クラシック音楽オデュッセイア

2009年の大病以来、月1回程度の更新ペース。クラシックに限らず、身の回りの事なども、気の向くままに書いております。

HMV渋谷の閉店

2010年08月30日 | エトセトラ
渋谷のHMVが、先週の8月22日をもって閉店したらしい。あそこは私が住んでいる所からは随分遠くにあるお店だったが、とにかく品揃えが豊富で、珍しい作曲家やマイナーなレーベルのCD、興味深い顔合わせによるオペラのレアなライヴ盤など、行けば必ず何らかの発見があった。クラシックの1フロアを見て歩くだけで、1時間や2時間は平気で過ごせた。そんな状況もあって、一時期よく通(かよ)っていたファンの一人としては、今回のニュースを聞いた時に何かちょっと寂しい思いがしなくもなかった。しかし、そのHMVをはじめ、アマゾンやタワーレコードなど、インターネットの通販をもっぱら利用するようになっている現在の私は、その閉店によって痛みや不便を感じさせられることが実際のところ何もない。これも時代の流れなのだと、普通に受けとめている。

ともあれ、CDは売れなくなったようだ。考えてみれば、主に若い人が好んで聴くポップス系の歌などは1曲あたりが3~4分前後だったりするから、収録時間が70数分もある「無意味に大きな円盤」など基本的に必要ないのだろう。聴きたい曲だけをダウンロードして、パソコンやら、携帯可能な小型メディアやらに保存しておけば十分ということだ。だから若い世代のCD離れというのは、ごく自然な現象であるとも言える。ただ、だからと言って、CDというメディア自体が今後消滅してしまうのかといえば、それはまだ何とも言えないと思う。ポップス系の曲はともかく、クラシックの場合は1曲の演奏時間が総じて長いし、音質の点でもパソコンなどのIT機器にはかなりの不満が感じられるからだ。パソコンに内蔵された貧弱なスピーカー、あるいはパソコンに接続するタイプの小型スピーカーの音で、クラシック演奏の音質など到底語れない。と言うより、CDでさえ、例えばピアノの音などを論じることは出来ないと私は思っている。当ブログでは最近、ラフマニノフやリストのピアノ協奏曲についての聴き比べ感想文を書いてきたけれども、そこでは決してピアノの音色みたいな話には言及しなかった(と言うより、できなかった)。単に、「リヒテルのピアノは豪快」とか、「アルゲリッチ盤はスケールが小さい」といった程度の文章にとどまっている。それは再生するオーディオ機器によって、ピアノの音の印象など全く別物のように変わってしまうため、たまたま今自分が使っているコンポで聴いた感想を、普遍的な回答として主張するわけにはいかないからである。

(※ちなみに、一流ピアニストの感覚や神経がいかに並外れたものであるか、そのことを示す具体的な例を一つ、以下にご紹介しておきたい。デスクトップであろうがノートであろうが、こういう次元の演奏、あるいは音色をパソコンの再生音などで語ろうとする方がどうかしている。

【 コンサート用グランドピアノには通常3本のペダルが付いている。左側のはシフト・ペダルと言われ、ハンマーの位置をズラセテ(つまりシフトさせて)、中高音用に張られた3本の弦に当たる本数を加減し、音量と音色を変化させる。ピアニストにとって、感性と技術の見せ場の最たるところと言っていいだろう。・・・右側のペダルを踏めば弦の残響を抑えるダンパーが上がり、打鍵のあと、その弦の余韻が残るほかに、他の弦が微妙な共鳴音を発する。・・・ミケランジェリの右足は、ときにアレグロ十六分音符を弾く右手と連動し、観る者を驚愕させるが、その間、左足がミリ単位で上下している。弦に当たるハンマーの位置を微妙にズラセテ、音色を変化させているのである。ハンマーの角で弦をはじき、ピアノ線を捻るようなテクニックも駆使するのだという。 】 Cf.『クラシックCDの名盤 演奏家編』(文春新書)~243ページ )

将来CDよりもコンパクトで、CD並みかそれ以上の音質を持った新しい記録メディアが登場してくれば、そちらに少しずつ移行していく可能性はあるだろう。ただそれでも、今なおLPレコードに強い思い入れを持つアナログ派の人たちが存在するように、CDプレイヤーの生産さえ打ち切りにならない限り、現在持っているCDを聴き続けることになる人は(私も含めて)きっとたくさんいると思う。

そう言えば、MD(ミニディスク)もすっかり下火になってしまった。正直言って、これには困っている(苦笑)。カセットテープのように「磁性粉の剥離」という経年劣化がはっきり出て、そのうちプレイヤーのヘッドを痛めてしまうようになるメディアと違って、MDは置き場所さえ悪くなければ特にメインテナンスも要らず、かなり長い年月に亘って良い状態を維持できる物なので、私には重宝である。音質はCDよりもはっきり劣るし、かつてのハイエンド・カセットデッキにも負けているかもしれない。(※私は以前ナカミチのCR-70というカセットデッキを愛用していたが、MDプレイヤーを買うつもりでいる話を大型家電店の人に話したら、「MDより、お客さんが持っているカセットデッキの方が音はずっと上ですよ」と言われた。)しかし売却する予定のCDからちょっとお気に入りの箇所だけコピーして自分用のコレクションとして保存しておくには、MDがちょうど良いのである。サイズが小さく、手入れも不要。曲の順番や番号分けも、自由自在。ミニコンポで聴けば、CDの音が寸詰まったような欠点もほとんど感じなくて済む。

しかし、それも今や過去の遺物っぽくなっていて、フルコンポに対応できる据え置き型MDデッキなど、確かもうパイオニアだけしか作っていない状況になっている。かつてはソニーやDENONも、相当な高級機を発売していたのに。パイオニアさん、どうかMDプレイヤーの生産はやめずに続けてください、とメーカーさんに届くかどうかもわからない個人的なリクエストをしたところで、今回はここまで。
コメント (2)
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