まつなる的雑文~光輝く明日に向かえ

まつなる兄さんのよしなしごと、旅歩き、野球、寺社巡りを書きます。頼りなく豊かなこの国に、何を賭け、何を夢見よう?

第17番「六波羅蜜寺」~西国三十三所めぐり3巡目・19(京都国立博物館の特別展とともに)

2020年09月13日 | 西国三十三所

西国三十三所の開創1300年の記念事業の一つとして、京都国立博物館で特別展「聖地をたずねて~西国三十三所の信仰と至宝~」が開かれている。当初は4月11日~5月31日の予定だったが、新型コロナにともなう緊急事態宣言のために開催が延期され、7月23日~9月13日の会期となった。

西国三十三所を回る者としてこの特別展は楽しみにしていて、本来なら7月23日の始まってすぐにでも訪ねるところだが、中国観音霊場の夏の札所めぐりに出かけたり、そもそも「夏の猛暑の京都は避けたい」という思いがあって、結局7月、8月とずるずると引き延ばしていた(これは、西国四十九薬師めぐりの次の札所である三千院にも行けていない理由でもある)。ただ、9月に入り、これではいけないと最終日前日の12日に出かけることにした。

この京都行きで使ったのが、近鉄の「1dayおでかけきっぷ」。大阪、京都、奈良エリアの近鉄全線が1日乗り放題で1000円。前日までの購入が必要だが、12日に出かけると決めて、11日に購入した。

これで藤井寺から橿原神宮前まで乗り、橿原神宮前から京都までの直通の急行に乗る。ほぼ一直線に奈良県から京都府に向かうが、1時間15分の乗車。なかなか乗りごたえがある。

京都に到着。駅構内で軽く昼食をとった後、市バスで国立博物館まで移動する。この敷地の中に入るのも随分久しぶりのことだと思う。入口では特別展のパネルがあり、数々の観音像が顔を揃えている。さっそくここで記念撮影をする人もいる。

現在は特別な時にしか開かれない明治古都館、ロダンの「考える人」像を見た後、現在の平成知新館に着く。

館内が密にならないようにと、一度に入場するのを5人ずつという措置を取る。そのために入場口には少し列ができていたが、1~2分おきに次の5人を入れていたからそれほど待つこともなかった。

入口にて音声ガイドの機器を借りる。ナビゲーターは『見仏記』など仏像ファンで有名なみうらじゅんさん、いとうせいこうさんが務めており、展示物の「解説」というよりは、親しみやすい視点での「感想」を語り合うというもので、この後展示室で思わずニンマリする場面もあった。声をあげて笑ってはいけないのだが。

展示は33の札所が所有する貴重な宝物が満載で、一つ一つを見るだけでもうなるばかりである。3階から2階、1階と下りてくる順路。内部は撮影禁止のため、簡単に紹介すると・・

第1章「説かれる観音」。観音は33通りに姿を変えて人々の悩みや苦しみを救うと説かれており、観音経の経典や古い時代の観音像が展示されている。青岸渡寺や壺阪寺、一乗寺所蔵の観音像、岡寺の半跏思惟像も出展されている。中にはオペラグラスを手に仏像の細かなところを観察する人もいる。

第2章「地獄のすがた」。西国三十三所は、長谷寺を開いた徳道上人が仮死状態になった際、地獄の閻魔大王から巡礼の功徳を広めるようにと33の宝印を授かり、中山寺に埋めたのが始まりだという伝説がある。地獄からの救済というのも観音信仰のご利益であるが、その地獄について「六道絵」、「餓鬼草紙」、「十王図」などで説いている。今の世で見てもなかなかの凄みがある。

第3章「聖地のはじまり」。西国三十三所の始まりは、上記の徳道上人、そして平安時代に巡礼を行ったとされる花山法皇といった人物が登場するが、なぜその寺が三十三所になったのかはいまだよくわかっていないところがある。ここでは長谷寺、施福寺、石山寺、清水寺などの縁起絵巻などが紹介されており、「観音のこうしたありがたいご利益があるのだぞ」というアピールが強いところが次第に三十三所を構成するようになったのかなとも感じられる。

第4章「聖地へのいざない」。当初は修行僧など「プロの巡礼」が行っていた西国三十三所巡礼だが、時代が下ると一般庶民にも巡礼が広がった。そこで、新たな巡礼を募り、また天災や戦乱で荒廃した寺院の建物を再建するために、曼荼羅図や勧進帳によって各寺院の歴史や功徳を説くようになった。特に曼荼羅図は、荒廃する前の姿や「こういう理想の姿」を描いたものとして、イメージを膨らませることができる。三十三所それぞれの札所本尊像をずらりと並べた曼荼羅もあり、これも壮観である。ここでは、私の地元にある葛井寺関連でも、室町時代のものとされる曼荼羅図や再建勧進帳が紹介されていた。

第5章「祈りと信仰のかたち」。このコーナーは仏像のオンパレード。西国三十三所は7種類の観音で構成されており、聖観音、千手観音、十一面観音、如意輪観音、不空羂索観音、准胝観音、馬頭観音がある。ケースに入れず「生」の姿で展示されている仏像もあり、中には一つ一つに手を合わせる人もいる。実際の本尊は秘仏とされていても、そのお前立ちだったり、それを模したとされる像があり、その姿を通して本尊を思い浮かべることができる。中には、元々は聖観音だったり十一面観音だったものが、後の世に手を付けくわえて十一面千手観音となったのでは?という像もあり、みうらじゅんさんの感想に「カスタマイズできるんですねえ」というのもあった。人々の状況に応じて33の姿に変わることができるという教えを仏像でも表しているのかな。

第6章「巡礼の足あと」。こちらは現在の札所めぐりに通じる内容で、西国三十三所の案内図や案内本、笈摺、納経帳、納め札などが紹介されている。ここまでの構成で、西国三十三所の1300年の信仰の歴史が各方面から伝えられる。

第7章「受け継がれる至宝」。ここは観音信仰にとどまらず、それぞれの寺に受け継がれている貴重な宝物が紹介されていたが、さすがにここまで来ると結構疲れたので、最後は流す感じで見学した。

・・・ここまで見終えて、入館から2時間近くとなった。もっと熱心な方なら1日いても飽きないだろうし、会期の途中で一部展示替えもあるので複数回来た人もいることだろう。この記事を掲載した9月13日は特別展の最終日だったが、今後、ここまでの規模の展示が行われることはあるのだろうか。

実際に札所めぐりを行う中ではこうした仏像や宝物に出会うことは少なく、たいていは寺の本堂でも外陣から中の様子をうかがいながら手を合わせることが多い。そこに他の観光の要素が加わったり、あるいは寺に行くことそのものが朱印目当てのスタンプラリーかダンジョンの攻略のようになっていたりもする。今回、西国三十三所の長い歴史について、仏像や宝物を通して視覚的に少しでも学ぶことができたのは改めて意義があったと思う。これからもさまざまな歴史に思いを馳せながら回りたいものである。

せっかく西国三十三所関連の展示を見たので、どこか一つ回ることにしよう。現在は3巡目の途中だが、国立博物館からほど近い第17番の六波羅蜜寺がまだである。10分ほど歩いて訪れる。

六波羅蜜寺の名物といえば宝物館にある空也上人、平清盛の像だが、これまでの参詣で見物しているので今回は省略して、シンプルにお参りだけとする。特別展と合わせて訪ねる人もいるのか、結構多くの人たちが入れ替わり参詣している。あるいは、コロナ禍が少し落ち着いていることで京都を訪ねる人そのものも増えていることもあるのだろう。

外陣に上がり、マスクを着けて小声でのお勤めとする。本堂内の納経所もビニールシートを垂らしての対応である。

京都市内にはもう1ヶ所、第19番の行願寺革堂が3巡目でまだ残っているが、これは別の機会にするとして、河原町五条から市バスに乗って京都駅まで戻る。

近鉄の「1dayおでかけきっぷ」を使っているので、藤井寺から京都まででも元は取れているが、帰りも近鉄に乗ることにする。変化をつける意味で、別途料金はかかるが大和西大寺まで特急に乗る。車両はビスタカー、2階建ての階上席に陣取り、寺参りも終えたので「飲み鉄」解禁である。車両の中央部で振動も静かな車内で、車窓を見ながらの一杯。これも札所めぐりの楽しみの一つ。

大和西大寺からは奈良線で大阪市内に出ることにする。乗り換えに合わせて、橋上駅ナカにある展望デッキをのぞく。奈良線の大阪難波方面、京都線の京都方面の線路が合流するところで、近鉄の鉄道名所の一つである。

奈良線も先に普通の尼崎行きが来たが、L/C車でちょうどクロスシートになっていたので乗車する。別に大阪まで急ぐ必要もなく、生駒トンネルを経て大阪平野が広がる車窓を楽しむ。おでかけきっぷのメリットも活かすことができたが、これはまたお出かけに使ってみようと思う。

西国三十三所めぐり、今年はコロナ禍の影響で拝観停止や納経所の閉鎖があり、先達研修会も中止となったが、その中で少しずつ落ち着きを取り戻し、この特別展も盛況、1300年記念事業も延長されることになった。ある意味、それこそ先に触れたかつての曼荼羅図や勧進帳のようなことをやっているのかもしれないが、こういう状況だからこそ観音信仰の持つ力、意味というのが求められるのではないかと感じる。現実生活には行政がもっとしっかり機能して安心感をもたらずことが必要だと思うが、一方で、心の安らぎをもたらすものは別にあってよいところ。それを得つつ、これからの札所めぐりにつないでいこうと思う・・・。

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近鉄1dayおでかけきっぷ

2020年09月11日 | ブログ

コロナ禍による利用客の減少で全国の鉄道が苦戦を強いられている。その中で少しでも利用を増やそうとさまざまな取り組みが行われている。

その一つに、近鉄では7月27日~9月29日の期間、近距離での日帰り旅に便利な「近鉄1dayおでかけきっぷ」を発売している。これは近鉄の路線を「大阪・奈良・京都」と「愛知・三重」の2つに分けて、それぞれのエリア内について1日乗り放題というものである。「大阪・奈良・京都」版が1000円、「愛知・三重」版が1500円で発売されている。「週末フリーパス」のように曜日制限はなく、期間内ならいつでも利用できる。

もっとも利用条件があり、まず当日の購入はできない。乗車日の1ヶ月前から前日までに購入する必要がある。発売は主要駅とあるが、特急券の発売機でも買うことができる。ただし、買えるのはそのエリア内のきっぷだけで、大阪難波や大阪阿部野橋でも「愛知・三重」版を買うことはできない。

そして、それぞれのエリアは連続していない。具体的には「大阪・奈良・京都」版の東の端は奈良県最後の駅の三本松で、「愛知・三重」版の西の端は三重県最初の赤目口である。

まあ、近鉄特急を乗り倒すのではなく、それぞれのエリア内での需要の掘り起こしが目的である。「週末フリーパス」とはまた違った楽しみ方ができるのではないかと思う。近鉄も、当初9月29日までとしていたのを、秋の行楽シーズンにも利用できるようにとして、発売期間を11月29日まで延長した。

せっかくなので利用しよう。券売機にて「大阪・奈良・京都」版を購入。多少遠回りで時間はかかるが、例えば藤井寺から橿原神宮前経由で京都まで乗るとして、通常運賃は1220円。はい、この時点で元は取れてしまう。単純に往復してもいいし、これに奈良線や大阪線を使って大阪市内へ回ってもいい。

事前購入の縛りがあるといえ、運賃の高い近鉄にあって1日1000円というのはかなりお得で、藤井寺からならば何も京都まで行かなくても、飛鳥まで往復すれば通常運賃が片道520円のところ、元が取れる。思い切ったものだと思う。

・・・というわけで、このきっぷを手に出かけることにする。目的地は京都。もっとも、京都駅からは少し離れたところに向かうのだが・・・。

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GoToトラベル オンライン還付申請

2020年09月10日 | ブログ
何かと物議をかもしたGoToトラベルキャンペーン。当初は私も「利用しない」と変に突っ張ったものだが、現実として、国がそういう施策をするのならと、活用することにした。

これは申し込み時期により対応が分かれていて、今なら申し込み時点でGoToトラベルの対象として割引価格で申し込めるが、当初は「事後還付」の方式だった。領収書や宿泊証明書をもらい、必要書類とともに申請するもの。

7~8月に私が利用した宿泊施設で対象となるかどうかを見ると・・・

湯田温泉:宿泊予約サイトのポイントをたくさん使ったので、それ以上の割引はいいかな。

宇部新川:チェックイン時に、領収書とは別に「宿泊証明書出しますね」と言われ、受け取った。

名門大洋フェリー:「現在事業者として申請中なので確定ではないが」としつつ、領収書と利用証明書を出す。

小倉:北九州市独自の宿泊モニターキャンペーンで格安で泊まったので、もういいかな。

益田:予約時にGoTo割引が適用された。

・・・まあ、いろいろある。この中で宇部新川と、無事に対象事業者となった名門大洋フェリーについて還付申請する。

方法は郵送またはオンラインとあったが、ここは政府も推奨するオンラインで申請。必要事項を画面に入力して、領収書、宿泊証明書、本人確認書類、振込先口座がわかるカードまたは通帳の写しをスキャンする。

還付は最長2ヶ月かかるようだが、オンラインでの受付番号は返信メールで通知されているし、後は気長に待つだけである。

GoToトラベルについては、旅行代金の35%を還付金、15%を地域クーポン付与として始まったが、このうちクーポンは10月から適用となった。これに対する不満の声も出ているようだが、いや、9月まででも35%割引で利用できたのだから、それでもありがたいと思う。そうしたほうが精神衛生的にもよい。

また、GoToトラベルで対象外となった東京都民についても、適用対象に含める話が進んでいる。都知事と内閣の政争の具にされて、キャンペーンじたいに悪いイメージがついてしまったが、ここは連携すればいいのではと思う。

このトラベルキャンペーンは「トラブルキャンペーン」、旅行者がコロナを撒き散らすとか言われていたが、実際はどうだったか。それぞれが対策をしていたことで、大きな混乱にならなかったと言える。むしろ、こうしたキャンペーンに声高に反対する輩ほど、日常生活でリスクの高い言動で周囲に虚勢を張っているのではないですか(あくまで個人の感想です)。

この先に予約している宿泊については、最初からGoTo割引を適用している。実際に行くかどうかは別の判断として・・・。
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田嶋、若月、嫌やったらさっさと出て行ってください。

2020年09月09日 | プロ野球(バファローズ・NPB)

打線の援護がどうとか、もういいでしょう。

ドラフトで意中の球団に指名されなかったことを、いつまで根に持っているのやら。

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こういう場合、どちらのほうがまだマシなのだろうか・・。

2020年09月08日 | プロ野球(バファローズ・NPB)

8回終了まで相手投手はノーヒットピッチング。

迎えた9回表。

A.先頭打者が意地のヒットを放つも、結局そのまま点が入らずに完封負け。

B.9回表も結局無抵抗で三者凡退に終わり、そのままノーヒットノーラン達成。

・・・まあ、相手が何点取ったかにもよるのだろうが、正直、現場の選手にはどちらがまだマシなのだろうか。

弱り目に祟り目、藁打ちゃ手を打つ、泣き面に蜂、貧すりゃ鈍する、便所に行ったら人が入っとる・・・てなもんで。

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姨捨の夜と豪華クルーズ列車

2020年09月07日 | 旅行記C・関東甲信越

長野駅近くで信州郷土料理を楽しんだ後、夜行バスの発車までの時間を利用して、篠ノ井線の姨捨まで往復することにする。乗るのは20時53分発の甲府行き。ちなみにこの列車を乗り通すと、終点甲府には23時53分着。なかなか長距離の列車である。もっとも、この時間に長野から甲府まで乗り通す人はいないだろうが。

向かいのしなの鉄道、妙高高原方面にはボックス席を備えた115系が停車している。本音を言えばあちらの車両に乗ってみたいところ。長野駅を出る時には信越線カラー、そして戻った時には横須賀線色の車両が停まっていた。

一方、甲府行きは211系のロングシートである。平日は通勤利用もあるのか6両編成である。もっともこの日は1両に3~4人ずつの乗車である。冷房のほかに換気用ということであちこちの窓が開けられている。

ところが発車してしばらくすると、窓に水滴がつくようになった。どうやら雨が降ってきたようだ。近くの開いている窓からも雨が入ってくるので慌てて窓を閉める。車内放送でも近くの窓を閉めるよう呼びかける。雨雲レーダーを見ると、また限られたエリアでの強い雨が発生しているようで、この先の姨捨もその中に含まれている。

稲荷山を過ぎ、列車がいったん停止する。もう姨捨に着いたのかなと思うが、長野方面からならいったん側線に入り、運転方向を変えて姨捨に入るはずだが、どうも動きがおかしい。外もやけに暗い。ここは稲荷山と姨捨の間にある桑ノ原信号場のようで、ここでいったんスイッチバックで側線に入り、名古屋からの特急と行き違う。

ようやく動き出し、今度は姨捨に入る。雨に濡れた窓越しに夜景が少し見える。しかし反対側を見ると何やら見慣れない窓や壁が並ぶ。これは何だろうか。21時26分に到着して、21時48分に長野行きが来るまでの時間を過ごそうとともかく下車する。善光寺平を見下ろすホームの先に行こうとすると、なぜか警備の人が立っている。「夜景の撮影ですか? それでしたらこの辺りでお願いします。向かいに列車が停まってますんで、それまで待ってください」と制止される。

その向かいの列車とは・・・JR東日本の豪華クルーズ列車の「四季島」である。現物を初めて目にするが、まさかこんなところで出会うとは。

JR東日本のサイトを開けると、ちょうどこの日は1泊2日のルートで運行している途中のようだった。1日目は上野を出発してまずは中央線の塩山まで行く。甲州ワインの食事やワイナリーの見学などの後、車内でのディナー。そして姨捨での夜景見物である。見物をしながら地酒やワインを楽しめるラウンジも新たにできている。先ほどの警備の人の制止は、車内から夜景を見る人の妨げにならないように、停車中はホームのその部分には立ち入らないようにということだった。

「四季島」を近くで見ようと、跨線橋を渡って駅舎側のホームに向かう。そろそろ発車時刻が近づいているようで、乗客は皆車内に戻っている。駅舎の前には地元千曲市の観光PRの人たちやラウンジのスタッフがお見送りである。車内からも乗客やスタッフが手を振る。発車時にはお互いにハンドベルを鳴らして送り出す。

「四季島」がこの後長野方面に向かうのであれば、スイッチバックの側線に入った後、善光寺平側のホームの下を過ぎる。もう一度跨線橋を渡り、ホームの下を過ぎる列車を見送る。姨捨の夜景を見に行き、思わぬこうした夜行列車に出会えるとは。

この1泊2日ルートの続きは、長野からしなの鉄道~信越線~磐越西線を通って翌朝に喜多方に到着。その後、会津若松、栃木で観光と食事を楽しみ、夕方に上野に戻るルートである。途中に非電化区間も含まれるが、「四季島」の車両は電気、ディーゼルエンジンの両方を動力としているために、非電化の路線にも乗り入れることができるのも強みである。

気になるお値段だが、この1泊2日ルート、最も安いスイートルームで、2人利用で1人あたり37万円、1人利用なら55万円。最も豪華な部屋で、2人利用で1人あたり50万円、2人利用なら75万円と、何とも贅沢なものだ。このルートを単純に回るだけなら、青春18きっぷを使った鈍行の乗り詰めでも2回分で可能だが、そこは豪華な車内で過ごす、最高の食事、充実した観光というのがくっついてくるわけで・・。他にも北海道まで行く3泊4日ルートをはじめ、季節に応じていくつかのルートがあるが、どれも豪華でおいそれと手が出るものではない。これに比べれば、この度デビューする「WEST EXPRESS銀河」などお手軽列車といえる。まあ、そもそもターゲットとする客層がそれぞれ違うのだが・・。

「四季島」が行き、千曲市の人やラウンジのスタッフも帰り支度をすると、駅にいる人もわずかになった。帰りの列車は長野への最終なので乗り過ごさないように駅舎側のホームで待つ。こちらは見送りもなく、3両のガラガラのロングシートに身を寄せる。

長野駅に到着。夜行バスの発車まで1時間あるが、これ以上列車に乗りに行くこともできず、幸い雨もやんだので駅前のロータリーで過ごす。大型モニターには気温26度と表示されていて、数字だけ見れば熱帯夜ではあるがやはり涼しく感じる。終電ぎりぎりまで楽しむか、あるいはオールで過ごすのかわからないが、駅前では奇声をあげる若者グループも結構いる。

そろそろ時刻となり、駅前のバス乗り場に向かう。数人の客がバスの到着を待っている。バスは野沢温泉が始発で、ここまでにいくつかの停留所を通るが、この日の予約は全体的に少ないようだ。前後、隣が空席となるように座席を指定したが、どうやらそれが当たりそうだ。

長電バスの車両で、京都駅、大阪駅、なんば(湊町と南海)、三宮を経由してUSJに行くというもの。周りに他の客がいないのでフルリクライニングが可能だし、荷物も多少広げて足元のスペースを確保することもできる。翌朝は特段用事もないので家でゆっくりするだけだが、大阪までも楽に戻れそうだ。

長野インターから高速に入り、姨捨サービスエリアで15分休憩となる。翌朝まで外に出られるのはここが最後ということで、善光寺平の展望台に行ってみる。先ほどの姨捨駅の南、少し標高の高いところに位置する。さすがにこの時間ともなれば灯りの数も減っているが、もう一度姨捨の夜景を見ることになる。昼間の晴天だとより素晴らしい眺めなのだろう。

日付が変わり、後は大阪に向けて走る。途中、恵那峡サービスエリアで長い停車があったが、その後はよく覚えていない。

翌朝5時すぎ、京都駅八条口に着く前に放送が入り、車内の照明がつく。

外が少しずつ明るくなる中、桂パーキングエリアでも少し停車し、豊中から阪神高速、梅田出口で出て大阪駅の桜橋口に着いた。意外にもここで下車したのは私だけ。今回はなんばまで行かず、ここから大阪環状線で天王寺に戻る。なかなか濃い1日(と車中泊)となった。

これでこの夏の青春18きっぷの旅は終わりとなる。何やかんやで、普通に使いこなしたなあ・・・。

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リゾート列車に揺られ、信州郷土料理を食らう

2020年09月06日 | 旅行記C・関東甲信越

上諏訪から中央線~篠ノ井線を通って松本に到着する。先ほど諏訪湖ではビールとつまみくらいしか食べていなかったので、少し腹に何か入れようと、駅ホームの立ち食いソバをいただく。東日本風の濃い出汁のソバを食べるのも久しぶりである。

時刻は16時を回ったところ。この時間となればこれから松本城に行っても中には入れないだろうから、どこか信州料理で一杯やれる店を探したほうがよいだろう。夕食を済ませて、夜の篠ノ井線で長野に移動する。そして途中、姨捨で途中下車するのはどうだろうか。日本三大鉄道車窓の一つとされる姨捨から善光寺平の夜景を見物というのも面白い。

そう思って駅前に出ようとすると、急な雨がやってきた。先ほどの諏訪の晴天とは打って変わり、予想もしていなかった。ちょうど駅前にたむろしていた若者たちも悲鳴を上げ、雨を避けようとコンコースへの階段を上がる。スマホで雨雲レーダーを見ると、ちょうど長野県でもこの辺りにだけ、濃い色で表示されている。まさに局地的な雨というやつで、何時間かはこの状態が続くようだ。折り畳み傘は持っているが、わざわざこの雨の中で外に出ることもないだろう。また、帰りの夜行バスは長野駅から乗るが、万が一この雨が長引いて長野まで運休にでもなったらえらいことになると思い、早めに長野まで移動しておいたほうがよさそうだ。信州松本にはまた改めて来ることにして、次の列車の時刻を調べる。持参の冊子の時刻表を見ると、16時34分発が出たばかりなので、次は17時35分発とある。

ところが、待合室にてふと発車案内のモニターを見ると、「リゾートビューふるさと 17時23分発 長野」という文字が見える。これは全席指定のリゾート列車だが、快速の普通指定席のために青春18きっぷでも指定席券を買えば乗ることができる。先ほど時刻表を見てもこの列車の記載が見つからなかったが、見落としではなく元々記載されていなかったのだ。持ち歩いているのはJTBの「小さな時刻表 2020年夏号」なのだが、この号が出た時点では、新型コロナウイルスの影響で全国的にこの手の観光列車が軒並み運休しており、再開のめども立っていなかった。そのために冊子の時刻表にはなかったということ。「リゾートビューふるさと」は7月23日から長野~松本~南小谷間の運転を再開しているとのこと。雨のおかげでこうした列車に乗ることができて、結果的にはよかった。

指定席券売機を見ると余裕の空席で、難なく指定席を確保する。長野に着くのは18時30分で、信州料理で一杯やるのにもちょうどよい時間帯。

大糸線方面から2両編成の列車がやってきた。南小谷から大糸線を走り、松本で進行方向が変わる。座席は通路から段差を設けて少し高く設置されていて、景色を楽しむことができる。シートピッチも広く、ゆったりとした乗り心地が楽しめそうだ。

「リゾートビューふるさと」は長野~松本~南小谷と全線電化区間を走るが、車両はHB-E300系というハイブリッド型気動車である。他にも同型車両が「リゾートしらかみ」(五能線)、「リゾートあすなろ」(大湊線、津軽線)、「海里」(羽越線)で運転されており、時にはそれ以外の路線にも姿を見せることがある。気動車だから電化・非電化路線の区別なく運用できる。またハイブリッド型ということで、従来の気動車と比べても燃料その他のコストが抑えられる。

2両編成だが、松本で下車した人も多く、出発時には1両あたり5~6人という数で発車。しばらくは大糸線の線路と並走した後、際川の流れに沿って走る。

運転台の後ろは展望スペースになっていて、おばあちゃんに連れられた子どもがうれしそうにずっと張り付いて、前方の景色を眺めている。一方車内のモニターでも運転台からの映像が流れている。明科を過ぎると長いトンネルが続くが、そのトンネル内を走る映像がモニターに映し出されていて、トンネル内の灯りと車両の前照灯でちょっと幻想的な景色が広がっている。

山間ののどかな景色を見つつ、少しずつ外が暗くなってきたところで姨捨駅が近づく。善光寺平の景色も徐々に広がってきた。スイッチバック式の姨捨に入るが、すぐの発車である。いったん後退して引き込み線に入り、再び前進して勾配を下っていく。前方には千曲川流域の扇状地が広がり、この先、際川と合流するあたりが川中島である。

篠ノ井からは北陸新幹線の高架橋がぴたりと寄り添い、そのまま長野に到着。ともかく、この日の目的地まで来ることができた。後は23時15分の夜行バスの発車までどうやって時間を過ごすかである。長野駅まで来ると雨はやんでいた。

ともかく料理をいただこう。長野の駅前でも店はいろいろある。グループ客をターゲットに居酒屋の客引きもいる。以前に入ったことがある郷土料理の店でもよいが、時間はあるので少しぶらついて探してみよう。

しばらくして、「門前酒場 山里」というのを見つける。郷土料理、ジビエ、地酒、蕎麦など、心をくすぐる文字が並ぶ。ちょっと値段は張りそうだがこの際だからと入ってみる。後でグルメサイトを見ると、長野、松本に展開するチェーン店の一つで、松本にある「信州酒場 山里」の姉妹店として最近開業したとある。松本にせよ長野にせよ、どの店で飲むかあらかじめ決めていたわけでもなかったが、結果的に同じような店を選んだ形になって、丸く収まったようだ。

店内は結構混雑しているようだが、たまたま半個室のスペースが空いていて「せっかくなので広く使ってください」と4人掛けテーブルを勧められる。混んでいるので料理が出るのに少し時間がかかるかもしれないと言われたが、時間はたっぷりある。メニューを広げると長野県の地図があり、各エリアごとのおすすめメニューが書かれている。一口に長野県といっても広いし、それぞれのエリアごとに個性が強く、その中で受け継がれてきた食文化がある。

お通しには蕎麦せんべいと野菜スティック。野菜には馬肉味噌をつけて食べる。

続いては「おたぐり」。馬のモツ煮込みである。「おたぐり」という名前は、馬の腸の内容物を取り出して塩水で洗う際、腸をたぐり寄せる手の動きからついた名前だという。味付けは店ごとによって違うようだが、根菜と一緒に煮込んでいて臭みもほとんどない。キンミヤ+ホッピーが飲みたくなる。

塩いかも出てくる。茹でたイカの胴部に塩を詰めたもので、昔から海のない信州では保存食として活用されてきた。食べる時は塩抜きをしてそのままでもいいが、野菜と和えたりサラダの具にするのが一般的ということで、ほのかに残る塩加減がよい。

この辺りが先発部隊で、ここからメインがやってくる。まずは馬刺し。別に馬刺しについて語れるほど詳しいわけではないが、信州に来るとやはり注文してしまう。この「山里」では「完全一頭買い」というのを売りにしているようだ。焼肉店で牛の一頭買いというのは聞くが、馬を一頭買いしてしまうとは、さすがは信州である。それだけにさまざまな部位を提供できるそうで、2品盛りを注文すると出てきたのは「赤身」と「ミスジ」。中でも「ミスジ」は肩甲骨の内側にある希少部位とのことだが、噛むほどに甘みが出てくる。

刺身といえば魚の刺身もある。こちらの看板商品の一つが、信州サーモンと信州大王イワナ。いずれも、長野県の水産試験場が研究に着手し、養殖・量産技術を確立した新しいブランド魚である。信州サーモンはニジマスとブラウントラウトを交配させた新しい品種の魚である。在来種のサケマス類と比べて、高タンパク、低脂肪、低カロリーが売り物という。もう一方の信州大王イワナも銀色に輝く威風堂々としたたたずまいから「大王」の名がつけられ、刺身も身がしまってほどよい脂の乗り具合である。昔からの生活の知恵の料理と、こうした新しい技術により生み出された魚の料理・・さまざまな楽しみ方があるものだ。

そして気になるのがジビエ料理。シカ、イノシシ、クマ、ウサギと並ぶ。予算とお腹の関係で食べるならどれか1種類だが、シカ、イノシシ、クマはこれまでに何らかの形で口にしたことはあるが、ウサギは食べたことがない。ウサギといえば、今はどうか知らないが私の子どもの頃は小学校の飼育動物の定番で、飼うことはあっても食べる・・・とはちょっと想像もつかない。あ、でも童謡「ふるさと」には「ウサギおいしい・・・」という歌詞もあるなあ(ウソです・・・正しくは「ウサギ追いし」)。

これはどんなものかと、「兎とキノコのホイル焼き」というのを注文。ややあって出てきたのは、トマトソースもかかって洋風に仕上げられた一品。さっそく肉をほじくり出して口にする。食べ応えは・・・鶏肉に似ている。鶏と比べて脂肪分が少ないように感じられた。ウサギは1匹、2匹ではなく1羽、2羽と数えるが、その昔、動物の殺生が禁じられていたことに由来するという説がある。その昔でも鳥を食べることは許されていたようで、山の人たちはウサギを鳥類だとこじつけて食べていたことから、そう呼ぶようになったという。そこに、鳥と味が似ているということも加わりそうだ。

この他にも信州ならではということでイナゴや蜂の子といった虫料理や鯉料理もあるし、松本山賊焼きなどもあるのだが、さすがに一度に食えるものではない。これらの料理はまたの機会にということで、そろそろ店を出ることにする。

さて、バスの発車までまだ時間がある。改めて時刻表を見ると、この時間からでも姨捨駅まで行って、20分ほどで向こうからの最終列車で折り返すことができるようだ。行ってみて、姨捨の夜景の他にサプライズに出合ったのだが、それは次の記事にて・・・。
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諏訪湖にてリラックス

2020年09月05日 | 旅行記C・関東甲信越

名古屋から中央線の列車を乗り継ぎ、信州に入る。当初は篠ノ井線に入って松本まで行こうかと思っていたが、塩尻で11時58分発の甲府行きに乗り継いだ。こちらも211系のロングシート。かつて115系の「横須賀色」のボックス席で旅した頃をなつかしく思う。

いずれにしても久しぶりの区間なので、この先行けるところまで行ってしまうか、あるいは他の路線に乗ってみるか考えたが、結局下車したのは上諏訪。何度も訪ねたことがある駅で、若い頃は少し下諏訪方向に行ったところにあるユースホステルにも泊まったし、後に「ユースホステル離れ」してからは、湖に近いホテルに泊まったこともある。お目当ては温泉、湖。

上諏訪は駅のホームに足湯があることでも知られている。設置された当初は服を脱いで入る本式の露天風呂で、私もホームに流れる案内放送ややって来る列車の音を聞きながら入ったことがあるが、どうも落ち着かない感じがした記憶がある。足湯なら周りの目を気にすることもないし、足湯につかりながらホームに来る列車を見ることもできる。

もっとも、今回訪ねるのは本式の風呂である。足湯は時間があればつかることにして、いちど駅前に出て、連絡通路で諏訪湖側の連絡口に渡る。通路には諏訪の名物である打ち上げ花火のポスターが貼られているが、今年については新型コロナウイルスの影響ですべて中止というメッセージもあった。この夏はこうした花火大会というのが軒並み中止となっている。ただ、ニュースを見ると、花火業界の救済や、また人々を元気づけようと、資金を有志から募ってサプライズ的に花火を打ち上げる催しを行ったところもあるようだ。来年の夏には花火が上がることがあるだろうか。

向かったのは片倉館。ここの「千人風呂」に入ることにする。その前に会館を見学する。見学と入浴のセット券を購入するが、まずは検温と、連絡先の記入がある。これまで入浴したことはあるが、会館の見学は初めてである。以前は会館の見学がガイドつきの予約制のみだったが、2年ほど前からフリー見学ができるようになったとのこと。

片倉館は1929年に開業した施設である。製糸業、紡績業を中心に戦前に存在した片倉財閥の代表者の二代片倉兼太郎が、片倉製糸紡績会社の創業50周年を記念して建てたもので、関係者の福利厚生としてだけでなく、諏訪の人たちも利用できる保養施設としての役割を担った。

まずは会館の2階に上がる。ここには204畳の大広間が広がる。こういうところで寝転がったら気持ちいいだろうな。舞台もあるのでちょっと上がってみるが、なかなか壮観である。外観が洋館で中が和式というのも日本らしい。かつては結婚式や表彰式などの式典で使われていたそうで、現在も貸し切りで展示会、お茶会、カラオケ大会などで利用することができる。落語の寄席も似合いそうな感じだ。新型コロナウイルスの影響で今の時点ではそうしたイベントを行うのは難しそうだが、昭和初期の建物がこういう形で現役で使われているのは、諏訪の人たちにとっては誇りであろう。

舞台の上や側面には、元首相の清浦奎吾の揮毫が飾られている。当時の財閥ということで政界にも人脈があったということだろうか。

また、窓から見える温泉施設の外壁には(画像ではわかりにくいが)熊のレリーフが飾られている。「守り熊」ということで、あの位置にあるのは女性浴場を守るためだそうだ。このレリーフは大広間からでなければ見えないだろう。

1階に下りるとこちらも和室が並ぶ。「養浩然之氣(実際は右書き)」と書かれた額が飾られている。片倉館の落成記念として、洋画家・書家の中村不折という人が寄贈したとある。初めて聞く名前だなと思うと解説パネルがあり、夏目漱石『吾輩は猫である』の挿絵を描いた人物とある。ただ私が「へぇ~」となったのは、諏訪の地酒「真澄」や、あの「日本盛」のラベルの文字を書いた人物ということ。

別の部屋には「忠誠貫金石(実際は右書き)」の額がある。こちらは東郷平八郎直筆という。これも片倉館の落成記念で寄贈されたもの。これも、片倉財閥の人脈だろうか。ここで「財閥」だの「人脈」だのと強調すると誤解しそうだが、片倉館は別に片倉財閥の屋敷ではなく、先に触れたように、社員の福利厚生だけでなく地元の人たちも楽しめる施設として建てられたものである。郷土にこうした形で還元するという主旨に共感してくれたと理解するのがよいだろう。

さて、今度は千人風呂である。建物は渡り廊下でつながっているが、利用者はいったん外に出て、もう一度受付である。玄関に片倉兼太郎の胸像があるが、フェイスシールドをつけてコロナ予防のPRをしている。

レトロ感のある入り口から脱衣場に入る。浴室なので当然中の画像はないが、中はギリシャ風というのか、ローマ風というのか、彫刻やステンドグラスなど異国情緒が散りばめられた内装になっている。昭和初期の建物、しかも重要文化財にも指定されている建物がまだまだ現役の銭湯として地元の人に親しまれているのがよい。大理石の浴槽には実際には千人入れるわけではないが、深さが1.1メートルあるということで、中では立ったままつかることになる。ちょうどプールのようなものだ。底には那智黒石が敷き詰められていて、足の裏を刺激してくれる。

千人風呂の浴槽が深いのはなぜだろうか。「製糸工場で働く大勢の女工たちが一度に大勢入れるように、女工が座って眠らないように」という説があるそうだが、果たしてどうだろうか。「女工哀史」的な視線から見れば財閥というのは悪の存在のようだが、いささかこじつけのような気がする。あくまで福利施設、保養施設として建てられたのであれば、単純に、浴槽を(西洋のような)プールの造りにして、中で泳いだり、歩行したりできるようにしただけのことだと思うのだが、どうだろうか。

汗を落としたところで外に出る。千人風呂の2階が休憩室になっていて食事もできるし生ビールも飲めるのだが、ここまで来たのだから諏訪湖の湖畔に行き、湖を眺めながらビールを飲もう。

近くのコンビニで「諏訪浪漫ビール」やつまみを買い求め、湖に向かう。湖面からの風が涼しく、やはり大阪の猛暑と比べて信州は違うなと感じるが、それでも直射日光を受けると暑い。屋根のあるベンチを探すと、遊覧船乗り場の前に空きがあったので陣取る。諏訪浪漫ビールは諏訪の老舗の蔵元である麗人酒造が手がけており、霧ヶ峰の伏流水と上諏訪温泉の源泉をブレンドした仕込み水を使っている。今回いただいたのはケルシュの「しらかば」。

しばらく涼んでいると、遊覧船が14時30分に出航するという。一周25分のミニクルーズ。そういえば、この遊覧船には乗ったことがなかった。もうこの後は松本、長野に移動するだけだから、せっかくなので乗ってみることにする。運航するのは2020年春に就航したばかりの「スワコスターマイン」号。船上パーティーや貸し切りイベントにも対応できるように、固定された座席は最小限にしているが、その分開放的である。特に2階のデッキは360度の展望を楽しむことができる。

この日は天候もよく、所々に雲も出ているが、周囲の山々の稜線もはっきりと見ることができる。四方の山々を一度に見ることができるのは、湖の上ならではである。25分という時間も短すぎず長すぎず、ちょうどよい感じだった。

これで諏訪湖周辺の立ち寄りを終えて、駅に戻る。次に乗るのは15時23分発の松本行き。さすがにホームの足湯につかるだけの時間はなく、そのまま向かい側のホームに渡る。冷房のほどよく効いた車内、松本までしばしウトウトしながらの移動である・・・。

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中央西線を行く~信州へ

2020年09月04日 | 旅行記C・関東甲信越

8月29日、近鉄で名古屋に到着して、JRとの連絡口からホームに向かう。構内コンビニの新聞コーナーでは、どの紙面も大きく「安倍首相辞意表明」の見出しが並んでいる。

8時15分発の快速中津川行きは、東海道線の遅れにともない、乗り換え客を待ったため3分遅れで発車する。この先、駅を発車するたびに遅れのお詫びをするので、車掌も大変である。

また大変といえば、駅が近づくたびに、日本語で放送するのに加えて「うぃうぃるびー すとっぴんぐあっと つるまい。ざ らいとさいどどあ うぃるおーぷん さんきゅー」とベタに日本語読みの英語で言わなければならない(単語の並びはたぶんこんな感じ)。いまどき、「次は◯◯です」という放送すら自動音声でいう鉄道会社のほうが多いと思うのだが、どうだろうか。英語だって本場の方に吹き込んでもらったほうがわかりやすいだろう。

しばらくは名古屋近郊の住宅地を抜け、岐阜県の県境が近づく。長いトンネルが繰り返しあり、その合間に定光寺、古虎渓という渓谷ムードの区間を走る。かつては高蔵寺から多治見の間には大小14のトンネルがあったが、1966年に愛岐トンネルが完成し、合わせて複線電化となった。大阪近郊でいえば山陰線の保津峡や福知山線の武田尾辺りと似たようなものといえる。かつてのトンネルの多くは近代化遺産として保存されていて、春と秋には特別に公開されている。某旅行会社のサイトで、大阪~名古屋間は旅行会社専用列車で往復、ウォーキングでトンネルを見学するツアーというのを見たことがある。紅葉の名所だという。

土岐市では明智光秀関連のスポットを紹介する看板が出ているし、恵那から分岐するのは、この日の行き先の候補の一つだった明知鉄道である。この辺りは2020年大河ドラマ「麒麟がくる」の主人公明智光秀ゆかりの地である。大河にあやかった観光ブームに乗りたいところだったが、この状況である。撮影中断を経てようやく9月から話の続きが始まるそうで、NHKでも「麒麟は必ずくる」などとやっている。ちょうどその頃だと「菅がくる」タイミングのようだが。

いつしか名古屋を出た時の遅れは解消したようで、9時32分、中津川に到着。次の松本行きは10時ちょうど発だが、中津川まで来た客の多くが「その筋の人」で、2時間に一本の運転、短編成となると席を確保しなければと、長年の癖から焦ってしまう。改札からは出ずに、ホームの乗車目印に陣取る。側線にロングシートの211系が停まっているが、あれが来るのかな。

特急「しなの5号」がガラガラで先に出た後、果たして側線の211系3両編成がやって来た。これがボックスシートや転換クロスシート車なら、この先2時間座れるか、進行方向のどちらに座るかを気にするのだが、ロングシートならもうどちらでもよい。普段の通勤電車のように座れるかどうかだけだ。幸い、その筋の人が多いといっても通勤電車にはほど遠く、並んでいたほぼ全員が着席できた。

ただ、この区間はクロスシートで通りたかった、あるいはクロスシートが来るものだと思っていた客も多いようで、当てが外れた形だがやむを得ず飲食物を広げる光景が広がる。列車が動き出すと、缶ビールのプシュッという音をさせる人がいるかと思えば(一応、周りをはばかってか缶にタオルを巻いて隠していたが)、私の隣に座っていた人は地酒の300mlの瓶をラッパ飲みを始めたり・・・飲み鉄ばんざい。

この先は木曽川と国道19号線が並走する。ヒノキをはじめとして森林が豊かなところで、沿線には材木が積まれているのを見る。

また木曽川は水力発電の大いなる源であり、長野、岐阜両県で30ヶ所以上の水力発電所が稼働している。車窓からもその姿を見ることができる。水と森林、木曽は多くのものをもたらしてくれる。

森林といえば、木曽には材木運搬を目的とした森林鉄道が何本も走っていた。最盛期には総延長が400キロまで及んだそうだが、道路が整備されるとトラック輸送に変わり、いずれも廃止された。現在は赤沢森林鉄道のように観光スポットとして保存されたり、かつての車両が展示物として残されたりしている。上松駅の裏、かつては材木置き場だった場所にも、王滝森林鉄道で活躍していた機関車、材木を載せた貨車、そして小ぶりな客車が保存されている。客車といっても旅客輸送というよりは、関係者を乗せるのがメインだったのだろう。

ロングシートの旅とはいうものの、途中の駅で下車した人もいて、シートにも適度な間隔が開いている。結局はロングシートに横向きに座る時間も多かったので、景色も見えたしつまらないこともなかった。

11時51分、塩尻到着。列車は松本行きだが塩尻で14分停車して、甲府から来ていた11時57分発の松本行きが先に出る。松本に行くのならそれに乗り換えても、中津川からの列車にそのまま乗っていてもいいのだが、ふと、別に松本まで急いで行かなくてもいいのではないかという気持ちになった。

ちょっと寄り道するか。ちょうど、11時58分発の甲府行きがある。大阪からだと山梨県に行く機会はなかなかない。いっそ甲府まで行ったろか。いや待て、小淵沢から小海線に乗るのも面白そうだ。いずれも久しぶりの地域、路線である。

ただ一方で、暑いのだから温泉でさっぱりするのはどうかという思いも出てきた。温泉に浸かり、浴後は湖畔でビールを一杯・・・これもいいかな・・・?

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青春18きっぷで残暑の東へ

2020年09月03日 | 旅行記C・関東甲信越

お盆時期の中国観音霊場めぐりから少し間が空いて、8月29日。どこか日帰りで行くかなと金券ショップで買い足していた1回分の青春18きっぷ、これでどこかに行くことにする。

当初は、同時進行中の西国四十九薬師めぐりで遠方の札所に行くことになれば使うかなと見込んでいたが、7月はじめに弘川寺に行ったのを最後に、次の出番である京都大原三千院にまだ行けておらず、その次の行き先も決まらなかった。やはり夏の京都が暑いということで踏み切れなかった。

ならば、札所めぐりは外して、乗り鉄の旅に出るとしよう。中国地方はそういう事情で頻繁に訪ねているから、東がいいかな。名古屋から中央線に乗って岐阜の山中、あるいは信州に行くのはどうだろうか。久しく乗っていない。

恵那まで行って明知鉄道に乗るか、中仙道の宿場町を訪ねるか、松本城にでも行くかなどと、いろいろ考える。ただ日帰りならどこかのタイミングで折り返すことになり、大阪からの往路を東海道線、あるいは関西線にすると、中央線に乗るといっても途中の中津川から先の本数がなく、中津川を出るのが12時ちょうどとなる。これでは現地の滞在時間も限られる。松本まで行ってもすぐに戻らなければならない。

そこで、結局出費がともなうことになるが、次の方法を取る。

往路・・・近鉄特急に乗る。大阪難波からの始発である6時発の便は「ひのとり」ではないが、名古屋到着後、中央線乗り継ぎで中津川10時ちょうど発につながる。2時間あれば行動の幅が広がる。

復路・・・信州のどこか(おそらく松本)で郷土料理で一杯やる。その後で、夜行バスで大阪に戻る。選んだのは、長野駅23時15分発の京都、大阪、神戸、USJ行きの長電バス。他には松本発の大阪行きの阪急バスがあるが、夜遅くに出て大阪に早く着くために長野発を選択した。

近鉄特急、長電バスとも席は十分空いていて、前々日でもシートマップから選び放題だった。夜行バスについては前後、隣が空席の番号を選ぶ。この時の空き具合を見て、この後に私の前後、隣の席をわざわざ選ぶ人はいないだろうという席にする。ただ、当日どうなるか。

ともかく、名古屋を経て松本までは乗り継ぎで行くことにして、その後は長野駅23時15分発まで「自由行動」とする。明知鉄道と木曽の宿場町には申し訳ない。

翌日出発という中、28日に安倍首相が突然の辞意表明。ニュースはそれ一色となった。まあ、鉄道は変わらず動くので、その所感は近鉄特急の中から投稿することにして眠る。

・・翌29日朝、大阪難波駅に現れる。乗るのはアーバンライナーのデラックス席。3月の「ひのとり」登場、そして車両数を増やす中で、名阪特急の主役を離れた感はあるが、気を使わず過ごせる車内は捨てたものではない。これからは停車駅の多い特急での運用が増えるとのことで、まだまだ頑張ってほしい。

デラックス席に限れば、大阪難波からは私を含めて2人乗車で出発、途中の大和八木から1人、津から2人が乗っただけ。空いているといっても、世の中のこの状況下では手放しでは喜べないだろう。普通車にはそこそこの数の乗客がいたようだが。

2時間あまりをリラックスして過ごし、8時06分、名古屋に到着。次に乗るのは8時15分発の中央線快速中津川行き。近鉄とJRの連絡改札で青春18きっぷの日付印を押してもらい、これから中央線である・・・。
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第14回中国観音霊場めぐり~新山口から帰阪、そして次回はなんと・・・?

2020年09月01日 | 中国観音霊場

長々と書いてきた今回の札所めぐりの記事も(実際は寺よりも乗り鉄記事がほとんどだったが)ようやく最後である。

新山口から乗るのは18時30分発の「こだま866号」。前回、前々回と帰阪の時に乗った列車である。前回は旅行会社によるこだまの割引プランで新下関から乗ったが、今回は8月16日、ちょうでそうした割引プランの適用対象外の期間のため、定額で乗車する。

一時、それなら「青春18きっぷ」のお得度を高めようと、新山口から広島まで在来線で移動して、 広島から「さくら」に乗ろうかとも考えた。それでも、新大阪到着は「こだま866号」を乗り通すより40分遅いだけ。帰宅してもどうせ寝るだけだからそうしようと思ったが、そこは「こだま」に乗り通してみよう。

「こだま866号」は500系車両で、今回は6号車を指定。ご存知の方もいるだろうが、500系「こだま」の6号車は、かつてのグリーン車用が転用されている。車掌室がくっついているため、設備の一部を取り払う以外はそのまま使われている。これまでの暑さ、移動で疲れを感じていることもあり、もう乗り換えなしでゆったり過ごすことにする。

地酒の「山頭火」と、つまみ類を購入して乗り込む。あまりガッツリした食事はいいかな。必要であれば途中の停車駅で買うことにする。

近くでは20代とおぼしき3人連れが「これがグリーン車転用のシートですよ」などと言って、席を回転させて一杯始めている。車両は空いているのでここでどうこう言われることはなかったが、昨今の状況では、席を回転させるのも好ましくないとされている。ボックス席で知らない人どうしがたまたま相席になる分ならともかく、グループで向かい合わせになるとどうしても会話がはずむ、また飲食を伴うと・・ということ。最近では「車掌から注意してもらった」「車掌に言って席を変えてもらった」という対応も出ているようだ。

これまでは進行方向右側の席を選んでいたが、今回は左側の席に座る。ただどうしても右側に比べて車窓が地味である。

広島での18分停車で飲食物を補充して、後は新大阪まで大丈夫だろう。ただ、前回、前々回は岡山に着く前に寝落ちして、新大阪到着を知らせる「いい日旅立ち」のメロディーで起きるというパターン。今回は広島以降の新幹線各駅での待ち時間でいったんホームに降り立つなどもあり、何とか岡山駅を見ることができたが、その後がいけなかった。

また、西明石や新神戸には気づかず、結局は新大阪到着のメロディーで起きることになった。22時10分、新大阪到着。13日午後からのお出かけだったが、暑く、濃い時間を過ごすことができた。

翌17日はもう1日休暇としていたので、完全オフということに。

さて、本題の中国観音霊場めぐりだが、今回から日本海、山陰側に入り、島根の浜田にある第22番の多陀寺まで進んだ。次は出雲市にある第23番の神門寺で、中国地方一周を兼ねる意味では次回はいったん浜田まで行き、出雲市までたどることになる。今回、時間に余裕ができたのでいったん江津まで進んでいる。浜田と江津のどちらに泊まろうかという下見みたいなものだが、駅前の様子を見る限りでは浜田泊になりそう。また出雲市までの間では、世界遺産に登録されている(ということも忘れられていそうな)石見銀山にでも立ち寄ろうと考えている。時季は、季節を変えて11月の連休を予定する。

また一方で、9月から運行が開始される夜行列車「WEST EXPRESS銀河」について、9月18日夜大阪出発出雲市行き分の抽選に申し込んでいる。当初は一般の列車として発売される予定だったが、当面は日本旅行主催の旅行商品限定での抽選発売となった。往路銀河、現地1泊、復路やくも+新幹線のコースを選択する。

こういう列車だから競争率も相当なものだろう。また申し込みも、9月のどれか1日のみの選択となる。その中で希望する席種、宿泊地を第3希望まで選べるルールで、列車は1人用グリーン車、リクライニングシート、クシェット(ノビノビ座席)の順で、セットとなる山陰での宿泊地は出雲市、松江、米子の順で希望を出していた。

9月18日乗車分については、8月17日までに当選の場合のみメールにて通知とのことだった。しかし、休暇の17日に1日待ったものの、結局通知はなかった。まあ、そんなところだろう。

出雲市行きは11月までの運転とのことで、10月、11月運転分も同様に先行抽選発売のため、改めてエントリーしようかとも思う。ちょうど中国観音霊場めぐりの行き先と重なるから、中国地方一周ルートを先回りする形になるが、組み合わせてもいいかな。

・・・そうした中、8月28日のこと。日本旅行からメールが届いていた。何と「繰り上げ当選」のお知らせ。一部キャンセルが出たとのことで、思わぬ結果に驚いた。席種はリクライニングシート、宿泊は松江とあった。

これは・・行かなあかんでしょう。上記の石見地方をいったん飛ばすことにはなるが、10月、11月乗車分に申し込んでも当選するとは限らないので、この機だろう。「WEST EXPRESS銀河で行く中国観音霊場めぐり」・・・これも観音さんのおかげと思い、ありがたく手を合わせる。

出雲地方には上記の神門寺を含めて6つの札所がある。石見~出雲への移動の回を別の季節に作ることもあり、ここは札所順にこだわらず、周辺のスポットも含めて、当日まで組み合わせをいろいろ考えることにする。

コロナ禍の拡大や台風のために運休ということだけはないように・・・。

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