クラシック音楽オデュッセイア

2009年の大病以来、月1回程度の更新ペース。クラシックに限らず、身の回りの事なども、気の向くままに書いております。

ロジェ・デゾルミエール

2005年06月30日 | 演奏(家)を語る
前回のシュライアー(Schreier)からrをアルファベットでしりとりして、今回はフランスの名指揮者ロジェ・デゾルミエール(Roger Desormiere)について語ってみたいと思う。かなり古い時代の人になってしまうが、「芸術家の個性って、本当にいいもんだよなあ」とつくづく実感させてくれるような、貴重な演奏録音を遺している。

この人は基本的にバレエ指揮者で、劇場の人だった。少なくとも録音に遺されているものを見る限り、圧倒的にバレエ音楽のレパートリーが中心で、他にいくつかの管弦楽曲が見つかるぐらいのようである。それと、後述する歴史的なオペラ上演の記録が一つ、今現役盤で見つかる。

私がデゾルミエールの演奏を初めて聴いたCDは、パリ音楽院管弦楽団を指揮したドリーブの<コッペリア>と<シルヴィア>の各組曲、そしてプーランクの<牝鹿>組曲を収めたデッカのモノラル盤だった。テンポは概して速めで、音像も結構シャープである。生命感に溢れた、粋で洒脱なバレエ演奏であり、独特のエレガンスが香る音楽になっている。音色的には、とりわけ木管楽器に個性が強く出る人だ。その独特な響きは、花の香りというよりはチーズの香りにでも例えてみたくなるようなものである。聴く人によって、好悪が分かれるかも知れない。この特徴的な音色は、プーランクの<牝鹿>に特に顕著に出ている。

実を言うと、そのチーズの香りを思わせるような木管の響きというのは、「パリ音楽院管弦楽団というオーケストラ自体が持っていた特有の響きだった、という面が大きいだろうな」とずっと考えていた。しかし、それはやはり指揮者デゾルミエールが引き出していたサウンドと見るべきかも知れないと思わせたのが、少し前に発売されたEMIの輸入盤CDである。これは、デゾルミエールがパリ音楽院管ではなく、フランス国立放送管弦楽団を指揮して録音した、ロシア音楽の2枚組アルバムだ。1枚目には、チャイコフスキーの<くるみ割り人形>と<白鳥の湖>各組曲が納められ、2枚目にはR=コルサコフの<金鶏>組曲と<スペイン奇想曲>、そしてグラズノフのバレエ<四季>が収められている。

聴いてみるとやはり、先述のパリ音楽院管とのCDと、ここでもソノリティがそっくりなのである。速めのテンポ、きびきびと軽やかで鮮やかな音像。独特のエレガンス。そして、あの個性強烈な木管。やはりこれは、デゾルミエール・サウンドと言うべきものらしいのだ。パリ音楽院管との録音について言えば、「もともと個性的だったオーケストラの管楽器群が、デゾルミエールの指揮によって一層濃い隈取りを与えられていた」と見るのが妥当なのかも知れない。

これら以外にも、Testamentレーベル等からデゾルミエールの録音は発売されているが、とりあえず、上に並べた演奏についての個人的な感想を述べてみたい。ドリーブ、プーランク、そしてチャイコフスキーのどれを取っても魅力的な名演ばかりだが、R=コルサコフの<金鶏>組曲とグラズノフの<四季>がとりわけ素晴らしいものだと、私は感じている。音色自体の魅力もあるが、その表情付けと生き生きした音楽運びが、とにかく聴いていて楽しいのである。<金鶏>あたり、ある意味どうでもいい曲である。しかし、これがデゾルミエールの指揮だと、楽しくて飽きないのだ。

グラズノフの傑作バレエ<四季>については、LP時代からボリス・ハイキンのメロディア盤、アンセルメのデッカ盤、スヴェトラーノフのEMI盤といった全曲録音を聴いてきたが、スヴェトラーノフは×ペケ、ハイキンは好演ながらもう一つコクが欲しく、結局アンセルメ盤で妥協していた。が、内容的には、このデゾルミエールの魅惑的なサウンドが今は一番好きである。1953年のモノラル録音ながら、音は十分聴きやすい。楽器の分離もなかなか良くて、「秋のバッカナール」でのタンバリンの鮮やかさなど、奏者の手の動きが目の前に見えるような気さえしてくる。

次いでオペラ。デゾルミエールはオペラの分野でも、大変貴重な記録を遺している。1941年、つまり戦時下の上演ライヴである。曲目は、ドビュッシーの歌劇<ペレアスとメリザンド>全曲。同一音源のものが、EMIを始めとするいくつかのレーベルから発売されている。私が入手したのは、ドキュメントという廉価レーベルの3枚組セットだった。1941年のライヴということで、ジリシャリ・ジリシャリ・ジリシャリ・・というノイズはもう仕方がない。しかし、当時の名歌手たちの声が、驚くほど鮮明に記録されている。ここに録音された管弦楽の響きはやや控えめだが、デゾルミエールの指揮による音色の魅力は、随所で嗅ぎ取ることが出来る。(※聴き取るというよりは、嗅ぎ取るという感じだ。)

実は、私にとって<ペレアスとメリザンド>は、どちらかと言えば苦手なオペラだった。アンゲルブレシュトの指揮によるシャンゼリゼ・ライヴ(※LP発売時にレコード・アカデミー賞を取っていたもの)、そしてクリュイタンスのEMIモノラル盤、どちらを聴いても当時の私にはピンと来ず、「まあ、作品自体がアタシにゃわからんのだな」みたいに諦めている部分があった。随分後になってカラヤンのEMI録音を聴いて、ようやく曲が掴めたような気がした。カラヤンの演奏は時として威圧的に過ぎる大音響が違和感を与えるものの、ずっと苦手としていた作品に取っ掛かりを与えてくれたという点で、私は結構感謝している。これは“本物”とは言い難いドビュッシー演奏だが、カラヤンが鳴らす音楽の分かりやすさは随一で、本当に「お蔭さまで、だいぶ作品の姿が掴めてまいりました。どうもどうも」なのである。(※但し歌手について言えば、魅力的なメリザンドを聴かせてくれたフォン・シュターデ以外は、かなり不満が多かったけれど。)

その後、デゾルミエール盤に触れた。先述の通り、録音が古かったりオケの音が控えめだったりで、物足りなさもある。しかし、若きジャック・ジャンセンのみずみずしいペレアス、そしてゴローを演じるエチュヴェリが揃って素晴らしく、生粋のフランス語による名唱を、時代を思わせない鮮明な音質で聴けたのは大きな喜びであった。このデゾルミエールの<ペレアス>は、いわゆるファースト・チョイスとしてはどうかと思うが、文字通り歴史的な記録として、いつか機会を見てお聴きいただきたいと思う。これは名盤である。

最後に、一つ。現在ネット通販ページなどで確認する限り、作曲家の顔も持っていたというデゾルミエールが自ら編曲したバレエ音楽<レ・シルフィード>は、どうも見つからないようだ。これは残念な事である。ショパンのピアノ曲をいくつか選んでオーケストレーションを施し、バレエ音楽として仕上げた<レ・シルフィード>には、よく知られたロイ・ダグラス編曲版以外にもいくつかの版が存在するのだが、その中でも最もエレガントな傑作と讃えられているのが、実はデゾルミエール版なのだ。これは是非、CD復活を望みたい。
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ペーター・シュライアー

2005年06月26日 | 演奏(家)を語る
天性の美声テナーであったフリッツ・ヴンダーリッヒが突然この世を去ってしまってから、ドイツ系のリリック・テナーに求められるすべての役割とすべての仕事が、旧東ドイツ出身のペーター・シュライアーに流れ込んできた。各種オペラのテノール役、リートの歌唱、さらには宗教作品や合唱曲のテノール独唱パート等等。そして、そのすべてのレパートリーを、この人は常に高い完成度をもってこなし切ったのであった。その才能と実力は本当に、大変なものである。

シュライアーの安定度には無類のものがあり、どの作品の公演や録音であっても、「テノールは誰?シュライアーか。じゃあ、テノール・パートは安心だね」と、多くの音楽ファンにそう思わせるだけの力があった。これは決して、誰にでも備わるような類の力ではない。また実際に、そういったファンの安心感や期待を彼が裏切った事は、ほとんどなかったのである。

そんな訳だから、この人が参加しているオペラや合唱作品などの名盤を具体的に挙げ始めたら、本当にきりがなくなってしまう。それでもほんのごく数例を挙げるなら、合唱曲からはハイドンの二つのオラトリオがまず挙げられようか。ヘルムート・コッホの指揮による<天地創造>でのテノール独唱と、カール・ベーム&ウィーン響、他による<四季>でのルーカス役。シュライアーは<四季>でも優れた歌唱を聴かせているが、<天地創造>の方が総合的な意味で、さらに優れた出来栄えと言っていいように思える。バリトンのテオ・アダムともども、コッホ畢生の名演に錦上花を添えている。

オペラからは、日本公演でも名演を披露してくれたことで、<魔笛>のタミーノが代表的な当たり役の一つとして真っ先にひらめく。一方、この人が若い頃から既に名歌手だったことを証明する名演としては、ロベルト・ヘーガーの指揮によるロルツィングの<ロシア皇帝と大工>全曲(EMI)でのペーター・イワノフが挙げられる。共演者のプライ、フリック、ケイトらと舞台衣装で撮った写真の中で、若きシュライアーのはじけんばかりの笑顔を見ることが出来る。ヘーガーによるロルツィング作品の一連の録音は、ちょうどヴンダーリッヒが世を去り、シュライアーが活躍し始める、その端境(はざかい)期を象徴するような記録となっている。その他、ちょっとした端役で出演しても、シュライアーはしっかりと存在感を示す人であった。それと勿論、バッハの受難曲やカンタータ類もシュライアーの極めて重要なレパートリーなのだが、私がたまたまバッハを非常に苦手としているもので、エヴァンゲリストの歌唱等については何も語れない。そのあたりは、ご容赦。

さて、そんな優等生のシュライアーなのだが、正直に言って私の場合、この人の歌唱から異様な感銘を受けたとか、魂が舞い上がるような愉楽の体験を与えられたとかいったことは、残念ながら全く無い。オペラでもリートでも、あるいは宗教作品の独唱でも、それらが立派な歌唱であることはいつもうなずけたのだが、彼の歌唱が激しい感動みたいなものを私の心にもたらしたことは、ついぞ無いのである。

その点、ヴンダーリッヒは違う。前回語った通り、彼のリート歌唱にはまだ円熟味はなかった。しかし、とてつもない感銘を残した先述の≪ハノーファー・リサイタル≫の他にも、彼は殆ど陶酔的と言ってもよい愉楽のひと時を与えてくれる歌曲の録音を遺している。具体的に言えば、グラウンケ交響楽団の伴奏による≪ポピュラー歌曲集・愛唱歌集≫みたいなタイトルを持った、当時の2枚のLPである。<奥様お手をどうぞ><ターラウのエンヒェン><カロ・ミオ・ベン>、ドイツ語の歌詞で歌った<ドヴォルザークのユモレスク><グラナダ><フニクリ・フニクラ>等等・・・。溢れんばかりの天性の歌心、とろける程の甘い美声、その一方に気品と情熱。最高の歌の喜びが、そこにあった。優等生のシュライアーがそれらを歌ったとしても、ヴンダーリッヒの声と歌唱がもたらすような特別な体験はまず、させてもらえないだろう。

ところで、シュライアーの<美しき水車小屋の娘>というと、かつてNHK-TVで紹介されたギター伴奏版によるライヴが思い出される。ピアノとはまた一味違った、ちょっとオツな味わいがあった。リサイタル直前のインタヴューみたいなもので、「ギター(あるいは、当時ならリュートか)による伴奏は、シューベルトの時代にはよくやっていた事なのですが、今回のような大きなコンサート・ホールよりは、もっと小ぢんまりとしたサロン向きなんですよね」みたいな事をシュライアーがちょっと苦笑まじりに語っていたのを、今でもよく覚えている。他にも、私は未聴ながら、ハンマーフリューゲルの伴奏といった試みもなされているらしい。自家薬籠中となっている歌曲集の、その様々な表現の可能性を模索しようという、いかにもこの人らしい試みであったと言うべきであろう。

私がCDで聴いたものとしては、アンドラーシュ・シフのピアノ伴奏による1989年のデジタル録音盤(L)がある。当時50代半ばにあったシュライアーの声にはさすがに若い頃のようなみずみずしさは求められないが、声のコントロールと歌唱の立派さはさすがと言うべきもので、ヴンダーリッヒにはなかった円熟が感じられるものだった。この歌曲集が内蔵する様々な要素、つまり、若者の希望や覇気、喜び、恋心、焦燥、悲しみ、絶望・・、そういったものを各曲からかなり強い表現をもって歌い出していた。ただ、これをどう受け止めるかは、やはり聴く人によって分かれるような気がする。私はもう思い出せなくなっているが、若い頃のシュライアーはもう少し情緒的な<水車小屋>を歌っていたらしい事が本に書いてある。そういった事情から、むしろ若い頃の録音を好むファンの方もおられるようなのだ。

ところで、この抉り込んでいくような強い表現への志向は、彼のキャリア後期にかなり顕著に出てきていたようである。数年前のことになるが、FMでこの人の<水車小屋>リサイタルを偶然、途中から聴いたことがあった。それが何とも荒っぽい、というか激しい歌唱だったのである。演奏終了後、「只今のテノール独唱は、ペーター・シュライアー」というアナウンサーの声を聞いて、私はエッ?と思った。久しく聴いていなかったシュライアーの声、こんなになっていたの?という意外な思いと、何よりも、その粗暴なまでに強い表現には、かつてのあの優等生の面影が殆ど感じられなかったからである。シフとの共演盤で現われてきていた表現主義的な側面が、さらに激しく進んでいたのだ。

どのジャンルでも常に、端正な歌唱で85~95点のスコアを平均して出していた(※ファンの方には90~100点だろう)名歌手も、最後には「やりたい事をやるぞ。感じるままをストレートに表現するんだ」みたいな心境にでもなったのだろうか。そういう話になると、ふとチェロのフルニエを思い出すけれど、さて実際のところはどうだったのか。凡人の私には、ちょっと測りかねるものがある。
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フリッツ・ヴンダーリッヒ

2005年06月23日 | 演奏(家)を語る
先頃、ヤナーチェクの<消えた男の日記>を語った記事の最後の方で、青春の歌曲集としてシューベルトの<美しき水車小屋の娘>と、シューマンの<詩人の恋>に軽く言及したが、そこで往年の名テノール歌手フリッツ・ヴンダーリッヒについて、ちょっと語ってみたくなった。しかしながら、この奇跡とも言うべき美声を持った夭折の名歌手には私も特別な思い入れがあるため、話の要点をどこに置いたものか、あるいはどんな論旨で話を展開したものかと、いつも以上に考える時間が長くなってしまった。

僅か36年弱の短い生涯を不慮の事故で唐突に終えてしまったドイツの美声歌手について、私なりに抱いているイメージを端的に言うとしたら、それは幾分偏見まじりかも知れないが、だいたい次のようになろうかと思う。

つまり、「オペラ歌手としては、若くして完成の域に入っていた天才だった。しかし、リート歌手としては発展途上のレベルで逝ってしまった人」ということである。この人のオペラ録音で私が聴いたものは、今のところ実はそれほど多くなくて、ベーム指揮の<魔笛>全曲のタミーノと<ヴォツェック>全曲のアンドレス、ケンペ指揮の<売られた花嫁>全曲のイェーニク、コンヴィチュニー指揮による<タンホイザー>全曲のワルター、ヘーガー指揮によるプフィッツナーの<パレストリーナ>ハイライト盤でのタイトル役、あるいはミレッカーのオペレッタ・ハイライト盤に端役で出演していたもの、ぐらいしかない。が、これらのうちのどれを取っても、この人の歌唱については駄作や失敗作がない。私は未聴だが、この人が最も得意としていた<後宮からの逃走>のベルモンテ役に至っては、専門家筋から「モーツァルト・テナーのお手本」とまで絶賛されている。<密猟者>や<ウィンザーの陽気な女房たち>等も、LP時代から揃って名演の誉れ高いものだった。

そして今ネット通販サイトを見てみると、生前のライヴ音源や、オペラ・ハイライト集、アリア集みたいなものが数多く掘り出され、発売されている。おそらく、オペラ分野に於いてこの人の失敗作があるとすれば、それらライヴの発掘音源の中に、「この日のヴンダーリッヒはたまたま、不調であった」みたいなものが混じっているかどうかであろう。言い換えれば、それ程までにオペラ歌手としての彼は、完成度が高かったのである。勿論、宗教曲や合唱作品でのテノール独唱者としても、間違いなく一流の域に入っていたと言ってよいだろう。クレンペラー博士の指揮によるマーラーの<大地の歌>(EMI)でのテノール独唱も意想外に、と言っては失礼ながら、非常に立派なものだった。

しかし、リート歌手としてはどうだったろうか。まだまだ発展途上の人だったんじゃなかっただろうか。テノール向きの青春歌曲集の代表作とも言えそうな、シューベルトの<美しき水車小屋の娘>から話を始めてみよう。ヴンダーリッヒの<水車小屋の娘>としては、一般にはフーベルト・ギーゼンのピアノ伴奏で1965年頃にスタジオ録音されたグラモフォン盤がよく知られていて、私も学生の頃、LPレコードでこの歌唱に触れた。それと、ほんの数年前になるが、1959年に録音されたというカールハインツ・シュトルツェなるピアニストとの共演によるモノラル録音のCD(MYTO盤)を購入して何度か聴いた。他にもライヴ録音みたいなものがまだあるかも知れないが、この歌曲集について私が聴いて知っているのはその2種類である。いずれを取っても、ヴンダーリッヒならではの、天性の美声でのびやかに歌われている点では好感が持てるものの、どちらも何か今ひとつ未熟で青臭い感じが否めないのである。(※尤もMYTO盤では、〔r〕の巻き舌音をしっかり使った非常に明瞭なドイツ語の発音で、歌詞をとても丁寧に歌っている。リート学習者には大いに参考になると思う。)

一方、このヴンダーリッヒの<水車小屋>(グラモフォン盤)について、音楽評論家兼合唱指導者である福嶋章恭(ふくしま あきやす)氏が熱烈な賛辞を送っておられる事も、公正を期して紹介しておくべきだろう。「この歌曲集を歌うのに、熟練や老成は不要。・・・ときめきも、焦燥も、嘆きも、突き抜ける美声で歌い飛ばせ。・・・青春を賛美しろ。それが出来るのは、天性のテノール歌手フリッツ・ヴンダーリッヒしかいない」。福嶋氏と同じ感性をお持ちの方にとっては、ヴンダーリッヒの録音は、もうこのままでかけがえのない宝物になっていることだろう。その方たちに論駁しようとは、私も思わない。

さて、この名歌手のリートに於ける最も重要なレパートリーの一つであったシューマンの<詩人の恋>についても触れておきたい。私が知る範囲で、ヴンダーリッヒの<詩人の恋>には少なくとも4種類のCDがあるが、私が聴いたのはそのうちの3種である。さらに生前のライヴの記録を辿れば、おそらくドイツ国内を中心に、他の音源もきっと何かあろうことは想像に難くない。とりあえず私が知っている4種については、伴奏はすべてフーベルト・ギーゼン。

以下、僅か3種類という狭い範囲での話になってしまうが、私がこれまでに聴いてきた順番を追いながら、感想や意見を語ってみたい。また、ここではピアノ伴奏の出来については度外視したいと思う。以下の文章についてはかなり率直な物言いをしている部分もあるが、これも一つの意見というぐらいにお読みいただけたらと思う。

一般的に広く親しまれているグラモフォンのスタジオ盤を、やはり私も最初に聴いた。LP時代の話である。しかし正直言って、ここでの歌唱にはあまり感じ入るものがなかった。ソツなく仕上げてありますね、という程度の感想しか持てなかったのである。歌い流す、と言うのか、全体にさらりと歌い進めている感が強いのだ。「私は嘆くまい」の最後の高音などは、いかにもこの人らしい素晴らしい声を聴かせてくれるけれども、全曲を通した印象はそれほど大したものではなかった。これがお気に入りというファンの方も少なからずおられるとは思うが、私には(キツイ言い方をしてしまえば)、無くても全然困らない録音である。

次に聴いたのが、図らずも彼の「ラスト・リサイタル」となってしまった、1966年9月4日のエディンバラ・コンサートでの録音である。(※このコンサートの何日か後、彼は突然この世を去ることになる。)上述の福嶋氏が、「黄泉の国に響くような、悲しい美を湛えた・・」と本の中で語っておられたので、ずっと興味を抱いていたのであった。それがある時、ひょっこり輸入盤を扱うお店で見つかったので、購入した。現在はグラモフォンからも≪ヴンダーリッヒ・ラスト・リサイタル≫というタイトルでCDが発売されているが、私が買ったのはMYTO盤。当時は、これしかなかったのである。輸入盤にしてはお高いCDだったが、結果的には買って良かった。内容が、スタジオ録音よりもずっと良かったからだ。ただ、このMYTO盤は、聴きながら非常に気になった事がある。背後のノイズである。彼が歌っている間はいいのだが、曲の合間とか、控えめなピアノ伴奏だけの時になると、女の人の歌声みたいなものが漏れ聞こえてくるのだ。同じ時間帯に別の小ホールか何かで、ソプラノ・リサイタルでもやっていたのだろうか?とにかく合間合間に女性の歌声がゴーストのように聞こえてくるのである。これはどうにも、気持ちが悪い。後に発売されたグラモフォン盤も同じ日付のようだから、内容は同一音源のはずだが、そのノイズは解消されているのだろうか?名歌手ヴンダーリッヒが最後に遺した貴重な遺産なので、少しでもいい状態で鑑賞したいものだが・・。

三番目に聴いたのが、1966年3月24日のハノーファーでのリサイタルを記録したMYTO盤であった。私が知っている3種の中では、これが最高の名演である。このディスクで聴く事のできるヴンダーリッヒの歌唱からは、ちょっと尋常でない異様な感銘を与えられる。実を言うと、このディスクに記録されたヴンダーリッヒの<詩人の恋>を初めて聴いた時、決して大げさでなく、私は呪縛にかかったように身動きが出来なくなってしまったのである。神がかり的な絶唱・・そんな言葉が脳裏に浮かんだほどであった。(今はもう少し冷静だが。)

今回の記事を書くに当たって、≪ラスト・リサイタル≫とこの≪ハノーファー・ライヴ≫を、一曲ずつ交互に聴いてみた。結果としては、(驚くには当たらないのかも知れないが、)各曲とも殆ど歌唱表現に差異がなかった。どの単語をどう歌っているか、どの歌詞にどんな声を使っているか、といったことをじっくり追いながら聴き比べてみたが、本当に大きな差異は認められなかった。よく研究・吟味した結果の表現だったのだろう。ただ、全体に言えるのは、ハノーファー盤の方が音質的に断然優れていて、より細かいところまで聴き取れるため、その分深い感銘を得られるということだ。(※≪ラスト・リサイタル)の方は、少なくともMYTO盤で聴く限り、残念ながら音がかなりこもった感じなのである。)

例えば、第6曲「ラインの聖なる流れの」も、第7曲「私は嘆くまい」もハノーファー・ライヴの方が音の良い分、より彫りの深い歌唱として味わう事が出来るし、第10曲「かつて愛する人が歌ってくれた」の出だしのピアノも同じで、音がクリアな分、より美しい前奏として心に沁みてくる。また、第13曲「ぼくは夢の中で泣き濡れた」はヴンダーリッヒ畢生の名唱と言ってよいものだが、やはりハノーファー盤の方が、各単語の語尾の子音がクリアに発音されているのが聞き取れたり、その息づかいまでが伝わってくる分、感動が深い。最後の2曲、「昔々の童話から」と「昔の忌まわしい歌を」は、歌唱自体からしてハノーファー盤の方が素晴らしいし、例によって音も良いので、結局聴き終えた後に残る感動には、はっきりと差がついているのである。このライヴ盤は現在ネット通販で容易に入手出来るので、グラモフォンのスタジオ盤しかご存じでないファンの方は是非こちらもお聴きいただきたいと思う。感銘度がケタ違いだから。

現在日本国内で確認出来る範囲で、ヴンダーリッヒの<詩人の恋>は他に、1965年のザルツブルク・ライヴ(Orfeo盤、他複数のレーベルから発売中)というのもある。そのリサイタルも、上記のエディンバラやハノーファーで歌ったのとだいたい同じ曲目で組まれている。ひょっとしたら、そこでも見事な名唱が披露されているのかも知れないが、現段階では未聴のためその歌唱内容については何も分からない。また、ここにあげた合計4種の録音以外にも、素晴らしい歌唱の記録がどこかにまだある可能性も高い。

1966年9月、不世出の美声歌手は、ある建物の階段で足を踏み外して階下へ転落。頭部の強打(※または首の骨折という説もある)で突然にして、帰らぬ人となってしまった。もう、悪魔の仕業としか思えない。この人に突如として訪れた永遠の沈黙が、単にドイツ声楽界のみならず、クラシック音楽界にどれほどの損失をもたらしたか、全く計り知れないものがある。
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カルロ・マリア・ジュリーニ

2005年06月20日 | 演奏(家)を語る
去る6月14日に、名指揮者カルロ・マリア・ジュリーニが亡くなったらしい。享年91との由。今回は臨時追悼記事として、このイタリアの名指揮者について少し、思い出しがてら語ってみたい。

わざわざ「思い出しがてら」と付け足して言ったりするのは、何だか心理的な距離感みたいなものを感じさせる言い方かも知れないが、そんな言葉が出てきたのには訳がある。正直なところ、晩年のジュリーニの演奏に私はあまりシンパシーを感じることが出来ず、結果的に疎遠な感じになっていたのである。時折、FM放送で流れた巨匠晩年のライヴを聴くことはたまにあったものの、そのスロー・テンポの音楽にはいつも、「ついていけまっしぇん」というマイナスの印象だけを持つような有様だったのだ。

そう言えば、いつだったか、彼がウィーン・フィルと録音したブラームスの<交響曲第1番>(G)が、やはりFMで紹介されたことがあった。これがまた申し合わせたように遅いテンポで、その深い譜読みが微に入り細にわたって、重箱の隅々までほじりまくっている上に、それをまたとことんまで噛んで含めて、聴く物を折伏(しゃくぶく)しにかかるような演奏だったので、聴き終えた時にはすっかりくたびれてしまった記憶がある。やはり私にとって、ジュリーニ晩年の演奏は、「しんどくて、ついていけまっしぇん」だったのである。

しかし、こうしてその訃報に触れてみると、やはり一抹の寂しさみたいなものを感じる。この人の若い頃からの永い盤暦を辿ってみると、当然の事ながら数多くの名演奏が含まれてくるのだが、さて私はその中のどれほどを聴いたものかと振り返ると、とても「熱心なファンでした」などと自己申告出来るようなレベルではない事を痛感する。数多く遺された巨匠の名演奏のうち、私が聴いたのは雀の涙ほどと、正直に言っておくのが後難を避ける賢明な態度かも知れない。そんな事情から、今回は私が聴いてきた(あるいは、視聴してきた)ものの中からいくつかだけを選んで、感想や思い出を述べるにとどめたいと思う。

私が初めて聴いたジュリーニのレコードは、シカゴ響との<新世界より>(G)だった。オーケストラの鳴りっぷりに圧倒されてしまったのを、今でもよく覚えている。「この曲の民族色や抒情性といった部分はとりあえず捨てて、とことん純器楽的に構築した演奏」という観点から見たら、今でもこれは数ある同曲録音の中でも上位を争えるものではないかと思う。シカゴ響が後にショルティの指揮で<新世界より>を出したときに、ある評論家が、「これで、ジュリーニ盤も影の薄いものになった」などと書いているのをどこかの音楽雑誌で見た時は、随分心外な思いがしたものである。「ショルティなんかの無機質すっからぺー演奏と、一緒にするなよ」と思った。今こうして、ジュリーニが帰らぬ人になってみると、やはりこのシカゴ響との<新世界より>が、何よりも最初に懐かしく思い出されるのである。

ジュリーニが同じシカゴ響と録音したグラモフォン盤では、ムソルグスキー(ラヴェル編曲)の<展覧会の絵>も豪演だった。どこまでも厳しく引き締まった音でありながら、それでいて音楽のスケールがやけに大きいのだ。ジュリーニの指揮にあっては、「小人」も「巨人」になる。しかし何と言っても、「バーバ・ヤガーの小屋」から「キエフの門」に至る、あの終曲。初めて聴いた時は本当に驚いたものである。当時64歳ぐらいだったジュリーニの気迫と統率力も見事だったが、シカゴ交響楽団というオーケストラも凄い。個性的名演に事欠かない管弦楽版<展覧会の絵>の中でも、これほど豪壮に凝縮された演奏も珍しいと思う。

他にも、ステレオ初期に録音されたヴェルディの<レクイエム>(EMI)や、いくつかの協奏曲録音に於ける堂々たるサポートぶりなど、まだまだ触れておくべき名演はあるのだが、ここでオペラ分野に話を進めてみたい。ジュリーニは、あのドイツの名指揮者ルドルフ・ケンペと同様に、若い頃は歌劇場での仕事を中心に行なっていたが、やがてコンサート活動や録音の方に力のポイントを移していった人である。先頃ネット通販サイトを見て、1950年代を中心にしたジュリーニ若き日のオペラ・ライヴ盤が今どれぐらい出ているものかと調べてみたら、まあ、随分たくさん見つかってちょっとびっくりした。発掘音源が相当数、出ている。これには驚いた。

その当時のライヴ盤でおそらく最も名高いのは、国内盤も出ているヴェルディの<ラ・トラヴィアータ>だろうか。マリア・カラス、ジュゼッペ・ディ・ステーファノ、エットレ・バスティアニーニ(※「エットーレ」と後ろを伸ばすのは間違いなので、ご注意!)主演による1955年のスカラ座ライヴだ。カラスの声がひたすら嫌いな私も、このCDは“おさえ”として持っている。

さて、1970年代の最後から’80年代前半にかけて、どんな心境の変化があったのかはわからないが、ジュリーニはヴェルディのオペラをいくつか全曲録音した。<リゴレット>、<ファルスタッフ>、そして<トロヴァトーレ>といったあたりである。これらの作品はどれも有名な人気作なので、他にも優れた演奏の記録はたくさんあるが、ジュリーニの録音はどれを取っても一度は聴いておく価値のある、個性的な名演ばかりである。

ここに挙げた3つの中では、<ファルスタッフ>が演奏としては一番聴きやすいかも知れない。アメリカのロサンゼルス・フィルを起用しての録音なので、ミラノやウィーンの歌劇場オーケストラみたいな響きは期待できないが、彼らなりに健闘していると思った。ジュリーニの表現自体も、あとの2つに比べると随分付き合いやすいものに聴こえる。レナート・ブルゾンのタイトル役は、かつてのゴッビのような強烈な歌唱に比べると、何だか上品に聴こえるかも知れないが、これも名唱の一つと言ってよいのだろう。

一方、歌手陣が断然豪華なのは、<リゴレット>。これは、ウィーン・フィルとの録音だ。カプッチッリ、ドミンゴ、コトルバシュ、ギャウロフといった当時のベスト・メンバーが揃って、見事な歌の饗宴を聴かせる。録音のとり方も、歌手たちの声の方に重点が置かれているような印象がある。ただ、有名な「女心の歌」の伴奏などで特に強く感じるのだが、録音のとり方とは別に、ジュリーニの指揮はちょっと抑制が効き過ぎていると言うか、渋すぎるのではないかと思われる嫌いがなくもない。ジュリーニの<リゴレット>は同曲の代表的名演の一つではあるが、それは指揮者よりも歌手達の力による部分の方がずっと大きいだろうというのが、私の率直な感想である。

<トロヴァトーレ>は、指揮者ジュリーニのユニークな解釈が最も旗幟鮮明に打ち出されたものと言ってよいだろう。非常に遅いテンポ設定によって、この作品が持つドロドロとした情念みたいなものを鮮烈に描き出して見せた。オーケストラは、聖チェチーリア音楽院管弦楽団。ただし歌手陣には、はっきり言って出来不出来がある。(※ジュリーニの表現世界に沿わせながら、最もよく歌えていたのは、マンリーコ役のドミンゴ。逆にファスベンダーのアズチェーナは、歌に穴が開きそうなギリギリの歌唱だった。)ジュリーニの<トロヴァトーレ>に対する聴き手側の評価は、賛否が分かれると思う。例えば、かつてのフルトヴェングラーの<ドン・ジョヴァンニ>について、「この作品が内蔵する恐怖と戦慄を、大指揮者が深く抉り出した」という面を高く評価する人は絶賛した。しかし、「この作品はドラマ・ジョコーゾでもあり、様々な側面を持つものなのだから、恐怖という一側面だけをことさらに強調するのは疑問だ」と感じる人は首をかしげた。ジュリーニは、<トロヴァトーレ>という作品が持つ「復讐心や呪わしい運命に裏打ちされた、暗い情念の世界」という部分を拡大して示したのだが、そこを高く買うか、首をかしげてしまうか、やはり分かれるところだろうと思う。

最後に、巨匠の生前の雄姿を偲ぶ縁(よすが)となる映像記録のお話を付け加えて、今回の記事を締め括りたいと思う。ジュリーニの映像記録が全部でいくつ遺されているのかはわからないが、私がこれまでに視聴出来たのは、とりあえず3種。ミケランジェリとの<皇帝>、晩年のホロヴィッツとのモーツァルト、そして1981年にプロムスでライヴ収録されたロッシーニの<スターバト・マーテル>である。

私が観たこの3つの中では、ロッシーニ作品の映像が最も感銘深いものだった。ミケランジェリとの<皇帝>もなかなか良かったが、やはりロッシーニの壮大な声楽作品の方がジュリーニに合っている。実際、ここでのジュリーニは水を得た魚の如く、極めて熱っぽい演奏を聴かせてくれるのだ。細かいアンサンブルのことを言えば、この公演の後に同じ顔ぶれで録音されたグラモフォン盤の方が、全体にしっかりしている。しかし、ここにはライヴならではの感興と熱気がある。4人の独唱者について言うと、アルトのルチア・ヴァレンティーニ=テッラーニと、バスのルッジェーロ・ライモンディが良い。特に、ヴァレンティーニ=テッラーニの声と歌唱は絶品である。ソプラノのカーティア・リッチャレッリも熱唱だが、安定感の点でやはりグラモフォン盤の方が上だろう。テノールのダルマシオ・ゴンザレスは明らかに、グラモフォン盤の方が良い。この日はやや不調だったように聴こえる。

しかし、何よりもこの映像、ジュリーニの指揮姿がアップになる時が一番楽しい。いろいろな発見があるのだ。映画スターのクリント・イーストウッドを思わせる風貌と、すらりとした長身。そして意外なのは、この巨匠のバトン捌きがかなり単調な事。両手の上下動と、しゃくりあげ動作がほとんどを占めている。それでも、リハーサルがしっかり出来ているのか、楽員たちにしっかりとニュアンスが伝わっている。また、随所で合唱団と一緒になって歌詞をなぞっているらしく、口がパクパク動いたりする。第8曲、第10曲のような力強い音楽の箇所では、両目をかっと見開いて見せたりする。こんな風に、ジュリーニが生のステージでどんなアクションを使う人なのか、それがつぶさに見て取れるのは何とも嬉しい。(※今回私は、この<スターバト・マーテル>の映像をあらためて視聴し、巨匠を追悼したのだった。)

ちなみに、このコンサート映像、画像は美しいカラーだが、音声の方は高品位ながらモノラルである。しかし、こうして“今は亡き人”になられてしまうと、これなどもつくづく貴重な記録になったなあと思う。勿論、私がまだ観ていないだけで、他にも良い物はたくさんあるのだろうけれど・・。


ジュリーニ先生、ありがとう。 どうぞ、安らかに・・。
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歌曲集<消えた男の日記>

2005年06月17日 | 作品を語る
迸(ほとばし)るような青春の情熱を描いた、ヤナーチェクの傑作歌曲集。テノール独唱、アルト独唱、女声合唱(※基本的には3部)と、ピアノ伴奏によって演奏される。

ある村の若者が、ジプシーの娘と恋仲になる。この二人のやりとりと、男の情熱的な想いがつづられていく。父親が連れてきた許婚(いいなずけ)まであった男だが、彼はあるジプシー娘と出会い、心惹かれる。歌曲集の出だしは、その娘と出会って恋に落ちた男の悩める心が中心に綴られる。やがて、ジプシー娘の方も少しずつ、彼にモーションをかけるようになる。だんだんと官能の度合いを強めながら・・。そしてある日、ついに二人は「男女の関係」を持つ。(※第13曲のピアノ独奏曲が、この二人の性行為の場面とされている。)「ジプシーと深い関係を持ってはならない」という村の掟を破ってしまったこの男は、しかし、その後も娘との逢瀬を続け、子供を持つまでに至る。彼は最後に、父、母、妹への謝罪と別れの言葉を書き残し、ジプシー達とともに村から消えたのであった。ヤナーチェクが住んでいたところから少し離れた村で実際に起こった、ある若者の失踪事件と、彼の日記からわかったジプシー娘との恋の話をもとに書かれた作品とのこと。

先頃アンドレ・プレヴィンの名ピアニストぶりを語ったことで、「名指揮者にして、名ピアニスト」という例が何人か思い浮かんだ。そしてその中で、ラファエル・クーベリックがこの作品の録音で驚くべき名ピアニストぶりを披露していたことを思い出したので、今回この歌曲集をトピックにしようと思い立った次第である。

エルンスト・ヘフリガーとケイ・グリフェルの共演に、指揮者のラファエル・クーベリックがピアノ伴奏を行なって録音された<消えた男の日記>(グラモフォン盤)。これは予想以上に(と言ったら失礼ながら)、本当に見事な演奏である。歌詞が残念ながらドイツ語版なので、例えば第20曲「私に一人のいい娘だが」あたりに象徴されるような、原語の響きがもたらす独特の味わいは薄れているが、ヘフリガーの真摯な歌いぶりは好印象を残すものだ。しかし、それ以上に、指揮者クーベリックによるピアノ伴奏の見事さには舌を巻いてしまう。基本的にゴツゴツした音を使っているのだが、それがヤナーチェク音楽の土俗的な生命力をしっかりと打ち出してくれている。表情も極めて雄弁で、時に激しく、時に寂しげに、見事に歌手たちの名唱に寄り添っていくのである。第4曲「つばめの巣では」の叙情性、第10曲で女声合唱に合わせて聴かせる切なさ、そして終曲を締めくくる圧倒的なまでの共感に溢れた力強さ。これはもう、プロのピアニストも顔負けだ。

原語版による演奏では、ミロスラブ・フリドレヴィチ(T)とヴィエラ・ソウクポヴァー(Ms)が歌ったEMI録音が、名演奏の誉れ高いものである。LP発売時(1974年)にレコード・アカデミー賞も受賞している。実際、その演奏は素晴らしいもので、とりわけ、若者を歌うフリドレヴィチの歌唱が絶賛に値する。ソウクポヴァーのジプシー娘はかなり肉感的でスケールが大きいものだが、まあ、実力の名唱と言ってよいだろう。部分的にはクーベリックに一歩を譲るものの、ラドスラフ・クヴァピルが聴かせるピアノ伴奏も、全体的に申し分のない出来栄えになっている。さらにパヴェル・キューンが指揮した女声アンサンブルの美しいこと。クーベリック盤の方は、やや遠くから聞こえる濁り気味の合唱という感じだが、キューンの女声アンサンブルは、音質鮮明で声にも澄み切った美しさがあって心地良い。原語版での歌唱という点も含めて、とりあえずこちらがファースト・チョイスの名盤だろう。

青春の歌曲集といえば、シューベルトの<美しき水車小屋の娘>や、シューマンの<詩人の恋>などの名作も勿論思い浮かぶのだが、このヤナーチェク作品もまた、趣や毛色こそ違うものの、やはり愛惜すべき青春の詩(うた)の一つであることは間違いない。全く初めて聴く人には戸惑いを与える音楽かも知れないが、わかってくると格別な味がしみ出てくる名作である。

(PS) FMで聴いたA・カンポーリのヴァイオリン

この間の日曜日(2005年6月12日)、NHK-FMの朝の番組『20世紀の名演奏』で、アルフレード・カンポーリというヴァイオリニストの特集をやっていた。その中で、エイドリアン・ボールトの伴奏指揮によるメンデルスゾーンの<ヴァイオリン協奏曲>(の有名な方)と、アタウルフォ・アルヘンタの指揮によるチャイコフスキーの<ヴァイオリン協奏曲>が紹介されたのだが、これは私には新発見であった。前者は1958年、後者は1956年の最初期ステレオ録音だそうで、「へえ、こういう記録があったのか」とまずは驚き、それからちょっと喜んだのである。アルヘンタが指揮したチャイコフスキーの<ヴァイオリン協奏曲>・・う~ん、興味津々。

国内盤CDでも発売された≪クライスラーを讃えて&アンコール集≫等でも聴かれる通り、カンポーリは輪郭のくっきりとした、濃い音を出す人だ。同じイタリア系でも、アッカルドのような線の細い音ではなく、あのフランチェスカッティにむしろ近い感じがする。メンデルスゾーンで合わせていたボールトの指揮も、力強いものだった。聴く人によっては、「これはちょっと、強過ぎ」なんて感じられるかも知れないが、私はこの豪快さが結構気に入った。カンポーリの濃いヴァイオリンに、よく合っている感じがする。手応えドシン、の演奏である。

チャイコフスキーの伴奏を務めるアルヘンタの指揮は、さすがにこの人らしい情熱的な音楽を生んでいた。と言っても、全体的にそんなにクレイジーではなく、意外とまとも(笑)。ソノリティとしては、やはりアルヘンタ・トーンとでも言おうか、低音の少ない腰の軽い音だ。重厚なロシア風サウンドとは、趣が異なる。聴いていてちょっと気になったのは、第1楽章。例の有名なクライマックス部分は立派なのだが、その直前と楽章の終わりにさしかかるところで、ソロともども楽譜をいじったらしく、聴きなれない音の展開がある。何だろう、あれ?続く第2楽章は、特に変った印象なし。―という訳で、演奏全体の中では、第3楽章が一番楽しめた。各木管楽器のソロがいい味を出しているのと、アルヘンタが煽りまくるコーダの追い込み。この終曲は非常に楽しかった。

(次回予告)

カルロ・マリア・ジュリーニが他界したというニュースを昨日、目にした。私は特にジュリーニ・ファンという訳でもなかったのだが、こうしてその訃報に触れると、思い出深い演奏がいくつか脳裏に浮かんでくる。次回は、このジュリーニをトピックにして語ってみようと思う。臨時追悼記事である。
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