アリの一言 

天皇制、朝鮮半島、沖縄の現実と歴史などから、
  人権・平和・民主主義・生き方を考える。
   

またNHKが天皇の違憲行為の露払い

2016年07月30日 | 天皇制とメディア

    

 NHKは29日朝7時のニュースで、「天皇陛下、来月にもお気持ち表明」とした「独自ニュース」をトップで流しました(写真左)。これを皮切りに、民放各社がいっせいに同じ内容(NHK報道の繰り返し)を放送し、新聞各紙は30日付でこれに続きました。

 まるで2週間前のビデオを見ているようです。そうです、今月13日にNHKが天皇明仁の「生前退位の意向」を第1報し、それに各社が追従して「生前退位」の世論があっという間につくられたのとまったく同じパターンです。

 同じと言えば、安倍政権の対応もまったく同じです。前回は安倍首相が「報道については承知しているが、政府としてコメントすることは差し控えたい」(13日)と言いましたが、今回は菅官房長官が29日の記者会見でまったく同じセリフを口にしました(写真右)。

 これは、憲法に反する天皇の行為を、NHKが露払いしてメディアを先導し、政府(安倍政権)はノータッチであるかのような姿勢をとりながら事態の推移を容認していくものであり、天皇と政府とNHKが一体になった世論誘導にほかなりません。

 29日のNHK報道は、天皇の「生前退位」にかんする「お気持ち」の表明は来月8日を候補に、皇居・宮殿の石橋(しゃっきょう)の間で10分余り、テレビ中継で行うという極めて詳細なもので、天皇側からのリークであることは明白です。

 注目すべきは、NHKが「(天皇が)退位の意向を公に表明して制度改正に直結すれば憲法との整合性が問われかねないので、『退位』という言葉や直接的な意向の表明にはならず、お気持ちがにじみ出るものになるとみられる」としていることです。

 これは、憲法上問題になるから直接「退位」の言葉は出さないが、実際は「生前退位」の意向表明なんだとNHKが天皇に代わって説明しているもので、天皇の脱法行為の片棒を担ぐものと言わねばなりません。

 そもそも天皇が直接テレビで自分の「気持ち(思い・考え)」を表明すること自体、憲法が認めている「天皇の国事行為」と何の関係もない憲法違反行為です。
 百歩譲って、それが「天皇の公的行為」だとしても、「内閣の助言と承認」(憲法第7条)のない自作自演の「テレビ中継」は明白な憲法違反です。

 「テレビ中継を通じてのお気持ち表明は初めて」(NHK)なのは、これまでは憲法に抵触するこうした行為は控えるという慎みがそれなりにあったからでしょう。今回はその慎みも捨てて公然と前面に出ようというわけです。

 憲法(第4条1項)は「天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行い、国政に関する権能を有しない」と明記しています。
 これに対し天皇は、①独自のテレビ中継で、②「生前退位」についての意向を(事実上)表明するという2重の憲法違反行為を行おうとしているのです。

 日本のすべての大手メディアがこの天皇の違憲行為に目をつぶり(あるいは賛美さえし)、天皇・安倍政権・NHK3者合作の世論誘導と歩調を合わせ、憲法蹂躙を容認していることは、きわめて異常で危険な実態だと言わねばなりません。


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相模原殺傷事件は「障がい者差別社会」の反映

2016年07月28日 | ヘイトスピーチ・ヘイトクライム

    

 事件は社会と時代を写す鏡です。相模原市で起こった障がい者殺傷事件は、何を写し出しているのでしょうか。

 弁護士の師岡康子氏は植松聖容疑者が障がい者への「強い偏見や差別意識を持っていたことがうかがえる」としたうえで、こう指摘します。

 「特定の属性を持つ集団や個人を標的とする犯罪『ヘイトクライム』といえる。…今回のように大きな事件でなくても、つえを折られたり、車いすを蹴られたりというヘイトクライムは日常的に起きており、障害者らは恐怖にさらされている」(27日付共同配信記事)

 27日夜、NHKニュースは相模原事件にかなりの時間をさいたあと、「その他のニュース」としてこう報じました。

 「厚生労働省が昨年度1325の事業所を調査したところ、507の事業所(約38%-引用者)で970人の障害者に対して虐待が行われたことが分かった。前年度に比べて487人増加。虐待の内容は、経済的虐待が855人、心理的虐待が75人、身体的虐待が73人」(写真右)

 氷山の一角でしょうが、これ自体重大なことです。同時にさらに問題なのは、NHKがこのニュースと相模原事件をまったく「別のニュース」として扱ったことです。もっとも、報道したNHKはまだましで、まったく報道していないメディアも少なくないようですが。

 つえを折ったり、車いすを蹴ったりする目に見える「日常的なヘイトクライム」はもちろん悪質です。しかし同時に、40%近い企業で、外部から見えにくい職場で日常的におこなわれている経済的・心理的・身体的虐待も同じように悪質なヘイトクライムではないでしょうか。「507の事業所」で働く従業員は、自分の職場で行われているヘイトクライムに責任がないと言えるでしょうか。

 さらに見えにくい、そして大々的な障がい者へのヘイトクライムがあります。

 障害者雇用促進法は公的機関と民間企業にそれぞれ障がい者の雇用を義務付け、法定雇用率を定めています。民間企業の障害者法定雇用率は2・0%です。
 ところが昨年度の「障害者雇用状況集計」(厚生労働省発表)によると、企業が雇用した障がい者総数は45万3133人で、雇用率は1・88%にとどまり、法定雇用率に達していないのです。法定雇用率を達成している企業は全体の47・2%と半分もありません。しかも、大企業と中小企業を比べると、大企業ほど障害者雇用率が低いのが一貫した特徴です。

 法定雇用率の未達成は、つえを折ったり、職場で虐待するようには目に見えません。しかし、法律で定められた最低限の雇用義務も果たそうとしない企業(とくに大企業)論理と、「障がい者はじゃまだ」という容疑者の「思想」との間にどれだけの違いがあるでしょうか。
 日本経済を代表しているような顔をし、自民党に多額の政治献金をしている大企業が、法定雇用率無視という〝見えないヘイトクライム”を常態化させて平然としている。これが日本の企業社会であり、自民党政治です。

 DPI(障害者インターナショナル)日本会議副議長の尾上浩二氏は、相模原事件に関連して、ナチス政権の「優生思想」に触れ、日本にも1996年まで「優生保護法」が存在したことをあげ、「優生保護法下で行われた不妊手術などの被害者に対する謝罪や補償は、いまだになされていない。この問題を私たちの社会は総括せず、けじめをつけないまま現在に至っている」と指摘。そしてこう強調します。

 「私たちの社会は、インクルーシブな社会(障害の有無によって分け隔てられることのない共生社会)に向かえるのか、それとも障害者を排除する社会に向かってしまうのか。無関心が一番の問題だ。今回の事件を、決して猟奇的なものと片づけることなく、私たちの社会が進むべき方向が問われていると捉えたい」(28日付共同配信)

 相模原事件が問いかけているのは、日本の社会と政治の進路であり、私たちの生き方です。


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都知事選と自民党改憲草案

2016年07月26日 | 都知事選

    

 都知事選は投票日(31日)までわずかとなりましたが、このまま見過ごせない問題があります。自民党東京都連が告示直前に石原伸晃都連会長の名で所属議員に送付した文書(写真中)です。

 「都知事選挙における党紀の保持について」と題したこの文書は、自民党が推薦を決めた増田寛也氏の劣勢を挽回するため、自民党所属議員に対し3項目の縛りをかけたものです。問題はその3番目です。
 「各級議員(親族等を含む)が、非推薦の候補を応援した場合は…除名等の処分の対象となる」

 政党が党議決定に背いた議員を「処分」することはありうることです。しかし、その処分対象となる行為が議員本人だけでなく、「親族等を含む」というのは驚くべきことです。しかもそれを文書で公言してはばかりません。
 これは「親族等」も増田氏以外の候補を支持・応援してはいけないと強要するものであり、思想信条の自由、政党支持の自由の侵害であることは明白です。同時に、自民党は所属議員の「親族等」の選挙中の行動を監視・点検するということでもあります。

 これをたんに今回の選挙だけの問題としてすませることはできません。なぜなら、この文書に表れた自民党の民主主義観、家族観は、同党の「日本国憲法改正草案」(2012年4月27日決定=写真右)の内容とけっして無関係ではないからです。

 自民党は「改憲草案」で、現行憲法にはない「家族」についての条項を新設しようとしています。
 「家族は、社会の自然かつ基礎的な単位として、尊重される。家族は、互いに助け合わなければならない」(草案第24条1項)
 この条項を新設するのは、「昨今、家族の絆が薄くなってきている」(『日本国憲法改正草案Q&A』)からだといいます。

 そもそも「家族の絆」という極めて個人の内面、個人の生活のあり方にかかわる問題を国家が憲法で規定しようとすること自体、憲法は国家を縛るものという立憲主義に反します。
 しかも自民党がいう「家族」「家族の助け合い」とは、選挙における思想信条の自由、政党支持の自由を公然と蹂躙してはばからないものであることが、今回の文書で図らずも明らかになったのではないでしょうか。

 都知事選の結果にかかわらず、こうした自民党の反民主主義的体質は、「改憲草案」の問題点とともに、銘記される必要があります。


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今に続くロッキード事件の闇ーアメリカに奉仕する日本の軍事費

2016年07月25日 | 日米安保体制と平和・民主主義

    

 田中角栄元首相がロッキード疑獄事件で逮捕されて、7月27日で40年になります。
 24日のNHKスペシャルは、「日米の巨大な闇 40年目のスクープ」と題してロッキード事件の「新たな事実」を報じました。

 田中が逮捕・起訴されたのは、米ロッキード社製の民間航空機トライスターの全日空への売り込みをめぐる5億円の授受(受託収賄、外為法違反)だった。しかしロッキード事件の本丸は実はそこではなく、ロ社製の軍用機・P3C対潜哨戒機の売り込みだった。

 当時、対潜哨戒機は国産化の計画が進んでいたが、田中とニクソン米大統領(当時)のハワイ会談(1972年8月、写真中)の直後、国産化計画は白紙になり、ロ社からの購入(輸入)が決定した。ロ社から黒幕・児玉誉士夫に22億円の工作資金が渡されたが、その流れも未解明のまま、捜査は終結し、P3C疑惑は封印された。

 当時キッシンジャー大統領補佐官の側近だったリチャード・アレン氏(写真右)は、ロ社の対日工作の本命はP3Cだったと証言している。ロ社からのP3C購入は今日までに100機(約1兆円)にのぼっている。
 以上がNスぺの要旨です。

 ロッキード事件の本丸がP3Cであり、それはのちのダグラス・グラマン事件(E2C早期警戒機売り込み)にもつながる、というのは、なにも目新しいことではありません。
 しかし、日米間の兵器購入をめぐる闇は、今に至るも解明されることなく、米兵器産業からの購入は増え続け、日本の軍事費は膨張を続けています。ロッキード事件の闇はけっして過去の話ではありません。

 たとえば、今年2月9日に公表された米議会調査局報告「日米同盟」は、「日本への米国の武器セールス」の項目で、「日本は米国製の防衛装備品の主要な購入者であり、『NATOプラス5カ国』という地位を保有している」として、以下の表を添付しています(『日本の軍事費Ⅱ』安保破棄中央実行委員会より)

  兵器名          機・隻数     金額

F35戦闘機            42    100億ドル(1兆2000億円)
RQグローバル・ホーク無人偵察機  3    12億ドル(1440億円)
MV22オスプレイ         17    30億ドル(3600億円)
KC46A空中給油機         3    5.18億ドル(621億円)
E2Dホークアイ早期警戒機     4    17億ドル(2040億円)
最新鋭イージス艦         2    15億ドル(1800億円)

 さらに問題なのは、日米相互防衛援助協定によって、米国からの兵器購入はFMS(Foreign Military Sales)というシステムで行われていることです。
 「FMS調達は、一般的な商取引による契約とはまったく違います。もっとも大きな違いは、価格や取引条件などをすべて『アメリカいいなり』にすることが、アメリカの法律(武器輸出管理法)で決まっていることです」(『日本の軍事費Ⅱ』)

 今年度5兆円を超える日本の軍事費(「防衛予算」)の多くは、こうして対米従属システムによって、アメリカの兵器産業を潤し、米政府の軍事政策に奉仕するために注ぎ込まれています。その原資は言うまでもなく私たちの血税です。
 これが日米安保体制(軍事同盟)の実態です。

 米兵器産業・米政界と日本の「防衛予算」・政界の闇にメスを入れ、軍事費を大幅に削減することは、平和にとっても財政にとっても、今日の喫緊の課題です。

 


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事実を歪曲する翁長知事の記者会見

2016年07月23日 | 沖縄・翁長知事

  

 抗議する市民を排除して高江ヘリパッド工事が強行され(写真左・中)、「辺野古」で国が新たな裁判を起こした22日、翁長雄志知事は記者会見でこの事態についての「見解」を述べました(写真右)。見過ごせないのは、この中に重大な事実の歪曲があることです。

 翁長氏は肝心の政府・沖縄県協議会(21日)でヘリパッド工事強行に抗議するどころか「高江」にまったく触れず、「辺野古」でも政府ペースの「和解の有効性」を認めてしまいました(昨日のブログ参照)。
 
 この日も翁長氏は、「強硬に工事に着手する政府の姿勢は到底容認できるものではなく、強く抗議する」(23日付琉球新報「知事一問一答」。以下、引用はすべてここから)とは言いましたが、ヘリパッド建設自体には反対していません。

 反対しないどころか、「ヘリパッドを建設するというSACO合意について知事の立場は」という記者の質問に対しこう答えました。
 「SACO合意を着実に実施することが基地の負担軽減につながっていくというのは、私は一貫している」。これはSACO合意のヘリパッド建設への賛成を表明したものにほかなりません。

 ヘリパッド建設に賛成でありながら、「強く抗議する」などと言ってまるで反対しているかのように振る舞うのは、市民を欺くものです。

 菅官房長官は「翁長知事がマスコミの皆さんの前でそのような発言をすることが極めて残念だ。協議会とは全く違う」(23日付琉球新報)と、翁長氏の態度がメディアや市民の前と政府の前とでは「全く違う」と述べましたが、翁長氏はこれに反論できるでしょうか。

 記者会見での重大な事実の歪曲は2つあります。

 1つは、「多くの選挙を通して、普天間飛行場の県外移設を求める県民の民意が示されている」という発言です。
 これは「県内移設反対(断念)」と「県外移設」の意図的なすりかえです。再三述べてきたように両者の間には大きな違いがあります。「オール沖縄」の一致点は「建白書」にある「県内移設断念」であり「県外移設」ではありません。

 たとえば先の参院選で「オール沖縄」で当選した伊波洋一氏の選挙公約も「普天間飛行場を閉鎖・撤去し、辺野古新基地建設断念を求める」であり、「県外移設」とは一言も言っていません。

 「県外移設」は翁長氏の持論であり、現地の批判を浴びた馬毛島の視察(18日)にもつながるものです。それを県民の総意のように言う翁長氏の歪曲が一向に是正されないのは、「県外移設」に反対の日本共産党などが翁長氏に必要な指摘・抗議をしないからです。

 もう1つの歪曲は、「県外移設」よりもさらに悪質です。
 「日米安保体制というようなものを戦後71年間にわたって、それを支えてきた沖縄県民に何ら配慮もないまま、北部訓練場も強硬に入っていく」
 「沖縄県民は長年にわたり過重な基地負担に耐えながら日米安保体制に尽くしてきているにもかかわらず…」

 「沖縄県民」は戦後71年間、日米安保体制を「支えてきた」のでしょうか。日米安保体制に「尽くしてきている」のでしょうか。
 日米安保体制を信奉する翁長氏や保守・自民党にとってはそうかもしれません。 しかし、沖縄の革新勢力は、「過重な基地負担」の元凶はまさに日米安保(軍事同盟)体制だとして、一貫してその打破・廃棄へ向けてたたかってきたのです。「支える」「尽くす」とはとんでもありません。

 「高江」や「辺野古」の事態にかこつけて、まるで「沖縄県民」全体が日米安保体制に賛成かのように言うのは、歴史の事実を歪曲し、日米安保体制堅持の世論づくりを図ろうとするものと言わねばなりません。

 


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高江・辺野古ー翁長知事のダブル背信は許されない

2016年07月22日 | 沖縄・翁長知事

      

 安倍政権は22日、高江のヘリパッド工事強行、辺野古で新たな訴訟という2つの強権を発動しました。その節目になったのが、前日の11日に翁長知事も出席して行われた政府・沖縄県協議会(写真左)です。
 ここで翁長氏は、「高江」「辺野古」の両方で県民を裏切る背信的姿勢を示し、安倍政権の強権発動に暗黙のGOサインを出してしまいました。

 ★「高江ヘリパッド工事強行」に抗議どころか一言も触れなかったのはなぜか

 協議会後の記者会見で記者から、「高江では連日資材搬入が続いていて、地元の方々が不安に思っている部分もあると思うが、あえて取り上げなかった理由は」と聞かれた翁長氏は、こう答えました。

 「あえてということではない。こういった協議会が開催されるときには大臣もみんなそろうということもあるし、そろうということから時間的な制約もあるし、その前に今日までのいきさつや流れの中での質問ということです。ですから、私もそれは当然のことながら、日ごろ皆さん方と話し合いをしていますから、15分の中でそれを詰めるものもない中でフリー討論はちょっと考えにくいということだった」(22日付琉球新報「一問一答」)

 これを読んで意味が分かる人が何人いるでしょうか。支離滅裂とはこのことです。まるで答えになっていません。いかにまともに答えられないことを翁長氏がしたのかということを逆に示しています。

 唯一分かるのは「15分」という「時間的制約」があったと言いたいのだろうということです。そもそも政府が設定した時間にとらわれること自体問題ですが、この日の協議会は当初30分(双方15分ずつ)と予定されていたものが実際はそれより速く「20分近くで終わった」(同琉球新報)のです。「時間的制約」など真っ赤なウソです。

 しかも翁長氏は限られた時間の中で、「中国海軍軍艦の尖閣諸島接続水域侵入に対する対応について…引き続き万全の体制で取り組んでいただきたい旨申し上げた」(同琉球新報)と、中国脅威論を口実にした先島諸島への自衛隊配備強化を促すような要求を行ったと自ら明らかにしました。

 翁長氏にとっては「高江」よりも「尖閣」なのです。

 ★なぜ「辺野古・和解」の「有効性」を確認してしまったのか

 政府は22日の新たな訴訟は、「和解条項の趣旨に照らして」(菅官房長官)行ったと強弁しています。これは事実を偽るものです。

 「和解」(3月4日)は、第三者機関である「国地方係争処理委員会」が国または沖縄県の主張のどちらかを正しいとした場合に、その後双方が次の訴訟へ向かうという筋書きになっています。
 ところが係争処理委員会は国、県のどちらが正しいとも判断を下しませんでした。これは「和解」が想定していなかった事態であり、「和解」の筋書きはそれより先に進むことはできません。つまり「和解」はその時点で無効になったのです。

 にもかかわらず政府は新たな訴訟を起こしました。それは「確定判決」が出たあとは「和解条項第9項」によって、その後の知事の権限をすべて封じ、埋立工事を強行するという当初の戦略を推し進めるためです。

 これを阻止するには、まず「和解の無効」を宣言することです。その上で、埋立承認の「撤回」という強力な「知事権限」で安倍政権の暴挙を食い止めることです。(6月18日のブログ参照。http://blog.goo.ne.jp/satoru-kihara/d/20160618

 ところが翁長氏は協議会で、「和解条項が有効である」(菅官房長官)という確認をしてしまいました。菅氏が協議会後の記者会見で、「このことについて(翁長)知事に確認した」(写真右)「翁長知事から異存がないとの発言があった」(22日付琉球新報)と強調したのは、ここに政府の狙いがあったからです。

 翁長氏は引き続き安倍政権との「話し合い」などと言っていますが、「政府は、もはや対話による解決を放棄したと言わざるを得ない」(22日付沖縄タイムス社説)のは明らかです。さらに言うなら、「話し合いで解決する考えなど、はなからなかった」(同琉球新報社説)のです。

 翁長氏が「話し合い」というカムフラージュでこれ以上逃げることを許さず、「承認の撤回」をはじめ「あらゆる知事権限」を行使させることが今こそ必要です。


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都知事選・鳥越氏はなぜ「反原発」「反基地」を語らないのか

2016年07月21日 | 都知事選

    

 東京都知事選は告示から8日、折り返し点ですが、かみ合った政策論争が一向に聞こえてきません。
 自民党の小池百合子氏や増田寛也氏に実のある政策論争を期待するのは土台無理な話ですが、本来政策を前面に掲げてたたかうべき「野党統一候補」の鳥越俊太郎氏からも具体的な政策が語られないのはきわめて奇異です。

 とくに鳥越氏は、いち早く政策を掲げて出馬表明していた宇都宮健児氏を無理やり降ろして「野党統一候補」になっただけに、政策を前面に掲げないで選挙を行うことは、宇都宮氏に対しても、支援する市民に対しても、そして有権者都民に対しても、背信的行為と言わざるをえません。

 宇都宮氏が立候補を取り下げた経緯はいまだに不透明ですが、出馬辞退会見(13日夜)で宇都宮氏は、「私たちの政策を参考にすると伺いましたので」と述べ、鳥越氏が宇都宮氏の政策を参考にして取り入れると約束したことが「出馬取り下げ」の理由の1つだと明かしました(写真中)。

 ところが、鳥越氏の「政策」には、宇都宮氏の政策の肝心な部分がすっぽり抜け落ちているのです。両氏の政策を比較してみましょう。

宇都宮氏の政策「希望の政策・7」(HPより)。各項の詳細は略>

 1、都政のすべてを都民のために。…税金のムダをけずり、クリーンな都政を実現します。
 2、「困った」を見捨てない、頼りになる都政を。…すべての人が働きやすく、くらしやすい東京をつくります。
 3、子どもたちのことを、第一に。…すべての子どもたちが生き生きと育ち、学べる環境をつくります。
 4、にぎわいとふれあい、あたたかみのある東京へ。…地域経済を活性化し、個人商店・中小企業の元気な東京をつくります。
 5、3・11をわすれない。原発のない社会を東京からめざします。
 6、コンパクトでシンプルな五輪を!…開催経費を最小限に抑え、「平和の祭典」として成功させます。
 7、人権・平和を守る東京を。

鳥越氏の政策「あなたに都政を取り戻す」(17日付しんぶん「赤旗」より)。各項の詳細は略>

 ■都政への自覚と責任
 ■夢のある東京五輪の成功へ
 ■都民の不安を解消します
 ■安全・安心なまちづくり
 ■笑顔あふれる輝く東京へ
 ■人権・平和・憲法を守る東京を

 一目りょう然なのは、宇都宮氏の政策の柱にあって鳥越氏のそれにないものがあることです。それは「3・11をわすれない。原発のない社会を東京からめざします」です。その項の詳細には次のことも盛り込まれています。
 「東京都は東京電力の大株主。原発再稼働と原発輸出に反対します

 鳥越氏の政策にも「原発」は1カ所だけありますが、それは「安全・安心なまちづくり」の中で、「原発に依存しない社会に向け、太陽光やバイオマスなど、再生可能エネルギーに普及に取り組みます」といっているだけです。「再稼働反対」も「原発輸出反対」も「東京電力」もまったくありません。

 前回2年前の都知事選で「原発」が大きな争点になったことと比べても、「反原発」が影を潜めた鳥越氏の政策はきわめて異常と言わざるをえません。まるで「3・11」の風化を促進するようなものです。

 もう1つ、上記の引用だけではわからない重要な違いが両氏の政策にはあります。それは宇都宮氏の「人権・平和を守る東京を」の中の次の一項です。
 「東京に米軍基地・オスプレイはいりません。

 鳥越氏の政策には、オスプレイどころか「基地」の文字さえどこにもありません。

 「子育て」「介護」「安全」などは小池氏や増田氏も言います。自民党候補との大きな政策の違いは、まさに「原発」であり「基地」でしょう。その2点で鳥越氏が宇都宮氏の政策から大きく後退していることが、いまの「政策論争なき都知事選」を作り出していると言っても過言ではないでしょう。

 自民党との重要な相違点を避けた鳥越氏の政策に、「安全確認を得ていないものは再稼働しない」(「安全確認」という条件付きで原発再稼働容認)、「米軍再編の日米合意を実施」(日米軍事同盟下での米軍基地容認)(いずれも「参院選公約」7月9日付中国新聞=共同より)という民進党の政策が色濃く投影していることは明らかでしょう。

 


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緊迫!翁長知事は「高江」を見殺しにするのか

2016年07月19日 | 沖縄・翁長知事

    

 「高江」(写真中)の情勢が緊迫しています。
 安倍強権政権は米軍北部訓練場(高江など)でのヘリパッド建設を強行するため、11日に資材を搬入、19日から本土の機動隊員も送り込み1日百数十人規模で住民・市民の反対を押さえ、22日に着工する構えです。

 こうした情勢の中で、ヘリパッド建設に反対しない翁長知事に対し、住民・県民の批判が広がってきています。

 「翁長雄志知事に対し、工事に反対する市民からは12日、『ここに来て反対を言ってほしい』『早く対応策を発表して』などと、明確な工事反対表明を求める声が相次いだ」(13日付沖縄タイムス)

 「7月で反対運動開始から10年を迎えた『ヘリパッドいらない住民の会』の宮城勝己さん(63)=東村平良=は『ヘリパッド建設も新基地建設。自然を壊し、周辺住民の負担増になる。反対と言ってほしい』と願う。国からの訴訟や工事強行などを乗り越え、運動を続けており、『行政の長である知事がはっきり反対すれば、国へのけん制になる』と期待を寄せた」(同)

 琉球新報も社説(13日付)でこう主張しています。
 「翁長知事は民意を踏みにじるヘリパッド建設への反対を明確に打ち出してもらいたい。…県民の人権、北部の貴重な自然を守る立場から、毅然としてヘリパッド建設反対を表明すべきだ

 11日の資材搬入に対し、翁長氏が「容認しがたい」と述べたことで、あたかも翁長氏がヘリパッド建設に反対しているかのような報道(しんぶん「赤旗」)がありますが、それは事実に反しています。
 翁長氏が「容認しがたい」と言ったのは、「選挙で民意が示された数時間後に、用意周到にこういうことをやること」(11日の「一問一答」、12日付琉球新報)、つまり搬入の時期についてであり、翁長氏はヘリパッド建設には反対していません。

 それは同じ「一問一答」での翁長氏の次の発言でも明らかです。
 「SACO(日米特別行動委員会)合意を着実に実施することが本県の基地の整理縮小、地元振興につながる」(同琉球新報)。ヘリパッド建設を明記したSACO合意(1996年)実施の考えを重ねて表明したのです。

 しかしSACO合意で北部訓練場の一部返還の交換条件としてヘリパッド建設が盛り込まれたのは、「沖縄県や地元自治体、住民との協議の上で決まったわけではない」(13日付琉球新報社説)のです。

 「一部返還」も、翁長氏が言うように「基地の整理縮小、地元振興につながる」どころか、「(米軍が)自分たちがやりたい訓練をできるようにするための基地の再配置であり、負担軽減はまやかし」(「ヘリパッドいらない住民の会」伊佐真次東村議、19日付沖縄タイムス)です。

 あくまでもSACO合意の実施を求める翁長氏が、いかに住民・県民の声に反しているかは明白です。

 県議会(7月12日)でも、翁長与党の比嘉京子議員(社民・社大・結)が「ヘリパッド建設反対を打ち出すべきではないか」と迫ったのに対し、「知事は直接の回答を避け、謝花公室長が従来通りの答弁をするにとどまった」(14日付沖縄タイムス)。翁長氏は与党議員の質問からも逃げたのです。

 工事強行にあたって、安倍政権・沖縄防衛局は、反対市民の車両を実力撤去させる構えです。これについても翁長氏は反対どころか、市民に対する「文書通告」などを出して排除に手を貸そうとしています。(3月29日のブログ参照。http://blog.goo.ne.jp/satoru-kihara/d/20160329

 安倍政権が着工を強行しようとしている22日のまさに前日の21日、政府・沖縄県協議会が翁長氏も出席して行われます。この場で翁長氏がこれまでの態度を改めて「ヘリパッド建設反対」を表明しない限り、安倍政権は知事もGOサインを出したとばかりに着工を強行してくるでしょう。

 翁長氏はこのまま「高江」を見殺しにするつもりでしょうか。
 翁長与党・「オール沖縄」陣営はそれを黙って見ているのでしょうか。


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天皇が「公務軽減」を受け入れないのは憲法違反

2016年07月17日 | 天皇制と憲法

   

 天皇の「生前退位」が急浮上してきたのはなぜでしょうか。

 「(天皇は)『象徴としての地位と活動は一体不離』と述べるなど公務を誠実に務めたいとの姿勢を常に示しており、2010年の誕生日会見では『これ以上大きな負担軽減をするつもりはありません』と発言。退位の意向を示した背景には、天皇としておこなうべき公務が、高齢化という要因で制限されてしまうことへの考慮もあったとみられる」(14日付共同配信)

 「(天皇は)宮内庁が今年に入って公務軽減を検討した際に受け入れず、『象徴としてふさわしいあり方』ができないのであれば生前退位もやむを得ないとの意向を話していたことが宮内庁関係者への取材で分かった」(15日付朝日新聞)

 「生前退位」が問題になっているのは、高齢の天皇明仁が「公務軽減」をあくまでも拒否しているからです。メディアはそれを、「強い責任感の表れ」(14日付毎日新聞社説)などと賛美し、テレビが映す「街の声」も称賛すのものばかりです。

 これはきわめて重大な問題です。なぜなら、天皇が「公務軽減」を拒否することは、賛美どころか、日本国憲法に反する違憲行為であり、きびしく批判されなければならないからです。

 天皇の「公務」は、憲法(第6条と第7条)に定められた「国事行為」と、いわゆる「公的行為」に分かれます。今年はじめから7月7日までの天皇の「公務」は406件にのぼるといわれていますが、その大半は「公的行為」です。

 海外「慰霊」の旅(写真左はフィリピン旅行の際の閲兵)、被災地慰問(写真中は自衛隊機での熊本訪問)、国会の開会式出席(写真右)、国体、植樹祭はじめ各種行事への出席など、天皇の「負担」といわれているものはほとんどすべて憲法に定めのない「公的行為」です。

 憲法第4条第1項は、「天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行い、国政に関する権能を有しない」と規定しており、憲法の定めにない「公的行為」を行うこと自体が憲法に反しています。
 「公的行為」を是認する立場からは、「象徴としての地位に基づくもの」(象徴行為説)としてそれを認める学説もありますが、これは「憲法が国事行為を限定している意味を希薄化し、天皇の社会的・政治的機能の拡大につながる危険性を有していると言わざるをえない」(畑安次氏『日本国憲法 主権・人権・平和』ミネルヴァ書房)ものです。

 ただ、ここで強調したのは、「公的行為」自体の違憲性ではありません。問題は、たとえ「象徴行為説」などで「公的行為」を「合憲」とする立場をとるとしても、憲法第3条「天皇の国事に関するすべての行為には、内閣の助言と承認を必要とし、内閣が、その責任を負う」という原則から免れることはできないということです。この点で学説に異論はありません。

 「公人的行為にも『内閣の助言と承認』が求められるとともに、必要な経費は宮内庁の経理する公金(宮廷費)でまかなわれ、宮内庁の属する内閣府の長である内閣総理大臣が責任を負う、といったコントロールが及ぶことになる」(小嶋和司・大石眞氏、『憲法概説』有斐閣双書)

 百歩譲って「公的行為」が「合憲」だとしても、すべて「内閣の助言と承認」に基づかねばならないのであり、そこに天皇の意思が入り込む余地はありません。
 天皇明仁が「これ以上(公務の)負担軽減をするつもりはない」とか「公務軽減を拒否」することは、天皇自身がが「公務」(「公的行為」)の内容や量について自分の意思を通そうとすることであり、明白な憲法違反なのです。

 「公的行為」を天皇が自分で決めて実行する憲法違反が常態化しています。今回の「生前退位」問題は、図らずもその異常な実態をあぶり出したと言えるでしょう。

 いま必要なのは、「生前退位」の是非(「皇室典範」改定の是非)などではなく、天皇の「公務」(「公的行為」)のあり方、その是非であり、「公務」(憲法第3条、4条、7条関連)に関して常態化している天皇の憲法違反行為を即刻やめさせることです。

 


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天皇「生前退位」報道の異常と危険

2016年07月16日 | 天皇制と憲法

    

 日本を席巻したばかりか海外にも速報された天皇明仁の「生前退位」問題。その報道は極めて異常で危険なものです。

 ことの始まりは13日午後7時のNHKニュースが「独自ネタ」として報じたことでした。それを各メディアが一斉に追いかけ、「報道合戦」は今も続いています。

 第1の問題は、一連の報道がニュースソースの不明瞭な「リーク」を「事実」とする前提に立って展開されていることです。これはきわめて意図的で大掛かりな情報操作・世論操作と言わねばなりません。

 NHKが天皇が「生前退位」の意向を示したと断言(写真左)したのに続き、各メディアも「…意向を示されていることが分かった」(14日付共同通信)「…示されていることが明らかになった」(同毎日新聞)などと断定しました。

 ところがそのニュースソースはすべて「政府関係者」という匿名の中でも最もあいまいなものにすぎません。一方、宮内庁の山本信一郎次長が13日夜、「そのような事実は一切ない」と否定し、風岡典之長官も14日の定例会見で「そういう事実はない」と重ねて否定しました(写真右)。
 宮内庁が正式に「そういう事実はない」と否定していることをメディアが根拠も示さず勝手に事実と断定し、「すでに皇室典範の改正に着手」とまで報じる。これはきわめて異常な様相だと言わねばなりません。

 NHKにリークしてメディアを操っている者は誰で、その狙いは何でしょうか。2つの可能性が考えられます。

 1つは、宮内庁の「否定」が正しい、つまり天皇明仁はほんとうに「生前退位」の意向を示したことはないとすれば(共同通信は16日付で天皇は「早期退位」を想定していない、という揺り戻しの記事を配信しました=写真中)、リークしたのは安倍政権で、その狙いは、なにかと「平和憲法」を口にする明仁天皇と美智子皇后を「早期退位」に追い込むことだと考えられます。

 もう1つは、宮内庁の「否定」がウソ、つまり天皇明仁が「生前退位」の意向を示しているのは事実の場合(すべてのメディアはこの前提で報じているのですが)、きわめて重大な問題が生じます。それが第2の問題です。

 第2の問題は、天皇の憲法違反行為を、政府、メディア、そして「国民」がそろって容認してしまうことです。

 天皇が「生前退位」の意向を示していることを宮内庁が否定する(否定せざるをえない)のは、「憲法上の立場からも、(天皇が)国の制度に関係するような発言をされたことはこれまでもないし、今後もない」(風岡宮内庁長官、14日の記者会見)という建前があるからです。

 憲法第4条第1項は、「天皇は…国政に関する権能を有しない」と厳格に規定しています。風岡長官の言う「憲法上の立場」とはこのことです。ところが、「生前退位」は現行制度にはなく、その実現のためには皇室典範の改定か特別立法が必要です。
 つまり、天皇が「生前退位の意向」を示したのが事実であれば、天皇は現行制度の改変を望み、そのための法律改定を要求したということになります。これが憲法(第4条)に違反することは明白です。明らかな天皇の憲法違反行為です。

 そして、天皇が「生前退位」の意向を示したことは事実であるという前提に立って、天皇を気遣い、賛美し、皇室典範改定作業をすすめることは、政府もメディアも、そして「国民」も、天皇明仁の憲法違反行為を容認し、理解さえ示していることにほかなりません。これはきわめて異常で危険なことです。

 第3の問題は、憲法を無視して「天皇制」を一貫したものだと描く誤りです。

 すべてのメディアは「現在の天皇で125代を数える皇室」「江戸時代後期の光格天皇以降は約200年にわたり生前の譲位は例がない」(14日付共同)などと、「生前退位」が行われれば200年ぶりだという報じ方をしています。

 これは現在の天皇(皇室)制を「神武天皇」以来の一貫したものだと捉える誤った天皇史観に基づくものです。天皇制は、国民主権を原則とする日本国憲法の施行によってその性格が本質的に変わりました。さらに、大日本帝国憲法で天皇の地位・権限を憲法で定めた(立憲君主制)明治時代とそれ以前の時代との間にも本質的な差異があります。
 その違いを無視して「125代」「200年ぶり」などと言うのは、国民主権の憲法の下における「象徴天皇制」の本質を誤らせるものと言わねばなりません。

 以上3つの点を挙げましたが、実は「生前退位」論にはこれ以外に、メディアが指摘しない重大な問題があります。それは次回書きます。


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