クラシック音楽オデュッセイア

2009年の大病以来、月1回程度の更新ペース。クラシックに限らず、身の回りの事なども、気の向くままに書いております。

<ショーロス第10番>の聴き比べ

2005年11月15日 | 演奏(家)を語る
前回に続きヴィラ=ロボスの傑作<ショーロス第10番>について、今回はCDで入手可能な物から、私が聴いて知っている3種の演奏についての感想文を書いてみたい。

1.ヴィラ=ロボス自身の指揮によるモノラル盤 【EMI系】

ヴィラ=ロボスという人は作曲のみならず、様々な楽器も使いこなす多芸多才な人だったと伝えられている。「オーボエだけは難しくて諦めたが、他はだいたい出来た」というような話を昔何かで読んだ記憶がある。特にギターの腕前は、なかなかのものだったそうだ。また、この人はオーケストラの指揮者としても、自作自演に名演を遺している。<バキアナス・ブラジレイラス>をはじめとする相当数の録音(EMI系)があって、これは今でもCDボックス・セットの形で入手が可能なようである。

ただ、<バキアナス・ブラジレイラス>のように編成が基本的に小振りで、各楽器の奏者にある程度意向が伝われば、後はオートパイロットでもやれちゃいそうな曲が中心になっているものならいいけれど、<ショーロス第10番>のようなとんでもなく大掛かりな規模のサウンドをしっかりまとめて引っ張るとなったら、やはり相当な腕前が必要となってくる。しかし率直に言って、ヴィラ=ロボス先生には残念ながら、指揮者としてそこまでの腕前はなかったようである。

イントロ部分は、文句なし。非常に野蛮な響きが聞けてうれしい。フランスのオーケストラからこういう凶暴な音を出してくれたのは素晴らしい。「作曲者はこういうテンポで、またこういう響きで始めることを望んでいた」というのが記録されているわけだから、その意味でもこれは貴重だ。それに続く夜の情景を思わせる部分では、弦楽器の歌わせ方に独特の表情が出ていて面白い。また、この部分で特に顕著に出ている特徴は、作曲家が管楽器セクションに求めた鋭い音である。これはヴィラ=ロボスの音の好みを反映したものと考えてよいかもしれない。で、そこまではいいのだが、いよいよ合唱団が出てきて熱狂的な本編に入ると、指揮者としてのヴィラ=ロボスの限界がさらけ出されてしまうのである。

手短に言えば、オーケストラの各楽器と合唱団のバランス、つまり、どの部分ではどれを引き出してどれを引っ込めるかみたいな、その鳴らし方の配分がまるで出来ていないのである。だから器楽奏者も歌い手も、皆思うままに鳴らし思うままに歌って、ズンチャカズンチャカとひたすら突っ走ってしまうものだから、聴いていてやかましいばかりなのだ。この演奏が雑然とした聞き苦しいものになってしまっているのは、ひとえに指揮者の責任である。とにかく、鳴らし方のバランスが悪い。音質はモノラルながら鮮明なので、よほどオーディオ的にこだわらなければ音の点では問題無いものと思うが、これだけを聴いて作品自体の評価をするのは、ちょっとまずかろうと思う。

私は何年か前に、この<ショーロス第10番>を含んだ一枚物の自作自演CDを見つけてお手ごろな価格で入手したのだが、今はどうだろうか。上述のボックス・セットでしか手に入らないかも知れない。そうなると、他の曲もまとめて聴きたいという方以外には、かなり高い買い物になってしまいそうだ。

2.ティルソン=トマス指揮ニュー・ワールド・シンフォニー、他 【ソニー】

ティルソン=トマスという指揮者は、恐ろしいほど耳がいい。多数の打楽器を抱えた大編成のオーケストラに加えて混声合唱、さらに独奏ピアノまで参加してくる爆裂音楽を、まったく超人的とも言うべき耳の良さで、きれ~いに交通整理して鳴らす。本当に聴いていてびっくりさせられるような明晰さである。各楽器は徹底的に“お行儀よく”鳴らされ、誰一人ハメを外すような者は出て来ない。複雑な合唱の絡み合いも、これまた徹底的に整理整頓されてきれ~いに歌われる。よくある言い回しを使えば、スコアの透かし彫りを見るような演奏である。上に挙げた作曲者自演盤の、まさに対極にあるものだ。

だから、当CDは、<ショーロス第10番>の複雑なスコアのからくりをとことん解読しつくしたいという、言わば研究家肌のファンには大歓迎されることだろう。しかし正直言って、この完璧無類のデオドラント(=脱臭された)・サウンドは、私をちっとも燃えさせてくれない。併録された<バキアナス・ブラジレイラス>も、全く同様。極めて都会的、というか“究極の洗練美”みたいなものが示されたこれらの演奏には、つくづく感心はさせられるものの、熱狂や興奮といった大事な要素は最後まで感じさせてもらえないのである。

3.マータ指揮シモン・ボリバル交響楽団、他 【Dorian】

飛行機事故で不慮の死を遂げたメキシコの怪人(?)エドゥアルド・マータ。知る人ぞ知る、かも知れない。最近タワーレコードさんが復刻してくれたロンドン響との<春の祭典>は最高だった。この人気作については私も何十という演奏を聴いてきたが、これほど楽しく聴かせてもらったのは久しぶりだった。

閑話休題。当CDで演奏しているのは、ブラジルのご近所にあるベネズエラのオーケストラである。ここでもマータ節が炸裂している。イントロ部分はゆっくりした感じだが、全体的には速めのテンポ。冒頭のピアノ・ソロの粒立ちの良さ、そして弦のピチカートのきびきびした生きの良さから、だいたいの演奏の姿が予測できる。いかにもこの指揮者らしく、熱気を孕(はら)みながらもパリッとした佇まいの音楽だ。従って土俗感みなぎる粘っこさみたいな要素は希薄なので、その辺が物足りなくも感じられる。

夜の情景を思わせる部分では、木管群につけさせた表情がかなり鮮烈だ。ヴィラ=ロボスの自演盤以上に鋭い音色で、様々な熱帯の鳥たちの歌を極めて濃い隈取りで描いていく。そして、本編に入る直前にとんでもないシンバルのドバッシャーン!が加わるのも、マータならではの(?)やりたい放題。ただし、その後のファゴットとピアノは随分控えめである。やがて合唱団が登場して本編に突入すると、テンポがぐっと速くなる。曲の進行にアクセントを付ける各楽器による合いの手が、マータ盤ではとりわけ印象的だ。バス・ドラムのドーン!ドーン!あるいは、マンドリン(または、それに類する楽器)のジャンジャカジャカ、ジャンジャカジャカ・・。何とも個性的な彩りをもった<ショーロス第10番>である。

この演奏、土俗的な粘りに乏しいのが物足りなかったり、あるいは幾分メタリックな響きを持ったマータ特有のサウンドにちょっと違和感を持ってしまう面があったりするのも否定できないが、上記の2種よりは多少は良いかも知れない。演奏に対する感じ方は人それぞれなので、あんまりな事は言えないが・・。

さて、そういう訳で私がやたら入れ込んでしまっているカルバリューなる人物のバイエルン・コンサートでは、あの当日他にどんな曲が演奏されたのだろうか。まさか、たった12分の<ショーロス第10番>1曲のためだけに、フレイレのような名のあるピアニストを招き、バイエルン放送の合唱団まで引っ張り出しての演奏会をやる訳はない。これは多分、《ブラジル音楽の夕べ》みたいな企画だったのではないかと推測されるのだが、もしバイエルン放送協会にこの時のテープが保存されているなら、是非CD化してほしいものだ。

それも出来たら、鮮明な音でCD化してくれるレーベルさんにお願いしたい。例えば、この種のライヴ音源をよく復刻してくれる某社のCDは、こもったような貧しい音のものをそのまま出してくるから、買って聴いたらガッカリという事がよくあるのだ。例えば、ズビン・メータがウィーン・フィルを指揮した<春の祭典>ライヴを昔FMで聴いて感激し、同音源がCD化されたことを知って飛びつくように買ったものの、その貧しい音質には愕然とさせられてしまった。結局、中古売却。そんな事にしたくないのである。

しかし、それよりもっと実現性が高いのは、将来ナクソスあたりから新録音が出ることだろう。その方がずっと期待出来そうだ。そういうことになれば音質的な問題はほとんど無いだろうから、あとは演奏である。この作品こそ、良い演奏で聴きたい。もしナクソスだったら、あの<タプカーラ>の時のようなひどい人選ミスだけはくれぐれもしないでほしいと、切に願う。

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3 コメント

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ショーロスは (Junco)
2005-11-17 22:11:16
どういうわけか9番まではあるんですが10番が聴けないんですよね。なんか面白そうなのになぁ(-_-)



それから「ティレジアスの乳房」図書館で見つけて面白い名前だなぁって思ってたら、甚六さんが書かれてたので借りようと思って次に行ったらなかったです。きっと甚六さんのブログを読んでいる人の仕業に違いない。(;_;)



ということでどっちもコメントのしようがないですが、歌劇の方は次に行ったら見つかるかも。聴いたらまた感想書きますね。(^_^)v



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ショーロス第10番は (甚六)
2005-11-19 17:43:14
もう例外的と言ってもいい、ヴィラ=ロボスの最高傑作で~す!。将来良い演奏のCDが出てくれるといいのですが・・。そう言えば最近、外国の通販サイトでアセンシオの指揮によるCDを見つけたのですが、国内サイトでは入手不可能で、今悔しがっているところです。^^;)



「ティレジアスの乳房」は、三大歌劇の中では一番、プーランクっぽい感じがしますね。内容的には「声」や「カルメル派」の方がズシリと来ますけど・・。



また見に来てくださいね。
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Unknown (はじめまして)
2024-06-20 00:27:28
はじめまして こんばんは
今日NHK-FMで放送されましておおっと思い検索し、コメントを残しております

今日の放送はマイケル・ティルソン・トーマスの96年録音のものでした。合唱のリズム感に心躍るものがあったのですが、他のおすすめ録音も聴いてみたいと思います
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