殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

再び・現場はいま…2

2020年11月10日 12時14分44秒 | シリーズ・現場はいま…
「みんなが私をいじめる…」

神田さんは藤村に泣きついたが、彼は取り合わなかった。

別れた旦那が取引先に居るという現実が

藤村の脳内に充満していた桃色の雲を吹き飛ばしたのだ。

女性は運転が穏やかなので事故の可能性が低く、安く雇える…

彼が女性運転手に抱いていたイメージは、崩れ去っていた。


穏やかな運転どころか男より荒く

もはや藤村を含む誰もが案じる事故予備軍。

技能給や資格給、経験給の類いが付かないため

基本給だけで雇えるメリットも、すでに都市伝説。

修理代の方が高くつく。

仕事のほうは、彼女が夏まで勤めていた取引先しか行けないので

配車がうまく回らず、チャーターを雇ってカバーするから

余計な出費がかさむ。

しかも女性には言葉や態度に気を使う必要があり、何かと疲れる。

業界の常識をようやく理解した藤村だった。


本社初の女性運転手ということで、鳴り物入りで迎えたスターが

フタを開けてみれば全く使えず、経費を食いつぶすばかり。

この上、事故でも起こされたら引責は免れない。

業界の常識を理解すると同時に、神田さんが自分の立場を脅かす

危険な存在だったことにようやく気づいた藤村は

彼女を疎ましがるようになっていた。


が、ちょいと遅かった。

神田さん、近頃は社内で“班長”と揶揄されている。

彼女が前に勤めていた会社なので取り組みやすいらしく

仕事では必ず先頭を走り、仕事が終われば

チャーターの伝票を集めて取引先のサインをもらったり

取引先から勝手に翌日の予定を聞いて采配を振るったりと

すっかり親分気取りだ。

「小学校にようおるじゃん。

頼まれもせんのにプリント配ったり

みんなに指図する出しゃばりの女子が。

あれよ」

息子たちは笑う。


神田さんが小学生並みなのはともかく、すでに彼女は自分のことを

藤村に次ぐNo.2だと思い込んでいる。

のぼせている間にあれこれと夢を並べる藤村の発言が

彼女を勘違いさせてしまったのだ。

こうなったらもう、止められない。

特に女は、のさばると手がつけられない。

そのままのさばらせるか、揉めた挙句に切るかの

どちらかしか選択肢は無くなるのである。


こういうことは、よくある。

夫の愛人たちもそうだった。

妻にする、専務にするなんぞと、うっかり口にしては勘違いさせ

別れる時に詐欺と言われて揉める。

相手が愚かなほど、揉める。


藤村が女性運転手ばかりを集めるアマゾネス計画を企てていた頃

構想が現実化したあかつきには、彼女をトップに据えると約束した。

これは長男が藤村から直接聞いている。

「いずれ、この会社は女ばっかりになる。

給料の高い男は雇わないから、いい所があったら

今のうちに転職した方がいい。

神田さんの部下になるのは、嫌だろうし」


このように不用意な発言をする、それが藤村である。

発言の裏を読めば、単純な藤村の本心がわかるではないか。

藤村は神田さんに肩書きを付けるつもりであること…

彼も神田さんも長男を煙たがっていること…

つまり彼らのパラダイスをこしらえるためには

長男が邪魔だということだ。


夫も邪魔ではあるが、もう年なので退職は時間の問題。

そこで長男の追い出しを図り、奇妙なことを言ったのだが

残念ながら長男は、そんなことを言われて凹むようなタマではない。

ご期待に添えず、申し訳ないことである。


ともあれ計画が頓挫した今、藤村にとってそんな約束はとっくにホゴだが

神田さんの方はそうはいかない。

人間、自分にとって都合のいいことは、いつまでも忘れないものだ。

いずれアマゾネス軍団のトップになるつもりだから

親分の練習に余念が無い。


藤村は、これも気に入らなかった。

親分は自分のはずだからである。

自分が獲得した新しい取引先から神田さんを引き抜いたのは

内情を知っていて便利と思ったからで

自分の代わりに威張らせるためではないのだ。



さて、シュウちゃんに注意されたことを言いつけたものの

何の措置もしなかった藤村に腹を立てた神田さんは

彼と一緒に取って2人で食べていた昼食の仕出し弁当を解約した。

彼女なりの報復であるらしかった。


冷える一方の藤村と、ますます燃える神田さん。

2人の間の溝は日増しに深くなり

孤立した藤村は、夫にすり寄るようになった。

「神田さんに辞めてもらうには、どうしたらいいか」

今のところ、すり寄って相談するのはこれ。

もちろん、神田さんを辞めさせるにあたって

自分は無傷であることが大前提。

夫に変わって人事権を得たとはいえ、彼は人事のことを何も知らない。

威張って面接するのを知っているだけだ。


とはいえ、よそへ勤めた経験が無い夫もまた詳しいわけではない。

そこで質問は、OL時代になぜか面接もやっていた私に回ってくる。

「いったん入社させた正社員を

こっちの都合で辞めさせることはできない。

何かできるとしたら配置転換しか無い」

藤村にはそう伝えるよう、夫に進言。

配置転換の権限など、藤村にありはしない。

本社に配置転換を頼んで、怒られたらいいのだ。


一方で神田さんも孤立していた。

当たり前だ。

最初から藤村の言うことを鵜呑みにして、夫のことを

“会社が潰れそうになり、お情けで雇ってもらっている年寄り”

と認識しているため、見下げて口をきかず

おはよう、さよならの挨拶もしない。

息子たちも社員も同じ扱いだったので

今さら彼女を相手にする者はいない。


そこで目下の仲間は、チャーターの数人。

藤村の悪口大会で盛り上がっているらしい。

しかしその内容はもちろん、藤村の耳に入っている。

こういうことは、伝わるものなのだ。


それによれば藤村は、詐欺だそう。

罪状は、約束したのになかなか上の肩書きを付けてくれないことと

まだ修理して欲しい所があるのにそのままであること。

神田さんにとっては、これが詐欺ということになるらしい。


藤村は詐欺と聞いて恐れおののき、ますます夫にすり寄った。

改心したのではない。

揉める前に夫に近づいておいて

何もかも夫のせいにできる土壌を作っておかなければ

自分が危ないからだ。

そして神田さんをますます嫌うようになった。

《続く》
コメント (6)
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