その後も私は、光彦を警戒し続けていた。
しかし彼は教科書の件以降、私を避けている様子だった。
母チーコが末期の胃ガンで入院した小4の始め
久しぶりに近づいて来て、小声でこう言った。
「これで成績が下がったろう」
怒りは無かった。
その頃すでに、入学式の日にこうむった冤罪の原因を思い出していた私は
やっぱり…と思ったまでだ。
出席番号の近い光彦と私は、式の前に行われるテストを並んで受けたのだ。
フリーハンドで三角や四角の図形を描く、簡単なテストである。
お絵かきが大好きな私は慣れており、スラスラ描いて終わった。
隣に座っていた知らない子…つまり光彦は
初めての試みに長いこと悪戦苦闘していた。
悲劇はこの時に始まっていたのだ。
6年の始め、母チーコは死んだ。
「もう勉強どころじゃないよな」
光彦はまた言ったが、それは彼の杞憂に過ぎない。
ご心配なく…私は三角や四角をたまたま描けたが
学業においては凡児である。
光彦とは、中学まで同じ学校だった。
順調に凡児の道を歩む私は、もはや敵ではないため
彼の視界から完全に消えていた。
安全を確保して初めて、様々なことを考える余裕ができる。
憎たらしいので困らせてやろうと思った…腹が立ったので隠した…
言い方はいくらでもあるが、彼のしたことは
まぎれもなく窃盗である。
泥棒をしておいて平気なのはなぜか…
私は 興味を抱き、ひそかに観察を始めた。
しかしごく普通の家庭で、両親と姉に可愛がられて育ち
イケメン、スポーツマン、成績優秀、さらに表向きは快活で友達の多い彼に
邪悪の芽吹く要素は見当たらなかった。
だとすれば先天性腐敗か、親からして腐っているのだ…
私はそう結論づけた。
いかにもモテそうな条件を備えながら
不思議と彼に憧れる女子が皆無だったことも、その結論を裏打ちした。
廊下や職員室で教師達の交わすささやきも、幾度となく耳にする。
「また田島ですか」
「ええ、やっぱり裏に田島がいました」
光彦の苗字は、トラブルの黒幕として挙がるのだった。
彼の性格を矯正しようと試みる教師はいなかった。
内面をほじくり返す博打に出るより、このまま秀才として送り出すほうが
誰にとっても安全である。
光彦は学業に励みつつ、ライバルを蹴落す器用さを発揮しながら
やがて教師の期待通り、難関を突破して進学校へ進んだ。
前置きが長くなったが、光彦。
3年に一度開かれる大がかりな同窓会とは違って
いつもの地元在住メンバー10数名の中では、やはり人となりが際立つ。
その夜の会合は、同窓会事務局担当のヤスヒロが呼びかけて開かれたものだ。
光彦と同じ高校に進んだヤスヒロは、彼が帰省するたびに
一緒に飲んでいるという。
「同じ高校に進“め”なかった子達と交流するのも、たまにはいいもんだね」
光彦は明るくのたまう。
その場にいない者の悪口を最初に振っておきながら
誰かが「そうそう、こんなこともあった」と思い出話を続けると
「あ~!聞きたくなかったな~!そういう話!
やめようよ!ね!やめようよ!」といい子ぶる。
まったく、期待を裏切らん男よのぅ!
変わらぬ腐りっぷりに、一人ほくそ笑む私よ。
気づけば、雰囲気が悪くなっていた。
誰かが何か言うたび、光彦は小馬鹿にしたり揚げ足をとりつつ
カラオケに古手のつまらぬ曲を次々と入れては人に歌わせ
その歌唱力や人物を辛口で批評するという持ち前の器用さを
ここでも発揮したからだ。
他の者にさんざん前座を務めさせておいて
おのれはトリのつもりで、うまくもないEXILEなんぞ歌うからだ。
みんなの兄貴分、祐太朗が険悪なムードを察知し
急いで最後の曲を入れる。
流れてきたのは、AKB48の「恋するフォーチュンクッキー」。
私と祐太朗は、さっきまでこんな話をしていた。
「いつ考えても、今が一番いいって思う。
そりゃ色々あるけど、言動に制約があった若い時よりずっといい。
僕、まだ未来が楽しみなんだよ」
「私もだよ…死ぬまで、ずっと楽しみ」
「みりこんは死なないと思う」
「死なせてよ、人並みに」
祐太朗と私の関係は、幼馴染みに超がつく。
あっちはうちと違って、ええとこのボンだが
誕生日が近いため、生まれた病院の新生児室に
2人並んで寝かされていた仲なのだ。
人生や経営について語り合える、数少ない相手である。
そんな会話をした直後なので、歌詞が沁みること。
みんなで一緒に歌い、踊る。
若いモンだけでなく、年寄りも楽しませてもらうぞ!
終わり良ければすべて良し。
楽しかったのかも…な宴会は、お開きとなった。
それから3日が経った。
事務局のヤスヒロからメール。
「光彦君の奥さんのお父さんが亡くなったそうだけど
これ、どうしたらいい?」
ヤスヒロは会計係の私に判断をゆだねるべく
光彦から届いたメールの全文を添付していた。
「昨夜、妻の父が他界しました。
同窓会からは香典も弔電も出ないのですか?
妻の家族に対する僕の立場もあるので、よろしくお願いします。
場所は◯◯県◯◯市…」
同窓会の規約では、配偶者の親は対象外だ。
3日前にみんなと会ったからといって、特別措置を望む図々しさ!
ブラボー!
私はすぐさまヤスヒロに返信した。
「却下」。
終
しかし彼は教科書の件以降、私を避けている様子だった。
母チーコが末期の胃ガンで入院した小4の始め
久しぶりに近づいて来て、小声でこう言った。
「これで成績が下がったろう」
怒りは無かった。
その頃すでに、入学式の日にこうむった冤罪の原因を思い出していた私は
やっぱり…と思ったまでだ。
出席番号の近い光彦と私は、式の前に行われるテストを並んで受けたのだ。
フリーハンドで三角や四角の図形を描く、簡単なテストである。
お絵かきが大好きな私は慣れており、スラスラ描いて終わった。
隣に座っていた知らない子…つまり光彦は
初めての試みに長いこと悪戦苦闘していた。
悲劇はこの時に始まっていたのだ。
6年の始め、母チーコは死んだ。
「もう勉強どころじゃないよな」
光彦はまた言ったが、それは彼の杞憂に過ぎない。
ご心配なく…私は三角や四角をたまたま描けたが
学業においては凡児である。
光彦とは、中学まで同じ学校だった。
順調に凡児の道を歩む私は、もはや敵ではないため
彼の視界から完全に消えていた。
安全を確保して初めて、様々なことを考える余裕ができる。
憎たらしいので困らせてやろうと思った…腹が立ったので隠した…
言い方はいくらでもあるが、彼のしたことは
まぎれもなく窃盗である。
泥棒をしておいて平気なのはなぜか…
私は 興味を抱き、ひそかに観察を始めた。
しかしごく普通の家庭で、両親と姉に可愛がられて育ち
イケメン、スポーツマン、成績優秀、さらに表向きは快活で友達の多い彼に
邪悪の芽吹く要素は見当たらなかった。
だとすれば先天性腐敗か、親からして腐っているのだ…
私はそう結論づけた。
いかにもモテそうな条件を備えながら
不思議と彼に憧れる女子が皆無だったことも、その結論を裏打ちした。
廊下や職員室で教師達の交わすささやきも、幾度となく耳にする。
「また田島ですか」
「ええ、やっぱり裏に田島がいました」
光彦の苗字は、トラブルの黒幕として挙がるのだった。
彼の性格を矯正しようと試みる教師はいなかった。
内面をほじくり返す博打に出るより、このまま秀才として送り出すほうが
誰にとっても安全である。
光彦は学業に励みつつ、ライバルを蹴落す器用さを発揮しながら
やがて教師の期待通り、難関を突破して進学校へ進んだ。
前置きが長くなったが、光彦。
3年に一度開かれる大がかりな同窓会とは違って
いつもの地元在住メンバー10数名の中では、やはり人となりが際立つ。
その夜の会合は、同窓会事務局担当のヤスヒロが呼びかけて開かれたものだ。
光彦と同じ高校に進んだヤスヒロは、彼が帰省するたびに
一緒に飲んでいるという。
「同じ高校に進“め”なかった子達と交流するのも、たまにはいいもんだね」
光彦は明るくのたまう。
その場にいない者の悪口を最初に振っておきながら
誰かが「そうそう、こんなこともあった」と思い出話を続けると
「あ~!聞きたくなかったな~!そういう話!
やめようよ!ね!やめようよ!」といい子ぶる。
まったく、期待を裏切らん男よのぅ!
変わらぬ腐りっぷりに、一人ほくそ笑む私よ。
気づけば、雰囲気が悪くなっていた。
誰かが何か言うたび、光彦は小馬鹿にしたり揚げ足をとりつつ
カラオケに古手のつまらぬ曲を次々と入れては人に歌わせ
その歌唱力や人物を辛口で批評するという持ち前の器用さを
ここでも発揮したからだ。
他の者にさんざん前座を務めさせておいて
おのれはトリのつもりで、うまくもないEXILEなんぞ歌うからだ。
みんなの兄貴分、祐太朗が険悪なムードを察知し
急いで最後の曲を入れる。
流れてきたのは、AKB48の「恋するフォーチュンクッキー」。
私と祐太朗は、さっきまでこんな話をしていた。
「いつ考えても、今が一番いいって思う。
そりゃ色々あるけど、言動に制約があった若い時よりずっといい。
僕、まだ未来が楽しみなんだよ」
「私もだよ…死ぬまで、ずっと楽しみ」
「みりこんは死なないと思う」
「死なせてよ、人並みに」
祐太朗と私の関係は、幼馴染みに超がつく。
あっちはうちと違って、ええとこのボンだが
誕生日が近いため、生まれた病院の新生児室に
2人並んで寝かされていた仲なのだ。
人生や経営について語り合える、数少ない相手である。
そんな会話をした直後なので、歌詞が沁みること。
みんなで一緒に歌い、踊る。
若いモンだけでなく、年寄りも楽しませてもらうぞ!
終わり良ければすべて良し。
楽しかったのかも…な宴会は、お開きとなった。
それから3日が経った。
事務局のヤスヒロからメール。
「光彦君の奥さんのお父さんが亡くなったそうだけど
これ、どうしたらいい?」
ヤスヒロは会計係の私に判断をゆだねるべく
光彦から届いたメールの全文を添付していた。
「昨夜、妻の父が他界しました。
同窓会からは香典も弔電も出ないのですか?
妻の家族に対する僕の立場もあるので、よろしくお願いします。
場所は◯◯県◯◯市…」
同窓会の規約では、配偶者の親は対象外だ。
3日前にみんなと会ったからといって、特別措置を望む図々しさ!
ブラボー!
私はすぐさまヤスヒロに返信した。
「却下」。
終
みりこんさん、すみませんでした。
25歳までの、甘ちゃんだった頃の私なら、
何故光彦はこうなってしまったのか?こんな彼にも、きっと優しい、人の心がどこかに隠されている。
心を込めて接すれば、きっと通じるはず・・・・・・なんて考えていたかも知れない。
しかし私も人並みに、少々しんどい人生を知った今、分かる(多分)
痛い奴の親は、やっぱり痛くて、そのまた親もさらに痛い。
光彦を矯正せねばと思ったら、何代にもさかのぼって矯正しなくてはならない。
そんな事は出来るはずが無い。
とんだ家に生まれ落ちた不幸を嘆いて貰うより他はないが、
痛い光彦には、自分が痛い人間だ、なんてわかりはしない。
そんな光彦が帰省しているから集まろう、なんて優しいみりこんさん達同級生って思いましたが
事務局の方も、ひとりで付き合うには限界が有ったのかも知れませんね。
まさに命がけ小学生をたくましく生き抜いたみりこんさん、
ご両親やおじい様、おばあ様、そのまたご先祖様から、
人間らしく、たくましく、優しく生きる力を植えつけて頂けた、とは言え
頑張ってこられたのは、みりこんさんご自身。
だから、お二人の息子さんも、超幼なじみの祐太朗さんも
『お袋は死なない』・「みりこんは死なないと思う」って、仰るんですね。
そんな逞しさの一辺でも光彦にあればね、弱虫の痛い男にならずに済んだのに。
〈恋するフォーチュンクッキー〉歌詞検索してみました。
みりこんさんの『死ぬまでたのしみ』
凄い勇気が湧いてきます。ありがとうございます。
(光彦、光彦って、みりこんさんの同級生に向かって、失礼致しました。)
明晩は私も、勤めていた会社の飲み会に誘われて
久~さしぶりに夜の街に出かけます。
ほんとに久~さしぶりッ、です(*⌒▽⌒*)
いや~夢うつつの今。
また、コメントしますね
まさか屈折した腐れ心とはねえ(笑)
そう、その通りなんですよ。
事務局君は光彦にボロクソ言われていました。
事務局君は頭が良すぎて心が繊細になっちゃったタイプなので
1人で相手をするのがしんどくなったのだと思いました。
ちなみに祐太朗も彼らと同じ高校。
しかし有名企業の御曹司で成績トップ、いつも穏やかで優しい祐太朗には
光彦も遠慮しています。
死ぬまで楽しみでしょ。
嫌なことや辛いことはもちろんある。
だけど、乗り越え方や解決する知恵もたくさん知ったもんね。
光彦は呼び捨てで上等だと思います(笑)
ほ~んと、若くてカワイイ頃なら、それでも何とか長所や美点を
見い出すために時間を割くかも。
だけど年を取ると、腐ったリンゴは全部食べなくてもわかる(笑)
久しぶりの飲み会、楽しんでくださいね!
真央ちゃん、あのショートで呪縛から解かれ、満足のいくフリーが
できたと思います。
美しかった。
それこそが素晴らしい。
今後しばらくは、日本のフィギュア界、静かになっちゃいそう。
あの若い女の子もねえ…おひざが常に屈伸中だし。
次世代の成長に期待しますが、ロシアの女の子達を見てると
柔軟性を養い、オリジナルのスゴ技を持たないといけない時代に
なりそうですね。
他のスポーツでもそうだけど、実力はあるのに運が味方しなくて
悔し涙を流した人のほうが、その先、指導者や別の舞台において
長く活躍する人が多いように思います。
どんな方面での露出であれ、末永く見ていたいじゃない。
もしかして光彦の仕業ですかね~(>_<)と、思いましたが。
腐っとるヤツは、ずっと腐っとるので矯正していこうとか、いつか目覚める良心に期待など、無駄なんでしょうかね?
相手が変わることを期待する…依存する後ろ向きより、目の前の現実に心くだく前向きのみりこんさんの逞しさに、改めて感じいる少女時代です。
私だったら泣いて慌てるかも。
真央ちゃん、フリーでやっと化けたな~と思いました(^-^)
フリー直前の、あの、挑むような目の輝き。
目の前の、見えない敵を蹴散らす勢いが、4年間の最後の最後に沸き上がり、試合中に成長する凄さ。
素直で弱くて強い。
穢れない強さに、周りが引き付けられるのかもしれませんね。
そんなこともありましたね。
皆さん過去記事をよく覚えててくださって、みりこんは嬉しゅうございます。
結末を申しますと、受験票は別の男子数人なんですよ。
お父さんがうちの実家の社員だった子と、そのグループ。
閉鎖的な小さい町で、よそ者が零細企業なんかやりますと
規模が中途半端なだけに、何かと色々あるもんでね。
いい人達ももちろんいたけど、親ぐるみの悪意もたびたびありました。
同級生の親がうちで働いてたのは、何度か経験があるけど
ろくな思い出はありません。
母親という最強の守護神を失うと、内部事情を知られているだけに
悲惨ですよ。
その代わり、そんな子供の親は続かなくてすぐ辞めるのも知りました。
ま、ちょっとの辛抱よ。
大人になってからわかったんですが、自分の身を守るアイテムは
美か頭か素直な性格だったようです。
中途半端な家に生まれておきながら、私はどれも持ち合わせてなかった。
美は無理でも、頭と性格は努力で多少はどうにかなっただろうに
私の不徳ね。
この間の飲み会、楽しかったけど、多分退社した会社、課がらみの飲み会には
もう行かないと思います。
自分の子ども達よりも若い男子が多く、話の内容にもついて行けない。
気を使って話を振ってくれたり、すみこはん何食べる?お酒追加するよって
仲間だからね、意識を漂わせてくれたりして、嬉しかったし、有り難かったけど
だからこそ、もう彼らに気を遣わせるような場所にしゃしゃり出てはいけないと思いました。
いつまでも、お声が掛かるわけはないけど、
立ち位置は、ゆっくりでも確実に変わって行きますものね。
甘えてしゃしゃり出てはいけない、と思った次第です。
けど、会社を通じて出来た友達とは今後もたまに「しゃべくり4」
(この番組ご覧になったことありますか?テレビは7だけど)
しかし、今の自分のステージには、友達が少ないぞ。
おばはんが、群れてペチャクチャするのが大嫌いだから、友達がい少ない。
もっと素直に人を受け入れないといけないなぁ~、思ってます・・・・・・
もう直ぐ春!!
みりこんさん家の周りは、美しい春なんでしょうね~。
羨ましいなぁ~…‥…~…
私もそのクチですよ。
それが正しいかどうかは知らない。
でも私はしんどい。
年を取るって、そういうことじゃないでしょうか。
友達は少ないのが、そして減っていくのが自然だと思います。
年齢や魂の変化によって、一緒に時間を過ごして楽な人とそうでない人が
分類されていくもん。
どの程度の関係を友達と呼ぶかの基準は、人それぞれ違いますしね。
アツシやヨシコ見てて思いますが、友達が死ぬとこたえるみたいです。
どんなに仲が良い友達でも、どんなにたくさん友達がいても
死んでしまったら会えなくなるし、自分や相手が動けなくなったら
やっぱり会えなくなる。
特にアツシの場合、病院へ頻繁にお見舞いに来てくれる人から死んでいきました。
結局人間は、一人で生まれてきて、一人で死んでいくんだなぁと実感します。
春近し。
桜が楽しみです。
光彦さんは?
【悪い光彦さん】なんて、生やさしい?人では無かったのですねぇ…
何度、記事を読み返しても、光彦さんと言う人が、理解出来ませぬ。
腐敗度100%、あまりの事に、腹をたてる余地もないような。。
そんなとき、新聞のコラムで、私の気持ちを代弁してくださってるような、記事を見つけました。
【人の見た目は、その中身を映すのか、隠すのか。難問である。内心は多少とも、面構えに、滲むだろう】
<モテそうな条件を備えながら>誰からも、想いを寄せられない、光彦さん。周りからどんな風に思われてるとか、気にしないのでしょうかね?
光彦さんが、閻魔様にお目通りされる日が
ますます、楽しみになりまする。
【いつだって、今が一番。。】と言いきれる
祐太朗氏は、とても素敵な方ですね!
そんな、素敵な幼なじみの方が、おられる
みりこんさんも、やはり、素敵です。
彫りの深いお雛様にヒゲって感じ。
顔だけ見たら、まさかそんなに腐ってるとは思えないかも。
でも本当に誰も彼を好きとか気になるとか、いいなとか、言わなかった。
邪悪のオーラが滲み出ていたのかしらん。
そうね、閻魔様にお仕置きしてもらいましょう。
でもああいう人って、自分のやったことが我が子に返ったりするのよね。
あ、そういや、誰も奥さんや子供のこと聞かなかったわ。
あんな場ではたいてい聞くのにさ。
祐太朗氏は、本当にいいヤツです。
けっこう有名な企業の社長さんやってて、世界中を飛び回っています。
小さな田舎町だけど、そんな会社があるのです。
「今が一番いい」発言は、けっこう深いものがありまする。
若い頃は経営に関与する親族や、株主に押さえつけられていたけど
自分が年取ると、向こうも年取ります。
それによって発言権が強まり、やりたいことがやれるようになった…
つまり真の自由を得た喜びの言葉です。
注目してくださり、ありがとうございます。