まつなる的雑文~光輝く明日に向かえ

まつなる兄さんのよしなしごと、旅歩き、野球、寺社巡りを書きます。頼りなく豊かなこの国に、何を賭け、何を夢見よう?

第12回四国八十八所めぐり~第46番「浄瑠璃寺」

2017年10月27日 | 四国八十八ヶ所
10月16日、今回の四国めぐりの最終日である。天気は雨。この日は松山市郊外を行くコースであり、まだ耐えられるかなと思う。まずは松山市駅に移動して、2日前に久万高原に向かう時に通過した森松まで今度は伊予鉄バスに乗る。ここで丹波行きに乗り換えると、この日最初の札所である浄瑠璃寺の前に行ける。この日は46番の浄瑠璃寺をスタートして、47番八坂寺、48番西林寺を回り、伊予鉄の久米駅まで歩く。距離にすれば8~9キロというところで、久米駅をゴールにしたのは、その次の49番浄土寺が久米駅のすぐ北にあり、その後は道後温泉方面に札所が続くので、ちょうどよい区切りになるかと。

松山駅前のホテルでの朝食後に市内電車で出発したため、松山市駅に着いたのは8時前。森松へのバスは15~20分に1本のペースで出ているが、森松から浄瑠璃寺経由の丹波行きというのが1時間に1本しかない。そこは丹波行きに合わせようと、ホテルを少しゆっくり出た。ダイヤ検索では、松山市駅8時15分発の砥部線断層口行きで8時45分に森松着、8時52分発の丹波行きに乗り換えて9時09分に浄瑠璃寺前というものだった。

朝の松山市駅前。この日は平日、ちょうど通勤通学の時間帯で、郊外電車が着くたびに多くの客が駅前に出てくる。郊外電車から市内電車に乗り継ぐ人の姿も目立つ。ちょうどこの日は総選挙の期間中で、この時間には愛媛1区に希望の党から出馬した女性候補がロータリーで演説中だった。愛媛県内の選挙活動の様子や候補者の主張は地元の愛媛新聞でも読ませていただいたり、「加計問題」も地元の話として触れられていたが、中央とはまた違った捉え方があるようだ。そういうのは旅先ならではの面白さと思う。ただ、愛媛1区は自民党の塩崎恭久・元厚生労働相のお膝元。希望の党の候補も、私がバスを待ちながら耳にした演説の中でしきりに「しがらみのない政治」「私にはしがらみがありません」と繰り返していたが、中身はそれだけのことで、通勤客もそれに耳を傾ける様子もなく足早に出勤していく。結局選挙は塩崎氏の圧勝で、希望の党は比例復活もなかった。

・・・さて、話が長くなったところでバスに乗る。市の中心とは反対方向なので乗客は少ないが、それでも中心部の信号待ちで時間が思ったよりかかる。バスのダイヤもそれを加味している感じでもないようだ。ダイヤ上では7分の接続時間があるが、車内前方で時折流れる主要停留所の到着予定時刻が、表示のたびに少しずつ遅れた時刻で出てくる。スマホの時計と車内前方の表示、そして路線図を見て、「森松に着いたらバスは出て行った後だった・・・」ということになりはしないかと焦る。1時間後には次の便があるが、1時間待つのはもったいない。

時刻は8時52分を回っていたかもしれないが、森松に到着。すると、車道から一つ入ったスペースに「丹波」と表示されたバスが停まっていた。これはこちらの到着を待ってくれたのかと喜んで乗り移る。もう一人地元の方らしいのも乗り継いだ。私たちが乗るのを待って運転手が入り、「お待たせしました」と発車する。ローカル線列車の乗り換えのようだが、これが逆なら、松山市駅行きは問答無用で発車するだろう。

郊外の区間で乗客は少ないが、前には菅笠に金剛杖を備える男性と、そんな出で立ちではないが運転手と寺の話をする男性がいる。このバス路線、浄瑠璃寺へのアクセスとしての役割が結構あるのかな。

浄瑠璃寺前のバス停に着き、私と後2人の男性が降りる。菅笠と金剛杖の人はレインコートを着て、「これから三坂峠ですか?」と私に尋ねる。三坂峠は、この2日前に久万高原を訪ねた時に急な坂道をバスでたどったが、45番の岩屋寺から浄瑠璃寺まで歩くのに通る。ここも遍路道の風情があるとしておすすめだそうだが、私の場合は国道をバスで通過して終わりである。この人、浄瑠璃寺には目もくれずに峠に向かって歩き始めたのは、ここまで来た逆打ちか、あるいは三坂峠まで行ってからここに戻るのか。手慣れた感じだったので前者とは思うが・・。

浄瑠璃寺に入る。山門があるわけではなく、石段を上がると境内である。結構手狭に感じるが、緑に覆われている様子が風情を感じさせる。

浄瑠璃寺は奈良時代の行基が開いたとされていて、東方瑠璃光浄土から浄瑠璃寺の名前がついたとされる。本尊は瑠璃光浄土におわす薬師如来。奈良時代にまで起源をたどることができる寺院には薬師如来が本尊というのが多いように思う。

その後、弘法大師が再興して、いくつかの火災にも遭ったが江戸時代に現在に近い形で再建された。また、境内の中央にある巨木・イブキビャクシンは樹齢1000年を超えるという。これがご神木というか、寺のシンボルのように生えている。

納経所へ向かう。今年は雨が多いのが難儀だと、寺の方がいう。先月の台風上陸の時は、重信川も氾濫しそうになったし、この辺りも滅多にないくらいの大雨になったという。「高知や徳島ならこのくらいはよくあることかもしれませんが、松山はなかなかそこまで降らないので・・・」と恐縮した感じである。ちなみにこの日も雨で、翌週、総選挙と重なった22日は台風21号が西日本から東日本に大きな被害をもたらした。思えば、前回の台風による中止からの今回の四国めぐりだが、これをこの次の週末に始めていればまた台風襲来だったし、この日の雨も、「この程度の雨なら仕方ないか」と、割り切って納得しなければならないなと思う。

次の八坂寺へは700メートルとある。1キロないというのは気楽なものである。雨が降る中、ここまでは電車やバスでの移動だったので我慢していた折り畳み傘を取り出し、右手に傘、左手に金剛杖という格好で歩いて行く・・・・。
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