2012年7月8日(日)
梅雨の中休みとなったこの日、カントリーウオークグループの第195回例会は、東京
二十三区内に緑陰を求めて開催した。
渋谷駅西口に9時に集合した20人は東急東横線に乗り、自由が丘駅で東急大井町線に
乗り換え、次の緑が丘駅で下車する。
駅のそばから始まる九品仏川(くほんぶつがわ)緑道でコース地図が配布され、9時
50分にスタートした。
== 九品仏から等々力渓谷を巡る ==
九品仏川緑道は、目黒区と世田谷区の区境になっている九品仏川を暗渠(あんきよ)に
して、その上を緑道にしたもので、九品仏浄真寺の北にある猫じゃらし公園まで約1.8
㎞あるという。
川の両側が車道、真ん中が緑道になっていて。ソメイヨシノやオオシマザクラなどの桜
並木が続き、ツバキ、ツツジ、クチナシなどとともに、良い緑陰が続いている。
少し進むと、道路脇の民家のムクゲがきれいな花を見せる。先ほど乗り換えた自由が丘
駅付近は賑やかな商店街になっている。
駅の南で東横線の踏切を、さらに大井町線の踏切も渡り、行く手に見える森を目指して
奥沢七丁目の住宅街に入った。
教会のような十字架のある屋根の玉川聖学院高校の北や、天然酵母パンの工房前などを
通過し、九品仏浄真寺(じようしんじ)の東門を入った。
浄真寺は延宝6年(1678)の創建。この地はもと世田谷吉良氏系の奥沢城だっが、
小田原征伐後廃城となり、当地の名主七左右衛門が寺地としてもらい受け、珂碩上人
(かせきしようにん)が開山したという。
3万6千坪という広い境内は、樹齢700年以上というカヤ↓を始め、イチョウ、トチ、
コウヤマキ、ボダイジュ、シイ、モミジなどの大木古木が多く、寺域一帯は深い緑に覆わ
れている。
東門を入りすぐ左に、宝永5年(1708)建立で精巧な木彫で飾られた鐘楼がある。
関東でも名楼といわれ、暮れの除夜の鐘には、遠近の参詣者で賑わうという。
正面には、「紫雲楼(しうんろう)」とも呼ばれ寛政5年(1793)建立の重厚な
仁王門が大きくそびえる。楼上には、阿弥陀如来と二十五菩薩が安置されているようだ。
仁王門を入り右手に立つ大本堂は方形屋根。傍らに石を配した池があり、そばの半夏生
(はんげしよう)が花を見せていた。
円形に整えた石のつくばい(手水鉢)も、なかなか趣がある。
本堂左手に東京都天然記念物の「九品仏のイチョウ」が高く枝を広げ、ギンナンがたわ
わに実をつけていた。その枝下には、天保年間(1830~)のものという仏足石がある。
本堂の西に三つの阿弥陀堂が並び、各々3体ずつ合計9体の印相の異なる阿弥陀如来が
安置されている。これをあわせて九品といい、九品の仏から浄真寺が通称「九品仏」と呼
ばれているようだ。
阿弥陀堂の背後には、開山した珂碩上人(かせきしようにん)の御廟、開山廟(かいさ
んびよう)が、近くに、紀元前3世紀のインドの阿育(あしよか)王を祭る阿育王塔など
があった。
ゆっくり境内を拝観して東門に出る。クロマツなどの並ぶ長い参道を南へ抜け、東急大
井町線の九品仏駅の横を通過する。
線路の南を平行する通りに入り、奥沢八丁目のゆとりある住宅地を西へ。尾山台中の北
を通過し、今日まで七夕イベントを開催中の尾山台駅周辺の商店街を抜けて、等々力(と
どろき)二丁目へ。
高架で大井町線を越える都道312号(目黒通)下を過ぎると、等々力駅南西の交差点。
交差点際にある世田谷区保存樹木の大ケヤキ際で小休止した。
すぐ西の、ゴルフ橋際が等々力渓谷の入口となる。等々力渓谷は、武蔵野台地の南端、
国分寺崖線(がいせん)(通称ハケ)を谷沢川が浸食してできたもの。台地と谷との標高
差は約10mあり、延長約1㎞の東京都区内唯一の渓谷で、下流の南に向かって遊歩道が
設けられている。
ゴルフ橋の横から階段を下り、左岸の遊歩道を進む。深い谷の両岸は、ケヤキやシラカ
シ、コナラ、イロハカエデなどの樹木に覆われている。シダなどの湿性植物も多く、東京
二十三区内とは思えぬうっそうとした深い渓谷が続き、ひんやりとして涼しい。
200m足らずで橋を渡り右岸に回る。さらに進んで左カーブした対岸に不動の滝があ
り、流れは細いが三筋の流れの横に小さいお堂が祭られていた。
滝の背後を上がると等々力不動尊だが、右岸の階段を上がり、日本庭園の上の芝生広場
に11時58分に着き、芝生にシートを広げて昼食とする。遅れてきたKさんも、ここで
合流した。
食事中に雲が切れ、日が差してきて少し蒸し暑くなった。記念撮影とミーティングをし
て、12時50分に出発する。
== 駒場野公園から代々木公園へ ==
芝生広場横の書院前を通過して渓谷に下り、往路を戻って等々力駅に行く。13時11
分発溝の口行き電車で二子玉川駅へ。
東急田園都市線に乗り換え、渋谷駅の手前の池尻大橋駅で下車し、次のコース、北方に
ある駒場野公園に向かう。
上を首都高3号線が走る玉川通りを渋谷方向に少し進み、大橋二丁目に入る。東邦大大
橋病院の南から西に回り、警視庁第三機動隊の間を北に抜ける。
都道423号を少し西進して北に折れ、駒場野公園に入った。駒場野公園は、東京教育
大農学部跡地を利用して作られ、面積は2.8haあるという。
よく茂った広葉樹に覆われたこの園内も、緑がいっぱい。近隣の子供会の親子らしいグ
ループが、バーベキューを楽しんでいた。
北に緩やかに下ると「水田の碑」があり、明治11年(1878)にここに開設した農
学校の農場の一部でわが国最初の試験田、実験田が出来、以後耕作を続けていることが記
され、背後の谷間に今も残る水田が見下ろせる。
その横を下り、蛍橋を渡った先には「ケルネル水田」の説明板があり、この水田が旧駒
場農学校の実習田で、ドイツ人オスカー・ケルネルの指導で、日本農業の特質を配慮した
農芸化学に多くの成果を収め、現在は筑波大付属駒場中、高校で教育水田として生徒が実
習していると記されていた。
公園の北を走る京王井の頭線の踏切を越え、駒場四丁目の日本民藝館前に回る。昭和初
期、柳宗悦(やなぎそうえつ)らの提唱で始まった民芸運動の本拠地として、昭和11年
(1936)に開設したもの。建物は国登録有形文化財になっている。
入館はせずに東に向かい、東大教養学部構内に西側の第2グランド横から入った。グラ
ンドではクリケットの練習をしている。
構内中央を東西に貫く、イチョウ並木の通りを東に進む。新しい建物の北を回り、構内
東側にある駒場池を見下ろすところに行く。
愛称「一二郎池」と呼ぶ池には、一周できる遊歩道があるが、一般者は西側の一部だけ
しか立ち入り出来ない。池に下り立ち入り可能な橋で戻る。橋では、近隣の子どもザリガ
ニを釣っていた。
裏門から出て、都道317号山手通りへ。地下を走る有料道路、中央環状線が完成して
いて、このあたりは路幅が広がり以前と様相が一変していた。
富ヶ谷一丁目で右折して井の頭通に抜ける。代々木公園交番前交差点を左折し、西門か
ら広大な代々木公園に入った。この園内も緑がいっぱいで、入園者も多い。
二つの大きな噴水のある池の南を回り、バラ園のアーチをくぐる。15時53分にJR
山手線原宿駅西側に着き、ゴールとする。
(天気 曇後晴、参加 21人、距離 11㎞、地図(1/2.5万) 東京西南部、
東京西部、歩行地 目黒区、世田谷区、渋谷区、歩数 21,000)
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梅雨の中休みとなったこの日、カントリーウオークグループの第195回例会は、東京
二十三区内に緑陰を求めて開催した。
渋谷駅西口に9時に集合した20人は東急東横線に乗り、自由が丘駅で東急大井町線に
乗り換え、次の緑が丘駅で下車する。
駅のそばから始まる九品仏川(くほんぶつがわ)緑道でコース地図が配布され、9時
50分にスタートした。
== 九品仏から等々力渓谷を巡る ==
九品仏川緑道は、目黒区と世田谷区の区境になっている九品仏川を暗渠(あんきよ)に
して、その上を緑道にしたもので、九品仏浄真寺の北にある猫じゃらし公園まで約1.8
㎞あるという。
川の両側が車道、真ん中が緑道になっていて。ソメイヨシノやオオシマザクラなどの桜
並木が続き、ツバキ、ツツジ、クチナシなどとともに、良い緑陰が続いている。
少し進むと、道路脇の民家のムクゲがきれいな花を見せる。先ほど乗り換えた自由が丘
駅付近は賑やかな商店街になっている。
駅の南で東横線の踏切を、さらに大井町線の踏切も渡り、行く手に見える森を目指して
奥沢七丁目の住宅街に入った。
教会のような十字架のある屋根の玉川聖学院高校の北や、天然酵母パンの工房前などを
通過し、九品仏浄真寺(じようしんじ)の東門を入った。
浄真寺は延宝6年(1678)の創建。この地はもと世田谷吉良氏系の奥沢城だっが、
小田原征伐後廃城となり、当地の名主七左右衛門が寺地としてもらい受け、珂碩上人
(かせきしようにん)が開山したという。
3万6千坪という広い境内は、樹齢700年以上というカヤ↓を始め、イチョウ、トチ、
コウヤマキ、ボダイジュ、シイ、モミジなどの大木古木が多く、寺域一帯は深い緑に覆わ
れている。
東門を入りすぐ左に、宝永5年(1708)建立で精巧な木彫で飾られた鐘楼がある。
関東でも名楼といわれ、暮れの除夜の鐘には、遠近の参詣者で賑わうという。
正面には、「紫雲楼(しうんろう)」とも呼ばれ寛政5年(1793)建立の重厚な
仁王門が大きくそびえる。楼上には、阿弥陀如来と二十五菩薩が安置されているようだ。
仁王門を入り右手に立つ大本堂は方形屋根。傍らに石を配した池があり、そばの半夏生
(はんげしよう)が花を見せていた。
円形に整えた石のつくばい(手水鉢)も、なかなか趣がある。
本堂左手に東京都天然記念物の「九品仏のイチョウ」が高く枝を広げ、ギンナンがたわ
わに実をつけていた。その枝下には、天保年間(1830~)のものという仏足石がある。
本堂の西に三つの阿弥陀堂が並び、各々3体ずつ合計9体の印相の異なる阿弥陀如来が
安置されている。これをあわせて九品といい、九品の仏から浄真寺が通称「九品仏」と呼
ばれているようだ。
阿弥陀堂の背後には、開山した珂碩上人(かせきしようにん)の御廟、開山廟(かいさ
んびよう)が、近くに、紀元前3世紀のインドの阿育(あしよか)王を祭る阿育王塔など
があった。
ゆっくり境内を拝観して東門に出る。クロマツなどの並ぶ長い参道を南へ抜け、東急大
井町線の九品仏駅の横を通過する。
線路の南を平行する通りに入り、奥沢八丁目のゆとりある住宅地を西へ。尾山台中の北
を通過し、今日まで七夕イベントを開催中の尾山台駅周辺の商店街を抜けて、等々力(と
どろき)二丁目へ。
高架で大井町線を越える都道312号(目黒通)下を過ぎると、等々力駅南西の交差点。
交差点際にある世田谷区保存樹木の大ケヤキ際で小休止した。
すぐ西の、ゴルフ橋際が等々力渓谷の入口となる。等々力渓谷は、武蔵野台地の南端、
国分寺崖線(がいせん)(通称ハケ)を谷沢川が浸食してできたもの。台地と谷との標高
差は約10mあり、延長約1㎞の東京都区内唯一の渓谷で、下流の南に向かって遊歩道が
設けられている。
ゴルフ橋の横から階段を下り、左岸の遊歩道を進む。深い谷の両岸は、ケヤキやシラカ
シ、コナラ、イロハカエデなどの樹木に覆われている。シダなどの湿性植物も多く、東京
二十三区内とは思えぬうっそうとした深い渓谷が続き、ひんやりとして涼しい。
200m足らずで橋を渡り右岸に回る。さらに進んで左カーブした対岸に不動の滝があ
り、流れは細いが三筋の流れの横に小さいお堂が祭られていた。
滝の背後を上がると等々力不動尊だが、右岸の階段を上がり、日本庭園の上の芝生広場
に11時58分に着き、芝生にシートを広げて昼食とする。遅れてきたKさんも、ここで
合流した。
食事中に雲が切れ、日が差してきて少し蒸し暑くなった。記念撮影とミーティングをし
て、12時50分に出発する。
== 駒場野公園から代々木公園へ ==
芝生広場横の書院前を通過して渓谷に下り、往路を戻って等々力駅に行く。13時11
分発溝の口行き電車で二子玉川駅へ。
東急田園都市線に乗り換え、渋谷駅の手前の池尻大橋駅で下車し、次のコース、北方に
ある駒場野公園に向かう。
上を首都高3号線が走る玉川通りを渋谷方向に少し進み、大橋二丁目に入る。東邦大大
橋病院の南から西に回り、警視庁第三機動隊の間を北に抜ける。
都道423号を少し西進して北に折れ、駒場野公園に入った。駒場野公園は、東京教育
大農学部跡地を利用して作られ、面積は2.8haあるという。
よく茂った広葉樹に覆われたこの園内も、緑がいっぱい。近隣の子供会の親子らしいグ
ループが、バーベキューを楽しんでいた。
北に緩やかに下ると「水田の碑」があり、明治11年(1878)にここに開設した農
学校の農場の一部でわが国最初の試験田、実験田が出来、以後耕作を続けていることが記
され、背後の谷間に今も残る水田が見下ろせる。
その横を下り、蛍橋を渡った先には「ケルネル水田」の説明板があり、この水田が旧駒
場農学校の実習田で、ドイツ人オスカー・ケルネルの指導で、日本農業の特質を配慮した
農芸化学に多くの成果を収め、現在は筑波大付属駒場中、高校で教育水田として生徒が実
習していると記されていた。
公園の北を走る京王井の頭線の踏切を越え、駒場四丁目の日本民藝館前に回る。昭和初
期、柳宗悦(やなぎそうえつ)らの提唱で始まった民芸運動の本拠地として、昭和11年
(1936)に開設したもの。建物は国登録有形文化財になっている。
入館はせずに東に向かい、東大教養学部構内に西側の第2グランド横から入った。グラ
ンドではクリケットの練習をしている。
構内中央を東西に貫く、イチョウ並木の通りを東に進む。新しい建物の北を回り、構内
東側にある駒場池を見下ろすところに行く。
愛称「一二郎池」と呼ぶ池には、一周できる遊歩道があるが、一般者は西側の一部だけ
しか立ち入り出来ない。池に下り立ち入り可能な橋で戻る。橋では、近隣の子どもザリガ
ニを釣っていた。
裏門から出て、都道317号山手通りへ。地下を走る有料道路、中央環状線が完成して
いて、このあたりは路幅が広がり以前と様相が一変していた。
富ヶ谷一丁目で右折して井の頭通に抜ける。代々木公園交番前交差点を左折し、西門か
ら広大な代々木公園に入った。この園内も緑がいっぱいで、入園者も多い。
二つの大きな噴水のある池の南を回り、バラ園のアーチをくぐる。15時53分にJR
山手線原宿駅西側に着き、ゴールとする。
(天気 曇後晴、参加 21人、距離 11㎞、地図(1/2.5万) 東京西南部、
東京西部、歩行地 目黒区、世田谷区、渋谷区、歩数 21,000)
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