先頃語ったアドニスのスをしりとりして、今回からスメタナの作品についてのお話に入ってみたいと思う。作曲家スメタナと言えばやはり、6曲からなる連作交響詩《我が祖国》や、歌劇<売られた花嫁>などがとりわけ有名なものだろう。しかし当ブログでは、いわゆる「国民歌劇」に分類されるスメタナ作品のうち、その代表的な2作と言ってよいであろう<リブシェ>と<ダリボル>を中心に語ってみることにしたい。
まず今回は、英語訳でfestive operaという肩書きが付いている<リブシェ>の方から。これは、チェコの古い伝説に語り継がれる「女王リブシェの結婚と、王位委譲の物語」に、ある男女の色恋話を加えて脚色された祝祭オペラである。ただ、この祝典劇は全曲の演奏時間が約2時間30分という大作なので、細かい部分は割愛して大まかなポイントだけを見ていく形にしたいと思う。(※なお、登場人物の名前については、チェコ語の読み方が分からないため、一部推測で書いているものがある。その不正確な部分についてはあらかじめ、お詫びしておきたい。)
―祝典歌劇<リブシェ>のあらすじ
〔 第1幕 〕
父親が残した財産の相続を巡って、ある兄弟が仲違いしている。そしてこの一件の解決が、女王リブシェ(S)に託された。第1幕は、その裁定の場。ヴルタヴァ(=モルダウ)の谷に面したヴィシェフラトの城で、リブシェが裁定を下す。「兄弟二人で分け合って、一緒に管理しなさい」。弟のシュターラフ(T)はそれを受け入れるが、兄のクルドシュ(B)は納得しない。「近隣の国では、財産はすべて長男が引き継いでいる。それを何で、弟と分け合わなきゃならんのだ」。さらに彼は、男尊女卑の思想を露骨に打ち出し、「男が従う相手は、男のみ。女が出した裁定などに従えるか」とリブシェをなじって立ち去る。
(※輝かしいファンファーレに続いて、全体に祝典ムードの強い前奏曲が最初に演奏される。このファンファーレは、ドラマの大事なところで繰り返し出て来る重要モチーフである。やがてリブシェが登場し、「私を導くのは神々・・・」と長い独唱を始めるのだが、その中間部以降に、あの交響詩<モルダウ>で聴かれる音型によく似たものが出て来る。いかにもスメタナのオペラだなあ、と実感される瞬間だ。)
この一件の後、リブシェは決意する。「皆さんが今ご覧になったとおり、私は女であるという理由で侮辱を受けました。拳の力を持つ男性の統治がお望みなら、そのように致しましょう。私はこれから結婚して、夫となる男性に王位を譲ることにします」。リブシェの側近たちの中には、彼女が早く身をかためてくれることを望んでいた者も多かった。その一人であるラドヴァン(B)は、リブシェの決意を喜ぶ。「リブシェ様が自ら、良きお相手をお選びになりますように」という合唱を受けて、リブシェは意中の男性の名を叫ぶ。「彼の名は、プシェミスル」。全員の力強い合唱が轟くところで、第1幕が終了。
〔 第2幕 〕
第1幕の裁定の場で、一人苦悩していたクラサヴァ(S)という女性がいる。彼女は仲違いしている兄弟の兄の方クルドシュを愛しているのだが、気持ちの行き違いから、弟のシュターラフの方に気があるような素振りをずっと見せていた。その恋心のもつれが、兄弟の遺産相続争いに進展し、とうとうプリンセス・リブシェまでをも巻き込む事態になってしまったのだった。クラサヴァは今、それをひどく悩んでいるのである。ついに彼女は、父リュトボル(B)にそれまでの事情を打ち明ける。リュトボルは言う。「これからわしは、クルドシュを呼び出す。クラサヴァよ、クルドシュとの和解はお前自身で成し遂げよ」。やがて、父親の墓前に呼び出されたクルドシュが現れる。そこへクラサヴァがやって来て、自分の本心と、彼と行き違ってしまった事情を語り、変らぬ愛情を訴える。もともとクラサヴァを愛していたクルドシュは、頑なになっていた心をついに解き、彼女との愛を確かめ合う。その様子を見ていたリュトボル、ラドミラ、そしてシュターラフの三人は、「良かった。これであとは、リブシェ様との和解が図れれば」と喜ぶ。
場面変って、リブシェの結婚相手となるプシェミスル(Bar)の農場。のどかな雰囲気を醸し出す木管のアンサンブルを背景に、収穫作業をする4人が楽しげに歌う。それに続いて、チェロやホルンの効果的な独奏に導かれたプシェミスルの歌が始まる。その長い独白の中で、彼はリブシェへの想いを語り出す。「リブシェとともに学んだ日々が懐かしい。彼女の面影が、今も心から離れない・・・」。続いて、4人の刈り入れ人とプシェミスルのやり取り。「さあ、お昼だ。仕事を切り上げて、休むことにしよう」。
(※このお昼休みに入ろうとする場面では、いかにもチェコの音楽らしい活気に満ちた舞曲が出て来る。歌劇<売られた花嫁>で使われているモチーフの一つによく似たものだ。このあたりは、国民歌劇に必須とされる“民族素材の活用”という感じだろうか。)
そこへ、リブシェから派遣されたラドヴァンたち一行が馬に乗ってやって来る。ラドヴァンが、プシェミスルに言う。「我々は、女王リブシェの使いで参った。この白馬に乗って、そなたも参られよ。そしてヴィシェフラトの城門を、女王の配偶者としてくぐるのです」。ついに想いがかなうときが来た、とプシェミスルは喜ぶ。その後、裁判の場でリブシェが侮辱されて傷ついた出来事が彼に伝えられる。それから一同が揃って城に向かうところで、第2幕が終了。
(※この場面で聴かれる音楽としては、馬に乗ったラドヴァンたちの一行がだんだん近づいてくるところの情景描写が良い。ここでのスメタナの管弦楽表現は、実に巧みである。また、この第2幕は上の第1幕と同様、最後を締めくくる力強い合唱がなかなかの聴き物だ。)
〔 第3幕 〕
ヴィシェフラト城内。今回の一件の当事者たちが揃って、リブシェの前に集まっている。クルドシュとシュターラフの兄弟。その姉ラドミラ。そしてクラサヴァと、彼女の父リュトボル。穏やかな音楽を背景に、リブシェが優しく語りだす。「争いごとは解決しましたね。私も、これから結婚です」。続いて彼女は、クルドシュに向かって言う。「弟のシュターラフと握手し、クラサヴァと愛し合ってください。そして私があなたを許したように、私の夫もあなたを許してくれるように頼んでみます」。リブシェに感謝する一同の合唱。「リブシェ様の行くところ、いずこにも栄光がありますように」。
やがてラドヴァン、プシェミスルたちの一行が城に向かってくる。リブシェの喜びの歌。「彼がやって来るわ。そして、私の人生の大きな転機が。我が父クロク王よ、どうぞこの身に御加護を」。続いて、リブシェに仕える侍女たちによるお祝いの合唱。「お二人に幸せを」。
その一方、事件の発端となった一家ではまた悶着が起こる。クルドシュがまた、ごね始めたのだ。「リブシェは、王としての全権を夫に譲ると言わなかったか」。まわりの者たちは叱ったり嘆願したり、何とか彼をなだめようと四苦八苦。
そこへ、すっかりお馴染みになっているファンファーレがひときわ高らかに鳴り響き、婚礼の行列がやって来る。プシェミスルがリブシェと愛の言葉を交わし、王位就任宣言を行なう。そして新しく王となった彼は、リブシェを傷つけた裁判の一件に言及する。それを受けてクルドシュは、男としての自身の矜持(きょうじ)を述べた後、リブシェへの謝罪の意志を態度で示す。新王プシェミスルが、「そなたの名誉が土にまみれることはない。我が抱擁を受けよ」とクルドシュに告げると、全員による喜びの合唱が始まる。
―この続き、全曲の最後を締めくくる第3幕第6場「リブシェの予言」については、次回。また、次回は枠に余裕が出来るので、スメタナが書いたオペラの中でおそらく最もポピュラーな物と言ってよいであろう<売られた花嫁>について、少しだけ触れる予定である。LP時代から愛聴してきたルドルフ・ケンペの指揮によるEMI盤の演奏について、ごく短い感想文を書いてみようかと考えている。
まず今回は、英語訳でfestive operaという肩書きが付いている<リブシェ>の方から。これは、チェコの古い伝説に語り継がれる「女王リブシェの結婚と、王位委譲の物語」に、ある男女の色恋話を加えて脚色された祝祭オペラである。ただ、この祝典劇は全曲の演奏時間が約2時間30分という大作なので、細かい部分は割愛して大まかなポイントだけを見ていく形にしたいと思う。(※なお、登場人物の名前については、チェコ語の読み方が分からないため、一部推測で書いているものがある。その不正確な部分についてはあらかじめ、お詫びしておきたい。)
―祝典歌劇<リブシェ>のあらすじ
〔 第1幕 〕
父親が残した財産の相続を巡って、ある兄弟が仲違いしている。そしてこの一件の解決が、女王リブシェ(S)に託された。第1幕は、その裁定の場。ヴルタヴァ(=モルダウ)の谷に面したヴィシェフラトの城で、リブシェが裁定を下す。「兄弟二人で分け合って、一緒に管理しなさい」。弟のシュターラフ(T)はそれを受け入れるが、兄のクルドシュ(B)は納得しない。「近隣の国では、財産はすべて長男が引き継いでいる。それを何で、弟と分け合わなきゃならんのだ」。さらに彼は、男尊女卑の思想を露骨に打ち出し、「男が従う相手は、男のみ。女が出した裁定などに従えるか」とリブシェをなじって立ち去る。
(※輝かしいファンファーレに続いて、全体に祝典ムードの強い前奏曲が最初に演奏される。このファンファーレは、ドラマの大事なところで繰り返し出て来る重要モチーフである。やがてリブシェが登場し、「私を導くのは神々・・・」と長い独唱を始めるのだが、その中間部以降に、あの交響詩<モルダウ>で聴かれる音型によく似たものが出て来る。いかにもスメタナのオペラだなあ、と実感される瞬間だ。)
この一件の後、リブシェは決意する。「皆さんが今ご覧になったとおり、私は女であるという理由で侮辱を受けました。拳の力を持つ男性の統治がお望みなら、そのように致しましょう。私はこれから結婚して、夫となる男性に王位を譲ることにします」。リブシェの側近たちの中には、彼女が早く身をかためてくれることを望んでいた者も多かった。その一人であるラドヴァン(B)は、リブシェの決意を喜ぶ。「リブシェ様が自ら、良きお相手をお選びになりますように」という合唱を受けて、リブシェは意中の男性の名を叫ぶ。「彼の名は、プシェミスル」。全員の力強い合唱が轟くところで、第1幕が終了。
〔 第2幕 〕
第1幕の裁定の場で、一人苦悩していたクラサヴァ(S)という女性がいる。彼女は仲違いしている兄弟の兄の方クルドシュを愛しているのだが、気持ちの行き違いから、弟のシュターラフの方に気があるような素振りをずっと見せていた。その恋心のもつれが、兄弟の遺産相続争いに進展し、とうとうプリンセス・リブシェまでをも巻き込む事態になってしまったのだった。クラサヴァは今、それをひどく悩んでいるのである。ついに彼女は、父リュトボル(B)にそれまでの事情を打ち明ける。リュトボルは言う。「これからわしは、クルドシュを呼び出す。クラサヴァよ、クルドシュとの和解はお前自身で成し遂げよ」。やがて、父親の墓前に呼び出されたクルドシュが現れる。そこへクラサヴァがやって来て、自分の本心と、彼と行き違ってしまった事情を語り、変らぬ愛情を訴える。もともとクラサヴァを愛していたクルドシュは、頑なになっていた心をついに解き、彼女との愛を確かめ合う。その様子を見ていたリュトボル、ラドミラ、そしてシュターラフの三人は、「良かった。これであとは、リブシェ様との和解が図れれば」と喜ぶ。
場面変って、リブシェの結婚相手となるプシェミスル(Bar)の農場。のどかな雰囲気を醸し出す木管のアンサンブルを背景に、収穫作業をする4人が楽しげに歌う。それに続いて、チェロやホルンの効果的な独奏に導かれたプシェミスルの歌が始まる。その長い独白の中で、彼はリブシェへの想いを語り出す。「リブシェとともに学んだ日々が懐かしい。彼女の面影が、今も心から離れない・・・」。続いて、4人の刈り入れ人とプシェミスルのやり取り。「さあ、お昼だ。仕事を切り上げて、休むことにしよう」。
(※このお昼休みに入ろうとする場面では、いかにもチェコの音楽らしい活気に満ちた舞曲が出て来る。歌劇<売られた花嫁>で使われているモチーフの一つによく似たものだ。このあたりは、国民歌劇に必須とされる“民族素材の活用”という感じだろうか。)
そこへ、リブシェから派遣されたラドヴァンたち一行が馬に乗ってやって来る。ラドヴァンが、プシェミスルに言う。「我々は、女王リブシェの使いで参った。この白馬に乗って、そなたも参られよ。そしてヴィシェフラトの城門を、女王の配偶者としてくぐるのです」。ついに想いがかなうときが来た、とプシェミスルは喜ぶ。その後、裁判の場でリブシェが侮辱されて傷ついた出来事が彼に伝えられる。それから一同が揃って城に向かうところで、第2幕が終了。
(※この場面で聴かれる音楽としては、馬に乗ったラドヴァンたちの一行がだんだん近づいてくるところの情景描写が良い。ここでのスメタナの管弦楽表現は、実に巧みである。また、この第2幕は上の第1幕と同様、最後を締めくくる力強い合唱がなかなかの聴き物だ。)
〔 第3幕 〕
ヴィシェフラト城内。今回の一件の当事者たちが揃って、リブシェの前に集まっている。クルドシュとシュターラフの兄弟。その姉ラドミラ。そしてクラサヴァと、彼女の父リュトボル。穏やかな音楽を背景に、リブシェが優しく語りだす。「争いごとは解決しましたね。私も、これから結婚です」。続いて彼女は、クルドシュに向かって言う。「弟のシュターラフと握手し、クラサヴァと愛し合ってください。そして私があなたを許したように、私の夫もあなたを許してくれるように頼んでみます」。リブシェに感謝する一同の合唱。「リブシェ様の行くところ、いずこにも栄光がありますように」。
やがてラドヴァン、プシェミスルたちの一行が城に向かってくる。リブシェの喜びの歌。「彼がやって来るわ。そして、私の人生の大きな転機が。我が父クロク王よ、どうぞこの身に御加護を」。続いて、リブシェに仕える侍女たちによるお祝いの合唱。「お二人に幸せを」。
その一方、事件の発端となった一家ではまた悶着が起こる。クルドシュがまた、ごね始めたのだ。「リブシェは、王としての全権を夫に譲ると言わなかったか」。まわりの者たちは叱ったり嘆願したり、何とか彼をなだめようと四苦八苦。
そこへ、すっかりお馴染みになっているファンファーレがひときわ高らかに鳴り響き、婚礼の行列がやって来る。プシェミスルがリブシェと愛の言葉を交わし、王位就任宣言を行なう。そして新しく王となった彼は、リブシェを傷つけた裁判の一件に言及する。それを受けてクルドシュは、男としての自身の矜持(きょうじ)を述べた後、リブシェへの謝罪の意志を態度で示す。新王プシェミスルが、「そなたの名誉が土にまみれることはない。我が抱擁を受けよ」とクルドシュに告げると、全員による喜びの合唱が始まる。
―この続き、全曲の最後を締めくくる第3幕第6場「リブシェの予言」については、次回。また、次回は枠に余裕が出来るので、スメタナが書いたオペラの中でおそらく最もポピュラーな物と言ってよいであろう<売られた花嫁>について、少しだけ触れる予定である。LP時代から愛聴してきたルドルフ・ケンペの指揮によるEMI盤の演奏について、ごく短い感想文を書いてみようかと考えている。