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アリの一言 

天皇制、朝鮮半島、沖縄の現実と歴史などから、
  人権・平和・民主主義・生き方を考える。
   

隠された沖縄戦史・住民による「日本軍将校用慰安婦」

2025年07月02日 | 天皇制と差別・人権・民主主義

  

 西田昌司(自民党参院議員)発言を機に沖縄戦の歴史を正しく認識・継承する重要性が改めてクローズアップされていますが、いまもほとんど表に出ることがない隠された沖縄戦の歴史があります。
 それは、第32軍将校用の「慰安婦」として多くの沖縄の女性が差し出された「日本軍将校用慰安婦」の存在です。

 私が見た唯一の文献は、高嶋伸欣・琉球大名誉教授が38年前に著した論稿の中の一項目「将校用慰安婦と皇民化教育」(藤原彰編『沖縄戦 国土が戦場になったとき』青木書店1987年所収)です。長くなりますが引用します(丸カッコも著者、改行・太字は私)。

<教育の影響を沖縄戦に見るうえで、さらに衝撃的な事実も指摘されている。それは、当時の沖縄駐屯日本軍の多くの将校が、沖縄住民に将校用の慰安婦の提供を求め、それにたいして多くの若い女性たちが応じていたということである。

 朝鮮半島から人さらいのようにして連行されてきていた従軍慰安婦とは別に、沖縄の住民のなかから、それも多くは本人たちが進んでそれに応じたと言われている。求めている側の日本軍の将校の地位が高ければ高いほどに名誉なこととして、地元の側でも指導者層が進んで身内の子女からいかせたとも言われている

 身分制と男尊女卑が徹底していた前近代の時代ならともかく、これがわずか四〇年ほど前に、日本の社会の一画で現実にあったことだとは信じにくい。今の高校生以上の年齢の女性たち、さらには分別のあるはずの地域社会の指導層の大人たちが、こうした要求にたいして当時疑問を持たず、消極的どころか積極的に応じたのはなぜなのか

 この疑問にたいして、沖縄の人びとはつぎのように答えている。「身も心も“お国(天皇)”のために捧げることこそ最高の美徳と徹底して洗脳されていたところで、その天皇の軍隊“皇軍”の将校からの求めだったのだから、女でもお役に立てるのだと思いこそすれ、疑問を感じる余地などはなかったのだ」と。>

 きわめて重大な事実ですが、それが表に出て大きな問題になったことはありません。なぜか。その点についても高嶋氏は言及しています。

<こうした事実は、今も多くの沖縄の人びとのあいだでは語り継がれている。一方、ことがあまりに衝撃的であるうえに、当事者や関係者が今も数多く存命中であることなどが配慮されて、文献などに明記したものはほとんどない。

 しかし、それは何よりも沖縄の人びとが今も怒りと屈辱の思いをもって記憶している事実である。また、この事実を無視したり軽視したりするのは、ことの重大性を否定し、さらには彼女たちの人間としての存在をも否定することに通じる。>

 関連した文献・資料が乏しい中、これを裏付ける証言が今年2月28日付の琉球新報に掲載されました(写真右)。

 当時県立首里高等女学校4年生で、第32軍62師団野戦病院(ナゲーラ壕)に動員された新垣芳子さん(99)が、3人の同級生が壕で将校から性暴力を受けた(と推測される)ことを証言しています(3月1日のブログ参照)。
 
 「沖縄住民による将校用慰安婦」は、いくつもの重大な問題を提起しています。

 第1に、戦争・軍隊と性暴力の密接不可分の関係を改めて示しています。

 第2に、沖縄駐屯の日本軍(皇軍)は住民を守らない、住民を虐殺するだけでなく、住民に対し制度的に性暴力をはたらいていたことを示しています。

 第3に、皇民化教育はたんに天皇崇拝を植え付けただけでなく、性暴力に対する感覚をもマヒさせ人間性を剥奪するものだったことを示しています。

 第4に、戦時下、地域の住民組織が軍と一体となって住民(女性)を性暴力の犠牲にしたことを示しています(岐阜県・旧黒川村の満蒙開拓団もその一例です=2017年8月7日のブログ参照)。

 第5に、女性らが自ら「積極的に」慰安婦要求に応じたと言われていることはどこまで真実なのか、泣く泣く応じざるを得なかった例も少なくなかったのではないか、究明が必要です。

 第6に、この件に当時の沖縄県知事・島田叡は関与していなかったのか、明らかにする必要があります。

 「沖縄住民による日本軍将校用慰安婦」。忌まわしい事実ですが、沖縄戦のみならず天皇制(皇民化教育・皇軍)・近代日本史の重要な断面として徹底的究明されなければなりません。

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「ハンセン病週間」の皇室利用と「虹波」

2025年06月27日 | 天皇制と差別・人権・民主主義
   

 今月22日から28日まで「ハンセン病を正しく知る週間」なのをご存知でしょうか。
「ハンセン病に対する正しい知識の普及に努め、ハンセン病療養所入所者等の福祉の増進を図ることを目的に、6月25日を含めた週の日曜日から土曜日までを「ハンセン病を正しく知る週間」とする」(厚労省HP)

 その6月25日付の京都新聞に、<旧陸軍 人体実験薬剤 虹波投与 戦後静岡でも ハンセン病療養所、全国6カ所目>という見出しの記事が掲載されました。

「戦時中、国立ハンセン病療養所・菊池恵楓園(熊本県合志市)で旧陸軍が「虹波」と名付けた薬剤の投与実験を行い、試験中に9人が死亡するなどした問題で、静岡県御殿場市の国立駿河療養所でも戦後の昭和20年代に、複数の入所者に虹波が投与されていたことが分かった」(25日付京都新聞)

 これで「虹波」の人体実験が行われたことが明らかになったのは、全国13 の国立ハンセン病療養所のうち、菊池恵楓園、駿河療養所を含め、多磨全生園(東京都東村山市)、長島愛生園(岡山県瀬戸内市)、大島青松園(高松市)、星塚敬愛園(鹿児島県鹿屋市)の6カ所となりました。(「虹波」については23年6月24日、24年12月19日のブログ参照)

 他の7療養所では投与されていなかった、いうわけではありません。療養所によって過去のカルテ調査などに取り組む姿勢に違いがあり、現在投与の事実が判明しているのが6カ所だということです。

 ハンセン病患者は国家によって強制的に隔離・収容されたうえ、家族もふくめたいへんな差別を受けてきました。そのうえ、人体実験が強要され死者や後遺症の多くの被害者を出した事実は、病者に対する国家権力の差別・人権蹂躙としてきわめて重大です。

 しかも、この人体実験に貞明皇后(天皇裕仁の母、写真中)が関係していたことは、軍隊と皇室とハンセン病療養所の関係、国家による皇族利用を示す歴史の断面として見過ごすことができません。

 今回明らかになった駿河療養所での「虹波」投与(人体実験)が「戦後」であることは、国家権力によるハンセン患者の強制隔離、人権蹂躙が「戦後」も続いていたことを示すものです。

 ところで、冒頭の「ハンセン病を正しく知る週間」が「6月25日を含めた週」と決められているのはなぜかご存知でしょうか?
 6月25日が貞明皇后の誕生日だったからです。政府は1932年にこの日を「癩予防デー」と決めました。それが「知る週間」の始まりです。

 「貞明皇后は「救らい」の象徴となっていく。…ハンセン病療養所は限りなく「皇恩」がもたらされる場、というイメージが作られ…絶対隔離政策を正当化する思想的支えとなると同時に、病者にも隔離を受容させ、療養所に入ることが国家的使命と意識づける役割を果たした」(吉川由紀・沖縄国際大非常勤講師「皇室とつれづれの碑」、『入門沖縄のハンセン病問題 つくられた壁を越えて』2009年所収)

 名前は変わっても「6月25日」を継承していることは、ハンセン病に対する「皇恩」を印象付ける国家政策は変わっていないということです。全国の国立療養所には貞明皇后の歌碑が建てられ(写真右、23年1月30日のブログ参照)、明仁天皇・美智子皇后(当時)が再三全国の療養所を訪れたのも、国家権力による強制隔離・収容に皇族を利用した延長です。

 ハンセン病患者に対する差別の歴史、新たに判明した「虹波」の人体実験、それと貞明皇后はじめ皇室との関係をいっさい棚上げし、逆に貞明皇后の誕生日を「ハンセン病を正しく知る週間」にする。国家権力による狡猾な歴史の改ざんです。

 全国の療養所における「虹波」人体実験の全容、貞明皇后はじめ皇室・天皇制の政治利用の実態は、徹底的に究明されなければなりません。

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日本の「ジェンダー・ギャップ」の元凶は何か

2025年06月13日 | 天皇制と差別・人権・民主主義
  

 世界経済フォーラムが12日発表した2025年版「男女格差(ジェンダー・ギャップ)報告」によると、日本は148カ国中118位と引き続き最下層に低迷しています。とりわけ政治分野(125位)での男女格差が顕著です。なぜ日本はジェンダー・ギャップの是正・解消が進まないのでしょうか。

 政治分野でとりわけ順位が低いのは、女性国会議員や女性閣僚が少ない(石破内閣は2人)ことなどが理由として挙げられています。それらはこれまでも常に指摘されてきたことですが、それが一向に改善されないどころか逆に後退しているのはなぜでしょうか。

 同報告書で常に上位(今回第2位)のフィンランドのストゥブ大統領が先日来日し、徳仁天皇と会談しました。席上、天皇は大統領にこう尋ねたそうです。

「フィンランドは男女平等の分野で世界をリードされていますけれども、どういう点について工夫をされていますか」(11日付朝日新聞デジタル)

 ブラックユーモアともいえる興味ある発言です。第1に、天皇も「男女平等」に関心がある、「男女平等」が望ましいと思っているらしいこと。第2に、にもかかわらず日本で「男女平等」の足を引っ張っているのが、天皇に最も関係深い皇室典範であることを、天皇は自覚していないと思われることです。

 第1条で「皇位は、皇統に属する男系の男子が、これを継承する」と規定するなど、男尊女卑に貫かれている皇室典範が、「男女平等」に真っ向から反していることは世界周知の事実です。

 国連の女性差別撤廃委員会は昨年10月17日、「男系男子に皇位継承を限る現在の皇室典範」は差別的だと指摘して是正を勧告しました。

 これに対し日本政府は是正を検討するどころか、国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)に拠出している資金の使途から女性差別撤廃委員会を除外することを決め(1月29日)、同委員会に報復したことは記憶に新しいところです。

 国会では、「皇族数確保策」をめぐって、自民党・麻生太郎最高顧問と立憲民主党・野田佳彦代表らが密室会談(5月27日)を行い、いったん「女性皇族が婚姻後も皇族の身分を保持する案」で合意しましたが、官邸官僚の「横やり」で反故になったことが話題になっています(8日付京都新聞=共同)。
 これら天皇主義者は、いかに皇族の確保に頭を悩ませても、「女性天皇」を認めることはありません。なぜなら、皇室典範の第1条こそ天皇制の根幹だからです。

 今回の世界経済フォーラムの報告に、昨年の国連女性差別撤廃委員会の勧告とそれに対する日本政府の報復の経過が反映されているかどうかは分かりません。
 しかし、天皇制が男尊女卑・女性差別によって成立していることは紛れもない事実です。そして、日本はその女性差別の上に立っている天皇を憲法第1条で「日本国の象徴」と規定している国家であることも明白な事実です。その影響は政治のみならず社会の隅々に波及しています。

 時代錯誤で世界の人権常識に反している天皇制を廃止(憲法の天皇制条項を削除)しない限り、日本に真の「男女平等」は訪れません。

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元横綱白鵬の退職と大相撲「国籍主義」・天皇制

2025年06月05日 | 天皇制と差別・人権・民主主義
  

 大相撲の宮城野親方(元横綱白鵬、以下白鵬)が9日付で日本相撲協会を退職し、角界から去ることが2日決まりました。「弟子の不祥事に端を発した部屋の閉鎖」(3日付京都新聞=共同)が原因だと言われていますが、その根底には見過ごすことができない問題があります。

 なぜなら、白鵬と相撲協会には現役当時から確執があり、それは白鵬がモンゴル出身でるあこと、そして相撲協会が「国籍主義」に固執していること、その背景に協会と天皇制との関係があることが考えられるからです。

 白鵬から退職の相談を受けていた友人はこう話しています。

「宮城野親方は…本当は協会に残りたいんだ。協会と退職の協議を始めた後も、『部屋を再興できるのか、できないのか』の確認を求めていた。ずっと、協会の返事を待っていた」(2日付朝日新聞デジタル)

 しかし協会は宮城野部屋の再興について議論さえせず、結論を引き延ばしました。
 退職を慰留していた関係者の一人はこう述べています。

「宮城野親方は最近、『私は(協会から)目を付けられている。ハラハラしながら過ごすのは、もう耐えられない』と言うようになっていた」(同)

 白鵬は2019年9月、日本に「帰化」しました。故郷モンゴルに深い愛情を抱いていた白鵬がなぜ「帰化」したのか。相撲協会が外国籍の親方を認めていないからです(19年5月20日のブログ参照)。

 相撲協会の「国籍主義」はそれだけではありません。白鵬の退職に関連して、協会の外部委員会副座長も務めた中島隆信・慶応大教授はこう指摘しています。

「これまで協会理事には日本出身者しかなったことがないが、私は海外出身者がなっても問題はないと思う。大事なのは国籍ではなく、その人の能力が組織にどう貢献するかを考えていくことだ」(2日付朝日新聞デジタル)

 現役時代、白鵬が千秋楽に「万歳三唱」や「三本締め」を行ったことに対し、協会は「大相撲の伝統に反する」として警告処分にしました。「大相撲の伝統」とは何か。

 相撲協会は公式サイトで、その「使命」をこう規定しています。「太古より五穀豊穣を祈り執り行われた神事(祭事)を起源とし、我が国固有の国技である相撲道の伝統と秩序を維持し継承発展させる」

 協会が白鵬を警告処分にした理由の「大相撲の伝統」とは、この「神事を起源とする伝統と秩序」にほかなりません。その「伝統」は、「穢れ」の思想から女性を土俵に上げない女性蔑視・差別としても引き継がれています。

 その大相撲の「伝統」は「昭和」に入り、相撲好きの天皇裕仁によって天皇制と深く結びつくことになりました。たとえば、優勝力士に与えられる「賜杯」は、裕仁が協会に与えた「下賜金」によってつくられたのが起源です。また土俵の屋根は、天照大神を祀る伊勢神宮を真似た神明造になっています。

 白鵬と協会の確執は、こうした「伝統・しきたり」に白鵬が適合していない(従順に従っていない)と協会が判断したからです。

 そのため、白鵬が引退して年寄を襲名する際には、「大相撲の伝統文化や相撲道の精神、協会の規則、ルールやマナー、相撲界の習わし、しきたりを守り、そこから逸脱した言動を行いません」とする「誓約書」(21年9月30日)を書かされました。前代未聞のことです(21年11月18日のブログ参照)。

 不祥事続きの大相撲を支えてきたのは外国人力士、とりわけ白鵬を中心とするモンゴル勢であることは周知の事実です。にもかかわらず、相撲協会は「国籍主義」に固執し、神事(神道)の「伝統・しきたり」に従わないといって処分する。
 それは「外国人労働者」を人手不足の穴埋めに使い、無権利状態で切り捨てる入管・差別政策にも通底する、今日における植民地主義の表れと言えるのではないでしょうか。

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大阪万博これも問題・女性差別、象徴する天皇制

2025年03月19日 | 天皇制と差別・人権・民主主義
  

万博 男女平等に疑問符>―こんな見出しの記事が18日付沖縄タイムスに載りました(共同配信=写真左、以下抜粋)。

<大阪・関西万博が達成に向けて取り組む、国連の「持続可能な開発目標(SDGs)」の一つに「ジェンダー平等」がある。女性参画を重視する出展や参加国がある一方、万博協会事務局の上層部や局長は男性で占められ「平等」からはかけ離れた実態が浮かび上がる

 事務局は、石毛博行事務総長と副事務総長6人、局長12人すべてが男性だ。十倉雅和協会会長(経団連会長)と副会長14人のうち女性は2人のみで男性が圧倒的多数。ある協会職員は「アンバランスさは明らかだが、組織内で問題として響いていない」と嘆く。

 参加国からも厳しい声が上がる。英政府代表のキャロリン・デービッドソン氏(記事中の写真)は「万博協会の男女比は日本社会を反映している」と言い切る。

 追手門学院大の三成美保教授(ジェンダー平等)は「国際社会の中では異様な、日本の意思決定における女性比率の低さが国家的イベントでも典型的に現れている」と指摘。>

 「国家的イベント」で日本の「異様な」ジェンダーギャップ=女性差別の実態が露呈したものとして直ちに想起されるのは、東京五輪組織会長だった森喜朗元首相の「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる」発言(2021年2月3日)です。

 森氏はこれで会長辞任に追い込まれましたが、万博協会、さらに開催を強行した政府・自民党、日本維新にはそれを教訓にしようとする意思はまったくないようです。

 万博協会の役員構成=意思決定におけるジェンダーギャップとともに、万博で日本の女性差別を象徴的に示すことになるのが天皇・皇族です。

 万博の名誉総裁は皇嗣の秋篠宮です。開会式(4月12日)には徳仁天皇が雅子皇后を、秋篠宮が紀子氏をそれぞれ従えて出席し、天皇が開会宣言します。「国家的イベント」である万博は、五輪とともに、天皇制を国際的にアピールする場なのです。

 その天皇制に対しては、国連の女性差別撤廃委員会が昨年10月17日、「男系男子に皇位継承を限る現在の皇室典範」は差別的だと指摘したばかり(24年10月21のブログ参照)。
 それに対し、日本政府は同委員会への拠出金を止めるという報復に出て、内外の批判を浴びました(1月31日のブログ参照)。

 天皇制の核心である皇室典範が示す通り、天皇制は日本のジェンダーギャップ=女性差別の元凶であり、文字通り「象徴」です。
 「日本は天皇を中心とする神の国」と言ってはばからない森元首相の女性差別も、万博協会の異常なジェンダーギャップも、その根源は天皇制です。

 万博は「国際社会の中では異様な」ジェンダーギャップ=女性差別とその元凶を世界にさらす「国家的イベント」にほかなりません。

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選択的夫婦別姓反対派を操る日本会議の本命は天皇制固守

2025年02月08日 | 天皇制と差別・人権・民主主義
 

 自民党が選択的夫婦別姓導入を潰す動きを本格的に始めました。
 安倍晋三元首相が会長だった自民党の議員連盟「創生日本」が5日、約40人で会合を開きました。

「会合では、高市早苗前経済安全保障相らの私案5案が提示された。…いずれも選択的夫婦別姓の導入ではなく通称使用を拡大する点で共通していたという」(5日付朝日新聞デジタル)

 自民党の「選択的夫婦別姓反対」を裏で操っているのは超右翼団体・日本会議(田久保忠衛会長)です。
 5日の「創生日本」の会合に出席した高市氏や加藤勝信財務相、萩生田光一氏、小林鷹之氏らはいずれも日本会議国会議員懇談会の中心メンバーです。

 今年になってからも日本会議は、「1月下旬に森山氏(自民幹事長)と面会した「日本会議地方議員連盟」の幹部は、「通称使用で事足りるはずだ」と迫った」(6日付朝日新聞デジタル)と圧力をかけています。

 日本会議は、「日本会議が目指すもの」の第1に「 美しい伝統の国柄を明日の日本へ」を掲げ、冒頭「皇室を敬愛する国民の心は、千古の昔から変わることはありません」とうたう正真正銘の天皇主義集団です(写真は日本会議のHP)。

 その日本会議が改憲とともに長年活動の中心にしてきたのが「(選択的)夫婦別姓阻止」です。その目的はズバリ、「男系男子」(皇室典範)による天皇制の維持です。
 事務総長の椛島有三氏がその意図を明確に語っています。

<天皇・皇室は「万世一系」「男系」でなければならない。この事は、高天原の天照大御神様をはじめとする神々様が…歴代天皇、日本国家に命じられたことでありまして…日本は夫婦別姓法案によって「別姓」国家になっても良いと認めることは、必ずや「男系」も「女系」も対等の価値であるということに繋がってくると私は思っております。>

<「男系」も「女系」も同じ価値になった瞬間に、天皇・皇室の「万世一系」の皇統が崩壊の危機に直面することを意味しています。…夫婦の「同姓」と「別姓」が対等・同等の価値であることを認めることは必ず、「男系」「女系」も対等同等の価値であることを認めざるを得なくなってしまうのです。この時、日本はもはや日本国家でなくなってしまうのであります。>(「祖国と青年」2010年3月号、山崎雅弘著『日本会議 戦前回帰への情念』集英社新書2016年より)

 日本政府・自民党が国際的常識に反して「夫婦同姓」の維持にこだわっているのは、「男系男子」による皇統というこれまた国際的常識に反する女性差別を本質とする天皇制を固守するためなのです。

 国連の女性差別撤廃委員会が選択的夫婦別姓の導入と皇室典範改正を合わせて勧告しましたが、それはただ女性差別撤廃の共通課題であるにとどまらない関係性があります。

 選択的夫婦別姓を実現するためには、日本会議とそれに操られている議員(自民党だけではありません)らの天皇制賛美・固守に対する批判が不可欠です。       

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貞明皇后がハンセン病患者の人体実験にお墨付き

2024年12月19日 | 天皇制と差別・人権・民主主義
   

 18日付の京都新聞に極めて注目される記事(熊本日日新聞提供)が掲載されました。
ハンセン病患者 戦中の人体実験 「虹波」治験成績 皇室に報告

 「虹波(こうは)」(写真中)とは、1942年12月から国立ハンセン病療養所・菊池恵楓園(熊本県合志市)で帝国陸軍によって秘密裏に行われた人体実験で投与された薬剤。被験者は472人(可能性も含めると842人)に上り、発熱やおう吐などの副作用があり、実験中に少なくとも9人が死亡したと報告されています(6月27日のブログ参照)。

 その人体実験についての新事実です。記事を抜粋します。

<「虹波」について、陸軍側が1943年に皇室へ出向いて治験成績を報告していたことがこのほど、恵楓園入所者自治会への取材で分かった。識者は「皇室のお墨付きを得ることで、開発の権威を高める狙いがあったとみられる」としている。

 宮内庁書陵部が59年にまとめた「貞明皇后実録」で、報告を裏付ける記述が見つかった。貞明皇后は昭和天皇の母で、当時は皇太后だった。

 実録には、貞明皇后は43年11月20日午後2時に謁見所で「陸軍技術研究所長の長沢重五、陸軍軍医大佐の松崎陽、陸軍嘱託の村田正太、陸軍嘱託国立癩療養所菊池恵楓園所長の宮崎松記」と面会し、虹波に関する説明を受けたとの記録が残っている。

 戦後に旧陸軍の研究者らが設立した「感光色素研究会」の機関紙「感光色素」(67年)でも、「43年11月、虹波の癩治療に関する好成績は第七陸軍技術研究所長より、畏くも皇太后陛下に言上せられる光栄に辱くした」と記している。

 明治大平和教育登戸研究所資料館の山田朗館長は、貞明皇后が当時、陸海軍の統帥権を持っていた昭和天皇と3カ月に1回程度面会していたと指摘。「皇太后から昭和天皇に虹波の有効性を伝えてもらうことで、予算を獲得し、陸軍内で開発推進に向けて基盤を固める狙いがあったのだろう」と推測している。>(18日付京都新聞=熊本日日新聞提供)

 きわめて重大な事実です。
 貞明皇后(写真右)は「救らいの象徴」とされ、全国のハンセン病療養所にはその歌碑が建てられ、その誕生日(6月25日)は「救らいの日」とされ、今でも「ハンセン病を理解する週間」として引き継がれています。

 「貞明皇后は「救らい」の象徴となっていく。…ハンセン病療養所は限りなく「皇恩」がもたらされる場、というイメージが作られ…絶対隔離政策を正当化する思想的支えとなると同時に、病者にも隔離を受容させ、療養所に入ることが国家的使命と意識づける役割を果たした」(吉川由紀・沖縄国際大非常勤講師「皇室とつれづれの碑」、『入門沖縄のハンセン病問題 つくられた壁を越えて』2009年所収)

 その貞明皇后が患者への人体実験にお墨付きを与えていたのです。

 さらに見過ごせないのは天皇裕仁との関係です。
 裕仁が貞明皇后(実母)に頻繁に会っていたことを山田朗教授が指摘していますが、田島道治の「拝謁記」では、裕仁が貞明皇后を畏怖していたことが記されています。原武史・明治学院大名誉教授はこう書いています。

「皇太后(貞明皇后)を恐れていた天皇は、その意向に逆らうことができませんでした。…「拝謁記」では、皇太后が亡くなる五一年五月までの天皇の皇太后に対する言及の回数が非常に多くなっています」(原武史氏『象徴天皇の実像 「昭和天皇拝謁記」を読む』岩波新書)

 人体実験に対する貞明皇后のお墨付きとは天皇裕仁のお墨付きにほかなりません。山田教授の推測は的を射ているといえます。

 こうした事実は、「救らいの象徴」とされた貞明皇后の実像を示すだけでなく、戦中戦後のハンセン病患者に対する差別・人権侵害、ハンセン病政策と皇室の関係、さらには戦時中の陸軍と天皇・皇室との関係を示す新たな事実として絶対に見過ごすことはできません。

 本来、国会でも追及すべき重要問題ですが、大政翼賛化している政党・国会には望めません。学者・研究者、ジャーナリストらによる徹底追及が期待されます。


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天皇裕仁「拝謁記」に表れた皇室の女性差別

2024年12月18日 | 天皇制と差別・人権・民主主義
  

 初代宮内庁長官・田島道治が天皇裕仁と交わした会話を記述した「昭和天皇拝謁記」から、裕仁が憲法9条「改正」・再軍備を再三要求したもようを見ましたが(昨日のブログ)、「拝謁記」にはまだ見過ごせない重大な実態が記されています。

 それは、今も続いている皇室の露骨な女性差別です。

 以下、原武史氏(明治学院大名誉教授)の近著『象徴天皇の実像 「昭和天皇拝謁記」を読む』(岩波新書2024年10月)を手掛かりにします。

 1954年4月、天皇裕仁と皇后良子(ながこ)は伊勢神宮に参拝する予定でした。それに関連して裕仁がこう述べたと「拝謁記」にあります。

四月六、七日からの事で参拝となると良宮の方が都合がいゝかどうか、近頃は殆どないからいゝと思ふが其点日取を…まアいゝだらう。」(1953年12月15日)

「「近頃は殆どない」というのは、生理がほとんどないという意味です。皇后はこの年に五〇歳になりましたので、年齢的にもだいじょうぶだろうと天皇は言いたかったのでしょう。天皇と皇后は伊勢神宮の外宮と内宮の正殿まで進んで参拝したので、皇后が生理に当たるかどうかを天皇は気にしていたのです。「血のケガレ」を避けるしきたりが、宮中三殿だけでなく伊勢神宮にもあったことが伝わってきます。
こうしたやりとりを見ていると、皇后は一人の人間というよりは、むしろ単なる「生物」のように思えてきます。…人間としての感情をすべてそぎ落したような発言には、ただ驚くほかありません」(原氏、前掲書)(写真左は1947年の国民体育大会開会式に出席した裕仁と良子)

 岩波発行『拝謁記』第7巻「関連資料」には、精神科医・神谷美恵子氏の田島宛て書簡が収められています。現上皇后・美智子が皇太子明仁(現上皇)と結婚したのが1959年4月。60年2月に浩宮徳仁(現天皇)産み、63年に第2子を流産したのを機に精神を病みます。その治療にあたったのが神谷氏です。

 1966年8月16日、神谷氏が田島に宛てた書簡にこう書かれています。

この前妃殿下から三時間近くにわたつてうかゞいましたお悩み―それは神経症の名のつくほどのものでございますが―は皇室制度というものについてのご不安感が大きな原因になつて居りますことがわかり(後略)」

「神谷の言う「皇室制度というものについてのご不安感」とは何でしょうか。…宮中には女性だけに当てはまる「血のケガレ」があり…もちろんこのケガレは、皇后だけでなく、皇太子妃についても当てはまります。
 皇太子妃が皇太子とともに宮中祭祀に出席し、宮中三殿に上がって拝礼するのが恒例化することで、逆に出ないと生理日であることがわかってしまう。生理の周期に関する個人情報が宮中で知れ渡ってしまうわけです」(原氏、前掲書)

 市井では到底許されないこうした女性差別・人権侵害が残っている皇室制度。それが民間出身の美智子氏の精神を侵した、という原氏の指摘です。

 同じく民間から、しかも外務省のキャリアウーマンから宮中に入った小和田雅子氏が、結婚直後から今も精神の不調に苦しんでいることと、こうした女性差別・人権侵害とはけっして無関係ではないでしょう。

 「血のケガレ」などという女性差別と一体不可分の皇室神道を国家の制度として取り込んでいる天皇制がいかに不当・理不尽であるかは、この一事をもってしても明らかです。


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国連委の皇室典範勧告・問うべきは天皇制そのもの

2024年11月01日 | 天皇制と差別・人権・民主主義
  

 国連の女性差別撤廃委員会が10月29日、日本の女性政策に対する最終見解を公表し、選択的夫婦別姓の導入などとともに、皇室典範の改正を勧告しました。皇位継承を「男系男子」に限定していることについて、女性差別撤廃条約の理念と相いれないと指摘しています。

 これに対し、林芳正官房長官は30日の記者会見で、「皇位継承の在り方は国家の基本に関わる事項であり、取り上げるのは適当でない」とし、国連の委員会が皇室典範の問題性を指摘すること自体に反発しました。2016年と同じです。

 皇室典範が女性差別法規であることは明白で、同委員会の勧告はきわめて妥当です。しかし、この問題を「皇室典範の改正」で留めることは天皇制を固定化させる危険があります。

 皇室典範の見直しが必要だとする意見は天皇制を擁護する学者らからも出ています。たとえば今回の勧告に対する日本政府の姿勢についても、君塚直隆・関東学院大教授は、「明治に作られた伝統にこだわり続けると、皇族がいなくなってしまう事態にもなりかねない」(10月30日付朝日新聞デジタル)と危惧しています。

 ジェンダー平等の立場から、皇室典範を改正して「女性天皇」を認めるべきだという意見と、それは天皇制の存続・強化につながるとする意見の“対立”は古くて新しい問題です。

 かつて女性史家の加納実紀代(1940~2019)は、天皇制とジェンダー差別の関係についてこう指摘しました。

「天皇制とは血統に権威の根拠をおくシステムである。そうである限り女性天皇が認められても、皇室に入った女性には子産みが強制される。(中略)

 産む・産まないは女性自身が決めるという「リプロダクティブ・ライツ」を軸に女性の人権、とりわけ自己決定権がクローズアップされている現在、血統に価値をおき、子産みが不可欠とされる皇室が時代の流れにそぐわないのはいうまでもない。

 夫婦別姓容認派や離婚件数の増加にみられるように、夫婦や家族を単位とした制度から、「個」を単位とした制度へと、世論は明らかに動いている。世襲家族を基盤とする天皇制は「個人の尊重」に反し、「人間平等」に矛盾する。そうした存在を国の「象徴」として仰ぎ続けることと時代との齟齬は、ますます大きくなっているように思える。

 日本の将来を開くためには、天皇制存続のための女性天皇容認をいうより、天皇制を存続させるべきかどうかについて議論すべきだろう」(2001年12月28日付朝日新聞、『天皇制とジェンダー』インパクト出版会2002年所収)

 加納がこう強調して23年。選択的夫婦別姓はじめ女性の自己決定権を擁護しジェンダー差別を許さない世論は当時よりもさらに広がっているでしょう。
 一方、「女性天皇容認」すなわち皇室典範改正をいうよりも、と加納が強調した「天皇制を存続させるべきかどうかについての議論」はどうでしょうか。広がるどころか逆にますます影が薄くなっているのではないでしょうか。

 女性差別撤廃の視点から皇室典範の差別性を問題にするのは正当で必要なことです。重要なのは、それを「個人の尊重」「人間平等」に反する天皇制廃止へ向けた議論に繋げることです。

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「園遊会の名札問題」をどう考えるか

2024年05月28日 | 天皇制と差別・人権・民主主義
   

 天皇・皇后が開催した「春の園遊会」(4月23日)に出席した岸田文雄首相の妻・裕子氏の名札が「岸田文雄夫人」とあるだけで名前が記されていなかったことがわかり、SNS上で批判が巻き起こった、と朝日新聞デジタル(22日付)が報じました(写真左・中は「岸田文雄夫人」とだけ書かれた名札=同朝日新聞デジタルより)。以下、記事の抜粋です。

<朝日新聞が撮影した今春の園遊会の写真を全て確かめると、招待客の妻だけでなく、夫の名札も本人の名前が書かれておらず、「〇〇夫君」とあった。

 なぜ配偶者の名札にフルネームを書かないのか、宮内庁に問い合わせた。宮内庁総務課報道室は、次のように回答した。「(皇室の祭典・儀式などを担当する)式部職が前例を参考に作っている。古い資料が残っていないため開始時期は不明だ。現段階においてはルールを変更する予定はない」

 2009~12年に衆院議員をつとめた井戸まさえさんは在職中に一度、園遊会に参加した。配偶者の出欠について聞かれ、夫とともに出向いた。「配偶者として参加した夫はフルネームの名札をつけた。一方、(別の招待者の)女性配偶者の名札は『〇〇夫人』だった。非対称であり、いびつさを感じた」と話す。

 背景に何があるのか。識者は、個人を否定する戦前の「家制度」の影響があるとした上で、自らの名前で呼ばれる権利「氏名権」への認識不足も大きいと指摘する。専修大学の矢澤昇治名誉教授は「日本では、氏名権の侵害が人格権の侵害につながるという考えがまだ浸透していない」と指摘する。>

 宮内庁は27日の記者会見で、「さまざまな観点から対応を検討してまいりたい」(27日付朝日新聞デジタル)と軌道修正しました。

 この問題(記事)は何を示しているでしょうか。

 第1に、宮内庁は「配偶者枠は男女ともに名前を書いていない」と回答していますが、井戸まさえ氏の体験は、それがウソで、過去に男女で差別していたことがあったことを示しています。

 第2に、「夫」=主、「妻」=従というジェンダー差別は、日本社会にまん延しています。首相の外遊に妻が「○○夫人」として同伴するのは政治がジェンダー差別を煽っている典型です。さらにその最大の「象徴」的姿は、天皇に付随する皇后の姿です(写真右)。メディアの報道がそれに加担し助長しています。

 第3に、仮に「男女とも名前を書いていない」としても、それは「氏名権」についての認識不足であり、「氏名権の侵害が人格権の侵害につながる」という矢澤氏の指摘は重要です。

 第4に、「氏名権」については、在日朝鮮人が本名(民族名)を隠して通名(日本名)で生活しなければならないなど、民族差別と不可分の関係にあると捉える必要があります。

 第5に、園遊会はそもそも、天皇を元首化しその権威を誇示するために始められた歴史を持ち今日に至っています(2018年11月10日のブログ参照https://blog.goo.ne.jp/satoru-kihara/d/20181110)。「名札問題」も軽視できませんが、園遊会で問題にすべきはその本質の認識と廃止の必要性です。

 付言すれば、『日本の無戸籍者』(岩波新書2017年)などで戸籍と天皇制の問題点を指摘している井戸まさえ氏が、夫とともに園遊会の招待に応じたことは、いわゆる「リベラル識者」の天皇(制)拝跪の悪しき一例と言えます。


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