中野さなえ活動日誌

花には太陽を こどもらには平和を

言い様がなくていたらくな自民党

2024年02月28日 08時20分59秒 | 活動日誌
自民党の自浄能力のなさにはずっとあきれていますが、今度もなんと、そこまでいい加減か!!との怒りがわきます。
 
パーティ券裏金問題での政治倫理審査会の公開を拒否し、さらには、欠席まで言い出して、ついに審査会は流れた。
 
「私だけがやり玉に挙がるのはいやだ。皆やっていること。見つかってまずった」程度の認識なのでしょうか。
 
 
農業基本法改定案にしても、この期に及んでも輸入に頼り自給率を上げようとしない。
 
これからは異常気象の元、どの国も自分の国の食料調達でいっぱいになってくるに違いない。そしたら、日本には飢餓がやってくる。
 
頭の思考回路が我々庶民の立場に立っていないとはもとより承知だが、その際限のなさが日本を壊してしまうことを想像できないところに、愚かさの骨頂がある。
 
 
おまけに、不足の事態には農家に芋を作らせると!!
まるで戦時中ではありませんか。
 
このような体質は地方議会にも流れていて、中央のいいなり、住民の暮らしはおろそかにしての無駄使いが目立ち、長野もその通りです。
 
 
自民党の本質がここまで明らかになったのも、赤旗のスクープが発端だった。
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親孝行したいときには親はなし

2024年02月27日 06時18分54秒 | 活動日誌
親孝行 したいときには親はなし」
 
 
先日、合唱団のレッスンの時、ピアノの先生が「自分の足腰が弱くなって、初めて母の気持ちが分かるようになった。ああ、もっと優しくしてあげればよかった」と言われました。
 
 
「みんな同じなんだなあ」とほっとしました。
 
 
人生の最終ラウンドは「玄黒」と呼び、とある国では高齢者はとても大事にされて、相談役として活躍するのだそうです。
 
 
私も、やっと人生のいろいろがみえてくる年令になってきたのか・・・・と思う反面、そうは言っても、なくなった元高教組委員長だった中澤先生のように、若いときから温和で包容力のある方もいる。
 
 
わたしが若いときからもっと優しかったら、父母にもっと親孝行できたかもしれない・・・・と後悔するのです。
 
これが「親孝行したいときには親はなし」ですか。よく言い当てたものです。
 
 
親孝行って、何かをしてあげると言うことではなくて、優しさなのだとつくづく思うのですね。
 
 
ジィジから、通勤途中でロウバイを見つけたと写真が送られてきました。
 
長野はまだまだ寒い。今日は雪。だが、春の兆しはうれしい。
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震災をわすれない、春を呼ぶコンサート!

2024年02月24日 06時45分55秒 | 活動日誌
今日はサボらずにボイストレーニングにいきます。
 
3月9日に「春を呼ぶコンサート」が開催されます。
 
毎年3月に「2011年の東北大震災と福島原発事故をわすれない」、と開かれるコンサートです。
 
いつも最後は、原発事故で故郷を去り、バラバラになってしまった福島の子どもたちが、また必ず会おうとのつぶやきをまとめ、先生の小田美樹さんが曲をつけた「群青」を全員合唱します。
 
とても心打つ歌です。
 
 
発表の場では、私も所属している合唱団と、特別合唱団で歌います。
 
 
それで、今日はサボらずにボイストレーニングを受けに行くことにしました。
 
久しぶりなので、たっぷり先生にしぼられてきます。😓
 
 
衆議院選挙にむけて、また医療生協の取り組みでも、なかなか訪問が組めないでいますが、来週の週末はバッチリ!予定が入りました。
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中澤先生の偲ぶ会でした

2024年02月23日 20時39分20秒 | 活動日誌
元長野県高教組委員長をされた中澤憲一さんの偲ぶ会でした。
 
「高原に列車が走った」の中澤憲一さんです。
 
一部はセレモニー、二部は懇親会でした。
 
それぞれが中澤先生のお人柄と思い出を語り、心にしみる会、また元気を出してがんばっていこうとの力のわいた会となりました。
 
 
私が2000年の長野県知事選挙に出馬したとき、中澤先生に選対の事務長をやっていただいたこと、上映されたスライドの中で紹介され、あらためて「そうだった」と、ずいぶんお世話になったとしみじみ思い起こしました。
 
 
それに、元県議で現在は共産党北陸信越ブロック所長の石坂千穂さんから、「本を整理していたら、中澤さんの本の挿絵に中野さんのスケッチがあったわよ」と言われて、びっくり。
 
そんなこともあったのだ。全く覚えていませんでした。
 
 
あらためて、私も、中澤先生の生き方に学び、誠実に、心を広く、気概を持って生きてゆきたいと、心に刻みました。
 
 
山口県会議員が、私の挨拶の写真をとってくださいました。ありがとうございます。
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中沢憲一さんの追悼集会の日

2024年02月23日 06時10分50秒 | 活動日誌
長野県高教組の委員長を務められた中沢憲一さんの追悼集会が行われますので、出席します。
 
中沢先生と、まだ話す機会があると思っていました。
 
それが、亡くなる数ヶ月前に電話で話したのが最後になるなんて、思ってもみませんでした。
 
しかし、そういう年令になったのだとあらためて自覚しました。
 
会いたい人には「いつか」と思わずに会いに行くことだなあとも思っています。
 
第一部は集会、第二部は懇親交流会ですが、私も第一部で追悼の言葉を述べることになっています。
 
話したいことは山ほどあるが、あれこれ思い巡らしながら、中沢先生を思い出している今朝です。
 
私も中沢先生には励まされてきましたが、現場の教師としてあったときに、どれだけ子どもたちを励ましてきたことだろうと、容易に推測できます。
 
自信と前向きになる底力をくださる先生でした。
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