中野さなえ活動日誌

花には太陽を こどもらには平和を

阿南町から売木村へ。テレビ朝日が取材

2010年01月21日 21時16分17秒 | 活動日誌
 今日も盛りだくさんでした。ホテルを8時半出発。阿南町と売木村での行動でした。あいにくの雨。
売木は、長野から片道3時間以上かかる長野県の最南端の村です。

 阿南町では、まず富草の農協にごあいさつしたあと、佐々木町長さんと懇談、役場の皆さんにもご挨拶させていただき、和合の森林組合長さんとも懇談しました。

 お昼は新野の道の駅で、支部の皆さんと懇談しながら取りました。

 午後は売木村へ。まずは街頭からの訴え、そして「つどい」です。その後また阿南町に戻って、支部の皆さんと懇談しました。
 
 午前中はテレビ朝日が取材で同行しました。25日月曜日、夕方6時17分から報道するそうです。

 佐々木阿南町長さんと懇談。人口5500人を切っている阿南町、「農業、林業の疲弊が過疎を進めてきた。民主党の戸別保障も、下伊那では大きな農家は少ないのでどのくらい効果があるか」と心配されておりました。
 「農業を基幹産業として位置づける姿勢が大事ですね」と共産党の農業再生プランの話しもさせていただきました。

役場の職員のみなさんにご挨拶させていただきました。左となりにいる方は町長さんです。

和合の深林組合長さんと懇談しました。和合までは川に沿った細い道を山奥深く入ってゆきます。下伊那の深さを感じさせます。
 「ドイツの木材受給率は100パーセントです。8割を輸入に頼っている日本との違いはどこか。産業としての位置づけはどうなのか。輸入木材には関税をしっかりかけてもらいたい。自国の木材を保護することは当たり前です。林業をやりたい人はいるのです。暮らせるだけの所得を上げて、ここに住んでもらうようにしたい」など、現場の厳しさを語ってくださいました。

 「新野道の駅」でお昼ご飯。五平餅定食を食べました。さかなはヤマメでした。冷や奴についていたわさびが辛くて最高においしかった。満足である。値段は1200円でした。

 
宣伝カーは一日中、中野さなえが来たことをお知らせしながら、私たちを先導してくれました。アナウンサーをしてくれたのは、元阿南町会議員だった金子さん。ありがとうございます。
 売木村に入って、まず街頭からの訴えをしました。

 そして「つどい」、雨にもかかわらず12人の参加でした。
 初めてお会いする方もいましたので、ご要望で「そもそもなんで国政に挑むようになったのか」もお話ししました。私の原点ですね。
 売木村は人口600人。ここでも過疎が問題に。後期高齢者医療制度や年金、農業問題と民主党幹事長小沢氏のヤミ献金疑惑が話題になりました。
小沢氏の問題では、皆さん怒り心頭。「徹底的に追求してもらいたい。苦しい生活を強いられているのに、許しておけない」

 沖縄名護市の市長選挙も迫ってきました。沖縄の様子もお伝えしました。稲嶺さん、勝ってほしい。

 このあと阿南町に戻って、党支部の皆さんとの懇談でした。党大会の様子をお伝えしました。皆さん、全国ががんばっている様子に真剣に聞き入ってくれました。
 「今度こそ中野さんを国会へ送るね。がんばるね。身体に気をつけてね」と励ましていただき、勇気百倍でした。

 けっこう密度濃かった一日でした。帰りの車の中では、すやすやと寝込みました。いつどこでも寝れてしまうのは、私の特技です。

 明日は、JA信州上田が朝8時半から懇談をしてくださるというので、7時出発で上田に向かいます。青木村の村長さんとも懇談の予定です。
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辰野町、伊那市、南箕輪村、飯田市へ。辰野の素敵な事務所!

2010年01月20日 22時09分07秒 | 活動日誌
 今日は盛りだくさんでした。
 午前中は辰野町で、根橋町会議員と医師会のドクター中心に訪問活動。午後は伊那市で飯島議員と森林組合訪問懇談、そのあと南箕輪に移動して三沢、久保村両村会議員と、商工会議所や農協を訪問したあと、村長さんと懇談しました。
 村長さんとの懇談のあと、飯田市へ移動、6時半からの飯田・下伊那地区委員会の「新春のつどい」に参加しました。

 辰野では医師会のドクターにも、自民党員だという社長さんにも「民主党はお金の問題ではまったくだめだ。私はもうしがらみは無い。今度は共産党にしようか」など、大いに励ましていただきました。

 23日引越しという、辰野の党の新事務所に立ち寄りました。後援会の皆さんが労働奉仕で事務所のリニューアル工事に専念していました。「中野事務所開設でがんばるぞ!」と励ましていただいて、私も「よっしゃ!」と。
 後援会長さんらと。後援会長さん、自ら大工仕事。

前のお店の看板がまたすばらしい、「花と種」。種をまいて花を咲かそう、共産党!!

 やっぱり現場です。学ぶことが多い。伊那の森林組合では森林への情熱や要望がたくさん出され、私のメモノートは4ページに渡りました。
 「温室ガスで後押しされて森林の整備がやっとできている状況。自立して整備するだけの応援がほしい」「木材の運輸に支援があれば、助かります」

 伊那森林組合はペレットストーブを開発普及しています。「まだ黒とまではいかない。はじめの5年は赤字でした。」
 「毎年、共産党の県議団は公的施設でペレットストーブを入れるように要求していますが、いっそうがんばりますね」と約束してきました。

南箕輪村の唐木村長さんと懇談。「住民の暮らしが第一、福祉は後退させたくない」との信念を語ってくれました。
 
 私が感心したのは、「療育保育」です。傷がい児と境界線上の子で地域の保育園で育つことを希望している子は全員引き受ける、そのための予算をつけるという村長の姿勢です。
 「ここで生まれた子はここでめんどうみたい。今は保育園だけですが、ゆくゆくは中学校まで拡大したい。あくまで希望です。迷いは非常に大きい。地元の学校で本当にいいのかと。しかし、地域で育つ、これは基本、当たり前のことです」

 予算を削ることが最大の目的の特別支援教育が進む中で、本来の「支援教育」をめざしているこの村に、敬意を表したい。
 村長さんの言葉「共産党の議員はこれは当たり前のことだだというのですよ」

 夕方、飯田市へ。地区委員会の「新春のつどい」でした。

 今井県委員長の、約40分の党大会決議の報告がメイン。私もごあいさつさせていただきました。大会に一緒に参加した関島議員の挨拶も確信に満ちてすばらしく、胸を打ちました。
 会場は「参議院選挙、絶対勝とう!」の熱気であふれました。
 
 第1部の政治集会のあと、懇親会。女性パワーで歌声も響かせました。

 選対の予定表では、私の健康を気使ってくれ「挨拶が終ったらホテルへ」でした。でもがんばっている皆さんと集いたかった。で、楽しいひと時でした。たっぷり楽しんできました!

 明日は、阿智、売木など下伊那方面です。下伊那は本番になるとなかなか入れない不便なところです。もう一度これるかな・・・との思いで行動します。

 
 
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「泥棒にも三分の理」は通用しない「税金泥棒」。デスクワーク

2010年01月19日 19時16分53秒 | 活動日誌
 定例の長野駅頭宣伝、非常に寒かったです。このところ、冷え込みが激しいですね。
原田市会議員、石坂県議と3人で訴えました。

 内容の中心は、小沢民主党幹事長のゼネコンからのヤミ献金疑惑問題です。

 小沢氏の態度はもちろん、不誠実そのものですが、輪をかけて鳩山代表も検察側と「たたかってください」とは何事でしょうか。国民に説明責任を取らせることが、まずは代表のやることでしょう。
 民主党大会でも、誰も何も言わなかった。小沢氏が恐いのだろうか???

 いかんせん自浄能力のない政党です。

 水谷建設は「間違いなくわたした」と小沢氏の(元)秘書にお金を渡したことを証言しています。このスクープが、赤旗なのですからすごい! 赤旗、大活躍です。

 この問題は、長野県にも大いに関係があります。浅川ダムです。
 西松建設は、村井知事に1000万円わたしたと証言しているのに、村井知事は小沢氏と同じで「知らぬ存ぜぬ」、秘書が自死する前日まで検察側に事情聴衆を受けていたにもかかわらず、どういう事か。

 小沢氏も村井知事も、国民、県民は誰も信用していない。ヤミ献金を受け取り税金をゼネコン側に還流する「汚れた政治」、国民が命を削って暮らしているというのに、涼しい顔をして黙りを決める姿勢を許してはならない。
 
「泥棒にも三部の理」というが、これは庶民の間で通じる格言であって、「税金泥棒」にはまったく「理」はないと思いますね。

 さて、いつもにまして話しかけてくる方が多かったのです。

 掃除で働いていたおじさんは「仲間が10人いるんだ。共産党だと話しておくよ。がんばってな」と。
 自転車を止めたおじさん「あんた、ポスターの人かい? もう、共産党しかないな。小沢を徹底的に追求してくれ」と握手でした。
 また、足を止めた女性の方は「お金の問題、訳わかんないよね。志位さん、いいこと言うよね。共産党、応援するからがんばって」と、堅く握手。

 車からも沢山の手ふりがありました。皆さん、怒ってる。寒かったけど、共感が嬉しくて心はほっかほっかでした。

 家に帰ってからは、ほとんど一日、台所で過ごしました。台所は兼事務室です。
 新聞の切り抜きや原稿書きなどで目一杯。一日って、なんでこんなに短いの!

 料理や洗濯の家事は気分転換のいい仕事、好きだしね。けっこう良妻賢母かしら? グフフフフ・・・・・!

 今日は、いただいた市田柿を新しい御菓子に変身させました。事務所のHさんのお母さんが作ったこれがおいしくて、刺激されてやってみました。
ゆずを使って、すのこで巻いて・・・

サランラップで包んでなじませてみましょう。できばえは!!  数日後をお楽しみ!
 
 明日は、上伊那、夕方移動して飯田市へ。泊まりです。

 
 
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終日常任委員会・娘帰る・体調改善

2010年01月18日 20時33分50秒 | 活動日誌
                            ゼラニューム

 終日常任委員会でした。党大会の決定を受けて、県党の活動総合計画を立てる第1回目の会議です。まずは大会の感想を出し合いました。
 感動さめやらずではありますが、国民の未来は開けているといえど、前進できるかどうかは私たちのがんばりかた次第。

 現実的課題に向かって、英知を結集してこころ一つにがんばろうとの話し合いが夕方まで続きました。

 家の給湯器が具合悪くなっていて、夕方修理に来てくれることになっていたので、会議のあと急いで帰宅しました。無事改善。
 
 昨晩泊まった娘が、夕飯を食べてから松本へ帰りました。夕飯を食べながら宮城にいる祖母の話です。「あと何回会えるだろう」
 「娘が近くにいるっていいよね。お母さんは行きたくてもおばあちゃんのところへ行ってあげられない」
 でも、その娘たちも今後どうなるかは、ケセラセラ。問題は介護です。老後の心配が無い世の中にしなくてはいけませんね。

 体調改善。発疹がまったく出なくなりました。なんと10日間もかかってしまった。だけど、薬はまだやめてはいけなのだそうです。リバウンド防止でもう少し飲まなければなりません。
 夫に「完全に直さないとまた出るぞ」と脅されて、まじめに治療しました。毎晩熱海まで電話をくれて、ありがとさん。

 大会中に書いた日記をアップしました。酔って書いた日もありましたが・・・。ごらんください。
大会で井上参議院議員、和田県議と。
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旗開きのはしご。ハイチ災害募金活動

2010年01月17日 23時07分37秒 | 活動日誌
              熱海の学習会館に行く途中の山道で 和田県議と小池長水地区委員長、矢口常任委員と     
雪の飯綱町
 
 昨日までの「熱海さくら」が咲いていた熱海とはうって変わって、雪の飯綱町へ行きました。こちらは大雪、一緒に大会に参加した飯山市の小林喜美治さん、夕べは無事に帰れたか心配になりました。

 飯綱町では党と後援会の旗開き、2人の新しい入党者の歓迎会も兼ねての旗開きでした。


 昼は長野市に戻って、街頭からの訴え。今日はハイチ災害の募金活動でした。かわいい子どもたちが、お小遣いを募金箱に入れてくれました。


 国労後援会の旗開きに行きました。「国労の歌声」もゆっくり聞きたかったけど、残念。ご挨拶を終えていそいで県委員会に戻って、そそくさと10分で昼食をとって、2時、上田市へ出発。

 上田市ではJMIU長野地本の旗開きです。

 職場ごとの挨拶があり、皆さん一人一人、全員が一言お話ししました。JMIUは「アットホーム」です。長野県の労働運動の中心的な役割を果たし、「派遣村」でもちからを発揮しました。「心をつなぎ、人間らしく働こう!」と意気高い旗開きでした。

 松本の娘が今晩帰ってくると、熱海にいたときにメールを受けました。そこで上田からいそいで帰って夕食の準備。実は間に合わないと思って、ゆうべ買い物をすませて、煮物は作っておきました。

 帰ってきた娘「忘れていたでしょう?」「え?」「私の誕生日!」「は!」
 すっかり忘れていましたあ~。
 「だれからもメールが来ない。みんな忘れてるんだ」とすねかかったときに登場したお姉チャン。ケーキの箱を持っていた!!
 よかったなあ、持つべきは姉妹。
 ちょっと奮発してすき焼きにしておいて、これも良かった。実は料理する時間が無かった事に加え、ちょうどお肉が安かったからなんだけど・・・・。
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ただいま。第25回党大会から帰りました。感動の4日間でした。

2010年01月16日 20時26分53秒 | 活動日誌
              長野県代議員集合! 井上参議院議員、かわえ候補といっしょに



 熱海で開かれた第25回党大会から、かえりました。感動の4日間でした。私は、党大会には4回目の参加です。特に今年は長引いた総選挙の関係で、じつに4年ぶりです。

 会場は約千人の代議員の熱気にあふれていました。

 
 志位委員長の報告は、国民が歴史を根底から変えようとしているマグマのたぎりを確信させ、この時代に生きている意義を、ぞくぞくする思いで感じました。

 代議員の発言は、それぞれが涙、笑い、感動なしで聞けない実践ばかり。
 何より私が発言者から受け止めたことは、国民の苦難軽減のため、困難に負けずに切り開く気概、共産党員としての原点の姿勢でした。共産党、ここにありです。

 特に若者の発言には、涙腺がゆるみっぱなしでした。派遣切りからすくわれて、今度は自分が救う側と、入党して奮闘する青年労働者のはなし。
青年議員の奮闘ぶり、入党2ヶ月で初参加の最年少19才の大学生、死にたいと思うまで悩んで生き甲斐を見つけ入党・・・・小豆島に空白克服で移住、誰も知らない村で開拓精神でがんばる青年・・
 
 心洗われ、私も真摯にがんばろうと深く感じ入りました。

吉川春子さんと

 赤旗に代議員の発言集が載っていますが、会場で一体となって聞く心の通い合いは代議員の特権、代表として行かせていただいて、仲間の皆さんに感謝の気持ちで一杯です。

故郷の宮城県石巻市の東部地区委員長、小野寺さんと。なつかしい。

鶏小屋ゲージのように狭い会場。体操しないとね。

 二日目、来賓でご挨拶された経済同友会終身幹事の品川正治さんの、じっくり語りかける話の内容には身が震えました。
 
「・・・急速な早さでその時期が来ている。アメリカいいなり大企業優先の問題のそこに、いつも反共があった。しかし、今、反共ははっきり崩れ去ろうとしている。共産党はもう少し、踏み込んでもらえないか。激動の時代の立ち位置をはっきりさせて、私たちに立ち位置を示してもらいたい」

 農協全国の専務理事さんも来賓でおいでになりました。初めての事です。会長代理でご挨拶「求めていることは、共産党と一致します」

 来賓の肩書きを見ただけでも時代の変化を感じますが、中身がまたすばらしい。共同の時代を実感しました。

 民主党政権という過渡的な政府を通じて、国民の大きな前向きの力は、さらに進んだ政治へと進んでゆく流れになることを深く確信をするものでした。

 ●毎晩、日誌をワードで記録してきましたので、数日中にアップします。大会の様子をかいま見てください。●

                           

 明日は、午前中は飯綱町で「つどい」、昼宣伝をして、午後は国鉄後援会の集まりに。その後上田へ跳んで、JMIUの新年旗開きに出席します。

 
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「劇ジン」緩和。明日から党大会、行ってきます。遠方より友来る。

2010年01月12日 15時39分21秒 | 活動日誌
 
 
 夕べはぐっすり眠れて、「劇ジン」も今朝は大分改善してきました。もう少し!!  大会参加に間に合いました。良かった!   
 見るに耐えれる顔になったのが一番うれしい。
 
 しかも、たまたまきてくださった友人二人が、「赤旗日曜版」を購読してくれるとのこと、それも「読むのは初めて」といいます。
 
 「派遣きり、仕事が無い」の記事を見て「これ、家のだんなのことだわ。人事ではない。私の働きにかかっているの」
 「世界中不景気でも、ホームレスがいるのは日本だけなんだよ」
 「へえ・・」
 予算案の記事では「このとおり。私たちのお財布が暖かくなくては景気はよくならない。税金、ちゃんと使ってもらいたい」

 「これ、わけがわかる新聞なの」とのお勧めに「1つ800円かと思ってどうしようかと思ったら、1ヶ月800円なのね。それならいいわ」と、快く読んでくださることになりました。

 代議員なのに、大会の成功のため最後までがんばれず、「治療」のためお休みとは・・・・・と心苦しく思っていましたから、ほんとにうれしくて、ホッとしました。

      遠方より友来る、とってもうれしからずや
      持つべきものは友

 
 さて、あすから4日間お世話になる伊豆のお宿には、インターネットが備えてないとのこと。それで、リアルタイムに報告できなくて残念ですが、韓国や沖縄に行ったときのように、ワードで毎日記録して、帰ってきたらアップする手を取ろうと思います。
 それで16日まで、ブログはお休みになります。

                   

 先日は各地で成人式が行なわれました。私が20歳の頃は、大学生。貧乏学生だったけど、夢があった。
 卒業すれば希望していた教員になれる。そして働けばお金が入る、自分で生活できるという確信があった。
 大学の奨学金は教員になれば支払免除だったし、高校の時の奨学金も「特別奨学金」だったので半額免除、残りは1年に1回4000円ほど、20年かけて支払えばよかったから、負担はなかった。
 時に、大学の授業料は年間1万2千円でした。

 今は、卒業しても仕事が無い。その上奨学金は利息付。
 月10万円借りたWさんは、卒業時で約5百万円の借金、支払金額は月3万円、3ヶ月支払を怠るとブラックリストに載る仕組みも作られました。これは奨学金とはいえません。私は国経営の悪質な「高利貸し」だと思う。
 授業料は「国立」で7~80万円です。

 これひとつ見ても、今の若者が過酷な状況におかれていることが歴然としています。自民党政治がどのような政策を取ってきたか、良くわかります。
 
 世界は授業料無償、奨学金は給付制で支払はしなくてもいいのが主流です。同じ資本主義の国がやっていることを、大金持ちの日本にできないわけはありません。
 立ち位置をしっかりと国民に置いた、財界、アメリカの言いなりにならない政治の根本的転換をすればできることです。

 若者と一緒に、夢を語れる社会を作ってゆくためにがんばろう。

 
 

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不覚にもひどいジンマシン

2010年01月11日 22時31分12秒 | 活動日誌
 
 8日より原因不明のジンマシン。3日間は注射をしつつ我慢していたのですが、一向によくならず、足の裏や手のひらまでまっかっか。夕べはかゆみで一晩眠れなかった。
 今日はいよいよ休んで明後日からの大会に備えて体力を回復させています。

 夫に言わせればかなり悪質、頑固者のジンマシン。「今まで見たことが無い」と。「慢性にならないようにがっちり直せ」という。
 あまりひどいのでプレドニン(ステロイド)を使いました。薬が効いているうちはいいのですが、今朝は背中にも腰にも足にも、「ほっかいろ」ならぬ「保冷剤」を当てている始末。
 首から目までも腫れてきたから、目にも小さい保冷剤を当てて・・・ああああ。なんという格好でしょうか!!

 更年期の症状も何も無くいたって健康だと自負していましたが、突然アレルギー体質になったのかしら・・・と「やられた!」という感じ。

 明日は何とかよくならなければ。大会前に、党勢拡大をがんばらなくっちゃいけなかったのに。

 そんな格好で、でもまあ、本を2冊、読めたのがお得でした。それと、プレドニン効果で、肩こりがきれいさっぱり治って、その点では快適。でも、劇薬だから、長くは飲めません。明日の症状に期待しようっと。良くなっていますように!!
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大桑村へ行きました

2010年01月10日 22時20分23秒 | 活動日誌
ヒマラヤユキノシタ



 大桑村で開かれたつどいにでました。大桑村も木曾谷の中です。林業、農業が中心の村、林業に携わっている方の参加も多く、林業の話も中心の話題でした。
 15人の参加で、村会議員の古畑さん、瓜生さん、衆議院小選挙区でがんばった上田さんと一緒でした。


 まず私から、一昨日行った長野県の森林組合の専務さんの対応の報告をすると、皆さん、明るいお顔で「かわってきたんだ」と。

 木曾谷で林業で働いていた人は、30年ほど前は1719人いたのに、今は600人ほどに減った話も出され、
 「百姓やって農業やれば食べてゆけるようになれば、村も栄えるんだ」
 「家は山の間伐したものの、そのまま捨ててある。金がかかって仕方ない」
 「国有林を切っても、村は金にならない」
 「間伐材の利用を考えなくては、もったいない。火力発電のエネルギーに使う話はいい」
 「林野の予算は3700億、そのうち森林は8パーセントにすぎない。国がもっと予算をつけなければどうにもならない」
 「木曾は水と木と山しかないんだ。みんなで考えなくては」とたくさんの意見が出され、環境問題にも発展し花が咲きました。



 そこから財源問題に。2つの聖域の話に手をつけられない民主党政権の弱点を克服すれば、政治が変わること、共産党の役割も話しになりました。
「先の見える政治にしたいね」
 
 そして、沖縄問題に。わたしから沖縄に行った報告をしました。V字型滑走路で水平線が見えなくなる話や、国際大学に落ちたヘリは大型バスより大きい話などの話にも、皆さん驚きの声でした。
 また、普天間の基地のある宜野湾市の皆さんは、すでに「基地が無くなったらこんな町に・・・」と構想図を作っていることにも共感のうなずきがありました。
 「略奪した土地の地代も払っていない」話には「まー、ひどい!」と。
 「沖縄は私たちの問題だ」と。

 「民主党にしっかりしてもらうには共産党の躍進しかない。ぜひお願いします」

 「参議選挙はがんばってもらいたい」との期待が高まりました。

 参加したお二人の方に入党のお誘いをしました。
 「介護で疲れていて狭い考えになっていましたが、今日はきてよかった。明るい気持になれました」
 「なんでも信頼して話せる仲間は大事ですね。こんな機会は出てきたい。共産党は一生懸命。仲間になってもいい気もちはあるけど・・」とお二人とも考えてくださることになりました。

 
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県党会議でした

2010年01月09日 21時10分24秒 | 活動日誌
                   ネコのシッポ

 終日、県党会議でした。
各地区や支部代表からの発言は、大会決定に則して論議が行なわれ、大会と参議院選挙をめざして党を大きくしようとの努力や、新入党員が中心になって3人の仲間を15人まで増やし支部を独立させた報告や、若者からの一人ひとりの仲間の心に寄り添って自分も成長している姿の発言など、それぞれ胸を打たれるものでした。
 私は、2章の「異常な対米従属」の項を深める立場で、沖縄の報告をしました。

13日から行なわれる党大会の代議員も選出されました。私も代議員の一人として、4日間の大会に行くことになりました。
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