殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
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現場はいま…ピカチューの乱・7

2024年04月17日 15時09分15秒 | シリーズ・現場はいま…

夫が出社したら、自分の机の上や引き出しが片付けられていた…

これを聞いて、非常に腹を立てた私。

ピカチューめ、まだ退職願いも提出していないうちから

何ていやらしいことをするのだ。

夫や息子たちの暴力を回避するだの何だのと言った私だが

自分がやられたら、絶対にカッとなってピカチューを殴っている。

 

ともあれ夫は、打ち合わせ通りのセリフを言った。

「続けることになったけん、鍵と携帯、返して。

どっちかがおらんようになるまで、いがみ合おうで」

それを聞いたピカチューは青くなり、沈黙したまま動かなくなった。

 

「はよ返せや」

夫が催促すると、ピカチューはシブシブ事務所の外へ。

どこへ行くのかと思って見ていたら

ノロノロと歩いて駐車場に停めた自分の社用車へ向かう。

そして車の中から携帯を取り出すと

またノロノロと事務所に戻って夫に渡した。

そのダラけた仕草に、夫は殴ってやろうかと思ったそうだ。

 

こうして携帯は返ってきた。

しかし鍵の方は、今無いとおっしゃる。

夫が土曜日に置いて帰った鍵はその日のうちに

アイジンガー・ゼットに渡されていたのだ。

彼女が出勤する9時にならないと、鍵は返せない…

ピカチューは言うのだった。

 

事務所の鍵はセキュリティーの観点から、スペアキーが高価。

よって鍵を持っているのは

ピカチュー、夫、長男、次男の4人だったが

ピカチューのやつ、これからはアイジンガー・ゼットを

自由に事務所へ出入りさせるつもりだったらしい。

 

渡すピカチューもピカチューだが

受け取るアイジンガー・ゼットも相当なタマだ。

とはいえ去年、彼女を入社させた時点から

セキュリティーどころの騒ぎではない。

鍵の権威は地に落ちたというところよ。

 

そんなわけで、私はこの話を聞いて大笑いした。

しかし夫は、マジでピカチューを◯してやろうかと思ったそうだ。

◯すんならアイジンガー・ゼットもだろうと思うが

夫の怒りはピカチューに一点集中。

自分のカノジョと錯覚した女には、甘いものだ。

 

腹を立てた夫がピカチューの襟首に手を伸ばそうとした瞬間

さっき取り返したばかりの携帯が鳴った。

河野常務からだ。

この着信で、夫は警察沙汰にならずに済み

ピカチューの方は寿命が伸びたというわけ。

 

「おお、ヒロシ!携帯は戻ったんじゃの!」

「はい、お陰様で」

「そこに板野はおるか?」

「います」

「ちょっと代われ」

夫はピカチューに、自分の携帯を渡した。

 

電話を代わったピカチュー、最初のうちはのんきに挨拶などしていたが

すぐに事務所の外へ走り出たという。

「怒られるところをワシに見られとうなかったんじゃろう」

夫は言った。

恥も外聞も無いことをしておきながら、そういうのは恥ずかしいらしい。

 

長い電話が終わり、事務所に戻ってきたピカチューは

さっきよりもっと青い顔になり、黙って携帯を差し出した。

「常務が代われって」

夫が電話に出ると、常務は言った。

「板野は所長代理に降格じゃ。

社用車も取り上げる。

これでまだ生意気なことしやがったら、飛ばすけんの」

夫の喜ぶまいことか。

 

常務は同じ電話で、ピカチューに言った内容も話した。

「ヒロシを辞めさせる、いうことは

ヒロシが持っとる◯◯社や⬜︎⬜︎建設(財閥系一部上場企業)

の売上げを捨てることで。

変な形で追い出したら、取引は終わるど。

あんたは、減った分の売上げをカバーできるんか」

数字にシビアな常務らしい正論である。

売上げのことを言われると

営業未経験のピカチューはグウの音も出なかっただろう。

 

夫は、親がいじめっ子を叱ってくれたように思っているが

実際は違うと思う。

常務にしてみれば、自分は入院して動けない時期で

会社は年度末から年度始めにかけての微妙な時期だ。

ピカチューは仮にも所長でありながら

いつもより慎重になるどころか、自分の留守を狙ったように

職権を超えてクビ切りをやろうとした。

時期と立場をわきまえず、出過ぎた真似をしたピカチューに

常務は怒っているのだ。

 

ちなみに常務は、アイジンガー・ゼットの素性を知らない。

そしてこちらも、病人に余計なことを吹き込む気は無い。

アイジンガー・ゼットがアキバ社長の愛人でも

こちらの会社の情報がダダ漏れでも

ピカチューが誘惑されても、それらは犯罪ではないからだ。

アキバ産業との積年の確執は、我々の個人的な問題であって

本社には関係無いのである。

 

そしてまた、情報がダダ漏れでも

業務に支障が起きないのが、この仕事最大の長所。

特許も秘法も存在しない、ただ運転手という人材だけが宝の

いたってオープンな商売である。

その宝たちを引き抜かれたら?

そんな心配はいらない。

うちより給料の安いアキバ産業へ動くわけがない。

仮に動いたとしても、うちには順番待ちが数人いる。

 

だから彼らがあれこれ画策したければ、存分にやってみればいい。

何ができるか、私はぜひ見たい。

そのたびにゴタゴタは起きるだろうが

一番悪いのはアイジンガー・ゼットを入社させた夫なので

身から出たサビと思って耐えればいいのだ。

 

さて、夫が常務と話している間に、アイジンガー・ゼットが出勤。

ピカチューに言われて鍵を返した。

それをピカチューが夫に返して、一件落着だ。

それにしても彼女、この日はいつもより30分も早い出勤だったらしい。

辞めたと思ってルンルンで来たら夫がいたので

びっくりしたことだろう。

 

その後のピカチューだが、シュンとしていたのはその日だけで

翌日の火曜日からは平常運転。

社内では相変わらず見当違いの指示を出して迷惑がられながら

アキバ産業の事務所へ出入りしている。

 

《続く》

コメント (6)
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