今回の入院中、私のベッドは窓側で、反対隣は老婦人だった。
最初に御挨拶したときを除くと、日常はカーテンがひかれていて、
直接にお話するような機会はなかったのだが、
オムツが必要で、食事のときも介助の人が入られていたし、
御体がご不自由なのだろう、ということは気配でわかった。
私と同じく泌尿器科での入院で、看護師さんとの会話の中身から、
おばあちゃまもやはり「石」の治療で来られたのだということが
だいたい察せられた。
このあとのCT検査で石が無ければ退院だ、
と、昨日朝も看護師さんたちが来て話をされていた。
日常生活の内容は、うちのばーちゃんを彷彿とさせるものだったが、
全く違うのは、こちらのおばあちゃまは頭がしっかりされていたことだった。
会話の中身もテンポも、いつもよくかみ合っていたし、
ときにはユーモアすらあった。
看護師さん「さっき来られたのは、息子さん?」
おばあちゃま「ほうよ」
看護師さん「お子さんは息子さんだけ?娘さんはおらんの」
おばあちゃま「うん。息子が二人」
看護師さん「息子さん二人、ってどう?頼りになるよねえ。
でも娘も欲しかったと思うことある?」
おばあちゃま「そうじゃねえ。息子はどっちも優しいよ。
近くに居ってくれるしね。じゃが、気が利かんよね。
何か持って来てくれ言うても、わからん、言うこともあるし」
看護師さん「ほんまじゃね。主婦のようには行かんよねえ。旦那さんは」
おばあちゃま「もう亡くなった」
看護師さん「旦那さんとは、お見合い?恋愛?」
おばあちゃま「お見合い」
看護師さん「そうなん。旦那さんのこと、好きだった?」
おばあちゃま「ふつう」
まさか隣のベッドでカーテン越しに笑うわけには行かないので
私は耐えたが、おばあちゃまの巧まざる返答ぶりにウケまくった。
ご主人様はあの世でどうお思いだろうか(悶絶)。
私が入院した日の翌日に耳にした、このおばあちゃまの切なる要求は、
病院の食事が食べにくいので、もっと柔らかいのにして欲しい、
ということだった。
ここに来る前にほかの病院か特養にいらしたようで、
そこでの食事は、おばあちゃま曰く『ミンチ』のように細かく柔らかく
加工してあって、それが食べやすかったのだそうだ。
おばあちゃま「食事をね、ミンチにして下さい。頼んどった筈なんじゃが」
看護師さん「ミンチがええの?」
おばあちゃま「全部、ミンチにして下さい」
看護師さん「刻み食でお出ししとるんですが、食べにくいですか?」
おばあちゃま「魚やなんかね、やっぱり、固いから。ミンチにして下さい」
看護師さん「病院の献立だから魚もあるのよ。肉だけというわけには…」
おばあちゃま「魚でもいいんですが、ミンチにして下さい。
前のところは、ミンチじゃったから……」
この最初の看護師さんのときには、私は隣で聞いていて
通訳したものかどうか、激しく迷った。
看護師さんはミンチと聞いて、ミンチ肉=挽肉、と思われたようだったが、
おばあちゃまは肉が食べたいと言われているのではなくて、
どの食材でもいいから全部ミンチのような食感にして欲しい、
と要求なさっているのだ。
おかずはすべて細かくして、ミンチのように少しすりつぶした感じにして欲しい、
というのがおばあちゃまのご希望なのだ。
おばあちゃまはそれからも、『ミンチにして下さい』と
何人もの看護師さんに頼み続け、『魚も野菜もミンチ状にする』ということが
だいたい通じたのだが、調理室のほうに要望を出して実現するのは、
次の次の食事から、ということで、すぐには希望は叶えられないのだった。
しかも病院としては、既にある程度の刻み食にして出しているとのことで、
これ以上、すりつぶし食にまでするのは積極的には勧めたくないようで、
「○○さんは歯も悪くないし、今ぐらいの刻み食で頑張ってみませんか」
と、看護師さんたちは『ミンチ』にこだわらないよう促そうとさえなさっていた。
しかしおばあちゃまは、がんとして受け付けなかった。
ミンチでないと消化に悪い、通じが悪くなる、
というのがおばあちゃまの見解だった。
その日の午後、おばあちゃまの血圧はとても高くなった。
これも隣だと測定値が聞こえてしまうのだが、上が200超えだった。
もともと、お体が不自由になられたのも脳梗塞か何かだったのかもしれない。
看護師さんも心配して幾度か血圧測定に来られ、
おばあちゃまご自身も不安そうな御様子だった。
看護師さん「やっぱり高いね。どうしちゃったんかね。安静にしとるのにね」
おばあちゃま「お薬を下さい」
看護師さん「そうじゃね。先生にも聞いてみるね。頭痛くない」
おばあちゃま「寝とるけ、どうもない」
看護師さん「寝とっても、痛いときは痛いよ。気分は悪ぅない?
何か気に掛かっとることとか、ストレスとか、あるような?」
おばあちゃま「いろいろ、心配なこともあるけえねえ」
看護師さん「何が心配になっとる?」
『ミンチかどうか』
と私は隣から言おうかと思った(爆)。
*************
それにしても、おばあちゃまの日常は気の晴れることが少なく、
体をほぐすことも難しいし、点滴など治療上の拘束もあり、
心身の苦痛だけでも、血圧が上がるのは無理もないと思われた。
看護師さん方は皆、とても優しく明るく接して下さっていたけれども。
うちのじーちゃんも、ばーちゃんも、私には言わなかっただけで、
不本意な思いはさぞ多かったことだろう……。
ただ、このおばあちゃまの場合は、うまく排石されれば
この病院からすぐ出られる、という点だけは良かった。
あとはCT検査の結果次第だと、看護師さんも仰っていたことだし、
その話の範囲では、ひどく難しいご病状ではなさそうだった。
おばあちゃまのためにも、この入院生活が短期間で終わりますように。
ともあれ、昨日は私のほうが先に退院することになり、
午後、出るときにカーテンから覗いて挨拶をしたら、
おばあちゃまは微笑んで、
「お大事になさって下さいねえ」
と言って下さった。ありがとうございます。
おばあちゃまも、できるだけ早く、石が出ますように……。
Trackback ( 0 )
|