殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
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現場はいま…ピカチューの乱・3

2024年04月09日 11時12分03秒 | シリーズ・現場はいま…

家の前の桜も満開。


ピカチューの不可解な豹変は

夫が肝心なことを隠して説明しているから…

その肝心なこととは、私には口が裂けても言えない唯一の事柄…

すなわち女絡み…

女といえば事務員のノゾミ、通称アイジンガー・ゼット…

あいつが絡んでいるに違いない…

ここまでは確信した。


ピカチューの暴走を止めるには、夫が隠している事実を把握する必要がある。

今さら、夫の秘密を知りたいわけではない。

実はどうでもいい。

しかし事実を引き出して正しい判断をしなければ

夫は後悔したまま会社を去ることになる。

ピカチューの思い通りにはさせない。


会社の件に限らず、過去にこういうことは何度もあった。

肝心なことを言わずに

起きたこと、やられたことばかりを訴える夫に翻弄され

鼻息も荒く彼を守ろうとした若き日の私。

そのために恥もかいたし、敵も作った。

ずっと後になって、何も知らなかったのは自分だけだとわかり

情けない思いをしたものである。


それら数々の経験から、このようなとんでもない出来事の裏には

必ず別の真実が隠れていることを知った。

そして別の真実とは、思わず「へ?」と聞き返してしまうような

意外かつ軽薄な内容であることも知った。

その「へ?」を探してやろうではないか。


さて、どうやってしゃべらせるか。

夫婦の話し合いと言ったら聞こえはいいが、実際には尋問が始まった。

とはいえ、尋問はこれだけ。

「ピカチューが突然変わったのと、アキバ産業は関係があるか」

というもの。


すでにお話ししているが、アキバ産業とは

我が社の隣にある同業のライバル会社で、双方の先代から仲が悪かった。

義父の会社が倒産しそうになった時は債権者に混じり

無関係のアキバ産業の現社長もなぜか会社へ乗り込んで来たそうで

その場に夫と居合わせた長男は、社長のあの嬉しそうな顔を思い出すと

今でも腹が立つと言う。


ちなみにうちの事務員ノゾミ、通称アイジンガー・ゼットは

そのアキバ社長の愛人。

昨年の春、うちの情報欲しさに夫を騙して入社した経緯がある。

ヤツの名前を出すと夫が警戒して時間がかかるため

ここは広く、アキバ産業と言っておくのだ。


私の質問に、夫は少し考えてから言った。

「そういえば先週、アキバと共同で商品を仕入れたい…

いうて寝言を言いやがった」

「ほほぅ…」

「本社に提案する言うけん

ワシは絶対ダメじゃ、アキバと組むのは許さん言うた。

あれから不貞腐れとったかも」


はい、これで全容がわかりましたけん。

ピカチューが何度も言った「言うことを聞かない」とは

アキバ産業との共同仕入れを提案し、夫が突っぱねた件だったらしい。



2ヶ月ほど前から、ピカチューがアキバ産業に接近している話を

息子たちから聞くことがあった。

挨拶だの単価の話だのと理由をつけては、社長と頻繁に会っているという。

それについては、次男が何度も忠告した。

「アキバには、あんまり近づかん方がええよ」


10数年前、義父の会社が危なくなった時には

債権者と一緒に来て見物していたアキバ社長だが

数年前から、彼の会社は経営不振で銀行管理に陥っている。

銀行管理とは、その会社に事業資金を貸している銀行が

経営に介入することだ。


銀行がその面倒くさいことをやる目的は

会社の利益の中から、貸した金を一番に回収するためである。

借入金の額が多くなり、返済が滞り始めたので

回収不能になる危険性が高いからだ。


ひとたび銀行管理になると、宝くじに当たったり

画期的な商法を編み出すなど、よっぽどのラッキーが訪れなければ

その状態から抜け出すのは難しい。

抜け出せなければ、何もかも銀行に絞り取られ

まる裸になって倒産するのがお決まりのコース。

アキバ産業の台所事情は、かなり苦しいはずだ。


次男はそのことを踏まえ、無知なピカチューが

銀行管理になっている会社に出入りするのは営業上、危ないと思って止めていた。

落ち目の会社に近づいたらロクなことにならないのは

自分の家が落ち目だったので知っているからだ。


そしてそれ以上に本社は、銀行管理の会社…

つまり、いわく付きの相手と交流するのを嫌悪する。

次男はピカチューが怒られると思い、親切心で止めたのだが

ピカチューの方は

「自分の動きを封じようとしている」

そう受け止めて、次男に反感を持ち始めたと想像するのは容易だ。

それが3月29日の夕方にかかった、酔っ払い電話の真相。

気の小さいピカチューが、呑んだ勢いでやりそうなことである。



ではここに、アイジンガー・ゼットがどう絡んでいるのか。

ピカチューがアキバ産業へ頻繁に出入りしている話と同時に

息子たちから聞かされていたのは

2月あたりから、ピカチューとアイジンガー・ゼットが

仲良しラブラブになったという話だ。

「二人でどっか行くことがあるし、事務所でもベッタリでキモ!」


話を聞く限り、二人のラブラブが始まった時期と

ピカチューがアキバに近づいた時期は、ほぼ一致している。

これでわかるのは、アイジンガー・ゼットが夫を見限り

ターゲットをピカチューに変えたということである。


アキバ社長は50代半ば、その息子は20代後半。

息子は数年前、後継者として父親の会社に入った。

このまま銀行管理に甘んじていると、息子が継承するのは会社でなく

数億の大借金になってしまう。

人の親なら誰でも焦るはずだ。


そこで昨年、起死回生を目指し

アイジンガー・ゼットをうちの事務員として投入。

取引先や単価を把握して仕事の横取りを企て、売上げ増を目論んだが

うまくいかないまま、いたずらに月日は過ぎるばかり。


アキバ社長とアイジンガー・ゼットは、作戦を変更することにした。

夫ではラチがあかないので、何も知らないピカチューに乗り換えたのだ。

ピカチューは自分で営業をかけたつもりだろうが

実際にはアイジンガー・ゼットの御膳立てで

アキバ社長から酒の接待を受けたと思われる。


大酒飲みには酒が効く。

ピカチューほどの飲んだくれであれば

酒さえ飲ませたら何でも言うことを聞くようになる。

そして会社では毎日、アイジンガー・ゼットの優しい接待が…。

営業の経験が無く、今まで島で地味に生きて来たピカチューは気づいた。

「アキバと仲良くしたら、天国じゃん!」

こうして彼は、アキバ一味に取り込まれていったと考えて間違いない。


頃合いを見て、アキバ社長は本題に入る。

「お宅とうちが共同で商品を大量購入すれば

仕入れ値を安くたたけて、お互いに良いじゃないですか。

隣同士なんだから、仲良くしましょうよ」

手柄を立てて本社に認められたいピカチューはこの話に飛びつき

必ず実現すると約束した。


しかしアキバ社長の本当の目的は共同仕入れでなく、本社からの出資。

業務提携だの何だのと言って取り入り、契約を結んでしまえばこっちのもの。

本社の出資で銀行管理を脱出したあかつきには

隣のヒロシ社をどうにかして潰し、アキバが生き残るという甘〜い算段よ。

ピカチューも舐められたものだ。

しかしこれが、アキバ産業なのだ。

だから近づいてはいけないのである。

《続く》
コメント
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