転妻よしこ の 道楽日記
舞台パフォーマンス全般をこよなく愛する道楽者の記録です。
ブログ開始時は「転妻」でしたが現在は広島に定住しています。
 



菊五郎・仁左衛門・幸四郎・吉右衛門、
この顔合わせが観られる機会は、私の今後の人生で、もう多くない、
と思い、始発で広島を出て、歌舞伎座昼夜通し。

妻平に民部、それに『夕顔棚』の婆さん、
1日で音羽屋の魅力を様々な角度から見せて貰えた。
いやぁ、つくづく、私は幸せなファンだなあ(^_^)。
やっぱりどんなときも、結局は私は菊五郎を愛してるんだなぁ♪

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昼の部の最初が、『天保遊侠録』。
実は私は今回、とにかく『新薄雪』を観る!ということしか眼中になく、
始発で歌舞伎座に駆けつけて、予習も何もなく幕が上がり、
見始めて「これ、知っとぅ。宴会やって暴れる話や(^_^;」(爆)。
記憶を辿って見ると、ちょうど一年前、大阪松竹座で観たばかりだった。
それも、同じ橋之助の小吉で。
わかりやすい新歌舞伎だし、階級社会の悲しさ、子を思う親の情など、
泣ける要素がふんだんにあって、改めて良い演目だなと思った。
小吉と八重次(芝雀)の、大人の男女としての心の通わせ方も、
観る者の胸に静かに染み通るような良さがあるなと感じ入った。
……が、終わって隣のお客さんたちが、
「えっ。『りんたろう』って、森 林太郎じゃなかったの!?」
と会話していたのにはウケた。それじゃ森鴎外の話になってしまうぞ。
とーちゃん(橋之助)が「勝 小吉」と名乗っておったじゃろ。
あの聡明な息子は、勝 麟太郎、のちの勝海舟だぞよ(^_^;。


『新薄雪物語』の通しを私は今回初めて観たのだが、
単純に物語として眺めるなら、荒唐無稽だったという印象だ。
「なんでそうなる(^_^;」な展開が幾度かあり、
観ながら内心でツッコミを入れつつ耐えたところも結構あった。
しかしそれらを超えて、この公演は、あり得ないほど配役が良かった。
私がダレそうになると、それぞれの役者さんによる「燃料投下」があり、
そのお蔭で、私は最後まで集中力を保って観ることができたのだと思う。
作品よりも、役者の力業の凄さを堪能させて貰った舞台だった。

花見の、錦之助(左衛門)と梅枝(薄雪姫)が、まず鮮やかで良かったし、
吉右衛門(団九郎)と仁左衛門(大膳)の顔合わせは特に豪華だった。
妻平(菊五郎)と水奴たちの立ち回りも、実に明るく楽しく見せて貰った。
また、詮議の場で、幸四郎(伊賀守)と仁左衛門(兵衛)が相対し、
舞台正面に菊五郎(民部)・彦三郎(大学)が並んだ姿には、
「まさにこれが現在の歌舞伎界の頂点…!」
と圧倒された(もうひとり、吉右衛門が一緒には出ていなかったけど)。
ここでは何より、菊五郎の声を堪能できたことが、
ファンとして最高に幸せだった。
扇の下で、若い二人に手を取らせて諭すところも良かったし、
大学に向かって「お控え召され」と言ったときなどはもう、
目の覚めるような深々とした、音羽屋ならではの声音だった(感涙)。


昼夜にまたがっての通し上演なので、このあとからが夜の部。
昼を観ていない人のために、入場のときに登場人物相関図が配布されていた。
園部邸は、ほかの場より役者さんたちには「しどころ」が多い、
ということはわかったが、やはり感覚的に俄に納得できない展開で、
子らの行く末を思い、命を賭ける親としての苦悩と決断が、
大きなドラマとして感じられたのは、
仁左衛門の呼吸の巧みさとスケール感、
そして幸四郎の技巧のひとつひとつがあればこそだった。
更に、そこに女形として主張のある魁春(梅の方)が加わったことで、
三人笑いの場面が台詞にない部分まで立体的になり、
あの場の長さを、ひとつの味わいとして感じることができたのだと思う。

最後の正宗内も、ストーリーとして共感できないという点では同様で、
通しだというのに、ここまでの逸話を回収して行く快感が無かったし、
結局は団九郎の改心で…というのは、
少なくとも21世紀の観客である私には、かなりガッカリ感があった(殴)。
ここまで頑張って観て来たのに、最後はそこ!?という……。
吉右衛門の団九郎の結末を観るためだけにあった幕だった。
この団九郎が、単独で見るなら、なんとも快演で、良かった(汗)。
花見の場面の出来事とか、大膳(仁左衛門)に肝っ玉を褒められたこととか、
いっそ、無かったことにして観れば問題ないんじゃないか、と思った。
「すし屋」の権太みたいな役に書き換えれば……(逃!!!)。

ともあれ、私のように浅学な者にとっては、
『新薄雪物語』はかなり理解に無理のある演目だったが、
今回の配役ゆえに、どうにか最後まで脱落せずに見せて貰えたことを
大変嬉しく有り難く思っている。
通し上演自体が希であり、私が地方在住であることを考えるなら、
おそらく今後二度と、この配役で観ることは叶わないだろう。
貴重な上演を逃さずに済んで、観客として本当に幸運だった。


最後の『夕顔棚』、これは素晴らしかった。
待って待って実現した音羽屋の旦那さん久々の女形は、「婆さん」(笑)。
ついにここまで「兼ネル」役者になり、もう怖いもの無しの旦那さんであった。
……は冗談にしても、この婆さん、正真正銘、垂れパイ(爆)の婆さんなのに、
愛嬌があり、馥郁とした女らしさもあって、実に魅力的だった。
こんな華やかで笑顔の素敵な婆さんが最後に舞台を占領して、
午前中からの全部を吹っ飛ばしてしまうなんて(爆)反則だろう。
爺さん(左團次)のほうもまた、剽軽でイイ男で、
婆さんに酌をしてやるときの、
「よしよし♪」
という声の響きには私はシビれた。
そして、盆踊りに行こうよと、この老夫婦を誘いに来る、
「里の男」「里の女」として巳之助と梅枝が出ていた。
巳之助の立ち姿には、これから駆け上って行く人の覇気があった。
この二人に導かれて、更に何組もの若い人がやって来て賑やかになり、
村の若者世代が、この愛すべき爺さん婆さんを
皆でいつも心にかけ、大切にしていることが、よく伝わってきた。
田舎の、名も無い爺さん婆さんの、暢気で楽しい夕べ、
……こういう幸せなものを見て、歌舞伎座を後にするのは、
本当に良いものだなと、満たされた夜だった。
今月は、もし近所に住んでいたら、幕見で『夕顔棚』だけ通いたいかも(笑)。

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