殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

再び・現場はいま…

2020年11月08日 10時14分53秒 | シリーズ・現場はいま…
決算が終わり、昼あんどんの藤村が

大赤字でクビになるかと楽しみにしていたら、何も起きなかった。

なぜならトータルでは、かろうじて黒字だったからだ。

藤村が独断でやり始める前の「貯金」が、ヤツの暴挙をカバーしていた。

それを自分の手柄と思い込み、いい気になる藤村。

残念だ。


さて現場は今、神田さんが熱い。

48才、バツイチ、孫ありの新人女性運転手、神田さんである。

8月の盆明けに入社して以来、彼女は一生懸命

頑張っておられるそうだ。

本人がそう言うのだから、そうなのだろう。


9月の初め、彼女に与えられた新車の大型ダンプは

すでに何度も修理を繰り返している。

端的に言えば、ヘタだからだ。

にもかからわず、ぶっ飛ばすので

社員や同業者はもとより、通り道で行き交う他人までが

事故を心配している。

息子たちは、ある資格の申請をわざと引き延ばしている。

この資格を取ったら、責任が彼らに及ぶ恐れが出るからだ。


ヘタクソは、ぶっ飛ばすものなのだ。

彼女が前の会社でやっていた仕事は

郊外の山合いにある会社から

山間部の仕入れ先まで商品を取りに行く往復。

広くて交通量の少ない道路を走っていればよかったので

実力を問われることは無かった。


しかし彼女は今回、沿岸部の会社、つまり我が社に転職した。

運搬先は今まで通り、彼女が前に勤めていた会社だが

今度は町の中を通り抜けなければならない。

田舎町でも山奥村より人や車は多く、信号もたくさんある。

ヘタクソがヘタクソと呼ばれる所以は

慣れない場所や苦手な場所を少しでも早く通り抜けようと

無意識にスピードを出してしまうところにある。


この癖を持つ者は、何年やっても上達することはない。

つまり向いてないのだ。

向いてないのだから、頭の中は早く走って終わることでいっぱい。

大型車両が周辺に及ぼす音響や風圧などの影響なんて、考えられない。


毎回、砂ぼこりを舞い上げながら会社に戻ってくる彼女を見かねて

我が社の最年長、72才のシュウちゃんが注意した。

「スピードを緩めて、もうちょっと静かに入りんさいや」


シュウちゃんの注意は正しい。

彼女が今まで働いていた、ポツンと一軒家状の所と違い

うちの会社の向かいには工場がある。

ISO基準を満たした、言うなれば社内の環境にも厳しいが

社外にはもっと厳しい工場で、我が社のお得意様の一つである。


この工場は火を扱うので、粉塵(ふんじん)を嫌う。

粉塵とはチリ、ホコリの類だ。

お掃除パタパタのチリ、ホコリではなく

砂ぼこりや道路の磨耗で生じる微細なアスファルト片などのことである。

これらの粉塵、つまり微粒子は火気と相性が良い。

砂ぼこりやアスファルト片だけでなく、小麦粉でも爆発が起こるのだ。


もちろん粉塵が発生すれば、即爆発というわけではない。

距離は十分あるし、常識的に考えても起こり得ない。

しかし企業として予防する姿勢は、世間体を整える意味で大切だ。

よって工場も我々も、粉塵に対する意識は高い。


が、それ以前に構内、つまり会社の敷地は徐行が鉄則だ。

これは、どこのどんな会社でも同じである。

スピードを緩めないまま構内に飛び込んでくる神田さんに

注意をする者はいない。

藤村は何も知らないし、夫は彼女と口をきかないからだ。

そこでシュウちゃんが、親切で注意したのだった。


神田さんは、これにキレて叫んだ。

「一生懸命やりよるのに、女じゃ思うてバカにしやがって!

お前らが陰でウチの悪口言いよるんは知っとるんど!」

この発言により、神田さんは一生懸命やっているつもりで

彼女の一生懸命は、飛ばすことだと私は認識したのだった。


ちょうどその場に居合わせた長男は

“お前ら”と言うからには、自分も入っていると思い

シュウちゃんの仇を討つべく2人に近づいた。

そしてきつい一言でとどめを刺すのを楽しみに

神田さんの矛先が自分に向けられるのを待った。

しかし神田さんがきびすを返し

事務所に座る藤村の所へ駆け込んだので、反撃のチャンスは失われた。


「下品って、ああいうことを言うんだね」

帰宅した長男が、私に報告する。

「あなたの母親は上品だから、さぞ驚いたざましょ」

そう言ってみたものの、返事が無かったのはさておき

神田さんの一生懸命発言は、間違っている。

自分なりの一生懸命を通せばいいというものではない。


彼女は男並みの給料が欲しくて、自ら男の世界に入ってきた。

それなら、男並みの仕事をするのが当たり前だ。

女だと思ってバカにする者は誰もいない。

彼女がバカにされていると感じるなら

男に追いつこうとする努力を怠り、女を武器にして甘える狡さが

そう感じさせているだけである。


神田さんは、藤村に泣きついた。

「みんなが私をいじめる…」

しかし藤村は、もう以前の鼻の下を伸ばした藤村ではなかった。

その数日前、神田さんのプライベートについて

衝撃的なことを耳にしていたからだ。

神田さんがアルバイトとして8月まで勤めていた会社に

彼女の別れた旦那が工場長として勤めているという事実である。


我々は次男から聞いて知っていたが、藤村には黙っていた。

「世の中にはそういう人もいる」

その程度の印象であり

わざわざ藤村に聞かせるほどのことではないと思っていたからだ。


神田さんの前職であり、神田さんの別れた旦那が勤める会社は

今や我が社の新しい取引先となっている。

何も知らなかった藤村は、そこへ足しげく出入りするうちに

その会社の人から聞いたのだった。


民族性の違いなのか、離婚と再婚を何度も繰り返して

今は独身だからなのか、そこのところは不明だが

藤村は大変なショックを受けたらしい。

結婚や交際といった真面目なものでなく

遊び相手として神田さんを狙っていた藤村は

毎日のように顔を合わせる男が神田さんの前夫と知って

気分が一気に氷点下。

彼女を以前のようにチヤホヤしなくなった。


《続く》
コメント (8)
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