
17日(日)18日(月)の東京一泊二日は、
前回までのような徹底的な静養とは、少々違う内容になった。
今回は定宿ではあったのだが、たまたま角部屋を割り当てられ、
普段とはレイアウトが異なり、ベッドのすぐ横に窓があったため、
遮光ロールスクリーンの両端から漏れる日の光が目の前に来ていて、
18日の朝は、そこそこ早く7時半頃に目が覚めてしまったのだ。
9時過ぎまで寝ていても大丈夫な日程だったので、
ちょっと損をした気分で起床したが、朝食後スマホをチェックして、
その少し前に、大阪を中心に大きな地震のあったことを知った。
テレビをつけたら、どこのチャンネルも大阪北部震度6弱のニュース一色で、
その時点ではまだ、正確な被害状況はわかっていなかったが、
とりあえず津波の恐れはなく、火災等も発生していない様子だったので、
一気に大規模災害に発展する危険性は低そうだとわかり、
最低限の安心をすることは、できた。
ただ、東海道新幹線が全線運転を見合わせているということを知り、
とすると、果たしてきょう予定通り広島まで帰ることができるだろうか、
と朝から一計を案じることになった。
最初に思ったのは、
「帰れなかったら、もう一回、夜の部、観られるじゃん!!」(殴)
↑この考えは、実に魅力的ではあった(^_^;。
私はいつも、一泊分よけいに下着だけは荷物に入れてあるし、
火曜の朝のうちに発てれば、会社に行くには問題なかった。
宿泊しているホテルに尋ねると、この時点で、
月曜夜はまだ空きがあり、宿泊可能とのことだったので、
「夕方になっても新幹線が動かないとなれば、戻って来ます」
とだけ言って、チェックアウトした。
そんなものは予約でも何でもないから、そういう事態になったとき、
本当にまだ部屋が残っているかどうか保証の限りではなかったが、
それも含めて、運を天に任せるという気持ちだった(^_^;。
とりあえず午後4時前まで歌舞伎座の昼の部があり、
5時半の新幹線の指定席を持っていたので、
状況を見ながら判断することにした。
ホテルを出て、観劇前に、まずは近くの築地本願寺にお参りした(^_^;。
地震のあった地域について心配でもあったし、
交通網を中心とした今後の混乱についても、
理屈でなく、「神様、仏様」の心境だったのだ。
それから歌舞伎座に行って、昼の部を観劇した。
『妹背山婦女庭訓』が終わってスマホでニュースを見たら、
0時50分に共同通信が「東海道新幹線 全線復旧」と報じていて、
…ちっ、帰れるじゃん(殴)、と思いつつ、主人にLINEで知らせた。
直後はかなりの遅延が各所で起きており、
東京発新大阪行は間引き運転されているものもいくつかあったが、
5時頃東京駅に着いてみたら、乗車予定の博多行のぞみは
乗車案内が出ていたのでホームに上がった。
この時点で、待合室は混雑していなかったが、
改札横の窓口の前には長蛇の列が出来ていた。
変更や払い戻し、遅延分の料金精算を希望する人達が
大変多かったということだろう。
一本前ののぞみは10分遅れで東京駅を出たが、
私の乗った17時半の便は定刻に発車した。
さすがに指定席は完売で、自由席も混み合っていたようだった。
結局、広島には7分遅れで着き、大した影響はなく済んだ。
夜になってみると、新幹線の状況よりも、
大阪を中心とする被害地域の在来線や私鉄のほうが大変で、
きょうは「帰宅困難者」の方々が少なくなかったと、
ニュースでも報じられていた。
都市部の生活は日頃、分刻みで動く正確な鉄道に支えられているが、
ひとたび災害が起こると、それは一瞬で瓦解してしまうのだと、
……3.11のときにも知った筈だったのだが、
また、かたちを変えて、実感させられることになった。
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