殿は今夜もご乱心

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現場はいま…ピカチューの乱・5

2024年04月12日 08時54分49秒 | シリーズ・現場はいま…

夫を身限ったアイジンガー・ゼットと

その背後にいるアキバ社長の動きは早かった。

アイジンガー・ゼットがピカチューをアキバ社長に会わせ

酒を飲ませて親交を深める。

そして昼間は会社で、アイジンガー・ゼットの大サービス。

ピカチューに、遅い青春が訪れた。


さらに想像を働かせるなら

ピカチューはアイジンガー・ゼットと恋人気分かもしれない。

恋は、弱い男を強くする。

強くするというより、怖いものを無くすと表現した方が的確だろう。

冴えないおじさんにとって、不倫は人生の夢。

アイジンガー・ゼットの存在は、手ぶらで向かうはずだった冥土への

土産になるかもしれない希望の光である。


だからピカチューは、夫に「辞めろ」と吠えることができたのだ。

常識で考えて、64才の男が二つ年上の先輩に向かって

「辞めろ」とは、なかなか言えるものではない。

恋の力はすごいのだ。

恋の好きな夫と暮らしてきた私には、よくわかる。


「次は家庭裁判所で会おうで!」

太古の昔、駆け落ちした夫は、女の前で私に吠えた。

鬼のように眉毛を釣り上げ、肩をいからせて自身を鼓舞しながら

本当の敵…快楽に逃避する己の心には目を背けたまま

比較的言いやすい相手を選んで牙を向ける。

女に義理立てしようと必死に虚勢を張った、あの時の夫と

今のピカチューは同じ症状だ。


アイジンガー・ゼットはピカチューに、夫のことを何か訴えたかもしれない。

「弄ばれて捨てられた」、「セクハラを受けている」だったら面白いんだが

あるいは「高待遇と聞いて入社したのに、全然違って騙された」

みたいなことだ。


男には、かわいそうに思う女を守りたい本能がある。

彼はアイジンガー・ゼットを守るために

夫を排除しようと決意したのだ。

でなければピカチューがあのような暴言を吐いて

夫に喧嘩を売ることは難しい。

口で言うのは簡単だが、いざやるとなると

パワハラのリスクや、夫のいなくなった会社を一人で切り盛りする無茶

夫に付いて辞めるであろう、うちの息子たちを始めとする運転手

それらを考えると、なかなかできるものではない。


特に運転手は深刻。

夫と一緒に辞めるのが、うちの息子2人だけだったとしても

ダンプが2台が止まる。

次を募集して応募を待ち、面接、採用

広島市内にある関係機関での運転講習と適正検査

それから助手席に乗せてオリエンテーション

各取引先への運転者及び車両登録…

これらを経て再び稼働するまで、早くても十日はかかる。


その間、2台分の売上げはゼロ。

月間売上げはガクンと下がり

車両を遊ばせるのが嫌いな本社からは大目玉。

その原因を作ったピカチューは早晩、進退を問われる羽目になる。

夫を追い出すことだけに血道を上げ

自分の首を絞めていることすらわからない…

ピカチューがいかに無知か、わかるというものだ。


そんなことはつゆ知らず、ピカチューは

お隣さんとの業務提携に障害となっている夫を辞めさせ

会社を自分の天下にすることに夢中だ。

夫を排除したら、さっそくお隣さんと組んでMOREタダ酒。

同時にアイジンガー・ゼットも手中に収める。

はたから見ると、“騙されたバカ”にしか見えないのが残念なところよ。


彼を動かした原動力は、老いらくの恋。

私はこの結論に達した。

全て想像と言えばそれまでだが、これで間違いないと断言できる。


私はこのシリーズの3で、こう申し上げた。

『このようなとんでもない出来事の裏には

必ず別の真実が隠れていることを知った。

そして別の真実とは、思わず「へ?」と聞き返してしまうような

意外かつ軽薄な内容であることも知った。

その「へ?」を探してやろうではないか』

…結果、「へ?」は、ここに発見できた次第である。



さて、夫がピカチューと喧嘩をした土曜日に戻ろう。

全容を把握した私は、ピカチューに復讐する目標をあきらめた。

だってアイジンガー・ゼットに鼻毛を抜かれ

会社に入れたのは他でもない夫である。

そもそもの原因を作ったのは夫なんだから

そこを追求されたら返す言葉が無い。

ピカチューの暴挙ばかりを責めるわけにいかないではないか。


夫にそれを言うと、「そこなんよ…」と、あっさり同意する。

他人事か。

何だか面倒くさくなったので

ジタバタしないで河野常務のお沙汰を待つことにした。


翌日の日曜日、夫は朝から手持ち無沙汰だ。

日曜だろうと祝祭日だろうと、彼は早朝、必ず会社へ行き

誰もいない事務所で一人の時間を過ごすのが休日のルーティーン。

けれどもこの日は、それができない。

ピカチューに事務所の鍵を渡してしまったからだ。

彼に夫の鍵や携帯電話を奪う権限は無いというのに

それをあえてやるピカチュー…やっぱり恋の力はすごい。


会社へ行けず、携帯も鳴らず

所在なく庭石に腰掛けて、犬とたわむれるしかない夫。

バドミントンで痛めている足も辛そうよ。

不細工な女にのぼせて会社に入れたことを少しは悔やめ。


日曜日の夜になった。

「明日の朝、一回会社へ行ってシゲちゃん(夫の重機アシスタント)に

まだやらせてない積込みを教えとくわ」

夫は力無く言った。


取引先によっては、特殊な積み方がある。

シゲちゃんの実力では危ないので、教えてないことが幾つかあった。

「シゲちゃんが一回で覚えるとは思えんけど」

「辞めるんじゃけん、仕方がない」


そんなことを話していた20時半、家の電話が鳴る。

たまたま夫が出たら、河野常務からだった。

「ヒロシ、携帯が全然繋がらんじゃないか!どしたんね!」

常務の声は大きいので、途切れ途切れにおよその内容が聞こえる。


「僕の携帯は板野さんが持ってます」

「なんでじゃ!」

「辞めるように言われたんで、事務所の鍵と一緒に渡しました」

「なに〜?!」


河野常務と夫は、しばらく話していた。

後で夫が話すには、河野常務は「絶対に辞めるな」と言ったそうだ。

息子たちにも辞めてはいけないと伝えるように…

退院したら真っ先にそっちへ行く…

自分の入院中に、こんなことをしでかした板野は許さない…。


電話の後、夫はケロリと明るくなった。

「常務が辞めるな言うけん、辞められんのぅ」

嬉しそうにつぶやいている。

さっきまでシュンとしていたのに、ゲンキンなもんだ。

「今回のことで、ようわかった。

自分から先に、辞める言うもんじゃないのぅ」

いつになく反省めいたことを口にする夫。

それはいいから、短気を起こして

病床の常務をわずらわせたことを反省しろよ。

《続く》


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2 コメント

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Unknown (田舎爺S)
2024-04-12 14:04:46
どんどん話が進んで行きますね。
ピカチューさんが河野常務から何と言われるか、楽しみです。
そしてご主人が会社に残ったら、居場所がなくなるのはピッカピカでしょうね。
さあ、どうなっていくのでしょうか。
ホント、続き楽しみです。
返信する
Unknown (みりこん〜田舎爺Sさんへ)
2024-04-12 18:58:50
ピカチューの運命やいかに。
居場所が欲しくて暴挙に出るのは前任者と同じなので
笑えます。
もっとまともなことを考えたらいいのに
と思いますが、無理なんでしょうね。

続きを楽しみにしてくださって
ありがとうございます。
励みになります。
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