22日の日曜日と、23日の月曜日は連休。
癌は眉唾だろうが、藤村が夫に配車権を返還したのは
ひとまずの進展に思えた。
もちろん配車権だけが戻っても全面解決にはならないが
とりあえず小さな一歩は踏み出せたことに
夫も私もホッとして、晩秋の休日を楽しんだ。
が、24日の火曜日。
藤村は朝一番で、次男に言った。
「明日の分から、お前の親父が配車するけど
絶対に協力するなよ」
藤村が配車権を握るまでは
次男がチャーターの発注を担当していた。
発注歴が長いため、台数がたくさん必要な時も
必ず集めるという定評が次男にはあり
彼もそのことを誇りにしていた。
藤村はそれを奪い取って自分で発注するようになり
そのうち自分に迎合しない業者を切り捨て
最終的にリベートをくれるM社に絞った経緯がある。
「親父にチャーターを集められるわけがない。
あんなにようけ、集められるのはワシしかおらん。
お前が協力せんかったら、親父はすぐ根を上げて
ワシに配車を返す。
そしたらまた、ワシがやる。
じゃけん、絶対に協力したらいけんど」
元々おかしい藤村だが、とうとう狂ったのではないか…
次男はそう思ったが、彼は大真面目だ。
「僕らは親子じゃけん、親に協力するのは当たり前じゃ」
次男が言うと、藤村は怒り出し
「ダメじゃダメじゃ!
ええか?絶対に協力するなよ!」
と言った。
次男はあまりのバカらしさに、呆れたという。
「バカ村(次男は彼をこう呼ぶ)は、親子の情を知らんのかも。
かわいそうなヤツじゃ…」
夫に一旦、配車を返すふりをして根を上げるのを待つ…
そして夫が降参したら、天下晴れて自分が配車を行う…
これが連休の間に考えた、藤村の作戦であることはわかった。
配車をやめたら、M社からのリベートが終了するのを思い出したのだ。
ついでに癌は、やっぱり嘘だった。
仕事を続ける気、満々じゃないか。
昼に帰宅した夫に、次男の話を伝える。
「そこまで腐っとるんか…」
人の言うことには、あまり動じない夫だが
今回はさすがに驚いていた。
「バカたれが…罠仕掛けたつもりか」
「昭和の少女漫画よ、トウシューズに画鋲よ。
腐っとるんが基本人格じゃけん、油断したらいけんよ」
夫はわかった…と答えたが、トウシューズは知らないと思う。
ちなみにトウシューズに画鋲とは、昔のバレエ漫画にあった話だ。
発表会で主役を射止めたヒロインに嫉妬したライバルが
ヒロインのトウシューズにこっそり画鋲を仕込んで怪我をさせ
自分が主役を奪おうとするストーリー。
卑怯でゲスな行為に接した際、私はついそう言ってしまうのである。
その日の夕方、色々考えたのであろう藤村は夫に言った。
「工場が、ワシにどうしても配車をして欲しい言うけん
工場だけワシがするわ」
彼の言う工場とは、神田さんの古巣である。
夫が黙ってにらみつけると、藤村はそそくさと帰って行ったという。
ここしばらくは他にチャーターを雇う仕事が無く
社内のダンプで事足りるため、夫の業務に変化は無い。
翌25日、水曜日の夕方。
事務所に居た藤村をつかまえて
神田さんは何やら激しく文句を言っていたという。
何を言っていたのか知らないが、藤村は困り果てた様子だったそうである。
翌26日の木曜日。
藤村は夫に伝えた。
「明日、河野常務と永井営業部長が来る」
単独ではそれぞれよく来るが、よっぽどのことが無ければ
この2人が一緒に来ることは滅多に無い。
仲が悪いわけではなく
永井部長は常務の後継者と目されているため
常務の代理として動くことが多い。
本人と代理が連れ立って行動しても仕方がないというのが
合理主義者、常務の考えだからである。
「何で?」
夫がたずねると、藤村は
「わからん」
と答えた。
しかし夫は何かあると言い、それを聞いた私も同意した。
「わからんわけがない。
藤村が呼んだんよ。
神田さんが始末に負えんけん、面倒になって上に投げたんじゃわ」
「ワシもそう思う」
だが常務を引っ張り出すとなると、藤村では始末に負えない理由を
はっきりさせなければならない。
たかだか人間関係のイザコザで、永井部長だけでなく
常務にまでお出まし願うには
それなりのもっともな理由が必要になるからだ。
常務は自分からフラリと来ることはしょっちゅうで
会社に復帰した翌週の16日にも夫の顔を見に訪れ
10分ほどで帰った。
しかし今回、わざわざ来訪予告をするからには
何か重い理由が存在するはずだった。
そして常務の来訪を夫に伝えた藤村が
その理由を知らないと言うのは、非常に怪しい。
藤村には、常務が来る理由がわかっているのだ。
それは、彼が神田さんにした愛の告白ではない。
自分が変態だと上司に告げて、神田さんの始末に来てもらうなんて
我が身だけが可愛い藤村は絶対にしない。
先週、神田さんの話を聞きに来た永井部長も
藤村が可愛いので、常務には本当のことを言ってないはずだ。
必ず裏がある…夫も私もそう考えた。
「藤村は、何か別のストーリーを思いついたと思う。
罠かもしれんけん、気をつけて」
私は家族を前に、かの民族の習性をレクチャー。
自分が助かるためなら、どんな創作も捏造もやる…
それは想像を絶する内容かもしれない…
しかし驚きのあまり、ひるんではならない…
だからといって激昂したら、相手の思うツボ…
すぐに決着をつけようとせず、冷静に反撃のチャンスを待て…
などなど。
そして息子たちには、改めて念押しする。
「母が実子を守るように、会社は直(ちょく)を守る」。
常務も部長も、決して味方だと思うな…
正しいとか間違っているなんて関係なく、藤村は擁護される…
それを思い知っても、絶対ヤケになるな…
これは世の法則なのだ…
法則を知らない人間は、ヒスを起こして辞めるしかなくなる…
辞めるのはかまわないが、人を恨んで辞めるのではなく
冷静な時に堂々と辞めろ…。
《続く》
癌は眉唾だろうが、藤村が夫に配車権を返還したのは
ひとまずの進展に思えた。
もちろん配車権だけが戻っても全面解決にはならないが
とりあえず小さな一歩は踏み出せたことに
夫も私もホッとして、晩秋の休日を楽しんだ。
が、24日の火曜日。
藤村は朝一番で、次男に言った。
「明日の分から、お前の親父が配車するけど
絶対に協力するなよ」
藤村が配車権を握るまでは
次男がチャーターの発注を担当していた。
発注歴が長いため、台数がたくさん必要な時も
必ず集めるという定評が次男にはあり
彼もそのことを誇りにしていた。
藤村はそれを奪い取って自分で発注するようになり
そのうち自分に迎合しない業者を切り捨て
最終的にリベートをくれるM社に絞った経緯がある。
「親父にチャーターを集められるわけがない。
あんなにようけ、集められるのはワシしかおらん。
お前が協力せんかったら、親父はすぐ根を上げて
ワシに配車を返す。
そしたらまた、ワシがやる。
じゃけん、絶対に協力したらいけんど」
元々おかしい藤村だが、とうとう狂ったのではないか…
次男はそう思ったが、彼は大真面目だ。
「僕らは親子じゃけん、親に協力するのは当たり前じゃ」
次男が言うと、藤村は怒り出し
「ダメじゃダメじゃ!
ええか?絶対に協力するなよ!」
と言った。
次男はあまりのバカらしさに、呆れたという。
「バカ村(次男は彼をこう呼ぶ)は、親子の情を知らんのかも。
かわいそうなヤツじゃ…」
夫に一旦、配車を返すふりをして根を上げるのを待つ…
そして夫が降参したら、天下晴れて自分が配車を行う…
これが連休の間に考えた、藤村の作戦であることはわかった。
配車をやめたら、M社からのリベートが終了するのを思い出したのだ。
ついでに癌は、やっぱり嘘だった。
仕事を続ける気、満々じゃないか。
昼に帰宅した夫に、次男の話を伝える。
「そこまで腐っとるんか…」
人の言うことには、あまり動じない夫だが
今回はさすがに驚いていた。
「バカたれが…罠仕掛けたつもりか」
「昭和の少女漫画よ、トウシューズに画鋲よ。
腐っとるんが基本人格じゃけん、油断したらいけんよ」
夫はわかった…と答えたが、トウシューズは知らないと思う。
ちなみにトウシューズに画鋲とは、昔のバレエ漫画にあった話だ。
発表会で主役を射止めたヒロインに嫉妬したライバルが
ヒロインのトウシューズにこっそり画鋲を仕込んで怪我をさせ
自分が主役を奪おうとするストーリー。
卑怯でゲスな行為に接した際、私はついそう言ってしまうのである。
その日の夕方、色々考えたのであろう藤村は夫に言った。
「工場が、ワシにどうしても配車をして欲しい言うけん
工場だけワシがするわ」
彼の言う工場とは、神田さんの古巣である。
夫が黙ってにらみつけると、藤村はそそくさと帰って行ったという。
ここしばらくは他にチャーターを雇う仕事が無く
社内のダンプで事足りるため、夫の業務に変化は無い。
翌25日、水曜日の夕方。
事務所に居た藤村をつかまえて
神田さんは何やら激しく文句を言っていたという。
何を言っていたのか知らないが、藤村は困り果てた様子だったそうである。
翌26日の木曜日。
藤村は夫に伝えた。
「明日、河野常務と永井営業部長が来る」
単独ではそれぞれよく来るが、よっぽどのことが無ければ
この2人が一緒に来ることは滅多に無い。
仲が悪いわけではなく
永井部長は常務の後継者と目されているため
常務の代理として動くことが多い。
本人と代理が連れ立って行動しても仕方がないというのが
合理主義者、常務の考えだからである。
「何で?」
夫がたずねると、藤村は
「わからん」
と答えた。
しかし夫は何かあると言い、それを聞いた私も同意した。
「わからんわけがない。
藤村が呼んだんよ。
神田さんが始末に負えんけん、面倒になって上に投げたんじゃわ」
「ワシもそう思う」
だが常務を引っ張り出すとなると、藤村では始末に負えない理由を
はっきりさせなければならない。
たかだか人間関係のイザコザで、永井部長だけでなく
常務にまでお出まし願うには
それなりのもっともな理由が必要になるからだ。
常務は自分からフラリと来ることはしょっちゅうで
会社に復帰した翌週の16日にも夫の顔を見に訪れ
10分ほどで帰った。
しかし今回、わざわざ来訪予告をするからには
何か重い理由が存在するはずだった。
そして常務の来訪を夫に伝えた藤村が
その理由を知らないと言うのは、非常に怪しい。
藤村には、常務が来る理由がわかっているのだ。
それは、彼が神田さんにした愛の告白ではない。
自分が変態だと上司に告げて、神田さんの始末に来てもらうなんて
我が身だけが可愛い藤村は絶対にしない。
先週、神田さんの話を聞きに来た永井部長も
藤村が可愛いので、常務には本当のことを言ってないはずだ。
必ず裏がある…夫も私もそう考えた。
「藤村は、何か別のストーリーを思いついたと思う。
罠かもしれんけん、気をつけて」
私は家族を前に、かの民族の習性をレクチャー。
自分が助かるためなら、どんな創作も捏造もやる…
それは想像を絶する内容かもしれない…
しかし驚きのあまり、ひるんではならない…
だからといって激昂したら、相手の思うツボ…
すぐに決着をつけようとせず、冷静に反撃のチャンスを待て…
などなど。
そして息子たちには、改めて念押しする。
「母が実子を守るように、会社は直(ちょく)を守る」。
常務も部長も、決して味方だと思うな…
正しいとか間違っているなんて関係なく、藤村は擁護される…
それを思い知っても、絶対ヤケになるな…
これは世の法則なのだ…
法則を知らない人間は、ヒスを起こして辞めるしかなくなる…
辞めるのはかまわないが、人を恨んで辞めるのではなく
冷静な時に堂々と辞めろ…。
《続く》