アリの一言 

天皇制、朝鮮半島、沖縄の現実と歴史などから、
  人権・平和・民主主義・生き方を考える。
   

沖縄県知事選から1カ月を検証―辺野古と自衛隊・米軍

2018年10月30日 | 日米安保・沖縄

     

 沖縄県知事選で「オール沖縄」の玉城デニー氏が当選して1カ月が経過しました。この間の玉城知事、日米安保・軍事面での主な動きを追ってみましょう。

 9月30日 県知事選で玉城デニー氏が佐喜真淳氏を8万票の大差で破って当選。

 10月1日 玉城氏が報道各社のインタビューで、辺野古新基地問題は「対話で解決策を求める」と改めて強調。

 4日 玉城氏が知事に就任(玉城県政発足)。

 12 玉城氏と安倍首相の初会談(写真左)。玉城氏は「辺野古新基地反対」とともに、「政府、米軍、沖縄県も三者による協議会」「沖縄振興予算の増額」を要求。

 16 玉城氏が県議会で初の所信表明(写真中)。「150行のうち、辺野古問題に触れたのは2行」(17日付沖縄タイムス)、「『新時代』描くも基地後退」(17日付琉球新報)。先島諸島への自衛隊配備強化については触れず。

 17 「承認撤回」に対し沖縄防衛局が国交相に不服審査請求・執行停止申立。玉城知事は「違法で、法治国家にあるまじき行為」と批判。

 19 玉城氏が就任後初の県議会代表質問で、那覇軍港の浦添移設を容認する考えを初めて表明。先島諸島への自衛隊配備については、「強行配備は認められず、地元の理解と協力が得られるよう政府においても丁寧に説明を行うとともに、住民生活の安全安心に十分配慮すべきだ」(20日付琉球新報)と答弁。

 26 県議会で辺野古埋立の是非を問う県民投票条例案が賛成多数で可決。

 一方、こうした動向とは別に、メディアがあまり大きく扱わない重要な動きがありました。

 10月3 アーミテージ元米国務副長官らのシンクタンク(戦略国際問題研究所=CSIS)が「今まで以上に重要―21世紀に向けて米日同盟を刷新する」と題する報告書を発表。
「同盟強化策として、日米による①基地の共同運用拡大②共同統合任務部隊創設③自衛隊に統合司令部創設④共同作戦計画の策定―などを提案した」(4日付共同配信)

  同研究所は「寄付者として日米政府や軍需産業が名を連ねる」(乗松聡子氏、21日付琉球新報)もの。過去3回報告書を発表していますが、1回目(2000年)で日本に「集団的自衛権の行使容認」を求め、安倍政権はそれを忠実に実行しました。

 14 「日本版海兵隊」=「水陸機動団」(佐世保)が種子島で、米海兵隊第3海兵師団(沖縄)と「島しょ奪還に向けた共同訓練」を実施(写真右)。「同団と海兵隊との水陸両用作戦の共同訓練は米ハワイで今夏に実施して以来で、国内では初めて」(15日付毎日新聞)

 15日 陸上自衛隊広報室が、22日から沖縄県(国頭村・本部町・うるま市など)内外で「2018年度方面隊実動演習」を実施すると発表。「演習は11月24日までで、自衛隊施設だけでなく一部米軍施設も使用する」(16日付琉球新報)

  安倍政権と米軍は、辺野古新基地建設強行の陰で、自衛隊配備強化、自衛隊と米軍の基地共同使用・一体化を着々と、しかも急速にすすめています。

 玉城氏は新聞のインタビューで、「将来、自衛隊と米軍が基地を共同使用するときには、基地の使用協定を作りましょうという話が出てくるかもしれません」(2日付産経新聞)と、自衛隊と米軍の基地共同使用を容認する姿勢を示しています。

 「辺野古新基地阻止」とともに、先島諸島・沖縄本島への自衛隊配備強化阻止、自衛隊と米軍の基地共同使用・一体化反対の世論・運動を日本全国で広げていくことが急務です。


翁長前知事「音声データ」実在するなら公開を

2018年10月29日 | 沖縄・翁長知事

     

 歴史的出来事は、その評価とは別に、事実が客観的により正確に記録される必要があります。後世の教訓とするためにも。

 沖縄県知事選(9月30日投開票)で玉城デニー氏が当選し新知事に就任したことは、重要な歴史的出来事です。玉城氏の知事選出馬(写真左)、そして当選に決定的役割を果たしたのが、翁長雄志前知事が玉城氏を「後継指名」したとされる「音声データ」です。これ自体が重要な歴史的遺物です。

 ところが、この翁長氏の「音声データ」の内容はいまだに明らかにされていません。それどころか、実在することも確認されていません。

 先の「新聞週間」にあたって沖縄タイムスは10月15日付で特集を組み、知事選をめぐる「本紙記者取材ドキュメント」を掲載しました。その中で、「翁長音声データ」について次のような記述がありました。

 「突然、翁長氏の生前の音声データが発見された。音声は17日(8月―引用者)に翁長氏の遺族関係者から新里米吉県議会議長に渡されていた。(中略)突然のニュースに…政経部長で当日デスクの宮城栄作は取材班に『いつ録音されたものか、音声の中身を取材するように』とメールを送った。内容の骨子の掲載も目指すよう伝えた」

 デスクとしては当然の指示です。ところが、「ドキュメント」にはこの宮城部長の指示がどう実行されたのかについては一言も触れられていません。それどころか、「音声データ」自体についての言及がそれ以降全くありません。そして、翁長氏が指名したとされる玉城氏の出馬をめぐる動きに流れ込んでいきました。

 つまり、「翁長音声データ」は「いつ録音されたものか」も「音声の中身」も確認されないまま、まして「内容の骨子」は掲載されることなく、存在を当然の前提として選挙報道へ突き進んだのです。

 以後、今日に至るも、沖縄タイムスには宮城部長が指示した内容についての後追い報道はありません。琉球新報も同じです。

 「翁長音声データ」の経緯を振り返ってみましょう。

 それは、8月19日付の沖縄タイムス、琉球新報が、ともに1面トップで、「知事選 呉屋・玉城氏を後継指名 翁長知事が生前録音」(タイムス)、「知事選 翁長知事、後継2氏指名 音声で呉屋、玉城氏」(新報)と報じた時から始まりました。「ドキュメント」が言う通り、まさに「突然」でした。

 しかしそのニュース源は、「複数の関係者が明らかにした」(タイムス)、「関係者によると」(新報)と、いずれももっとも不明確な「関係者」なるものでしかありませんでした。

 「音声データ」をめぐって固有名詞が明らかにされたのは、「音声は17日に新里米吉県議会議長が遺族から受け取った」(タイムス)という新里氏(写真中)だけです。

 一方、「県議会与党会派おきなわは20日…音声データに疑義があるとして、音声が開示されるまでは、知事選の人選を進めている調整会議に出席しないことを同会議の照屋大河議長に伝えた。音声を聞いたという新里米吉県議会議長に対し音声の開示を求めたが、新里氏は開示を拒否した。…(会派おきなわは)開示しなければ、与党が擁立する方針の玉城デニー衆院議員を支援しないことを示唆した」(8月21日付琉球新報)

 会派おきなわが「開示」を求めたのには理由があります。「調整会議が17日に開いた選考委員会では、呉屋氏のほか謝花喜一郎副知事、赤嶺昇県議会副議長が推薦された」(8月19日付タイムス)からです。赤嶺氏は会派おきなわの県議です。赤嶺氏が知事選の有力候補だったにもかかわらず、「音声の存在で局面が急転し」(同21日付琉球新報)、玉城氏が有力候補となったからです。

 会派おきなわの再三の開示要求にもかかわらず、新里氏はこれを拒否し続けました。

  「県議会与党の会派おきなわが…音声の公開を求めている件で、音声を聞いたという新里米吉県議会議長は21日、公開を改めて否定した」(同22日付琉球新報)
 「新里氏は出張先の東京で記者団に、音声の提供者が望んでいないとし、『要望があるからといって公開できる話ではない』と重ねて否定した」(同22日付沖縄タイムス)

 「音声の提供者」とはだれなのか?選挙中の翁長氏の「遺志」を代弁した妻の樹子さんが「音声データ」の公開を拒否するとは考えられません(写真右は玉城陣営の集会の壇上に置かれた翁長氏の帽子)。ではいったいだれが?

 「音声データ」はその内容はおろか、存在の確認もされないまま、玉城氏が出馬を受諾したことによって、「音声騒動にケリ」(同24日付琉球新報)と報じられました。以後、「翁長音声データ」問題は沖縄タイムス、琉球新報の両紙の紙面から消えました。

 繰り返しますが、翁長氏が「後継指名」したとされる「音声データ」は歴史的意味のあるものです。プライベートな部分は別にして、その内容、特に「後継指名」に関する部分の内容は明らかにされる必要があります。新里氏をはじめ「オール沖縄」陣営には今からでも「音声データ」を公開する責任があるのではないでしょうか。


日曜日記26・「日中新時代」と自衛隊・河瀨直美監督・介護術

2018年10月28日 | 日記・エッセイ・コラム

☆「日中新時代」と自衛隊増強

  26日の日中首脳会談で安倍首相は「競争から協調」だとして「日中新時代への三原則」なるものを提唱した。習近平主席も同意した。

 言うまでもなく安倍の歴史修正主義は何も変わってはいない。改憲の野望は強まるばかりだ。にもかかわらず政治的経済的打算で臆面もなく中国へすり寄り、中国側も同様の思惑でこれに同調する。国家権力のご都合主義をあらためて見せつけられる思いだ。

 それはそれとして、中国との「協調」を掲げるなら、安倍は「中国脅威論」を即刻取り下げるべきだ。そうでないと辻つまが合わない。そして「中国脅威論」を口実にした「島嶼防衛」、沖縄・南西諸島への自衛隊配備強化を直ちに取りやめることだ。「協調しよう」と言いながら武器を強化して銃口を向けるのはどう考えても矛盾している。

 中国との経済利益の追求は財界・大企業の要望だ。それに従えば、日米安保体制・軍事同盟に抵触する。財界とアメリカは自民党政権の二大スポンサー。その両方に従おうとすれば矛盾に陥る。それが今の安倍政権の姿だ。

 ☆河瀨直美監督が悲しい

  東京オリ・パラ組織委員会は23日、「大会公式映画」を河瀨直美監督で作成すると発表した。河瀬監督は「日本の素晴らしさを世界にアピールできるきっかけになるのでは」と語ったと報じられている。

  驚いた。そして悲しい。河瀬さんは素晴らしい監督だ。インタビューしたのはもう10年も前だが、その人柄に魅かれ、親近感を持ち続けてきた。インタビューのきっかけになった「火垂」はじめ、樹木希林さん主演の「あん」など、その作品の底流には、社会の底辺で苦しみながら、しかし強く生きている市井の人々の生命力がある。

  それなのになぜ「東京オリ・パラ」なのか。東電福島原発事故「アンダー・コントロール」の大ウソから始まり、天井知らずの大会経費、ブラック・ボランティアなどなど、問題山積の「東京オリ・パラ」。
 そもそもそれは安倍の「国威発揚」と自らのレガシーづくりという不純な動機から始まったものだ。「新天皇」の国際的お披露目の舞台にもなる。
  その「公式映画」を河瀨さんが作るとは。「オリ・パラ」開催で示す「日本の素晴らしさ」とは何なんだ。

 大切な「友人」を失ったような思いだ。起死回生があるとするなら、安倍や森喜朗を激怒させるような本当の「記録映画」を作ることだが、無理だろうな。

 ☆「安心」の介護術

  24日の「ためしてガッテン」で認知症の介護術「ユマニチュード」(フランス語で「人間らしさを取り戻す」)を紹介した。以前から知ってはいたが、あらためて教えられることが少なくなかった。

  最も重要なのは、目を見て話すこと。アイコンタクトだ。そして認知症者の視野は狭くなっているから、急に視界に入って驚かせないこと。遠くから目を見て近づくこと。
 この点を反省させられた。姿勢を低くして目の位置を相手と同じかそれ以下にすることは実行してきたが、後ろから声をかけて顔を合わせることが多かった。少し遠回りになるが、テーブルの向こうから近づくように修正している。

  肝心なのは「安心を与えること」「カギは『安心』にあり」と強調されていた。その通りだと思う。理由は分からないが不安そうな表情を浮かべることが多い母に、「大丈夫。これでええよ」と言うと、「ほうね」といってほほ笑む。毎日のことだ。

 カギは「安心」を与えること。それは認知症の介護術に限らず、対人関係、対国家関係、すべての関係における真理だろう。


自衛隊と「旭日旗」<下>「天皇の臣下」としての”誇り“

2018年10月27日 | 自衛隊・軍隊

     

 岩屋毅防衛相は20日の韓国・鄭景斗国防相との会談で、韓国で行われた国際観艦式(済州島、10日~14日)で「旭日旗」の掲揚自粛を要求されたことについて、「きわめて残念だ」とあらためて抗議しました。「旭日旗」に対する執着心は相当なものです。

 防衛省・自衛隊が「旭日旗」(「日の丸」)に固執するのは、侵略戦争・植民地支配への無反省・開き直りですが(9日のブログ=<上>参照)、それだけではありません。

  韓国の「旭日旗」自粛要求に対し、自衛隊の河野克俊統合幕僚長は会見でこう断言しました。「海上自衛官にとって自衛艦旗(「旭日旗」)は誇りだ。降ろしていくことは絶対にない」(6日付朝日新聞)。

  河野氏が言う「自衛官の誇り」には特別の意味が込められていると思われます。それは「旭日旗」(「日の丸」)と天皇(制)の関係です。

  「明治維新」を決定づけた戊辰戦争(1868年)。敗れた幕府軍の旗が「日の丸」だったのに対し、勝った薩長連合軍が掲げたのは「錦の御旗」で、そこに描かれていたのは「菊花紋」でした。「天皇の旗印」は「日の丸」ではなく「菊花紋」だったのです。それは現在も変わっていません。皇室の紋章は「日の丸」ではなく「菊花紋」です。

 では天皇(制)と「日の丸」の関係は何でしょうか。

  「『日の丸』は天皇の旗ではなく、天皇の臣下の旗として使われてきました。臣下が天皇に対して打ち振ることはあっても、天皇がこれを振ったためしはありません。(中略)
 (日清戦争以来―引用者)出征は『日の丸』で送られ…占領地には『日の丸』を掲げ、凱旋パレードでも『日の丸』が振られました。…台湾・朝鮮では、日本への『統合』(皇民化)を進めるため、『日の丸』は内地にも増して利用されました」(佐藤文明氏『「日の丸」「君が代」「元号」考』緑風出版)

 「日の丸」は「天皇の臣下の旗」なのです。「臣下」が天皇を称え、天皇に従うことを誓う「旗」です。その「日の丸」を「国旗」と称しているのは、日本は「天皇の国」であり、「日本国民」は「天皇の臣下」だといっているに等しいのです。

 河野統幕議長が言う「自衛官の誇り」とは、この「天皇の臣下」としての「誇り」ではないでしょうか。

 自衛隊(幹部)の天皇に対する思慕は並々ならないものがあります。「3・11」以降、「災害出動」を巡って自衛隊と天皇は急接近していますが(9月13日のブログなど参照)、それだけではありません。

 安倍政権は今年3月、「日本の海兵隊」といわれる「水陸起動団」(写真中)を編成し佐世保に配備しましたが、その「旗印」はなんと「三種の神器」の1つ「草薙の剣」(熱田神宮に安置)なのです(写真右。小西誠氏『自衛隊の南西シフト』社会批評社より)。

 「三種の神器」は言うまでもなく天皇(制)の象徴です。裕仁天皇は『昭和天皇独白録』(1946年)で、「敵が伊勢湾附近に上陸すれば、伊勢熱田両神宮は直ちに敵の制圧下に入り、神器の移動の余裕はなくなる」として、「降伏決断の理由に『伊勢熱田両神宮』に安置された神器の確保をあげている」(『天皇・皇室辞典』岩波書店)ほどです。

  小西氏は前掲書の中で、「水陸起動団」創設と同時に「陸上総隊」が新設され、さらに今後「南西統合司令部」が創設されようとしていると指摘し、「軍令独立化による制服組の台頭」に警鐘を鳴らしています。

 「軍令独立化」とは政府(シビリアン)のコントロールを外れた制服組(軍隊)の「独立化」です。それは戦時中、政府から独立して天皇(大元帥)直轄となった「大本営」の復活に他ならないでしょう。
 自衛隊の「軍令独立化」の動きと天皇(制)への思慕・接近が無関係だと言えるでしょうか。

 軍事費の膨張、沖縄・先島諸島へ配備増強(小西氏が指摘する「南西シフト」)、「軍令独立化」、米軍との共同行動・一体化、そして天皇(制)への思慕・接近…防衛省・自衛隊が「旭日旗」に固執する背景には、こうした自衛隊の危険な動きの同時進行があると言えるでしょう。


「明治150年」―「後半」は肯定できるのか

2018年10月25日 | 天皇制と日米安保

     

 23日に安倍政権が強行した「明治150年記念式典」について、韓国のハンギョレ新聞(日本語版)は、「安倍首相、最後まで朝鮮侵略には言及せず」との見出しで、安倍氏が「明治維新の”闇“に対しては具体的に述べなかった」(24日付)ことを批判しました(写真左は同紙より)。

 安倍首相の「明治150年礼賛」は侵略戦争・植民地支配の歴史を棚上げ・隠ぺいして国威発揚を図るものであり、その「思想」の根底には同じ山口県(長州)の吉田松陰の侵略主義があることはこれまでも述べてきました(9月1日などのブログ参照)。「式典」がそうしたものになったのは、もちろん言語道断ですが、当然の帰結でしょう。

 ここでは「式典」を批判した側の主張について考えます。なぜなら、そこには見過ごすことのできない重大な問題があるからです。

 日本共産党は式典を欠席するにあたり、その理由を次のように説明しました。
 「明治150年の前半は侵略と植民地支配の負の歴史です。それと戦後を一緒にして150年をまるごと肯定する立場に、わが党は立たない」(小池晃書記局長の22日の記者会見、23日付「しんぶん赤旗」)

 23日に衆院議員会館で行われた「批判集会」でも、「野党議員や専門家らも『150年の半分は戦争の歴史だ』『戦争の反省がない』などと安倍政権の姿勢を批判した」(24日付琉球新報)といいます。

 同様のことをより明確に述べているのが東京新聞の社説(21日付)です。
 「明治維新から77年間は『戦争の時代』でしょう。…終戦から今日までの73年間は、まさに『平和の時代』です。それを守ってきたのは日本国憲法です」

 共通しているのは、「明治150年」を「前半」と「後半」に分け、「前半」は「侵略(戦争)と植民地支配」の「負の歴史」で「肯定」することはできないが、「後半」(「戦後」)は違う、「平和の時代」で「肯定」できる、ということです。

  こうした主張には重大な誤謬と欠陥があると言わねばなりません。

  1、日本の「侵略と植民地支配の負の歴史」は「前半」すなわち敗戦(1945年8月15日)で終わっているわけではありません。日本は侵略・植民地支配したアジアの人々に対し、まともな謝罪・賠償はなにも行っていません。それは「戦時性奴隷(慰安婦)」、「強制徴用」問題、さらに「在日朝鮮人」に対する差別政策などを見れば明りょうです。「侵略と植民地支配の負の歴史」は「後半」も清算されることなく連綿と引き継がれているのです。

  2、敗戦後、日本は朝鮮戦争、ベトナム戦争、湾岸戦争、イラク戦争などに、いずれもアメリカの従属国として直接・間接に参戦してきました。アメリカの侵略戦争の片棒を担いできたのです。「戦争」「侵略」はけっして「前半」だけのことではありません。「終戦から今日まで」が「平和の時代」とはとんでもない誤りです。

  3、「明治150年」の「後半」を「肯定」する(あるいは不問にする)ことは、沖縄がおかれている実態を軽視し、「本土」の無関心・差別を助長することになります。なぜなら、米軍基地の集中、自衛隊配備の増強・ミサイル基地化、経済・社会保障・教育・生活の困難は、いずれも明治政府の侵略(「琉球処分」)、あるいはそれ以前の薩摩による侵略以来の琉球植民地支配の継続以外の何物でもないからです。「侵略と植民地支配の負の歴史」は沖縄においてはっきりと現在進行形で継続しています。

  第4、敗戦後のこうした戦争加担、沖縄構造的差別の元凶は日米安保条約に基づく日米軍事同盟です。「明治150年」の「後半」を「肯定」することは、諸悪の根源であるこの日米安保条約・軍事同盟体制を「肯定」することに通じます。
 「式典」について琉球新報の社説(24日付)は、「沖縄から見ると、明治150年の前半はアジア太平洋戦争と沖縄戦で終わった。そして後半の始まりが『屈辱の日』である」と述べています。
 「屈辱の日」とは、日本が「独立」(カッコ付き)と引き換えに沖縄を切り捨てたサンフランシスコ「講和」条約・日米安保条約が発効した1952年4月28日です。
 また、この条約によって在日朝鮮人は一方的に「外国人」とされ、憲法から切り離されました。この日は在日朝鮮人にとっても「屈辱の日」であることを銘記しなければなりません。(写真中は2013年の「屈辱の日」に強行された政府式典)

 5、「後半」の「肯定」は、天皇裕仁(昭和天皇)が戦後に行った重大行為、戦後責任を隠ぺいすることになります。上記のような沖縄差別、サ体制・日米安保体制の根源は、裕仁が「国体」(天皇制)維持と引き換えにアメリカの支配(日本の前線基地化)を容認(むしろ要求)したことにあります。「沖縄メッセージ」(1947年9月)はその1つの証拠です。
 裕仁が敷いたこの路線は、現行憲法(第1条「象徴天皇制」)に明記され今日に続いています。憲法(平和・民主条項)よりも日米安保が優先されている現実の根源はここにあります。憲法が天皇制の存続と表裏一体に、「国民」「国籍」条項で日本に居住する「外国人」を排斥している問題も見逃すことはできません。
 そうやって裕仁が残した天皇制は明仁天皇に引き継がれ、拡大解釈され、今日に至っています。

 以上のような数々の問題を捨象して、「明治150年」の「後半」を「肯定」する、あるいはその問題点を軽視することは、「前半」の賛美に匹敵すると言っても過言ではないほど、重大で危険な誤りです。


サウジ記者惨殺・沈黙する安倍政権と追及しないメディア

2018年10月23日 | 日米同盟と安倍政権

     

 サウジアラビア政府は20日になってようやく、ジャマル・カショギ記者(写真左)が在トルコの自国領事館内で「死亡」したことを認めました。「言論の自由の弾圧を懸念する国際世論の高まりを受け」(21日付朝日新聞)てです。

 しかしトルコメディアなどはすでに、「トルコ当局が入手した事件時の音声データに基づく内容として、カショギ氏は館内に入って間もなく暴行され、拷問を受けた末に殺害されたと報じて」(同「朝日」)います。
 サウジ政府の「けんかの末」だとか、サウジ王室=ムハンマド皇太子(写真中)の関与はまったくない、などの発表がウソであることは明白です。

 そんなサウジ政府に対し、「欧州を中心に『説明が不十分だ』と厳しい非難の声が上がった」(22付共同配信記事)のは当然でしょう。

 「ドイツのメルケル首相は『カショギ氏が死亡した状況とその背景』を明らかにするよう求める声明を発表。サウジ側の発表は『不十分で何も説明できていない』と指摘した」(同共同)ほか、フランス、EU、カナダなども「サウジにさらなる情報開示を要求」(同)しています
 「国連のグテーレス事務総長や英国、オランダなどの政府も20日、事件を非難し、徹底調査を求め」(21日付朝日新聞)ています。

 そんな中、唯一サウジを擁護し続けているのがアメリカのトランプ大統領です。その背景に、サウジへの巨額の武器売却、イスラエルへの配慮などの思惑があるとみられています。

 そして私たちにとって最も問題なのは、日本政府(安倍政権)がこの件で沈黙し続けていることです。「サウジを最大の原油輸入先とする日本は、公式な反応を示していない」(22日付共同)のです。

 安倍政権が口をつぐんでいるのは、「原油輸入」への配慮だけでなく、トランプ大統領に対する”忖度“があることは間違いないでしょう。安倍首相はこの問題でもトランプ大統領に追随して”世界の非常識“になっているのです。

 しかし、日本政府がこうした姿勢をとっていることは想定内です。安倍政権ならありそうなことです。問題は、日本のメディアがこうした安倍政権に迎合し、その姿勢を追及していないことです。

 メディアは「日本は公式な反応を示していない」と言う前に、記者会見で政府の見解をただすべきです。毎日行われている「官房長官会見」はなんのためにあるのでしょうか。記者団は菅官房長官にこの問題で質問したのですか?していれば記事になっているはずです。質問しても菅氏は「コメントを控える」と逃げるでしょうが、それをさらに追及するのがメディア(記者)の仕事でしょう。

 事は、政府を批判してきたジャーナリストが、政府によって惨殺されるという前代未聞の重大事件です。世界の民主主義が問われています。まして同じ記者として、メディアとして、絶対に傍観できない問題です。
 怒りをもってサウジ当局に対して真相公表を求めるとともに、沈黙によってサウジの蛮行を容認している安倍政権の姿勢を追及することが、日本のメディアの責務ではないでしょうか。

 


“最後のコメント”で「拉致問題」に言及した皇后美智子の政治性

2018年10月22日 | 天皇制と安倍政権

     

 美智子皇后の皇后としては最後の「誕生日コメント」が、宮内記者会の質問に対する文書回答の形で、19日宮内庁から発表されました。その内容には見過ごすことができない多くの問題が含まれています。(以下「コメント」は宮内庁HPより)

 ①    宮中祭祀を強調する宗教性

 コメントには「祈る」という言葉が4回も出てきます。一般的にも「幸運を祈る」などと言いますが、皇后が言う「祈る」には特別に意味があります。

 「国と人々のために祈り続けて」「新しい御世の安泰を祈り続けていきたい」―これらは、皇后の務めとしての「祈り」、すなわち宮中祭祀のことです。宮中祭祀は国家(天皇)神道の中心であり、天皇・皇后の主要な仕事はその実施、すなわち「祈る」ことです。

 美智子皇后が最後のコメントでその「祈り」を強調したことは、(象徴)天皇制が国家神道という宗教に立脚した制度であることを改めて浮き彫りにするものです。

 明仁・美智子両氏が個人的にどんな宗教活動を行おうと、それが「私的行為」として行われるなら問題はないでしょう。しかし実際は、憲法に規定されている天皇の「国事行為」、あるいは規定がないのに公費で行われている「公的行為」が神道の宗教活動と混然化しています。これが問題です。来年行われる「退位・即位」の儀式はその典型です。こうした天皇制の実態は、国の宗教活動を禁じた憲法に明確に違反します。

 ②    「退位」を「譲位」と強弁する違憲性

 コメントは来年の天皇明仁の「退位」を「退位」とは言わず「御譲位」と2カ所で繰り返しています。これは美智子皇后が一貫してこだわっている表現です。

「譲位」とは天皇が自らの意思で天皇の位を譲ることです。しかし現行憲法では、「退位」「即位」は憲法や法律に基づいて行われることになっています。そこに天皇の意思が入り込む余地はありません、あってはならないのです。

 ところが明仁天皇は「ビデオメッセージ」(2016年8月8日)で自ら「退位」を表明しました。これ自体、憲法の「象徴天皇制」の規定を逸脱した行為です。美智子皇后のコメントはあえて「退位」ではなく「御譲位」という言葉を使うことによって、明仁天皇の憲法逸脱行為を擁護し追従したのです。

 ③    あえて「拉致問題」に触れた政治性

 コメントは天皇(皇后)退位後の活動についてこう述べています。

  「これまでと同じく日本や世界の出来事に目を向け、心を寄せ続けていければと思っています。例えば、陛下や私の若い日と重なって始まる拉致被害者の問題などは、平成の時代の終焉と共に急に私どもの脳裏から離れてしまうというものではありません。これからも家族の方たちの気持ちに陰ながら寄り添っていきたいと思います」

  「忘れてはいけないこととして拉致問題に触れたことには驚いた」(原武史・放送大教授、20日付東京新聞)といわれるように、「拉致問題」を持ち出したのはいかにも唐突です。

 「拉致問題」は言うまでもなく朝鮮民主主義人民共和国(朝鮮)との外交交渉の重要課題であり、安倍政権の生命線です。しかも「家族に寄り添う」とは間接的に朝鮮を批判しているとも受け取れます。きわめて政治的な発言と言わねばなりません。

  美智子皇后が公式コメントで「拉致問題」に言及したのはこれが初めてではありません。今も日本政府と朝鮮政府の間で綱引きが行われている「日朝平壌宣言」(2002年9月17日)。その発表から1カ月後の2002年10月19日、今回と同じ「誕生日コメント」で美智子皇后はこう言いました。

 「一連の拉致事件に関し、初めて真相の一部が報道され、驚きと悲しみと共に、無念さを覚えます。…今回帰ることのできなかった人々の家族の気持ちは察するにあまりあり…」
 これは帰国した人々以外は「死亡した」という朝鮮側の説明を間接的に批判したものともいえ、「拉致問題」での「反北朝鮮」世論を喚起する役割を果たしました(写真右、9月25日のブログ参照https://blog.goo.ne.jp/satoru-kihara/d/20180925)。

 今回の発言はそれに続くものです。南北朝鮮会談、朝米会談に続いて日朝会談が政治的課題になっているまさにそのタイミングに、安倍政権が固執している「拉致問題」に皇后が言及したことは、天皇(皇室)の政治的活動を禁じた憲法に抵触するばかりか、現実政治に及ぼす影響の点でもきわめて重大です。

 あと半年すれば皇后から退く人の回顧話、として見過ごすことはできません。このコメントは皇后の公式発言として歴史の記録に残ります。何重にも憲法に抵触する皇后美智子の”最後のコメント”を絶対に容認することはできません。


日曜日記25・東電原発事故の「見えない化」・「アリラン物語」

2018年10月21日 | 日記・エッセイ・コラム

 ☆東電原発事故の「見えない化」に抗う

  16日の東電福島第1原発事故公判(東京地裁)。武藤栄元副社長の開き直ったウソ供述に改めて怒りが湧いてくる。だが、「福島」で進行している事態はそれだけではない。

  20日届いた「今、憲法を考える会」通信(「ピシカトール」)に、「モニタリングポスト大量撤去に抗い続ける市民」と題した片岡輝美さん(モニタリングポストの継続を求める市民の会共同代表・会津放射能情報センター代表)のレポートが載っている。

 国(原子力規制庁)は福島県内にあるモニタリングポスト16台のうち、小中学校などに設置されている13台を撤去しようとしている。もちろん市民は強く反対している。7月下旬の規制庁との交渉で、片岡さんたちは、「自分で避難するしないを判断するために目視できるモニタリングポストが必要だ」と訴えた。
 これに対し規制庁側が驚くべきことを言った。「(不測の事態には)勝手にモニタリングポストを見に行かないでください。…指示が出るまで屋内退避をしてください。勝手に逃げないでください」

 原発事故が起こっても勝手に動くな、国の指示を待てという。座して被曝せよというのだ。 片岡さんはこう書いている。

 「福島原発核事故後の生活を強いられている市民にとって、日々の空間放射能線量を目視できるモニタリングポストは事実を知る権利を保障する装置だと主張し、各地で継続配置を求めている。原発核事故を経験したからこそ発せられる声を耳にしても、国はゴリ押しで再稼働を進めている。
 それは市民に知る権利は不要であり、再びの不測の事態でも国を信じろ、国の指示に従えと言っているとしか思えない。あらゆる場面で、福島原発核事故の『見えない化』を強行している国を、誰が信用できるだろうか

 福島原発事故だけではない。あらゆる分野で進行している国家権力による「見えない化」。これに抗い続けなければならない。

 ☆「アリラン物語」と日本人

  「平昌オリンピック」で南北統一チームの行進曲にもなった「アリラン」。朝鮮を代表する歌であることは知っていたし、私が聞いても胸に迫るメロディーだ。
 しかし、その歌詞の意味・歴史を知ると、たんに「いい歌だ」では済まされないことが、朴燦鎬著『韓国歌謡史Ⅰ』(邑楽舎)を読んでわかった。

 「アリラン」は、「比較的新しい民謡で『近代謡』といわれる。地方によって歌詞や旋律に違いがあり、それぞれに音楽的、思想的、言語的特質を持っている」。したがってその「起源」にも「“アリラン百説”といわれるほど諸説」がある、という。

 その一つは、朝鮮王朝末期に摂政・大院君(明成皇后=閔妃の義父)が王宮・景福宮を再建するために狩り出された農民たちが故郷の家族をしのんで歌ったものだ。それは角田房子著『閔妃暗殺』で知っていたが、朴氏の著書でその意味がさらに詳しくわかった。

  景福宮を焼き討ちにしたのは豊臣秀吉である(1592年壬辰倭乱=朝鮮侵略)。「日本軍の侵略で国土が蹂躙された朝鮮王朝には、もはや景福宮を再建するほどの財力はなく、そのまま放置されていた」。大院君は王権の回復のため300年ぶりにこれを復元した。そのため全国から大工・農民が徴発され、厳しい労働を強いられた。
 「このような苦役に徴発された身の上を、見送る妻が<私を捨てて行く君は/十里も行かずに足がいたむ>と案じたのだという」(最も一般的な「新アリラン」)。

 あるいは、<高梁畑の小作料は 私が納めるから 九、十月まで こらえておくれ>という歌詞の「密陽アリラン」(慶尚道)は、「日本帝国主義(日帝)の搾取に虐げられた農民の苦しみをうたったもの」。

 「『アリラン』のもつ抵抗的な側面は、とりわけ日帝の植民地統治下でさまざまに表現された。生きんがために故郷を背にした人々が、あるいは祖国の光復・独立の大志を抱いた愛国青年たちが、異国の地へと旅立つ時、民族受難を代弁する歌としてうたわれたのである」(朴氏)

 日本人は「アリラン」を、おろそかに聞くことはできない。


暴走する自衛隊と消費税増税

2018年10月20日 | 自衛隊・日米安保

     

 安倍首相は14日の自衛隊観閲式で、「すべての自衛隊員が強い誇りを持って任務を全うできる環境を整えるのは、今を生きる政治家の責任だ。私はその責任を果たしていく」と軍服姿の自衛隊員たちを前に大見得を切りました。

  産経新聞(15日付)はその自衛隊観閲式のニュースと並べて、”これが安倍首相のいう「環境」だ“というように、驚くべき記事を載せました。「自衛隊ジブチ拠点恒久化 防衛省方針 海賊対処終了後も活用」(写真右)
 防衛省が、「海賊対処」を名目に「自衛隊唯一の海外拠点地」としてアフリカ東部のジブチに置いている拠点(自衛隊基地)を、一時的なものでなく恒久的なものにする、というのです。自衛隊(日本軍)の恒久基地がアフリカ東部にできるというわけです。

 その目的は、「『一帯一路』を推進し、ジブチに初の海外軍事基地を設けた中国に対抗する狙いもある」「安倍晋三首相が提唱し、一帯一路に対抗する意味合いも強い『自由で開かれたインド太平洋戦略』でジブチを西の門柱にできるか試金石となる」(同産経新聞)。米軍との従属的一体化をすすめている自衛隊が、アメリカの対中国戦略の一翼をになう軍事基地をジブチに置くというわけです。

 しかも、「恒久化にジブチ政府の同意を得るために、自衛隊装備品の無償譲渡と整備支援に着手することに向け年内に調整に入る」(同)。ジブチ政府の許可を得るために自衛隊装備品つまり兵器を譲渡するというのです。これは政府の手による武器輸出にほかなりません。

 「専守防衛」「極東条項」「武器輸出禁止」など死語だといわんばかりのやりたい放題。ついに自衛隊はアフリカに恒久的基地を持つ軍隊になろうとしています。

 安倍首相は観閲式でさらに、ことし12月改定する「防衛計画の大綱」についてこう述べました。

これまでの延長線上ではない、数十年先の未来の礎となる防衛力のあるべき姿を示す。…(宇宙、サイバー、電磁波などをあげ)新たな分野で競争優位を確立できなければ、この国を守り抜くことはできない」
 かつてない大軍拡の宣言です。

 観閲式の翌15日、安倍政権は臨時閣議で、消費税を2019年10月から10%に引き上げることを正式に確認しました。14日と15日のこの連係はけっして偶然ではないでしょう。

 安倍政権は消費税増税の名目に「全世代型社会保障」など聞こえのいいことを言っていますが、本音は大軍拡の財源確保です。軍備に予算を回せば社会保障に穴が開くのは当然で、その穴を増税で埋めようとするにすぎません。 

 地元(秋田、萩)住民の反対を押し切って配備を強行しようとしているイージスアショア(地上配備型迎撃ミサイル)は「2基で6000臆円」(7月23日付産経新聞)。「ジブチ基地恒久化」が現実になればその費用も膨大です。これに安倍首相が宣言した「防衛計画の大綱」見直しによる、宇宙・サイバー・電磁波など「新たな分野」への資金投入。アメリカ製兵器の売り込みに懸命のトランプ大統領との同盟関係で、この先どれだけ軍事費が膨らむか分かりません。

 日本の軍事費はすでに5兆円を超え、史上最大になっていますが、岩屋毅防衛相は就任早々、「従来より充実した防衛費をいただかなければいけない」(5日付中国新聞=共同)と公言しています。

 繰り返しますが、消費税率の引き上げは大軍拡のためです。憲法違反の軍隊である自衛隊が、アメリカ製の兵器を大量購入し、米軍と一体となって海外で戦争をするための大増税です。

 しかし、消費税と軍拡(自衛隊増強)のこの関係に警鐘を鳴らすメディアは(「しんぶん赤旗」も含め)皆無です。
 沖縄を含め、日本全体を覆っている“自衛隊タブー”を打破しなければなりません。それは日本だけでなく東アジアの平和と民主主義にとって死活的に重要な問題です。


安倍ファッショ政権と玉城知事の所信表明

2018年10月18日 | 安倍政権と沖縄

     

 沖縄県の「辺野古埋立承認撤回」に対し、安倍政権が17日、国交相に審査請求・執行停止申し立てを行ったことは、知事選であらためて明確になった「辺野古新基地反対」の民意を一顧だにしない同政権のファッショ的体質を改めて示すものであり、言語道断です。
 防衛局が国交相に申し立てるという同一政権内の茶番劇は、3年前(2015年10月14日)の「承認取り消し」の時とまったく同じで、けっして許されることではありません。

 しかし、安倍政権のこの暴挙は以前から想定されていたことです。安倍首相が選挙で示された民意を考慮するようなまともな神経を持ち合わせていないことはすでに数々の事実で実証ずみです。安倍政権は「対話」が通用する相手ではありません。幻想は払拭して正面からたたかうしかありません。

 そのたたかいにおいて、重要な役割を果たす(果たさねばならない)のが玉城デニー新知事であることは言うまでもありません。その意味で、16日の県議会で行われた玉城氏の初の所信表明は重要で、注目されました。

 しかしその内容は、選挙で玉城氏に投票した多くの県民の期待に応えるものではけっしてありませんでした。政権の暴挙の陰に隠れた印象がありますが(政権の「法的措置」が所信表明の翌日だったことは偶然でしょうか?)、今後のたたかいのために振り返ってみましょう。

 長い演説の中で、玉城氏が「辺野古」に言及したのはわずか1回でした。
 「配布されたあいさつ文(所信表明―引用者)150行のうち、辺野古問題に触れたのは2。」(17日付沖縄タイムス)。
 文としては次の1文だけです。
 「私は、建白書の精神に基づき、辺野古の新基地建設に反対し、普天間飛行場の一日も早い閉鎖・返還を政府に強く求めてまいります」
 これ以外に「辺野古」という言葉はまったく出てきません。

 「基地の整理縮小や日米地位協定の抜本的見直しという基地負担軽減への言及も、従来の県政が取り組んできた以上の真新しさはなく、前向きさやソフト路線の中に基地問題を取り巻く厳しい現状が埋没する印象は拭えなかった」(17日付琉球新報)

 基地問題の「埋没」を証明するように、所信表明になかったのは「辺野古」だけではありませんでした。沖縄が抱える現下の重要課題で、玉城氏がまったく触れなかった主なもの(キーワード)を挙げると、次の通りです。

 「オスプレイ」…オスプレイの配備撤回要求はどうなったのでしょうか。「建白書の精神」という抽象語ではすまされません。

 「高江ヘリパッド」…「やんばるの森と海を守り…」と言いながら、その森を破壊し住民を苦しめ続けている高江のヘリパッドは撤去させないのでしょうか。翁長氏は高江ヘリパッドを容認しましたが、ここでも翁長氏を引き継ぐのでしょうか。

 「嘉手納基地」…新型F35Bはじめ米軍機の離発着回数が急増じ、騒音被害はさらに強まり、前線基地としての危険性が増している嘉手納基地は玉城氏の視野にあるのでしょうか。

 「自衛隊配備強化」…石垣、宮古など先島諸島への配備強化・ミサイル基地化、沖縄本島への新基地建設など、基地の共同使用をはじめ米軍との一体化を強め、戦争する軍隊としての本質を露わにしている自衛隊。「島嶼防衛」を名目に沖縄を前線基地にしようとしている問題について、一言も言及しないのはどういうことでしょうか。

 安倍政権と正面からたたかうためには、そして知事選で示された民意を無にしないためには、玉城氏と県政与党、さらには「オール沖縄」で玉城氏を支援した団体・個人の定期的な意見交換・協議の場を設け、「辺野古」はもちろん、それ以外の重要課題についても、常に市民の声・要求を玉城県政に反映させていくことが必要ではないでしょうか。