殿は今夜もご乱心

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大人のチラシ知育・3

2020年11月02日 14時39分33秒 | みりこんぐらし
長男は、リース契約を決行した。

相手は自動車メーカーでなく、石油メーカーなので

好きなメーカーの好きな車種が選べるそうだ。

彼はファミリータイプのワンボックスカーを選んだ。

無料車検の特典は付けず、5年契約で月々4万5千円。

安くはないが、独身で実家暮らしの彼にとって

難しい金額ではない。


我々親は、身分不相応な高級車を選ばなかったことに

とりあえず安堵した。

独身の長男が、大人数乗りの車をあえて選んだのは

今後、病気の祖父母を運ぶ機会が増えるからだと聞き

それ以上は何も言えなかった。



新車が届いて2ヶ月後、長男に悲劇が訪れる。

前から危なかった義父アツシの会社が、最初の倒産危機を迎え

手形を落とすために長男が乗るダンプを売却することになったのだ。

運転する車を失った長男は、自動的に無職ということになる。


彼がリース契約をすると言い出した時

我々夫婦がいい顔をしなかったのは、この事態を予測してのことだった。

当時は円高の影響で、海外に輸出する中古のダンプを

即金で高く買い取る業者がたくさんいた。

もしも会社が危なくなって売り飛ばすことになったら

息子たちのダンプに白羽の矢が立つのは間違いない。

社員、つまり他人だと退職金が必要になる。

売却金が手形を落とすためでなく、そっちに流れてしまうではないか。

だから身内を泣かせるしかない。

そしてそれは、一番古い長男のダンプ以外に無いと思っていた。


ダンプが売られた日、長男は黙って会社を去った。

母親としては不憫に思ったが

一度目の倒産危機をダンプの売却金で免れた今

これから訪れるであろう大波を前にして

甘ったるい感傷に浸るわけにはいかない。


多少なりとも経営者の身内として恩恵を受けてきた者には

経営者の身内として負うべき試練もある…

それが嫌であれば、よそへ勤めればいいのだ…

これを昔から、口が酸っぱくなるほど言い聞かせてきた。

だからなのか、生まれつきの性格なのか

長男は泣き言ひとつ言わず、淡々としていた。


が、我々も長男も、そこで心配になったのがリース料。

当面は何とかなるだろうが、なにしろ無職君だ。

我々は親の生活と会社の面倒で手一杯。

この子のリース料まで知らんわ…

と思っていたら長男、数日後には近所のガソリンスタンドに転職したので

リース料の心配は無くなった。

社長は昔から知り合いのいい人で、給油に来た長男と世間話をしている時

無職になったのを知って、明日から来いと言われたのだ。


社長には、若くして亡くなった息子がいた。

体格や顔立ちが長男とよく似ているということで

非常にかわいがってくれた。

やがて本社との合併が行われ

長男が乗る新車のダンプが出来上がって呼び戻されるまでの2年弱を

彼はそこで過ごすことになる。

長男が会社に戻って数ヶ月後、社長は急病でこの世を去った。



以後は何事もなく過ぎ去り、やがてリース生活は4年目に突入。

この時、大塚君が動いた。

「リースはあと半年で終わります。

残(ざん)クレ清算で買い取るか、次の新車をリースするか

決めておいてください」

長男に、買い取りか、再び次の新車をリース契約するかの岐路が訪れたわけ。


残クレ清算で買い取るとは、ローンの残りを一括返済すること。

“クレジットの残金”という意味で、残クレだ。

一括返済してローンを無くすことが

すなわち今乗っている車を買い取るということになり

自分が正当な所有者となるのだ。

この辺が曖昧でわかりにくいため

リース初心者は、満期が近づいて初めて知ることになる。


ちなみに次の新車を選んで、再度リース契約した場合

残クレの存在は消える。

現在乗っている車を返却したら、中古車として販売されるため

それで相殺されるのだ。


その車はもちろん、残クレ清算額より高値で売られる。

だからリース契約の乗用車は、何年で何万キロ以下と

走行距離の制限が設けてある。

厳しい制限ではないが、あんまり走ってもらっちゃ

中古車で売りにくくなるので、チラシには一応書き添えてある。



さて、長男は大塚君に、買い取るつもりだと告げた。

乗り飽きた車をぜひ買い取りたいわけではないが

リース契約が嫌になったのだ。

最初の頃に、突然無職になるスリルを味わったからではない。

車の車検証に記載された所有者が、クレジット会社になっているからである。


ダンプ乗りは、車検証にこだわる。

“部屋とワイシャツと私”の歌じゃないけど

ダンプと車検証とボクは、常に三位一体なのだ。

仕事をするには、この3つが必要不可欠で

ダンプの性能とボクの技術があっても

事前に車検証のエントリーをしなければ現場に入れないからである。

大塚君に良かれと思い、足を踏み込れたリースの世界だが

長男は車検証の名義がクレジット会社なのが気に入らず

恥ずかしいとまで思っていた。


次の契約を渋る長男に、大塚君はたたみかける。

「期間終了前の今なら、高級車が割引き料金でリースできます。

今より2万円多く出すだけで、クラウンですよ」

彼が、今の車よりバージョンアップさせて

何が何でもリース契約を継続させたいのはわかったという。

長男はこの時に悟ったそうだ。

「大塚君の言いなりになってリースを続けていたら、一生貧乏暮らしだ…」


そこで、もうリースはやめたいから買い取るのだと話した。

すると大塚君は言った。

「買い取るなら、残クレは120万ですけど

用意できるんですか?」

70万から80万くらいだろうと踏んでいた長男は、予想を上回る金額にもだが

大塚君の冷ややかで見下げたような口調に驚いた。

個人でリース契約をした者は

リース料の支払いに追われて貯金が無いという不文律があるのか

いかにも「お前には払えないだろう」と言いたげな

大塚君の手のひら返しだった。

《続く》
コメント (2)
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