クラシック音楽オデュッセイア

2009年の大病以来、月1回程度の更新ペース。クラシックに限らず、身の回りの事なども、気の向くままに書いております。

ロジェ・デゾルミエール

2005年06月30日 | 演奏(家)を語る
前回のシュライアー(Schreier)からrをアルファベットでしりとりして、今回はフランスの名指揮者ロジェ・デゾルミエール(Roger Desormiere)について語ってみたいと思う。かなり古い時代の人になってしまうが、「芸術家の個性って、本当にいいもんだよなあ」とつくづく実感させてくれるような、貴重な演奏録音を遺している。

この人は基本的にバレエ指揮者で、劇場の人だった。少なくとも録音に遺されているものを見る限り、圧倒的にバレエ音楽のレパートリーが中心で、他にいくつかの管弦楽曲が見つかるぐらいのようである。それと、後述する歴史的なオペラ上演の記録が一つ、今現役盤で見つかる。

私がデゾルミエールの演奏を初めて聴いたCDは、パリ音楽院管弦楽団を指揮したドリーブの<コッペリア>と<シルヴィア>の各組曲、そしてプーランクの<牝鹿>組曲を収めたデッカのモノラル盤だった。テンポは概して速めで、音像も結構シャープである。生命感に溢れた、粋で洒脱なバレエ演奏であり、独特のエレガンスが香る音楽になっている。音色的には、とりわけ木管楽器に個性が強く出る人だ。その独特な響きは、花の香りというよりはチーズの香りにでも例えてみたくなるようなものである。聴く人によって、好悪が分かれるかも知れない。この特徴的な音色は、プーランクの<牝鹿>に特に顕著に出ている。

実を言うと、そのチーズの香りを思わせるような木管の響きというのは、「パリ音楽院管弦楽団というオーケストラ自体が持っていた特有の響きだった、という面が大きいだろうな」とずっと考えていた。しかし、それはやはり指揮者デゾルミエールが引き出していたサウンドと見るべきかも知れないと思わせたのが、少し前に発売されたEMIの輸入盤CDである。これは、デゾルミエールがパリ音楽院管ではなく、フランス国立放送管弦楽団を指揮して録音した、ロシア音楽の2枚組アルバムだ。1枚目には、チャイコフスキーの<くるみ割り人形>と<白鳥の湖>各組曲が納められ、2枚目にはR=コルサコフの<金鶏>組曲と<スペイン奇想曲>、そしてグラズノフのバレエ<四季>が収められている。

聴いてみるとやはり、先述のパリ音楽院管とのCDと、ここでもソノリティがそっくりなのである。速めのテンポ、きびきびと軽やかで鮮やかな音像。独特のエレガンス。そして、あの個性強烈な木管。やはりこれは、デゾルミエール・サウンドと言うべきものらしいのだ。パリ音楽院管との録音について言えば、「もともと個性的だったオーケストラの管楽器群が、デゾルミエールの指揮によって一層濃い隈取りを与えられていた」と見るのが妥当なのかも知れない。

これら以外にも、Testamentレーベル等からデゾルミエールの録音は発売されているが、とりあえず、上に並べた演奏についての個人的な感想を述べてみたい。ドリーブ、プーランク、そしてチャイコフスキーのどれを取っても魅力的な名演ばかりだが、R=コルサコフの<金鶏>組曲とグラズノフの<四季>がとりわけ素晴らしいものだと、私は感じている。音色自体の魅力もあるが、その表情付けと生き生きした音楽運びが、とにかく聴いていて楽しいのである。<金鶏>あたり、ある意味どうでもいい曲である。しかし、これがデゾルミエールの指揮だと、楽しくて飽きないのだ。

グラズノフの傑作バレエ<四季>については、LP時代からボリス・ハイキンのメロディア盤、アンセルメのデッカ盤、スヴェトラーノフのEMI盤といった全曲録音を聴いてきたが、スヴェトラーノフは×ペケ、ハイキンは好演ながらもう一つコクが欲しく、結局アンセルメ盤で妥協していた。が、内容的には、このデゾルミエールの魅惑的なサウンドが今は一番好きである。1953年のモノラル録音ながら、音は十分聴きやすい。楽器の分離もなかなか良くて、「秋のバッカナール」でのタンバリンの鮮やかさなど、奏者の手の動きが目の前に見えるような気さえしてくる。

次いでオペラ。デゾルミエールはオペラの分野でも、大変貴重な記録を遺している。1941年、つまり戦時下の上演ライヴである。曲目は、ドビュッシーの歌劇<ペレアスとメリザンド>全曲。同一音源のものが、EMIを始めとするいくつかのレーベルから発売されている。私が入手したのは、ドキュメントという廉価レーベルの3枚組セットだった。1941年のライヴということで、ジリシャリ・ジリシャリ・ジリシャリ・・というノイズはもう仕方がない。しかし、当時の名歌手たちの声が、驚くほど鮮明に記録されている。ここに録音された管弦楽の響きはやや控えめだが、デゾルミエールの指揮による音色の魅力は、随所で嗅ぎ取ることが出来る。(※聴き取るというよりは、嗅ぎ取るという感じだ。)

実は、私にとって<ペレアスとメリザンド>は、どちらかと言えば苦手なオペラだった。アンゲルブレシュトの指揮によるシャンゼリゼ・ライヴ(※LP発売時にレコード・アカデミー賞を取っていたもの)、そしてクリュイタンスのEMIモノラル盤、どちらを聴いても当時の私にはピンと来ず、「まあ、作品自体がアタシにゃわからんのだな」みたいに諦めている部分があった。随分後になってカラヤンのEMI録音を聴いて、ようやく曲が掴めたような気がした。カラヤンの演奏は時として威圧的に過ぎる大音響が違和感を与えるものの、ずっと苦手としていた作品に取っ掛かりを与えてくれたという点で、私は結構感謝している。これは“本物”とは言い難いドビュッシー演奏だが、カラヤンが鳴らす音楽の分かりやすさは随一で、本当に「お蔭さまで、だいぶ作品の姿が掴めてまいりました。どうもどうも」なのである。(※但し歌手について言えば、魅力的なメリザンドを聴かせてくれたフォン・シュターデ以外は、かなり不満が多かったけれど。)

その後、デゾルミエール盤に触れた。先述の通り、録音が古かったりオケの音が控えめだったりで、物足りなさもある。しかし、若きジャック・ジャンセンのみずみずしいペレアス、そしてゴローを演じるエチュヴェリが揃って素晴らしく、生粋のフランス語による名唱を、時代を思わせない鮮明な音質で聴けたのは大きな喜びであった。このデゾルミエールの<ペレアス>は、いわゆるファースト・チョイスとしてはどうかと思うが、文字通り歴史的な記録として、いつか機会を見てお聴きいただきたいと思う。これは名盤である。

最後に、一つ。現在ネット通販ページなどで確認する限り、作曲家の顔も持っていたというデゾルミエールが自ら編曲したバレエ音楽<レ・シルフィード>は、どうも見つからないようだ。これは残念な事である。ショパンのピアノ曲をいくつか選んでオーケストレーションを施し、バレエ音楽として仕上げた<レ・シルフィード>には、よく知られたロイ・ダグラス編曲版以外にもいくつかの版が存在するのだが、その中でも最もエレガントな傑作と讃えられているのが、実はデゾルミエール版なのだ。これは是非、CD復活を望みたい。
コメント (2)
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