クラシック音楽オデュッセイア

2009年の大病以来、月1回程度の更新ペース。クラシックに限らず、身の回りの事なども、気の向くままに書いております。

特別番組「ブログ主へのインタビュー」(2)

2011年09月05日 | エトセトラ
前回(1)からの続き。

―イタリアのバリトン歌手と言えば、コメントを下さったBさんがジュゼッペ・タッデイに触れておられますね。テバルディと共演した<トスカ>のスカルピアで。

★そうですね、ジュゼッペ・タッデイについても、この機会にちょっとだけ語っておきましょうか。僅か40代半ばでがんに斃れたエットレ・バスティアニーニとは対照的に、この人は非常に寿命が長かった。カラヤンの指揮でファルスタッフを歌った時(1980年)は、確か64~65歳ぐらいでしたかね。この人の録音の中で日本のオペラ・ファンにも親しまれたものというと、ベームの<コジ・ファン・トゥッテ>(EMI)でのグリエルモとか、ジュリーニ若き日の<フィガロの結婚>(EMI)でのフィガロといったあたりになるでしょうか。私にはどちらの歌唱もあまり面白くは思われないんですが、まあ、水準に達した名演ではありますよね。そしてカラヤンの指揮によるファルスタッフとなると、タッデイさんという人は基本的にブッフォ歌手だったみたいなイメージが持たれそうです。でも彼は、悪役も結構やっていたんですね。Bさんが語っておられた<トスカ>のスカルピアでは、カラヤン&ウィーン・フィルのデッカ録音(1963年)にも出演しています。ただこの音源、ジョン・カルショー氏による手の込んだ音作りとオーケストラの豪勢な響きこそ聴き栄えがするものの、件(くだん)のタッデイ氏も含めて主役3人があまりパッとしません。スカルピア役ではむしろ、トゥリオ・セラフィンの指揮による1957年ナポリ録音とかの方が、出来が良さそうです。ただしこれ、他の出演者が×ペケ。

次いで、<オテロ>のヤーゴですかね。これについては、ライヴの音源を一つ聴いたことがあります。トマス・ビーチャムが1958年7月4日にブエノス・アイレスで行なった公演のライヴCDです。実はこれ、内容的にはかなりの逸品でしてね。タイトル役をラモン・ヴィナイが歌っているんですが、暗い響きを持ったロブストな声、大砲を撃つようなストレートな歌唱、そしてその風貌と、ある意味デル・モナコ以上に、この人はオテロらしいオテロだった。トスカニーニの全曲盤では指揮者の強力な統率と引き締めが効きすぎて、妙にコンパクトに収まってしまったヴィナイ氏も、このビーチャム盤では本来のスケールとパワーを遺憾なく発揮している様子が窺われます。タッデイのヤーゴもいいんですよ。ちょっとひねたような性格的な歌唱が、キャラクターによく合っている。さらにデスデモナを歌うアントニエッタ・ステッラも、この人としてはおそらく最上の部類に属する出来栄え。オーケストラも随所で爆発してくれて、とても優れた演奏になっているんです。ただ非常に残念なことに、このCDは音がメチャ悪い。ちょっともう、まともに聴いていられないような貧弱な音で、一般のオペラ・ファンには到底お薦めできない品質なのが惜しまれるところです。

それから<マクベス>のタイトル役、勿論ヴェルディ作品の話ですが、これについてはトマス・シッパーズが指揮した英デッカの全曲録音(1964年)でタイトル役を歌っているようです。私は未聴なのですが、評論家の野崎正俊氏が「個性的な名唱」という高評価を与えておられる。「あ、タッデイさんはデッカとも契約したことがあったんだ」と考えますとね、ランベルト・ガルデッリが1971年にエレナ・スリオティスの夫人役でこのオペラの全曲をセッション録音したときに、彼がマクベスをやってくれていたら相当良いものが出来ていたんじゃないかな、なんて思ったりするわけです。この録音の裏話については昔当ブログでも書いたことがありますけど、本来そこでマクベスを歌うはずだったティト・ゴッビが急病でキャンセルし、急遽代役を見つけねばならなかったデッカのスタッフは、その時たまたま予定があいていたフィッシャー=ディースカウを呼んで録音を遂行したんですね。でもどうでしょう、タッデイさんのスケジュールに都合がついて、もしこれを引き受けていたら、ってね。まあ、こんなこと言っても、しょうがないんですけど。

あともう1つ、これは必ずしも悪役というわけではないのですが、リゴレット。この役については、トリノでの古いライヴ音源(1954年)があるらしいです。演奏内容については、全く不明ですが。ただ、彼が別のもっと新しい録音で歌った『悪魔め、鬼め』にはとても良いものがあって、これは2010年6月20日にFM番組『名演奏ライブラリー』の中で聴くことができました。

―タッデイさんは芸達者で、とても広いレパートリーをお持ちだったんですね。私も存じませんでしたが、マクベスは似合っていたかもしれませんですね。これはバスティアニーニが確か手掛けていなかった役柄だけに、興味深いものがございます。

★東吾さん、お詳しいですね(笑)。さすがにかつてFM『オペラ・アワー』で幕ごとのあらすじを朗読しておられただけあって、この分野にかなり通暁しておられるご様子。いや、畏れ入りました。

―いえ、とんでもないです(笑)。さて、順番が最後になってしまいましたが、今回の特番が編まれるきっかけとなったコメントの本題は、レナータ・テバルディとマリア・カラスを巡るお話でしたね。

★そうですね。カラスの悪声に対する不快感というのは、昔も今も、私の中では変わりません。ただ、この人が遺した歌唱の記録というのは、オペラの演奏史を眺めていくうえでどうしても欠かすことができない。無視するわけにはいかないものなんですよね。で、ある意味仕方なく(?)、ひととおりのレパートリーに付き合ってきたわけですが、まあ、そのたびに気分が悪いこと(苦笑)。カラスを絶賛している評論家はたくさんいますが、特に高崎保男氏、あるいは永竹由幸氏といった“斯界の権威”が熱心に崇拝している。そのため、一般のオペラ愛好家に与える影響も相当大きなものになっているんですね。たとえば高崎氏は、カラスがキャリア晩年にプレートルの指揮で録音した<カルメン>(EMI)のタイトル役でさえも、「ベルガンサのそれと並ぶ最高のカルメン」などと書いておられる。学生時代の私はそんなものを信じてLP全曲盤を買い、一気にオペラ嫌いになった。「オペラって、こんな薄汚い声で歌うのか。ああ、いやだ」ってね。その後マリオ・デル・モナコが世を去った時にNHKが特番を組み、<オテロ>や<道化師>、あるいは<アンドレア・シェニエ>の日本公演を紹介してくれた。それを見て激しく心を揺さぶられた私は、改めてオペラに向かい合う気持ちになったわけです。そこから一気に、デル・モナコ、テバルディ、シミオナート、バスティアニーニ、シエピといった往年の名歌手たちが遺してくれた数々の名演に夢中になっていったと。

一方、永竹氏はイタリア語への理解も深いので、著作の中で具体的なオペラ作品の具体的な歌詞を逐一取り上げながら、「ここをカラスはこのように歌っているから、他の歌手とは比べようもなく素晴らしい」といった語り方をなさっている。まあ、イタリア語のニュアンスまでわかるレベルの方には、やはりカラスは特別な歌手なんでしょうね。当時ライバル視されたテバルディに限らず、それこそ他の誰を持ってきても及ばない、みたいな。それについては、私など何も言えません。「ああ、そうなんですか」って言うしかない。で、コメントでBさんも書いておられるけれども、そういった玄人筋にしてはじめて理解できるようなカラスの真価を、ろくにオペラを聴きこんでもいない素人が何でわかるのって。その前に、あのうざったい声、どうよって(笑)。評論家先生たちの言葉を盲目的に受け入れてカルト崇拝などをする前に、他の歌手たちと聴き比べて自分はどう感じるかって、そこを見直してほしいなあ、って思うわけです。

―なるほど・・。

★ただ、この「評論家の言葉にたやすく感化される素人ファン」という問題は、何もカラス崇拝に限ったことじゃないですよね。1980年代に大当たりしてから随分長く続いた「この名曲のベスト名演はこれだ」みたいな企画にも、功罪両面があると思います。これはCD選びに便利な指針というお手軽なメリットもあるのですが、その一方、ある曲について、「あの本で1位になっていたから、これが一番良いに違いない」と、それを盲信してしまうパターンも起こり得る。これは、よろしくない。つまり、この種の企画には、「聴き手が自分の耳と感性で判断する」という音楽鑑賞の極めて大事な部分を置き去りにしてしまう危険性があるわけです。

たとえば、ホルストの人気作<惑星>。あれって、この種のベスト何とか本が出るたびに、エイドリアン・ボールト&ロンドン・フィルの1978年盤がたいてい1位になっていましたよね。私が危惧するのは、「<惑星>はこれが決定盤」とばかりに、他の演奏を蔑(ないがしろ)にしてしまう人が出てくることです。そういう人に言いたいのは、「それを決定盤という前に、あなた、同じボールト卿の1966年盤は聴いたの?」ってことです。これはまあ、ほんの一例ですけど。ちなみにボールトの<惑星>1966年盤は、名匠がニュー・フィルハーモニア管、他を指揮したもので、ロンドン・フィルを振った最後の録音とは全く違った魅力を持つものです。一言で言うと、音のパレットが豊富。「え、ボールトさん、こんなカラフルな<惑星>やっていたの」って感じなんですよ。有名な『木星』中間部の豊饒な弦の響き、これなんかロンドン・フィルとの枯れた演奏とはまるで別世界です。これはいつか、ARTリマスターとかHQCDとかで蘇ってほしいものだと思います。あ、ついでにムーティ若き日のモーツァルト<交響曲第25&29番>もね。EMIさん、よろしく。w 

―お時間がまいったようでございます。今日はいろいろなお話を、どうも有り難うございました。ブログ主さんのご健康と、今後のご活躍をお祈りいたします。

★どうも有り難うございました。

~ 特別番組「ブログ主へのインタビュー」(1)(2)【終】 ~
コメント (16)
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