クラシック音楽オデュッセイア

2009年の大病以来、月1回程度の更新ペース。クラシックに限らず、身の回りの事なども、気の向くままに書いております。

FMで聴いたジャン・フルネの演奏から

2013年02月28日 | 演奏(家)を語る
2013年2月28日。東京は昼から暖かくなり、だんだんと春が近付いていることを感じさせる陽気となった。この寒さも、あともう少しの我慢である。

去る日曜日(2月24日)、おなじみのFM番組『名演奏ライブラリー』をしばらくぶりにちょっと聴いた。フランスの名指揮者ジャン・フルネの特集で、フォーレの組曲<ペレアスとメリザンド>をやっている途中から聴き始めた。これについては以前CDを持っていたので、特に新しい感想を持つことはなかったが、やっぱり『シシリエンヌ(シチリア舞曲)』は最高の名曲だなあと改めて思った。聴くたびに何かこう、言いようのない感動が胸にこみ上げてくる。初めて聴いたのは、もうどれぐらい昔になるのだろう。学生の頃かな。FM番組で初めて耳にして、「この世には、こんな美しい曲があるのか」と激しく感動したものだった。LPレコードで廉価のアンセルメ盤を買って、繰り返し聴いた。CD時代に入ってからも同盤を買ったが、録音の古さがもろに出て、シャーシャーいうノイズが耳障りになってしまった。演奏・録音ともに現在私が最高点をつけられるのは、やはりデュトワ盤である。今回聴き直したフルネとオランダ放送フィルの演奏も勿論美しいものだが、フルネの方はいくぶんさらりとした瀟洒(しょうしゃ)な味わいで、私にはもうちょっとコクが欲しいように思われる。まあ、そのあたりは、聴く人それぞれの好みではあろうけれども。

続いて流れたドビュッシーの<選ばれた乙女>については、曲自体に私はあまりピンと来るものがないので、これといったことは何も語れない。が、今回聴けてよかったなあと思ったのは、オーケストラがパリ音楽院管弦楽団であったこと。1950年代初頭のモノラル録音らしい。管楽器の音色が何とも言えず、良い。今はもう失われてしまった魅惑の響きである。

続いて、名指揮者とつながりの深かった東京都交響楽団のライヴ演奏が1曲だけ紹介された。ラヴェルの<ラ・ヴァルス>。さすがはフルネ先生、日本のオーケストラから巧みに柔らかい響きを引き出している。なるほどなあ、という感じ。ただ、私の感想としては、もうちょっとパワーも見せて欲しかった。この演奏、音色についてはかなり善戦しているものの、力感に不足するのが残念。

番組の最後に流れたのは、オランダ放送フィルとのショーソンの<交響曲>。これについても私は以前CDを持っていたので、ラジオのスイッチを切り、出かける支度に取りかかった。同曲の演奏についてはおそらく、当フルネ盤が最高の名演ではないかなと思う。ただし、DENONレーベルの録音によく見られる特徴がここにもあって、フルコンポで聴くと音がどうにも伸びてこない。非常に抑制の効いた、おとなしい音作りがなされているのである。これはミニコンポ向きの音源だろう。実際このCDは、ミニコンポを使って再生した方が(少なくとも私には)感動的に聞こえる。演奏の出来栄えに関してフルネ盤と並ぶものといえば、モノラル時代のモントゥー&サンフランシスコ響のRCA盤を私は筆頭に挙げたいが、これは以前語ったとおり、コンデンサーの副作用によってオーケストラのトゥッティが“お団子状態”の音になってしまっているのが、玉に瑕(きず)。

話の順番が前後するが、ショーソンの<交響曲>の前に、フルネ若き日のオペラ録音がちょっとだけ紹介されていた。ビゼーの歌劇<真珠採り>からの抜粋である。ナディールを歌っているのは、レオポルド・シモノー。カナダのテノール歌手。ミュンシュ&ボストン響の極めつけ、ベルリオーズの<レクイエム>でテノール独唱を務めていた人だ。かつて聴いたモーツァルトの歌唱には感心しなかったが、このナディールは結構良いと思った。声の雰囲気が、アラン・ヴァンゾにちょっと似ている。ヴァンゾよりも少しコリっとした芯があるかな。いずれにしても、ナディールという役によく似合った声だ。歌唱も立派。

しかし、それ以上に私がここで強く感じたのは、オーケストラの個性の面白さだった。若きジャン・フルネが指揮するラムルー管弦楽団。非常に大柄な音で、先述の都響とのラヴェルとはまるで違う響き。出だしから、はっとさせられた。イギリスのオケでいえば、ロイヤル・フィルみたいな感じ。これ、ラムルー管の大きな特徴。柄が大きくて、音色がくっきり鮮やか。ただし、アンサンブルに関しては必ずしも精妙さを志向する団体ではないようで、指揮者によってはかなり粗い響きになったりもする。その一例が、マニュエル・ロザンタールの指揮、アルテュール・グリュミオーのヴァイオリン独奏によるラロの<スペイン交響曲>。これは色彩鮮明で鳴りっぷりも豪快、でもオケのまとまりはメロメロ(笑)という、実に面白い名盤である。逆に、指揮者がアンサンブルをビシッと鍛える手腕を持っていると、ここのメンバーは驚くほどガッチリまとまったりもする。具体例を一つ挙げるなら、クララ・ハスキルのピアノ独奏でイーゴリ・マルケヴィチが伴奏指揮を務めたベートーヴェンの<ピアノ協奏曲第3番>。これ、ピアノについては、「ハスキルさんって、意外と立派なベートーヴェンをやっていたのね」と思わせるぐらいのところだが、オケの響きが素晴らしくベートーヴェン的で、そっちに感動してしまう。フランスのオケがこんな堂々たるベートーヴェンを聴かせるとは・・と、しばし呆然としてしまうほどなのだ。ドイツのオーケストラも真っ青だろうって。w (※笑えるのは、同じハスキルと共演したモーツァルトの協奏曲でも、マルケヴィチは同じアプローチをしていること。宇野功芳せんせーが、「これではまるでベートーヴェンだ」と強く疑問視していた文章を昔、『レコ芸』で見た。)

で、このオケの鮮やかな音色と大柄な響きを活かし、なお且つ、指揮者がそれなりにちゃんと(笑)アンサンブルをまとめた名盤としては、やはりシャルル・ミュンシュの指揮によるルーセルの<交響曲第3&4番>の録音を、私は第一に挙げたい。これは曲自体がいささかマニアックであるため、あまり一般向けのディスクとは言いにくい。が、ルーセルの男性的な作風が指揮者の個性と見事に合致し、それが管弦楽の響きにも活かされ、何とも胸のすくような快演に仕上がっているのである。(※この曲に一番似合っているように思われた指揮者は、私の独断によればポール・パレーである。しかし、彼は何故か、この曲の録音を遺していない様子。その意味でも、ミュンシュ&ラムルー管の演奏は貴重な存在になっているのだった。)

―何だか、とりとめのない記事になってしまった。とりあえず、当ブログ主はつつがなく毎日を過ごしております。今回は、これにて。
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