アリの一言 

天皇制、朝鮮半島、沖縄の現実と歴史などから、
  人権・平和・民主主義・生き方を考える。
   

なぜ「天皇制廃止」を議論しないのか

2019年10月31日 | 天皇・天皇制

     

 22日の徳仁天皇「即位の礼」について、新聞各紙は社説や「識者」インタビュー、連載などで論評しました。そこには重要な共通点があります。

 朝日新聞は社説(23日付)で、「正殿の儀」の天皇の「おことば」を「憲法にのっとり、国民統合の象徴としての務めを果たすと誓うもので…適切といえよう」と評価しながら、「前例踏襲」の「政府の事の進め方には大きな疑問がある」としました。

 毎日新聞の社説(23日付)も、「おことば」を「上皇さまのように『国民に寄り添いながら』象徴の役割を行動で果たそうとの思いがにじむ」と賛美する一方、儀式について「前例踏襲を決めたことには問題が残った」としました。

 毎日新聞は23日付で、「天皇制のこれから」と題して3人の「専門家」のインタビューを載せました。
 河西秀哉名古屋大准教授は、明仁天皇(当時)が「公的行為」を拡大してきたことについて、「大成功した。類まれな能力と見識を持った天皇だった」と絶賛する一方、「皇位継承問題の解決のためにも、女性・女系天皇についての議論は一刻も早く前に進めるべきだ」と求めました。

 原武史放送大教授は、雅子皇后をとりあげ、「平成時代の象徴天皇制のスタイルが変化しつつある」とし、「新しい天皇は今後、私的な外出を増やし、一般国民やこれから増える外国人と自由に対話できれば良いと思う」と述べました。

 菅孝行氏(評論家・劇作家)は、「天皇制を巡る近年の変化で特徴的なのは…批判的な言論がほぼ消えたことだ」「以前は天皇制に批判的だっただろう『識者』も、この数年、天皇個人どころか天皇制への支持まで公言しだしている」と指摘。一方、「上皇(明仁―引用者)本人は、心底、民主主義や平和主義を体現しようとしたのだろう」と述べ、「象徴天皇制は、曲がり角にきている」と述べました。

 朝日新聞は27日から3回にわたって「令和の天皇 象徴の行方」と題した連載を掲載。1回目で「皇位継承問題」、2回目で「雅子皇后」、3回目で「公的行為問題」を取り上げました。

 これらの論評に共通しているのは、明仁上皇を賛美するとともに、天皇制が存続しいっそう国民に浸透するにはどうすればいいか、という立場に立って発言・提言していることです(菅氏を除き)。

 なぜ天皇制の必要性・存続そのものを根底から問い直さないのでしょうか。

 「即位の礼」が政教分離・国民主権の憲法原則に抵触することを指摘しながら、天皇制の存続を主張するのは矛盾です。なぜなら、政教一致は天皇制の本質だからです。
 例えば、「高御座」「三種の神器」のない「即位礼正殿の儀」を天皇(天皇制勢力)が受け入れるでしょうか。天皇と天照大神、「三種の神器」は切っても切れない関係です。

 そもそも天皇制は人間を生まれながらに差別する身分制度であり、普遍的人権とは根本的に相いれません。
 国の制度としての天皇制は廃止すべきです。憲法の天皇条項(第1条~8条、第88条)は削除すべきです。

 いま必要なのはその根本的議論を始めることです。それを避けているのは、メディア、政党、「識者」、市民が「天皇タブー(菊タブー)」の虜になっているからです。タブーを排して、天皇制の必要性・存廃について議論を始めようではありませんか。

 


「天皇即位礼」と自衛隊

2019年10月29日 | 天皇制と日米安保

     

 22日の徳仁天皇「即位の礼」で見過ごすことができないもう1つの重大な問題は、天皇と自衛隊の親密な関係が強調されたことです。

 「天孫降臨」を具現化した「高御座」から徳仁天皇が「即位」の「宣明」を行い、それを受けて安倍晋三首相が「寿詞」を読み上げたのに続き、「天皇陛下万歳」を三唱。その時、大砲が鳴り渡りました。その数21。陸上自衛隊による「礼砲」です(写真左)。

 陸上自衛隊はその動画をユーチューブに投稿し、こうコメントしています。
 「陸上自衛隊は、即位の礼において、天皇陛下に対する祝意を表す礼砲を実施しました。総理大臣の万歳三唱に合わせて21発の礼砲が周囲に響き渡り、無事に任務を完遂することができました」

  自衛隊は「礼砲」によって、「即位礼正殿の儀」に参加し、その「任務を完遂」したのです。神道儀式による天皇の「即位宣明」、首相の「寿詞」と「天皇陛下万歳」、そして「皇軍」の末裔である自衛隊の「礼砲」――まさに天皇・政府・軍隊の三位一体によって戦前の天皇制帝国日本が再現された光景です。

  「天皇即位礼」にに対する自衛隊の「祝意」表明は、陸自の「礼砲」だけではありませんでした。海上自衛隊はこの日、朝から夕方まで艦船に「日の丸」を中心とした「万国旗」を掲揚しました。「満艦飾」です(写真中)。夜は電飾による「電燈艦飾」になったといいます。
 海自呉総監部の広報係長は、「天皇陛下ご即位に対する敬意を表しております」とコメントしています(22日の中国地方ローカルニュース)。

  自衛隊と天皇の関係は発足当時から特別なものがあります。帝国日本の侵略戦争・植民地支配の“旗印”となった「旭日旗」を、陸自、海自とも隊旗、艦旗として掲げ続けているのはその象徴です。

 昨年、韓国が自衛隊に済州島で行われる国際観艦式での「旭日旗」自粛を求めた時、河野克俊統合幕僚長(当時)は記者会見で、「海上自衛官にとって自衛艦旗(旭日旗)は誇りだ。降ろしていくことは絶対にない」と言い切りました(2018年10月6日付朝日新聞)。自衛隊にとって「旭日旗」は「誇り」なのです。自衛隊トップがそう公言する根底には、天皇への忠誠心、天皇制軍隊への思慕があるのではないでしょうか。

 自衛隊の天皇への特別の思いを示すものはまだあります。
 昨年3月、安倍政権は自衛隊に「日本の海兵隊」といわれる「水陸機動団」を創設しました。その団旗の意匠はなんと、「三種の神器」の1つ「草薙の剣」です(写真右)。22日の「即位礼当日賢所大前の儀」では天照大神を祀る賢所へ入る徳仁天皇を先導し、「正殿の儀」では「高御座」で天皇の横に安置された、あの「草薙の剣」です(皇居にあるのはレプリカ。本物は熱田神宮に安置)。

  天皇は自衛隊にとって特別の存在なのです。「旭日旗」や「三種の神器」を旗印にすることが彼らの「誇り」です。「礼砲」はまさに自衛隊の心からの「祝意」の表明だったのでしょう。
 「安保法制」によって日米軍事一体化、自衛隊海外派兵が公然と行われるようになったのと軌を一にして、天皇と自衛隊の特別の関係が誇示されるようになってきました。そのことの重大な意味、危険性に目を向けなければなりません。


「即位礼」もうひとつの憲法違反

2019年10月28日 | 天皇・天皇制

     

 「即位礼正殿の儀」(22日)が政教分離、国民主権の憲法原則に抵触する宗教儀式であることは、比較的広く指摘されています。しかし、同じ日に「即位礼」の一環として行われた儀式がきわめて重大な憲法違反の場となったことはあまり知られていません。

  その儀式とは、「正殿の儀」に先立って午前9時から行われた「即位礼正殿の儀当日賢所大前(かしこどころおおまえ)の儀」です。天皇が、「三種の神器」とともに皇祖神・天照大神が祀られている「賢所」に入り、天照に「正殿の儀」を行うことを「奉告」(報告)する儀式で(写真左)、天皇が古来文字で書かれた「御告文(おつげぶみ)」なるものを読み上げます。

 「賢所」に続いて、天皇は「皇霊殿」(皇室の祖先)、「神殿」(国内の神々)でも「奉告」を行います。また、天皇に続いて、皇后、秋篠宮(皇嗣)ら皇族も同様に三殿に入ります。「御告文」に何が書かれており、どんな動作が行われるのかなど、内容はすべて秘密にされています。

 これは明らかな宗教(神道)行事(秘儀)です。さすがの政府もそれは認めざるを得ず、「正殿の儀」と違って「国事行為」とすることができず、「皇室の行事」として行われます。
 ところがこの「皇室の行事」が「国事行為」と混然一体化し、重大な憲法違反を生じています。

 第1に、この宗教儀式に安倍首相ら「三権の長」や地方自治体の代表が参加していることです。

 安倍氏らは徳仁天皇が天照大神に「奉告」する間、「賢所」の近くの軒下で、直立不動でそれを見守っていました(写真中、右)。これは「賢所大前の儀」への事実上の参列・参加と言って過言ではありません。もちろん彼らは「私人」ではなく、公人・公務として参列・参加しているのです。
 憲法第20条は「国及びその機関は…いかなる宗教活動もしてはならない」と明記しています。首相ら「三権の長」、地方自治体代表の「賢所大前の儀」への参列・参加は明白な憲法違反です。

 第2に、憲法は宗教活動への「公金その他の公の財産」の支出を禁じています(第89条)。全国の地方自治体代表が参列・参加するための旅費はもちろん公金(市民の税金)から支出されています。公金を使った「賢所大前の儀」への参列・参加が憲法に反していることは明らかです(「正殿の儀」に参列するツイデという言い訳は通用しません)。

  第3に、では安倍首相らが参列しなければ問題はないかといえば、そうではありません。「皇室の行事」(宮中祭祀)の費用は、皇室財政の中の宮廷費から支出されます。これは国の予算です。つまり、「宮廷費」という名前で宗教活動に公金が支出されているのです。憲法の原則に反することは明らかです。
 しかし、皇室財政は国の予算で賄うことは憲法で規定されています(第88条)。したがって「宮廷費」からの支出は憲法違反にはなりません。つまり、憲法は皇室に限り宗教活動への公金支出を公認しているのです。これは憲法・「象徴天皇制」の根本的矛盾、問題点です。

  以上のように、「賢所大前の儀」は重大な憲法違反の場となりましたが、それはもう終わった話だと片づけることはできません。なぜなら同じこと、すなわち明確な宗教儀式であるために「国事行為」にはできす「皇室の行事」とされながら、実質的には「国事行為」のように扱われ、メディアが報道する儀式がもうすぐ行われようとしているからです。

 それが、皇室神道行事の中でも最も重視されている(したがって最も宗教性の強い)儀式である「大嘗祭」(11月14、15日)です。その違憲性をけっして黙過・容認することはできません。


日曜日記72・「即位礼」と沖縄・「皇室世論調査」が示すもの

2019年10月27日 | 沖縄と天皇制

 ☆「即位礼」と沖縄

  「即位礼正殿の儀」(22日)に王貞治や澤穂希、松本白鴎らが招待され、嬉々として参列したことは別に珍しくもないが、沖縄の相良倫子さん(15)が参列したことには心が痛んだ。
 相良さんは昨年の「沖縄慰霊の日」(6月23日)で「平和の詩」を読み上げた(当時中学3年)ことが“評価”されて招待された。儀式後、相良さんが「平和を祈り、願う気持ちは陛下も私も同じ」(23日付琉球新報)とコメントしたようすはテレビでも流された。 

 沖縄の青年が「陛下」(天皇への忠臣の表明)という言葉を使ってこうしたコメントをし、それを沖縄の県紙が好意的に大きく報じる。なんともやるせない。そう仕向けた「本土」の国家権力に怒りが湧いてくる。

 相良さんだけではない。NHKはこの日、朝の放送開始から深夜まで「即位礼」一色だったが、その中で何度か沖縄の国立戦没者慰霊碑と中継し、遺族代表に天皇賛美のコメントをさせた。

 明仁天皇の「在位30年記念式典」(2月24日)もそうだった。沖縄出身の三浦大知を起用し、天皇賛美の歌を歌わせた。天皇・皇室の重要な儀式があるたびに「沖縄」を引き込む。

 「沖縄」に負い目があるからだ。沖縄を捨て石にして地上戦の地獄をつくり、戦後は「天皇メッセージ」で沖縄をアメリカに売り渡したのは、天皇裕仁だ。その責任に一貫してほうかむりする一方、逆に「沖縄」を取り込もうとする。これは今日版皇民化政策にほかならない。

 琉球新報、沖縄タイムスを含め沖縄の人々がそれに疑問を持たず、むしろ歓迎しているようにみえるのはきわめて不幸なことだ。いや、そういう状況をつくりだしている「本土」の「日本人」こそ、罪が深い。

 ☆最新「皇室世論調査」が示すもの

  「即位の礼」の前日、NHKは皇室に関する世論調査結果を流した。それによれば、「皇室への親しみ」…「感じている」71%、「感じていない」27%。「皇室と国民の距離」…「近くなった」69%、「変わらない」24%、「遠くなった」3%。
  これをNHKは「7割が皇室に親しみ」との見出しで皇室が国民から親しみを持たれていると報じた。そうだろうか。

 2つの質問項目に対する回答傾向はぴったり一致している。27%の「国民」は皇室に「親しみ」を感じていない、距離も近くなったとは思っていない、ということだ。
 この数字はきわめて大きい。なにしろ、NHKはじめすべてのメディアが天皇・皇后、秋篠宮家をはじめとする皇室の動きを逐一賛美する報道を流し続けている中で、しかも「即位礼」を目前にして行われたNHKの世論調査だ。ほとんどが「親しみを感じている」と答えてもおかしくない。
 にもかかわらず約3割が「ノー」と答えた。国家・メディアがどんなに笛を吹いても、踊らない「国民」がこれだけいるということだ。

 憲法第1条は、天皇の「象徴の地位」は「主権の存する日本国民の総意に基づく」としている。「象徴天皇制」の土台だ。しかし、約3割の「国民」はそうは思っていないということだ。「親しみ」を感じられない「象徴」などありえない。少なくとも「象徴の地位」が「国民の総意」でないことは否定できない事実だ。「3割」はけっして無視できる数字ではない。「象徴天皇制」は根本から問い直されなければならない。

 


徳仁天皇「即位宣明」の3つの重大問題

2019年10月26日 | 天皇・天皇制

     

 22日の「即位礼正殿の儀」で徳仁天皇が行った「即位宣明(お言葉)」に対し、「国民に寄り添う」「平和への決意」などと報道は賛美一色です。ハンギョレ新聞ですら、「『平和』と『憲法』を取り上げて論じたことは意味が大き(い)」(23日付社説)と評価しています。こうした賛美・評価ははたして妥当でしょうか。
 「宣明」には少なくとも3つの重大な問題があります。

 ①   「正殿の儀」による「即位宣明」自体が憲法違反

 「宣明」は、「ここに『即位礼正殿の儀』を行い、即位を内外に宣明いたします」と述べました。「正殿の儀」によって正式に即位しそれを宣言する。それが「宣明」の意味であり、「正殿の儀」自体の目的もそこにあります。

  しかし、広く指摘されているように、「三種の神器」を置いた「高御座」は天照大神の座で、「天孫降臨」の神道に基づく明確な宗教儀式です。それを国事行為として国費を投じて行うことは政教分離に反する明白な憲法違反です。

 さらに、天皇が高い位置から即位を「宣明」し、それを受けて首相が壇下から「お祝い(寿詞)」を述べ、「天皇陛下万歳」を三唱するのは、「国民を主権者と明示した日本国憲法と真っ向から反する、主客転倒した儀式」(渡辺治一橋大名誉教授)にほかなりません。

 憲法違反の儀式における憲法違反の「宣明」を賛美・評価することなどできないことは明白です。

 ②   憲法違反を犯しながら「憲法にのっとり」という欺瞞

 「宣明」が「憲法にのっとり」と言ったことを評価したり、「憲法を順守」と比較して論評する向きがありますが、「順守」であろうと「のっとり」であろうと、徳仁天皇が護憲を口にしたことは確かで、そのこと自体が問題です。

 前述のように徳仁天皇が行った「宣明」自体が憲法を逸脱しています。自ら憲法違反を犯しながら、「憲法にのっとり」と護憲を口にする。これほどの欺瞞はありません。
 それは、第1に「正殿の儀」の違憲性を覆い隠し、第2に天皇自らの違憲行為を隠ぺいする、二重の違憲隠ぺいと言わねばなりません。

 ③   明仁前天皇の継承は、憲法逸脱、戦争責任・植民地支配責任隠ぺいの継承

 「宣明」は、「上皇陛下が30年以上にわたるご在位の間…お示しになってきたことに改めて深く思いを致し…」として、明仁前天皇の活動を引きつぐことを明言しました。これが「宣明」全体の基調です。新聞各紙あるいは多くの「識者」もその点を肯定・評価しています。これはきわめて問題です。

 明仁前天皇が在任中に行ったことは何だったでしょうか。「被災地訪問」「戦地慰霊」「福祉施設訪問」などパフォーマンスは活発でしたが、その言動の本質は2つあったといえます。

 1つは、憲法(第6条、7条)に規定されている「天皇の国事行為」を逸脱し、いわゆる「公的活動(天皇としての活動)」なるものを勝手に作り出し、拡大していったことです。その典型・帰結は、憲法違反の「生前退位」でした。
 こうした「公的活動」、天皇自身の意思による公的言動が、第6条、第7条および第2条(皇位継承)、第5条(摂政)、第4条(国政への関与禁止)などに反していることは明らかです。

 もう1つは、父・裕仁天皇の侵略戦争・植民地支配責任を一貫して隠ぺいし、逆に裕仁を擁護してきたことです。
 明仁天皇が沖縄に11回行ったことが美談のように語られていますが、11回も行きながら、裕仁が沖縄を「捨て石」にし、戦後は「国体護持」のために沖縄をアメリカに売り渡した責任について言及・謝罪したことは1度もありません。
 それどころか、明仁天皇は折に触れ(誕生日会見などで)、裕仁を「尊敬している」と擁護し持ち上げてきました。

 明仁路線を賛美し引き継ぐことは、こうした憲法違反の公的・政治的言動、戦争責任・植民地支配責任隠ぺいを引き継ぐことにほかなりません。

 明仁天皇在任中、安倍晋三首相との対比で、天皇を「平和・民主の人」と美化する論調が、いわゆる「民主勢力」の中にも少なくありませんでした。それは重大な誤りです。同じ誤りを徳仁天皇に対しても繰り返すことは許されません。


「即位の礼」・渡辺治談話の改ざんにみるメディアの悪弊

2019年10月24日 | 天皇制とメディア

     

 23日付の各紙は前日の「即位の礼」で持ち切りでしたが、その中に目を疑う記事がありました。地方紙が掲載した共同通信配信の渡辺治一橋大名誉教授の談話です。全文転記します。

 「天皇陛下が一段高いところから即位を宣言する儀式の在り方は、憲法で規定する国民主権という理念から、大きく反している。儀式を行うなら、首相が陛下の位への就任を宣言して、それを受けて陛下が国民の象徴となることを誓う形にするべきだ。平成の代替わりから30年以上たっているのに、見直しが行われなかった。今回は準備期間があったのだから、国会で憲法に沿った即位の在り方を考える超党派の委員会をつくるなどして、国民的な議論をするべきだった」

 全体の趣旨は、「即位の礼」が憲法の理念に反していることを鋭く指摘したもので、権力におもねる「談話」が多い中できわめて貴重な渡辺さんらしい談話です。が、驚いたのは、「天皇陛下」「陛下」です。渡辺さんがこんな言葉を使うはずがありません。
 畏友でもある渡辺さんに直接確かめました。渡辺さんは談話をまだ見ていなかったそうですが、「当然、『陛下』などと言うはずがない」と憤慨し、こう話しました。

 「そもそも談話の趣旨が、即位の儀式全体が国民を主権者とした憲法に反している、というものなのだから、そう言う自分が、天皇の臣としてへりくだる『陛下』などという言葉を使うこと自体があり得ない矛盾だ」

 渡辺さんは共同通信に抗議したそうです。渡辺さんは、「これは、担当記者の“常識”に基づく、“自然な”判断によるものと見られる」としてうえで、こう述べています。

 「以前も(メディアの取材で)天皇という記述を『陛下』に変えてよいかと問われたことがあるから、どの新聞社でもそれ(「天皇」を「陛下」に変える)が“常識”化しているのだろう。その時の記事では、自分以外はみな『陛下』と呼んでいてびっくりした覚えがある。
 こうしたことが、記者たちの当然の“常識”となっていること自体が、おそらく、この30年の変化であって、かえって恐ろしい」

 メディアは天皇・皇室に敬語(絶対敬語)を使うべきではない、と22日のブログに書いたばかりですが、その弊害が予想もしない形で現実化してしまいました。この問題は、渡辺さんが言う通り、一記者の問題ではありません。新聞・メディア全体の問題です。

 いやメディアだけではありません。市民の中にも「天皇陛下」「陛下」という言葉を使っている人は少なくありません。それが自らを天皇の臣下とし、支配・被支配の関係を是認し、戦前の天皇主権に通じる上下関係を表す言葉であることを、どれだけの人が自覚して使っているでしょうか。

 なにげなく使っている言葉、とくに天皇(制)にかかわる言葉にはきわめて重大な政治的・社会的意味が含まれているものが少なくありません。支配・被支配、差別を是認する天皇・皇室に対する敬語は、メディアも市民も使うべきではありません。


メディアは「天皇・皇室報道」の敬語使用をやめよ

2019年10月22日 | 天皇制とメディア

     

 「新聞週間」にあたって新聞大会が16日行われ、「新聞は、地域や世代を超えて互いに尊重し合える社会を支えていく」と決議しました。新聞倫理綱領には、「報道は正確かつ公正でなければなら(ない)」「自らと異なる意見であっても、正確・公正で責任ある言論には、すすんで紙面を提供する」とも明記されていいます。

  しかし、新聞をはじめとするメディアの現状は、この決議や倫理綱領とは程遠いと言わねばなりません。それを端的に示しているのが、「天皇・皇室報道」です。 

 9月19日、マスコミ倫理懇談会第63回全国大会が行われ、分科会で、「天皇代替わり報道」が検証されました。記者として皇室取材を経験したこともある森暢平成城大教授はこう述べました。
 「国民みんなが関心を持っているわけではないのに、全員がお祝いしている、両陛下ありがとうと言っているように見えたのが怖かった」(9月22日付沖縄タイムス) 

 さらに分科会では、「皇族の被災地訪問などで、美談ばかりが報道される理由も議論になり、通信社記者は『ネガティブな話を聞くこともあるが、直接本人に確認取材できない。そうすると美談ばかりが残ってしまう』と難しさを語った。
 福島民報社の円谷真路報道部長は、上皇ご夫妻(ママ)から『困ったことはありませんか』と尋ねられ、『ありません』と答えた東日本大震災の被災者が、実際は夜の寒さなど避難所生活に不満があったと紹介。『本音として報道する方が良いのかどうか』と問題提起した」(同沖縄タイムス)

 これ以上の報道がないので議論がさらに深まったのかどうか分かりませんが、この限りで言えば、「確認取材できない」とはなんたること。「ネガティブな話」を自ら取材して記事にするのが記者の仕事ではありませんか。「本音を報道するのが良いのかどうか」?「良い」に決まっている、いや、「本音を報道する」ことこそメディアの務めです。
 自ら検証することはもちろん必要ですが、こういうことで躊躇しているところに、メディアの「菊タブー」の根の深さが表れています。

 かつて評論家の松浦総三(1914~2011)は、メディアの「天皇報道」は「戦前となんら変わるところがない」と指摘し、次の3点をあげました。「第一に敬語報道であり、第二に誇大報道であり、第三に大本営ばりの宮内庁による報道統制であろう」(『松浦総三の仕事①マスコミの中の天皇』大月書店1984年)

 松浦は「敬語」について、『世界大百科事典』(平凡社)の次の記述を引用しています(太字は松浦が傍点で強調した個所)。
 「本来の地盤は敬意である。敬意は、優越者・支配者の優越を是認しその支配を積極的に受け入れる態度にもとづいており、被支配の感情である。その優越関係が一つの地位また階級について固定した用語で表される場合には絶対敬語といわれる。皇室敬語や<陛下><殿下><閣下><殿>の使分けなどはその例で、これは制度によって敬意が強制されたのである

 続けて松浦はこう述べています。「傍点(太字)のところを、もう一回よく読んでいただきたい。天皇報道につかわれる敬語というのは、一言でいえば絶対敬語で、被支配者が支配者にたいして、支配をみとめて使用する言葉である」(前掲書)

 日本の「天皇・皇室報道」は抜本的に見直し改革されなければなりません。その手始めに、メディアは天皇・皇室に対する敬語の使用を直ちにやめるべきです。


戦後「恩赦」と天皇制復権強化の歴史

2019年10月21日 | 天皇制と日本の政治・...

     

 安倍政権が22日の徳仁天皇「即位の礼」を理由に強行しようとしている「恩赦」(「政令恩赦」)は、二重の憲法原則違反だと先に書きましたが(9月23日のブログ参照)、メディアでも憲法上の疑義を指摘する識者は少なくありません。たとえば―。

 「恩赦を実施するということは、司法権が下した判断を行政権がひっくり返すことを意味する。三権分立の観点から問題があり、民主主義の原則にも反する。実施はあくまでも例外中の例外と考えなければならない。
 現在の日本国憲法は国民主権が大原則で、『象徴』と規定された天皇は、いわばお飾りの存在にすぎず、皇室の慶事は恩赦を実施できる『例外』には当たらない。今回の代替わりに伴う政令恩赦の実施は見送るべきだ」(佐々木高雄青山学院大名誉教授・憲法、9月24日付中国新聞=共同)

  にもかかわらず安倍政権が「恩赦」を強行するのはなぜか。その狙いは戦後「恩赦」の歴史から読み取ることができます。

 敗戦後、現憲法の下で行われた「恩赦」は過去に10回(常時恩赦は除く)。そのうち5回が「皇室の慶弔」を理由にしたものです。

 ●1952年11月 明仁皇太子(当時)「立太子礼」
 ●1959年4月 明仁皇太子結婚
 ●1989年2月 裕仁天皇「大喪」
 ●1990年11月 明仁天皇(当時)即位
 ●1993年6月 徳仁皇太子(当時)結婚
 (1968年11月の「明治100年記念」も実質的には天皇賛美であり、これを含めれば6回)

 端緒となったのが明仁皇太子の「立太子礼」(皇嗣としての皇太子の地位をあらためて国民に告示する儀式。写真右)ですが、この1952年というのはどういう年だったでしょうか。

 ▶1952年4月28日 サンフランシスコ講和条約・日米安保条約が発効し、日本は形の上で「独立」。
 ▶5月3日 皇居前広場で「平和条約発効ならびに憲法施行五周年記念式典」が開かれ、天皇裕仁は「この時に当たり…自らを励まして負荷の重きにたえん」と述べ、退位論を一蹴して引き続き天皇の座に居座ることを表明。
 ▶11月8日(「立太子礼」2日前) 宮内庁が、翌年6月に行われる英国エリザベス女王の戴冠式に、明仁皇太子が裕仁の名代として出席すると発表。

 一方、当時の吉田茂内閣は、皇室典範には規定のない「立太子礼」を「国事行為」として強行することを閣議決定。儀式のやり方は旧皇室令に準拠しました。

 「政府は、意識して明治憲法下の伝統的制度との連続を追求したのである。この立太子礼において、『寿詞(よごと)』の結びを、吉田が『臣茂』と書いたことは、当代吉田政府のかかるねらいを象徴していたといえよう」(渡辺治氏『戦後政治史の中の天皇制』青木書店)

 裕仁をはじめとする天皇制勢力と吉田茂内閣は、日米安保条約発効を機に、戦前と連続する天皇制の復権を図ったのです。しかし、裕仁はもはやその任を果たすことはできず、代わって「戦後新時代のホープ」(吉田伸弥著『天皇への道』講談社文庫)として前面に押し出されたのが明仁皇太子にほかなりません。その画期となったのが「立太子礼」です。

 その時初めて「皇室の慶事」を理由にして行われた「恩赦」は、こうした天皇制復権強化策動の中で、天皇・皇室の権威を高める手段の1つとして行われたのでした。
 以後の「恩赦」もすべてこの延長線上にあります。戦争法制下、自衛隊(日本軍)の海外派兵が計画され、「天皇元首化」、9条改悪を図る安倍改憲策動の中で強行される今回の「恩赦」もけっして例外ではありません。


日曜日記71・国歌・「君が代」と茨木のり子

2019年10月20日 | 日記・エッセイ・コラム

☆国歌・「君が代」と茨木のり子

  「アリの一言」を書いたあと、もっとこう書けばよかった、と悔やまれることはしょっちゅうある。「ラグビーW杯・『君が代』より『ビクトリーロード』」(10月15日)もその1つだ。「ラグビーに『君が代』は似合わない」と書いたが、似合うかどうかの問題ではない。 

 そう思っている時、後藤正治著『清冽 詩人茨木のり子の肖像』(中公文庫)で、茨木をまた1つ見直した。

 茨木のり子(1926~2006)は1990年、甥とその婚約者と、ボストン交響楽団の演奏会をNHKホールに聴きにいった。その時のことだ。

 < 演奏の前、交響楽団は来日の儀礼ということであったのだろう、「君が代」を演奏した。周りのほとんどの聴衆が起立したなか、茨木はじっと座っていた。小声で、治と薫(甥と婚約者―引用者)にこういった。
「今日、私は音楽を聴きに来たのでね…。私は立たないけれど、あなたたちは好きにしなさい」>

 それから4年後の1994年、茨木は「鄙(ひな)ぶりの唄」という詩を書いた。後藤氏は「おそらくこの日(ボストン交響楽団演奏の日)のことを想起しつつしたためた詩句であろう」と解説している。

   それぞれの土から
  陽炎のように
  ふっと匂い立った旋律がある
  愛されてひとびとに
  永くうたいつがれてきた民謡がある
  なぜ国歌など
  ものものしくうたう必要がありましょう
  おおかたは侵略の血でよごれ
  腹黒の過去を隠しもちながら
  口を拭って起立して
  直立不動でうたわなければならないか
  聞かなければならないか
    私は立たない 坐っています 

  演奏なくてはさみしい時は
  民謡こそがふさわしい
  (中略)
  それぞれの山や河が薫りたち
  野に風は渡ってゆくでしょう
  それならいっしょにハモります
  (後略) 

 この詩より約20年前、天皇裕仁は記者会見(1975年10月)で「戦争責任について」聞かれ、こう答えた。「そういう言葉のアヤについては、私はそういう文学方面はあまり研究もしていないのでよくわかりませんから、そういう問題についてはお答えが出来かねます」

 この裕仁の発言への憤りを、茨木のり子は「四海波静」という詩(1975年11月)でこう書いた。

   戦争責任を問われて
  その人は言った
  (中略)
  思わず笑いが込みあげて
  どす黒い笑い吐血のように
  噴きあげては 止り また噴きあげる 

  三歳の童子だって笑い出すだろう
  文学研究果さねば あばばばばとも言えないとしたら
  四つの島
  笑(えら)ぎに笑ぎて どよもすか
  三十年に一つのとてつもないブラック・ユーモア
  (後略)

 この茨木のり子にしてあの詩あり。
 国歌など必要ない。


日本共産党は国会開会式も欠席すべきだ

2019年10月19日 | 日本共産党

     

 日本共産党の志位和夫委員長は10日の記者会見で、22日行われる徳仁天皇の「即位の礼」について、「日本国憲法を厳格に守る立場から出席しない」(11日付しんぶん赤旗)と述べました。当然のこととはいえ、評価される言明です。
 しかし、この表明には2つの疑問が残ります。

 1つは、今回の欠席表明が、「天皇の代替わりに際して行われる一連の儀式への立場について問われ…」(同「赤旗」)と、記者の質問に答えたものだということです。前日の9日にも小池晃書記局長が記者会見で同様の見解を示しましたが、それも、「一連の儀式への態度について問われ…」(10日付しんぶん赤旗)と、同じく質問に答えたものでした。 

 質問されなかったら言わないつもりだったのでしょうか? なぜ自ら記者会見を開き、声明文を配布して「反対」を表明しなかったのでしょう。自分が「欠席」するだけでなく、「即位の礼は違憲だ。中止せよ」と要求しなかったのでしょうか。 

 「欠席」表明も、機関紙「赤旗」での扱いは、志位氏の場合2面3段、小池氏にいたっては2面2段(最下段)という地味な扱いです。「欠席」は表明したものの、その姿勢には大きな疑問を禁じ得ません。

  第2に、志位氏は「即位の礼」について、「日本国憲法の国民主権の原則と政教分離の原則とおよそ相いれない、こういう儀式のやりかたは改めるべきだと繰り返し求めたにもかかわらず、見直されることはなかった」(同前)と述べて「欠席」を表明しました。
 それならば当然「欠席」しなければならない儀式がもう1つあるのではありませんか。天皇が臨席して「お言葉」なるものを読み上げる国会開会式(写真中)です。 

 志位氏は今年6月の「赤旗」インタビューでこう述べていました。
 「国会の開会式についていうと…国民主権の日本国憲法のもとで、国権の最高機関とされている国会の開会式が、戦前の『開院式』の形式をそのまま踏襲するものとなっていることは、大きな問題です」(2019年6月4日付しんぶん「赤旗」)

 しかし、共産党は2016年1月の国会から、従来の方針を転換して開会式に出席し始めました。志位氏自身出席し、天皇に頭を下げました(写真右)。
 この点について志位氏は、「開会式での天皇の発言に変化が見られ、この三十数年来は、儀礼的・形式的なものとなっています。天皇の発言の内容には憲法からの逸脱は見られなくなり、儀式的・形式的な発言が慣例として定着したと判断し、開会式に出席することにしました」(同前)と述べています。

 これはきわめて奇異な発言です。百歩譲って「天皇の発言の内容」に憲法からの逸脱がないとしても、「国権の最高機関」である国会で、「戦前の開院式の形式をそのまま踏襲」して「お言葉」なるものを読み上げる、まさにその「儀式・形式」こそが「憲法からの逸脱」に他ならないのではありませんか。

 現に志位氏は先の出席の弁明に続いて、「開会式の形式が戦前をそのまま踏襲するものとなっているという問題点は、現在にいたるもなんら改善されておらず、引き続き抜本的な改革を求めていく」と述べています。「戦前をそのまま踏襲」とは現在の憲法からの逸脱、すなわち違憲だということです。共産党は自ら違憲と批判する儀式に出席しているのです。

 それは重大な誤りです。そして、今回の「即位の礼」欠席表明とも矛盾していることは明らかです。
 共産党は「即位の礼」に続いて、国会開会式も欠席するよう方針を再転換すべきです。