前回は、NHK-FM番組『20世紀の名演奏』で12月6日に放送されたヤーノシュ・シュタルケルの特集を基にして、一つの記事を書いた。そのつながりで今回は、同番組で翌週の日曜日(12月13日)にやっていた「ユージン・オーマンディ指揮フィラデルフィア管弦楽団の名演」を聴いた時の感想みたいなものを、ちょっと書いてみようかと思う。
この名コンビの演奏録音について私が持っている大まかなイメージを先に整理しておくと、大体次のような感じになる。「壮年期のオーマンディがCBSソニーに行なった演奏録音には、基本的に熱気や覇気の感じられるものが多い。ただし出来栄えに関しては、曲ごとの当たり外れの差が大きい。後年RCAやEMIに録音されたものには円熟味や貫禄が備わっていて、大きな外れはない。ただし曲によっては、“緩い演奏”というマイナス印象の方が強く残ってしまう例も少なからず見受けられる」。今回の放送で取り上げられたいくつかの演奏は、そのようなイメージを改めて確認させてくれたような気がする。
まず1曲目は、ジャック・イベールの交響組曲<寄港地>(番組司会者の前口上を聞き逃したが、おそらく1970年頃のRCA録音)。ゆったりしたテンポ、豊かに鳴り響くオーケストラ。いかにもこのコンビらしい、ゴージャス風味の演奏だ。と同時にこれは、いささか緩んだ演奏という印象も与えずにはおかない。例えば第1曲『ローマ~パレルモ』のクライマックス部分など、はっきり言って緊張感が足りない。(※この曲については初演者のポール・パレーをはじめ、モントゥーやミュンシュらも、基本的に速めのテンポによるスリリングな演奏を録音に遺している。総合点ではやはり、パレー盤が一番かと思う。1970年代のマルティノン盤はややゆっくり目だが、数ヶ月前に20ビット盤CDで聴きなおしたら、演奏・録音とも何だかピンボケたようなものに感じられてしまった。)
この日の4曲目に流れたレスピーギの交響詩<ローマの噴水>(1974年・RCA録音)についても、大体上と同じような事が言えるように思う。昔、私はこの演奏のCDを持っていた。いわゆる「ローマ三部作」をまとめた1枚である。トスカニーニが遺した極めつけの名盤がモノラル録音なので、ステレオ録音の名演を求めていろいろ渉猟して歩いた中に、オーマンディのRCA盤も含まれていたというわけである。しかしこれ、あの宇野功芳氏が絶賛しているほどに良いものだとは、私には思えなかった。確かに豪勢なオーケストラ・サウンドは楽しめるのだが、三部作全体にわたって何だか締まりが悪いように感じられたのだ。で、ほどなく売却。結局そのCDで私が気に入ったのは、<ローマの祭り>の第1曲『チルチェンサス』だけだった。ああいう金管の迫力は、他ではなかなか聞けないから。
順番が前後するが、2曲目と3曲目に放送されたのはアレンジ物だった。M・サージェントの編曲によるボロディンの<ノクターン>(1957年録音)と、フロスト編曲によるチャイコフスキーの<アンダンテ・カンタービレ>(1966年録音)である。後者は昔、LPで持っていた。前者<ノクターン>は今回初めて耳にしたが、とても良いと思った。フィラデルフィア管が誇る弦楽セクションの豊かにして程よく引き締まった響き、そしてオーマンディのタクトが生み出す妥当性の高い自然なフレージング、それらが最良の形で実を結んだ名演になっている。両曲ともいわゆる“コクのある演奏”ではないのだが、オーケストラの美しいサウンドを気楽に楽しめるソースとして、これからも一定の需要は見込まれるものと思う。
5曲目に紹介されたのは、M・ロストロポーヴィチの独奏によるショスタコーヴィチの<チェロ協奏曲第1番>(1959年・ステレオ録音)。同じメンバーによるアメリカ初演の直後に録音されたものらしい。今回これを聴いた感想を手短に言えば、「とても丁寧で、落ち着いた作りの演奏だな」というところである。ロストロポーヴィチのチェロはいつもながら雄弁で闊達。オーマンディが指揮するオーケストラ伴奏も、上手に合わせている。ただ、この演奏だけを聴いている分には特に不満のない標準的名演に感じられるのだが、タコ先生の<チェロ協奏曲>にはもっと凄いライヴ盤が他に存在するのである。で、そちらを知ってしまうと、当オーマンディ盤はどうにも生ぬるくて影の薄いものとなってしまうのだ。
熱心なファンの方は既にご存知のことと思われるが、この曲にはロストロポーヴィチのチェロ独奏、エフゲニ・スヴェトラーノフ指揮ロシア国立交響楽団の演奏によるモスクワ音楽院でのコンサート録音(Russian Disc盤)というのがあって、これがもう凄いのである。初演から7年ほどを経て曲を完全に薬籠中のものとした名チェリストが、作曲者も客席に居たという生演奏の場で入魂の名演を展開する。全編に渡ってオーマンディ盤とは比較にならないほどの抉り込みを見せるチェロ独奏はひたすら圧巻の一語だが、スヴェトラーノフの指揮もまた大変な迫力。特に爆弾が炸裂したかのようなティンパニーの鋭い打ち込みは強烈至極で、聴き手の度肝を抜く。1966年9月29日に行なわれた演奏会のステレオ録音ということで、音質的にも問題なし。参考までに、併録曲は同じ作曲家による<チェロ協奏曲第2番>。1967年9月25日のステレオ・ライヴ。で、この第2番がまた圧倒的な豪演。ショスタコーヴィチの<チェロ協奏曲>を聴くなら、Russian Disc盤が迷う余地なきファースト・チョイスと言ってしまってよいと思う。
さて、当日の放送で最後に取り上げられたのは、ムソルグスキー(ラヴェル編曲)の組曲<展覧会の絵>(1966年録音)であった。この作品については、以前同じコンビによるRCA盤(1973年録音)の方を買って随分がっかりしたものだった。「何だ、この程度の演奏か。面白くも何ともないわ」という感じであった。で、すぐに売却。しかし、今回初めて聴くことのできたソニー盤の演奏は、結構良かった。指揮に活気がある。全体に速めのテンポで、熱気を伴った豊麗なサウンドが鳴り響き、聴き手をぐいぐい惹きつける。冒頭『プロムナード』のやたらな輝かしさからいきなりニンマリさせられるが、その後も全曲通して飽きることなく付き合っていける。特に、『ブイドロ』が面白い。通常はゆっくり、どっしりと演奏される曲が、ここでは異例とも言えるような速さでぐんぐんと盛り上がるのだ。(これを聴きながらふと、私はトスカニーニによるモノラル期の名演、あの壮烈無比な『ブイドロ』を思い出した。それよりはさすがに落ちるものの、壮年期のオーマンディによる快速名演もまた、十分に魅力的。)オーマンディが同じ作品を複数回録音している場合、普通はCBSソニーの旧録音よりも、もっと円熟したRCAやEMIなどへの再録音の方が好ましく思われるものが多い。しかし、こと管弦楽版<展覧会の絵>に関して言えば、ソニーの旧録音の方が逆に良いように感じられた。
―というところで、今回はこれにて・・・。
この名コンビの演奏録音について私が持っている大まかなイメージを先に整理しておくと、大体次のような感じになる。「壮年期のオーマンディがCBSソニーに行なった演奏録音には、基本的に熱気や覇気の感じられるものが多い。ただし出来栄えに関しては、曲ごとの当たり外れの差が大きい。後年RCAやEMIに録音されたものには円熟味や貫禄が備わっていて、大きな外れはない。ただし曲によっては、“緩い演奏”というマイナス印象の方が強く残ってしまう例も少なからず見受けられる」。今回の放送で取り上げられたいくつかの演奏は、そのようなイメージを改めて確認させてくれたような気がする。
まず1曲目は、ジャック・イベールの交響組曲<寄港地>(番組司会者の前口上を聞き逃したが、おそらく1970年頃のRCA録音)。ゆったりしたテンポ、豊かに鳴り響くオーケストラ。いかにもこのコンビらしい、ゴージャス風味の演奏だ。と同時にこれは、いささか緩んだ演奏という印象も与えずにはおかない。例えば第1曲『ローマ~パレルモ』のクライマックス部分など、はっきり言って緊張感が足りない。(※この曲については初演者のポール・パレーをはじめ、モントゥーやミュンシュらも、基本的に速めのテンポによるスリリングな演奏を録音に遺している。総合点ではやはり、パレー盤が一番かと思う。1970年代のマルティノン盤はややゆっくり目だが、数ヶ月前に20ビット盤CDで聴きなおしたら、演奏・録音とも何だかピンボケたようなものに感じられてしまった。)
この日の4曲目に流れたレスピーギの交響詩<ローマの噴水>(1974年・RCA録音)についても、大体上と同じような事が言えるように思う。昔、私はこの演奏のCDを持っていた。いわゆる「ローマ三部作」をまとめた1枚である。トスカニーニが遺した極めつけの名盤がモノラル録音なので、ステレオ録音の名演を求めていろいろ渉猟して歩いた中に、オーマンディのRCA盤も含まれていたというわけである。しかしこれ、あの宇野功芳氏が絶賛しているほどに良いものだとは、私には思えなかった。確かに豪勢なオーケストラ・サウンドは楽しめるのだが、三部作全体にわたって何だか締まりが悪いように感じられたのだ。で、ほどなく売却。結局そのCDで私が気に入ったのは、<ローマの祭り>の第1曲『チルチェンサス』だけだった。ああいう金管の迫力は、他ではなかなか聞けないから。
順番が前後するが、2曲目と3曲目に放送されたのはアレンジ物だった。M・サージェントの編曲によるボロディンの<ノクターン>(1957年録音)と、フロスト編曲によるチャイコフスキーの<アンダンテ・カンタービレ>(1966年録音)である。後者は昔、LPで持っていた。前者<ノクターン>は今回初めて耳にしたが、とても良いと思った。フィラデルフィア管が誇る弦楽セクションの豊かにして程よく引き締まった響き、そしてオーマンディのタクトが生み出す妥当性の高い自然なフレージング、それらが最良の形で実を結んだ名演になっている。両曲ともいわゆる“コクのある演奏”ではないのだが、オーケストラの美しいサウンドを気楽に楽しめるソースとして、これからも一定の需要は見込まれるものと思う。
5曲目に紹介されたのは、M・ロストロポーヴィチの独奏によるショスタコーヴィチの<チェロ協奏曲第1番>(1959年・ステレオ録音)。同じメンバーによるアメリカ初演の直後に録音されたものらしい。今回これを聴いた感想を手短に言えば、「とても丁寧で、落ち着いた作りの演奏だな」というところである。ロストロポーヴィチのチェロはいつもながら雄弁で闊達。オーマンディが指揮するオーケストラ伴奏も、上手に合わせている。ただ、この演奏だけを聴いている分には特に不満のない標準的名演に感じられるのだが、タコ先生の<チェロ協奏曲>にはもっと凄いライヴ盤が他に存在するのである。で、そちらを知ってしまうと、当オーマンディ盤はどうにも生ぬるくて影の薄いものとなってしまうのだ。
熱心なファンの方は既にご存知のことと思われるが、この曲にはロストロポーヴィチのチェロ独奏、エフゲニ・スヴェトラーノフ指揮ロシア国立交響楽団の演奏によるモスクワ音楽院でのコンサート録音(Russian Disc盤)というのがあって、これがもう凄いのである。初演から7年ほどを経て曲を完全に薬籠中のものとした名チェリストが、作曲者も客席に居たという生演奏の場で入魂の名演を展開する。全編に渡ってオーマンディ盤とは比較にならないほどの抉り込みを見せるチェロ独奏はひたすら圧巻の一語だが、スヴェトラーノフの指揮もまた大変な迫力。特に爆弾が炸裂したかのようなティンパニーの鋭い打ち込みは強烈至極で、聴き手の度肝を抜く。1966年9月29日に行なわれた演奏会のステレオ録音ということで、音質的にも問題なし。参考までに、併録曲は同じ作曲家による<チェロ協奏曲第2番>。1967年9月25日のステレオ・ライヴ。で、この第2番がまた圧倒的な豪演。ショスタコーヴィチの<チェロ協奏曲>を聴くなら、Russian Disc盤が迷う余地なきファースト・チョイスと言ってしまってよいと思う。
さて、当日の放送で最後に取り上げられたのは、ムソルグスキー(ラヴェル編曲)の組曲<展覧会の絵>(1966年録音)であった。この作品については、以前同じコンビによるRCA盤(1973年録音)の方を買って随分がっかりしたものだった。「何だ、この程度の演奏か。面白くも何ともないわ」という感じであった。で、すぐに売却。しかし、今回初めて聴くことのできたソニー盤の演奏は、結構良かった。指揮に活気がある。全体に速めのテンポで、熱気を伴った豊麗なサウンドが鳴り響き、聴き手をぐいぐい惹きつける。冒頭『プロムナード』のやたらな輝かしさからいきなりニンマリさせられるが、その後も全曲通して飽きることなく付き合っていける。特に、『ブイドロ』が面白い。通常はゆっくり、どっしりと演奏される曲が、ここでは異例とも言えるような速さでぐんぐんと盛り上がるのだ。(これを聴きながらふと、私はトスカニーニによるモノラル期の名演、あの壮烈無比な『ブイドロ』を思い出した。それよりはさすがに落ちるものの、壮年期のオーマンディによる快速名演もまた、十分に魅力的。)オーマンディが同じ作品を複数回録音している場合、普通はCBSソニーの旧録音よりも、もっと円熟したRCAやEMIなどへの再録音の方が好ましく思われるものが多い。しかし、こと管弦楽版<展覧会の絵>に関して言えば、ソニーの旧録音の方が逆に良いように感じられた。
―というところで、今回はこれにて・・・。