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転妻よしこ の 道楽日記
舞台パフォーマンス全般をこよなく愛する道楽者の記録です。
ブログ開始時は「転妻」でしたが現在は広島に定住しています。
 



今夕は皆既月食だというのだが、広島は雨模様だ。
昨日の夕方には、まだ暗くなる前の時間に、
かなり大きな白い月が東の空に浮かんでいたのだけど。

「月」は清志郎の詩によく出て来る。
月を見ると清志郎を思い出す、というファンの人はとても多いはずだ。
昨日もmixiの清志郎仲間の間でそのようなつぶやきがあって、
瞬く間に同意のレスがたくさんついていた。

清志郎は宵っ張りで、だからしょっちゅう月を見ていたのだろう。
綺麗な月だよ、と彼女を散歩に誘う歌もあったし、
窓から見える月が「きみの口に似てる」と言うのもあった。
とりわけ清志郎風なのは、「お月様」という言い回しだ。
あの娘を返してとお月様にお願いしたり、
雨上がりの夜空にジンライムのようなお月様が出ていたり。

そういえば、ハイウェイにもお月様がいたっけ。

清志郎とチャボが二人で歌うと、歌詞内容は本来はラブソングそのものなのに、
なんだか言外に、長い友情と深い信頼関係を歌っている感じがしたものだった。
その典型は『君が僕を知ってる』だけれど
君が僕を知ってる 忌野清志郎 仲井戸麗市(YouTube))、
この『ハイウェイのお月様』も、まさにそんな感じの曲だなあと
ひさしぶりに聞き直して、思った。

忌野清志郎&仲井戸麗市 ハイウェイのお月様(YouTube)

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今回のTMのライブで私にわかったそのほかの曲は
LOVE SAVER』『WHITE BREATH』くらいで、
途中には知らない曲がいくつもあった。
なにしろ、清志郎を聴くほどの熱意で西川氏を聴いたことはまだないので、
私の中では根付いていない曲も多いのだ。すみません(^_^;)。

アンコールはMICROさんが誕生日ケーキを持って出てきて、大歓声。
西川氏は大笑いのあと、しばらくうつむいて顔をあげなくなってしまい、
見たら、泣いているのだった(^_^;)。
会場の皆で西川氏の誕生日を祝って、Happy Birthdayを歌う、
という当然な企画があったのだが、一度ではうまく揃わず、
西川氏も笑いながらも不満を表明、MICRO指揮で歌い直しとなった。

しかし、あの合唱は、せめてギターでイントロだけでも弾いて貰えたら、
会場の全員が思いっきり声が出せて、もっと揃ったと思う。
こちとらは絶対音感などないし相対音感もアヤしい集団なのだから、
めいめい勝手な高さで歌い始めてしまい、キーがばらばらだった。
だから「Dear Takanori~~~!!」と盛り上げたくても、
音程がわからなかった人が多数だったのだ。
次の機会には、このあたりにご配慮下さいましたら嬉しいです(逃)。

ステージには、ゆるキャラたちも大集合、
私は全部の名前はとてもじゃないが知らなかったが、
西川氏にイジられながら一匹ずつ紹介されたので、だいぶ覚えられた。
最後にはおめかししたタボ君もひかえていた。
彼は、西川氏が忙しいときに観光大使として活躍中なのだそうだ。

ラストが全員でタオルを振って応える『CHASE/THE THRILL』。
私は実は、この曲はほとんど馴染みがなかった。
何かの録画で聴いたことはあり、曲名はあとで娘に確認して知った。
アンコールとなると選り抜きの一曲が出て来ると期待したのだが、
これは熱狂的なファンの間では最重要な曲のひとつなのだろうか?
ここまで結構ガンガン乗って来たのに、最後は肩すかしの感じで、
一緒に歌えず、やや部外者感を味わった私だった(^_^;)。

ともあれイナズマ・ロックフェスは、県知事さん市長さんの賛同も大きく、
是非、来年も続けたいという意向だそうだ。
今回は、私が体力消耗している事情もあり、
退場規制がかかる前に出ようということで、
娘が早めにブロックを出て最後尾まで来てくれたので、
私たちは完全に終わらないうちにライブ・エリアを出た。
終了時にあがる盛大な花火は、会場の外から楽しんだ。
広い芝生では虫の声が聞こえて、適度に涼しく、すっかり秋の気配だった。

ああ、来られて良かった(^_^;)。
生・西川を堪能した娘は夢心地だったし、
私もライブを満喫できて嬉しかった。
カクランして大騒動したが、結果オーライ、ということで。

*********************

帰ってきてから、「イナズマ行って来た」という話をしたら、
娘の学校のママ仲間のひとりが言うのに、
「西川貴教って、あの、小柄で目のクリっとした、
下から風パーパー当たりながら歌ってる人でしょ?」。

そうだよ、そのヒトだよ(^_^;)。
世の中の多くの人の西川氏のイメージは、コレだろう。
High Pressure(YouTube)
この曲が出たのが97年頃だったと思うので、既に十年以上前だ。
現在の西川氏は既にこの路線ではないが、
こうした時代があったからこそ、今の動員力があるのは事実だし、
ファンはこの曲やHot Limitなどを、やはり変わらずに愛していると私は思う。

ちなみに、私が西川氏の歌唱力をもっとも強く感じるのは、
彼が『Thunderbird』をライブで歌うときだ。
以下の動画は特に、菅野よう子さんのピアノ・ソロも素晴らしく、絶品だ。
日頃、こういうジャンルの音楽をお聴きにならない方にも、是非。

T.M.Revolution THUNDERBIRD Live (YouTube)

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ひと区切りついてMCになったので、私は座った。
何しろ体力が無くてシンドかったのだ(苦笑)。
このあとは、もしよく知らない曲が続くようなら座っていよう、
・・・とサボることを考えながら、西川氏の話を聞いていたら、
なんだか、ゲストがいる模様。
去年は明石家さんまが登場したよなーなどと思い出したとき、
な、な、なんと!今年は!!
「紹介しましょう・・・浅倉大介ーーーーーー!!」

え。
え、えええええ~~!!!!

思わずシートを蹴って立ち上がってしまった。
見れば、スクリーンには、まばゆいライトに照らされて
白髪みたいに輝く金髪の、大ちゃんが!!

もともと西川貴教というのは、90年代半ばに浅倉大介が見出し、
Takanori Makes Revolutionというプロジェクト名を与え、
全面的にプロデュースして売り出したシンガーだった。
当時の日本の音楽シーンを記憶している世代なら、
accessで活躍した浅倉大介本人のことも知っているだろうと思う。

私が思うのに、浅倉大介は、西川貴教という素材を最大限に開花させ、
本人さえ知らなかった魅力を引きだして見せた人であり、
ファンが最初に支持したのは、大ちゃんによって造型された西川だった。
打ち込み系のポップな歌を強烈な声で聴かせる歌唱力と、
華やかなカリスマ性と舞台アピールとで、西川貴教は今日の地位を築いた。

しかし途中からT.M.Revolutionは大ちゃんの手を離れ、
西川貴教自らがプロデュースするプロジェクトになり、
同じ頃から、ふたりの不仲説も取り沙汰されるようになっていた。
アーティストは「やりたいこと」と「やるべきこと」の間で悩むものだが、
西川氏本来の志向と、大ちゃんの提示するものとの間に、
いつの頃からか、齟齬が生じてきたのではないかと思う。
プロデューサーを降りてからの浅倉大介は、
T.M.Revolutionに曲を提供するだけの存在になったように見えた。

だから、熱烈なファンなら勿論のこと、少しでも西川を知る者なら、
ここで浅倉大介とのコラボが再び見られるというのは、
思いがけない、奇跡のように素晴らしい巡り合わせだったのだ。
西川氏が自分の原点を今なお全面的に肯定しているということが、
カタチとして確認できた瞬間だったからだ。

ふたりの大笑いのMCのあと、西川氏が
「せっかくなのでもういっちょイッちゃいますか!」
と言い(清志郎なら「ももももう一発イくかい?」と言ったところだ)、
大ちゃんも加わって新曲『SWORD SUMMIT』。
SWORD SUMMIT(YouTube)
肩掛けのキーボードを弾く大ちゃん、歌う西川、
10年前ならテレビでよく見かけた光景だったが、
まさかそれが今ここで再現されようとは!

西川貴教、故郷・滋賀で2度目の野外フェス開催
“恩人”浅倉大介と10年ぶり共演
(ORICON STYLE)

曲が終わって、がっつり抱擁し合った二人に、
15000人の拍手と大歓声が。
凄い、凄いぞ、なんという誕生会(笑)なんだ!!

・・・そして、ああ、私は、またしても、休み損なったのだった(殴)。


(続)

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京都駅で某嬢と待ち合わせ、感謝感謝で娘を引き取った私は、
さすがにヨレヨレしていたので、ともあれホテルに直行した。
時間は早かったが運良く入れてくれたので、
とにもかくにも部屋に上がり、まずはベッドで寝た。
ここで英気を養っておかないと、夜までモたないと思ったからだ。
ちなみに、滋賀県のイベントに行くのに、なにゆえ京都に泊まったか?
それは、このイナズマのために、草津その他最寄りの宿泊は
すべて半年前に、予約で満室になっていたからだ。

イナズマ・ロックフェスそのものは、両日とも午前10時から始まり、
滋賀の地元PRイベントやラジオの公開録音などがあり、
ライブエリアのほうも午後2時からステージが次々と行われるので、
余裕さえあれば、一日中楽しむことも可能だったのだが、
今回は最初から体力的限界だったので、西川貴教だけに絞った。

イナズマロックフェス2010公式サイト

夕方4時半、娘と私は京都の宿を出て、琵琶湖線で草津に向かった。
JR草津駅で降りたら、このイベント専用のバス乗り場まで徒歩15分程度、
シャトルバスは往復で1000円、会場までピストン輸送で運行されていた。
私達が到着したのは6時前で、ちょうど郷ひろみのライブをやっていた。
『エキゾチック・ジャパ~~ン♪』は娘でもよく知っており、
巧い、声がいい、格好いい、と初めての生・郷に感動していた(笑)。

この日はほとんどタイムテーブル通りに進行しており、
郷ひろみのあとは、ガリガリガリクソンのトークというかコント、
これを聴いている間に、娘は自分のチケットに書いてあるブロックに行き、
体力の足りない私は一番後ろの芝生にレジャーシートを敷いて座った。
最後尾付近は、さすがに皆、シートに座っていてのどかだ、
・・・と思ったのは、このときだけだった。
やがて、Turboコールの中、ライティングが変わり、
T.M.Revolutionのライブのイントロが流れ始めた途端、
最後尾に至るまで一瞬で、ぐわーっと、凄い歓声を上げて客が立った!

私の記憶が正しければ、一曲目は『Naked Arms』。
Naked Arms(YouTube)
私も立った、こんなもん座ってられるか!!
くは~~、西川、やっぱ凄いぞ!!コレだ、この声だっっ!!
周囲は気の狂ったような手振り(笑)、勿論私もやった(爆)。
我にかえると両腕がダルいのだが、ここでやめては勿体ない(イミフ)。
立ち上がったら前方スクリーンがよく見えて、
西川氏は黒ずくめ、独眼竜みたいな眼帯、脚は網タイツ(爆)。

蒼い霹靂』『魔弾』と、お馴染みのナンバーが続いたので、
根深いファンとは言い難い私も、このへんはバッチリついて行けた。
アーティスト本人がどう思うかは知らないが、ファンはえてして、
こういう、ある程度初期から愛された定番曲が聴きたいものだ。
幕開けにこのテのナンバーを持ってくる西川氏のセンスは、さすがだった。
私の周囲もトランス状態の熱狂ぶりだった。

魔弾(PV)(YouTube)←結構笑えます。


(続)

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18日(土)は、とにかく一日じゅう寝た。
娘は午後から新幹線で出発し、京都で某嬢と無事に合流、
予定していたホテルにチェックインしたとのメールがあり、
安心できたので、ひたすら音楽を聴きながら惰眠を貪った。
昼に一合だけ御飯を炊いて、晩に味付け海苔をおかずに食べたら、
このあたりから有り難いことに、急に体がしゃっきりした気がした。
一過性の病気だとすると、やはり食中毒のたぐいだったのか。
ともあれ、
「明日はそちらへ行こうと思う」
と某嬢と娘にメールをした。

19日(日)の朝起きても熱はなく、お腹も落ち着いていたので、
洗濯と、簡単な掃除をして、昼頃、家を出ることにした。
さすがに病み上がりなので、歩くとフラフラしたが、
ホテルは京都だし、とにかく新幹線で辿り着くだけだから、
と自分を励まして、出かけた。

*****************

ところで、イナズマ・ロックフェスというのは、
西川貴教が「滋賀ふるさと観光大使」に就任した際に、
「音楽を通じて地元にお返しがしたい」
と語ったことを具体化して、昨年から始まった野外フェスだ。
琵琶湖のほとりの草津市烏丸半島芝生広場が会場で、
9月19日の西川貴教の誕生日を挟んだ土日に開催され、
二日間で3万人を動員する巨大イベントとなっている。

主催者の西川貴教は、昨年も今年も、
土曜日は自身のバンドabingdon boys schoolのヴォーカルとして出演し、
日曜日はT.M.Revolution名義のソロ歌手として大トリを務めている。
娘は西川ファンだが、absよりTMのほうが好きなのだそうで、
彼女は土曜が前夜祭、日曜が本番、という気分だと言っており、
私としても、馴染みのあるのは断然、TMのほうだった。

娘はまず、初日のabsのライブを聴き、某嬢から様々に手ほどきを受け
(JR草津駅からシャトルバス乗り場への道順、会場内の様子、
ライブ後に退場するときのタイミング、等々について)、
いろいろと学ぶところが多かったとのことだ。
日曜の朝にはもう、「京都から会場まで独りでも行ける!」と
自信をつけていた(^_^;)。
だから私は、ただホテルの支払のために京都に来れば良いのであって、
別に会場まで付き添ってくれなくてもいい、というのだった。

しかし、こんな思いをして、せっかく京都まで辿り着いて、
みすみすイナズマを逃すものか。
このワタクシが!

(続)

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まったく、この連休はエラいめにあった。
そもそも、17日(金)に私が文字通りカクランしたのが始まりだった。
この日は朝から普通程度に元気で、午前中はピアノの稽古があり、
昼には娘の学校のママ仲間とランチの予定があって、出かけた。
そして午後2時頃、私はこれまたごく普通に帰宅したのだが、
このあとから、急激に雲行きがおかしくなったのだ。

最初は、普段でも経験しないことはない程度の腹痛だった。
それがだんだん、下腹部に何か膨満してどうにもならない感じになり、
同時に両腕がだるくなり、なんともいえない不快な気分になった。
仕方がないから横になっていたら、今度は両手が冷たくなってきた。
ここまで一時間弱しかかからなかった。
どう考えても私は病気だ、熱があるのだ、とわかった。
手持ちの体温計で測ったら37度7分だった。
やはり気のせいではなかった。

近所の内科に駆け込んだときには38度2分になっており、
お腹がごろごろ鳴っているのが聴診器で聞こえると言われた。
腹痛は小康状態だったがとにかくだるかった。
その時点では食中毒か、腸炎か、胃腸風邪か、なんとも診断できず、
「でもまあ長く続くこともないでしょう」と先生に慰めて貰い、
クラビット500とガスモチン、それにアセトアミノフェンを貰った。

17日の夜は高熱と腹部不快とで我慢がならず、
とてもじゃないが、翌日に野外ライブに参戦できる体調ではなかった。
幸い、東京の西川ファンの某嬢が娘の引率を快く引き受けてくれたので、
私がもし奇跡的に回復できたら一日遅れで行くから、と娘に言った。
娘はハハより西川を取るヒトで、翌18日の午後、ちゃんと予定通り出発した。
新幹線の指定席をエクスプレスカードで予約していて、
娘はカードを使うのが初めてだったので、何か間違えないかと心配し、
『指定券は出せたかね』とわざわざメールしたら
『はい♪いとも容易く』と返信があり、アホらしくなった(--#)。

私は18日の朝には、お腹は壊していたがとにかく熱が下がっていたので、
この日はひたすら養生した。

ときに、ここまでの話に主人が一度も登場しないのは、なぜか。
実はこのヒトは、9月の三連休は岩手・秋田の旅をする、
と前々から決めていたのだ。
だから、彼は17日の夕方、突然に病人になった私を眺めて
「ほんまに大変じゃね~。ま、寝ときんちゃい」
と何か感心するかのような調子で言いおいて、
仙台へ飛ぶため、広島空港に向かったのだった。

(続)

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娘は結局、昨日は私の友人某嬢の引率で
そして今日は復活した私の同伴により
イナズマ・ロックフェス2日間を全うした。

西川貴教のために我々は大騒動だった。

いやはや聴けて良かった(もちろん私も)。

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来ましたよ、滋賀くんだりまで。
見よ、この驚異の回復力!

西川貴教、きょうで40歳。

なんと、ゲストに、浅倉大介が来てる~!
10年ぶり、西川くんと大ちゃんのツーショット!!
うきゃ~~、きょう来て良かったっっっ(感涙)。

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例によって例のごとく、全部行けたらネ申。
現実には、半分以上行ければ、もう御の字であろう・・・
太字は、「決定」または「チケット購入済み」、
しかしどんな催しにも(私の側の)ドタキャンの可能性あり)

9月18日(土)・19日(日)イナズマロックフェス@烏丸半島芝生広場
10月 名古屋御園座
10月12日(火)浜田隆史& SHiMA 唐津人士@OTIS!
10月17日(日)宝塚歌劇団星組公演@宝塚大劇場
10月20日(水)シプリアン・カツァリス@広島市東区民文化センター
10月30日(土)ヒカシュー@岡山(未確認)
11月6日(土)ゴダイゴ@神戸国際会館
11月13日(土)吉本新喜劇@広島文化交流会館
11月23日(火・祝)西本智実 / ミッシャ・マイスキー@厚生年金会館
11月25日(木)エル=バシャ&広響@文化交流会館
11月27日(土)宝塚歌劇団花組広島公演@文化交流会館
11月28日(日)オーエン ピアノ・リサイタル@フェニックスホール
12月 南座顔見世。

11月後半の予定はどう考えてもヒドいので、全部は到底無理。
10月も夜の演奏会や県外遠征が重なっているので、
どれもこれも行くなど有り得ず、厳選しなくてはならない。
御園座は音羽屋の旦那さんがご出演なので行きたいのだが、
演目は、昼が柿木金助の大凧宙乗りのヤツで、夜が身替座禅、
旦那さんを堪能できるという意味では昼を観るほうが良いが、
演目としては夜のほうが、菊之助の弁天(南郷が松緑)もあって
総花的に楽しい感じがする。
しかし10月も結構あっという間なので、名古屋までは行けないかもしれない。
音羽屋さんにはなんと1月以来、お目にかかっていないことになる。

当面の課題は一週間後に迫ったイナズマ・ロックフェスだ。
西川貴教ファンの娘(今や私より娘が熱心)の希望もあり、
京都に泊まって土日両日通うことになったのだが、
未だにこんなに暑くて、大丈夫なんだろうか(大汗)。外だよ、外。

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雨で札幌に足止めされたのを良いことに、さっぽろ東急に来た。
有賀幹夫氏撮影による忌野清志郎写真展の初日だったからだ。
正午からは会場で、《みのや雅彦 ときめきワイド》の
STVラジオ公開生放送をやっていた。

写真展そのものは春に道頓堀でも見たのだが
きょうのほうが落ち着いて回れた(何しろ時間があったから・(爆))。
有賀氏の解説文とともに一枚一枚をしみじみ眺め、
シアターのほうもイス席がたくさん用意されていたので
ゆっくりと聴き入ることができた。

時代的に、私が最も頻繁に観ていた頃の、
80年代後半から90年代前半の清志郎が中心で
どのライブも、どのナンバーも、改めて思い出すと懐かしいものばかりだった。

野音を、武道館を、サンプラザを、埋め尽くした私たちから
あの頃、清志郎に贈ったものが、確かにあった筈だ、
そして清志郎はそれを受け止めてくれた筈だ、
と写真を見ながら、思った。

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