あるきメデス

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ポーランドとバルト3国の旅⑤ リガとトゥライダ城観光後 タリンへ(その1)

2015-08-02 21:59:27 | バルト3国とポーランド旅行
 第5日 7月15日(水) 晴一時曇

 == ラトビアのリガとトゥライダ城観光後エストニアのタリンへ(その1) ==

 リトアニアの首都リガのホテルで7時に起床、7時30分から朝食をして、バスでホテ
ルを9時10分に出発した。

 今日の行程は、午前中に世界遺産リガ歴史地区の観光後、東北東約52㎞のスィグルダ
(Sigulda)郊外にあるトゥライダ(Turaidas)城を見て、約300㎞走り、最後の国エス
トニアの北部にある首都タリン(Tallinn)に入る予定である。

      

 今日午前中のガイド、マドリーナさんの話などによると、ラトビアはチョウのような形
をしていて、リガ湾とバルト海に臨み、4つの地域で構成され、農耕馬など馬の飼育が盛
んとのこと。

 リガは、11世紀にドイツ、ブレーメンのアルベルトが来て要塞を築いたのが始まりと
か。13世紀末にはハンザ同盟に加盟して急速に発展し、旧市街の建物はこの頃に建てら
れたものが多く、現在の人口は約70万人という。

 バスはダウガヴァ川の斜張橋、ヴァンシュ橋を渡って旧市街の東側に回り、10分ほど
のところで下車した。


 ブリーヴィーバス(Brivibas )大通りに立つ自由記念碑は、1935年にラトビアの最
初の独立を記念して建てられた。ソ連時代にも独立への希望を支え続け、ラトビア人には
とても大切な記念碑で、高さは51mという。

 自由記念碑から旧市街を北西に進むと、ツタに覆われた火薬塔がある。

 14世紀に建てられ1650年に再建されたもので、塔の高さは25.5mあり、火薬
の保管に使われたとか。内部はラトビア戦争博物館として公開されているという。


 火薬塔から北西に延びるトゥルァクシュニ(Troksnu)通りを進む。通りには2階建て
の長い建物が続き、その先の城壁のそばに古い大砲が残されていた。




 さらに進むと「スウェーデン門」と呼ぶ門がある。リガに残るただひとつの城門で、
1698年に城壁を利用して住宅が作られたときに付加されたものとか。
      
 当時、向かい側の兵舎に住んでいたスウェーデン兵がよく利用したのでこの名がつき、
その頃禁じられていたリガの娘とスウェーデン兵との恋物語があるという。

 近くには倉庫として使われた建物も残り、倉庫に荷を引き上げるためのクレーンのよう
な仕掛けが残っていた。
      

      
 その先、細い通りの向こうに聖ヤコブ教会の尖塔が見えてきた。1225年の記録にあ
る古い教会で、現在の塔は15世紀に再建され、塔の高さは80mあるという。

      
 塔の中ほどに見える突起には鐘が吊されている。「哀れな罪人の鐘」と呼ばれ、市庁舎
広場で罪人の処刑時には、この鐘を鳴らして市民に知らせたという。      

 近くの通りの建物の壁面に、変わった彫刻があった。「ユーゲントシュティール
(Jugenda Stila)建築群」と呼ぶ建物のひとつ、ユーゲントシュティールとはドイツ語
で、フランス・ベルギーのアールヌーボーのこと。19世紀後半にヨーロッパ各地を席巻
した新芸術様式で、その特徴は過度に装飾的なデザインらしい。
         
 リガではちょうど大建築ブームだった頃で、10数年の間に市内中心部の建築の4割は、
この様式で建てられたという。


 さらに進んで、昨日夕食のレストランに行くとき通った「猫の家」のところに出た。か
つてこの建物には裕福なラトビア商人が住み、大ギルドに加わりたかったが、ドイツ人が
支配的だったギルドの加入を拒否された。

 怒った商人は大ギルド会館に尻を向けた猫を屋根に取り付けたのだとか。その後、大ギ
ルド会館はコンサートホールに変わり、猫は音楽に誘われて向きを変えたという。
      

 この建物の入口にも、ユーゲントシュティールの装飾が施されていた。
  

 猫の家から西進して、ドゥァマ(Doma)広場に出る。レンガ造りのリガ大聖堂は、現
存するバルト3国最古の建築のひとつで、1211年に建設を開始し、その後何度も増改
築されて18世紀後半に現在のような姿になったという。高さ90mの塔は修復中だった。


 若い女性ガイド、マドリーナさんの足取りが速くなり、大聖堂前を西進してダウガヴァ
川沿いに出た。10時発1時間のダウガヴァ川クルーズに間に合わせるためのようだ。
        


 近くの遊覧船乗り場に着きすぐに乗船した。2階のデッキは風を受けて涼しいので、多
くの人が備え付けのガウンを着用する。


 船はダウガヴァ川を上流に向かう。水量は豊富だが流れは静かで、どの方向に流れてい
るのか一見分からないくらい。対岸の変わった大きな建物は国立図書館だという。





 5連のアーチ橋になっている鉄道橋をくぐると市街地から次第に離れ、両岸には緑が増
える。




 昨日市街に入るときに渡った次の橋の先に、ラジオ テレビ塔が近づいてきた。
   
  ラジオ テレビ塔はダウガヴァ川の中州にあり、高さは368.5m、ソ連時代の
1985年に建設されたもの。ヨーロッパで3番目の高さで、EU加盟国中では最も高い
建築物とか。高さ97mの展望台からは、旧市街やバルト海などを一望できるという。


 右岸沿いに南下した船は30分経過して折り返し、帰路は左岸沿いに進む。再び市街地
が近づき、リガ駅裏にあるという科学アカデミーの建物が目に入る。
      
 いかにもソ連というスターリンクラシック様式は、最初に訪れたポーランドの首都ワル
シャワの文化科学宮殿に似た感じだ。


 旧市街の教会なども近づき、レンガ造りの倉庫群が続く。


 アクメンス橋を通過するトラム(路面電車)


 一番北側のヴァンシュ橋の少し先で折り返して船着場に向かう。すぐ先右岸のリガ港に
は、大型クルーズ船が停泊していた。

 ダウガヴァ川はこの先12㎞ほどでリガ湾に入るが、グーグルマップで確認したらこの
先は海まで橋はないので、このような大型船が入れるのだと分かる。

      
 11時ちょうどに船を下りて旧市街に向かい、聖ペテロ教会に入る。13世紀初めに最
初の教会が建てられ、現在の教会は18世紀に改築されたとか。

 塔の高さは132.25mあり、エレベータで72mの所まで上がると、リガの町が一
望できるという。
      


 私たちは堂内を一巡して、祭壇や壁面の装飾、堂内での絵画や写真の展示、ステンドグ
ラスなどを10分ほど観賞した。
   

      

         

   

 北側のスカールニュ(Skarnu)通りに入ると、路傍でラトビアの民俗楽器の演奏をして
いる。
    

 その先では、姉妹都市ドイツ・ブレーメンから贈られたというグリム童話「ブレーメン
の音楽隊」の彫刻が目に入る。
         
 下から上へ、ロバ、イヌ、ネコ、ニワトリが歌っているという。


 この近くで20分ほどのフリータイムとなり、周辺を回って店をのぞいたりする。



 「THE NATIONAL ARCHIVES OF LATVIA」のプレートのある建物のウィンドウには、
1873年から1960年代までの合唱祭らしい写真が年代順に掲示されていた。
               


 11時55分にチョコレート店の前に集合して、10分ほどの所にあるレストランに入
り、1時間ほどの昼食をした。  (続く)




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