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転妻よしこ の 道楽日記
舞台パフォーマンス全般をこよなく愛する道楽者の記録です。
ブログ開始時は「転妻」でしたが現在は広島に定住しています。
 



きょうは大阪のホテルで寝坊して、ゆっくりと過ごした。
それから昼頃にチェックアウトして梅田に繰り出し、
デパ地下を覗いてお正月の酒の肴になりそうなものを買い、
午後から三宮まで行った。
ここでも駅前の百貨店を冷やかし、魚の西京漬けやお菓子など買って、
旅の締めくくりは、神戸某ホテル宴会場にて『年忘れバイキング』。

ここの年末バイキングは神戸に住んでいた当時、今から11年前に、
一度だけ来たことがあったのだが、娘は勿論覚えていなかった。
あのときは、12月の後半に主人がインフルエンザに罹って倒れ、
戦力外になった主人を尻目に、私は年末の日々を官舎の掃除に明け暮れ、
大晦日の日暮れになってから、ようやく蘇った主人にこのホテルに連れ来て貰い、
ああ天国だ、これで一年の苦労も報われる、と涙したことを覚えている(笑)。

31日にこんなところで過ごせるなんて、やはり天国だと今年の私も思った。
本当に文字通り『年忘れ』。
ツアコンころもんに、心から感謝せねば(笑)。


追記:22時26分
夜9時頃、無事に広島に帰って来ることができた。
雪のため、新幹線やJR在来線にここ数日遅れが出ていたので、
今夜も『のぞみ』だと米原付近での徐行運転などがありそうだと思い、
用心のためレールスターにしたのが、やはり正解だった。
新神戸出発時点では、ほぼ5分遅れで済んだ。
広島は雪などは無いようだが、車内の放送では、
山陰方面の木次線や伯備線などは運休が出ていると言っていた。
やはりこのあと、とても寒い年末年始になりそうだ。

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銀閣を出る頃から雨模様になったので、タクシーを拾った。
三十三間堂には、まだ家族で来たことがないという話を出発前からしていて、
今回の旅行の目的のひとつだったので、天気が悪くても外したくなかった。
主人と私はそれぞれ、幼いときの家族旅行や中高の修学旅行などで
これまで一度は来たことがある筈なのだが、全く記憶がなく、
娘は歴史の「資料集」などで見たことがあるだけだった。

このタクシーに乗ったとき、なぜか運転手さんが、
「失礼ですが、お客さんは京都の方でしょうか」
と私達に質問された。主人が
「いえ、違いますが」
と答えて、この話は終わりになったのだが、
何だったのだろう、地元対象のキャンペーンか何かあったのだろうか?
そして、三十三間堂に着いて車を降りたとき、娘が言った。
「助手席で見てたらさー、運転手さんが乗務記録を入力するのに、
やっぱり、男性2名、女性1名って入れとったよ!」
札幌に続き、京都でもやはり娘は男にしか見えなかったのか(苦笑)。

転夫「京都の者かどうか以前に、こいつが男か女か、検討すべきだったな」
転妻「『失礼ですが』って、ホンマのとこ、どんだけ根本的に失礼かという」

*******************

さて、三十三間堂は想像以上の圧巻だった。
一千一体の等身観音立像が居並び、
中央に高さ3メートルの千手観音座像があって、
眺めるだけで圧倒され、軽く目眩がしそうになった。
江戸時代に『通し矢』の場となったという、121メートルの本堂西軒下も、
実際にその場に立って眺めてみると、距離の遠さが実感できた。

幸い、このあたりで雨が上がった。
気温は低かったが、にわか雨程度で済んでくれて助かった。
堂内は写真撮影禁止だったので、私たちは外で記念撮影をした。

*******************

お堂から出たところに化粧室があったので、交替で行った。
このとき、ケッサクなことがあった。
主人が出てきて、外で待っていた私たちに向かって、
「あのヒト、手を洗っていませ~ん」
と少し前方を歩いている男性を示したのだ(爆)。
転夫「だって、中でワシと並んどったヒトだも~ん。
 あのヒト、洗わないで、サッサと出て行っちゃったも~ん」
転妻「くくっ。よほど寒かったか、急いどったか、したんじゃないの」
転夫「いいえ、きっとあのヒトは、普段から、洗っていませ~ん」
娘と私は悶絶した。
そんな話を聞いたら、そのヒトが目に入るだけで、もう発作を起こしそうだった。

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4年前に来たことがあるのだが、娘があまり記憶がなく
また見たいというので、朝から銀閣を訪ねた。

障子や戸が全部閉まっているようだったので、娘は、
「建物の中は、どうなっとるんかね~」
と言ってから、
「ああ、書院造りか!」
と自己完結していた。

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大阪  


本日より大阪三泊の予定。
いやはや家を出るまでが大変だった。
掃除もお正月準備も何もかも前倒しだったので(汗)。

しかし御陰で早く仕事が片付いた、
とツアコンころもんに感謝することにしよう。

きょうは娘と私だけで先に大阪入りし、
主人は年内最後の仕事があったので、
夜遅くなってから到着する予定だ。
娘と私だけだと何をするにも怠惰なので、
JR大阪に着いたあと本屋に直行して今夜の読み物を仕入れ、
あとはホテルでごろごろして読書三昧、食事も適当だ(苦笑)。

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少年よ

娘は背が高く体格が良く、かつ髪が短いので、
シャツとスキニーなどというスタイルだと
かなりの確率で男の子と間違えられる。
今回も、函館で乗ったタクシーの運転手さんから、
「息子さん」「息子さん」
と娘はずっと言われていたのだが、
もはや本人も主人も私も、誰も訂正しなかった。

また、JR札幌駅からホテルへ行くのにタクシーに乗ったとき、
荷物が多くて娘が助手席に座ったのだが、娘の話によれば、
運転手さんは乗務記録の「乗客内訳」の欄に、
男 2 女 1」
と書き入れていたそうだ。
勿論、娘でなく私が「男」としてカウントされていた、
という可能性についても検討する余地があるが、
会話中、私は幾度か「奥さん」と呼ばれていたので、
やはりここでの「男 2」の内訳は「主人と娘」だと思われた。


携帯電話のご使用は

函館から札幌へ行くのにJRの特急北斗に乗ったのだが、
車内で堂々と携帯電話に出て話をする女性を見た。
私の斜め前の席にいた人で、発車してすぐ彼女の携帯が鳴り、
鳴ったということはマナーモードにしていなかったわけだが、
彼女は平然とそれに出て、「もしもし?ああ、今ね・・・」
とごく普通のリラックスした会話を始めた。

話は数分で終わったが、しばらくしてまた彼女の携帯が鳴った。
彼女は再び、特に焦った様子もなくバッグから携帯を出して応答した。
こういうことが、札幌に着くまで四度ほど繰り返された。
常に、彼女は席についたまま、落ち着いた態度で電話に出て、
急いで話を切り上げる様子もなく、呼び出し音もそのままだった。

それで考えてみると、私は北斗に乗車してからは、あのいつもの、
『携帯電話はマナーモードで』『ご使用はデッキで』
の注意事項を、アナウンスで聞いた記憶が無いような気がした。
東海道山陽新幹線だと、駅を出るたびに携帯に関する注意が
日本語でも英語でも放送されるのだが、
少なくとも北斗車内では、そこまで徹底したアナウンスは無かった。
もしかして、JR北海道では、車内での携帯の使用は
個人の判断の範疇だったのだろうか。
それとも単なる私の聞き漏らしであり、
あの女性のしていたことは、やはりマナー違反だったのだろうか。
敢えて確認はしなかったので、この件は謎のままだ。

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今回、北海道の道南を旅行していてつくづく思ったのが、
北海道にはあまり冷房がない、ということだった。

西日本の灼熱地獄に較べたら、北海道の夏は確かに天国だ。
着いたとき、新千歳空港の外に出たら、
道路に表示されている外気温が、雨のせいもあってか「19.9度」で、
それでも現地の人たちは、湿度が高いからきょうは蒸し暑い、
と言っていた。
西日本などとはもう明らかに気候帯が違う、という感じだった。

だから外を歩いているぶんには、私達は全く暑いと思わず、
それどころか、晴れた日に陽射しの中に立っていても、
日光の質そのものが全然違ってとても穏やかで、
日傘や帽子はあったほうが良いが、無くても困らず、
「夏にコレって天国だなあ」と幾度も思った。
炎天下でヘトヘトになって命の危険を感じるような、
広島の日常の暑さが、北海道には全くなかった。

しかしそのためか、北海道は全体的にあまり冷房されていないのだった。
勿論、設備としてのエアコンは備え付けられているし、
デパートやホテルなど、それなりに冷やしてはあるのだが、
その冷やし方は、本州の大部分とは比較にならないほどヌルかった。
外を歩いてきて建物の中に入ったときなど、こちらは反射的に、
キュウ!と冷えた空気に包まれることを期待するのに、
北海道には、それが無かった。

札幌―函館の列車内は、表示では27度だったが汗ばむほど暑かったし、
JR札幌駅の構内では冷房していない場所も多く、
函館ベイエリアのオープンカフェに至っては扇風機しかなかった。
だから、いくら冷え性の私といえど、北海道にいる間は、
冷房対策のカーディガンなど、全く必要なかった。

思うに、北海道は基本的に夏の気候自体が暑くないので、
現地の人たちは暑さ対策に、もとから関心も熱意もないのではないか。
少なくとも、西日本の私たちほど神経をとがらせることはないように思う。
前に友人某氏から、ロシアの人たちは気温の低さには敏感だが、
夏の暑さに対しては無策に等しい、と教えて頂いたことがあったが、
北海道の冷房の体制に関しても、私はそれに通じるものを感じた。

北海道の夏は、外が涼しく、室内は特に涼しいわけではない(汗)。

そしてこれはきっと、冬になると逆の現象が起きるのだと思う。
すなわち、北海道では外気温が昼間でも0度に達しないほど寒いから、
暖房に関してはどんな場所も行き届いているに違いない。
分厚い外套が必要であるかわりに、下に着るものは軽い薄着でも
北海道の室内では十分なのだろうと私は想像している。

西日本などはその点、冬のほうが無防備で、設備もない。
公共の場は暖房されているが、暑いほどの室温はあり得ないし、
一般家庭になるとコタツひとつとか、石油ストーブだけで、
室内でも厚いセーターや、綿入れ袢纏を着込んだりしている。
なぜもっと部屋自体を温めないのかと、北海道や北国の人なら、
疑問に思われるのではないだろうか。

私のこれまでの経験では、福岡から東京まで移動しても、
別段、気候の違いは感じなかった。
経度が増す分だけ、9月頃になると東京のほうが
西日本より日の暮れが早い、と感じた程度だった。
しかし東京から仙台の市街地に行くと、夏は明らかに涼しかった。
東北以北は、緯度があがるほどに冷帯気候に近づいて行く、
ということが肌で感じられた。

やっぱり、私としては、夏は北海道、冬は広島、で暮らしたいな(殴)。
なんのかんの言っても、エアコンの要らない気温が体には一番ラクだ。

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10時半頃、新千歳空港で現地の友人と待ち合わせ、
出発までお喋りと昼食を楽しんだ
(主人と娘は、買い物&食事で別行動)。
この友人は昨年、円山動物園を案内してくれた地元在住の人で、
きょうもまた私のお土産の算段に打てば響くの助言をくれて
空港内で適切な店舗に次々と案内してくれた。
ありがとうございました(涙)。

さて、来るときの飛行機は、広島―新千歳の直行便だったが、
帰りはお盆で混んでいたせいで羽田乗り継ぎになってしまった。
昨年までANAが臨時直行便を出して増便していた筈なのだが、
今年はどうもそれがなかったようだった。

12:30発の新千歳―羽田のJAL514便はほぼ予定通り着いたが、
空港が混雑していたのか、機体のドアが開くまでに少し時間がかかった。
ボーイング777-200のうちでも、尾翼を緑色に塗装した機体で、
JALではこれ一機だけという、ちょっと貴重な航空機に当たったのだが、
羽田到着20分後に広島行きが出ることになっていたので、
写真など撮る暇もなく、私達三人は大いに焦って
乗り継ぎの7番搭乗口まで走りに走った。これがまた遠かった。
『自分の乗った飛行機が遅れる場合、乗継機は必ず定時に離陸する』
というマーフィーの法則が、一瞬、脳裏を過(よ)ぎった(笑)。

しかし、有り難いことに、というべきか、
次の広島行きは、搭乗機の整備点検に時間がかかったとのことで、
結果的には搭乗口に着いてみたら、優先搭乗案内が始まったばかりで、
私たちには、まだまだ待つ時間さえ十分にあることがわかった。
羽田―広島のJAL1611便は一回り小さいエアバスA300で、
チェックイン時に「窓側」を指定したら、
私の席は右翼の真横というか上だった。
御陰で、主翼のフラップの動きや雲の下の風景などを
久しぶりに堪能できて、フライト中は飽きなかった。

広島に降りてみると、・・・・・・暑かった(汗)。
そうだ、まだ夏だったんだ、と思い知った。
ただ、家に着いてみたら、窓の外でツクツクボウシが鳴いていた。
私にとって、この夏初めて聞く、ツクツクボウシの声だった。
季節は、確実に移っているのだった。

ただいま帰りました♪

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今夜、札幌に戻って来た。
ご飯も終わり、あとはお風呂入って寝るだけだ。
明日、広島に帰る。楽しかった北海道の旅もついに終盤。

…DVDを見ながら携帯打ちながら読書する、忙しい転娘。

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内浦  


函館から札幌へJRで行くときは
森駅を出たあと苫小牧駅までのあいだ
進行方向むかって右側が内浦湾だ。
その向こうは太平洋に続いている。

私は海を眺めるのが好きなので、この路線は飽きない。
眼下に波打ち際が広がっていて、彼方には水平線。
雨模様で荒れ気味の波がまたなかなか良いのだった(笑)。

ころころっと十億円入ったら、こういう場所に別荘を買いたい。
そして夏じゅう、海を眺めて暮らすのだ。
万が一、津波なんかの可能性があったりするかな、
とも思ったが、でも民家も商店も工場もたくさん見えるし、
畑も普通にあるし、途中には牧場があって馬もいた。

大丈夫じゃないかい?

それにしても北海道は涼しい。
私はここ数日、「あっつい!」という苦痛を
ごく自然にすっかり忘れてしまっていた。
やはり夏は北海道に限るなあ。
十億円ころころしたら、6~9月はとにかく北海道に住もうっと。

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中国人墓地は日本の墓と見分けがつかないような光景だったが、
ロシア人墓地にはほかのどことも違う特徴があった。
それは、墓石が皆、大地に寝かせて置かれているということだった。

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