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転妻よしこ の 道楽日記
舞台パフォーマンス全般をこよなく愛する道楽者の記録です。
ブログ開始時は「転妻」でしたが現在は広島に定住しています。
 



清志郎160万円自転車盗まれる(スポーツニッポン)

『ロック歌手の忌野清志郎(54)の愛用する自転車が盗まれたことが5日、分かった。清志郎はアマチュアライダーとして有名で、盗まれたのは160万円相当の特注品。2年前に購入してから全国どこへでもこの“愛車”で行っており、25日にはハワイでの自転車の大会が控えている。「僕の相棒を返して。もし見かけた人は連絡していただければ」と呼び掛けている。』

私が呼びかけたってどうなるものでもないかもしれませんが、
キヨシちゃんの愛車は、コレです↓

相棒オレンジ号様
(忌野清志郎・公式サイト地味変より)

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昨夜は、友人が誘ってくれたのでT.M.Revolutionのライブに行った。
私は大ファンという訳ではないのだが西川貴教が結構気に入っている
(などとエラソーに書くと信者の皆様からフクロにされそーですが)。
ああ、すびばせん、こんな分際で教祖様のライブに行ってしまって。

生・西川は三年前の松山公演以来だった。
彼の独特な声が良いのは勿論なのだが、
非常にショウ・アップされたステージが面白いのと、
教祖・西川のカリスマ性が見ていて大変気持ち良いのとで、
そりゃーもー、「手振り」やりましたよ思いっきり(^_^;)。
御陰で、おばさん今日は二の腕が痛い(爆)。

昨日のライブはツアーの一環で、これと同内容だったようだが、
ファンの友人によれば広島公演は中でも更に面白いものだったようだ。
観客の反応も良かったし、西川氏ご本人もツアーをこなすにつれて
ノリと疲労の両方があり、そこがまた良い味を出していた模様(^^ゞ。

久々にコブシ突き上げ、バラード系はしみじみ聴き入り
(後ろに妖精ちゃんたちがいて時々コーラスしてくれたので困ったが)
ああ、ライブってイイな~、この手応えが懐かしいな~、
と浸りきった二時間だった。
西川氏もステージから幾度も氷を投げてご機嫌なようだったし、
客席がドヤされるような展開もなかったし(^^ゞ、
とても良いライブだったのではないかと思う。

ところで、始まる前から、私は、PA調整卓の後ろあたりの席に、
ちょっとご年配のご夫婦らしきお二人が座っていらっしゃるのを
ファンではなさそうだしどなたかしらと思って見ていたのだが、
途中で、おふたりが、ベースのIKUOさんのご両親と判明(^_^;)!
MCの最中(しかも「IKUOさんいつも俺のケツばかり見てる」とか
西川氏がちょっとヤバめな話題を振っている最中)に、
「えっ、きょう、おかーさん来てるの!?」
「おとーさんも来てるの!?」
という話になり、西川氏は舞台から客席に向かって土下座していた(^^ゞ。
ライブ終了後、ご両親はファンから握手責めにされていて、
とても微笑ましかったりなんかした
(これまで、さぞ、息子さんのことはご心配になったことでしょう・・・)。

始まる前の壺コール(『ターボ!ターボ!』)をやるだけで
使い果たしてしまいそーになったほど、私は疲れていたが、
終わってみると、なんだか、かえって元気になってしまった(^^ゞ。
やっぱり凄いぞ西川!

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t.m.r.  


今朝は破壊王の葬儀をワイドショーで見て泣いて、
晩は晩で、今から西川貴教のライブ。
過労の身には刺激強すぎ。

ジョーダンじゃなく、『元気玉をくれ』(爆)。

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「クイーン」のフレディー、新宿コマに銅像(読売新聞)

『英国のロックバンド「クイーン」が初来日して
ちょうど30年になる17日、東京・歌舞伎町の新宿コマ劇場で、
ボーカルの故フレディ・マーキュリーの銅像の除幕式が行われた』

『銅像は、クイーンの名曲を使ったミュージカル
「We Will Rock You」(読売新聞社など主催)が
5月27日から同劇場で始まるのを記念したもので、
3か月の公演期間中展示される』

ふれで先生に関する私のイメージの初期設定は、もっと古くて、
70年代の、長い髪をしてひらひらの服を着ていた頃のものだ。
でもこの短髪ランニング時代以降のも格好良いけど(*^_^*)。

展示は三ヶ月限定か。私が見るチャンスは無いかも。残念。

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QUEEN 華麗なる復活 19年ぶりライブ ファン1万5000人熱狂(スポーツ報知)

昔、ヒルビリーバップスのボーカル宮城宗典が自殺したとき、
新しいボーカリストを迎えての新生ヒルビリーを、
私は全然、受け入れられなかったものだったのだが
(という例え話は唐突過ぎますか(^^ゞ。深く追求しないでね)、
どういうものか、ふれで先生不在でもQUEENはQUEENだ、
という気が、今の私には、している。
このライブを聴いてもいないのに。

ポール・ロジャースには思う存分、
彼独自の世界を繰り広げて欲しいと思うし、
ふれで先生の模倣をして頂きたいなどとは全然、考えていない。
もはやフレディの居ないQUEENは、新しいものであって良いと思う。

でも、誰が歌おうと、QUEENがどうなろうと、
究極的に「フレディ抜きで」という感じが、私はしない。
ふれで先生の手を離れても、たとえ何年経とうとも、
私はQUEENにはいつだって、彼の魂を感じることが出来る、
という気がしている。

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昨夜、11時ちょっと前に、友人Hちゃんより携帯にメールがあり、
『筑紫哲也のニュースで今日、キヨシローちゃん出るって!』。

Hちゃんはとても優しくて、私がキヨシのファンであることを覚えていて、
いつもこういう情報を手早く伝えてくれる。ボケ倒している私は大感謝だ。
彼女が居なかったら見逃していた番組がこれまでだって多々あった。

私は大急ぎでテレビをつけた。
が、全然チャンネルがわからない(爆)。
私は、常日頃テレビを見慣れていない上に、転勤転居の連続で、
何放送が何チャンネルか、とっくに把握できなくなっていたのだ。
生憎、時間が半端で、ちょうど、どこもコマーシャルの連続で、
あちこち観ても、ハッキリしない。

しかも、我が家は新聞を取っていない!!

「ねえっ、筑紫哲也のニュースなんとかって何チャンネル!?」
と私は主人に訊いた。余談だが私は、例えば、
偶数の『ぐう』の字が『何へん』かとか、
次の資源ゴミの収集日はいつかとか、
田宮二郎の『白い滑走路』の放映は昭和何年だったかとか、
わからないことは、何でも主人にまず尋ねることにしている。

が、この件に関してのみ、主人の返事は予想外にツレなかった。
「知らん」
「げっっ」
俺は筑紫哲也が嫌いだ

ひええええええ~!!!万事休す!!!

インターネットで「筑紫哲也」と入れて検索してみたら、
News23のサイトはすぐ見つかり、TBSであることはわかったが、
さてそれが私が今住んでいるこの家で何チャンネルなのかは、
やっぱりわからない。

結局、ねぼけ眼の娘に『どうぶつ奇想天外』のチャンネルを言わせて、
カタがついた。ふぅうううう~っっっっ

間に合った。
デビュー35周年記念ということで
忌野清志郎がNews23で取材されていた。

筋の通らない勝手なことを言う人間ばっかりですね
インターネットが普及してから、特に」

とイマーノ先生は、何か恥じらいつつ、大胆なことを仰っていた。
うぅむ、確かにイマーノ先生は35年間ブレてない。
これって凄いことですね。

バックに流れる曲は『JUMP』。
目の覚めた娘が、
「うん。確かにキヨシローだ」
と納得していた。
ちびまるこちゃんのエンディングの人と同じだからわかる、と言う(^_^;)。


かつて、キヨシローが高校生で、最初にバンドの仕事をし始めた頃、
彼のお母様は大変に心配なさって、A新聞の悩み相談室に、
手紙を出されたことがあった。
題は、『ギターに凝るこども』。
20年近く前、彼の出身地の立川でRCのライブがあったとき、
確か、客のひとりがこのときの切り抜きをステージ上のキヨシに渡して、
彼が笑いながら朗読して聞かせてくれたことがあった。
だから私はこのことを知っているのだ。

記事は、匿名になってはいるが、
『高校を出たらきちんとお勤めをして欲しいのに、
息子はバンドをやるという。将来が心配だ。どうしたらいいのか』
という相談だった。回答者は確か、羽仁進で、
『回り道も人生の糧となる。例え一時期はバンドに熱中しても、
それを基礎に、幅広い視野を持つ立派な社会人となれるのだから、
長い目で見守って』
みたいなことを書かれていたと思う。

35年後にまさかこういうことになっていようとは、
お母様も予想だにされなかったことだろう(^_^;)。

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ポゴレリチ関連のBlog(ivo_at_the_ivories)でお世話になっている、
Nobuo Kasai様のSENZA FINEを拝見していたら、
とても懐かしい名前を見かけた。
それは、写真家のおおくぼ ひさこ氏。

橋本治 氏のオリジナルとも言える、現代版・源氏物語の『窯変源氏』のことが、
文章中で触れられていて、
おおくぼひさこによる写真が美しい、と書かれている。

源氏物語の女たち ウェブ品定め
(↑源氏物語『帚木』の「雨夜の品定め」をもじったタイトルがなかなか素敵!)

おおくぼひさこ氏は、RCサクセションのギタリスト仲井戸麗市氏の奥様で、
私がRCのライブに行っていた頃から、会場でよくお見かけしていた。
80年代はほとんど、RCまたはチャボ(仲井戸さん)の写真を
撮影していらしたのではないだろうか?

いつだったか、チャボのソロライブで関内の7th Avenueに行ったとき、
あまりの熱さとギュウギュウ状態の会場で汗だくになった私が、
途中で休憩~と勝手に廊下に出たら、
おおくぼさんが、アシスタントを連れて、走っていらしたことがあった。
客席側から撮るとか何か、場所の移動の途中だったのだと思う。
ストレートな黒い髪を、きりっとボブに切りそろえて、
スレンダーなジーンズ姿で、凄く格好良かったのを覚えている。

あれからも、おおくぼさんはとどまることなく着々とお仕事され、
そして今も変わらず、カメラを持って、駆け抜けていらっしゃるのだな、
と、お名前を拝見して改めて、とても感慨深いものが、あった。
新しいところでは、この12月に日生劇場で公演される、
ロミオとジュリエットの宣伝写真など担当されているようだ。

ところで、本題の源氏物語の女性たちについてだが、
私は、ここにあがっている中では「朧月夜」が印象的だ。
源氏に登場する女たちの中で、彼女は際だって積極的で、
自分で自分の生き方を選択するタイプの(「今めかし」か(^_^;))、
言うなれば「キャラの立った」人物だったと思うからだ。

ということで、SENZA FINE12月のアンケート欄に、私の一票を。
ここは、投票するとすぐ、現時点における途中経過が見られる
(投票しなくても、view resultsをクリックすれば結果が表示される)。
私の予想では、「夕顔」が第一位、だったが、さて・・・・。

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昨日ヒカシューのことを書いたら、BBSでもメールでも反響(^^ゞがあったので、
この機会に彼らの思い出を綴ってみたいと思う。

辿れば、1980年8月。偶然にテレビでヒカシューを観た。これが馴れ初めだった。
彼らはそこで『マスク』という曲をやっていたのだが、
ヴォーカル巻上公一の見事な声と顔パフォーマンスがあまりにキョーレツで、
私は、この人は一体、なんなんだ!?と忘れられなくなった。

それで、彼らのレコードを買うようになった。
最初に買ったのは『白いハイウェイ』というシングルだった。
世間では彼らのことをテクノポップと定義していたと思うのだが、
私にとっては、それよりも、彼らの音楽の中にある、
演奏しつつ自らも音を面白がる姿勢が、大変印象的だった。

その後も私は彼らのCDを買い続け、
91年4月10日、ついに、彼らは広島ウッディ・ストリートにやって来た。
勿論、私は行った。前売りを買って、楽しみにして、出かけた。
そうしたら、当日、客が10人くらいしか居なかった。

ドリンクを選んで座って、始まるのかな~、まだかな~、と待っていて、
ふと横を見たら巻上さん他ヒカシューのメンバーが、
いくつかのテーブルの席に、いつの間にか来て、一緒に座っていた(爆)。
いやはやもう、そのときのライブの素晴らしかったことは忘れない。
彼らは本当に骨の髄までエンターテイナーなんだと感じたし、
何より、ライブならではの即興的面白さは彼らの真骨頂だった。最高だった。
思えばこの頃から、巻上さんは、
超歌唱法の追求やホーメイの研究などを、さかんに行っていたのだった。

そういえば、このライブの中で、巻上さんが、
「次は、古い曲で、『プヨプヨ』をやります」、
と言ったとき、それは初めて買ったシングルのB面だったので、私は思わず、
「きゃ~(^o^)!!」
と拍手をした。ら、そんな反応をしたのは、ワタシ独りだった。
巻上さんは笑って
「この曲で、きゃ~って言って貰えるのは、嬉しいですね」
と言ったものだった。

・・・さて、突然だが。ここで907字。
ここの制限字数は1000字なので、この続きを書く余裕が、もう無い。
なんとか字数内に納めようと先ほどから幾度かやってみたが、断念。

残念だが、後日譚は、また、いずれ。(←竜頭蛇尾)

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予約していたRCサクセションのDVD
KING OF LIVE AT BUDOHKANが昨日届いて、今朝、ようやく観た。
83年12月25・26日に日本武道館で行われたライブの模様で、
そりゃもう、おいら武道館に来日だぜyeah!!な名曲揃い。
日本の有名なロックンロール!!武道館ベイベー!!
後ろのヤツら、どうなんだ~い!!?

・・・・・なのだが。

なんだか、これって、あまりにもベスト盤じゃありませんか(^_^;)。
RCサクセション・クラシックスと言えるほどの定番曲ばかりで、
しかも実際のライブの流れとは全然違う曲順になっており、
一曲ずつ切り離して聴くことが可能な構成にされてしまっているので、
まるでTVKのMUTOMA JAPANの録画集みたいだ、というのが私の率直な感想だった。
巨大銭湯のごとく、天井まで際限なく蒸気がもうもうと上る熱いドブー館で、
コブシつきあげトランス状態になってひたすらキヨシローに酔った、
あの異常さ加減は、DVDの画面からはほとんど伝わって来ない。

だが、まあ、それはそれとして、
これが記録映像として価値があること自体は、私にもよく理解できる。
確かにここには、私も知っている、ある時期のRCサクセションの姿が、
鮮やかなかたちでとどめられているし、
それは私のいろいろな記憶を呼び起こすものとして充分だ。
思いっきり懐古趣味だが、多分、このDVDはこれからも、
何かにつけて、繰り返し観ることになるだろうと思う。

ときにRCサクセションのドラマーだった新井田耕造という人がいるのだが、
彼は90年代後半から、ヒカシューというバンドに参加している。
このヒカシューは、実は私が80年8月からずっと応援しているバンドで
よりによって、そこにRCのコーちゃんが関係することになろうとは、
私には信じられないような巡り会わせだった。

ギョーカイには、イッツ・ア・スモール・ワールド的な面があるとは思うが、
しかし、それにしてもドラマーはたくさんいるし、バンドだって無数にあるのに、
RCとヒカシューの交点がここにあったのか!というのはやはり感慨深い。

ヒカシューについては、また、いずれ(^_^;)。

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同窓会幹事で知り合った某先輩と、このところずっと、
70年代ロックの話題で盛り上がっているのだが、
「エンジェル」に続いて、今回、彼女の振ってきた話題は、
ランナウェイズ」。

ラッツ・アンド・スターではない(激違っ)。
アメリカ出身の、女の子ばかりのハードロック・バンド。
今ではランナウェイズは、
「あのジョーン・ジェットが在籍したバンド」
という評価なんだそうで、私は目からコンタクトが落ちた状態で、
そうだったのかと唸ってしまった。
だって、私にとって彼女らは、ずっと、
チェリーの下着で有名になったバンド
という認識だったのだ。

ご存じない・または懐かしさに浸りたい方は、こちらをどうぞ。
(勝手にリンクして良かったかしら(^_^;)

先輩が「チェリーって、『奥様は魔女』の子役だった人?」
と尋ねて来られ、私はあまりの唐突さに途方に暮れてしまったが、
ネットでタバサ役について調べてみたら、興味深い事実がわかった。
タバサを演じた少女は、実は双子で、交互に出演していたというのだ。
で、チェリーも、上記ページに出ている通り、双子。
このあたりが噂の根拠なのだろう。
もっとも、タバサの子役ふたり(エリン&ダイアン・マーフィー)のひとりは、
今も女優だということなので、
どうもチェリーやマリーのことではなさそうだけれど。

さて、ランナウェイズ脱退後、前述のジョーン・ジェットは、
1981年の「I love Rock'n Roll」の全米ナンバーワンヒットがあり、
また、映画「Light of Day」でマイケル・J・フォックスらと共演したことでも知られ、
今ではランナウェイズよりジョーン・ジェットの名のほうが多分、有名だ。
スージー・クアトロに憧れていたという逸話があったし、
生き残っただけあって、彼女のロック魂は筋金入りだったのだろう。

そういえば、ジョーンは当時から「ごつい」「姉御っぽい」人だった。
確か、雑誌Rock Showに、ジーンズを穿こうとしている彼女の写真が、
掲載されていた記憶があるのだが、そのキャプションが、

ケツがデカくて 入りゃしねえ!

かなり、命知らずな雑誌だった(^_^;。

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