殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

再び・現場はいま…3

2020年11月12日 11時12分10秒 | シリーズ・現場はいま…
藤村から疎まれるようになった神田さん。

追いかけられているうちは、嫌よ嫌よと言いながら

まんざらでもなかったらしいが

距離を置かれるようになると面白くないらしく

ふてくされた日々を過ごしていた。


藤村もまた、神田さんの運転が危なっかしいことを始め

支給された作業着を着ないことなどを夫に愚痴るのが日課になった。

まるで姑だ。


そんなある日、夫は向かいの工場へ配達に出た。

このお得意様は、事前の計画的な納入もあるが

部署によっては急な発注もある。

なにしろ近いので10分足らずで済むため

そういう時は夫が積込みの合間に対応している。


夫の留守に、神田さんが会社へ戻って来た。

オペレーターがいないので、彼女は夫の携帯に電話をした。

携帯番号を交換しているからではない。

各自の番号は、事務所に貼ってある。


「どこ行っとんね!早う積込みしんさいや!」

プレデター神田(マロンさん命名)は当たる所が無くて

今度は夫に牙をむいたのだった。

シャー!


彼女は早く積込みを終えて、再び古巣の工場へ配達に出たかったらしい。

これは、運転がヘタクソで積込みができない運転手にありがちな心境。

イライラして気がせくというのか

少し待って状況を把握する余裕が無いのだ。


夫は、神田さんの命令的な口調に腹を立てた。

「じゃかましい!配達中じゃわい!」

神田さんも負けてはいない。

「はよせぇや!」

物静かな夫も、これにはさすがにキレた。

「わりゃ何様じゃ!誰に向いてモノ言よんな!」

少し沈黙した後、神田さんは「フン!」と言うと電話を切った。


神田さんの入社以来、これまでは夫が一方的に短くしゃべって

何かを伝えることは何度かあった。

たいてい、だらしないダンプの停め方に対する指導だが

神田さんは返事をするでもなく、無視が定番。

しかし今回は、記念すべき初の会話であった。


「とんでもない女じゃ!」

私に一部始終を訴えた夫は、かなり怒っていた。

あんたが付き合ってた女たちも、似たようなもんだったけど…

と思うが、言わない。



藤村、神田さん、夫の3人は、三者三様のストレスを抱えていた。

彼らも面白くなかろうが、長男や社員は以前から

もっと面白くない状況に置かれていた。

血迷っていた藤村が毎日、神田さんを中心にした配車を組んでいるからだ。


その手法は、長男を始め社員は出仕事…

つまり、よその会社のチャーターに入らせることである。

運転手とダンプをセットにして1日8時間、貸し出すのだ。


チャーターの仕事は、きついのが常識。

忙しい時に呼んで手伝わせるのもチャーターだが

自分の会社のダンプにはやらせたくない仕事を

よそのダンプにやらせるのもチャーター。

遠い、燃料を食う、危険、車が傷む、タイヤがすり減る…

そういう現場へはチャーターを送り込み

自社のダンプを楽な現場へ回すのは

社員を優遇する意味でも、経費を抑える意味でも

経営者にとって当然の心得である。


このきつい出仕事に、わざと長男や社員を行かせるのは

ひとえに神田さんのため。

運転がヘタな彼女は、古巣の工場しか行けない。

そして彼女は、無愛想な長男を恐れていた。


問題を解決するには、長男を引き離すしかない。

そこで長男を出仕事に行かせる。

神田さんに厳しい目を向ける他の社員も、行かせる。

チャーターは早出残業が当たり前なので

神田さんの出勤前に会社を出て、退勤後に戻る。

よって長男たちが、彼女と顔を合わせる機会は無くなる。


社内の人間を外へ追い払うことで、手薄になった社内の仕事は

よそからチャーターを雇ってやらせる。

近くて楽な仕事だから、喜んでナンボでも来る。

おいしい仕事を手放したくなくて、藤村にペコペコする者も出てくる。

藤村は、これが嬉しい。

そして神田さんは、藤村が用意したペコペコメンバーに指示を出したり

ペースリーダーとして彼らを先導して走ったり、楽しくお仕事ができる。


この神田シフトによって

彼女の勘違いが増幅したのは言うまでもないが

ともあれ社員を不利なチャーターに出し

よそから雇ったチャーターに金を払って楽な仕事をさせる…

これは人心の面からも経費の面からも完全に間違った配車。

常識の逆をやっているため、同業者の間ではすでに笑い者になっている。


働く者の気持ちを全く考えず、経費を湯水のごとく使い

私情全開で何もかも滅茶苦茶にしてしまう…

藤村に配車を握られるとは、こういうことなのだ。

長男や社員の気持ちは察するに余りあるが

神田さんが入ってまだ3ヶ月にも満たないので

今のところ、彼らは自制して様子を見ている。

申し訳なく、またありがたいと思っている。


さて、ここに次男が出てこないのは、人当たりのいい彼が

藤村と神田さんのお気に入りだから。

はなはだ身勝手だが、仕事のできない人間は

そもそも身勝手なものだ。

身勝手だから、役に立たなくても平気で給料をもらえる。


そして兄弟で同じ仕事をするのは、我が家の身勝手。

兄弟が同じ会社にいたら、どうしても周りの人々に気を使わせる。

そのペナルティとして、多少の波をかぶるのは当たり前だ。

平等に扱って欲しいだの、ひどいだのと

甘ったれた不満に浸る気は毛頭ない。

そんな些細なことで感情を揺らしていたら、この業界では生きていけない。

当の次男は何ら気にせず、自分の行きたい仕事を自由に獲っては

一人で出かけている。

《続く》
コメント (6)
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