クラシック音楽オデュッセイア

2009年の大病以来、月1回程度の更新ペース。クラシックに限らず、身の回りの事なども、気の向くままに書いております。

母との面会~第1回、第2回

2023年05月29日 | エトセトラ
2023年5月29日。今月に入ってコロナの扱いが変わった事から、母が入院している病院でも、患者と家族の病室での面会が可能になった。―と言っても、人工呼吸器で生かされている人や、うちの母みたいに気管切開を受けている者など、重症の患者を扱っている病棟ゆえに、いろいろと厳しい制限がある。

●第1回 【2023年5月13日(土)】

4月19日に母が今の病院に搬送されて以来、初めての面会。4月の時には、弟の方だけをはっきり認識して感激していた母が、この日ようやく長男(ブログ主)のことも分かってくれた。暴れん坊将軍の決め台詞ではないが、いつまでもキョトンとしている母に、「余の顔を見忘れたか」とか言ってやりたかった。実際には、「K(ブログ主のファーストネーム)さんが来たよー。わからない?毎日一緒にいたのに」という感じで、やんわりと言葉をかけた。そこで、ついに母も長男を認識。表情が変わった。声が出せなくても、その顔から言いたい事がわかった気がした。「ああっ、おみゃあかよー。おみゃあが来てかよー」。

この日の母は思っていた以上に具合が良く、兄弟2人を喜ばせた。とにかく、こちらが語りかける言葉をしっかり聞きとって、理解してくれている。「みいちゃんが眠っている間に、選挙があってな。なじみの人が今回、落ちたんだわ」と伝えた時など、何と笑い顔になった。当選者の写真が載った新聞の切り抜きを渡すと、母は興味深げに両の手で紙の向きを整え、記事を眺め始めた。小さな文字が読めていたかは不明だが、その時の手の動きがいかにもうちの母らしいもので、それが妙に懐かしく感じられ、胸が熱くなった。「こないだ、おじいの誕生日だったから、お線香をたくさんあげといたよ」「みいちゃんが気にしていた庭の草むしり、俺がしっかりやってるから、安心してな」などと伝えたら、母は本当にうれしそうな顔になって、必死に言葉を発しようともがいた。声にならない声で伝えたかった言葉は、「ああ、ありがとよー」だったと思う。「みいちゃんは手術の後、人工呼吸器で生きていたんだけどね、あの機械をずっと着けていると、だんだん喉が詰まってきて死んじゃうんだよ。それで仕方なく、喉を切り開いて息が出来るようにしてもらったの。今は声が出せないけど、やがて自分で痰が切れるようになったら、それも変わってくるからね」。うなずく母。こちらは既に、視界がにじんでいる。

話の順番は忘れたが、15分間という限られた時間の中で、伝えたい事を出来る限り伝えた。「みいちゃんが楽しみにしていたドラッグストアが、この間開店したよ。そのうち、行ってんべえな」。うなずく母の顔を見て、大量の涙がブワッ。「それとね、みいちゃんの90歳を祝うプレゼントは、水回りのリフォーム。もうね、お風呂も脱衣所も、お勝手も、床の土台から、きれーいに直すからね」。びっくり顔の母。・・ああ、プレゼントが何かってことよりも、このポンコツ息子が90歳を祝う気でいたという話自体を、母は今回の病気で忘れちゃっていたみたいだな・・。「夏にリフォームが完成したら、新しくてきれいなお風呂で、シャワーを浴びべえよ。今度の風呂は、今までみたいに寒くにゃあから」と伝えた時の、母の嬉しそうな顔。こちらはもう、さっきから涙が止まらず、メロメロぐしゃぐしゃ。出てくる言葉が全部、涙声で歪んでしまう。・・・終了時刻の到来を告げる、無情なタイマーの音。面会の間中ずっと握り合っていた手をほどき、「じゃ、また来(く)らあな」と、母のベッドを離れる。横たわったまま寂しげな目をしてこちらを見送る母を見て、再びベッドまで戻り、もう一度その手を握る。「また来るからね」。・・・この15分間、あふれ続ける涙はついに止まらずじまい。

●第2回 【2023年5月27日(土)】

雨模様だった前回とは打って変わって、非常に良い天気。この間の母の様子から気持ちがすっかり前向きになっていたブログ主は、この日の訪問を前に、「みいちゃんのためになる3つの時間つぶし」と題したプリントを作成した。内容は、「1.ゴムボールにぎにぎ運動(手の体操) 2.寝ながら足首を立てて、かかとを突き出す運動(足の体操) 3.カタカナ50音表を使って、言葉を指でたどる練習(頭の体操)」。・・・しかし、2週間ぶりとなるこの日の面会は、兄弟揃って気持ちが沈むものとなった。3つのエクササイズを母に勧めるなんて、そんな甘い贅沢な考えなど無惨に吹き飛ばされるような、厳しい現実が待っていた。以下、要点のみ。

●病室に案内された後、まず弟が声をかける。母は目を開けて声の主を見るも、反応がおかしい。そこにいるのが誰だか、わかっていない?続いて、ブログ主が呼びかける。「みいちゃん、Kさんが来たよー。わかるー?」。こちらをじっと見る母。しかし、やはり様子が変。キョトンとしている。うっ、嫌な予感。2週間前の姿と、まるで違う。・・突然、異様な音が響き始め、母が苦しみ出す。え、ちょっと、何が起きてるん・・?

●ほどなくして、状況が把握できた。今回訪問したタイミングがちょうど、母の喉に痰が詰まり始めていたところだったのだ。ガボボッ、グボッと異様な音を立てる喉。呼吸困難に陥って苦しむ母。ナースコールをしようとベッド回りを見渡すも、コールボタンが見当たらない(と言うか、無い)。隣接するナース・ステーションをノックして、弟が看護師さんを呼ぶ。現れた人はすぐさま、「あ、吸引しましょう」と言って、慣れた手つきで母の喉に器具を差し込む。そしてギュオオッ、グボーッと、痰の吸い取り開始。そこでまた、母が苦しむ。目をギュッと閉じて、声にならない悲鳴をあげる。ああ、こういう事なんだ、気切の痰吸引って。・・・それに続いて、先ほどの看護師さんが水でぬらしたタオルを持ってきて、母のおでこに載せる。喉がスッキリしたのと、ひやっとするタオルの気持ち良さで、母の表情が次第に穏やかになる。静かに両目を閉じて、少しばかり心地良さげ。こちらもホッとする。

―あっという間の15分。案内係の人に家から持って行った2つのボールと50音文字一覧表を手渡し、「実現はとても無理と諦めて帰りますが、『Tさんの息子が、こんな事を考えていた』と、スタッフの皆さんにお伝え下さい」「1日2回、アイスノンを母の枕に敷いてやってください」と依頼し、「一同で共有します」「担当医(院長)に伝えます」との御返答をいただいて、弟と2人、帰宅の途についた。

神にすがる思い。「今日の母の様子が、どうか、認知症の発現ではありませんように。こちらが誰かわからなくなったら、私の中で母は事実上死んでしまった事になります。こんな男を愛してくれた、愛し続けてくれた、この世でただ1人の女性なんです。これからもっと、してあげたい事があるんです。まだ私から奪わないでください」。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする