殿は今夜もご乱心

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バカの病・1

2020年02月21日 09時21分56秒 | みりこんぐらし
頼まれたら引き受けてしまう、この性分…

我ながらバカだと思う。

バカだと思うが、持病みたいなもんだから仕方がない。

で、今回の頼まれごとは料理。

仲良し同級生で結成する5人会の一人

ユリちゃんの実家のお寺で料理をするのだ。


このユリ寺で、今年も6月に夏祭が行われる。

その時、世話人や手伝いの人たち30人ほどに

昼と夜の賄いを出す。

今まではユリちゃんの伯母が二人で作っていたが

どちらも80代半ば。

一人は腰痛、一人は認知症で、昨年を最後に引退の運びとなった。


この現実を恐れていたユリちゃんは、数年前から

我々5人会のメンバーを夏祭に誘うようになった。

最初の年は客として料理をご馳走になるだけだったが

すっかり餌付けされた我々は、翌年から賄いを手伝い始める。

伯母ちゃん二人の補助なので、気楽なもんよ。

我々は張り切って調理を手伝った。

でも今年から、叔母ちゃんはいない。

ユリ寺はピンチに陥っていた。


ユリちゃんだけでなく、彼女のご主人モクネン君も

慢性的な人手不足に悩んでいた。

自分のお寺とユリ寺、二つのお寺で住職を兼任する彼にとっても

ユリ寺のピンチは他人事ではない。

特に今年は、夏祭の世話をする実行委員の人たちが

揃って引退をほのめかしている。

50代の檀家と自営業者を中心に構成される委員会は

人口減少によって年々大変になる寄付集めに

嫌気がさしているのだ。


このような深刻な状況を前にした時

女は迷わず人の善意に頼ろうとする。

しかし男は、人に頭を下げずに済みそうな

新しいアイデアを考えようとするものだ。

そのアイデアはたいていの場合

自分以外の誰かに犠牲を強いる、無茶なものである。


だからモクネン君は思いついた。

境内に並ぶ、有志の屋台の一軒を5人会に任せ

屋台で食品を調理販売しながら

同じ食品を賄いとして、手伝いの人たちに提供するというものだ。

そして彼は、しれっと付け加えた。

「メニューはお任せしたいと思います」。


祭客が少ないため

儲からない屋台をやりたがる町の有志は減少の一途。

そこで屋台を一つ増やし、同じ屋台で賄い食も作れば

人員も経費も半減する。

さらに、屋台のキモであるメニューを任せるということは

仕入れや売れ行きを始めとする責任の一切がっさいを

5人会に丸投げする心づもりなのは明白。

成功すれば彼のアイデアの勝利

失敗すれば5人会のせいという

彼にとって非常に合理的な名案である。


が、白羽の矢を立てられた私にとっては、非情な迷案。

テキ屋じゃないんだから、慣れない屋台で料理をするのは

台所で作るよりも難しい。

しかも販売と賄いを兼ねるとなると

タコ焼きやアイスクリームなどの軽い物

というわけにはいかない。

ちゃんとした食事にする必要がある。

労働量はハンパない。


モクネン君とユリちゃんは夫婦仲がよろしくないので

事前の話し合いが無い。

口をきかないので、話し合いもなにもありゃしないのだ。

ユリちゃんはモクネン君の意向をその場で初めて知り

ぶったまげて止めようとした。


彼女の気持ちはわかっている。

屋台と賄いを同時にするなんて無謀過ぎる…

料理をしない男にはわからないのだ…

5人会にこれ以上の負担はかけられない…

くだらん思いつきで、私らの友情を壊す気か…

あんたはいつもそうだ…

顔にそう書いてあった。


しかし私は即答した。

「やります」。


私には、切実な願望があった。

蒸し暑い6月に、エアコンはおろか換気扇も無い

劣悪な環境の台所で、もう働きたくない…。

ユリちゃんが自称する「貧乏寺」の台所は

まさに灼熱地獄なのだ。


貧乏寺だから、行事の予算も限られていて

食材はお供え物のお下がりが中心。

仏前のお供え物といえば、腐りにくい野菜類と

海草や乾麺などの乾物ぐらいだ。

これらを駆使するとなると、献立は限られる。

カボチャの煮物、ヒジキの煮物、スパゲティサラダ

ワカメの味噌汁…

手間がかかるわりには、誰も喜ばない料理が並ぶ。

しかも、これらの食材は調理時間がかかるので

室温は上がる一方だ。


これだけではあんまり地味だということで

やはりお供え物の片栗粉をふんだんに使った

鶏の唐揚げが添えられるが、こやつが我々にトドメをさす。

さんざん煮炊きして上がりまくった室温の中

大量の鶏肉を延々と揚げ続けたら、灼熱地獄の完成だ。

生命の危機すら感じてしまう。

お寺なんだから、死んだら手厚く葬ってくれるかもしれないが

これでは台所を手伝う檀家がいなくなるのも無理は無い。


ユリちゃんの役に立てるのは嬉しいけど

熱中症で死にたくない私は常々思っていた。

「働く者の身体に優しく、食べる者が喜ぶ献立、希望…」

しかし、表向きは御仏からのお下がりのご利益分けと伝統

本音は低コストの見地から

あくまでお供え物にこだわるユリちゃんの信念を曲げるのは

難しいと思われた。


そこへモクネン君から、屋台の提案だ。

「メニューはお任せしたいと思います」

この言葉に、私は飛びついた。

灼熱地獄から解放されるなら、多少忙しいぐらい…

のしかかる重責ぐらい…

なんであろう。

何かを得るには何かを失うしかない。

私は熱中症回避の献立を得るために

気楽なお手伝いの身の上を捨てた。


《続く》

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