殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

再び・現場はいま…6

2020年11月19日 17時15分42秒 | シリーズ・現場はいま…
引退すると思われた河野常務の復帰は、本当に嬉しかった。

復帰によって何かが変わるのを期待するほど、我々はウブではない。

常務に何かしてもらおうと目論むほど、ヤワでもない。

しかし夫にとって最大の理解者であり、唯一の庇護者のカムバックは

大きな安心感をもたらした。

この安心感が、今の夫には必要だ。

安心は自信に繋がるからである。


「藤村の留守を喜んでどうする!

逆じゃ!逆!

そもそもあのバカタレが増長したんは、あんたがナメられたけんじゃ!

ヤツがあんたの顔色をうかがうぐらい、ギューギューやったらんかい!」

私の本心はこれだが、優しい夫にそんなことができないのはよくわかっている。

外で他人をギューギューできる男は、家でも同じだ。

仕事では厳しく、家庭では静かで穏やかな男なんて

あんまりいるものではない。

逆ならたくさんいるけど、そんなのはいらんし

社会人としても家庭人としてもちょうどいい男性は

どこかの心がけの良い女性とくっついて私の所へは回ってこない。

だから無い物ねだりはしないことにしている。



さて先日…正確には今週の月曜日のことである。

夕方、仕事が終わった次男は

神田さんから「相談がある」と言われ

2人きりの事務所で話をすることになった。

本性はどうあれ、父親に似て人当たりのいい次男は

神田さんのお気に入り。

藤村を除いては、社内で唯一の話し相手だ。

話の内容が彼の両親に筒抜けなのは、考えないらしい。


神田さんは開口一番、こう言ったそうだ。

「私もう、仕事辞めるけん」

次男はヨッシャ〜!と手を叩きそうになったが

神田さんが真剣なので自粛したという。


神田さんの話すところによると

“事件”が起きたのは11月6日の金曜日、時間は昼どき。

午前中に河野常務復帰の一報が入り

続いてM社から400万の請求書が届いた日である。


その時、神田さんと藤村は事務所で弁当を食べていた。

蜜月が終わり、お互いに避け合っていたが

この日はたまたま、2人きりの状況になった。


ちなみに弁当だが、藤村は神田さんと一緒に取り始めた宅配弁当。

この宅配弁当の会社は以前、神田さんが勤めていた所で

弁当を取るようになったのは彼女の推薦によるものである。

神田さんも当初は仲良く食べていたが、藤村との間が冷えてきた頃

宅配を断って外食するようになった。

しかしこの日は、買った弁当だった。


その弁当を食べている時、藤村が突然立ち上がると

神田さんの前に来て言った。

「前から好きでした!」

驚く神田さん。


「僕と結婚を前提に交際してください!」

驚く神田さん。


「必ず幸せにします!」

驚く神田さん。


「子供さんに会わせてください!

お母さんの面倒も見ます!」

驚く神田さん。


「広島へ来て、僕と一緒に暮らしてください!

僕が毎日運転しますから、一緒に通勤しよう!」

驚く神田さん。


「2人でこの会社をやっていきたい!

神田さんの支えが必要なんだ!」

驚く神田さん。


「お願いです!イエスと言って!」

神田さんはノー!と叫ぶと事務所を飛び出した。

そしてダンプへ逃げ込み、午後の始業を待った。


それからというもの、神田さんは気分が悪くなり

翌日からの土日は会社が休みなので寝ていた。

9日の月曜日になっても気分の悪さは続き

出勤して藤村の顔を見るのが怖くなったので

4日間、休むことになったそうだ。


一方、藤村も同じく9日から休んだ。

河野常務は9日から出社することになっていたので

藤村は恐怖のあまり、体調を崩したと思っていた。

彼の休みも4日間続き、我々はよっぽど常務が怖いのだと

ほくそ笑んだものである。


しかし、全く違っていたのだ。

藤村は、神田さんに愛の告白をして玉砕。

そのショックで体調を崩したのだった。


2人はそれぞれの立場で具合が悪くなり

4日後、13日の金曜日から出勤した。

神田さんは表向き、いつもと変わらない様子だったが

藤村はこの日を境に、外出が頻繁になった。


ここでも我々は、常務の復帰で落ち着かないんだろう…

常務は急に来るから、それが嫌で逃げ回っているんだろう…

と思っていた。

まさか神田さんにプロポーズ大作戦をしかけていたとは

夢にも思わなかった。

そして振られたために、神田さんと顔を合わせられなくて

逃げ回っていたなんて誰が考えつこうか。



「私、怖くて、気持ち悪くて

もう続ける自信無いけん、辞める。

でも辞める時は、藤村さんのことを全部言う」

神田さんは目に涙を浮かべ、次男に言った。


「う…うん、それがええんじゃない?」

笑いをこらえながら、そう答えた次男は

河野常務の携帯番号を教えた。

「常務なら、ちゃんと話を聞いてくれるよ」


これでも次男は、神田さんに同情しているという。

若くてイケメンならまだしも

ただいたずらに巨大で不細工なおじんから

突然、愛を告白された精神的ショックは大きいと言うのだ。


一応は神田さんを励まし、事務所で別れた次男。

この件を真っ先に伝えた相手は父親、つまり我が夫だった。

夫は腹を抱えて大爆笑したという。

「親父があんなに笑ったの、久しぶりに見た」

満足そうな次男。

思えばここ何ヶ月、終わった年寄りとして扱われ

不遇の日々を送った夫であった。


ここで男どもが首を傾げるのは、藤村の精神状態。

神田さんの前夫が取引先にいると知って

嫌悪感を丸出しにして以来、彼女は飽きた女として

藤村の視界から消え去ったのではないのか…

という疑問である。

藤村が毎日、神田さんの悪口を言うのを聞いていた夫は

まだ信じられない様子だ。


が、そもそも藤村は、神田さんに下心を抱いたから入社させたのだ。

元ダンが取引先にいると知って幻滅はしたものの

やはり気になるから、しつこく悪口を言い続けたと思われる。

こういうことになって、やっとわかった。


急な告白は、やはり河野常務の復帰と

チャーターの高額な請求書が原因。

以前お話ししたが、やはりチャーターの請求書が届いた時

藤村は、船を使った4日連チャンの大量仕入れに走った。

あれと同じだ。

一つの事柄を隠したい時、もっと目立つ大きな事柄を行えば

最初の一つはかき消される…それが藤村のセオリー。


常務は復帰する、請求書は来る…

パニックに陥り、血迷った藤村のハートは神田さんに向けられた。

病みあがりの常務に打ち明けるのは、留守中の悪行ではなく結婚の報告。

「僕たち、結婚しま〜す!リンゴ〜ン!」

これで全てリセットできると思っている藤村は

やっぱりバカだった。

《続く》
コメント (6)
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