転妻よしこ の 道楽日記
舞台パフォーマンス全般をこよなく愛する道楽者の記録です。
ブログ開始時は「転妻」でしたが現在は広島に定住しています。
 



今季はフランス語・スペイン語ともに、入門・初級講座の内容が
『ヨーロッパ共通参照枠』(2002年)の『A1:初歩レベル』設定だそうで、
例年に較べて学習項目がかなり少なく抑えられており、
ゆとりを持って勉強できるから良いかと思っていたのだが、
残念ながら私にとっては、とても楽しい講座だとは言い難い状況になっている。

テンポがあり愉快なスペイン語講座のほうは、それでも結構気に入っていて、
基本の反復は何事においても大切だからと、とりあえず肯定的に考えている。
この講座は、リピートのためのポーズが適切に取られていて、
こちらの練習が邪魔されないし、
最初は先生のあとについて繰り返し、次はオーバーラッピング、
というふうに同じ反復でもメリハリがつけられているのが、とても良い。
書き取りのときも、書く時間が過不足なく考慮されている。
あまりにも易しくて負荷がかからなさ過ぎる点は、もうひとつかなとは思うが、
番組のテンポは私の生理的な好みに合っており、聴くのは苦痛ではない。

しかし、フランス語のほうは、この半年間は発音矯正のための学習期間、
と一旦は割り切ってはみたものの、
 Écoutez bien et répétez(よく聴いて繰り返して)
 Attention(ここに注意して)
 Encore une fois(ではもう一度)
と会話の途中でいきなり止められて反復を要求される箇所が、
一回のレッスンの中に何セットもあるので、かなりシンドくなってきた(殴)。

「まるでお母さんが子供に教えるように…」
と講師の大木先生がいつも仰るのだが、
私はどちらかといえば、もうおばあさんレベルの年齢と心境なものだから、
この箇所では毎回、デイサービスで世話をして貰っている心境になる(爆爆)。
「半年後『えくてびあ~ん、え、れぺて』しか覚えていないかも」
と某掲示板に書きこんでいたリスナーがいたが、同感だ(汗)。
この2ヶ月半、来る日も来る日も、ほかの何より繰り返し聴かされたのが、
『えくてびあ~ん、え、れぺて』の類いだった。

ポイントの文を区切りながら反復練習すること自体は良いと思うのだが、
えくてびあ~ん、から始まる一連の指示を、
毎回出す必要はないのではないだろうか。
放送時間が15分しかないのに、わかりきった指示を毎度毎度、
聞いてからでなくてはリピートに入れない、というのは、
学習者としては忍耐を強いられるし、時間の無駄であるという気がする。
お遊戯をさせられて怒っているおばーちゃんと同じか(爆)。
いや、手順などとっくにわかっているお遊戯なのに、
その都度、同じ台詞で毎回やり方を説明されるので
もういいから早く踊らせてくれ!とイライラしている、というべきか。

しかし、こうなったのは、私が勉強したいと思っていることと、
今回の講座内容とがたまたま合っていなかったというのが、最大の原因だろう。
私は元々が文法オタクなので、『理屈抜きで、まずは話せる外国語』
という方向の講座は、積極的に求めていないのだ。
これまで、初級講座でも満足できるものもいくつもあったのだから、
合う年度(期)もあれば合わない年度(期)もあるということは、
それだけ、いろいろな方向性の講座が提供されているということだと思う。

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今回の六月大歌舞伎は、私は左近のために観に行ったようなものだった。
私にとって、近年、これほどおめでたい襲名がほかにあっただろうか!
更に、演目が、松緑が務める『蘭平物狂』とあってはもう、
万難を排して駆けつける以外に、あり得ようもなかった。

私の真横の花道で、左近が見得を切ったときには、私の涙腺は決壊・崩壊した。
左近が、幼いけれども紛れもなくひとりの役者として、
客席の視線を堂々と一身に集め、見事にそこに存在していたからだ。
口跡が素晴らしく綺麗で、心憎いばかりの芝居心があり、
それでいて、一歩一歩の踏み出し方、手の上げ方など、
ひとつも揺るがせにせず、習った通り丁寧に演じているのがよくわかり、
芸の正しさと様式美を兼ね備えていた亨さん(辰之助)に通じるものが
左近の舞台姿から鮮やかに感じられた。

この演目の繁蔵は一定年齢以下の子役でないとできず、
蘭平も、尋常でなく気力体力を要求されるため若くないと駄目で、
その意味では、松緑と左近が父子で演じられる機会も、
今後、決して多くはないと思われた。
だから今年、初舞台披露の運びとなり、この演目が実現したことは
まことに素晴らしい巡り合わせだった。

松緑は、いつにもまして冴え渡るようだった。
花道を去った繁蔵のあとを目で追いながら、
「てぇ~いっ!」と地団駄を踏んで、一瞬で胸のすくようなギバ
(両脚を前に投げ出すようにして瞬時に座るかたち)に落ちて、
そのまま微動だにせずに行く手を睨み続けるときの、
全身から発せられるオーラが凄まじかった。
その後の前半の見どころ『物狂』の場面は、舞踊家としての松緑の真骨頂、
そして後半は菊五郎劇団の団結力が遺憾なく発揮された、
30分にも及ぶ大立ち回りがあり、文字通り手に汗握る迫力だった。
花道での大梯子も、私の真横、というより頭上で展開された。
まさに命がけの舞台だった
(かつて亨さんはこの役に、億という保険をかけて臨んだと言われていた・汗)。
今回はそれに加えて、深手を負いながら
「父は、ここにおるぞ」「繁蔵やー…い」
と息子の姿を探す蘭平の切なさが、これまで以上に深く胸に染み入った。

左近初舞台とあって、立ち回りの後に劇中口上があり、
舞台上手から、菊之助・菊五郎・松緑・左近・團蔵・時蔵が揃い、
菊五郎、松緑、左近の順に、客席に向かっての挨拶。
私くらいの年代のファンは、二代目松緑や初代辰之助も観ているし、
当代松緑にしても左近であった頃から知っているわけで、
三代目左近が、いつの日か青年になって次の辰之助を継ぐだろうと思うと
この日の口上を聞きながら、私は幸福な空想を止めることができなかった。
左近は、次代の辰之助は、どのような役者になって行くことだろうか。
そして、やがては、また次の、小さい左近が誕生するかもしれない。
歌舞伎はそうして受け継がれて今日まで続いてきたのだし、
亨さんの生きた証しもまた、ここにこのように繋がっているのだ。
願わくは、左近がこのまま、ずっと幸福な青年時代を過ごせますように。
松緑と左近との父子の時間が、このあとも長く永く、続きますように……。

辰之助の遺児だった松緑が、今や立派な父親となって、
息子の初舞台公演を蘭平として務めるところを、私は観ることができた。
その左近の初舞台姿も、私はつぶさに、この目で観た。
それを見守るのは、辰之助の盟友・菊五郎だった。
菊五郎劇団が、松緑と左近の親子を命がけで支える場に、私は居合わせた。
この舞台を観ることができて、本当に良かった。
私は、なんと恵まれた幸せなファンなのだろう!
蘭平「に」物狂いしている幸福なファンが、目下、さぞや多いことと思う。
このあと千秋楽まで、何卒、皆様お元気で舞台を務められますように!


六月歌舞伎座の『蘭平物狂』と松緑・左近親子については、こちらもどうぞ↓
受け継がれる 家の芸 -尾上松緑・左近さん親子-(NHKひるまえほっと6月10日)

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6月5日に、始発で広島を出て歌舞伎座の昼夜を観て来た。
どう考えてもこの日しか自由になる日がなく、
翌日も午後から仕事が入っていたので、
朝6時に広島を発って10時半に東銀座に着き、昼夜観て、
一泊して翌朝8時には東京を出るという強行軍で頑張った(汗)。

昼の部の幕開きは、『春霞歌舞伎草紙』。
若い設定の役で時蔵を観るのは、私には少し久しぶりだった気がしたが、
出雲阿国は艶やかで大輪の花のように輝いて見えた。
幽霊として出て来る菊之助の山三がまた、文字通りこの世ならぬ美しさ。
亀寿の若衆も見ることが出来て、眼福だった。

次が『実盛物語』。
斎藤実盛は、颯爽と格好良く演じる役者さんなら多いと思うのだが、
菊五郎の実盛は、姿が立派な上に柔らかな包容力を感じさせた。
その情の篤さを持ったまま実盛はいずれ老い、戦場に散って行くのだな、
……と想像させられ、ファンの私には特に、こたえられないものがあった。
小さい太郎吉が葵御前(梅枝)の産室を覗こうとするのを再三、とめて、
おとなしく待っているように言い聞かせ、
最後には「ツネツネを致すぞ」と言ったりするのも楽しかった。
左團次の瀬尾がまた熱くて愉快で、更に哀しく、名演だった。
誰もが、源氏の将来のためにその身を沈めるという展開は、
こういう時代物ならではだが、自然に気持ちを添わせて観ることができた。

(今回は退場まで滞りなく運んだので、やはり安心した。
2011年の南座のときは、馬が崩れて音羽屋の旦那さんは落馬なさったのだ。
舞台というのは、常に様々な危険と隣り合わせなのだと思わずにいられない。)

三本目が『大石最後の一日』。
新歌舞伎で、舞台の変化が少なく、劇的な立ち回りもなく心象風景が中心で、
幸四郎でなかったら私には爆睡系の演目なのだが(殴!!)、
今回は随分と、台詞のひとつひとつをじっくりと聴かせて貰うことができた。
やはり幸四郎はこういう役が実によく似合うと思った。
また、おみの(孝太郎)があのように魅力的な役だったとは、
私は今まで思ったことがなかった。
彌十郎の堀内伝右衛門の声音も、あとを引くように印象に残った。

そして、仁左衛門の祝・復帰の舞踊『お祭り』。
登場しただけでスター性カリスマ性で圧倒する仁左衛門だった。
孫の千之助との踊りなので、舞台の雰囲気や視線の行き交う様も
生き生きとして微笑ましく、幸せな一幕だった。
待ってました!!お帰りなさい、ニザ様!!!

**************

夜の部の最初が、私の今回の遠征の主目的であった『蘭平物狂』。
松緑が家の芸としての蘭平に臨む、大変な演目なのだが、
何よりこのたびは、松緑の長男・大河くん(8歳)が、
三代目・尾上左近を名乗っての初舞台公演とあって、
私は大奮発をして、花道のすぐ横(上手側)、前から一桁の列に座った。
歌舞伎座ではだいたい三階席か幕見が普通という私が、
地上に降りてきたのも久々なら、一等席というのも稀なことだった。
それくらい、切符を買う段階から私には気合いが入っていたのだ(笑)。
写真は、この夜の自分の席から見上げた、祝い幕だ。
この演目については、受け手としての私が尋常でなかったので(^_^;、
感想はまた、別のところにまとめて書きたいと思う。
とにかく、あまりにも見事な初舞台だった。
左近には畏れ入った。
ここまで孤軍奮闘して来たであろうあらしちゃん(松緑)の軌跡にも、
改めて思い至り、感慨深いものがあった。
きっと、父の辰之助も祖父の松緑も、どこかでこの舞台を見守り、
あらしちゃんの今日の姿を「よくやった」と喜んでくれていたことと思う。

次が『素襖落』で、これは三月の南座でも松緑・権十郎で観たわけだが、
今回は幸四郎・左團次によるオトナ版だった(笑)。
重厚感のある舞台で、至芸を堪能させて貰ったのだが、
幸四郎が巧すぎて、太郎冠者の明るさというか人の良さみたいなものが
あまり前面には出ていなかったような気もした。
しかしあれはあれで、幸四郎の見せ方なのかもしれない。
それに私は元来、舞踊がわかっていない。
これは自覚のあるところだ。

最後が『名月八幡祭』。
私はこの演目には縁が薄くて、これがやっと二度目の巡り会いだった。
しかも前回観たのは多分、二十年以上前で、
そのときの新助は八十助(現・三津五郎)、美代吉は児太郎(現・福助)だった。
しかし私は、なぜかその舞台を、今に至るもかなり克明に記憶していた。
当時の八十助・児太郎は、もしかしたら物凄い名演だったのかもしれない(汗)。
その、二十年来、私の記憶にあった『名月八幡祭』の印象は、
清らかで真っ直ぐな若者と、彼の運命を操る美貌のファム・ファタールとの狂気の恋、
それをただ満月だけが、静かに見下ろしていた、……というものだった。
ところが今回の『名月八幡祭』には、そのときとは少し違う世界があった。
そしてそこが、とても面白かった。

芝雀の芸者美代吉は、男を狂わせる性悪女というほど根深いものではなく、
ただ、生まれも育ちも、縮屋新助などとは全く別世界の女だった。
世間の常識から言えば、彼女のやっていることは自己中心的で傍迷惑だが、
本人の性根は少しもねじれておらず、奔放というより骨の髄まで健康で、
したたかというより単純で逞しい女、という印象だった。
優しさはあるのだが、万事において切り替えが早く、悩むことがない。
魚惣の主人(歌六)の言う、「あいつも悪い女じゃねぇんだが」は、
『が』も含めて、まさにその通りなのだった。
そういう女だからこそ、旦那の鑑のような藤岡慶十郎(又五郎)が、
彼女を好ましく思い、極めてスマートなやり方で面倒をみてくれたことも道理なのだ、
というふうに、私には感じられた。

対する、吉右衛門の新助は、もう、出てきたときから良い人で、
しかも美代吉と話すときだけは、田舎者まるだしで可哀想なくらいだった。
商売人としてなら駆け引きもでき、客あしらいも決してヘタではない男が、
一目惚れした女を前にしては、理屈も才覚も飛んでしまうのだ。
こういう新助の一途さは、美代吉にしてみればキモい(!)のだが、
彼の純粋な気持ちを、そのように否定するのは酷というものだっただろう
(児太郎(=福助)のはそうではなく、その場限りにせよ新助に対して肯定的で、
美代吉自身もひとときの夢を見たように見えたものだったし、
八十助(=三津五郎)もこれほどキモくはなかったように思う)。

「もし姐さん、私をお騙しなさるんじゃないでしょうねえ」
という新助の台詞には、彼の、単なる慎重さや疑り深さだけとは言えない、
既にヤバい(汗)雰囲気がふんだんにあった。
新助はもはや正常な判断力を失っていて、地獄に片足を突っ込んでいる、
ということがこの段階から感じられた。
事実、新助の胸には、自身を破滅に向かわせることになる計画が
このときから進行していたのだから、考えてみれば当然なのだった。
美代吉は美代吉で、積極的に『騙した』つもりではなかった。
決して新助に恋をしていたわけではなかったけれども、
あの場はああ言うしかなかったじゃないか、
というのが、おそらく美代吉の言い分だっただろうと思う。

最後はどうしようもなく重い結末ではあったが、手応えと納得感があった。
吉右衛門×芝雀で観ると、この話の救いの無さが際だって見えた。
二十年前に観て思っていたのと、違うところがいろいろとあったが、
ひとつの作品が、このように様々な可能性を持っているのは、
新歌舞伎ならではの良さかもしれないと思った。

この日の夜の部は、横浜に住んでいる娘を呼び出して二人で観たのだが、
蘭平物狂→素襖落→名月八幡祭、という順で観劇できたことは
歌舞伎初心者に近い娘にとっては、なかなかの「当たり」だった。
大立ち回りのスペクタクルに、狂言由来の古典的な舞踊、
それに、わかりやすい新歌舞伎に本水を使った迫力の演出、……等々は、
歌舞伎の面白さと多様さを堪能するに十分な、絶妙の演目構成だった。
娘は大いに満足した由、観劇後に感想を話してくれた。


では、『蘭平物狂』については、これから、改めまして……。

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例によって多忙で今しか更新できないと思って来てみたのに、
gooブログは仕様を変更しようとして何か失敗しているらしく、
今、パソコンからはUPできない状態になっている。
それで、この文章は携帯から送信している。
今朝からgooブログへの書き込みができなくなった、
という相談がyahoo!知恵袋にも出ていたので、
これは私だけの問題ではないようだ。

トラブっているのは、『新規投稿』画面の『ジャンル』指定で、
これまで、ここは特別な選択をしなければ自動的に
『ウェブログ』の表示になり、記事投稿ができていたのだが、
今朝からは、その手順では「ジャンルが選択されていません」と
投稿が拒否されるようになった。
私は別にアフィリエイトをやっているわけではないし、
ジャンル指定等でアクセス数を稼ぎたいという希望は無いのだが、
今後は必ずどこかに属さなくてはならないということなのか……?

それで、ともあれ投稿ができないのではどうしようもないので、
何か選んで指定するほかないのかとスクロールして探してみたが、
私にあまり関係のなさそうな『ジャンル』項目しか出て来ず、
仕方なく『その他。』あたりを選んで投稿ボタンをクリックしたら、
またぞろ「ジャンルが選択されていません」。
『その他。』は具体性がないから気にくわないのか?
そっちが提示しているジャンルのひとつなのに?
と不満に思いつつ、今度は無理ヤリ『音楽。』にしてみたが、
やはり「ジャンルが選択されていません」。

しとるっちゅーに(--#)(--#)。


追記(6月10日 10:27):つい先ほど復旧したようだ。何だったんだろう。
どうやらまた元通り、ジャンル指定なしの投稿が可能になった。
迅速な対応、ありがとうございます<(_ _)>。
しかし残念ながら、本日はもう時間切れ。出勤します(汗)。

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スペインのアルコイ公演(現地6月6日)でのポゴレリチ。
終演後のサインや写真撮影の風景のようです。
スペイン語?(或いはイタリア語??)で応じています。

Ivo Pogorelich en la II Semana Grande del Piano(YouTube)

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既に帰りの新幹線に乗っている。
まさに左近初舞台を観るためにだけ来た東京(笑)。
これから帰って昼過ぎには会社に行く(^_^;。

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感無量、左近初舞台!
観せて頂きました!
恐れ入りました!

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facebookのMúsica y Danza Úbedaのページを見ていたら、
ポゴレリチが、昨日スペインのウベダ公演の際、
ベートーヴェン演奏の成果?に対して?
同協会より賞とゴールドメダルを授与された由、記事が出ていた。
写真もあり、笑顔のポゴ氏が皆から拍手で称えられている様子がわかったが、
本文はスペイン語で、私には内容の詳細までは理解できなかった。
一体、なんのために『まいにちスペイン語』を聴いているのか(--#)?

ともあれ、おめでとうございます<(_ _)>。

ポゴ氏が、なんか『と学会』の大賞みたいなもんに認定された、
……って話じゃあるまいか、と私が一瞬、考えてしまったことは、
ここだけの秘密(殴)。

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