クラシック音楽オデュッセイア

2009年の大病以来、月1回程度の更新ペース。クラシックに限らず、身の回りの事なども、気の向くままに書いております。

ブログ18周年。青江冬星とブルースコルピオ

2022年11月26日 | エトセトラ
2022年11月26日。ブログ立ち上げ18周年記念(成人祝い)の特別記事、第2弾。

いささかマニアックな作品になるが、昭和時代の漫画の1つに、こんな↓主人公が出てくる短編がある。

【大富豪の青年実業家。女性嫌いとして知られる、クールなイケメン。しかし、その内面には熱い情熱が秘められており、決して異性とのロマンスを厭う男ではない。その美貌と財力、そして何より愛する人に対する誠実さから、求めるタイプの女性を間違いなく手中にできそうなのに、彼の一途な恋は常に破局をもって終了する。相手の人がいつも最後に、彼のもとを去って行ってしまうのである。】

前回話題にしたアントニオ猪木が全盛期を謳歌した1970年代後半、ブログ主がTVアニメから入って原作読破へと進んだ漫画の1つに、『はいからさんが通る』がある。これは大和和紀(やまと わき)氏のペンにより、1975~77年に「週刊少女フレンド」に連載された人気漫画で、後に実写ドラマも作られ、さらに宝塚の演目にもなった。実はその当時から、「この登場人物は大和さんのオリジナルではなく、元ネタというか、モデルとなっているキャラクターが他にいるだろう」と、ブログ主がずっと考え続けてきたキャラクターがいる。

その名は、青江冬星(あおえ とうせい)。銀行家という太い実家を持ちながら、独立して小さな雑誌社を営むクールなイケメン。ちょっと触っただけで体に蕁麻疹が出るほどの、女性嫌い。しかし、ヒロインの花村紅緒(はなむら べにお)との出会いと交流を通じ、その内面に秘められた熱い情熱が炎となって燃え上がる。そして様々な経緯を経て、ついに愛する人との華燭にまで至るものの、式当日に未曽有の大震災に見舞われ、事態は大混乱。結局、新妻になるはずだった女性は彼から離れ、元々相思相愛だった別の男(伊集院少尉)のもとへと去っていく。

―いかがだろう。この青江なる人物、冒頭に掲げたある短編の主人公とそっくりではないか。で、その短編だが、タイトルは『ブルースコルピオ』という。これは里中満智子氏が書いた3話からなるシリーズ漫画で、現在「別冊フレンド・コミックス」になっている作品である。(※ブログ主は昔、何だったか女性週刊誌の短期連載でこれを読んだように記憶していたのだが、どうも覚え違いをしていたらしい。)

冷徹な性格とクールな風貌、そしてグループ企業の全てに共通して使われるロゴマークから、ブルースコルピオ(青いサソリ)と呼ばれる男。この魅惑的な主人公が、それぞれに事情を抱えた3人の女性と次々に関わり合い、恋路を歩む。しかし、それらはどれも決して実ることがない。(最後の第3話のみ、ちょっと様子が違うけれども)、相手の女性が去っていくのである。特に第2話「エルケ」では、あろうことか、マスコミへの結婚発表の当日に花嫁に逃げられてしまう。彼には何の落ち度もないのに・・。

ブルースコルピオ(青いサソリ)の青と、青江の青。名前に共通項。サソリ座が冬の星座でないのは残念だが、この2人のイケメンに与えられた運命(あるいは、役割)には赤の他人として片づけられないほどの親近性がある。・・・そんなこんなで、ブログ主は高校時代からずっと、「青江冬星のモデルは、里中満智子のブルースコルピオだろ、舌苔」なんて思い続けてきたのである。

―で、ここで結論めいたことを書いておくと、多分、この両者の間に特別な縁(えにし)は無い。ひょっとしたら日本でただ1人(当ブログ主)だけが訝(いぶか)っているに過ぎない、他人の空似という可能性の方が高い。それでも、今回自分にとっては嬉しい流れが来たと、内心喜んでいる。40数年にも及ぶこの“しょうもない思い(笑)”を、インターネットという大勢の目に触れる場で打ち明けることができたから。

1つはっきり言えることは、「青江冬星の原型は、大和氏自身の若書きの作『ラブパック』に出てくる二枚目キャラクター<夜盗の疾風(かぜ)>である」というのが事実上、作者公認になっていることだろう。そのように思わせる具体的な箇所が、『はいからさんが通る 豪華愛蔵版』の658ページにある。冬星の母親が紅緒を初めて目にする場面で、なぜか黒装束になっている息子にさり気なく尋ねる言葉・・。

「ところで、どうしたの?そんな疾風(かぜ)のようなスタイルをして」。

―ということで、『はいからさんが通る 豪華愛蔵版』【2020年3月】。ブログ主が懐かしい気持ちで数ヶ月前に買ったこの分厚い1冊には、本編全ストーリーのほか、「花の番外編」全4話も収録されている。・・で、その番外編第1話『はいからさんが こけた』では、奇妙なパラレルワールド(平行世界)で、ギャグ化・パロディ化されたお馴染みのキャラクターたちが大暴れ。この一篇、同い年の僚友・青池保子氏の『イブの息子たち』に対するオマージュ(敬意表明)であろうか。続く第2話『鷺草(さぎそう)物語』では、紅緒の親友・環(たまき)が想い人・鬼島を追って大陸へ渡った後の展開が語られ、第3話『蘭丸さま純情詩集』では紅緒の幼馴染・蘭丸が無事結婚するまでの話がコメディタッチで描かれる。そして最後の第4話『霧の朝 パリで』でついに、我らが(?)青江冬星の御登場となる。

本編でめでたく好きな人と結ばれる紅緒、番外編で想いを実らせる環(※物語の冒頭、「で、どうしようってんだ、おれを見つけ出して」と突っぱる鬼島に対して、「押しかけ女房にと・・・思って」と澄んだ表情でしれっと答える彼女、最高!)、そして本性が紅緒そのものの淑女(笑)を妻に迎えて“ぴえ~ん”の蘭丸。三者三様に幸福なエンディングを迎えるなか、一人青江の後日談だけは、他の3篇とは一線を画するような独自の光彩を放っている。

仕事でパリを訪れた彼は、そこで忘れがたき人・紅緒にそっくりな男の子と出会い、不思議な縁で結ばれる。観光客からあの手この手で金をだまし取って暮らす貧しい少年が最後、実はやむごとなき家柄の後継ぎであると判明。青江も安心して帰国の途につこうとするのだが、件(くだん)の美少年は自(みずか)らその裕福な地位を捨て、青江の胸に飛び込む(※両目を閉じたその瞬間の青江の表情には、この上ない安らぎと幸福感がにじみ出る)。少年は青江の養子となって日本に帰化し、春星(しゅんせい)という名を得る。その後、冬星は38歳で世を去るらしいのだが、養子の春星が青江の家名を継承していく。

作者・大和氏の当初からの計画によって、青江冬星は『イノック・アーデン』のフィリップ・レイになることができず、ブルースコルピオになるしかなかった。本家のイブ・スコルピオがそれでも、最終第3話でヒロイン・曜子の意中の人になっていそうな「新しい恋の予感」を期待させるのに対し、もう1人の青いサソリはついに女性と結ばれることなく、友愛と性愛、そして親子愛までも一身に孕(はら)んだような「普遍愛」を獲得した後(のち)、38年という短い生涯を終えるのである。

―次回予告。今回語った青江冬星とは違って、作者自身が「このキャラクターのモデルは、○○です」と、はっきり明言している例を1つ、取り上げてみることにしたい。取っ掛かりは、上で言及した青池保子の長編『イブの息子たち』(←この漫画も懐)。青池氏自身が元ネタを白状している、個性鮮烈なパロディ・キャラである。さらに、その話からのつながりで、山岸凉子の作品にも少し触れてみる予定。

【追記】

―『はいからさんが通る』には、当時(1970年代後半)の流行や時代の風潮みたいなものが、ギャグとして採用される形で、ふんだんに取り入れられている。以下、その中から、ほんの数例を。

●伊集院家当主の「死、死刑~」【愛蔵版 216ページ】 ・・・「週刊少年チャンピオン」に連載中だった山上たつひこのヒット作『がきデカ』の主人公、こまわり君が得意にしていたギャグ。「んがっ」「死刑」。

●牢名主・羅鈍(らどん)のお定【愛蔵版 872ページから登場】 ・・・「週刊漫画アクション」に連載され、映画にもなった人気漫画『嗚呼、花の応援団』(どおくまん作)の主人公・青田赤道がモデル。その恐ろしい顔といい、881ページでの狂乱ぶりといい、これで叫び声が「クエ~ッ、クエッ、クエッ」だったらもう、完全に青田そのもの。

●車屋・牛五郎の「ちかれたびー」【愛蔵版 423ページ】 ・・・栄養ドリンクのTVCM。2人のおじさんが、何か作業中。1人が「あー、ちかれたなやあ(疲れたなあ)」と声をかけ、もう1人が「ちかれたびー(疲れたねえ)」と応える。言葉の面白い響きが受けて、当時の流行語になった。(※その後、2匹目のドジョウを狙った「がんばんべー」は、不発。)

●青江冬星が踊る「くーろは つよいぞ♪」【愛蔵版 658ページ】 ・・・人気アイドル3人組のキャンディーズが出演した、新製品テレビのCM。セールス・ポイントは、「この新しいテレビは何と、チャンネル切り替えや音量の調節を、リモコンで操作できるんです」。『はいからさんが通る』のリアルタイム、1970年代後半とは、そういう時代だったのだ。
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