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中野さなえ活動日誌

花には太陽を こどもらには平和を

栄村へ行ってきました。真央ちゃん、よかったよ!!

2011年04月30日 23時14分46秒 | 活動日誌

 

 栄村へ行って来ました。村の再生をめざして、新しい状況を切り開くための党の村委員会が開かれました。村委員会はこれまでも繰り返し開かれており、住民の要求を持って県と村に交渉を続け、たくさんのことを実現してきました。

 破損した家屋の判定も済み雪解けの季節を迎え、復興に向けて新たな段階に入りました。要求も新たに出てきています。

 

 これまでに実現したことは、まず家屋、ものおき、車庫の解体と処理は村がやってくれる事になりました。これまでは、解体は自費でしたし、処理も住宅に限っていましたから、大いなる前進です。

 計画では40戸だった仮設住宅も55戸に増え、審査なしで希望者全員が入れることになりました。これも前進です。

 恒久的な住まいになる村営住宅も、希望者の数だけ作ることになり、それも集合住宅ではなくて、集落毎に作ると、村長が約束しました。

 子どもの通学については「何とかして欲しい」と強い要求がありましたが、飯山市の雇用促進住宅にいる8人の子どもたちは村のバスで送迎、仮説住宅に入るまで継続。また、他のところに個々バラバラに避難している子どもについては、交通費を支給することになりました。

 これからの問題も山積みしています。全壊にも半壊にもならなかった一部損壊の住宅には、なんの保障もありませんが、実際には、大変な負担で自力で解決できないお宅がたくさんあります。雪解けを迎えて農地の破壊状態もだんだん見えてきますから、これからはその復旧が大きな課題になります。とりあえず、道の修復は村が急いでやると決まりました。

 農地の復旧は、国の制度では40万以上の被害の場合に一定の保障をしますが、それ以下は対象外です。新潟の津南町のように町独自で13万円から40万円までの保障制度を作っている自治体ももあります。しかし、それを使って復旧すると、今まで栄村独自で行ってきた「田直し事業」の4倍も単価が上がるとのこと。10アールで40万円でできていたものが200万円はかかるだろうとのことでした。ここは論議が必要と。

 そんなこんな、新たに細部にわたって要求をまとめ、具体化する必要があるとなりました。そのために、村民の声をもっと聞こうと決まりました。

 とりあえずは住宅を直したい住民がどんどん出てきているが、どんな直し方があるのかも含め、見積もりなどの相談をしたいとの要求が強くありました。県に専門家の配置を要求すると共に、複数の専門家に相談したいとの要求もあり、民間の専門家のボランティアにも入ってもらおうと、早速申し出のあった方に連絡をすることにもなりました。また、民報やチラシをだして刻々と変わる状況を住民に知らせなくては、ということも話し合われました。

 村民のみなさんと栄村村議と党栄村委員会、党県議団の共同の力で作ってきた前進面をもっと広げて、個々の困難をひとつひとつ解決してゆかなければ、と思いました。

                             

 今晩はフィギアスケート世界選手権大会に夢中になってしまい、ブログに向かうのが遅くなり「やめようかな」と思いましたが・・・。

 安藤美姫選手、よかったねえ!!すばらしかった。めきめき、上達していますね。キム・ヨナ選手も他の選手も、みんなすばらしかった。失敗するたびに「あー!!」と声をあげていました。せっかく今まで練習してきたのにね。私が心配なのは浅田真央選手。やせちゃったし、ストレスがあるんだろうなあ・・・・・。でも、最後のプログラムはとても良かったし、笑顔でステキだった。応援しています、浅田真央さん。

 

 

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オフ。大掃除、大洗濯。映画。

2011年04月29日 19時31分07秒 | 活動日誌

 

 オフでした。夫も休みでしたから、二人で大掃除、大洗濯をしました。シーツはもとより、客用の冬布団カバーなども全部洗ったので、洗濯機を5回も回しました。1時20分から上映の映画に行く予定だったから、午前中に決めようとがんばった。フー。

 庭の草取りまでは手が回らなかったけど、「うこぎ」を摘まないと食べ頃を逸っしてしまうので、それだけはやりました。正確には私は枝を切っただけで、摘むのはやってもらいました。

夫がうこぎの芽を摘んでます。枝にトゲがあってね。

 さて映画ですが、はじめは「英国王のスピーチ」を見に行く予定だったのです。これも、まあ、「ぜひみたい!」というわけではなくて、他にいいのがないから「これにでもするか」と決めました。新聞「赤旗」でも紹介していたし。

 が、上映時間が11時35分の次は17時45分。17時45分では遅すぎるなあ・・・・11時35分で観るためには、大掃除、大洗濯を犠牲にしなければならない。「どうする?」と相談すれば、簡単に「じゃ、やめよう」となりました。ところが「あ!見落としていたのかな。1時20分から良さそうなのがあるよ。急げば時間的にはちょうどいい」と決めたのが「信さん」でした。せっかく観ようと予定したんだから、いかなくっちゃ!

 「全然物足りなかったね。いい役者を使っているのにね」が、夫との共通の感想でした。

 1960年代、舞台は福岡の「衣島」炭坑です。炭坑の闘争や犠牲者を出した落盤事故、また朝鮮人が差別されいじめられる場面も取り入れていますが、それがテーマの単なる飾りになっていて、必然性がまるでないのです。それゆえ、テーマ自体がぼけていましたね。監督は平山秀幸氏です。

 岸部一徳、大竹しのぶや小雪、中尾エミなど役者がそろっているので、部分的な場面での迫力はありましたけど。小竹しのぶの演技は、本当にうまいなあと思いました。「武士の一分」のキムタクの演技に感心した時のようでした。

 帰りの車の中で、共産党の高橋ちず子議員の国会質問が流れてきました。自宅に到着すると直ぐ、テレビをつけて後半の質問を聞きました。現場を踏んでいるだけに、被災者に心を寄せた迫力の質問でした。

 

 

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デスクワーク。母のところへ。

2011年04月28日 18時53分57秒 | 活動日誌

庭に咲いていた花を摘んできました。水仙とアマナ。

 デスクワークでした。民主長野の5月号のエッセーの原稿書きもしました。4月号のエッセーは、県議選が終わった4月10日以降に書いたので、5月号はあっという間にきてしまいました。

 締め切りは5日というけれど、今日必死で書いたのは、書かずして連休に入ったら心が安まらず、せいせいと過ごせないからです。何とかできたので、ほっとしました。

 午後から休みをもらって、買い物や銀行の用事など済まし、病院の母のところに行きました。朝に寄ってくる時のように、さっと帰らずに少しゆっくりできました。

 爪を切りってあげたけど、うまくゆかなくて・・・というのは指がぽにょぽにょに柔らかくて、肉まで切ってしまいそうで怖かったのです。実際、ちょっと傷つけてしまいました。母はいやな顔をして手を引っ込めました。「ごめん、ごめん」。それで、片手だけでやめてしまいました。代わりにこの前、頭の半球だけしか切らなかった髪を切りました。やはり「左側臥位禁止」だたのですが、少し頭がずれていたので、はさみを差し込んで切りました。やれやれ。

 病院では看護士さんが実に良く世話をしてくれています。昨日はお風呂にも入れてもらって、かさかさで「粉ふきいも」みたいな体に、丁寧にクリームを塗ってくれています。だから、つるつるでふけが出なくなりました。反応がなくてもリハビリをしてくれています。この頃は、硬直して曲がってしまった足がゆるくのび始めています。すごいことだなと思っています。わからないようでも、優しい声をかけてもらったり、体に触ってもらったりしたら、気持ちよいに決まっています。こうした人とのふれあいが命を長く保ってくれるのですね。

 「母を被災地で死なせないで良かった」と思うのと、被災地のお年寄りや障がい者のみなさんを思って心が痛むのとは、背中合わせのことなのです。

                   

 家に帰ってからは、庭の草とりに挑戦しました。選挙続きで、我が家の庭は大変な状態です。あまりのひどさにやる気を失ってしまいます。でも、いかりそう、エビネ、ほたるぶくろ、いちりんそう、ホトトギス、しゅうかいどうなどのコーナーだけ、ホンのちょっとだけやりました。一番大事な場所です。

 明日はオフ、夫と久しぶりにデートをします。映画の約束をしました。本当は私は三登山トレッキング、夫は夫の兄とツリの予定だったのですが、私は体調を考えトレッキングはやめ、夫はお兄さんが都合悪くなりツリができなくなったというわけです。

 明後日は、栄村の災害対策を考える、村の党の会議に行ってきます。そして、次の日はメーデーですね。連休は少し休みをもらって、鋭気を養おう!

 では、また明日。

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保育園発達診断。震災ボランティアの受付。「ホタルサポーター」会議。

2011年04月27日 21時02分20秒 | 活動日誌

 

  午前中はK保育園の発達診断デー。昨日のK保育園とは違うK保育園です。4月に入所した新入園児が中心だったので、午前中で終わりました。春は新入園児の発達診断と相談のために、保育園まわりが入ってきますので、楽しいし、気分転換です。子どもの実態は厳しいけど。

 

「ここまでハイハイしておいでー」と先生。

「このおもちゃ、けっこう気に入ってるの」

園庭も春。

 発達診断の日程が先に入っていたために、午前中からやっていた常任委員会は遅刻して午後からの出席でした。選挙の反省と9月の市議選に向けての話し合いです。

 夕方からは、震災ボランティアの応募に対応する仕事で追われました。この仕事ひとつ見ても、みなさんがどれだけ被災者のために何かしたいと思っているか、伝わってきます。

 現地の受け入れ体制の調整があるので、申し込んで直ぐというわけにはいきません。みなさんには余裕を持って申し込んでいただけるとありがたいです。希望する団体は(個人では受け付けず、数名規模でお願いします)少なくても、10日ほど前には県委員会に申し込んでください。申し込み用紙は、地区委員会、県委員会にあります。担当は、私、中野さなえです。

 ボランティアとは別に、長野市議団は連休明けに宮城と福島に物資を届けにいき、実態を把握し住民の声も聞いてくる予定を立てています。

 故郷の救援にみなさんが一生懸命になってくれることに、私は胸が熱くなります。

 夜は地元の自治協議会の「ホタルサポーター」の会議でした。

 共産党が中心になって作った「ホタルを観る会」の20年の活動、川掃除や草刈り、工事中の幼虫保護などをしながら毎年「観る会」を続けてきたことを住民自治協議会が受け止めてくれ、自治体として力を入れるようになって、今年の2月「ホタルサポーター」の組織ができました。今のところ、メンバーは26人です。地元の上野在住の専門家の大村先生が、熱心に援助してくださるので、大変力強いです。

うーん、男性が多いね。女性は4人かな。

 会議の中でも「20年の『ホタルを観る会』の活動はすばらしい。市役所でも、全市に宣伝しているそうです」との報告もありました。嬉しかったです、本当に。ここで生まれて、ここのかわになを食べ、ここで育っている土京川のホタルの生息は、大変貴重なのです。ホタルの名所といわれているところは、よそから仕入れてはなっていることが多いのです。遺伝子に狂いを生じさるとして、専門家の間では批判があります。

 会議では若槻地区に走っている河川のホタル情報を調べようと、担当を決めました。9河川が対象になりました。ホタルの最盛期である6月20日から7月17日の間に適宜、「定時定点」でホタルが出ているか、何匹出たかの調査をするのです。私は土京川の上流をKさんと担当することになりました。

 サポーターはホタルの最盛期のガイドもします。だから学習会の日程も決まりました。その他、最盛期に草刈りやホタルを観るための環境整備の計画も決めました。

 

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K保育園へ学習会の相談に。国会の原発質問。

2011年04月26日 19時37分13秒 | 活動日誌

ひめおどりこそう

 須坂市のK保育園に行きました。この保育園は、この4月に開園したばかりです。市が2つの園を統廃合しようとしたことに反対の運動が起きて、妥協案として統廃合は中止、その代わり公立一園は廃園にして、新しく民間で一園作ることになってできた保育園です。

 そんな経過があるので、関係者は子どもを大切にする保育園にしたいとの気持ちが強いのです。それで、発達の学習をしてゆこうとなって、私が関わらせていただくことになりました。

 今日は、どう進めてゆくかの相談でした。子どもを中心に据えて学習しないと「ピン」と来ないかも、ということになって、まずは、赤ちゃんクラスから担当の先生にも参加してもらって発達診断をして、そこで先生と懇談をする。一通り終わったら、日を改めて職員学習会を開きましょうとなりました。楽しみです。

 久しぶりで賑やかな子どもの声を聞いてきました。給食もいただいてきました!

 さて、昨日も今日も、国会での共産党の質問は「原発問題」でした。昨日は井上さとし参議院議員、今日は吉井英勝衆議院議員。井上さんは「自然エネルギーへの転換」を迫り、吉井さんは「東電の責任」を問いました。清水社長には「国民の税金でやるつもりか。全面的に責任を負わないのか」。菅首相には「東電に責任を撮れとはっきりした態度をとれ」(細かい表現はちがうかな。そんな意味だった)胸がすきました。

 ちょうどその時、県委員会に「原発について言いたい」との電話がありました。たまたま私が対応しました。「被災者に保障しろと言っているが、原発のおかげでお金がたくさん降りていたはずだ。公民館を立派にしたとか、聞いてます。税金でしょう?」

 「安全神話」と党の考えから始まって、地方交付税の話にもなりました。住民はだまされてきたのです。知っていれば、たとえどんなにお金を積まれても、首長だって断ったでしょう。また、そうしたお金が、住民のくらしのために使われていたかどうかは、使い方を調べる必要はありますね。昨年、沖縄の名護市に行ったときに聞いた話では、基地があるために沖縄名護市に入ったお金は、住民には少しもまわってきていませんでした。今の稲嶺市長の前ですよ。

 その方は言いました。「共産党にはがんばって原発をやめさせて欲しいのです。私もこれほど危険とは知らなかった。共産党は良くチラシもいれてくれるが、読んでいる」良かった、考えは一緒でした。

 私の愛読書「デイズジャパン」5月号に、原発について広瀬隆さんが書いていました。その中で「被害が大きくなるほどマグニチュードが8.3から8・4、8・8、9・0に修正されたのはおかしい。(中略)東電の将来の損害賠償を回避するために」「想像できない規模のもの」にしたかったというのです。何でも、「マグニチュード」は数種類あって、同じ地震でも数値が違ってくるのだそうです。ふーん・・・・・・

 

 

 

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残念な結果でしたが、ここからです。石巻、栄村の今。

2011年04月25日 20時42分09秒 | 活動日誌

 

フキノトウとのかんぞう。被災地にも春をあげたい。

 いっせい地方選挙の結果は、大変残念なものでした。長野県では松本市議3人をはじめ5人の議席を失いました。全国的にも後退でした。

 県委員会では本日、第1回目の反省会議をしましたが、本格的にははこれからしっかりやることになります。

 私は今、三つのことを考えています。

 まず、論戦は良かったと思います。震災救援、原発問題を正面から訴えたのは共産党だけでした。防災と福祉に強い町、国作りの訴えは、どなたともかみ合いました。

 二つめは、共産党の考えを伝える自力が足りなかった。党支部、後援会の力をもっと出して、さらにもっと広げる力が足りないと、つくづく実感した選挙でした。これは、前半戦でも感じたことです。

 三つめは、共産党を立党し侵略戦争に反対して弾圧された先人たちのことを思い起こし、あらためて学ぶ時だと、これも深く感じたことです。なんのためにたたかっているのかの原点に立てば、今の困難を乗り越える力が湧きます。

 ご支持いただいたみなさんには心からお礼申し上げると同時に、がんばった候補者と党支部、後援会のみなさん、本当にご苦労さまでした。ここからまた、力を出しましょう。

当選した松本市南山議員の選対部長の鈴木さんの作。

ステキな言葉が書いてありました。プレゼントしていただきました。

 さて、党中央委員会で震災のボランティアの登録を開始しました。支援物資や救援金は積極的にみなさんにお願いし、現地へも何度も届けてきましたが、震災現場の状況からボランティアについては慎重にしてきました。受け入れの条件が整わないところにやたらといっても、危険も伴いかえって足手まといになりかねない状況だったからです。

 受け入れる条件のある自治体が出てきたので、登録開始となりました。長野県委員会では、私が窓口になりましたが、希望される方はまず各地区委員会に相談してください。

 5月早々に、また物資を被災地に運ぼうと計画があります。私は、石巻の状況を聞くために党石巻地区に電話しました。

 三浦市議、ブロック事務所の小野寺さんの話では、食べ物が圧倒的に足りないとのこと。公的な配給は10日前に終了したと言います。

 自宅へ帰る被災者がふえてきましたが、寝る場所を確保するのがやっとの家もあり、車も流されてなくなった。スーパーは、蛇田という郊外にしかないから、買いに行けないというのです。

 そのため、共産党ではトラックに物資を積んで地域に運んでいますが、聞きつけた人以外にどこに被災者がいるか、皆目つかめない状況だそうです。だから、食べ物を手に入れることが出来ないひともいるかもしれないというのです。半島に至っては、全くわからない。被害があまりにも広すぎて、手が回らない。

 実態がつかめないのが今の状況で、「NHKが報道しているのとは現実はまるで違う。復興の町計画なんてどころではない、住民はゴミをかたづけたい、食べ物が欲しい、そこなんです。ゴミを片づけるのも、車がないとできないのです」と。

 お風呂にも入れません。自衛隊のお風呂の水は北上川から汲んで殺菌しているそうです。助かった家でのもらいフロは、遠慮が多いと。あまりにも体が汚れているので、遠慮するというのです。

 食料品、下着、靴下、石けん、長靴、布団、毛布などが必要だとのこと。県委員会、各地区委員会で集めています。ご協力をお願いします。

 さて、栄村です。広瀬元村議からの情報です。

 栄村では、家の片付けは親戚やボランティアや業者に頼んだりで、だいたいはめどが付いてきているのだそうです。これからは、一人一人、条件が違うので要求はさまざまです。住民の(その中に党員ももちろん入っています)要求をまとめ、どう打開してゆくか、その相談のため村の党の会議を開く計画です。プレハブだって足りないのですから。

 わかっていることは、今、家の全壊、半壊の判定がされていますが、自分の家がこれからも住めるのか、直せるものなのか、お金はいくらかかるのか・・・その相談にのてくれる大工さんや建築士などの専門家のボランティアが欲しいというのです。ご協力いただける方がいましたら、連絡ください。お願いします。

 

 

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地元後援会のお花見でした。

2011年04月24日 21時30分49秒 | 活動日誌

 午前中はお礼の電話かけをしました。

 ここ8日間、松本市議候補のMさんの応援に入っていたこともあり、今日の午前中は私も支持者のみなさんに、お礼の電話をさせてもらいました。もちろん、長野の自宅からです。「がんばって世直ししてください」との暖かいメッセージもあって、嬉しい限りでした。

 県内ではあちこちでいっせい地方選挙の投票日でしたから、今晩は、心おだやかではありません。良い結果を期待していますが・・・。

 さて、午後は地元の後援会のお花見でした。後援会の恒例の行事です。石坂県議の地域なので選挙のご苦労さん会も兼ねました。お天気はよし、花も最高。花も天気も両方そろった年は、ここしばらくはありませんでしたね。

 私は午前中にお電話してお留守だった方に、昼には帰ってくるかなと思って、もう一度お電話してから参加だったので、1時間の遅刻でした。宴たけなわのところ、「みなさん、こんにちわ!!」

 場所は「昭和の森公園」、私の家から歩いて3分、共産党上野事務所の真ん前です。大変広い公園で、長野市では城山公園に次いで2番目の広さと機能を誇っています。

 私の子どもが小さいときは、ここは雑木林。カブトムシやクワガタの宝庫でした。それはそれで、とても良かったのですが、今は、きれいに整備されました。

左から2番目、石坂県議。

 一品持ち寄りで、いろんな味が楽しめました。私は今日は「春巻き」にしました。

夫とツーショット。

Tさんのオカリナ伴奏で合唱もしました。

原田市議。「9月はぼくの選挙です」

「中野画伯」は公園中出張して、似顔絵描きです。

 宴会の輪が広がって、となりのグループと合流して語らったりした楽しい「お花見」でした。

 

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宣伝の最終日。自宅に帰りました。

2011年04月23日 22時00分57秒 | 活動日誌

 

 宣伝戦の最終日になりました。午前中は小降りだった雨も、午後はざんざん降りでおまけに風の強いこと。「雨にも負けず、風にも負けず」出かけました。

 街頭からの訴えと、ご近所の訪問。最後まで冷静に政策を訴え続けました。M候補も、共産党の他候補と同じように、今気を抜いたら大変なことになる状況です。激戦です。

 久しぶりで自宅に帰りました。留守中、松本の娘が休暇を取って彼女の祖母を見に来てくれました。中央病院で働いている娘と一緒に「留守番」です。洗濯物など見てくれて助かりました。 私が長野へ帰ると同時に娘は松本へ帰りました。きっと高速道路のどこかですれ違ったのですね。

 なんでも、自宅では洗濯物があふれていたようで、「お母さんがいない間、一度もしなかったんだよ、お父さんは!!」と洗濯をして干していってくれましたが、夫は「うるさいなあ・・・」なんてぼやいていました。いい娘を持ったというものですよね。でも、夫の名誉のために、夫はお風呂をきれいに洗って湧かして用意して、私の帰宅に備えてくれていました。どこぞからいただいたフキノトゥで、フキ味噌も作っておいてくれました。

旧制松本高校跡地の県の森

 午前中の雨も小降りの時は、松本高校の跡地近くで行動しました。「そうそう、朝ドラはここも舞台ね」と思って、パチリ。

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またまた原田さんとI地域へ繰り出しました

2011年04月22日 19時55分40秒 | 活動日誌

 

昨日に一日、またまた長野からやってきた原田市会議員と、I地域の続きをハンドマイクで訴えながら、ご近所へのご挨拶をして回りました。この地域は、傾斜地に大きなうちが点在し、道も複雑、しかも大変広い範囲なので、きっとどなたも敬遠したくなる難所かなあとおもいますが、地元の皆さんは、待っていてくださったような暖かさです。

原田市議です。右上の斜面のもこの地域。

 「あら、中野さんですね。私、昔お世話になったんですよ。保育園関係者なんです」と言う方がいて、こんなところでとびっくりしました。「幼稚園と保育園を一緒にすっるってどうなったんでしょう」など話が弾んで「Mさん、がんばってくださいね。大丈夫でしょう?」「いえいえ、とんでもない。広げてください」と励ましていただいたり、お願いしたりでした。

 「前回はYさんに入れたんだがね。まだ決めていない。Mさんは年寄りを大事にするんだね」と国保の引き下げや介護保険の話から、考えてくれると言った方もいました。。

 「隣村から出るからね」とちょっと硬い表情だった女性がいました。 「そうですね、Kさんですね。ところで災害どうですか。原発の心配は・・・?」とお聞きすると「そうなんだよ。うちもずいぶん物資を送ってやったんだよ。親類筋があるから。原発も心配だ」と。「私の家も石巻なんです」と、そして原発では共産党が前々から危険を警告していた経過などお話しすると「そうだったんですか」と親近感を持ってくださったようです。年金や医療の話にも花が咲きました。「介護保険料、すこし下がったでしょう?」「ええ」「あれは共産党ががんばったのですよ」「そうだったんですか」「政治は何より命を守ることですね」「そうです、そのとおりです」・・・・最後はとても和やかに「がんばってくださいね」とお別れできました。

 「誰がやっても同じだわい」と言ったおじさんも「自民も民主もだめだ。復興のお金はどうする」と話し込んで、最後は「がんばれや。共産党がやるしかないな。2大政党はもうだめだ」。

 「共産党ははっきり言って、できないくせに言うだけだ」と言われた方がいました。「具体的にはどんなことでしょうか?」とお聞きしました。「ほら、名古屋の減税何とかと言う党と同じこと言ってるじゃないか」と言われます。そこでチラシをお見せして「私たちはこうして財源をつくります。大金持ちの税金はちゃんと払ってもらう、アメリカへの思いやり予算はやめる、政党助成金はどうですか」「うーん、私は、勉強不足でわからん」「これは当たり前のことですよね」「そうだな」、当たり前のことはやらせようとがんばっているのが共産党です、と「がんばりますね」「どうも、悪かったね」

 「中野さん、さっきあっちで演説していたでしょう。ほかからも頼まれているので、悩んでいるよ」とのおばさんともMさんの魅力を語りました。

 などなど、一軒一軒楽しい話ができました。どの方とのお話も、単に松本市政にとどまらず、「どんな日本を、どんな政治を」に踏み込んだ、根本的な政治革新に触れるものでした。

 だけど、とっても大きなお宅ばかりで、ぐるっとまわって隣のうちだと思ったらまた同じ家だったりして、たくさんの方とお話するのは大変でした。

 宣伝戦はいよいよあと一日だけになりました。宣伝カーを先頭に、チラシまきに電話に炊き出しにと、後援会あげて最後の奮闘です。

 明日は行動を終えたら、自宅に帰ります。

 

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I地域をトレッキング宣伝。支部会議。

2011年04月21日 22時15分55秒 | 活動日誌

 

 長野市から応援に入った原田市会議員と、I地域の宣伝とご近所へのご挨拶に歩きました。午前も午後も、この地域にべったりと入りました。

 夜はT支部の会議に参加して、支部の皆さんと一緒に作戦を考えました。支部に入ると、支部の皆さんと心も通じ、地域の様子がよくわかり、行動する時に力になります。

I地域とはこんなところ。

 この写真はI地域のほんの一部ですが、このようなところでしたから、1回ハンドマイク宣伝をしては、まるでトレッキングのように歩きました。でも、私は楽しかった。訪問先の方が、皆さん好意的だったことはもちろんですが、山を眺め、おいしい空気を吸い、花に心を寄せ、最高の気分でした。

 

原田市会議員と交代で訴えました。

畑仕事のご夫婦とお話。

 話の中身はやはり、震災・原発への不安と暮らしのことです。

 「M(候補)さんは共産党かどうかは別にして、人柄がいいって皆さん言ってますよ。今までは違う議員に頼んでいたけど」とまだ決めかけている方がいました。「人柄がいい上に政策もいい」話をしましたら、「やっぱり福祉だよね」。当然、共産党の根本的な政治姿勢の話になりました。納得していただけたかなあ・・・・・・・・でも帰りにまた通ったときに、ご主人も外に出いていました。「こんにちわ、先ほどはどうも!」と言いましたら、ご主人が「がんばれよ!!」と大きな声をかけてくださって、隣でさっき話した奥さんがニコニコ笑っているのです。とってもうれしかったですね。

 「演説は台所で聞いていたよ。ほら、言ってたあれ、忘れっぽくて・・」「国保のことですか?」「そうそう、高くてねえ。年金暮らしだよ、農業だって金にならない。何でも年金から引かれて暮らしてゆけないよ。Mさんは知っているが、ほかにもたのまれていてね・・・」と。話が弾みましたが、さて支持をいただけるでしょうか。

 一軒一軒が遠いから効率は悪いのですが、粘り強く回って、原田議員と「よかったねえ。最高に楽しかったね」と帰ってきたところ、夕方、この地域に電話でご支持をお願いした方からの報告がありました。

 「中野さんと原田さんが訪問してくれ話をした。防災でも福祉でも共産党はしっかりしていると思った」との感想が寄せられたというのです。私たちが訪問した先と電話をかけたところがたまたま一致したのですね。これは、最高にうれしかった!!

 選挙も終盤戦です。もう一息!!

 ホテルには、部屋のユニットバスのほかに、大きな浴場がついているので、これが一日の疲れを取ってくれますね。

 

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