「世襲の政治家」って、心からうんざりする存在だ。
そう思わない人がいる方が不思議。
「世襲」っていうこと自体、僕はすごく、抵抗がある。
「世襲」っていうのは・・・・説明不要だけど、
仕事を、親が引退した後、子供が跡を継ぐ、っていうことね。
親の仕事の後釜に、実の子供が収まる、っていうこと。
普通は問答無用で行われる。
それにしても、すごい熟語。すごい漢字。
文字の通りに、「世」を「襲」うってワケではない。
別に・・・・例えば親が大工で、子が憧れてそれを目指すとか
家がお好み焼き屋で、長男がそこを継ぐとか、
そういうのはシンプルだし悪くはない。害もない。
でも
ノース・コリアとか最低。害悪。
大体において・・・あそこって、「社会主義」って国名についてるよね。
社会主義も共産主義も「世襲」は否定してるハズ。
あれは社会主義の名を借りた「独裁」でしかないのは誰もが知ってる通りなのだが。
チャイナはシューキンペーだか何だかの偉そうなオッサンが
永久に権力の頂点に居座ろうとしている。
もしもーし?共産主義じゃないんですかタテマエは??
アタマおかしいのかな。
話がそれた。今、問題にしてるのは「世襲」だ。
僕の認識ではロックというものは「親世代の否定」だった。
僕自身は、あからさまに親に反抗したりはしなかったのだけれど
(反抗期さえなかったと思う)、
世代的に、彼ら世代を否定する意識は旺盛だった。
今でも演歌とか民謡には脊髄反射的に、否定的な反応をしてしまう。
(だから「民謡クルーセイダース」が、どうしても苦手・・・・)
あと、「ちゃんとする」みたいなことにも反抗心があった。
僕なりに両親は好きだったし、尊敬もしていたのだけれど、
十代初めごろからは、一緒に歩いたりすることを敬遠した。
ほとんどまともに、話もしなかったと思う。
多かれ少なかれ・・・・・そういう人、いるよね?
現代の人たちは親子の仲が、すごくいいように見える。
それはそれで、とてもいいことだとも思う反面、
それが過保護的に、ヌルく見えるときもある。
とか言いながら 実は僕は、羨ましいのかもしれない。
こーゆーのって、複雑だからね。
心理学的に「願望憎悪」っていう概念もあることだし。
とりあえず
「親世代に反抗」する気概を持っていれば
「世襲」など、拒否するかもしれない。
それがいいのか悪いのか、僕には判断がつかないのだけれども。
ああ、そうだ「世襲政治家」の話から始めたんだった。
あのさ、「世襲政治家」ってほとんど全員駄目。
・・・・っていうのは結局彼らって、
人々(大衆)の暮らしとか幸せなんかどーでもいいんだからさ、
今後、選挙があったとして、
そういう人に、投票しないほうがいいと
僕は思うんだがね。
まあ、どんな風に生きようが行動しようが、もちろん、
個人の自由だし、勝手なんだけどさ。