今朝、庭のサボテンが1つ咲きました。1日だけの短い花の命
です。
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後半第14日の3月3日は、次の霊場に向かっては進まず、連泊
の75番善通寺宿坊から、金刀比羅宮と満濃池を訪ねました。
善通寺駅から琴平乗り継ぎで塩入駅まで行き、まず、別格霊場
神野寺に参拝し、そばの弘法大師空海が造ったという満濃池を眺
めました。
帰路は歩いて琴平まで行き、にぎやかな門前町の石段を上がり、
金刀比羅宮にお参りしました。「讃岐のこんぴらさん」で知られて
おり、訪ねたことのある方も多いと思います。
金刀比羅宮の幾つもある社殿のひとつ、旭社です。
その先にある金刀比羅宮の御本宮。旭社とともに堂々とした社殿
です。
そばの見晴台からは、讃岐平野の展望が広がりますが、この日は
霞んでいて讃岐富士も山すそはガスに隠されていました。
さらに石段と参道を上がり、奥社にも参拝しました。
蛇足ながら、9月9日まで、東京・上野公園の東京芸術大学美術館
で『金刀比羅宮 書院の美』展を開催中です。
琴平の町並みを抜け、線路沿いに善通寺市の市内に戻ります。
自衛隊駐屯地の近くに護国神社がありました。
社殿の背後に、前日上がった73番出釈迦寺奥の院のある我拝
師山が見えています。
護国神社は、戦死した方々の霊を祭るところ。軍艦のものでしょ
うか、大きないかりが境内に残されていました。
翌3月4日、善通寺宿坊を出て、76番金倉寺から80番国分寺
まで回りました。
76番金倉寺から77番道隆寺への道筋、多度津町に入ってすぐ
のところにあった葛原正八幡宮です。
葛原正八幡宮境内には、香川県天然記念物のりっぱなクスノキが
建っていました。
77番道隆寺に参拝し、県道21号を丸亀市の中心街に向かい
ます。JR予讃線讃岐塩屋駅入り口の少し先にあった天満宮。
78番郷昭寺を経て、坂出市内に入ります。番外霊場八十場の
水を過ぎ、79番高照院と境内を接する白峰宮に先に入りました。
保元の乱(1156)で破れて讃岐に流された、崇徳上皇の霊を
なぐさめるために造営された社です。この境内にも、ご神木となっ
ている樹齢500年という大きなクスノキが立っていました。
17日目の3月6日、高松市街を抜け、屋島山上の84番屋島寺に
参拝し、源平合戦の場、東に見下ろせる壇ノ浦に向かって下ります。
壇ノ浦の近くにある安徳天皇社。寿永2年(1183)平宗盛が将士
の陣営にしたところとのことです。
前日、88番大窪寺に結願し、19日目の3月8日は、県境の大坂
峠を越えて3番金泉寺のある徳島県板野町に向かいます。
香川県東端の東かがわ市(旧引田町)の高松自動車道引田(ひけ
た)IC近くにある成松神社。
境内のベンチにて、民宿八十窪お接待のおにぎりで遍路道最後の
昼食をしました。
最終日の3月9日、3番金泉寺と2番極楽寺にお礼参りし、板東
俘虜収容所跡や道の駅第九の里鳴門ドイツ館を回り、最後の足どり
を、1番霊山寺に向かいます。
道の駅の東、板東谷川を渡った先に見えた、りっぱな鳥居の前に
出ました。大麻比古神社の大鳥居です。
社殿もさぞかしりっぱだろうと想像されたのですが、迎えに来てもら
う I さんとの待ち合わせ時間があるので、拝観は省略して、1番霊山
寺へ歩を進めました。
です。
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後半第14日の3月3日は、次の霊場に向かっては進まず、連泊
の75番善通寺宿坊から、金刀比羅宮と満濃池を訪ねました。
善通寺駅から琴平乗り継ぎで塩入駅まで行き、まず、別格霊場
神野寺に参拝し、そばの弘法大師空海が造ったという満濃池を眺
めました。
帰路は歩いて琴平まで行き、にぎやかな門前町の石段を上がり、
金刀比羅宮にお参りしました。「讃岐のこんぴらさん」で知られて
おり、訪ねたことのある方も多いと思います。
金刀比羅宮の幾つもある社殿のひとつ、旭社です。
その先にある金刀比羅宮の御本宮。旭社とともに堂々とした社殿
です。
そばの見晴台からは、讃岐平野の展望が広がりますが、この日は
霞んでいて讃岐富士も山すそはガスに隠されていました。
さらに石段と参道を上がり、奥社にも参拝しました。
蛇足ながら、9月9日まで、東京・上野公園の東京芸術大学美術館
で『金刀比羅宮 書院の美』展を開催中です。
琴平の町並みを抜け、線路沿いに善通寺市の市内に戻ります。
自衛隊駐屯地の近くに護国神社がありました。
社殿の背後に、前日上がった73番出釈迦寺奥の院のある我拝
師山が見えています。
護国神社は、戦死した方々の霊を祭るところ。軍艦のものでしょ
うか、大きないかりが境内に残されていました。
翌3月4日、善通寺宿坊を出て、76番金倉寺から80番国分寺
まで回りました。
76番金倉寺から77番道隆寺への道筋、多度津町に入ってすぐ
のところにあった葛原正八幡宮です。
葛原正八幡宮境内には、香川県天然記念物のりっぱなクスノキが
建っていました。
77番道隆寺に参拝し、県道21号を丸亀市の中心街に向かい
ます。JR予讃線讃岐塩屋駅入り口の少し先にあった天満宮。
78番郷昭寺を経て、坂出市内に入ります。番外霊場八十場の
水を過ぎ、79番高照院と境内を接する白峰宮に先に入りました。
保元の乱(1156)で破れて讃岐に流された、崇徳上皇の霊を
なぐさめるために造営された社です。この境内にも、ご神木となっ
ている樹齢500年という大きなクスノキが立っていました。
17日目の3月6日、高松市街を抜け、屋島山上の84番屋島寺に
参拝し、源平合戦の場、東に見下ろせる壇ノ浦に向かって下ります。
壇ノ浦の近くにある安徳天皇社。寿永2年(1183)平宗盛が将士
の陣営にしたところとのことです。
前日、88番大窪寺に結願し、19日目の3月8日は、県境の大坂
峠を越えて3番金泉寺のある徳島県板野町に向かいます。
香川県東端の東かがわ市(旧引田町)の高松自動車道引田(ひけ
た)IC近くにある成松神社。
境内のベンチにて、民宿八十窪お接待のおにぎりで遍路道最後の
昼食をしました。
最終日の3月9日、3番金泉寺と2番極楽寺にお礼参りし、板東
俘虜収容所跡や道の駅第九の里鳴門ドイツ館を回り、最後の足どり
を、1番霊山寺に向かいます。
道の駅の東、板東谷川を渡った先に見えた、りっぱな鳥居の前に
出ました。大麻比古神社の大鳥居です。
社殿もさぞかしりっぱだろうと想像されたのですが、迎えに来てもら
う I さんとの待ち合わせ時間があるので、拝観は省略して、1番霊山
寺へ歩を進めました。