑の根源、それは天皇制です。

 「LGBT法案」に圧力をかけて改悪したり、「選択的男女別姓」に一貫して反対している自民党内のウルトラ保守・反動派が「日本会議」と関係の深い天皇制賛美グループであることはけっして偶然ではありません。

 折しも今月9日、天皇徳仁と雅子皇后の結婚30年で、NHKは特番を組み、新聞は特集面を設けて祝いました。

 雅子氏は皇太子と結婚したためにそれまで培ったキャリアを放棄せざるをえませんでした。ライフワークともしていた外国訪問も禁じられました。皇室(国家神道)の儀礼・慣習に縛られ、ただ男子を生むことを最大の使命とされました。結果、心身共にすり減らし病気になりました。まさに何重にもジェンダー差別の犠牲を被った「結婚30年」でした。

 その根底にあるのは、「男系男子」のみが皇位を継承するという「万世一系」天皇制の根本原則です。「女性天皇」があれほどとりざたされながら、頑として認めないのは、「男系男子」による皇位継承こそ天皇制の根幹だからです。天皇制とジェンダー差別はイコール・一体不可分なのです。

 徳仁・雅子両氏は結婚30年の「感想」の中で、「世界や社会の変化はこれからも続くものであり、そうした変化に応じて私たちの務めに対する社会の要請も変わってくるものと思われます」と述べています。

 1日も早くジェンダー差別を解消しなければならない日本において、天皇・皇后に対する「社会の要請」があるとすれば、それは家族3人で皇室を離脱し、天皇制廃止(憲法の天皇制条項削除)に協力すること以外にありません。

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水平社の「戦争協力」の歴史から何を学ぶか

2023年01月02日 | 天皇制と差別・人権・民主主義
   

 昨年2022年は、部落差別とたたかった全国水平社の創立100年でした(1942年に解散)。

 「全国に散在する吾が特殊部落民よ団結せよ」で始まり「水平社は、かくして生まれた。人の世に熱あれ、人間に光あれ」で終わる水平社宣言(1922年3月3日、京都市岡崎公会堂で行われた創立大会で読み上げられた)。格調高い人間宣言として知られています。
 
 しかし、その全国水平社が帝国日本の侵略戦争に賛成・協力した事実はあまり知られていないのではないでしょうか。

 大阪人権博物館の朝治武館長は昨年、創立100年にあたり『全国水平社1922―1942』(ちくま新書)を著しました。それによると―。

 日中全面戦争の契機となった「盧溝橋事件」(1937年7月7日)の2か月後、全国水平社は拡大中央委員会(9月11日)を開き、「非常時に於ける運動方針」を可決。政府が強調する「挙国一致」を前提に、これまでの反ファシズムの姿勢を放棄して戦争協力へ転換しました。

 朝治氏は朝日新聞のインタビューでこう述べています。

全国水平社が侵略戦争を支える存在になったのは、権力に無理強いされただけではない。戦争協力によって「皇国臣民」として認められ、差別がなくなるという考えに自ら取り込まれたことを忘れてはならない」(2022年7月24日付朝日新聞デジタル)

 「皇国臣民」として認められれば差別がなくなるという思い込み、錯覚、そう思わせる権力の誘導。そこには戦争中の沖縄との悲しい共通点があります。

 全国水平社が組織として「戦争協力」を明確にしたのは1937年ですが、それには下地がありました。水平社宣言を起草した西光(さいこう)万吉(写真中)をはじめ、添削した平野小剣、委員長の南梅吉ら指導部の多くが天皇制支持者だったことです。

「全国水平社の帝国主義戦争反対、反ファシズム闘争という流れに対し、天皇を中心とした社会主義を実現しようとする国家社会主義の立場を鮮明にしたのが、ほかならぬ西光万吉であった」「西光は1927年に日本共産党に入党した。しかし…共産党が主張として掲げる天皇制廃止には疑問をもち、天皇制支持の立場から党の上級機関に対して再検討を要求するほどであった」(朝治武氏前掲書)

 朝治氏は、「いま日本社会で再び、偏狭なナショナリズムを背景にした排外主義が広がっている。だからこそ、水平社が戦争協力した歴史も徹底的に総括し、今日に生かさなければならないと考えている」(同上朝日新聞デジタル)と強調しています。

 政府・自民党が「中国・北朝鮮の脅威」を煽って軍事国家体制を築こうとしているいま、朝治氏が指摘する通り、水平社が戦争協力した歴史から学ぶことは極めて重要です。
 その際、くみ取るべき教訓は、天皇制への賛美・支持が「戦争協力」の土壌になるということです。なぜなら、「皇国臣民」思想は容易に国家権力に都合がいい「挙国一致」思想と結びつくからです。

 重要なのは、それは決して戦前の絶対主義的天皇制だけの問題ではないことです。なぜなら、政府がメディアを操って繰り広げている「安保」プロパガンダは、現代版「挙国一致」体制づくりをめざすものであり、その「頂点」に立つシンボルとして利用される(されている)のが「象徴天皇」にほかならないからです。

 水平社の「戦争協力」は意外です。そしていま、「あの人が」と思うような「民主的知識人」による天皇・皇族賛美の“意外な”発言にしばしば出くわします。
 天皇・皇族・天皇制に対する見解・態度は、まさに平和・民主主義の真価をはかる試金石です。

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核心外した香山リカ氏の「雅子皇后論」

2022年12月19日 | 天皇制と差別・人権・民主主義
  

 雅子皇后の59歳の誕生日(12月9日)にあたり、精神科医の香山リカ氏(写真右=琉球新報より)が「療養生活 社会の「映し鏡」」と題した論考を寄稿しました(13日付中国新聞=共同配信)。
 香山氏は、雅子氏が男女雇用機会均等法施行(1986年)の翌年に外務省に入省した「均等法第1世代」だとし、こう述べています(抜粋)。

「「均等法第1世代」の女性がとくに大切にするのは「自己実現」だ。雅子皇后もこの価値観を身に付け、結婚後も「自分にしかできない公務」を探し続けたように見える。
 しかし、その雅子皇后の生真面目さこそが、「お世継ぎ」の出産や華麗な皇室ファッションなどを望む皇室内外の期待との間に齟齬を生むことになり、心身のバランスが崩れる結果を招いたのではないか」

 そしてこう結んでいます。

「皇后と言う立場になってから少しずつ公務の幅が広がり…「100%でなくてもこれでいいんだ」と今の自分自身を存分に肯定し、これからは自分の楽しみの時間も十分に取っていただきたい。一国民としてそう願うのである」

 雅子氏の才能を惜しみ、精神科医としてその療養生活を気遣う思いは伝わります。しかし、この論考には根本的な欠陥があります。それは、天皇制の2つの本質を完全に捨象していることです。

 1つは、憲法の象徴天皇制においては、皇后はもちろん皇族には政治的発言や表現の自由などの基本的人権がことごとく認められていないことです。

 もう1つは、天皇制は「皇位継承」が「男系男子」に限定され、女性皇族は「代替わり」の主要な儀式からも排除されるなど、典型的な女性差別制度だということです(写真中は女性皇族を排除して国事行為として行われる「剣璽等承継の儀」)。

 こうした天皇制の本質において、雅子氏が皇室に入った時点で、「キャリア」を生かした「自己実現」「自分にしかできない公務」など不可能なのです。雅子氏が療養生活を余儀なくされているのは、まさにこうした天皇制の差別・人権抑圧の結果にほかなりません。

 香山氏が雅子氏の病気の根源に一言も触れず、逆に雅子氏の「生真面目」のせいにし、さらに皇后としての「自分自身を存分に肯定」することを進言しているのは、たいへんな“誤診”と言わねばなりません。

 かつて、女性史研究家の鈴木裕子氏は、皇室に入って病気になった雅子氏にこう語りかけたことがあります。

「皇族の女性は基本的に「子産み機械」視され、生と性の自己決定権がなく一族の長(いうまでもなく天皇のことです)が率いる「男権家父長制大家族」の一員として、定められた役割を果たすしか与えられていないのです。

 「一族」やその取り巻きたちが「男児」を出産しないあなたを直接間接にバッシングして、そのためあなたがこの「一族」や取り巻きたちに対し、「適応障害」に陥ったのは当然といえば当然です。

 あなたは実力もあり、並外れた能力もお持ちだろうと思います。お連れ合いともども皇族をおやめになって、一家三人で別天地にお暮しになったらいかがでしょうか。そうすれば長年にわたる病も癒されるのではないでしょうか。病気の「原因」を断ち切れるのですから、すぐ良くなるはずです」(「週刊新社会」2006年9月13日号、『フェミニズム・天皇制・歴史認識』インパクト出版会2006年所収)

 香山氏と鈴木氏のどちらが的確な“診断”をしているかは明白でしょう。それは、雅子氏にとって有効は処方箋であるのみならず、日本の政治・社会にとってもきわめて有益です。

 それにしても、「民主的知識人」とみられている香山氏の天皇制肯定論は見過ごせません。
 香山氏だけではありません。望月衣塑子記者(東京新聞)は「皇室が世界に本来進むべき道を指し示す」ことを期待し(2020年6月2日のブログ参照)、落合恵子氏(作家)は天皇・皇后の娘・愛子氏に「公務にやりがいを感じ」ることを期待しています(2021年12月11日のブログ参照)。
 「反権力」とみられている女性識者の中に、天皇制への無批判・肯定論が根強くあることは、日本の「フェミニズム・民主勢力」の大きな弱点・欠陥と言わねばなりません。

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「エリザベス女王は15カ国の元首」は何を意味するか

2022年09月10日 | 天皇制と差別・人権・民主主義
   

 英国エリザベス女王の死去(8日)にかんする報道は、女王や英王室の賛美であふれています。しかし、その負の実体を無過ごすことはできません。

 注目されたのは、「15カ国で元首だった英女王 旧植民地にBLM運動がもたらした変化」と題した記事です(9日付朝日新聞デジタル)。

「エリザベス女王は英国のほか、世界14カ国の元首でもあった。多くは英国がかつて植民地として支配した国だ。独立後も王室との関係を保ってきたが、奴隷制度などの歴史を踏まえ、カリブ海諸国を中心に王室から離脱する動きがある。女王の死去で加速する可能性もある」(同)

 イギリスはかつて世界各地を植民地支配した大帝国でした。その頂点に文字通り君臨したのが英王室です。エリザベス女王が15カ国の元首であったことは、イギリスと植民地支配の歴史が今も清算されていないことを示しています。

 植民地を支配する宗主国意識は、エリザベス女王自身にもありました。

 2014年9月、スコットランドでイギリスからの独立をめぐる住民投票が行われました。その過程で、エリザベス女王は、「(独立は)慎重に考えてほしい」と公言し、「独立派」にクギを刺したのです(2014年9月18日のNHKニュース=写真中、14年9月20日のブログ参照)。

 住民投票の結果は「NO」が過半数を占め、独立派は敗れました。イギリスの世論調査では、女王の発言に対し56%の市民が「言うべきではなかった」と答えていました(「言ってもよい」は36%)。

 冒頭の朝日新聞デジタルの記事によれば、カリブ海の島国・バルバトスが2021年11月に、女王を元首とすることをやめて共和国に移行しました。その契機となったのは、「2020年に世界中で「ブラック・ライブズ・マター(BLM)」の運動が盛り上がったこと」です。

 ジャマイカの首相も今年3月、ウィリアム英王子らが訪問した際、「独立、発展、繫栄した国家として真の目標を果たしたい」と述べ、共和国に移行する方針を表明しました。

「同じように、奴隷制度などの歴史を踏まえ、英王室から離れようとする国は増えている」(同記事)

 「15カ国」の1つ、カナダも例外ではありません。エリザベス女王の死去にあたってトルドー首相は「哀悼の意」を表明しましたが(写真右)、市民の英王室離れは進んでいます。 4月に行われた世論調査では、王室から離脱する国の動きを支持する人が58%、「カナダも離れるべきだ」とした人が51%にのぼりました(同記事)

 BLMはじめ、人権・平等を求める運動の広がりとともに、英王室から離脱して共和国へ移行する旧植民地国が増えていることは、きわめて重要な世界の趨勢です。

 日本の皇室は英王室ととりわけ深い関係にあります(6月13、14日のブログ参照)。英王室が植民地支配の歴史と切っても切れない関係にあるように、明治以降の天皇制も侵略戦争・植民地支配と不可分の関係です。

 エリザベス女王の死去によって、英国内とともに他の「14カ国」でも王室離れが加速するとみられています。それは君主制が人権・平等の対極にあるからです。
 これら「15カ国」の動きを拱手傍観するのではなく、日本でも人権・平等の視点から天皇制の是非を抜本的に問い直すことが、私たち日本人の責務です。
 



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落合恵子氏の「女性皇族」への不可解なエール

2021年12月11日 | 天皇制と差別・人権・民主主義

    

 ジェンダー問題などで活発な言動を行っている作家の落合恵子氏(週刊金曜日編集委員、写真左)が、「20歳の愛子さまへ 自由と選択の広がり願う」という見出しの論考を寄稿しています(3日付中国新聞=共同配信)。

 徳仁天皇の長女・愛子さんの20歳の誕生日にちなんだもの。落合氏は愛子さんの従姉・小室眞子さんの結婚にも触れ、「人が選択できないことの一つは出生である。…しかし、平和であるならば生まれた後の人生には多くの選択がある」としたうえで、こう述べています。

「けれど、それさえも許されない20歳が、ここにあるとしたら…。自分の人生でありながら、選択を許容されない人生とは、どんな味わいを、感触を、その人にもたらすものだろう。人ごととせずに変えていく責任を、わたしたち市民は抱えていないだろうか」

 女性皇族に生まれたことで「人生の選択」、自由と人権が大きく制約されていることに目を向ける重要性を強調しています。この限りで共感できます。
 ところが、落合氏はこの論考をこう結んでいます。

「20歳を迎え、本格的な公務が始まるという。あなたが使える自由と選択の幅が広がり深まるようにと願いながら…公務にやりがいを感じた時、あなたはたぶん新しい自由を獲得するであろうことを望みながら。

 きわめて不可解な結論です。「公務」とは女性皇族としてのそれです。天皇はじめ皇族が行ういわゆる「公務」(公的活動)が憲法上認められるかどうかは諸説あり、私は認められないと考えますが、その問題はここでは置きます。

 「公務」を合憲とする学説も、それが「内閣の助言と承認」(憲法第3条)に基づく必要があることに争いはありません。「本格的な公務が始ま」って「自由と選択の幅が広がり深まる」などということはありえません。逆に不自由は強まるばかりです。

 その思い違いもさることながら、より見過ごせないのは、上記の太字の部分です。「公務にやりがいを感じた時」に「新しい自由を獲得するであろう」とは、「新しい自由を獲得する」ために、「公務にやりがいを感じ」てほしいと言っていることと同じです。

 つまりこの発言は、女性皇族の自由と人権を大きく制約している「公務」を肯定するばかりか、それに「やりがい」を持つようエールを送ったものです。差別・人権侵害の元凶である象徴天皇制を肯定・推進するものと言わねばなりません。

 ジェンダー問題に詳しい専門家のこうした論調は、落合氏だけではありません。

 たとえば、信田さよこ氏(原宿カウンセリングセンター顧問)も、「眞子さんの選んだ道」という見出しの論稿(11月16日付中国新聞=共同配信)で、「日本に暗黙裡に存在する序列の頂点は、あのお濠に囲まれた皇居に住む天皇なのである」と指摘しながら、こう述べています。

「(国民の)日々の鬱屈や嫉妬、憧れや希望など、日常的に抱くさまざまな思いを吸収し集約していく存在であること、それが皇室の隠された役割なのかもしれない

 信田氏はこの「皇室の隠された役割」を否定していません。むしろ肯定的なニュアンスがあります。しかし、この「隠された役割」は決して市民の生活を豊かにし人権を守ることにはなりません。
 逆に、こうした「皇室の隠された役割」こそ、「国民」を支配する国家権力にとっての象徴天皇制の存在意義ではないでしょうか。

 ジェンダー問題の識者・専門家の主張・論考が、天皇制擁護で結ばれるのはなぜでしょうか。なぜ「天皇制廃止」の主張に至らないのでしょうか。
 日本の差別・人権問題の根深い欠陥がここにもあると言わざるをえません。


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秋篠宮の危険なメディア「反論基準」発言

2021年12月02日 | 天皇制と差別・人権・民主主義

       
 皇嗣(皇太子に相当)である秋篠宮は11月25日、誕生日にあたっての会見を行いました(11月30日付各紙)。各紙は長女の結婚に関する質疑を大きく報じていますが、見過ごすことができないのは、秋篠宮が週刊誌などのメディア報道に対して「反論」を行うための「基準を設ける」必要があると言明したことです。秋篠宮はこう述べました。

「記事の中にはもちろん創作もあれば正確なことを書いていること両方混ざっているわけですね。…今言われたような関係の記事(「秋篠宮家そのものへの批判やバッシング」―引用者)に対して反論を出す場合にはですね,何かやはり一定のきちんとした基準を設けてその基準は考えなければいけないわけですけれども,それを超えたときには例えば反論をする,出すとかですね。何かそういう基準作りをしていく必要が私はあると思います。…今後もこういうことは多分続くでしょう。その辺も見据えて宮内庁とも相談しながら…考えていくことは私は必要だと思っております」(宮内庁HPより)

 一般市民の場合、虚偽・名誉毀損報道に対しては、訴訟も含めて反論・抗議していく権利は当然保障されています。しかし、皇嗣である秋篠宮が「反論」を当然視し、そのための「基準作り」の必要にまで言及したことには、少なくとも2つの問題があります。

 第1に、「象徴天皇制」の下、天皇・皇族に対するタブー・特別視が存在する日本で、メディアに対する皇族の反論・批判は、言論・報道の自由への圧力となる危険性が大きいことです。

 秋篠宮自身が言っているように、「反論」やそのための「基準づくり」は宮内庁(政府)と相談して行うことになります。それは一般市民のそれと違い、政府・政権のメディア批判と同じ意味をもちます。宮内庁はさっそく、「どういう在り方がふさわしいか研究していく」(11月30日朝日新聞デジタル)としています。

 第2に、憲法第4条は、天皇には「国政に関する権能」はないとしてその政治的言動を禁じています。皇嗣である秋篠宮のメディア批判はこれに抵触する可能性が大です。

 今回の秋篠宮発言は、長女の結婚という公私の区別があいまいな問題に関連して行われたものですが、たとえばメディアが天皇(制)を批判したり、その趣旨の論稿が掲載された場合、それを「天皇や皇族の名誉毀損」として、皇嗣が「反論・批判」することに道を開く恐れがないとは言えません。これがきわめて重大な政治的言動であることは言うまでもありません。

 今回の秋篠宮発言に関連して、さらに考えるべき問題があります。それは、そもそも週刊誌をはじめとする一部メディアやネットの皇室に対する「誹謗中傷」の下地をつくったのは、国家権力と天皇自身だったということです。

 憲法学者の横田耕一氏は、「世論」による皇族への誹謗・中傷について、こう指摘しています。

「これには天皇・皇族側にも原因がある。「開かれた皇室」を演出して私的生活が国民の面前にある程度開示されたこと、特に平成天皇が国事行為よりも「公的行為」や「お祈り」を天皇の務めとして前面化した…皇室は一種の「神聖家族」のみならず「理想の家族」「倫理的家族」といった像を示すようになり、その結果、公私にわたる行為への論評や批判・誹謗も多くなっている」(月刊「靖国・天皇問題情報センター通信」11月号)

 「開かれた皇室」は、敗戦後、日本が天皇裕仁の戦争・植民地支配責任を隠ぺい・棚上げし、「象徴天皇制」を定着させるためにとった基本政策です。「ミッチーブーム」(1959年)が大きな画期となったことは周知の事実です。

 自民党政権は日米安保体制と一体の「象徴天皇制」を維持するため、皇族の私生活をさらし、「開かれた皇室」政策を推進してきたのです。

 しかし、皇族にも基本的人権がある以上、「誹謗・中傷」を座して甘受すべきであるとは言えません。ではどうするか。この矛盾の根源が「象徴天皇制」自体にあることに目を向ける必要があります。

「言うまでもなく、皇族が一般国民と同様の「人権」を獲得する最終的道は、制度(「象徴天皇制」―引用者)の終焉しかない」(横田耕一氏、前掲)のです。


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朝鮮人とアイヌ民族と天皇制<下>「抵抗」と「協力」の狭間で

2021年03月24日 | 天皇制と差別・人権・民主主義

    

 石純姫氏「朝鮮人とアイヌ民族のつながり」(「抗路」8号)の紹介を続けます。

◇結び

 天皇制という巨大なフィクションを国家の根幹に据え、明治以降の日本は「国民」を作り上げて来た。「経済上には略奪者の張本人、政治上には罪悪の根源、思想上には迷信の根本」(菅野スガ「大逆事件」における「聴取書」1910年6月3日)である天皇・天皇制は、愚民を支配するには最も効率のいいシステムだった。権力者や資本家は、その虚偽を充分知り尽くした上で利用していたのである

 日本が植民地支配や先住民支配について、いっさいの謝罪をしないのは、「欧米中心主義」と「罪刑法定主義」であるとも言われているが、筆者が思うのは、それがかつて天皇の名においてなされた暴虐であったからである

 近代絶対天皇制の下で、天皇は「神」であり、神は過ちを犯さないのであるから、謝罪などしない。それが、どれほど愚劣で虚妄に満ちたフィクションであっても、明治以来の日本は、神である天皇のもとに国家を構築することにより、先住民・植民地支配とアジア侵略を正当化してきた

 敗戦後の「人間宣言」も、実は天皇が神の子孫であることは否定していない。ゆえに、象徴天皇制下の現在も、天皇は神の末裔であり、神は間違いを犯さないゆえ、謝罪はしない。陳腐で愚劣で明らかな虚構であることがわかっていても、それを守り抜くこと、すなわち戦前の「国体」護持が現在も日本においては挙行されていると思わざるを得ない。

 北海道における先住民アイヌと植民地被支配者である朝鮮人のつながりは、従来のアイヌ像を覆すものであると同時に、「協力」と「抵抗」の狭間で生まれた一瞬の奇跡的な希望の行為として記録・記憶されるべきものであろう。それは、在日朝鮮人の形成過程についても新たな視点をもたらすものではないだろうか。

 こうした局面を大きな視点から再考した時に見えるものは、思考力を失わず、生命の大切さや他者との共存を目指したアイヌの人々の、「国民」ではなく、人間としての自立した行為の際立った尊さである。

 最近、北・中南米の先住民がアフリカ奴隷の脱出を助け匿い、共生してきた歴史が明らかにされてきている。それは、植民地支配と帝国主義がもたらす普遍的な暴力の構図といえるのではないか。

 グローバル化の中で世界的な規模での絶対的「他者」が常に作り出され、経済の絶望的な格差は臨界点に達している。コロナの脅威がこれまでの世界や社会システムを根底から覆しつつある現在、これまで何度も繰り返されてきたように、人々は権力やメディアが煽動する恐怖に滑稽なほど家畜的な盲従を示している

 分断された世界に抗い、過酷な歴史の中で共に生きた人々のように、権力や資本の恫喝に屈せず、自立した意思を持つ人々の連帯と協力が、天皇制の偏狭な排外主義と世界システムの暴虐を超え、多様性に満ちた豊かな世界を再構築する希望へとつながる可能性があるのではないだろうか。

 以上が論稿「朝鮮人とアイヌ民族のつながり」の要旨です。石純姫さんは著書『朝鮮人とアイヌ民族の歴史的つながり』(寿郎社、2017年)の中で、こうも書いています。

 「植民地支配は、植民地とされた地域から労働力を暴力的に搾取する。システム化されたそうした暴力が宗主国の国民にとっては日常となると同時に、国民は無意識のうちに植民地支配者としての意識・思想を形成していく。その結果、圧倒的な暴力のシステムを肯定し、それを否定することは「悪」であり「犯罪」だと思うようになる

 この指摘ははたして過去の日本国民にだけ該当するものでしょうか。

 天皇制が象徴天皇制と名を変えながらその本質を温存しているように、私たち「国民」も「無意識のうちの植民地支配者としての意識・思想」を継続させているのではないでしょうか(写真左・中は、「北海道命名150年記念式典」=2018年8月5日に出席した明仁天皇・美智子皇后=当時の前で民族舞踊をさせられるアイヌの人々)。

 そして、韓国に対する「嫌韓」、朝鮮民主主義人民共和国、中国に対する偏見・差別・敵視が国家権力とメディアによって煽られ、日米安保体制の下で、「圧倒的な暴力システム」である軍備・軍事同盟が肯定され、それを否定することが「悪」「犯罪」とみなされる。それがまさにいま私たちが生きているこの国の姿ではないでしょうか。
 だからこそ、「権力や資本の恫喝に屈せず、自立した意思を持つ人々の連帯と協力」、その思想と人間性、たたかいに学びたいと思います。


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